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苫米地英人氏の新刊『苫米地博士の「知の教室」』に震撼させられたので、発売当日にブックレビューしてみた

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、本日8/11発売の書籍 「苫米地博士の「知の教室」~本当の知性とは難しいことをわかりやすく説明することです! (カーネギーメロン大学院&イエール大学院式)」 をレビューしてみます。きょう東京の丸善に行ったら置いてあったので思わず買ってしまいました。 きょう発売で、きょう買って、きょうブックレビューする・・・・・・というわけで、おそらく最速のレビュー記事になると思います。 買うかどうか迷っている人のために、この本のどこがどう面白いのかをご説明します。 苫米地英人氏の新刊『苫米地博士の「知の教室」』に震撼させられたので、発売当日にブックレビューしてみた ①わかりやすい ②応用が利く ③現時点での哲学・科学の最新の研究結果をもとにしている 目次と本の概要をご紹介 目次 <目次> 0.はじめに 1.四次元 2.時間 3.瞑想 4.洗脳 5.洗脳テクニック 6.怒りのコントロール 7.縁起と因果と自己責任 8.引き寄せの法則 9.こだわりと並列化 10.並列化 11.数学的思考と論理的思考 12.記憶と情報 13.幸せ 14.事なかれ 15.道を極めることとトレランス 16.反論と言い訳の違い 17.正義 なぜかAmazonの商品紹介ページに目次が書いてなかったので・・・・・・ 特に面白いと思ったのは「1.四次元」「5.洗脳テクニック」「7.縁起と因果と自己責任」「17.正義」。   本の概要(Amazonの内容紹介より) <内容紹介> Q.博士、四次元ってなんですか? A.それは「待ち合わせ」で考えれば簡単にわかるよ。 Q.悟りって答えが見つかるってことじゃないんですか? A.違うよ。悟りって問題解決の手段じゃないよ。問題を認識しないことだよ。 Q.時間は未来から過去に流れるんですか! ? A.科学ではすでにそれが常識、相対論では時間はマイナスだからね。   四次元、正義、洗脳、瞑想、幸せ、記憶、怒り、時間、悟り……って何だ? ? ? 知っているようで知らない「森羅万象の本質」を問答方式で優しく解説。 巨大な知のつぼに巻き込まれ一瞬溺れそうになるが、最後には快感に浸る一冊! <出版社からのコメント> 科学から仏教、洗脳のことから心の在り方まで・・・ 苫米地英人博士にありとあらゆることを聞きまくった知の究極本!   その他基本情報 ・サイズ:B5版 ・編集兼インタビュワー:中村カタブツ ・本の硬さ:ソフトカバー ・カバー裏:とくになし(注:私はヒラコー氏の漫画や時雨沢恵一氏のシリーズをよく読んでいたため、本を買ったらまずカバーを外してみるクセがついている) ・出版社:サイゾー ・印刷・製本:株式会社シナノパブリッシングプレス ・装丁:坂本龍司(cyzo inc.) ・人前で読める度:★★★★☆ 苫米地英人、宇宙を語る posted with ヨメレバ 苫米地 英人 角川春樹事務所 2009-12-22 Amazon Kindle   特に印象的だった部分の抜粋 ①この世界に生きる意味 ――自分の子孫を残すためですらなくて、社会に影響を与えるために生きるのが四次元人(栗栖注:縦横高さの三次元にプラスして時間という観点も併せ持つ人のこと)? 苫米地 なぜなら刹那瞬っていうのはそういうことだから。三島由紀夫が書いた本を平成の今でも読めるのと同じ。三島が存在しようがしまいが、三島の縁起は残るわけでしょ。その縁起に意味を持たせることが刹那的生き方。 ――それが時間の使い方なんですね。 苫米地 そうだよ、本来はね。だけど、みんな逆のことをしてない? 自分が楽して生きるために時間を使ってない? 自分が金持ちになりたいとか煩悩を満たしたいとか、そういういことが目的で、そのための職業だったりしてない? それはまったく逆だよ。小説家の場合は後世に残る文章のために刹那的に行き、政治家はより良い社会をつくるために刹那的に生きる。学校の先生だったら、よりすばらしい生徒を育てるために刹那的に生きなきゃダメでしょ。それが存在する意味でしょ。自分に役に立つこと、自分がうれしいことばっかり考えて時間を使っちゃダメだよ。ただし、全部が全部利他的に生きろなんていっても人は動かないでしょ(笑)。 ――はい、残念ながら(笑)。 苫米地 だから、自分がうれしいこともやっていいわけ。やっていいけど、自分以外の人の役に立とうとすることが大前提。なぜかというと自分が消えてもその縁起は残るから。それが刹那的な生き方だってことね。 ――刹那的な生き方って、その場の快楽を求めるとか、宵越しの金は持たない的な生き方だと思っていたら、そうじゃなかったんですね。   よく「どうせ一回きりの人生だ、自分の後がどうなろうと知ったこっちゃない」とか「人間はどうせみんな死ぬし、死んだら何もわからなくなる。だから何をしても結局は無駄さ」という「わが亡き後に洪水よ来たれ」式の持論を述べる人がいますが、それはあまりにも近視眼的な見方なんですね。自分のことしか見えていないという意味で、そういう独我論的・虚無主義的な見方はおかしい。 自分が死んでも、自分が社会に与えた影響は残り続ける。それが縁起。 自分が死んでも縁起は残るんだから、生きているうちにでかい仕事をする。 その仕事はずっと後世にまで縁起として残り続ける。個人が死んでも縁起は残る。   私が大好きな読書でいえば、先人たちが頭をひねって一生懸命考えてくれたことを学ぶことによって、 偉人たちがかけたよりもはるかに短い時間で知識や思考を習得することができます。 偉人は死ぬが、縁起は残る。 「板垣死すとも自由は死せず」ってやつに近いでしょうか?   ②自己責任は、「自業自得」とも「因果応報」とも異なる。本来の意味での自己責任はけっこう温かいもの ――自己責任って言葉はいますごく冷たい、突き放した感じであったり、自己責任って言葉で自分の責任逃れをしているような感じで使われてるんじゃないかと思うんです。 苫米地 相手に対して自己責任っていうのは違うよ。自分に対していうのが自己責任。人に言っちゃいけないんだって。 (中略) ――(もし)相手に言う場合は、自己責任と全力で助けるはセットだと。 苫米地 セットだよ。責任の所在が本人にあることは当たり前なんだから。だけど、それに対してなんらかの手助けをするのも当たり前でしょ。 ――なんだ、意外に暖かい言葉だったんですね。自己責任。因果応報じゃないんですね。 苫米地 そうだよ。因果応報だったら、本人がやったことは本人に返ってくるだけだから手伝ってやる必要ないわけだ。それが冷たい自己責任。そうでしょ。物凄い西洋的な発想なの。だから、日本人がそういうことを言い出したってことは西洋人になっちゃったってことね。縁起的な自己責任って言うのは自我がもともとない。自我がないときに自己責任ってどうやって言うの? (注:本来の仏教においては「それ単体で実在する自我」を認めない) ――自我がないんだから言いようがないですね。 苫米地 ということはそういったありとあらゆる縁起の中心のあなたが責任を取るけど、その縁起には私も入っているから私にも責任の一端がありますねっていうのが縁起の自己責任。だから、手伝ってやるんだよ。だって、自分の子供がDJになりたいって言ったとき、親は子供がそういいたくなる、なんらかの原因を絶対に作っているぜ。 (中略) 苫米地 だから、本人が自己責任だと言ってや行動さえもかならず周囲の関係者はなんらかの責任がある。影響を与えている。それが縁起だから。だから、自己責任って言うとき、おれも手伝うよっていうのは責任のいったんは自分にもあるという自覚があるからなんだよ。自己責任だから俺も手伝うよってことになるわけ。   いまの日本で「自己責任」という言葉が使われるとき、「突き放す」「見放す」ようなニュアンスがあります。 イラク邦人人質事件のときもそうでしたし、ISの後藤さん・湯川さんのときもそうでした。 自分でやったことなんだから、自分で始末をつけろ。俺たちはなにもかかわりがない。人に迷惑をかけるな。 ・・・・・・こういう考え方は間違いで、周囲の人々だって多少なりとも本人に影響を与えている。それが縁起というやつだから。 自我というものが単一で定義できるものではない=周囲のもの・人とのかかわりのなかで自我がはじめて定義される、という事実を考えてみると、 日本式の「自己責任」というのは論理的な過ちを犯していることがハッキリします。 洗脳原論 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 春秋社 2000-02-15 Amazon Kindle   ちなみに:「CLUB TOMABECHI」というものがある 「まえがき」に書いてあることですが、苫米地氏が主催しているオンラインサロン?もあります。 その名も、「CLUB TOMABECHI(公式サイト)」。 『CLUB TOMABECHI』は「次代のリーダーを育てる」というコンセプトのもとにお送りしている苫米地博士直属の会員制ウェブサイトです。(まえがきより) 月額16,200円なので「高い!」と思われるかもしれませんが、内容の充実度と情報の希少さを考えると私はむしろ「安い」と思います。 なぜわざわざ会員制のサイトにしているかというと、おそらく「電通とか政治の裏話を公開する際について回る訴訟のリスクを軽減するため」でしょう。会費をとっている人々の集まりで言ったことはあくまでも「私的な話」扱いをされるそうなので。これを公共の電波に乗せて発言してしまうと、いろいろと不都合があるみたいです。 苫米地氏が前に言っていたところでは、「いま権力を握っているおじいちゃん方の考えを変えることは難しいから、これから権力を握る若い世代の教育をしっかりとやっていきたい」という教育目的でこういったサロン・クラブなどを主催しているとのこと。   なお、月額16,200円も払えないよという方は、ニコニコ動画の「苫米地英人チャンネル」がおすすめ。 月額890円で、かなりの本数の動画を見ることができます。 あるいは、月額980円で登録できるAmazonの「KindleUnlimited」で苫米地氏の本を読んでみるのもいいかも。 月額すらも払いたくないという方は、Youtubeで「苫米地英人」などと打ってもらえれば、関連動画が山ほど出てきます。   「うさんくさい」とか「トンデモだ」と言う人も一部にいるのですが、そういう人は「具体的にどこがどのように疑わしいのか」をきちんとした論拠をもって示してほしいですね。 私個人の考えとしては、「苫米地氏はホンモノだ」と思っています。 経歴を見ても、実際におっしゃっていることを考えても、著書を読んでいても整合性が取れていますので。   まとめ:苫米地氏の最新刊はいずれも面白いので読んでみてほしい 今回出版された「知の教室」をはじめとして、苫米地氏の本はどれも面白いです。 特に最近出版された以下の3冊あたりはかなり評価が高い。 仮想通貨とフィンテック~世界を変える技術としくみ posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2017-04-28 Amazon Kindle 現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 ビジネス社 2017-02-10 Amazon Kindle 2050年 衝撃の未来予想 posted...

【出版しました】『日本の若者は「常識洗脳」されている!: やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言』出版しました!

