日本の野球を世界一にするためには「勉強」が絶対必要だ! 「野球」と「ゲシュタルト」と「知識量」の話

日本の野球を世界一にするためには「勉強」が絶対必要だ! 「野球」と「ゲシュタルト」と「知識量」の話 知識偏重主義は誤りだが、そもそもモノを考えるうえで知識量は前提条件になる ゲシュタルトとは、「全体像をつかむ」ということ これは私個人の好みの問題なのですが、 「端から端までミクロな分析を積み重ねていけばすべてがわかる」 という考え方はあまり好きではありません。   なぜなら、それは「ゲシュタルト」を無視しているから。   私は野球について語るとき、この「ゲシュタルト」をとても重視します。 私なりの表現ですが、野球界には、「野球についてのゲシュタルトを構築できている人」があまりにも少ないように思うのです。   いま、ゲシュタルトという耳慣れない言葉に「???」マークが浮かんでいる人が大半でしょうから、ここで「ゲシュタルト」という概念について解説しておきます。   ゲシュタルトと聞いてまず真っ先に思い浮かぶものといえば、「ゲシュタルト崩壊」。   たとえば、「呪」という字をじいっと見つめていると…… そのうち「アレ、この文字ってこんな形だったっけ……?」とか、 「何だ、四角形が横にふたつ並んでいて、右側の四角形の下に曲線が二本くっついているだけじゃないか。なんで自分はこんな図形を見ただけで、その意味が『恨みのある人に悪い事が起こるように祈る=のろう』だなんてわかるんだろう……?」と思い始めます。 それまで大づかみに把握できていたものが、崩壊する。これが「ゲシュタルト崩壊」です。   「呪」は、分解してみれば、たかだか「四角形二つと曲線二本」に過ぎません。 なんで人間は、こんな単純な構造の文字を「呪う」という意味だと理解できるのでしょうか? さながら、1+1=2のはずなのに、1+1=7くらいになっているような違和感があります。   このような「単なる部分の寄せ集め以上の意味を持つ」というのが、「ゲシュタルト」という言葉の一つの意味です。   ゲシュタルトに関する例、もう一つご紹介しましょう。 という画像を目にしたとき、よほど語学力に乏しい人でない限り、「THE CAT」と読むはずです。 しかし、よく見てください。 左の「H」と、右の「A」とは、実はまったく同じ形をしています。 取り出してみればわかりますが、どちらも本当は「H」です。   それなのに、なぜ「一番目のHはそのままHと読み、二番目のHはAと読み替えた」のでしょうか?   実は、われわれの認知システムには、「足りないところ・おかしいところを自動的に推測して補う能力」が組み込まれているのです。   人間の脳には、「英語だし、たぶんこの単語の並びはTHE CATだろう。THE CHTは見たことないけど、THE CATなら見たことがあるぞ。やっぱり二個目のHは、Aなんだろう」と判断し、「H」を「A」に読み替える能力があるのです。 つまり、全体像を先に把握しておいて、その全体像をもとにして推測をおこなう。この「全体像をもとにして、足りないところを勝手に推測して補う能力」のことを、「ゲシュタルト能力」と呼びます。 先ほどの「呪」という字にみたようなゲシュタルト崩壊というのは、その「全体像がぶっ壊れた」という意味で、「崩壊」なのです。 普段は意識していないかもしれませんが、我々の認知を支えているのはこの「ゲシュタルト能力」です。   話が込み入ってきたので、ここらでいっぺん整理しましょう。 ゲシュタルトとは:「単なる寄せ集め以上の意味」を見出すこと。つまり、「個々のパーツをすべて足し合わせた以上の意味」を持つこと。たとえば、「呪」という文字は、分解してみれば四角形二つと曲線二本に過ぎないのに、「のろい」という意味であると把握できる。大切なのは「全体像として把握できる」というポイント。 ゲシュタルト能力とは:全体をおおづかみにする能力。また、知らない部分について推測する能力。一を聞いて十を知る。 もっとわかりやすくするために、例を出しておきましょう。   「数学についてのゲシュタルトを構築できている」 →数学に関することならば、自分が直接知っていることでなくても、だいたいのところを推測して答えることができる。 「数学についてのゲシュタルトを構築できていない」 →数学についての質問をされても答えることができない。推測して答えることもできない。 「お医者さんのゲシュタルト能力」 →患者の症状の訴えを断片的に聞いただけで、「ああ、きっとこの人は体のなかの○○が悪いんだな」と瞬時に推測することができる。 …こういったものが、ゲシュタルト能力です。だいたい理解できたでしょうか? 要は、「全体像が把握できているかどうか」の話になります。   ゲシュタルト構築の前提は、「圧倒的な知識量」のほかにない! 実はこの「ある分野についてのゲシュタルト」は、意識的に身に付けることができます。 どうすればいいかといえば、方法はたった一つ。 「その分野に関する圧倒的な知識量を獲得する」、これだけです。   具体的には、 知識を圧倒的な量インプットする → 知識量が一定のラインを超える → ある時突然、「わかったぞ!!」という感じで、知識の総和以上の高度な理解が得られる=その分野についてのゲシュタルトが構築される というものです。   圧倒的な価値を創る技術posted with ヨメレバ苫米地英人 コグニティブリサーチラボ株式会社 2015-07-08 KindleAmazon ...

