「一日に十~数十冊の読書をすることで拓けてくる世界」について

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目次

「一日に十~数十冊の読書をすることで拓けてくる世界」について

色々な分野について圧倒的な知識量が手に入る

目安:「一冊あたり20分で読破」を、「一日数時間」やっていれば、一日に十冊~数十冊は簡単に読める

一般的に「速読」と呼ばれているものについて、それを速読と呼ぶべきかどうかについての厳格な基準を策定することは案外難しい作業だ。

ここではわかりやすい目安を置いておく。

だいたい240ページくらいの普通の本を「1冊辺り20分」で読んで、一日に十冊~数十冊読破する

これなら、一般的には間違いなく「速読」と言われるだろう。

 

1冊辺り20分なら、単純計算で、読書に3時間20分費やせばだいたい10冊近く読める計算になる。

もう少し切り詰めて1冊あたり10分で読めば、1時間40分で10冊。

逆にもう少し余裕をもって1冊辺り30分で読めば、5時間で10冊。

 

10冊というのは一般的な基準からすると相当多い。

毎日3冊~5冊でも、普通の感覚からすれば「速読」の範疇に入ると思う。

だいたい、一日1冊以上読んでいれば読書家と言われているような印象がある。

 

ちなみに筆者の場合は、単位をあらかた取り終えてバイトも部活もしていない大学学部生ということもあり時間が有り余っているので、一日8-10時間程度は読書に費やしている。一日に読む本の冊数はだいたい5-7冊というところだ。時間も冊数ももう少し増やせると感じている。根本的な知識量を増やすために読んでいるので、冊数にも時間にもこだわる(もちろん速読そのものは手段であり目的ではない)必要がある。

 

「一冊あたり20分で読破」というのは、標準的な240ページくらいの分量の書籍を「1分間に12ページ」読んでいくペース。

1分間に12ページということは、見開き1ページあたり5秒で読めば良い。

 

実際にやってみるとわかるが、これはそんなに速くない。

きちんと内容を理解しながら、ページに書いてあることを記憶に残しながら読めるペースである。

 

フォトリーディング・キーワードリーディングといったよく知られている速読法に頼らずとも、

書籍のはなからしまいまで一字一句逃さずきちんと理解しながら読めるペースだ。

 

「速いよ!」と感じる方もいると思うが、この程度なら慣れてしまえば誰でもできる。

 

どうやって慣れればいいかという方法を簡単に書いておくと、単純な話で、「見開き1ページあたり5秒が経過したら、強制的にページをめくってしまう。脳の処理速度をこのペースに合わせる」ようにすればいいだけの話だ。まず真っ先にこのペースに身体を慣らしてしまえばいい。このペースじゃないと気持ち悪いくらいになればいい。まず先に速度があって、理解はそれからついてくる…という構図である。

(別の記事で解説するが、このペースで読んだ方が理解度も高くなるし、知識量も増える。速読は知識が身に付かない・理解度が低くなるというのは誤解だ)

 

そもそも速読なんて誰にでもできるものである。

できないというのであれば単純に「今までの読み方が、根本的に間違っている」と考えた方が良い。

 

たとえば、道を歩いていて目を上げたら「マクドナルド」の看板があったとする。

そのとき、普通なら「あ、マクドナルドだ」と、パッと文字を理解できるだろう。

数秒間経ってからようやく「…マ、ク、ド、ナ、ル、ド」と読む人がいるだろうか。

学習障害・識字不能・読字障害・視覚異常・脳梗塞の後遺症などを持っている人でもない限り、普通はパッと読んでパッと処理しているはずだ。

 

誰だって、普段の生活で「目に入ってきた文字をパッと瞬間的に処理する」ことはやっているのだ。

それなら、なぜ読書に限って「目に入ってきた文字をパッと瞬間的に処理することが難しい」という話になるのだろうか?

 

(※ほんの少しだけ方法論そのものに由来する原因について触れておくと、読むのが遅い人は「直列処理」でつっかえつっかえ、行きつ戻りつしながら本を読んでいるのだ。日本人の平均読書速度は分速500文字~600文字位ということなので、おそらく多くの人がそのやり方に従っている。この方法では読書速度も理解度も知識量も効率的に向上するはずがない。これを解決するには「とにかく視点を先の行に送り続けて、脳に文字をどんどん並列処理させながら読む」という、脳の情報処理システムにマッチした、より合理的で自然な読み方に乗り換えると良いだろう。なお、文字を脳内で音声として読み上げること自体は悪いことではない。速読ができる人でも音声を脳内再生している人は多い。ただその再生速度が高速で、かつ並列的になっているというだけのことにすぎない。詳しくは『クロックサイクルの速め方』『ほんとうに頭が良くなる速読脳のつくり方』(苫米地英人氏著)を参考にされたし)

 