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、最近ブログの更新がおろそかになっていた原因をご紹介します(笑)。   このたび、AmazonのKDP(Kindle Direct Publishing)から電子書籍を出版しましたので、ご紹介します。 タイトルは…… 『日本の若者は「常識洗脳」されている! やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言』 日本の若者は「常識洗脳」されている!: やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言 posted with ヨメレバ 栗栖鳥太郎 2017-08-06 Kindle Amazon 私がさんざんこのブログでいつも批判しまくっている「常識」「思考停止」を盛大に火祭りに上げる本です。わりと若い人向けに書きました。 以下、内容紹介です。  * * あなたは、現在日本に何となく「生きづらさ」を感じたことはありますか? 「どうしても他人の視線を意識して行動してしまう。ありのままの自分をさらけ出せる人がうらやましい…」 「最近、現実世界でもネットの中でもイライラしている気がする。他の人を攻撃しないと精神の均衡を保てない…」 「本当は学校の勉強なんて放り出して、やりたいことをやって生きていきたいんだけど…」 その生きづらさの原因、ひょっとすると「常識洗脳」のせいかもしれません。 気付かぬうちに、こんな常識、刷り込まれていませんか? 「親の言うことは聞かなければならない。目上の人の言うことには従わなければならない」 「就活では安定した大企業に内定ゲットしなければならない。公務員試験は、公務員浪人せずに一発で受からなければならない。まともなところに就職できなかった奴は負け組で、同窓会にも恥ずかしくて顔を出せない」 「大学生になったら、友達を作らないといけない。友達のいないぼっちは負け組」 「人をいじる方に立たなければならない。いじられる側は負け組だから」… あなたを苦しめているのはそんな「常識洗脳」です。 しかし逆に言えば、「常識洗脳」さえ解いてしまえば、もう何も恐れるものなどありません。 思う存分自分の好きなことに打ち込めるし、他人からどう見られるかなんて気にしないようになるし、 本当に他の人々と良い関係を築けるようになるし、のびのびと楽しく人生を生きることができるようになります。   この本は、現代日本の若者たちを束縛している「常識」という鎖を断ち切るために書かれました。 なぜ現代日本は「生きづらい」のか? なぜ若者は「息苦しい」のか? 自由な人生を手に入れるにはどうすればいいのか? 常識から解放されて、本当に自分のやりたいことを存分にやるにはどうすればいいのか? この一冊で、すべてがわかる。 若者に捧ぐ、最高の「脱・常識」マニュアル。   <もくじ> はじめに:若者にとって、現代日本はなぜ「生きづらい」のか? その原因は「常識洗脳」にあった! 第1章 他人事じゃない! あなたも間違いなくかかっている常識洗脳 ・「普通の人生」を思い浮かべてみてください ・「学校やめるわ」と言ったときの親の反応でわかる、「常識洗脳」の凄まじさ ・なぜ「常識洗脳」は効果抜群なのか?「バイオパワー」があなたを監視・束縛する ・日本人は具体的にどのように洗脳されているのか? <ヒト編> ①親による「常識」の刷り込み ②友人による「常識」の刷り込み ③授業&教師による「常識の刷り込み」 <メディア編> ①テレビによる「常識」の刷り込み ②SNSによる常識の刷り込み ③まとめサイトによる常識の刷り込み 第2章 若者たちよ目を覚ませ! 明日使える・脱「常識洗脳」問答編 0.一度「常識を徹底的に疑う経験」をしてみよう! 1.「親の言うことには従わねばならない」 2.目上の人の言うことには従わなければならない 3.不要校はいけないことだ 4.リア充(陽キャ)は幸福な人生、非リア充(陰キャ)はみじめな人生だ 5.友達は多くなくてはいけない。友達の少ない奴は負け組だ 6.大学ではまじめに勉強しなければならない。留年・休学・落単・中退はヤバい 7.ほかの人からみてみじめな人生を送ってはいけない 8.ニートや引きこもりは人生修了。飢え死にする。生活できない。 第3章 脱「常識洗脳」したい人のための手びき ・脱・常識洗脳するためには、ひたすら「読書」しよう! ・脱洗脳したい人のための必読書リスト ・これからの社会では「学ぶためのコスト」が工夫次第でどんどん安くなる! ・人類の誰もが、ネットを通じて無料で「知」にアクセスできるようになる ・自分が本当に実現したい「宇宙レベル」「全人類レベル」のゴールを設定しよう! ・「常識洗脳された人」がよく使う頻出単語集。こういう言葉を使ってしまったら要注意  * * この『日本の若者は「常識洗脳」されている! やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言』は、私にとって二作目の本です。若いうちにAmazonで30冊くらい出版しておきたいなぁ~と考えているので、ようやく2/30ですね。 「本って書くの大変じゃない? よく書けるね」 みたいなことをたまに言われるのですが、私にとって「文章を書いて、世の中に少しでも影響を与える」というのはある意味娯楽でもあります。 もちろん、良い反応ばかりではなく、ときにはケチョンケチョンにやられることもあるのですが……インターネットに批判は付き物です。むしろ、批判する人すらもすべて回心させるくらいの本を書きたいというくらいに思っています。批判してくれる人こそ潜在的な読者でもありますから。 私の本を読んでくれる人が一人でもいる限り書き続ける意味はあると思うので、 これからもバンバン書き続けていく予定です。できれば月2冊くらいのペースで。 ちなみに、次に出版したいなと思っているのは「音読×学校教育」の本です。 あとは、「野球関係」の電子書籍市場がまだ薄いので、「野球or体育会系×洗脳」みたいな本も書こうかなと思っています。 ただ、私は言うことがコロコロ変わるのであまり鵜呑みにされるとガックリくるかもしれません(笑) ……なお、6/9に出版した『「音読」で「バカ」が「天才」になる!: 世界最強の能力開発メソッド』もわりかし好評です。教育・学参カテゴリのランキング一位になったのでびっくりしました。嬉しかったです。よろしければ、ぜひこちらもお読みください。 「音読」で「バカ」が「天才」になる!: 世界最強の能力開発メソッド (栗栖書房) posted with ヨメレバ 栗栖鳥太郎 栗栖書房 2017-06-09 Kindle Amazon 最後にもう一度本のアピールを……。 これからの時代、「常識に洗脳されまくってそのまま目覚めない人」というのは、かなりの苦境に立たされると思います。 なぜなら、常識に従っている限り、絶対に「先頭打者」にはなれないからです。 常識にしか頼れない人は、いつでも二番煎じ。 日本の常識とは、典型的には「チャレンジするとあぶないよ。みんなと一緒なら平気だよ。普通の人生を歩みなさい」というもの。大学生の就職先が公務員とか大企業の総合職正社員といった「安定」メインのところに人気集中しているのが良い例です。でも、みんなが殺到すると競争倍率が跳ね上がって、椅子取りゲームに負けた人々が死屍累々。 「他人に金と権力を与えてもらう」というのはたしかにラクかもしれませんが、 飼い主の気が変わればさっさと放り出されます。 エサの獲りかたを覚えないまま路上にポイというリスクがあります。 そもそも、変化の激しい現代社会で「安定」なんてものが存在するかどうか自体、怪しいのです。「安定」というのは幻想ではありませんか? 常識にすがるというのは、「多数派の凡人」として生き続けるということでもあります。 常識にのみ頼って判断する人になるのか、 自分の頭でも考えて判断できる人になるのか、 どちらを選ぶかは個人の自由です。 ただ、「自分の頭でも考えて判断したい」「世の中の常識には違和感しかない」という人には、この本はうってつけ。 世の中の常識がどのように醸成されていくのか、常識を破って思考するにはどうすればいいのか……がすべて書いてありますから。 日本の若者は「常識洗脳」されている!: やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言 posted with ヨメレバ 栗栖鳥太郎 2017-08-06 Kindle Amazon    もしもあなたが「骨の髄から社会の常識に染まって思考停止した大人たちをさんざん見てきた。もう嫌気がさしている」というのなら、絶対に読んで損はさせません。 読むも読まぬも、あなたの自由です。

自分が本当に実現したい「宇宙レベル」「 全人類レベル」のゴールを設定せよ!

自分が本当に実現したい「宇宙レベル」「 全人類レベル」のゴールを設定せよ! 常識洗脳から脱するためにできること 人生におけるゴールは、①やりたいこと ②現状のままでは絶対に達成不可能だと思えること にしなさい!  このブログではしばしば、 「常識洗脳とはどのようなものか」 「常識洗脳はどうやって行われているのか」 「常識洗脳から脱するためにはどうすればいいのか」 というテーマを主眼とした記事を書いてきました。    そもそも「常識洗脳」の何が問題なのかといえば、その常識とやらが、他人によって刷り込まれた思考パターンの反芻に過ぎないということです。自分オリジナルの思考をしないということは、いくらでも取り換え可能な人材であるということでもあります。    常識に依存してモノを言う人々は、 「その常識って、あなたオリジナルの思考じゃないですよね。他人や周囲のメディアによって刷り込まれたことを自分の意見だと勘違いしてるだけですよね。他人によって刷り込まれた常識は置いといて、あなた自身はどう思っているの?」 と問い詰められてはじめて、自分自身が実はなにも考えていなかったということに気付くわけです。    では、「常識洗脳から脱却して、自分オリジナルの思考ができるようになる」にはどうすればいいのか?  その答えは、 「自分が ①本当にやりたくて ②現状のままではとても達成できそうにない ようなゴールを設定する」 ということです。ここでいうゴールとは「戦争と差別のない世界を実現する」といった、人生における達成目標のことを指します。  この「やりたい&できそうもないゴールの設定」を行うことで、脱常識洗脳が容易になります。 コンフォートゾーンの作り方【聴くだけで目標達成できる!CD付】~図解TPIEプログラム~ posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2010-08-23 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   ゴールの条件①:自分が本当に心の底から成し遂げたいゴールであること  まずは①について説明しましょう。   「自分が本当に成し遂げたいこと」は、あなたが生きていく上での軸になります。    自分が本当に達成したいゴールがある人は、他の人やメディアによる常識の刷り込みに構ってはいられません。  たとえば、「人類を他の星に定住させるんだ」というゴールを絶対に達成したいと思っている人は、「夢を見て生きるのはバカらしい」とか「もっと現実を見ろ。自分が食っていけることをやりなさい。公務員とか安定しているよ」といった常識に縛られることはありません。  他人がどう言おうと、社会がどれだけ安定した選択肢を提示してこようとも、自分が本当に成し遂げたいことに向かって突き進んでいくことができます。    逆に、自分はこれをやりたいんだというゴールをそもそも持っていない人は、簡単に常識洗脳の餌食になります。  自分の意志というものがないと、他人やメディアによって提示された選択肢のなかから選ぶことになるのです。そういう人は、お父さんに「公務員はいいぞ、安定してるし首も切られない。民間の大企業も最近は危ないからな」と言われたら公務員になり、テレビで「英会話ペラペラでバリバリ仕事をしている人」を見たら駅前留学を始めるのです。    ですから、自分の人生の主導権を自分の手に取り戻したい人は、まず「自分がほんとうにやりたいゴール」を設定することからスタートしてください。  もちろん、ひたすら安定だけを追い求めて絶対に夢は追わない、というのも生き方としては間違っていません。ただ、そういう人生を送っていくと死ぬ瞬間に後悔しませんか? ということだけは考えておいてほしいと思います。 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   ゴールの条件②:現状のままでは絶対に達成できないゴールであること  次に、②:「現状のままでは絶対に達成できそうもないゴール」という条件。   「現状のままでは」というのがミソであり、考えどころです。  通常であれば「現在の状態ではできそうもないなら、できないんじゃないか? もっと現実的なゴールにすべきなんじゃないか?」と考えてしまいがちですが、それでもあなたは現状の外にゴールを置くべきです。  主な理由は以下の通り。   ・現状の外にゴールがあるということは、自分がいま置かれている現状を打破しようとする強烈なエネルギーが生まれる ・現在地点から見ると達成不可能なゴールであれば、脳が勝手にクリエイティブな解決策(=常識外れの斬新な解決法)を見つけ出してくれる ・ゴールが高ければ高いほど、あなたにとっての「当たり前」の基準がどんどん上がっていく   「現状の外」というのは少々わかりづらいかもしれませんが、とりあえずレベルの高いゴールにしておけばよいのです。  世界レベルか、どうせなら宇宙レベルのゴールにすることをおすすめします。  というのも、現代人の(特に現代日本の)教育レベルの高さ・環境の充実度合いからすると、「日本レベル」「個人レベル」のゴールは低すぎる=現状の中になってしまう可能性が高い、と考えられるからです。    たとえば、高校球児が「日本一の野球選手になる」というゴールに決めた場合、その高校球児が到達しうる限界点が「日本レベル」になってしまいます。  メジャーリーグや中国・韓国・中南米の野球が視野の外に出てしまうわけです。さらにいえば、「野球以外のこと」への興味が薄れる可能性もあります。その高校球児は「日本の野球」という狭い枠のなかに留まってしまい、「日本の野球」以外のことが心理的盲点になります。日本の野球界で是とされている素振り至上主義や走り込み至上主義に陥る可能性があり、思考停止の危険があります。  これでは結局、現状の最適化(=今のままで一生懸命やればいいや)にしかなりません。ゴールが現状の中にあると、脳のクリエイティビティが発揮されないのです。    それを防ぐためには、最低でも「世界レベル」、理想は「宇宙レベル」のゴールを設定すること。  宇宙レベルというとなんだか胡散臭いように思えるかもしれませんが、ゴールを宇宙レベルに設定することによって、実際上のメリットが数多く得られます。たとえば高校球児の例だと… ・日本の野球のみならず、メジャーリーグや韓国・中国・中南米の野球も視野に入れながら、人類最先端のことをやる必要が出てくる → 脳のクリエイティビティが存分に発揮される ・野球のみならず、サッカー・武道・陸上競技といった他のスポーツも視野に入れながら思考することができる ・スポーツのみならず、勉強や学問もやる必要が出てくる ・日本のプロ野球やメジャーリーグで活躍するのは当然、というくらいの高い自己評価を得ることができる  といった数々のメリットを享受することができます。 ちなみに、いまの日本の野球界もゴール設定が間違っているせいで思考停止に陥っているチーム・個人・監督が大半です。具体的に言えば、甲子園に出るくらいのチームのゴールが「全国制覇」、過去に大学野球の全国大会に出たことのあるチームのゴールが「全国大会出場」――というのは完全に現状の内側です。だって、すぐ手が届くじゃないですか。 そういうゴールを設定した時点で脳のクリエイティビティは封印され、「現状の最適化」=今やっている練習をしっかりやればいいんだ!根性だ!やる気だ!効率化だ!やる気がないなら帰れ! というhave toの発想・思考停止に陥ってしまいます。 どうせなら「宇宙一の野球チームとして、人類最先端レベルの有能な人材を育成し、世界平和を実現するための要石になる。全国大会出場?全国制覇? まあ、そのくらいはやって当然だよね」くらいの高い高いゴールにしましょう。このくらいでないと「現状の外」ではありませんし、現状を打破する斬新なアイディアなんて出ません。    ですから、ゴールはどうせなら宇宙レベルにしてしまいましょう!  最初はレベルの低いゴールでもOKなのですが、徐々にレベルを上げていって、最終的に宇宙レベルになればOKです。宇宙レベルまでいけば完全に②「現状の外」という条件をクリアできます。    なお、「個人レベルのゴール」も結構なのですが、個人レベルよりも「自分以外のもっと多くの人をも巻き添えにするレベル」→究極的には「全人類レベルのゴール」が望ましいといえます。自分ひとりだけが変わればいいゴールでは、ゴール達成のためのエネルギーが途中で底を尽く可能性があるからです。早い話が「自己中になって終わり」になる可能性を否定できないのです。  もしも「宇宙一の野球選手になる」というゴールを全人類レベルにアレンジするとしたら、「宇宙一の野球選手になって、その知名度を活かして、世界から戦争をなくすための活動をする」といったゴールが考えられます。他の人のためにもなるゴールを持っていれば、自己中心という視野狭窄状態に陥ることはありません。  自己中心的という落とし穴にはまらないためにも、「自分だけでなく他の人にも恩恵を与えられるゴール」が望ましいのです。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   まとめ:ゴール設定をしっかりやると人生が変わる  したがって、やはりゴールの条件は以下の二つ。 ①本当に達成したいゴールであること。止められても絶対に達成したいゴール。 ②現状のままでは絶対に達成できそうもないゴールであること。理想は「世界・宇宙レベル」「全人類レベル」。ただし最初はそこまで高くなくても良い。徐々に上げていく。    ……あ、今、「そんなゴールを設定しても、できるわけがない」と思いましたね?    まあ、今はそう思っていていいのです。「できるわけがない! とは思うけれど、やりたい」というゴールであればいいのですから。  人間の脳のクリエイティビティを舐めてはいけません。  最初は「できるわけがない」と思っていたことでも、本気で可能性を探っていけば、かならずゴールを達成する方法が見つかります。その過程で常識もたくさんひっくり返ります。常識に縛られている現状から脱することができるゴールでなければ意味はありません。    あなたの人生のゴールは、「そんなの、できるわけがない」と他人に言われるくらいのゴールでちょうどいいのです。むしろ、そう言われるくらいのゴールでなければ「②現状の外」という条件を満たしていることにはなりません。   (注意点を一つ。設定したゴールは絶対に人に言わないでください。あなたにとって「できるわけがない」なら、他人の目から見ればもっと「できるわけがない」のです。ゴールを他人に教えたくなる気持ちはわかりますが、言ったら絶対に否定されます。ゴールは自分の胸の中にだけしまっておけばいいのです)    また、「正しいゴール設定」ができたかどうかをチェックする簡単な方法もあります。  やり方は単純で、「そのゴールを設定してから、急にやる気が湧いてワクワクしてきた。そのゴールを達成したくて居ても立っても居られなくなってきた」という感触があれば、そのゴールはひとまず合格です。「やりたいことが急にたくさん出てきてワクワクが止まらない」という感触があれば、①の「やりたい」と②の「現状のままでは絶対に達成できない」がクリアされていることになります。  逆に、「なんか最近やる気が出ないんだよなー」という感触があれば、それはゴール設定が間違っている可能性が大です。モチベーションが急に上がる感触があるまで、そのゴールをもっと高くしてみたり、微調整してみたりしてみてください。    根性論や精神論を持ち出さないと達成できないようなゴールはそもそも「①やりたい」の条件から外れています。  ゴールを達成するために「努力」は要りません。ゴールを目指しているはずなのに苦しかったりやる気が出ないという時点でおかしいのです。  簡単にできるチェック法ですので、ぜひ試してみてください。    なお、ゴール設定について詳しく知りたい人は、ぜひ各節の間で紹介した苫米地英人氏の本を読んでみてください。なぜゴール設定をすると常識洗脳が解けるのか・なぜゴールを設定するとやる気が湧いてくるのか・ゴールを高く保ち続けるためのコツが山ほど書いてあります。私自身はまだ苫米地式コーチングの認定コーチでも何でもないので悪しからず。苫米地さんの本を読んで理解したことを綴っているだけです。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 では。 思考停止という病 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 KADOKAWA 2016-03-26 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo

「自分を客観的に見る」なんて幻想。キョドる原因・不幸の種は「自己の客観視」にある!

