「ストライクが入らない投手」について自分が思うこと その1

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「ストライクが入らない投手」について自分が思うこと その1

結局投手が投げる目的は「相手を最少失点に抑えるため」であって、それ以上でもそれ以下でもない。良いピッチングをして注目されるためでもないし、ブルペンで気持ち良く投げることでもない

へぼ投手あるある:自分で溜めて相手に掃除させる

プロ野球だとそんなことは少ないと思うのだが、

アマチュア野球ではけっこう

「試合になるとまるでストライクが入らなくなる投手」

「出てくるたびに四死球を出しまくって試合をぶち壊す投手」

が存在する。

 

お恥ずかしながら、大学野球レベルでもそうである。

だいたい彼らの投球パターンは

「先頭打者を四球で出塁させる→バントで進塁→ヒットで一点」

と綺麗に点をとられるとか、もっとひどくなると

「四球出す→死球出す→ヒット打たれる→満塁になってにっちもさっちも行かなくなる→場合によってはそのまま押し出し→逃げ場がなくなって置きに行った球を長打にされて大量失点→降板」

というパターンにはまり込んでいく。

 

さて、野球の試合の「勝ち」の定義は

「試合終了時に一点でも多くとっているチームが勝ち」

なのだから、

攻撃陣の役割は「一点でも多くとること」であり、

逆に投手・守備陣の役割は「一点でも少なく抑えること」である。

 

この論理からすると、

「ストライクが入らない投手=四死球を連発する投手=相手打線の得点期待値をひたすら上げ続ける選択肢ばかり選んでいる投手 よりもひどい投手は存在しない

と思う。

 

なぜなら、投手に求められる「相手を一点でも少なく抑えること」の真逆をやっているからである。チームの勝ちから一番遠いことをやっている、としか表現できない。

 

ボール球を投げたくて投げているのではないことはわかるが、では「ストライクをとる練習」を毎日続けている投手がどれだけいるのか?

しかし、どうやら

「投げたくてボール球を投げているわけではない」

らしい。

 

ストライクを投げたいのに投げられない…ということは、たぶん今までのやり方がどこか間違っていると考えるのが自然だと思う。

 

じゃあ、「ストライクファースト」のためには何ができるだろうか。

 

「ストライクファースト」のためのアプローチ

そもそもストライクゾーンを感覚的に&論理的に把握できているか?

「ストライクを投げる」には、まず

「ストライクゾーンをはっきりと認識すること」

が必要だと思う。

ここをおろそかにしていると空回りするのではないか。

 

ルール上はこうなっている。

公認野球規則では、ストライクゾーンを「打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とし、ひざ頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間をいう。 このストライクゾーンは打者が投球を打つための姿勢で決定されるべきである。」 と定めている。(wikipedia)

ただし、実際はもう少し違った形になっている。

 

まず、高めはもっと狭い。

私の所属しているリーグだと、ベルトよりも一個以上上のボールはまず取らない。プロでもそうである。

逆に少年野球だと、すねの中間あたりまでストライクをとることもある。

また、左右の幅はメジャーリーグだと外角が広かったりする。逆に内角は狭いそうだ。

 

あるいは、カウントごとに、審判ごとに、審判の利き目ごとに、投手の印象によって、球種によって、打者の身長によって、フレーミングのうまさによって、ストライクゾーンは微妙に変わる。実は「ストライクゾーン」というのはルール上ははっきり定義されているが、その広さは場合によってまちまちなのである。

 

だから、試合でストライクを投げるために大切なのは

「とりあえずどんな審判でもここに投げておけばだいたいストライクだろう、というゾーンに投げられるようにしておくこと」

だと思う。これならはっきりしている。

 

具体的に言うと、

「左右:ベースをボール半個分かすめるところまで」

「高低:低めはひざの頂点をボール半個分かすめるところまで。高めはベルトの上端よりもボールの上端が少しもはみださない高さまで」

ここのゾーンの中に投げる練習をすることだと思う。これならたいていの審判はストライクをとってくれる…はず。

 

というわけで、以下「ストライクゾーン」はそういう意味で使うことにする。

 