Youtubeの怪しげな「速読マスター」みたいな動画を参考にしなくたって、一日10冊程度なら、まっとうな読書方法で、誰でも読めてしまう。

速読は天才だけができるものでもないし、特別な技術に習熟しなければ得られない能力でもないのだ。

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速読のほうが知識量が増えるのが圧倒的に速いのは、同じ概念に何度も何度も繰り返し出会うことになるから

一日数冊以上読むようになると、一日の読書の中で、あるいは数日スパンの読書の中で、

何度も何度も繰り返し、「同じ概念」「以前触れたことのある知識」「つい最近読んだばかりの証明」「さっき読んだ本に書いてあった用語」に出会い続けることになる。

「速読の方が圧倒的に知識量が増える」と私が力説するのは、この事情による。

 

速読をしないとこれらの効果はまったく得られない。

 

一般的には「知識をしっかりと身に付けるためには、一冊の本をじっくり読むべきだ」と思われているようだが、私はまったく逆の主張をしたい。

一日数冊~数十冊読んでいないと、知識量なんて身に付きっこないのだ。

 

理由は簡単で、

速読なら「短期間のうちに、同じ概念に何度も何度も繰り返し出会うことになる」のに対して、

一般的な一日一冊以下程度の読書量では「再び同じ概念に出会う頃には、以前読んだ内容をすでに忘れてしまっている」から

である。そもそも速読は「冊数を圧倒的に読んで、膨大な知識量を手に入れる」ためにするものだということを念頭に置いてもらいたい。

 

たとえば、量子力学で考えてみよう。

量子力学についての豊富な知識と深い理解が欲しい!

という動機があるなら、それを達する筋道は単純で、

大きな書店あるいは図書館の「量子力学」のコーナーにある本を(理解できるかどうかに拘らず)片っ端から読んでいけばいいだけ

の話だ。

 

一日数冊でも量子力学の本を読み続ければ、数日~一週間もすれば、日本の平均的な(そこまで熱心に勉強してはいないが単位はとる、という程度の)物理専攻の学部生の読書量に達する。「ある分野についての知識が欲しかったら、とりあえず読書すればいい」という道が存在するのは相当な僥倖といえるだろう。

 

実際、量子力学の本を読みまくっていると、

「コンプトン効果」「ハミルトニアン」「シュレーディンガー方程式」「光の二重性」「ブラ・ケット記号」「ハイゼンベルク描像」「ポアソン括弧」「エルミート共役」

といった基礎的な概念に短期間で何度も何度も繰り返し出会うことになる。

エビングハウスの忘却曲線が有名(無意味な数列の記憶保持率を表現した曲線。詳しくはGoogleで調べてもらえると良い)だが、この「適度な間隔を置いて、何度も繰り返し出会う」が知識の定着に大いに貢献するのである。

 

もちろんこの際、それらの概念が考案された背景や、その証明方法・導出方法や、ほかの概念とのつながり、数式の容貌、実際の運用方法など、知識の周縁にある諸々の雑多な情報もまとめて脳内にインプットされることになる。

基本的に人間には「意味の分からないものをそのままにしておくと気持ち悪く感じる」性質が備わっているので、最初はまったく理解できなくても、とりあえず速読でそれらの知識を脳内に大量に放り込んでやると、人間の脳みそはそれらを理解しよう理解しよう整理しよう整理しようと無意識のうちにはたらき続けてくれるものなのである。

だから、「理解できないから読まない」のは全くナンセンスで、むしろ「理解できないからこそ、読書によって理解する」と考えて、いまは意味不明な分野でもとりあえず速読で次々に読破していく方が、態度としての筋が通っている。

 

 

なお、以上の話に関連してもう一つ。

「一冊の本を、紙とペンを使って手を動かしながらじっくり読む」のは、多くの本を読破した後にやればいい、という話でもある。

コアとなる信頼性の高いテキストを選定してじっくり問題を解いていく…というのは、速読の「後に」、または「並行しながら」やっていけばいいのだ。

 

はじめから一冊の参考書に頼りきりだと、以上のような記憶定着・知識増殖メカニズムがまるで機能しないため、理解の度合いと知識の量の増加効率が著しく悪くなる。理解度は知識量と相互に深く関連しているということも見逃せない。速読である分野についての知識の絶対量を増やせば増やすほど、その分野全体への理解度も随伴するのである。

 

同じ概念を、何度も何度も違う角度から解説してもらえる

「短期間のうちに、同じ概念に何度も何度も繰り返し出会うことになる」

というのは、記憶の効率について「だけ」の話ではない。

「短期間のうちに、同じ概念を何度も何度も、異なった角度・異なった表現で、繰り返し解説してもらえる」

ということでもあるのだ。数学でいえば「別解をたくさん紹介してもらえる」ようなものだろうか。

 

たとえば、「よくわかる量子力学」「量子力学」「基礎量子力学」「入門 量子力学」といったタイトルの本を読めば、

「コンプトン効果」

について4通りの解説をしてもらえることになる。

 