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 よく「自分を客観視する」なんて言いますが、私はそれに反対です。 自分を客観視しようとすると、さまざまなデメリットがある。 ついでにいえば、自分を客観視するというのは原理的に無理。 今回は、「自己の客観視」について書きます。  「自分を客観的に見る」なんて幻想。キョドる原因・不幸の種は「自己の客観視」にある!  人間は絶対に自己の主観から離れることができない 「自分を客観的に見ようとする」と、悪いことしかない 世間一般で言われる「自分を客観視する」というのは、だいたい ・過去のデータ・現在の状況をもとに自分を分析する ・自分が周りの環境とどういう関係にあるのかを把握する という意味合いで使われることが多いようです。   字義通りに解釈すれば、「客観視」とは 「自分ではないほかの人の目線」=「客観」という視点に立って視る、ということになります。 つまり、「自分の目線からいったん離れて、ほかの人の視点に立ってものを見る」のが客観です。 客観の対義語はもちろん、「主観」です。   しかし、「自分の人生は結局自分の主観でしかない」(後述)ということをわかっていない人が、 「客観的に自分を見ようとする」と、以下のようなドツボにはまることになります。   ①自分の行動を客観的に見ようとする → ほかの人が自分の行動や姿形をどう見ているかを異様に気にするようになる → キョドりの原因になる ②自分の人生やステータスを客観的に見ようとする → 客観的に見るためにほかの人と比較する → 気持が不安定になる原因となる ③自分を客観的に分析しようとする → 判断材料は「自分の過去の実績や経験・限界」 → 夢や目標をあきらめる原因になる   ①は、まさに日本人に多いタイプ。 自分を客観視しようとすればするほど、「他人の目線から見た自分」を意識することになりますから、 「他人の視線が怖い」「みんなの前で失敗したら恥ずかしい」「ほかの人にどう思われるかが怖い」 という恐怖・恥の感情に襲われることになります。   ②は、インターネットをやっているとどんどん悪化していきます。 自分の人生を客観視すればするほど、「自分の人生やステータスは、ほかの人と比べてどうなのか」にこだわるようになるからです。 ネットというのは「自分のほしい情報だけが集まる」性質を持っていますから、 そういう人はどんどん「ほかの人との比較情報」ばかりを手元に集めて、学歴論争や育ち論争にはまり込んでいきます。 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   ③は、典型的なドリームキラーの行動パターンです。 たとえば、今年40歳になった会社勤めの冴えないおっさんが「世界一の電機メーカーを作る」というゴールを立てたとします。 これを客観的に見れば、「やめとけやめとけ、今の仕事をつづけたほうが安泰だよ」となるでしょう。   そのおっさんが「客観視するクセ」のある人なら、きっと「今からじゃもう遅いよ…だって40歳だよ」となるでしょう。 客観的に見れば、「40歳になってから、電機メーカーを起こすための事業を始める」のはあまりにも遅すぎるように思えてしまいます。 しかし、この思考法には決定的な誤りがあります。   それは、もしもそのおっさんが本当に世界一の電機メーカーの社長になったとしたら、 「40歳になってから、電機メーカーを起こすための事業を始めた」という事実はたちまち、 「あのとき思い切って始めてよかった」にすり替わるからです。   「自分の今の状態」の評価を「現在の視点」から下すことはできません。 現在の自分の状態がどうであるかを客観的に分析するなんてどだい無理です。 現在の自分の状態は、未来になってみないと解釈できないのですから。 ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書) posted with ヨメレバ 今野 晴貴 文藝春秋 2012-11-19 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   そもそも「客観的に見る」って幻想じゃね? という話 そもそも、「自分という一個の人間が、自分ではない人間からの目線で世界を見ることは不可能」なのです。 自分が使える視点というのは、自分の視点だけ。 友人の視点を借りることはできません。   生まれつき目が見えない人に「空の青さ」を説明するのが無理なのと似ています。 生まれつき目が見える人が、生まれつき目が見えない人の視点に立つことはできないのです。逆も然り。   究極的に言えば、「鏡やカメラ」に写っている自分の姿(のように思えるもの)すらも、まやかしに過ぎません。 「自分の目線」から離れることができない以上、人間は自分の顔を見ることができないようになっているのです。   人間は、自分の目線から離れることはできない。 客観的なものの極致に思える科学ですらも、それを解釈する個人個人の主観性から離れることはできません。 極端な話、同じ「1+1=2」の解釈でも、「科学なんて信じないぞ」という人と、「科学を完全に正しいと思っている」人では異なる可能性があります。   ですから、結局は「客観的な視点」そのものが存在しません。 できるのはせいぜい、後述する「ほかの人も自分と同じように主観のなかで生きているのだろうな」と想定することくらいです。 「客観的に見る」というのは幻想にすぎないのです。 なぜ日本の若者は自立できないのか posted with ヨメレバ 岡田 尊司 小学館 2010-11-30 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   自分の人生は主観オンリー。「ほかの人も自分のように主観を持っていると想定する」ことができれば十分 「客観的に見る」というのが幻想であるとすると、こういう問題が出てきます。 ①「客観的に見る」ことができないなら、一体私たちは何を頼りにすればいいのか? ②主観しか存在しないというのなら、他人の目線を気にすることなく、人生は自分の好き放題にやっていいというのか?   以上述べてきたように、私はこう考えています。 1.「客観的に見る」なんてそもそも原理的に不可能 2.「客観的に見ようとする」のは、悪い結果しか生まない 3.できるのは、「自分の主観というレンズを通して見ること」だけである 4.「自分が主観のなかで生きているのと同じように、ほかの人々も主観の中で生きているんだろうなと想定する」ことはできる   ①「客観的に見る」ことができないなら、一体私たちは何を頼りにすればいいのか? に対する私の答えは、↑の3.と4.です。 客観的に見るというのが物理的・原理的に不可能である以上、使えるのは「自分の主観をいかに上手に活用するか」だけ。 客観的に見ようとする代わりに、「自分の主観をもとにして(≠客観的)、他者の気持ちを推測する」能力が必要です。 もちろん、「その人の主観がぶっ壊れている場合」は他者の気持ちを推測することができません。   ②「主観しか存在しないというのなら、他人の目線を気にすることなく、人生は自分の好き放題にやっていいというのか?」 についても、3.4.が私の答えとなります。 「他者にも自分と同じように主観があるのだろうな」(発達心理学でいう心の理論)という前提をわかっている人であれば、 「自分がやられていやなことは人にするな理論」にしたがって行動することになります。 この場合も、「主観そのものが破たんしている人の場合」はアウト。 主観が破たんしている人は、他者の気持ちを推測する能力がないからです。 刑法でも責任能力なしとみなされます。   「客観的に見る」ことが不可能であるなら、「主観的」をどううまく使うかがポイントになるわけです。 「他人の主観を体験するのは原理的に不可能ではあるけれど、仮想マシンのように想定することはできる」のを利用すればいい、ということです。 五分後の世界 (幻冬舎文庫) posted with ヨメレバ 村上 龍 幻冬舎 1997-04-01 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   まとめ:「客観的に見る」なんて幻想でしかない 今回の内容をまとめると、 1.「客観的に見る」なんてそもそも原理的に不可能 2.「客観的に見ようとする」のは、悪い結果しか生まない 3.できるのは、「自分の主観というレンズを通して見ること」だけである 4.「自分が主観のなかで生きているのと同じように、ほかの人々も主観の中で生きているんだろうなと想定する」ことはできる 5.主観をうまく使って生きることが大切 ということになります。   「自分を客観的に見る」なんてする必要はないのです。 あくまでも自分の人生は自分の主観のもとから離れることはできない。   この「主観メイン」の考え方を身につけると、キョドらなくなるし、他人の目を気にすることもなくなるし、 自分の人生の主導権を自分の手に取り戻すことができるようになります。 しかも、結果的には他人を思いやる力が増すことになります。   この記事で考えてきたように、 私はあらゆる点において「主観>>>客観」だと思っています。 人生が主観的なものであるということをわかっているほうが、よほど楽しくうまく生きることができる。 「人生は主観的なもの以外ではありえない」、この思考法を一度試してみてください。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo

うわっ…私の常識、もろすぎ…? 「常識に頼る」と裏切られるし結局めちゃくちゃ損しますよ

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 世の中の多くの人が勘違いしていることの一つに、 「夢を持つのは結構だが、常識的に考えて達成可能なものにしておきなさい」 という教えがあります。 ドリームキラーとなる人々の言い草としては、 「これまでの常識からしてあなたのやろうとしていることは無謀だから、やめなさい」 というのが代表的ですが、その「常識」が意外と曲者なのです。 うわっ…私の常識、もろすぎ…? 「常識に頼る」と裏切られるし結局めちゃくちゃ損しますよ そもそも「常識」というものは実在しない 「常識」は、あなた自身の思考ではない たとえば、こんな「常識」があります。 ・飲み会の時は、先輩や上司の酒を注いで回るのが「常識」 ・大学は四年間できちっと卒業し、ちゃんとしたところに就職するのが「常識」 ・年上の言うことに従い、若者らしく礼節をわきまえるのが「常識」 これらの常識を破る人を見かけたら、きついお叱りの声を浴びせたり嫌味を言ったりするべきだ、という「常識」を持っている人もいるようです。 『なぜなら、「常識」とはみんなが共有し遵守すべきものであり、そうすることによって社会は回っているのだから……』   しかし、ちょっと立ち止まって考えてみてください。 その「常識」って、「思考停止」とどこが違うのでしょうか?   まず、 「みんながそうしているから」 「これまでそういう風にやってきたから」 という理由だけで常識に固執するのは、文句なしの思考停止ですよね。   実は、常識とされていることというのは、「ほかのひとがそうしているから自分もそうする」という動機くらいしか持たないもので、ロクに検証もされていないものが大半なのです。 常識は、「こんなのは常識だろ!お前は学校で何を学んできたんだ」などと怒鳴りつけるときには便利なツールかもしれませんが、実はまったく「それは本当に正しいのかどうか」なんて考えられていないのです。多くの場合は。   たとえば、『年上の言うことに従い、若者らしく礼節をわきまえるのが「常識」だ』という考えを持っている年配の方を想定します。最近の若者はけしからん、年上を敬わない、などとグチグチ。   さて、彼が持っている常識は、「彼自身が検証したもの」なのでしょうか? つまり、「年上の言うことに従え」というのは、その年配の方が頭を使って考えた末の結論なのでしょうか? たとえば、 ・年上と年下では経験を積み重ねてきた年数が異なる ・経験年数が多い人の方が経験値が高く、適切な判断を下せる可能性が高い ・だから、年上=判断の正確さが高いと想定される人の指示には従ってもらおう という一応の論理を経たうえで、その「常識」に達したのであれば、まだわかります。 こういう思考のできる人であれば、「判断力が高い年下」が出てきたときにすんなりと権限を委譲できるだけの頭の柔らかさも持っているでしょう。   しかし実際はどうでしょう。 表向きは「それが社会の常識だ」とさも自分の考えに根拠があるかのように見せかけておいて、 本音としては「いいから黙って俺の言うことを聞け!!」という他人を思い通りに操り服従させたい願望が潜んでいるのではないでしょうか?   私が「常識」にうさんくささを感じる理由の第一が、これです。 「常識は、その人の考えではない」。 洗脳原論 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 春秋社 2000-02-15 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 図書館   「常識」は、いとも簡単にひっくり返されるものだ 世の中には一定数、手のひら返しをして優勢なほうにつこうとする日和見主義の人々がいます。 たとえば、1990年代まで、世の中では「日本人野手がメジャーで成功するなんて無理」が常識でした。   こういう「常識に巻かれる人々」の思考の変遷を見ていくと面白いですよ。 1990年代:日本人野手がメジャーで成功するのは無理。 2000年代:日本人野手でもメジャーで成功できる。どんどん移籍すべき 2010年代(~現在):日本人野手はやっぱりメジャーで通用しない。イチローは例外だった。 という風に、   その時代に生きている人からすると客観的な評価を下しているように見えるのですが、通してみると主張はブレブレ。「常識」というのはこんなに変わりやすいものなのです。 野球の例だけでは不服というのなら、「天動説は正しい」「魔女は存在する」というのがその時代時代では「きちんとした常識」「まともな人間なら当然そう考えるべき」とみなされていた――ということも好例です。   こう考えると、むしろ「非常識だ!!そんなことはありえない!!」と現在糾弾されていることのほうが、「常識」とされているものより真実を突いている可能性は高いといえるかもしれません。 常識に自我を依存している人たちは、常識を覆すものに怯え、拒絶します。彼らが「そんなのは認められない!!」と必死になっている場所にこそお宝が隠されているのかもしれないのです。   科学史では、「パラダイムシフト=その時代に当然とされていたことがひっくり返されること」という言葉があります。つまり、パラダイム(常識)はひっくり返されて当然のものなのです。そんな不安定なものに身を委ねて安堵するとは、どれほど思考停止しているのか?   当然、現在常識とされていることは、百年後にはそのほとんどが非常識となっているでしょう。 新しい真実が出てくると、最初は無視される。 次に激しい反対にあう。 そして最後には『そんなのは最初からわかっていたことだ』といって処理される。 ――ショーペンハウアー 「不安定な常識に自我を依存させた日和見主義の人々」の言葉なんて、はなから無視して大丈夫なのです。 サイコパス (文春新書) posted with ヨメレバ 中野 信子 文藝春秋 2016-11-18 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 図書館 「常識」に縛られた人は、「新しいもの・革新的なもの」を拒絶する 「常識日和見主義」の人々は、結局自己の正当化がしたいだけなのです。 それは、「これまでの常識を覆す革新的なもの」に対する彼らの反応を見ればよくわかります。 革新的なもの・常識外れのサービスに対する「常識派」の人々の反応 ・それが失敗した場合 → それ見たことか。やっぱり言った通り。常識的に考えて無謀だったんだ。 ・それが成功した場合 → そんなことは初めからわかっていたことだ。こんなの常識だろ?   こういう態度を取っているかぎり、その人は「新しいものにガンガン投資して先行者利益を得る」ことはできません。自分からチャレンジすること自体もないでしょう。 世の中の理屈として、あらゆる物事は基本的に「リスクに見合ったリターンしか返ってこない」ようにできています。   新しいものを試してみるというのは、海のものとも山のものともわからないゲテモノをつかまされる場合もありますが、それが「当たり」だった場合の利益(先行者利益)は計り知れません。 いっぽうで新しいものを拒絶して、普及したころになってようやく恐る恐る手を出してみるというスタンスの人は、損をすることも少ないのですが、大きな得をすることもありません。   どちらもイーブンに見えますが、 この場合、「手を出すのが遅いことによる潜在的な損失」が実質的なマイナスになっています。   「常識から外れた革新的なものに手を出さない人々」は、おいしい思いをすることなく一生を終えることになりそうです。 平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学 posted with ヨメレバ M.スコット ペック 草思社 1996-12 Amazon Kindle 図書館 「常識」に縛られた人は、自分の人生を自分でがんじがらめにしてストレスを勝手に溜める 数限りなくある「常識に縛られるデメリット」のなかでこれが一番のリーダー格だと思うのですが、 「常識」に縛られた人は、自分の人生を自分でがんじがらめにしてストレスを勝手に溜める という悲しい現実があります。   だって、自分の考えがまるでないわけですから。 自分の考えを練り上げる余裕がないままに、 「みんながそういっているから」「みんなと同じように」 という外部の動機にばかり翻弄されるのですから、ストレスが溜まって当然です。 自分の人生の主導権が他者の手に握られているに等しいのです。   自分でコントローラーを握らないままゲームをプレイして何が楽しいのでしょうか?   こういう人に限って「なんのために生きているのか」に悩むことになります。 「常識」に自分の価値観を合わせ、常識から外れた人々を叩きまくり、 自分の人生にも常識をガチガチに当てはめて「生きている意味がわからない」と嘆く。 出来の悪いマッチポンプです。   自分が「常識」にがんじがらめにされている自覚を持ってほしいものです。 常識にしばられて損をするのも自分ですし、常識から解放されてやりたいことをやるのも自分なのですから。 文庫 他人を支配したがる人たち (草思社文庫) posted with ヨメレバ ジョージ サイモン 草思社 2014-10-02 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 図書館 まとめ:「常識外れだ!」を武器にして他人を攻撃する人は、結局とてつもなく損をしている このように、「常識に依存すること」はとてつもなく不利な生き方です。   「常識をふりかざして、アラを出した他人を思う存分攻撃する人」 「自分の意見を通したいがために『常識』を振り回す人」 「『常識は常識だから』という思考停止に陥っている人」 どれも、不合理に思えます。もう少し頭に柔軟性があればいいのに、とも思います。   今回の記事のポイントは、 ・「常識」は、あなた自身の思考ではない ・「常識」は、いとも簡単にひっくり返されるものだ ・「常識」に縛られた人は、「新しいもの・革新的なもの」を拒絶する ・「常識」に縛られた人は、自分の人生を自分でがんじがらめにしてストレスを勝手に溜める の四点です。   「常識」という言葉を聞いたら、これらを思い出してみてください。 案外、世のなかの常識ってアテにならないことがわかるはずです。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 他人を引きずりおろすのに必死な人 (SB新書) posted with ヨメレバ 榎本 博明 SBクリエイティブ 2016-09-06 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 図書館