「本番になると突然ストライクが入らなくなる」投手のために

練習の方法が隙だらけ:目的は「<試合で>相手を最少失点に抑えること」

あなたのチームにも一人はいないだろうか。

「ブルペンでは良いのに、試合のマウンドに立つと突然ストライクが入らなくなる」

という投手。

全国にたぶん3万人くらいはいると思う。

 

そういう投手は、おそらく

「ブルペンでは気持ちよく、自分の投げたい球を投げている」

のだろう。全否定するわけではないが、こればかりやっているとどんどん「試合では」病が悪化するかもしれない。

 

たとえば、普段の練習でのブルペンでは、たいていの投手が

「次、スライダー!」→投げる→うまく決まらない→「もう一球!」→何度か繰り返す

「最後、ストレート! 決まったら終わりで!」→投げる→決まらない→「もう一球!」→何度か繰り返す

こういう流れにしていると思う。自分の技術を追究するという意味では良いと思うが、「試合への対応」という意味ではウーンと首を傾げざるを得ない。

 

「試合」と「ブルペン」はあまりにも違いすぎる。

 

たとえば、ざっと挙げるだけでもこんな違いがある。

・相手打者が立っている。強打者なら「打たれたら…」と思うかもしれないし、俊足なら「出したくないな…」と思うかもしれない。相手打者は雰囲気も独特だし、揺さぶりもかけてくる。 → ブルペンに打者は通常いない。いても味方の打者である。

・審判のゾーンに合わせる必要がある → ブルペンに審判は通常いない。

・試合展開からくるプレッシャー。ここで打たれたら逆転とか、三塁にランナーがいて暴投できないとか、走者がやたら揺さぶってくるなど。 → ブルペンにはそれがない。

・投球一球一球の重み。試合で一球ボールになると「あれ?」となり、二球ボールが続くと「やばい!」と感じる投手が多いはず。→ブルペンではその重圧がない。

・試合のマウンド独特の風景 → ブルペンからの風景と試合のマウンドからの風景は違う。注目も浴びる。グラウンドの片隅の目立たないところから、一気に注目の中心になる。

・マウンドの掘れ具合や硬さや傾斜がブルペンと違う → ブルペンと同じはずがない。おまけに前に投げた投手の掘れ跡ががっつり。

・相手のヤジ → ブルペンでのヤジよりも試合のマウンドでのヤジのほうがひどい。

・相手校の応援 → ブルペンだとわりと他人事にできるが、試合のマウンドだとモロに受けることになる。

・味方からの声かけ → ブルペンでは気楽だが、試合のマウンドになるととたんに頻度も圧力も高まる

・自分のなかの声との闘い → 試合のマウンドで「◎◎したらどうしよう…」と考え始める人が多い。いよいよ逃げ場がなくなる。

・配球の違い → 投げたいボールを自分で決めることができない。基本的には捕手のサインに従う。ブルペンでは自分で決める。

 

さて、こういう「ブルペンと試合のマウンドとの違い」を考えてみると、

「ブルペンでは気持ちよく、自分の投げたい球を投げている」

投手が、

「ブルペンでは調子が良いのに、試合で急にストライクが入らなくなる」

のは、当たり前といえば当たり前だと思わないだろうか。

 

ひたすらバッピを買って出る。バッピをやってからブルペンに入ってみる

そういう「試合になるとストライクが入らないブルペンエース」にうってつけの方法がある。

 

簡単なことで、「バッピを買って出る」ことである。

バッピとはもちろん「バッティングピッチャー」である。

 

バッティングピッチャーは以下のような条件で投げる必要がある。

 

1.打者が付いている。

2.ボール球に対するプレッシャーがある。

3.打者(他人)のペースに合わせて投げる必要がある。

4.7-8割くらいの力感でテンポよくストライクゾーンに投げ続ける必要がある。

 

毎日とは言わずとも、たとえば

「週三回はバッティングピッチャーとして登板する」

ようにするとか、

「キャッチボールを軽くやって、バッピで10分くらいポンポンと投げてから、ブルペンに入って2-30球くらいテーマを絞って投げる」

ようにする…といった練習方法をやっていけば、「試合で急にストライクが入らない」ということもかなり減るのではないか。投手のボールを打てるので、打者のほうも良い練習になる。