しかも、一日数冊~数十冊読破するのであれば、ごく短期間(当日中~数日スパン)で何度も繰り返し、同じ概念についての説明に行き当たることになる。想像してもらえるとわかるが、これが理解度の向上にかなりダイレクトに効いてくる。一冊だけを念入りに読むスタイルからは決して得られない恩恵である。

 

図書館の棚に置いてある本・書店の棚に陳列してある本が全部読めてしまう

速読のメリットとしては、「単純に、圧倒的に冊数を読める」ということも大きい。

 

ある程度以上の知識人層?の中に入っていこうとすると、やはり、その界隈で「これは当然読んでしかるべきでしょ」とされている本はあらかた読んでおきたいものだろう。

 

これは、情熱大陸で紹介されていた、林修先生の本棚の一部である。丁度良い例だと思うので紹介する。

(https://goo.gl/images/4D8ujr)

このくらいの冊数なら、速い人なら一日、そんなに速くない人でも数日で読める。

筆者の場合、おそらく2日程度で内容をきっちり頭に残しつつ理解して読破できるだろうと感じる。

(「普通の読書」だと、おそらく一ヵ月~三か月くらいはかかってしまうかもしれない。

現に、一ヵ月に本を4冊以上読む日本人の割合は全体の10%以下だと聞いたことがある)

 

では、こちらはどうだろう。

「東京大学大学院数理科学研究科 稲葉 寿 准教授の本棚」というキャプションが付いているものだ。

一段あたり50-60冊、それを4段で200-240冊、本棚二区画で500冊前後といったところだろうか。

(https://goo.gl/images/NbctVP)

もちろん、理工系の本でも、英語圏の本でも、読み方は同じだ。

このくらいなら、一日数冊~数十冊読める人なら、早くて一ヵ月、早くない人でも2~3か月で読破できるはずだ。

対照的に、一日一冊読むのも苦しい(繰り返すが、それは単に読書法が根本的に間違っているケースが大半である)人だと、

これくらいの量の本を読むのに数年間(修士~博士の五年間、など)を費やすことになりかねない。

 

 

大学である分野を専攻するのであれば、「一日数冊~数十冊を、修士博士の5年間続ける」ことができれば良い。日本なら、どの分野でもこれで間違いなくトップクラスだろう。色々な話を聞く限りでは、欧米の一流大学の大学院くらいになると一日数冊では厳しいかもしれないが、それでも一日数十冊程度の読書量でしかない。正しい方法で、かつそのペースに慣れれば、誰でも行ける水準だと思う。

この記事で紹介しているような速読(方法論そのものについては一般的なやり方との乖離が大きいと感じるので、もう少し詳しく踏み込んだ記事を書く予定だ。急ぎの人は苫米地英人氏著「クロックサイクルの速め方」「ほんとうに頭が良くなる速読脳のつくり方」を読んでもらえるとありがたい)であれば、一年間に千冊~数千冊読める。それを5年間継続すれば、専門分野と、その周辺の本まで含めて、一万冊は軽いだろう。おおまかな目安としては、テレビでよく出てくる「大学教授の背景にある本棚」に並んでいる程度の冊数が約500-1000冊というところだ。

 

速読・読書への慣れや知識量・理解度の増加もあるので、後半になればなるほど加速度的に読書が楽になるということも付記しておく。

なお、当たり前だが、英語でも読み方は一緒である(英語を英語のまま理解する、英語を日本語に訳さないで読む、という点に注意する必要がある)。

 

複数の分野の知識同士が、脳内で化学反応を起こす

この世に存在するものに「それ自体がほかの何物にも依存せず、単独で存在しているもの」は存在しない。

知識も同様である。

 

数学、哲学、物理学、コンピュータ科学、化学、生物学、経済学、法学、認知科学、医学、言語学、文学、歴史学、地理学、天文学、地球惑星科学、工学、文化人類学、宗教学…

すべての分野は、どこかで互いにつながっている。

そして、一日数冊~数十冊読み続けることのできる人は、これら複数の分野の本を読破できるだけの余裕を持っている。

 

数学の後に哲学の本を読み、歴史学の後に言語学の本を読み、量子力学の後にコンピュータ科学の本を読む…といった読書が日常になっていると、

人間の脳みそは勝手に「それらの、一見するとあまり関係なさそうな分野同士に共通するもの」を探り出そうとする。雑多にインプットされた大量の知識同士が、相互の有機的なつながりを強めるのである。

 

そういう読書をずっと続けていると、

①脳内に「アイディア」がこれでもかというほど豊富に生まれる

②異なる分野同士を統合できるような、より高次の説明原理を発見できる

③それぞれの分野の理解度が深まる

④複数の分野に詳しくなれる。速読できると、一年間あれば「複数の分野について、大学の学部卒~修士卒クラスの知識量」を手にすることができる

といった恩恵に浴することができる。実業家であれ学者であれ小説家であれ、速読によってもたらされるこれらのメリットを見逃す手はないだろう。

 

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