「学びたいものを学ぶ」と「勉強したくないけど必要だから学ぶ」の越えられない差

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「やりたいことをやればいいじゃんシリーズ」の最新作となります。 「学びたいものを学ぶ」と「勉強したくないけど必要だから学ぶ」の越えられない差 勉強は基本的に「want toのみ」で通すべき。いかに「have to」を減らせるかで勉強の成果がまるで変わる 「学びたいものを存分に学ぶ」 「学びたいものを存分に学ぶ」 「自分が追究したいものに徹底的に没頭する」 「やりたいことを死ぬほどやる」 …どれも、その道の成功者であればやっていることです。   「ぶっ倒れるくらい研究や練習に熱中する」エネルギーを供給してくれるのは、 あなたが本当に「これは自分にとってまぎれもなくwant toである」と感じるものだけです。 「want to」つまり「心からやりたいこと」に没頭する。 変な例ですが、ギャンブル中毒やスマホ中毒やゲーム中毒もある意味では「want to」です。 want toでなければ、自分の生活が破綻するレベルまではのめり込めません。途中でやめてしまいます。   そういえば前回の記事で紹介した苫米地氏・小山裕史氏には、こんなエピソードがあります。 ・苫米地氏:大学院時代、一日24時間のうち睡眠時間4時間以外のすべての時間(つまりほぼ20時間)を読書に充てていた ・小山氏:自らが打ち立てた「初動負荷理論」の検証作業に没頭するあまり、睡眠不足が重なり、食事もろくに摂れず、ついにぶっ倒れる。医者からは「普通の人だったらとっくに死んでいますよ!」と止められたが、動作改善を求めてやってくる人々には関係ないということでそのまま現場に出続けた 両氏とも、完全に「自分のやりたいことの追究」のためにこのレベルのことをやっていたと思われます。 決して「20時間勉強しなさい」と言われたわけではないし、ぶっ倒れるまで研究しろと言われたわけでもありません。あまりにも自分のやりたいことに熱中しすぎた結果なのでしょう。 希望のトレーニング 彼らは初動負荷トレーニングで何を見つけたのか posted with ヨメレバ 小山 裕史 講談社 2014-07-31 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   <番外編> ・ボディービルダーの北村克己氏(マッスル北村氏):コンテストに向けての減量が肉体の限界を超え、筋肉隆々の身体のまま「餓死」してしまった ・ワタミの渡辺社長:社員向けに配った小冊子に「24時間死ぬまで働け」と書いた   マッスル北村メモリアルBOOK―孤高の筋肉求道者 (B・B MOOK 1220) posted with ヨメレバ ベースボールマガジン社 2015-08-03 Amazon Kindle ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書) posted with ヨメレバ 今野 晴貴 文藝春秋 2012-11-19 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 「成功者の共通項」としてよく「一万時間の法則」が引き合いに出されますが、一万時間というのはあくまでも、やりたいことを徹底的にやり込んでいたらいつの間にかそのレベルの練習量になっていた――という話であって、 はじめから「よし、一万時間やればうまくなるらしい。だから毎日10時間を三年間やろう」と計画を立てるのは本末転倒なのです。   あくまでも、意識としては「これだ!! と思った、自分のやりたいことをやる」だけ。 努力の人であるとか、一万時間の法則とか、そんなものは結果として言われるだけのことです。 超一流になるのは才能か努力か? posted with ヨメレバ アンダース エリクソン,ロバート プール 文藝春秋...

日々の生活に物足りなさを感じる人は、「一生をかけて追究できそうなもの」を発見してのめり込めばいい

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 私が個人的にとても尊敬している方が二人いるのですが、 それは、スポーツ界では小山裕史氏、頭脳という点では苫米地英人氏です。 お二方とも、「一生をかけて追究していけるもの」を追い求めるという点で共通しています。 そして、お二方とも「めちゃくちゃ幸せそうに充実した日々を生きている」という点で共通しています。 そこで今回は、人生に物足りなさを感じる人につける薬をご紹介します。 日々の生活に物足りなさを感じる人は、「一生をかけて追究できそうなもの」を発見してのめり込めばいい 「一生かけて遊び倒してもゲームクリアにならないゲーム」を持てば、一生遊べますよね? という発想 「一生をかけて追究できそうなもの」にのめり込むことのすばらしさ ノーベル賞を受賞するようなレベルの「研究者」のインタビューを聞いていると、 「ああ、この人はほんとうに好奇心のままに研究し続けてきたんだなあ」 と感じることが大半です。   研究生活には良いことばかりではありません。 ポストをかけた同期同士のライバル関係だったり、指導教授や論敵による激しいツッコミもあります。 世間的には「なにをやっているのかわからない」とみなされがちです。   それでも彼らは研究を続けます。 彼らは、いろいろな嫌なことがあってもなお「研究することが好き」なのであり、 「自分が研究しているものに対する没頭」することの魅力に憑りつかれているのです。 「研究していると、世界でいちばん最初に自分が発見したであろうことに出会う瞬間がある。 その瞬間があるから研究はやめられないんだ」ということを述べる科学者もいます。   いま私が出したのは科学者の例ですが、スポーツ選手や芸術家なども同様です。 いろいろと実生活で辛いこと・嫌なことがあっても、それでもなお彼らにとっては 「研究」「練習」「創作」だけはやめられないものなのです。   こういった人々がやっていることには、一つの共通点があります。 それは、「一生かけても絶対に終わらないものにのめり込んでいる」。 一生かけても終わらないゲームに興じている、と言ってもいいでしょう。 興じている、という言い方すら適当ではないかもしれません。 彼らの意識としては、ただひたすら「やる」だけですから。   そして、彼らのやっていることは、「良くなる」「進歩する」ことはあっても、「最終的な正解に辿り着く」ことはないのです。RPGゲームは「Lv.100」という決められた限界がありますが、彼らにはそれがありません。Lv.100になったら次は101。101になったら次は102…という具合に、エンドレスで続きます。   「終わりのないゲームはつまらない」と感じるか、 「終わりのないゲームだからこそ面白い」と感じるかは人それぞれです。 前者と後者を分け隔てているものは、「それを<すること自体>に楽しみを感じているか」の一点にあります。「○○だからおもしろい」という条件付きの面白さではなく、無条件で楽しむことができるかどうか? ということです。 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス     条件:人生の物理的時間が限られている以上、のめり込むのは「自分が追究の可能性を感じるもの」にした方がよい 人生の時間は有限です。 基本的な生活速度や思考速度を上げることで実質の時間は増えますし、 これからの人類は自らの寿命をどんどん伸ばしていくことが予想されますが、 それでも、人間が生物である以上いつかは終わりが訪れます。   人生が有限である以上、「あれも、これも」をあまりにもやりすぎるのは得策ではありません。 ある程度の「あれも、これも」なら良いのですが、世の中にある無数の事象をすべて極めようとしても、 「無限のモノを有限の時間で極める」ことは土台無理な話です。   そこで、「どうやって絞るか」が問題になるわけです。 条件としては、以下のようなものが考えられます。 ・やること自体が楽しいもの ・やらされるものではないもの ・追究していける余地があるもの ・追究することで多くの人に多大な迷惑をかけないもの ・追究していけば社会に何かしらの利益を与えられそうなもの このあたりの条件をクリアしていないものにのめり込むのは、あまりおすすめできません。   たとえば「空き巣の技術を極める」「人殺しの技術を極める」「いじめの方法を極める」といっても、それは「たくさんの人に迷惑がかかる」ので倫理的にアウトです。 あるいは、「ルービックキューブを極める」のも趣味としては良いのですが、それが「一生をかけて追究しきれるだけのスケール感があるかどうか」は私には怪しく思えます。   一生をかけて究めるものは、上で述べたように「want toであること」「ワクワクすること」「結果的にみんなのためになること」などの条件がそろっている方が合理的です。社会に多大な迷惑をかけるようなことを追究するのは、倫理的にはグレーゾーンとなります。人間は社会の中で他人の力を借りながら生きているのですから、そこをわざわざ反故にする意味もないでしょう。   とにかく、「自分が追究の可能性を感じているもの」かどうかをきちっと精査しておくべきです。そうしないと、後々になって色々な不都合が起きかねません。 全速脳 ~脳は鍛えると100倍加速する posted with ヨメレバ 苫米地 英人 宝島社 2014-10-09 Amazon Kindle 楽天ブックス   それが「社会の利益になっている」と確信できるなら、なお最高 「自分のwant to」が「社会の利益にもなる」のであれば、これ以上の合理性はないでしょう。 自分としてはやりたいことをやっているだけ。 それが社会の利益になって、たくさんの人が喜ぶ。 一石二鳥です。   この記事の冒頭でご紹介したお二方も、まさにそれを体現されています。   小山裕史氏は「初動負荷理論」という追究の可能性が高いものを研究されています。 現時点ではいろいろな障害(考えの古い人に拒絶されたり、精神的におかしい人に粘着されたり、誹謗中傷されたり、初動負荷マシンの偽物が出回ったり)がありますが、小山氏の初動負荷理論にはほかの理論にはない合理性があります。筋が通っているので、論理としての力は相当強いものとなっています。 論理として強いものなので、これから根強く普及していくことになるでしょう。 (ちなみに、「社会に不利益をもたらすもの」には、「本人が正しいと思っているものが間違っている」というパターンが意外と多いのです。つまり合理性に欠けているのに正しいと思っているということ。本人が気付きにくいので厄介です) 希望のトレーニング 彼らは初動負荷トレーニングで何を見つけたのか posted with ヨメレバ 小山 裕史 講談社 2014-07-31 Amazon Kindle 楽天ブックス   苫米地英人氏は、昔からこのブログのなかで幾度となく紹介していますが、 「世界から戦争と差別を無くす」というゴールを持っている方です。 そういうゴールを持っている人を「うさんくさいな」と反射的に拒絶してしまう人も多いのですが、 私が見る限り苫米地氏は本気でそれを達成しようとしています。   苫米地式コーチングでは「want to」がきわめて重視されるのですが、 提唱者である苫米地氏自身も自分の人生でひたすら「want to」を追究されてきた方です。 「want to」がそのまま社会の利益になる。 社会の利益になれば、人生の充実感も出てくるし、お金も入ってきます。   堀江貴文氏がよく「好きなことをやりゃいいじゃん」という意味のことを述べるのも、そういうメカニズムがあってのことです。want toは生産性が高くなるので、それが社会の要求と合致すれば、勝手にお金が入ってくる……というシステムになっているのです。 世の中は、意外とうまくできていますね。 多動力 (NewsPicks Book) posted with ヨメレバ 堀江 貴文 幻冬舎 2017-05-27 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ:「のめり込む対象」を見つけるのは意外と時間がかかるけど、見つけたときの安心感は格別 最近、「自分の時間を取り戻そう」という価値観がだんだん共有されてきているような気がします。   昔から「レールの上を走るだけの人生はやだ」みたいなことをいう人はちらほらいたのですが、 情報化社会が進んで情報格差が広がった結果、 多くの人が依然として「年収○○万円は勝ち組」「学歴○○なんだけどどう?」といった奴隷の鎖自慢みたいな価値観を強めるなか、 一部の人は「自分のやりたいことをやればいいじゃん」ということに気が付き始めているのではないのでしょうか。   「やりたいこと(かつ社会の利益になる箏)をやる」と「やりたくないけど必要なことをやる」とでは、生産性で大きな差が付きます。合理的なのは「want...