【野球】「目標を高く持つ選手」と「目標を持たない選手」の間にはどれだけの差が生じるのか? シミュレートしてみた

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 最近私は「苫米地式コーチング」を本で学んでいるのですが(本当はコーチ養成講座みたいなのに行くべきなんですが、まだ行きません)、 「コーチングを野球に応用したら、日本の野球界のレベルはものすごく上がるんじゃないかな」と考えています。   今回は、そんなコーチングの核心ともいうべき「ゴール設定することによるメリット」を、野球選手を題材にして考えてみましょう! 【野球】「目標を高く持つ選手」と「目標を持たない選手」の間にはどれだけの差が生じるのか? シミュレートしてみた 結論:ゴールを高く持つメリットは山ほどある。というか、上手くなりたいなら必須! ゴールを持たない意味は全くない。 「高いゴールを設定したA選手」と「ゴールを設定しないままのB選手」を徹底比較 今回の記事の趣旨は、 「野球におけるゴール設定の有用性を示すこと」 「高いゴールを設定することに成功した選手と、ゴールを設定しないまま野球をしている選手との間に、具体的にどのような差がついていくかを示すこと」 にあります。   では早速、高いゴールを設定することに成功した人と、ゴールを設定しないままの選手を比較してみましょう。 以下の表に、それぞれの場合にどちらの選手がどのような反応・行動・思考をするかをまとめてみました。   想定としては両者ともにまったく同じスタートライン(現在大学生・投手)で、まったく同じ素質(=大学生平均レベル)を持っているものとします。 また、A選手のゴールは、十分に高いものであると言えるように「世界一の投手として活躍し、自分のプレーと慈善活動で世界平和に貢献する」としました。     高いゴールを設定することに成功したA選手(ex.「世界一の投手として活躍し、自分のプレーと慈善活動で世界平和に貢献する」) ゴールを設定しないままのB選手(ex.野球部にいるから野球をやっているだけ) 練習の量と質 ゴールを達成するために必要な練習をするようになる。ただ量を追い求めたりするのではなく、「世界一になるために本当に必要な練習」を最高の効率でたくさんやるようになる 野球部でやっている練習をやるだけ、あるいは他人が練習しているから自分も練習するか、というくらい。自分で主体的に「これをやろう」と決定することはまずない。 発想力 発想が多岐にわたる。栄養補給、トレーニング法、スポーツ科学、生理学、解剖学、セルフコーチングの勉強、書店の野球コーナーに通う、うまい人に話を聞く、自分の動作を分析する、優れたトレーナーに教えを乞う など。ゴールが高いので、その分成長速度が速くなり、しかも発想も斬新になっていく。日本のみならずアメリカのトレーニングも勉強する。ウェイトから初動負荷まで勉強しまくる。野球のみならず武道やサッカー、陸上、相撲といった他競技まで視野に入れて上達の方法を考える。 ただ与えられたものをやるだけ。自分でやりたいと思ってないから工夫もない。いわゆる指示待ち人間になりがち。 他人の悪口 言わないし、聞かない。自分が高いところにいるから、わざわざ他の人を引き下げる必要がない。「悪口は自分の意欲を下げる」ことをわかっているから、悪口は言わない。悪口を言っているグループとは距離をおく。 悪口・陰口を言わないと気が済まない。他人を下げることで自分を上げようとする。なぜなら、自分が低いところにいることに我慢できないから。自尊心が満たされない。他人の悪口を言うことがクセになっている。また、意識の高い人のことを「あいつはどうせ失敗するよ」などと陰でバカにしたり、引きずりおろそうとしたり、失敗を喜んだりする。 行動力 「自分は世界一の投手にふさわしい人間である」というエフィカシー(自己能力の自己評価)があるから、世界一の投手になるために必要だと思ったことは何でもやるし、不要だと思えばやらない。必要だと思えば海外にも飛ぶし、大学の先生やプロ選手にも聞きに行く。「行動力がある」という評価を得る。 自分の能力に自信がない&失敗するのが怖いから何も行動を起こさないし、たとえ行動しようという気になってもすぐに萎える。三日坊主であり臆病者。監督や親に言われてようやくやるか、尻に火が付かないとやらない。 あきらめの早さ 「ゴールを達成する」までは絶対に止まらない。「未来のゴールは、できそうもないものであればあるほど、斬新な解決策が生まれる&進化のスピードが早くなる」ということを理解している。たとえ打ちのめされるようなことがあっても、「いや、俺は将来必ず世界一の投手になっているのだから、この程度の試練はいくつも乗り越えているはずだ」と思える 現代の自分の状態・これまでの自分の過去の成績・実績をもとに「自分はこの程度だろう」というリミッターをかけて自分の能力・可能性を制限する。自分の過去をもとに「未来もずっとこの延長戦なんだろうな」とあきらめているので、斬新な解決策も生み出せないし、進化のスピードも遅い。一度挫折したら立ち直れない。 試合での実力発揮 「自分は世界一の投手にふさわしい行動だけをする」から、試合の準備も世界一のクオリティを追及するし、試合での集中力も段違い。また、世界一という高いところを目指しているので、たかが大学の公式戦くらいでは緊張しない。最初から最後までベストを尽くして当たり前。 