 

たかがバッピ、されどバッピ

そういえば、

「バッピをやると試合でもストライクがポンポン入るようになった」

「打者がどういう球にどう反応するかという経験値を得ることができた」

「10割の力でフン!と投げるよりも、8割の力感でポンポンと投げる方が打者は打ちづらい」

というのを聞いたことがある。

 

往年の大投手である稲尾和久氏のエピソード。稲尾氏は抜群のコントロールで知られた。

入団当初は注目された選手ではなく、監督の三原脩も「稲尾はバッティング投手(打撃投手)として獲得した」と公言していた。実際、島原キャンプでは中西太豊田泰光高倉照幸ら主力打者相手の打撃投手を務めており、口の悪い豊田からは「手動式練習機」とも呼ばれていた。この時、稲尾は各打者の打撃練習中に4球に1球ボール球を投げるように指示された(ストライクを投げ続けていると打者が打ち疲れてしまうため)。この4球のうちの1球をストライクゾーンのコーナーギリギリを狙って投げる練習をし、制球力を磨いた。キャンプ後半になると、投手として成長した稲尾の前に逆に打者が打ち取られる場面が増えたため、中西と豊田が三原に「稲尾を使ってみてほしい」と進言したという[3]。(ウィキペディア)

 

ほとんど労せずストライクを投げるだけの習熟度に達しているプロの投手ならともかく、

「そもそも試合でストライクがとれない」

というレベルにあるアマチュアの投手は、週に2-3度はバッピに志願登板してみてはどうだろうか。

 

むしろ、「バッピがブルペン」くらいの状態になっても良いのではないか。

なぜなら、基本的に試合ではいつでも打者が打席に入っているわけだし、どのみちストライクがとれなければ自滅する運命にあるからだ。バッピならその両方をクリアできる。

 

このように考えていくと、さて、「打者を立たせない状態で投球すること」にどれだけの意味があるのだろうか。

せいぜい「本当に気になったところを集中的に修正する」ときくらいで、

「打者を立たせた状態で投げながらひたすら考え続ける」ほうがよほど試合に直結するのではないだろうか。

 

バッピは意外とバリエーションをつけることができる。

「変化球も投げるよ」と言っておけば、変化球の練習もできる。クイックで投げることもできるだろう。打者のほうからしても実戦に近い打席が欲しいのである。

また、バッピといっても肩がパンパンになるまで投げ続ける必要はない。一日10分くらいで切り上げればよい。球数は10秒に1球くらいだから、1分6球だとして60球。バッピの前に軽くキャッチボールで肩慣らしをして、バッピを10分くらいやって、それでも満足いかなければブルペンに入ったり遠投したり…というサイクルを習慣にしたほうが良いのではないか。

 

確か武井壮さんがおっしゃっていたことで

「体力が新鮮な状態で身に付けた技術は、まず本番では発揮できない。なぜなら、本番で体力が新鮮な状態というのはあり得ず、たいていどこかしら不調がある。だから、練習で、<万全ではない状態><ある程度疲れた状態>でもできる限りを出せるようにあらかじめ演習しておく」

という考え方がある。

 

常に「自分の意のままにならない状態でもストライクをとる練習をすること」。

これは、「ブルペンで気持ちよく投げるだけの投手」に一番足りていない要素だと思う。

ブルペンで気持ち良く投げれば投げるほど、思う通りにはいかない試合のマウンドとのギャップが大きくなる。

 

 

バッピを普段からやっておけば、試合でストライクを投げるのはかなり楽になるはずだ。まずは「ストライクゾーンに投げる」というアバウトなコントロールを身に付けること。アウトロー云々はそれからである。習慣的にバッピをやれば結果的にはコントロールもコマンド能力も向上するはずである。

ストライクさえ投げ続ける能力があれば、アマチュア野球で最も多いパターンである「四死球で自滅」は激減するだろう。

 

 

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