「みんなと一緒がいい」は洗脳であり幻想。「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」だ

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「孤独」についての記事です。 現代は、何かと「みんなと一緒であること」「普通であること」「ほかの人によく見られること」が重要視される時代であると私は感じています。 そんな時代にあって、「孤独な時間に耐えられない人」が増えつつあるのではないでしょうか? 今回は、そんな「孤独な時間」について書いてみます。 「みんなと一緒がいい」は洗脳であり幻想。「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」だ 「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」 今回の記事で私が言いたいのは、これです。 「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」が、「孤独になってみる」こと。 孤独な時間の「質」と「量」が充実すれば、無能と言われる人が有能な人を追い抜くことができる。 逆に、孤独な時間の少なすぎる人=いつも他人と一緒に行動する人は、いつまで経っても無能から脱却するチャンスがない。 以下、説明していきます。 孤独のチカラ posted with ヨメレバ 齋藤 孝 PARCO出版 2005-07 Amazon Kindle   なぜ、「孤独の時間が少ない」ほど、特に「現時点で能力のない人」が成長できないのか? 「孤独の時間が少ない」と、人間の成長速度はかなり遅くなります。 特に、「いまの時点であまり能力のない人」が成長する速度が遅くなります。   これは理屈で考えればわかることです。 なぜ、「孤独の時間が少ない」ほど、特に「現時点で能力のない人」が成長できないのか? 主な理由は2つあります。 1.みんなと同じことばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる →極端な話、もしみんなが一日中まったく同じ訓練をさせられるとしたら、もっとも成長するのは「もともと能力が高い人」のはず。 みんなが同じメニューをやるのだから、現時点で能力の低い人が現時点で能力の高い人に勝てるまで成長するわけがない。   2.「自分の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」は、「孤独の時間」にしかできない →自分の能力をいちばん伸ばせるのは、自分だけのためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練です。 全体練習はみんなで同じメニューをやるものですから、その時間に個人的なオーダーメイドの訓練をすることはできません。 個人のためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練が効率的にできるのは、「孤独な時間」だけです。     以上の三つの理由を、「野球チーム」の例をとってみていきます。 ひとりぼっちを笑うな (角川oneテーマ21) posted with ヨメレバ 蛭子 能収 KADOKAWA/角川書店 2014-08-18 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 1.みんなと同じことばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる たとえば野球の場合、 「全体練習が多いチーム=孤独の時間が少ないチームほど、能力の低い人が能力の高い人に追いつくことは難しくなる」 のです。   全体練習というのは、基本的に「能力のある人も能力のない人も、みんなが一斉に同じメニューをこなさなければならない」ものです。 特に、「みんなが一斉に同じメニュー」というのがミソ。 へたな人もうまい人も同じメニューをやるのでは、「へたな人がうまい人に追いつく」のは難しいのは当然ですね。   みんなと同じことをやっている限り、個人の実力を爆発的に伸ばすことは難しい。 よく言われる通り、「個人の力は個人練習でしか伸びない」わけです。 全体練習というのは、多くの部員たちの要望に応える最大公約数的なものです。 わざわざ個人のために全体の時間を割いてはくれません。 つまり、「1.みんなと同じこと(=全体練習)ばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる」のです。 まさに、「孤独の時間が少ないと、能力のない人が能力のある人に勝つことは難しい」。     おまけに、全体練習というのは本質的に「have to」です。つまり、「やらないといけないもの」なのです。 人間の脳は、外部によってなにかを強制されることが大嫌いです。 自分の中から湧いた好奇心・欲望のままに好きなことをやるのは大好きですが、嫌いなことをやらなければいけない場合には、とたんにやる気を失います。 「よし、これから勉強しよう」とwant toになった子供に、 その子のお母さんが 「タカシ(仮名)!!! なに遊んでんの!!! 勉強しなきゃダメでしょ!!! 良い学校に入れないわよ!!!」 と命令したら、子どもはゲンナリして勉強へのやる気がかなり削がれるはずです。   これは学校の授業なんかでも同じ。 「みんなに一緒の授業を受けさせる」ということは、自発的な動機=want toをまるで無視しているので、どうしても「have to」からスタートすることになってしまいます。 もともとがhave toなのだから、個人の意欲なんて出なくて当然でしょう。   そして野球の全体練習も、もとがhave toです。   当然、「生徒の自主性(=want to)を重んじた全体練習(=have to)をしている」というのは完全に矛盾しています。 本当にwant toであれば、個人個人を放っておいても勝手にやります。 そして、その「放っておいてもやるwant toの個人練習」こそが、その人の能力を爆発的に引き上げる鍵となるわけです。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   2.「自分の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」は、「孤独の時間」にしかできない 「放っておいてもやる個人練習」こそが、その人の能力を爆発的に引き上げる鍵となるのですが、 その「放っておいてもやる個人練習」とはつまり、「その選手の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」なわけです。   たとえば、「打者がかすりもしないストレートを投げたい」という目標を持った投手がいるとします。 このとき、その投手に「孤独な時間」が多ければ、ストレートを磨くためには何が必要なのかを考えてじっくりと個人練習できます。   自分のピッチング動作のロスがどこにあるのか? そのロスを解消するには何をするべきか? ボールの握り方は工夫できないか? 柔らかくて強い筋肉を作るトレーニングはないのか? スパイクを変えてみるか? 球の速い投手のフォームの共通点は何なのか? 栄養摂取はどうすればいいのか?   ・・・考え抜いて考え抜いて、書店に行ってスポーツ科学やら栄養学やら武道やら生理学やら野球教本やらを調べまくって、 また考えて考えて、有能なトレーナーに会いに行ったり、インターネットでサプリメントを調べたりすることによって、 「自分がストレートを磨くために行う訓練・習慣」を完全オーダーメイドで作り上げる。   そして、そのオーダーメイドの訓練を、「want to」の時間帯である「孤独な時間=個人練習」のときに高い集中力で行う。   ここまで徹底して個人の能力を伸ばすことができるのは、「孤独な時間」の特権です。   全体練習では、ここまでの思考&訓練はほぼ不可能でしょう。 全体練習でカバーできるのは、せいぜいランニングとか、キャッチボール、連係プレー、など。 個人の細かいニーズに応えることはできません。   しかも全体練習が多くなるほど、孤独な時間=個人練習の時間は圧迫されます。 一日に使えるエネルギーのうち大部分を全体練習にとられてしまえば、孤独な時間に使えるエネルギーも少なくなります。 授業中に寝てばかりいる野球部員がいい例でしょう。   つまり、全体練習が多いと、個人の上達速度は結果として遅くなる。 全体練習でたくさん練習した場合、すでにうまい人にはある程度の恩恵があるかもしれないが、 現時点で能力のない人が個人練習で差を詰めることはかなり難しくなる――ということです。 心の野球 超効率的努力のススメ (幻冬舎文庫) posted with ヨメレバ 桑田...

「やりたいことをやって生きる」「好きなことを徹底的にやる」生き方の注意点

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「やりたいことをやる」にあたって、ぜひ気を付けておいたほうがいい注意点を一つ解説します。 「やりたいことをやって生きる」「好きなことを徹底的にやる」生き方の注意点 「やりたいことをやる」には、冷徹な目でのリスク管理が必要 夢を折る2つの原因 小学生に将来の夢を尋ねる、というのは学校でよくやっていることです。 「夢はプロ野球選手です」 「将来は小説家になりたい」 職業はゴールにならないよ、ということは置いといて(後日書きます 小学生の多くは、その後月日が経つにつれて「公務員志望」「給料のいい会社・待遇のいいところに就職したい」というふうに考えを変えることになります。平たく言えば、ほとんどの夢は挫折してしまうわけです。   ここで、なぜ夢を持っている人の多くが挫折しているのかの要因を考えてみると、 1.周囲のドリームキラーの言いなりになった 2.椅子取りゲームにクソ真面目に参加した この二つが主要因だと私は思います。 まずは親を超えなさい!~最新の脳科学と認知心理学を基にした自己実現プログラムTPIE公式ブック~ posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2009-07-07 Amazon Kindle   1.周囲のドリームキラーの言いなりになった 1.は、「プロ野球選手になるなんて現実的に不可能だ。馬鹿言ってないで勉強したほうが身のためだ」とか、 「おまえはアイツと比べてこんなに下手じゃないか。プロ野球選手になんてなれっこないよ」とか、 「素質がないやつにはプロ野球は無理だ、あきらめなさい」 といったものが典型的です。他人と比較したり、過去の実績不足を指摘したり、より安定しているように思える選択肢を強要したり、不確実なはずの未来を断言したりといった、現実的で親身な(あるいは逆に悪意をもった)アドバイスのことを指します。   2.椅子取りゲームにクソ真面目に参加した 2.は、他者が枠組みを用意した「椅子取りゲーム」にまじめに参加してしまったがゆえの悲劇です。 椅子取りゲームというのは、かならず脱落者が出ます。 プロ野球選手はテストかドラフトでとられるわけですが、いずれも椅子取りゲーム方式で、定数はだいたい決まっています。 小説家や漫画家なども同様で、基本的には「狭き門」です。狭き門である以上、定員があって当たり前です。   注意すべきなのは、そもそもその椅子取りゲームに正当性があるのかははなはだ怪しいということ。そして、目先の椅子取りゲームに集中するあまり視野が狭まる可能性があるということです。 つまり、「椅子がどれだけ早くとれるか」というのは他者が勝手に定めたルールですから正当性は怪しいですし、目の前の椅子取りゲームに全精力を注ぎ込む以外になにか良い方法があるかもしれないのに無視してしまうことにもなります。 椅子取りゲームといえば典型的には高校野球がそうで、甲子園行きの切符というひとつの椅子を目指すあまり視野が狭くなるという結果になりかねません。   話が逸れますが、 良識ある大人のふりをして「所詮、プロ野球選手になれる絶対数は限られているのだから、誰でも必ずプロ野球選手になれるわけがないのだ」と言うのは簡単です。しかし私は天性の天邪鬼なので、そこを疑っています。 そもそも、「この世に絶対的なものは絶対に存在しない」ということが数学的に証明されている以上、「お前は絶対にプロ野球選手になれない」という物言いはおかしいのです。   可能性としては0.0001%くらいあるかもしれませんし、革新的なアプローチを見つければ確率はあっという間に高くなります。 たとえば、高卒の時点では110キロ程度の球速で、「こいつは無理だな」と思われていた投手でも、椅子取りゲームから一旦離れて広い視野で練習・トレーニングを積めば、球速が140キロを越すかもしれません。そうなれば既に「プロ入りは無理だな」というレベルではありません。 椅子取りゲームにとらわれないこと、ドリームキラーの言うことを無視すること、ゴールを高く持つことができればいい、ということになります。   話を戻すと、野球の場合は、椅子取りゲームに参加することによって、以下のような選択肢が盲点になります。 ・もしかしたら、画期的なトレーニング法を組み合わせて飛躍的な能力アップができるかもしれない ・プロ野球の仕組みそのものが変わって、よりプロ野球選手になりやすくなるかもしれない 椅子取りゲームは、既に高い能力を持っている一部の人には有利に働きます。 しかし、こういった「従来の常識に沿って判断する限り決して予想できないこと」を無視してしまう、という欠点もあるのです。 評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている posted with ヨメレバ 岡田 斗司夫 ダイヤモンド社 2011-02-25 Amazon Kindle 楽天ブックス   実は「好きなことを全部やる」ならリスク分散ができる 「椅子取りゲーム」に全人生をかけるというのはあまり賢明な判断とは言えませんし、椅子取りゲームに真面目に参加することによって盲点もできてしまうということを説明しました。 椅子取りゲームに全人生を懸けるというのはあまりにも視野が狭い。では、椅子取りゲームにすべてをかける代わりに何をするか?   それは、「好きなことを片っ端からすべてやる」ということ。片っ端とは、文字通り「やりたいと思ったことは全部やる」くらいの意味です。これが、バカなように見えて実は一番賢いやり方だと私は考えています。   たとえば私の場合、誰に言われなくてもやることは以下の通り。 ・読書、漫画を読む、動画鑑賞 ・瞑想 ・トレーニング ・文章を書くこと ・ネットサーフィン ・野球 ・頭がよくなる方法(ライフハック)の研究 etc. に加えて、将来実現したい数々のゴールがあります。 これらの複数の「やりたいこと」に全力を注いでいけば、椅子取りゲームに複数回数参加できることにもなりますし、やりたいこと同士を化学反応させることも容易です。人材としての貴重度を上げることも簡単になります。 「野球をやっている人」ならたくさんいますが、「野球をやっていて、読書が好きで、文章を書くのが得意で、ネットサーフィンが趣味で、頭が良くなる方法を研究している」ならば。かなりのオリジナリティが出せます。 つまり、自分の好きなことを片っ端からやれば、「ひとつの椅子取りゲームに全力で臨む」よりもよほどリスクが低く、かつハイリターンが期待できるわけです。好きなこと同士の相乗効果も期待できるので、それぞれの椅子取りゲームの戦績も良くなることが期待できます。   なお、椅子取りゲームにもっとも有利なのは「その椅子取りゲームそのものが好きな人」です。 たとえば、 「文章を書くのが好きな人が、工場のライン勤務をしてお金を稼ぐ」よりも、 「文章を書くのが好きな人が、web記事のライターとしてもお金を稼ぐ」ほうがロスが少ないですし、稼ぎやすいといえます。 多動力 (NewsPicks Book) posted with ヨメレバ 堀江 貴文 幻冬舎 2017-05-27 Amazon Kindle 楽天ブックス   「好きでもないことをやる」ことこそリスクが大きい 逆に、「食べていくために、好きでもないこにとをやる」というのはかなりハイリスクです。   試しに、みんなこれ本当にやりたいと思ってやってるの? と思うものを二つ挙げてみます。 ・公務員になる ・高給の大企業に入る これら二つの職種が「心の底からやりたいこと」なら良いのですが、公務員や大企業の社員になりたいというのが単に世間体を気にして・安定性を求めて・高給を求めてのことだったとしたら、はっきりいってかなり「ヤバイ」です。   まず、やりたくもないことを仕事にしたところで、大したスキルは身に付きません。やりたいことを勉強している人に比べれば、笑ってしまうほど遅々とした学習速度になります。「自分で勉強したいと思ったことをやる」のでなければ、かならず受動的な学習態度になるからです。 しまいには、やりたくもないことをやって、モチベーションは下がり、脳は鈍り、知識は身に付かず、新たなスキルは身に付かず・・・という結果になる可能性が高いのです。   ついでにいえば、公務員も大企業も入ってしまえば安心という類いの職業ではもはやないので、リストラの可能性は高まるばかりです。なんのスキルも身に付いていない人がいきなり解雇されて労働市場に放り出されたらとにかくどうなるでしょうか?   ・・・リスク管理という点から考えても、まず第一に考えるべきは、とにかく「自分が本当にやりたいことをやること」、それも「やりたいことは片っ端から全部やること」なのだといえます。 まだ東京で消耗してるの? 環境を変えるだけで人生はうまくいく (幻冬舎新書) posted with ヨメレバ イケダ ハヤト 幻冬舎 2016-01-29 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ 今回の内容をまとめると、 ・椅子取りゲームに騙されないこと。他社の尺度で競わされることになるし、視野も狭くなる。脱落者に負け犬のレッテルを貼りがち。 ・好きなことを片っ端からやること。そうすれば椅子取りゲームの称賛も高まるし、リスクヘッジもできる。 ・自分の本当にやりたいことをやらずに世間体を気にしてやりたくもないことをやるのは最悪。楽しくないし成長もしない。リスクも結局高くなる ということです。   「好きなことをやる」というのは一見わがままに見えるのですが、実はリスク管理の面でも効率の面でもメリットが大きいやり方です。「自分の将来のためにやりたくもない勉強をする」よりかはよほどマシだと私は考えています。   これからの時代は、特に変動が大きくなっていきます。 「将来役に立ちそうだから」と思ってとった資格(たとえば会計士)が、AIや技術革新によってあっという間に無用の長物になってしまうこともあり得ます。将来のためにと思ってとった資格が紙くずになるのは精神的にかなりのダメージです。 その点でも、「自分の好きなことをひたすらやって、そこから活路を見い出す」というアプローチは優れています。もともと好きでやっているのですからいくらでも努力できます。 好きなことができて、しかもそれが一番効率が良い方法である――というのは最高ですよね。   固定観念をゆっくりとほぐして、これからの激動の時代でも生き抜いていける賢さを身に付けましょう。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。   立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス  