将来のゴールがないので、「目の前の試合がすべて」に思えてくる。そのためガチガチに緊張する。悪いイメージがどんどん浮かんでくる。「失敗したらどうしよう」「打球飛んでくるな」と思ってしまう。試合前の準備も、試合中のプレーの精度も低い。   立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle さて、「スタートラインは一緒」であり、「投手としての能力値は両者ともに平凡」だったA選手とB選手は、 半年後・一年後・三年後…どのくらい差がついているでしょうか……?   もしかすると、「どこにでもいる平凡な選手」であったA選手は将来本当にプロ入りして、世界一の投手として大活躍するかもしれません。 逆に、同じく「どこにでもいる平凡な選手」であったB選手は、そのまま何の疑問もなく現役生活を終えるかもしれません。 少なくとも、素材が同じである以上、「A選手がB選手よりも成長しない」ということはありえないと思います。   おそらく、はじめは同等の実力であっても、時がたつにつれてどんどん差が蓄積されていくはずです。 少なくとも、理論上は確実にそうなります。   そもそも、両者の間にある差というのは、単に「ゴールが高く設定されているか否か」というただ一点だけなのです。 その些細な差が、練習の量と質・行動力・試合での実力発揮・発想力といった多要素にわたって影響するのです。   「目標は高く持ちなさい」「夢を高く持って、あとは諦めないことだ」などとよく言われますが、そう言われる意味がよくわかる思考実験です。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle   ちなみに:「自分がこんな高いゴールを設定したら、笑われないかな」という感じで周囲の評価を気にする意味はゼロ! A選手が本当に世界一の投手になって、B選手はいま平凡な社会人として暮らしているとします。   そうなると、周りの人はどういう反応を示すでしょうか。 A選手に対しては「学生時代は目立たない選手だったのに」という評価になるでしょう。 対照的に、B選手に対しては「まあ、あいつはあまり目立たない選手だったし」というくらいの評価か、あるいはそもそも評価対象にならないか……。   つまり、他人の評価というのは簡単に覆ります。   ……こう考えてみるだけでも、周りの評価・世間の「客観的な評価」というものがいかにアテにならないものなのかがよくおわかりになると思います。 世間や他人の「あなたに対する評価」というのは、結果論でしかありえないのです。   だから、「いまはへたくそ」であっても、高いゴールを設定していい。 いや、むしろヘタクソだからこそ高い高いゴールを設定するべきです。 現在ヘタクソなのはあなたが「高いゴールを持っていないから、この程度のプレーでいいか」と妥協してきた結果である可能性が高いからです。 そういう人こそ、未来のゴールを高く持って、現在に対する認識をガラリと変えてほしい。   高校通算本塁打が0本だった小笠原道大選手・門田博光選手がプロであれだけの成績を残せたのですから、やってやれないわけがありません。 (ついでにいえば、現代物理学では不確定性原理によって「未来を確実に予測することなどできない」ことが証明されています。 つまり「自分はこの程度だ」「あいつはこの程度だ」という、『過去のデータをもとにした未来予測』は絶対にアテになんてできません)     今回のシミュレーションはあくまでも机上で&私の頭の中でだけ行ったものですが、少なくとも 「高いゴールを設定しない手はない」 「ゴールを持つことのメリットはあっても、ゴールを持たないメリットはない」 というのが結論になる、というのはおわかりいただけたでしょうか? コンフォートゾーンの作り方【聴くだけで目標達成できる!CD付】~図解TPIEプログラム~ posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2010-08-23 Amazon Kindle   まとめ:ゴール設定しなければ始まらない べつに今の状態が「B選手」である人も、落ち込むことはありません。 今までは今までとして置いといて、未来のゴールを設定すれば必ずなんとかなります。 どっちみち、将来大成功している自分からすれば「過去の出来事はすべて『あれがあったからこそ』になる」のです。   なお、今回は触れませんでしたが、「ゴールは、ただ設定するだけじゃなくて、『現状の外側に設定する』」というのが必須条件です。 「現状の外側のゴール」というテーマについては、かなり文字数を要するので、また別の機会に扱おうと思います。   私の野球コーチとしての勉強も兼ねて、今後も継続的に「野球とコーチング」についての記事を書いていきたいと思います。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 では。 勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇 posted with ヨメレバ 中村 計 集英社 2016-08-05 Amazon Kindle 門田博光の本塁打一閃―ホームランに魅せられた男 posted with ヨメレバ 門田 博光 ベースボールマガジン社 2006-11 Amazon Kindle

完全に¥0で教養を身に付ける方法:古典と名著を「音読」しなさい!