「ほとんどのやつが自分の人生を自分で縛って不自由にしてるという事実」を解説する

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、ちょっと普段と嗜好を変えて、 「私が面白いなと思った2ちゃんねるのスレの書き込みを紹介しながら、自分の考えを述べていく」という形式にしてみます。 私が2ちゃんねるという掲示板に期待するのは、そこでしか得られない 「まだ権威の裏付けはあまりされていないが、一般の人々が持っている感触」(たとえばスクールカーストや、音読の効果など) 「匿名だからこそ成り立つ文化」 「現実世界では人目があるためさらけ出せない本音」 といったもの。これらは書物にも書いてませんし、匿名掲示板でしか得られないものです。 「ほとんどのやつが自分の人生を自分で縛って不自由にしてるという事実」を解説する 脱常識力・脱洗脳力 今回の記事で使わせていただいたのは「不思議.net」さんの 「ほとんどのやつが自分の人生を自分で縛って不自由にしてるという事実wwwwww」です。 あなたの思考を縛るもの:内面化された「社会の常識」 「あれしちゃダメこれしちゃダメ」の「ダメ」って、いったい何に起因するのでしょうか? ・学校の勉強はきちんとやらなきゃダメ。 ・モテないやつは人間としてダメ。 ・上下関係を破って反抗したらダメ。 ・お金がなくなって借金まみれになったら首を吊らないとダメ。 ・新卒での就職に失敗したら人生終わったと思わないとダメ。   ・・・その「ダメ」って、あなた自身が思考・経験の末に「ダメ」と決めたものですか? たとえば、熱いヤカンを触ってヤケドしたことのある人が「熱いものに触ったらダメ」ならわかります。   しかし、上の例のような、世の中で共有されている多くの「ダメ」は、あなたがそうなったことがないのに・経験したことがないのに「ダメ」という判断を下していませんか? これこそ、私が『内面化された「社会の常識」』と呼ぶものです。   内面化された社会の常識は、先生や親・友人たち・メディア(当然2ちゃんねるも)によって刷り込まれます。人間は社会の文化をオートマチックに学習するように設計されているので、知らず知らずのうちに世の中・メディア・他の人がダメだとみなしていること=社会の常識を内面化してしまうわけです。 教室内(スクール)カースト (光文社新書) posted with ヨメレバ 鈴木 翔 光文社 2012-12-14 Amazon Kindle 楽天ブックス   「社会の常識の内面化」のそもそものルーツ 人間というのは、基本的にリスクを避ける動物です。   それもそのはず、たとえば 「夜、ジャングルのなかを歩いていたら、近くの藪からガサッという音がした」 という原始時代の状況を考えてみると、この場合は ①音を気にせず歩き続ける ②音がしたのでとりあえず逃げる の二つの選択肢のうち、②を選んだ方が生存確率が高いわけです。   とりあえず②を選んでおけば、音の主が捕食者だった場合は逃げ切れる公算が大きくなりますし、 その音が気のせいだったときでも、「びびって逃げたエネルギーが無駄になるだけ」で済みます。 音がしたらとりあえずびびって逃げる方が、捕食者に食べられてしまうよりはよほど低リスクになります。 進化の過程ではおそらく、こういった「ビビる個体」の方が生存する確率が高かったものと思われます。そして、そのビビりを現代人もまた受け継いでいると考えられるわけです。   この「ビビり性」が先ほどの「社会の常識の内面化」と組み合わされているせいで、 多くの人が自分で自分の人生を縛ってしまっているのだと私は考えています。 つまり、「夜のジャングルで音がしたらとりあえず逃げないとダメ」の応用として、 「ギャンブルにのめりこんだらダメ」 「人生のレールを外れたらダメ」 「大学はとりあえず卒業しないとダメ」 があるのです。   人間は情報を他者に伝達する能力がべらぼうに高い生き物なので、「あのジャングルを夜に歩いたらダメだよ」といった情報は瞬時に集団全体に共有されます。このように、各個人が直接体験しないことであっても、文化の中の決まり事としてそういった「常識」を設定することによって、同じ失敗によって命を落とす人をあまり出さなくて済んだ、というわけです。 しかし現在では、皮肉なことに、人間の生存率を高めてきたこの「社会の常識」が、逆に各個人の人生をがんじがらめに縛っているのです。「○○したらダメ」「○○になったら人生終わり」という形で。 ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書) posted with ヨメレバ 今野 晴貴 文藝春秋 2012-11-19 Amazon Kindle 楽天ブックス   内面化された社会の常識が強化増幅される2つの理由 しかも、これらの内面化された社会の常識は、各個人の中で勝手に強化増幅されるという性質があります。   「社会の常識の強化増幅」を裏付ける事実として、次の二点を確認してほしいと思います。 ①人間は、他者の本音を確認することは基本的にできない ②社会の常識から逸脱した人間は、集団からはじかれたり、多くの個人から反感を買ったりする   ①人間は、他者の本音を確認できない ①は、2ちゃんねるがこれほど栄えている根本的な理由です。 現実世界に生きている人間同士が互いの本音を確認しあう手段は基本的にありません。推測しかできませんよね。表面的には良い人に見える人が、本当に心の底から良い人なのかどうか? はまずわからないでしょう。   ちょっと考えてみてほしいのですが、 「2ちゃんねるでよく話題になるようなテーマ」って、現実世界で話題になりますか? たとえば、「育ち」「学歴」「年収」「勝ち組負け組」といった、人間の階層性・序列に関する話題。 こういった話題は、現実世界でほとんど話のネタにならないはずです。というか、こういう話を振るとあまりにも生々しくて友達がいなくなりそうです。あるいはケンカになるか。   他者の本音を知る手段というのは、現実世界にはほとんど存在しません。でも、2ちゃんねるや匿名のSNSなら、「ああ、みんな本当はこう考えているのだな」ということを確認できます(できるように思います)。 2ちゃんねるやtwitterのような「みんなの本音を確認できる」(ように思える)場所に長く滞在していると、どんどん「みんなの本音」が内面化されていきます。 ・「学歴が低い奴はダメ」 ・「育ちが悪い奴はダメ」 ・「年収が低い奴はダメ」 といった形で。   この「2ちゃんとかtwitterといった本音が出やすい場所を利用することで内面化される社会の常識」によって、多くの人が自分で自分の人生の自由度を下げている……と、こういう説明が成り立つのです。   ②常識から逸脱した人間は叩かれる 自分の人生の自由度を下げる要因のなかでもかなりのビッグネームが、 この「常識から逸脱した人間は叩かれる」です。   試しに、「常識から逸脱した人の例」を上げてみます。あなたは読んでいて反感(または称賛の気持ち)を覚えるでしょうか? ・「東大を中退し、起業して、年商100億円の会社を経営し、六本木で高級外車を乗り回している20代の男性」 ・「日本人は絶対に通用しないと言われたメジャーリーグで10年連続200本安打を打った選手」 ・「まだ中学生なのに将棋の連勝記録を伸ばし続けている人」   こういった「常識から外れている人」「常識を破った人」に対して、世間は良くも悪くも過剰に反応します。プラスでもマイナスでも、とにかく騒ぎ立てます。みんなに共有されている常識が見事に破られたとき、人々の気持ちは大きく揺り動かされるわけです。 それもそのはず、社会の常識というのは「安定しているべき」「破られるべきでない」ものなのですから。常識を破ってはいけないという常識があるのです。   こういった「常識から逸脱した人間に対する正or負の反応」もまた、個人の人生を縛ります。 「もし自分が成功して、負の反応を引き起こしたらどうしよう」という具合に。 先ほども言ったように、人間はマイナス要因を嫌いますから、そもそも負の反応しか見えないわけです。 だから、常識を破りたくない。 内面化された社会の常識に従うことになる。 というわけです。 好きなことだけで生きていく。 (ポプラ新書) posted with ヨメレバ 堀江貴文 ポプラ社 2017-05-09 Amazon Kindle 楽天ブックス   自分の人生の自由度を下げている真の要因 まとめ 以上をまとめると、 自分の人生の自由度を下げている主要因は、 「内面化された社会の常識」に縛られていること である。 理由は、 ①人間はマイナス要因を嫌う ②みんなの本音が出やすい場所=2ちゃん等を利用することによるさらなる刷り込み ③常識から逸脱した人間が叩かれるのを目の当たりにする が主なもの。   これらの「社会の常識の内面化」から逃れることができるのは、 「他者がどう言おうと、それはその人の考えであって、自分がそれに影響される必要はない」 「自分の自由は、責任を自分自身に負わせる限り、誰からも邪魔されない」 ということをしっかりと理解できた人、 つまり「叩かれるとかそんなのがどうでもいい人」「正の反応だろうと負の反応だろうとどうでもいい人」「他人の価値観なんてどうでもよく、自分が本当にやりたいことを追究したい人」です。   結局、行き着く先は私が最近ずっと記事を書いている「自分が本当にやりたいことをやる」になります。 自分が本当にやりたいこと・実現したいことをしっかりと保持してさえいれば、その達成こそが自分にとっての成功になります。他人から成功者と呼ばれる成功ではなく、自分の内面を満足させる成功が望ましいといえるのです。   自分の人生の自由度を上げるためにやるべきなのは、 「本当にやりたいことを見つける」というアクセルを踏みつつ、 「内面化された社会の常識を取り除く」というブレーキを解除することです。 多くの人が「やりたいことがあるのにやれない」「やりたいことが見つからない」で苦しんでいるのは、ここができていないからだと思います。   私がこのブログを書くことによって、そういった人々を脱洗脳・脱常識できればなぁ、と思います。 以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。 ホリエモン×ひろゆき やっぱりヘンだよね ~常識を疑えば未来が開ける~ posted with ヨメレバ 堀江 貴文,西村 博之 集英社 2016-10-26 Amazon Kindle 楽天ブックス

人間が一番集中できるのは「やりたいことをやっているとき」である…好きなことだけをやるべき理由その①

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、最近関心がある「やりたいことをやるべき理由シリーズ」です。 「やりたいことをやる」「好きなことだけをやる」というフレーズを耳にすると虫唾が走る方にぜひ読んでほしいと思います。 人間が一番集中できるのは「やりたいことをやっているとき」である…好きなことだけをやるべき理由その① 人間は、目の前のことに気を打ち込むことが気持ちいい フロー状態・ゾーン・トランス状態・変性意識状態 何かに夢中になって時間がたつのを忘れていた、という経験はありますか? 読み始めた小説が思ったよりおもしろくて、夜更かししてしまった。 部屋の片づけを始めたら、いつの間にか二時間くらい経っていた。 「えっ、こんなに長い時間集中していたのか!」とびっくりしたことのある人は多いんじゃないでしょうか。   そんな無我夢中の状態のことを、心理学では「フロー」と呼びます。 wikipediaによると、 フロー (英: Flow) とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱され、その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。 とのことです。フロー状態に似た言葉としては、ゾーン・トランス状態・変性意識状態などが挙げられます。 やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につけるposted with ヨメレバアンジェラ・ダックワース ダイヤモンド社 2016-09-09 Amazonで見るKindleで見る楽天ブックスで見る ...

今年の夏はサボローと一緒に過ごそう。「やらされる・やる必要のある勉強」は今すぐ捨てよう!

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、いつもの通り常識をひっくり返そうと思います。 「学生はひたすら勉強すべきである」 「いま勉強しておかないと、将来いい会社やいい学校にいけないよ」 という通念は、私からするとおかしなものにしか見えません。 今年の夏はサボローと一緒に過ごそう。「やらされる・やる必要のある勉強」は今すぐ捨てなさい! そもそも「やりたい勉強以外の勉強」なんて必要ないはず やりたくない勉強をやらされる社会は間違っている このキャラクター、知っていますか? サボロー君と言います。 もともとは明光義塾のポスターに登場するキャラクターで、 「夏休みはいろいろ誘惑があるけど、それに負けちゃいけないのよ。 いましっかり勉強しておくのがあなたの将来のためなのよ」 ということを受験生たちに教え込むための存在でした。 YO!サボローposted with ヨメレバサボロー会議 文藝春秋 2016-08-29 AmazonKindle楽天ブックス ...