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 これは私の個人的な観測なのですが、「現代という時代は、かつてないほどの勉強量が求められる時代である」と思います。 インターネットや電子書籍の登場により誰でも手軽に勉強できるような環境が整い、さらには国際化が進展して人々の視野も広くなっています。変化が速いので、基礎的な知識量がなければおいていかれます。インターネット普及以前の感覚のまま現代を生きようとすると、かなり「ああ、知識不足だ」と感じるのではないでしょうか。 日本人は少なくとも大学四年生くらいまでは一般教養の習得に励むべきだと思いますし、勉強そのものは40~50歳くらいまで必死にやり続ける必要があると考えています。 さて、そんな時代なので、今回は「¥0で教養を身に付ける音読術」をご紹介しましょう。 完全に¥0で一般教養を身に付ける方法:古典と名著をひたすら「音読」しなさい! すばらしいことに、「一般教養」というのは完全にタダで学べる時代になった! 新しいものを学ぼうとするとお金を搾り取られるが、古いもの・格式あるものを学ぶ分にはタダでできる 基本的に、読書の法則としては ・目新しいもの・比較的軽いものを学ぼうとすると、たくさんお金がかかる ・古いもの・名著・格式あるものを学ぶぶんには、ほとんどお金がかからない が成り立ちます。   前者はたとえば、「新しいもの=新刊・最新技術の解説など」がそうですし、あるいは「比較的軽いもの=現代文芸・新書・わかりやすい入門書など」が当てはまります。最近だと「ビットコインやフィンテック」についての本はお金がけっこうかかりますし、新書や文庫本をたくさん買ってもやはり出費がかさみます。図書館に置いてあることも少ないので、読みたいなら買うしかありません。しかも資本主義全盛の時代に書かれたものは、おしなべて価格が高いのです。 逆に後者はたとえば、「古典・名著」の類。たとえば、「哲学書・歴史書・古典文学・文豪の書いたもの・神話」などです。これらは買えば高いのですが、図書館で借りる分にはタダですし、名著であるということでどの図書館にも置いてあります。また、著作権切れでフリーとなっているものはもちろん無料で読むことができます。Amazonやネット上に展開している「青空文庫」などを使えば、¥0でいくらでも古典が読み放題なのです。   「賢い人は古典に通じる」というイメージがありますが、コスパで考えると圧倒的に「古典を読んだ方が賢い」のです。というか、世の中にいる頭のいい人たちが主導して「古典は無料で誰もが読める」という環境を作り上げてきたのかもしれません。     ついでにいえば、今出ている新刊本の99.9%は百年後には忘れられていることでしょう。 しかし古典であれば、すでに百年、千年という長い長い時の試練を経てもなお風化しなかったものがそろっています。風化しないということは、みんな骨太であるということ。そして、人々の思考の糧になってきたということ。   古典を読むということは、人類がこれまで積み上げてきた言語と思想の建築物を味わうということでもあるのです。もちろん、海外に出て世界のエリートたちと渡り合おうという気概のある人にとっては、人類のor自国の主要な作品くらいは読んでいて当然である、とも言えます。 人生を面白くする 本物の教養 (幻冬舎新書)posted with ヨメレバ出口 治明 幻冬舎 2015-09-30 AmazonKindle ...

「野球部=体育会系・頭が悪い・野蛮」というイメージをひっくり返したい

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 全国津々浦々で「野球部って頭悪い」と思われてる気がします。たぶん事実です。 実際、高校野球やプロ野球を見ている感じでも、またそういう本を読んでいる感じでも、 「野球部=頭良い、勉強できる」というイメージは乏しく、逆に「野球部=頭が悪い、野蛮」という印象がどうしても拭い去れません。 でも、現時点でそういう状況だということは、これからの伸びしろはものすごいものがあるということでもあります。野球界というのは比較的情報伝達の速い業界ですし、競技人口も国内トップクラスですから、改革の余地は十分あるよな、とも思います。 「野球部=体育会系・頭が悪い・野蛮」というイメージをひっくり返したい 新しい野球選手のイメージ:「頭が良くて、有能で、優しくて、何をやらせてもうまくこなす」 現在の野球界の状況 現代日本人が「野球部」「野球選手」に持っているイメージというのは、どんなものなのでしょうか。   「体が大きい」「かっこいい」「運動神経抜群」「明るい」といったポジティブなイメージもあれば、 逆に、「頭が悪い」「うわべだけ礼儀正しい」「ずる賢い」「理不尽なことを押し付ける体育会系」「野蛮」といったネガティブなイメージもあります。 https://twitter.com/7_color_world/status/896690764767404032 https://twitter.com/tabbata/status/896691400028299265 実際、テレビに映し出される被写体としての「野球選手」「高校球児」のイメージと、彼らの実際のふるまいとの間には大きな差があります。テレビで流れているような「純粋な球児たち」といったイメージは必ずしも正確ではありません。   高校野球は頭脳が9割 新装版 posted with ヨメレバ 後原 富 東邦出版 2016-10-13 Amazon Kindle   「球道即人生」ではなく、「人生即球道」を! 「野球を通じた人間形成」といった物言いを聞くたびに、私は「それって逆じゃないの?」と違和感を覚えます。   本当は、「野球を通じて人間形成する」のではなくて、 「すでに人間形成できている人の娯楽として野球がある」べきで、 「人間としての基礎的な能力の高い人は、野球に対しても真摯に向き合うことができる」のではないでしょうか。   なぜなら、どう考えても、概念としての大きさでいえば「人生>>野球」だからです。 「人生」は「野球」を含むが、逆に「野球」が「人生」を含むわけではない。 つまり、野球はあくまでも人生の一部でしかないのです。 これが、「概念の順位として、人生の方が野球よりも上である」という意味です。人生の方が野球よりも抽象度が高い、ということでもあります。   盛大な人生 posted with ヨメレバ 中村 天風 日本経営合理化協会出版局 1990-03-01 Amazon Kindle   「野球を通じての人間形成」ではなく、「人間としての能力を開花させつつ、野球をする」にしたい 概念としての懐の深さが「人生>>野球」である以上、次のような関係が成り立ちます。 ・野球がうまいからといって、人生がうまくいくとは限らない(いわゆる野球バカ) ・人生を上手に切り開いていく能力が高い人は、野球をやらせても高いレベルに達する   先ほど紹介した田畑信太郎氏のツイートにあったような「日本で少年野球〜高校野球の監督をやっているようなオッサンに未だに多い?精神主義かつ根性論かつ上意下達の文化」 ・・・つまり、「根性論・精神論を振りかざす頭の固い指導者たち」や「体育会系は出世するという妄想(願望)を持っている人」は、この関係を間違えてしまっています。 あくまでも、 ・野球がうまいからといって、人生がうまくいくとは限らない(いわゆる野球バカ) ・人生を上手に切り開いていく能力が高い人は、野球をやらせても高いレベルに達する のです。   逆ではありません。 × 野球がうまい・気が利く人は、社会で通用する わけではないのです。正解は、 ○ 何をやらせてもうまい人は、野球をやらせてもうまくやる というだけのことで、 「体育会系は出世する」という物言いは、その「何をやらせてもうまい人」のことを「野球部だから出世した」と勘違いしています。何をやらせても上手にやる人(≒抽象的思考能力に優れた人)だから出世できたのであって、野球部だからor体育会系だから出世できたわけではありません。 野球部には無能な人もいますし、体育会系のクラブに入っている人間が全員出世するかといえばそんなこともないのです。大多数の屍があって、その中でもたまたま成功をおさめた一部の人が「体育会系の成功者」として脚光を浴びているだけだと私は考えています。 甲子園最高勝率―PL学園・中村流超エリート育成論 posted with ヨメレバ 中村 順司 ベースボールマガジン社 2014-06-01 Amazon Kindle   野球界から「野球を通じての人間育成」という迷妄を消し去りたい 私がこれからやっていきたいのは、野球関係者たちに 「野球を通じての人間形成」という妄想をやめさせ(なぜなら人生>>野球ですから)、 「人間としての能力を開花させつつ、野球もうまくできるようになる」という一石二鳥の道を選んでもらうことです。   