すでに日本人は「好きなことをして生きていける」豊かさを持っている

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、最近思い始めた「実は今の日本って、ほとんどの人が好きなことをして生きていけるだけの豊かさを持っているんじゃね?」というテーマについて考えたことを書きます。 すでに日本人は「好きなことをして生きていける」豊かさを持っている こだわりさえ捨てれば、誰でも「好きなことで生きていく」ことはできる ブログを書いている私のケース 「好きなことで生きていく」にあたって解決すればいいのは、「お金」の問題です。 お金に苦しくなると生活が成り立ちませんし、逆にお金さえあれば生活は大丈夫です。 (究極的にはまったくお金が無くても困らないと言えば困らないのですが、今回の記事ではとりあえずお金は必要なものとして考えます)   ・・・すると、お金に困らないためには「収入を増やしつつ、支出を減らす」という自分の経済活動の最適化をする必要があるわけです。   私の場合はこの「経済活動の最適化」を以下のようにやっています。 <インプットの質を落とさずに支出を削る> ・本は、新品でいち早く読みたいものをポイントのつく&定価が安いKindle版で買い、それ以外は「図書館・古本」で揃える ・読まなくなった本は「ブクマ!」や「古本を段ボールに詰めて送れば換金してくれるサービス」を使ってお金に換える(そのお金でまた新品のKindle版を買う) ・見たい映画は極力Amazonのプライムビデオか図書館のAV資料コーナーを使う ・KindleUnlimited(月額980円の読み放題)に登録して、面白い本を探す →インプット代はほとんどかからない + 部屋の中のモノが減る、の一石二鳥 さらに、 <収入を得る手段> ・インプットしたものから得たことをブログに書く ・ブログに書いたことをもとにして書籍をKDP出版する etc. ・・・という感じでやっています。   この仕組みを作っておいたおかげで、 「好きな『読書』『考えた・思いついたこと』を、これまた好きな『文章を書く』で社会に還元しつつ、収入を得る」 というかなりエコな状態を作りだすことができました。   あとはこの仕組みを使ってもっと収入を増やしていけば、「好きなことで生きていく」が可能になるわけです。私の場合はまだ学生なので両親からの仕送り・家賃にも頼っていますが、大学四年時までには自分で学費と家賃と食費を払えるくらいの収入になっているはずです。 好きなことだけで生きていく。 (ポプラ新書) posted with ヨメレバ 堀江貴文 ポプラ社 2017-05-09 Amazon Kindle 楽天ブックス   ちなみに、 個人的には、 「バイトをする時間があるなら、その時間で不労所得を得る仕組みを作った方が早いんじゃないかな・・・」 と思いますが、学生の皆さんどうでしょうか。   週20時間バイトするとして、一年で20*50=1000時間。 バイトだとその1000時間はそのまま時給換算の「お金」に変わるだけです。 しかし、その時間でお金が入ってくる仕組みづくりをすれば、いずれお金の量は「バイト<<<不労所得」になります。しかも、自分の好きなことでお金を稼ぐわけですから非常に楽しいし効率も良い。   中には「バイトで社会経験を~」みたいなことを言う人もいますが、社会経験なんていうあいまいな言葉のウラに隠れているのはどうも「貧乏人への道」であるように思えます。だって、「自分の時間を、他者によって定められた時給を使ってお金に換える」ってことは、どれだけ働いても時給以上のお金は稼げないわけですから。 あと、社会経験については社会に出てからでいいような気もします。おっさんから嫌味は言われるでしょうが、わざわざ予習しておく必要もないのでは。その社会経験とやらを身に付ける時間を使って不労所得を築く方がよほど得策だと思います。   なお、すでに社会人の方は仕事からの収入(と貯金)があるはずなので、「好きなことで生きていく」ための仕組みづくりをして収入が得られるようになれば、すぐに金銭面でフリーになれると思います。収入を確保し、当面の生活費を稼いだうえで「仕事をやめて独立する」というのもアリではないでしょうか(というより、仕事が嫌ならできる限り早く辞めてしまう方がいいのでは)。 ブラックバイト――学生が危ない (岩波新書) posted with ヨメレバ 今野 晴貴 岩波書店 2016-04-21 Amazon Kindle 楽天ブックス   「衣」と「住」と「持ち物」にこだわらなければイケる 「好きなことで生きていく」ためには、生活のコストも抑えるべきです。 具体的には、住居と衣服にはあまり頓着しないこと。   まず住。 私は札幌住みなのですが、札幌はおそらく全国で一番家賃が安い都市です。 1.5~2万円の家賃を出せば「まとも」なところに住めます。 光熱費込みでもかなり安いと思います。 札幌以外だと福岡あたりはエアコン付きで月4~5万くらいのようです。 どこであろうと、住んでしまえば慣れます。 人間の適応力をなめてはいけません。大金を払っていいところに住んでも、すぐに慣れてしまいます。 「ブスは三日で慣れる」のですから、みすぼらしい住居でも最初の三日間だけ我慢すればいい。 インターネットや通販が発達している現在では、田舎暮らしもいいかもしれません。 別に都市ばかりが日本ではありませんから。   服は、ユニクロやH&Mや無印良品に行けばかなり長持ちするのが売っています。 あるいは、メルカリ等で買えばもっと安く買えますね。 今は「機能性○+デザインも悪くない」という服が探せばたくさん売っているので、 自分が最低限必要な服のセットが数着あれば服は大丈夫でしょう。   「住」と「衣」については、 ①まずコストを必要最小限にまで落とす。機能性をとにかく重視する ②好きなことを極めて、それをマネタイズして収入を確保する ③生活レベルを上げても良いなと思ったら、収入の上昇に合わせて余裕をもって上げていく の3ステップで大丈夫なはずです。   あとは、身の回りの持ち物については ①他の人と共有する ②使わなくなったものはさっさと売りに出す ことです。こちらも、「支出を減らしながら収入を増やす」最適化の対象となります。 年収150万円で僕らは自由に生きていく (星海社新書) posted with ヨメレバ イケダ ハヤト 講談社 2012-11-22 Amazon Kindle 楽天ブックス 「洗脳」が解ければイケる 大衆への消費促進手段が充実している日本では、いかに「消費しろ」という洗脳を解くかが重要になってきます。   「消費しろ洗脳」についてはあまり自覚がないかもしれませんが、 「今年の服の流行はコレだよ。え、君の服なにそれ? だっさ、流行遅れじゃん。ホラみんな新しい服着てると、君も新しい服買わないと時代遅れになるよ。ダサいしモテないよ」 「ホラ、エナジードリンク飲まないと頭がさえないよ。みんな飲んでるよ」「いやいやコーヒーのがおいしいよ」 「お金がたくさんある? なら消費しよう。ほら高級外車! 高級住宅地! すごいだろ? これを手に入れればアナタもセレブの仲間入り!」 という感じでどんどん刷り込まれていきます。   この洗脳を解いてしまえば、消費しなくても済むようになります。   どう洗脳を解くか? ですが、それには ①他人に与えられた動機(ex.先ほどの消費洗脳)ではなく、自分が本当にやりたいことのために必要なものだけを揃えるようにする ②頭のレベルを上げて、「ああこれは消費させようと洗脳してるんだな」と見破れるようにする のが先決です。 要は、頭の良い人になって、自分が本当に達成したいゴールを見つけようということですね。   収入の分だけ消費してしまうと生活が苦しくなります。 ですから、「好きなことで生きていく」ためには、消費洗脳を解いて金銭面でフリーになる必要があります。 洗脳経済 150年の呪縛 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 ビジネス社 2015-09-19 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ まとめると、戦時中の日本じゃないですが、「ぜいたくは敵だ」ということになります。 ぜいたくさえしなければ、今の日本では「好きなことで生きていく」環境は揃っているのです。 ただ誰も気が付いていない(あるいは調べようとしない)だけで、ちょっと頭を使えば生活にかかるコストは驚くほど安くなります。 まずは経済活動の最適化からやってみてください。   以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。   まだ東京で消耗してるの? 環境を変えるだけで人生はうまくいく (幻冬舎新書) posted with ヨメレバ イケダ...

「頭が良い奴は性格も良い」のはなぜなのか?

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 私は常々「人々の頭が良くなれば、世の中の大抵の問題は解決する」と言っています。 しかし、そう言うと決まって出てくる反論が 「頭が良いだけの人間は冷たい!人間性に欠ける!」とか 「頭の良いはずの官僚たちは人々から搾取しているじゃないか!」というものです。 そこで今回は、自説の補強のために 「頭がいい人ほど性格が良くなる理由」をお伝えします。 「頭が良い人ほど性格も良くなる」のはなぜなのか? 頭が良い人ほど「利他的」にふるまう 頭の良さ・性格の良さとは 議論の前に、前提をはっきりさせておきましょう。 私が言うところの「頭が良い」とは、「地頭が良い」ということを指します。地頭とは、「バランスよく能力が発達していること」を指します。「バランスが良く」というのは、H・ガードナーという偉い人が提唱したような、「複数の知能がどれもある程度のレベルにあること」を指します。コミュ力、数学・論理的思考力、国語力、メタ認知能力など。漠然とした定義かもしれませんが、「バランスがとれている=極端にならない」のが肝心です。   また、「性格が良い」とは、「利他的にふるまう度合いが比較的高い」ことを指します。 その人の本性は関係ありません。 本性が良かろうが悪かろうが、表向きの行動さえ一緒であれば、周りの人にとっては同じことです。   ですから「頭が良い奴は性格が良いのはなぜか、の理由を述べる」というのは、 「地頭の良い奴ほど利他的にふるまう度合いが強いのはなぜなのか、を説明する」ということです。 頭が良くなる ユダヤの勉強法 (中経の文庫)posted with ヨメレバ青木 偉作 中経出版 2009-08-27 AmazonKindle楽天ブックス ...

マインドフルネスの本質は「微分的思考法」である

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、最近よく聞く「マインドフルネス」について言いたいことがあります。 といっても、やり方を指南するとかそんなのじゃなくて、単に、 「マインドフルネスの本質」?みたいなものを見つけたので、皆さんと共有しようと思っただけです。 マインドフルネスの本質は「微分的思考法」である マインドフルネスって本質的には数学的な思考法なんじゃないの? そもそもマインドフルネスとは 「マインドフルネス」という言葉が書店の自己啓発本コーナーに現れたのは、ずいぶん前のことです。 マインドフルネスとは、過去や未来へ意識を向けるのではなく、「今この瞬間の自分の体験に注意を向けて、現実をあるがままに受け入れること」を指します。 一般的には「マインドフルネス=瞑想」のイメージでしょうが、瞑想は単なる手段に過ぎません。現在に意識を向けることができれば何でもいいわけです。   ちなみに、この概念のルーツはといえば、仏教徒の心のあり方のことです。 いわゆる「一の矢はいいけど二の矢は駄目」(ex.痛い!という一の矢は感じて当然だが、痛い!→怒ったぞ! と二の矢を放つな)という仏教徒の基本的な心の持ちようのこと。   たいていの人は、突然殴られたら「やろう、ぶっ○してやる」と感情を乱します。 痛い → 頭の中にもうすでに相手を殴り返しているイメージが湧く → 仕返しにかかる わけです。 この「イメージが湧く」瞬間に、その人の意識は「現在・いまこの瞬間」から離れてしまうのです。   しかし、本当に熟達した僧侶は、「痛い」と感じてそれで終わりなのです。 なぜなら、僧侶は「いまこの瞬間」にしか意識を向けないため、「痛い」の次が出てこないようになっているからです。意識が「いまこの瞬間」から決して離れないということは、感情や欲望のとりこにもならないわけですね。「感情や欲望へのとらわれ」がないのです。   とりあえず、 未熟な人は「現在から心が離れて、過去や未来を見てしまう」 高僧たちは「現在の身に心を100%集中させる」 という違いを押さえておいてください。 ~1日10分で自分を浄化する方法~マインドフルネス瞑想入門posted with ヨメレバ吉田 昌生 WAVE出版 2015-01-19 AmazonKindle楽天ブックス ...