高校野球の監督がよく口にする「野球を通じての人間形成」というのは、完全な妄言。 彼らは、「野球を通じて人間力(?)を鍛える」と称して、 ・目上の人間に絶対に逆らわない奴隷を育て上げる(論語などを使うこともある) ・目上の人の指示を正確に忠実に実行する優秀な奴隷を作り出す ・決められた作法から外れるような行動を絶対にしない「気の利く」イエスマンを量産する のですが、これらの共通点は何かといえば「いま年齢が高い人々に絶対に歯向かわない」という点です。   野球の指導者たちはよく「ウチのチームでは人間としてやるべきことを~」などと言いますが、 その「人間として」という漠然とした物言いが本当に意味するところは、「目上の人に絶対服従する奴隷として」に他なりません。 もしも選手たち全員が「自分は奴隷として生きていきたい」という確固たる意志を持っているのならばそれでもいいのでしょうが、問題なのは、本来自由を望んでいるはずの選手までもが奴隷化プロジェクトに巻き込まれてしまうこと。選手を抑圧するような野球部に入ったが最後、人間が本来持っている「自己責任の下での自由」を奪われてしまうわけです。 「坊主強制がイヤだから野球部には入らない」という理由で野球部に入らない人は、そういう「強制の強制=奴隷マインドを植え付ける教育」に対する警戒心が鋭いのでしょう。   しかしタイミングの悪いことに、いま社会のマジョリティを占めているのはそういった「目上の人に絶対服従するのが当然だと思ってる世代」。いくら若者が自由を望んだところで、社会的なプレッシャーとして「奴隷になれ~奴隷になれ~」という圧がかかります。   「奴隷であることはいいことじゃないか」と思われる方もいるかもしれませんが、本当に問題なのは ・奴隷は生産性が低い ・奴隷は、自由になろうとする人の足を引っ張ろうとする ・奴隷は思考停止して、権威のある人の言うことに盲目的に従いがちである というあたり。   こういう奴隷が日本に増えれば増えるほど、 社会全体の生産性は落ち、自由になろうとする人は挫折し、奴隷を上手に煽動する輩が台頭する。 「最近の若者は目上を敬わん」とか言ってる場合じゃありません。奴隷が増えるのは国家の危機なのです。 高校野球弱者の戦法―強豪校に勝つために posted with ヨメレバ 田尻 賢誉 日刊スポーツ出版社 2010-05-29 Amazon Kindle 野球界に「PX2」「TPIE」「苫米地式コーチング」を 世の中には数多くの自己啓発手法があります・・・が、私個人の意見としては、 「ハーバード式」とか「最強の~」とか「一日○○分で~」みたいな本を買いあさるくらいなら、 以下の四つをやれば十分な気がします。というか、こっちの方がはるかに効果が高い。 ・KindleUnlimitedに登録されている苫米地英人氏の本を読みまくる ・PX2を受講する ・TPIEを受講する ・苫米地式コーチングを受ける 以上の四つはいずれも苫米地英人氏(とルー・タイス)関連のものですが、自己啓発の手法としては「世界でいちばん洗練されており、結果も出ているもの」です。NLPやニューソートなど比較にもなりません。 「自己啓発」というと、なんとなく「冴えないサラリーマンが取り組もうとするけど、銭だけ失って何も進歩していない」という冷ややかなイメージがあります。「自己啓発というのは、何かにすがりたい人を搾取しているだけだろ? うさんくさいことこの上ない。洗脳されているだけだ」と一般には思われているのではないでしょうか。   しかし、「洗脳されている」のはひょっとすると、その「一般の人々」のほうなのかもしれません。 実際、コーチングやTPIEについて書かれた苫米地英人氏の本を読んでいると、「論理的に考えて間違ってるのは世間の常識の方だよなぁ」と確信できます。   苫米地氏が教える「コーチング・TPIE・PX2」の優れているところは、これらがいずれも「人生そのものを上手に運用していく能力を格段にアップさせる」という点です。野球でも勉強でも恋愛でも、なんにでも応用が利くという点においてこれ以上のものは存在しません。 野球に応用すればたちまち上手くなる&メンタルが安定する&頭が良くなりますし、勉強に応用すればいくらでも高いレベルに行くことができます。旧来の「俺たちはこれだけ努力したんだ方式」による強化よりも数段上の、まさに段違いの効果が出るでしょう。   ぜひ、常識に凝り固まった野球界の方々にはこれらのことに取り組んでもらいたい。 ・KindleUnlimitedに登録されている苫米地英人氏の本を読みまくる・・・おすすめ。980円/月で読み放題 ・PX2・・・若者・子供向け、かなり安価 ・TPIE・・・大人向け、やや高価 ・苫米地式コーチング・・・かなり高価だが一番効果がある 私自身はまだコーチではありません(いずれはPX2・TPIE・苫米地式で資格を取得する予定です)が、 苫米地英人氏の書籍をかなり読んでいる身からすると、コーチングの理論やPX2・TPIEの理屈・効果がどれほどのものなのかはわかります。   