人生の幸福度を上げるには「哲学的な幸せ」と「生化学的な幸せ」の両方が必要だと思う

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。   最近疑問に思うのですが、果たして現代人は古代人よりも幸せなのでしょうか? 狩猟時代の古代人のほうが、「自分より年収が高い人がいるだとかいい生活をしている人がいる」といった余計な情報をなにも知らず、仲間内での結合も強く、宗教的にも余計な疑問をさしはさむことなく、毎日外で体を動かしていて・・・という生活をしていたであろうことを考えると、 「あれ、現代人って物質的には豊かでも、精神的に豊かになってるとは言えないのか?」 という疑問が浮かんできます。 しかし、科学と哲学という武器を手にした人類は、もう少し精神的にましな生活を送ることができるのではないでしょうか? 人生の幸福度を上げるには「哲学的な幸せ」と「生化学的な幸せ」の両方が必要だと思う 哲学的な幸せ 釈迦とソクラテス 人類史上で、 「この人は間違いなく幸せだったろうな」 と思う人が二人います。 それは、釈迦とソクラテスです。   釈迦は、「悟った」人です。 何を悟ったのかは推測するしかありませんが、おそらく「縁起」の法を悟ったのでしょう。 この世に単一で存在するものなど何一つない。 有名な「空」の概念はおそらく、縁起を説明するために便宜的に編み出された概念です。   「単一で存在するものなど何一つない」ということは、自分の意識さえも「あるともないともいえる」でしょう。他のものとの関係性のなかで成り立つものだからです。   自分というものがあるともないともいえる・・・ということを悟ってしまえば、 あるいは、感情さえも「あるともないともいえる」ということを悟ってしまえば、 この世に存在するすべてのものは「あるともないともいえる」ということを悟ってしまえば、 自分という存在の無力さに苦しむことも、自分の感情に苦しむことも、自分ではどうにもならないことに苦しむことも、全部どうでもいいことになります。「悟り」を開いた人は、現代人の苦しんでいるうつやストレスからも解き放たれるでしょう。釈迦が子持ちのサラリーマンとして現代に転生したとしたら、おそらく真っ先に家族と会社を捨てるのではないか? と思います。   このように、仏教は、宗教としてはあまり強くないのですが(積極的に征服するということをできませんから)、「論理」としてはこれ以上ないほどに強いのです。縁起というのはまさに「すべて」に対して適用できる法則ですから。 知的唯仏論: マンガから知の最前線まで-ブッダの思想を現代に問う (新潮文庫) posted with ヨメレバ 宮崎 哲弥,呉 智英 新潮社 2015-11-28 Amazon Kindle 楽天ブックス 一方のソクラテスは、「自分は何も知らない」ということを出発点にして、 「どうすればより善い人生を生きることができるだろうか」ということを追究し続けた人物です。   仏教と同じく、「自分は何も知らない」というのは非常に強い論理です。 ゴルギアスをはじめ、自信満々でソクラテスに議論を挑んだ人々はことごとく議論に敗れました。   なぜソクラテスに完敗するのかというと、きちんとした理由があります。 「この世に完全な論理体系はない」「自分自身のことを完全であると証明できる系は存在しない」という原理が存在するからです。完全な論理体系が存在しない以上、どれほど完璧に思える論理体系をもってソクラテスに議論を挑んでも、ソクラテスは矛盾を突くだけで良かったのです。そしてお決まりの「ほら、やっぱりあなたも何も知らないじゃないか」と。   ソクラテスは典型的な「帰謬論法」の使い手です。 帰謬論法の使い手は、自分からなにか積極的に論理体系を構築することはありませんが、 相手の持っている論理体系には矛盾が必ず内在する(不完全性定理というやつです)という原理を使って、ひたすら相手を質問攻めにして、「ほら、矛盾しているじゃないか」「ほら、あなたはやっぱり無知じゃないか」という形に持っていきます。(ちなみに現代の有名人では宮崎哲弥氏が帰謬論法の使い手として有名ですね) 哲学用語図鑑 posted with ヨメレバ 田中正人 プレジデント社 2015-02-26 Amazon Kindle 楽天ブックス   「強い論理」のもとで生きれば幸せになる 釈迦もソクラテスも、どちらも「強い論理」を持っています。 強い論理だけを使えば、矛盾に苦しめられることはまずなくなります。 哲学をやっている人の職業病でもある「現実と理想の乖離」や「頭でっかち」といった状態から脱することができるわけです。   釈迦の場合は、「すべてはあるともないともいえる」わけですから、当然釈迦自身の人生さえも「あるともないともいえる」。したがって、釈迦はおそらく「別にいつ死んでもいいや」と自然に思っていたことでしょう。別にいつ死んでもいいんだけど、でもせっかく現世にいるのだから、悟っていない人々を悟らせてやろうかな、というくらいのテンションです。現世に「遊びに来ている」感覚なのでしょう。   ソクラテスの場合は、一貫した行動原理として 「より善い人生を追究したい」 がありました。 こちらの「善い人生を求め続ける」というのも、一生使える論理です。死ぬまで使えます。 釈迦の縁起同様、とても強い論理です。   釈迦もソクラテスも、外部の富・名声・権力・他人にどう思われているかといった、「自分ではどうにもならないこと」によって善い人生を手に入れようとするのではなく、あくまでも自分自身のなかにある良心や哲学的な思索といった内向的な要素を重要視していたと言えます。強い論理に即して生きるということは、死ぬまで安定した精神生活を送ることができるということでもあるのです。   ・・・ということは、現代人が幸せになる第一の道は、 「強い論理のもとに生きる」ということです。 これが、「哲学的な幸せ」という言い回しの意味です。 運命を拓く (講談社文庫) posted with ヨメレバ 中村 天風 講談社 1998-06-12 Amazon Kindle 楽天ブックス   生化学的な幸せ 現代人は脳内物質がイカれている人が多い 極端な話、世界一幸せな人とは、 「ドーパミンとセロトニンが死ぬまでめちゃくちゃ出続けている人」 でしょう。   「哲学的な幸せはどこに行ったんだ!」と言われるでしょうが、 そもそも、脳内物質さえ充足されていれば、わざわざ哲学的な手続きを踏まずとも、強い論理に頼らずとも幸せになれるはずです。もとはといえば、哲学的な幸せというのは「理性によって感得した強い論理による快適さ・快感」なわけですから。脳内物質が出続けていれば、哲学なんてしなくても幸せになれます。   そして、人類はすでに「幸せ物質をコントロールできる」程度まで科学を進歩させています。 まだ人体に適用するのはリスクが高いのですが、マウスの実験ではすでに成功しています。 もちろん、ドーパミン受容体の有限性だとか、中毒にならないのかとか、倫理的問題や生物学的課題は山積しています。また、幸せになる技術が開発されたとして、民間にまで普及するかどうかは疑問です。一部の研究機関かお金持ちのものになる公算が大きいのです。   さて、最近、だんだん民間の人々も 「人生の幸せはセロトニンが出るかどうかで決まるんじゃないか」 「ドーパミンを意識的に出せれば最高じゃないか」 といった「脳内物質」に目を向け始めているようです。   なぜそういう動きが出てきているかといえば、 「うつ・ADHD・発達障害」といった現代のいわゆる「精神病」を自力で治そうとするならば、 脳内物質をコントロールしてやるのが一番手っ取り早いからです。それで一般の人々も脳内物質について興味を持ち始めたのでしょう。   実際、そういった「精神病」にまだ罹患していない人であっても、多くの人は脳内物質や体内物質が乱れに乱れているというのが現状です。都市住みの満員電車で消耗してるサラリーマンと、田舎の共同体のなかで積極的に活動してるおっさんとでは、まるで脳内物質の出方が違うでしょう。   「幸せだから脳内物質が出る」のではなく、むしろ 「脳内物質が出るから幸せを感じる」というわけです。 奇跡の脳をつくる食事とサプリメント 上 (ハルキ文庫 カ 1-5) posted with ヨメレバ ジーン・カーパー 角川春樹事務所 2013-09-14 Amazon Kindle 楽天ブックス   じゃあドーパミンとかセロトニン出せばいいよね ・・・ということは、話は単純です。 「幸せを感じさせる脳内物質を出せばいい」わけです。   べつに脳に電極を埋め込まなくても、 食事を変え、運動を習慣付け、音読をやり、瞑想を毎日続けていれば、 否が応でも脳内物質の出方が変わります。   脳内物質の調整の仕方はこのブログでもたびたび書いているのですが、 研究機関でモルモットにされなくても、自分で調べて自分で自分の脳内環境を調整すればいいだけの話です。脳内物質の出方を変えたいという人は、「セロトニン・ドーパミン(男性ならテストステロンも)」をどうやって出すかをネットなり本なりで調べて実行すれば、コツをつかめます。   脳内物質の出方を変えるというアプローチは、 「ポジティブ思考をしよう!」 みたいな論理的に弱い自己啓発書を読み漁るよりも、よほど有用です。 食事で治す心の病―心・脳・栄養 新しい医学の潮流 posted with ヨメレバ 大沢...

APLICATIONS

「苦しいけど、恥ずかしいけど、それでもなおやろうとする」ことの意味――「森田療法」を読む

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回も書評(というより、本の内容をザッと紹介するだけの)記事です。 きょう扱う本は、「森田療法」(岩井寛)という本。 森田療法という言葉を聞いたことがある人は少ないと思いますが、簡単に言えば「強迫神経症、恐怖症、不安神経症」といったいわゆる神経質な人がかかる精神的な病理を治療するために編み出された治療法です。   「神経症なんて自分とは関係ないや」と思う人も多いと思いますが、実は案外多くの人が苦しんでいます。 特に、匿名掲示板などで「○○するやつはバカ」「××しないと恥ずかしい」といった観念を植え付けられている現代人は、他人の目を気にしすぎる傾向がありますから、ぜひ「森田療法」を読んでみてください。 苦しくても、恥ずかしくても、なお「やろうとする」ことの意味――「森田療法」 森田療法とは? Googleで「森田療法」で検索をかけると、 森田療法は、高知県出身の精神医学者、森田正馬(もりた・まさたけ)によって創始された神経症の治療法です。 強迫神経症、恐怖症、心気症、不安神経症などに劇的な効果を発揮します。   つまり、神経症や、強迫的な傾向のある人に効果抜群の治療法である、と。   「強迫性障害なんて自分には関係ないや」と思われる方も多いでしょうが、 「人前に出ると、自分が赤面していることがどう見られているかが気になって、恥ずかしくて、帰りたくなる」 「自宅のカギを閉めたか何度も何度も確認しないと気が済まない」 「自分が他の人に悪口を言われている気がする」 といった傾向がある人は、案外多いはずです。   本書「森田療法」のなかにも、「手を洗い続けないと気が済まなくなった主婦」や 「自分が座っている椅子や床に〈針〉が隠れているのではないかと何度も何度も確認する婦人」 「人前に出ると手が震えることを気にしすぎてノイローゼになった銀行マン」 といった例が出てきます。   森田療法の核心 森田療法では、 「苦しいことや恥ずかしいことがあるとき、それを〈あるがまま〉にして認めておいて、 その一方で、<自分は本当は○○したい>という目的に向かうためにやるべきことをひたすらやる」 という二輪式の思考法を用います。   「あるがまま」というのはちょっと揉めるところなんですが、 森田氏の言葉を借りれば、 「当然とも、不当然とも、また思い捨てるとも、捨てぬとも、何とも思わないからである。そのままである。あるがままである。」ということです。 つまり、「放っておこうと思うわけでもなく、とらわれまいと思うわけでもなく、ただそのままにすること」になります。   そうやって神経症の症状を「あるがまま」にしておいた上で、 「自分は本当に心の底から○○したい」という〈生の欲望〉をかなえるためにやりたいことをやる、という積極的な行動をとります。   わかりやすくするために例を出すと、 たとえば「人前でしゃべると赤面してしまうのが恥ずかしくて、会議やミーティングで発言できない」という人がいたとします。   まずこの人がやるべきなのは、 「人前でしゃべると赤面してしまって恥ずかしい」という症状を「あるがまま」に受け止めることです。 「人前で話すと顔が赤くなるのはしゃーないよな。なるのが当たり前。緊張しない人なんていない」という感じで。「恥ずかしい。自分は人間としての価値がない」といった余計なとらわれを自分に持たせないように努力するというわけです。   そうやって「あるがまま」に受け止めようとしたうえで、 「いや、自分が本当に心の底からやりたいのは○○だ。○○するためには、たとえ苦しくても、恥ずかしくても、人前でしゃべる必要がある」 という心機の転換を試みることです。 そして、その不安が残っていることを自覚した状態で、「○○したい」という生の欲望に従って、人前でしゃべるということを選択するということになります。   これが普通の思考法と違うのは、「一度きちんと苦しみ・恥ずかしさを認めたうえで、それでもなお○○したいという生の欲望に従う」という点です。 通常であれば、「苦しくても根性だ」とか、「苦痛を超えたところに栄光がある」といったように、自己の中に生じてくる苦しみ・恥ずかしさを悪いものとして扱うのですが(世の中に出回っている名言集なんかはまさにそのスタイルです)、森田療法ではそういった判断を下すことなく、「あるがまま」にしておきます。 そして、「苦しみ・恥ずかしさは、あるものはあるで仕方ないけど、それでもなお○○することを選択する」という受容⇒積極的という心の転換をするのです。   この「あるがままに認める=一度認めてあげて、それでも○○したいという心機の転換をする」というプロセスが森田療法の核心です。一度認めるぶんだけ心がとらわれから解放されます。さらに、とらわれから解放された心に「こっちに行こうね」という方向づけをしてやるのです。これによって心のコントロールがうまくいきます。   神経症を発症する根本はなにか? ここまで神経症を森田療法でどう治すかというテーマで書いてきましたが、ちょっと自分なりの考察をしてみたいと思います。 そもそも、「神経症を発症するのは、おそらく人間だけである」はずです。   ヒステリーになったライオンや、強迫性障害になったゴリラ・・・という例を、私は寡聞にして知りません。 ということは、神経症というのは「人間が社会的動物である」ということにそもそもの原因があるのではないでしょうか?   社会的動物である人間が一体なにに影響を受けるかといえば、 「社会の常識」 「周囲の人の持論」 「親に言われたこと」 「みんなが言っていること」 「ネット上の意見」 などでしょう。いずれも社会によってインプットされるものです。   本来であれば上記のいずれも「もともと自分の意見ではない」のですが、 親しい人に言われたり、自分が信頼を置いている媒体によりインプットされることによって、 その外部表現が内部表現のなかに同化されます。 つまり、他人の意見が自分の意見に影響を与えるわけです。   神経症傾向のある人は 「自分の醜態を見て、ほかのみんなが笑っている」 「自分は恥ずかしい行動をした。価値のない人間になってしまった」 といった強迫性の観念にとらわれているわけですが、 これらの観念のモトをたどってみれば、 「○○するのは恥ずかしい」 「××なヤツは価値が低い人間である」 といった社会的な刷り込みがあるのです。   社会的に学習すること自体は人間にとって不可欠なことですから否定はできませんが、 もしあなたがある物事に関して「恥ずかしい」とか「恐ろしい」とか「怖い」といった感情を抱いたときには、 「待てよ、これは自分自身の意見じゃなくて、もともとは社会的な常識が取り込まれたものにすぎないよな」 という反省を行ってみることをおすすめします。   そうすると、自分がいかに「自分の頭で考えたつもりになっていたか」がわかりますし、 自分がいかに「社会的な常識とされているものを無批判で受け入れていたか」がわかります。   「社会の常識は無条件で受け入れるべきだ!」と言う人もいるかもしれませんが、 その「社会の常識」というのがもしかすると「毒」かもしれないのです。   「世間の常識だから・・・」「そういう風潮があるから・・・」という理由で自分の考えを変えてしまう人は、 もしヒトラーのような指導者が出てきて「○○人を許すな!」という社会的風潮を作り出したとき、容易にそれに加担してしまう危険性があるのでは? と思います。   まとめ + とらわれから自由になりたい人のための本 さて、いかがでしたか。 この「森田療法」についてかなり大ざっぱにまとめれば、 「苦しいことや恥ずかしいことがあるとき、それを〈あるがまま〉にして認めておいて、 その一方で、<自分は本当は○○したい>という目的に向かうためにやるべきことをひたすらやる」 という原則のもとに展開されるものといえます。   この思考法は、とても有用なものだと思います。 というのは、たいていのことは「つらいから」「苦しいから」という理由で中断されてしまうからです。 その「つらい」「苦しい」「恥ずかしい」といった情動への耐性を上げるためにも、森田療法の思考法は非常に有意義なものだと思います。ストレスの多い現代人にとって、非常に便利な薬になるはずです。   この思考法をうまく使って、もっともっと自分の本当にやりたいことを追求していってください。 では、グッド・ラック!   ★おまけ 「とらわれから自由になりたい人」のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいのはアレだけど本物だ」と確信しました。この人の本を読むと、どんどん思考の盲点が外れ、「とらわれ」から自由になり、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。私がこのブログで言っていることの大半は、この人の理論を応用して考えたものです。 以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

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