「さっきから苫米地苫米地うるせえなあ。信者みたい」と思われるかもしれませんが、これだけ推すのは効果についての大いなる自信があるからです。 まずは手ごろな入門として、Amazonで「苫米地英人」と検索してみて、興味の向いた本を読んでみてください。 コンフォートゾーンの作り方【聴くだけで目標達成できる!CD付】~図解TPIEプログラム~ posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2010-08-23 Amazon Kindle   まとめ:社会への影響が大きい野球選手こそ、「頭が良くて有能」でなければならないはずだ 日本の野球人口は、だいたい800万人。 甲子園の視聴率はNHKのみで平均8%くらい。 プロ野球の視聴率は、だいたい10%前後。 「将来なりたい職業」では「野球選手」がランキングの上位に名を連ねます。   世界的に見ればorサッカーに比べれば競技人口はそれほど多くないにせよ、 「野球」というスポーツが日本の人々の関心の的の一つであることは間違いありません。   そんな「野球選手」に「バカ」というイメージがついてしまっていること自体、とても残念なことです。 甲子園に出ている高校球児が「バカ」だと、甲子園に出ていない高校球児たちも「バカでも甲子園に出れる。勉強しなくていいや」と思うかもしれません。日本野球の最高峰であるプロ野球の選手が「バカ」だと、プロ野球にあこがれる野球少年たちは勉強なんてしないでしょう。 競技人口約800万の競技ですから、「野球関係者が勉強しない」ことによる潜在的な社会の損失はかなり大きいと思います。 ですから、何とかして、「野球をはじめとしてスポーツ選手は頭が悪い」という常識をひっくり返さねばなりません。   本来、野球界というのは↓このくらいのレベルを保つべきだと私は思っています。 ・「野球選手はみな、人間としての基本的な能力が高い」 ・「野球部はみんな、勉強をやらせたらべらぼうにできる」 ・「野球関係者はみんな頭が良くて、しかも優しい」 ・「野球選手はどのスポーツをやらせても一流だ」 ・「野球部出身の人間はみなしっかりしている」   これくらい優秀な人材を育てることができれば、低迷しつつあるといわれる野球人気に歯止めがかかるのではないでしょうか? これは決して理想論ではなく、現実にうまく対処すれば実現可能なことです。 今回PX2や苫米地氏の理論をやや食い気味に紹介したのも、その手段として極めて有効だからと判断したためです。   根性論精神論でごり押しする現在の野球界にはむしろ、ものすごい「伸びしろ」があります。 これまでどれだけ野蛮アンド未開な方法論に頼ってきたのか、ということを考えると、 野球関係者にことごとく新しい能力開発手法を学習させることができれば、相当な社会資本が新生されると思われます。   私自身、某○○○大の野球部にコーチとして九月から復帰する予定でいますので、 まずは比較的効果を理解してもらいやすいと思われる国内屈指の「頭脳集団」からはじめて圧倒的な結果を出し、 野球界のみならず社会全体にそのムーブメントを広げていくつもりです。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 では。 コーポレートコーチング 上 posted with ヨメレバ 苫米地英人 開拓社 2015-06-08 Amazon Kindle

日本の野球関係者はもっと「ゴールを高く」持つべきだ。「甲子園出場」「全国制覇」はゴールとして低すぎる

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、常々疑問に思っているテーマ「なぜ日本の野球には未だに根性論がはびこっているのか」について書きます。 私が「根性論・精神論」と呼んでいるのは、 「バッグや靴をしっかり並べて全力疾走するチームが良いチームだ」「人間性が~」というタイプの物言い。ゴール もちろん、昭和のような「千本ノック~」「練習中に水を~」「あれだけ苦しい練習をしてきたから」も含みます。 日本の野球関係者はもっと「ゴールを高く」持つべきだ。「甲子園出場」「全国制覇」はゴールとして低すぎる ゴールが低いから思考停止する。ゴールが低いから「体育会系」になる 結論:「ゴール設定」が不適当というか低すぎる。ゴール設定が低いから「根性・努力・人間性」という言葉が出てくる 先に結論から言っておきましょう。 1.日本の野球から「根性論・精神論」が消えてなくならない最大の理由は、「ゴール設定をうまくできる野球関係者」がほとんどいないから。野球関係者が「個人としてorチームとして目指すゴール」を設定しても、ほとんどの場合ゴールとして「低すぎる」。 2.ゴールが低すぎるから、現状から抜け出すことができない。 3.ゴールが低すぎるまま活動するから、「努力・根性・人間性」に頼る羽目になる。 以下、この1~3について考えていきましょう。   野球関係者が設定するゴールは9割方「低すぎる」。正しいゴールは「高く、現状の外」に置かねばならない 野球関係者が「チームのゴール」を設定するとき、それはだいたいゴールとして低すぎるんですよ。   良い例なので、2004~2006年にわたって甲子園大会で優勝、優勝、準優勝という成績を残した駒大苫小牧の例で考えてみます。 それまでの「抽選で当たった高校にガッツポーズされる」という弱さで有名だった北海道代表としては異例の戦績。   駒大苫小牧に就任した香田誉士史監督は、就任当初から周囲に「かならず全国制覇する」と言っていたそう。 当時の駒大苫小牧は地区予選でボロ負けするレベルのチームで、「全道大会に出てくれればバンザイ」くらいだったとか。 ですから、当時の駒大苫小牧にとって「全国制覇」というのは完全に現状の外。   普通の監督さんであれば「まずは甲子園!」というところですが、香田監督が普通と違っていたのは目標として「全国制覇」を真っ先に掲げたこと。 「まずは甲子園」なら現状の内ですが、「全国制覇」なら思いっきり現状の外といえます。 なぜなら、前者は達成の仕方がイメージできますが、後者は達成の仕方がわからないから。 現状の内か外かを判断するのは、「達成の仕方が具体的にイメージできるかどうか」なのです。   重要なのは、「現状からみて達成の仕方がわからないからこそ、斬新で常識破りな解決策を思いつくことができる」ということ。 実際、香田監督率いる駒大苫小牧は ・当時の北海道勢にとっては非常識だった「雪の上でのノック」を始めた ・ひたすら連続で打撃マシンを打ち、連続でティー打撃をするというバッティング練習の方式を始めた ・走塁への異常なこだわり。二塁からワンヒットで帰ってくる確率がほかのチームと比べてズバ抜けていた といった、当時としてはずば抜けた取り組みを行っていました。 実際の戦績で見ても、横浜や日大三高や智弁和歌山や大阪桐蔭といった名だたる強豪校に勝利したり、甲子園の史上最高打率を更新したり・・・と圧倒的な結果を出しました。   ただ、惜しむらくは 「甲子園に出場し、全国制覇を達成した時点で、ゴールが現状の中に変わってしまったこと」でしょう。 最初は現状の外だったゴールが、甲子園に出て成績を残した時点で完全に現状の中になってしまった。   本当であれば、甲子園に出たあたりで目標を「全国制覇」から変更すべきでした。 たとえば「世界一の野球チームとして最先端の取り組みを続け、人類の発展に貢献する」くらいの高いゴール=現状の外のゴールに設定しなおさねばならなかったのです。 そうでなければ、ゴールが現状の中になってしまうので、現状を打破する力は出てきません。 現状を打破しないということは、現状の最適化が始まる。   現状の外のゴールだと「次々に新しい発想が出てくるワクワク感」が出てくるのですが、 ゴールが現状の内になってしまうと「やるべきことが全部わかっていて、あとはやるだけ」になり、ワクワク感が消えてしまう。 「やるべきことをやらねばならない」という現状の最適化が始まるわけです。 ワクワク感がないから、根性とか努力で何とかしないといけない――という発想になる。   つまり、 「ゴールが低い→やるべきことがわかってしまい、新たな発想が出てくるワクワク感が消える→モチベーションがなくなる→根性とか精神という言葉で何とかしようとする」 という関係になります。 逆に、 「ゴールがとてつもなく高い→達成の方法をひらめく。斬新な発想が次々にひらめく→誰もやったことがない人類最先端の取り組みをやっているというワクワク感が出てくる→根性とか精神とか人間性という言葉なんていらない。自然に高いレベルの取り組みをするようになる」 という道もあります。   まとめると以下の通り。 ・ゴールは「現状の外」に置く。 ・「現状の外」の解釈:「ゴール達成の仕方がイメージできるかどうか」。達成の仕方がわかるものは現状の内。 ・甲子園に一度も出たことがないチームが「全国制覇」を掲げるなら、それは現状の外。達成の仕方がまるで見当もつかないからOK。 ・甲子園に出たことのあるチームが「全国制覇」を掲げてもそれは現状の内となる。もっと高くて遠いゴールを! ・現状の外のゴールは一見して達成できないように見えてしまうが、実際はいくらでも斬新な解決策を思いつくから大丈夫。 ・「ここをこうすれば勝てるのに…」という達成の仕方がわかってしまうものを「現状の外」とは言わない!   勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇 posted with ヨメレバ 中村 計 集英社 2016-08-05 Amazon Kindle 「現状の外の高いゴール」がないと、意識も認識も変わらない 「ゴールを現状の外に置く」メリットはほかにもあります。 それは、「ゴールに合わせて意識レベルが上がる」ということ。苫米地式コーチングの用語で言えば「コンフォートゾーンが上がる」のです。 ゴールが高ければ高いほど、現状に対する「これくらいが自分たちにはふさわしい」という意識レベルが上がるんです。   たとえば、 ・甲子園に出ていないチームが「全国制覇」をゴールに掲げるとすると、 「140km/hオーバーの投手が四人くらいいるべきだ」「選手の体格はもっと良いはずだ」「打撃マシンは5台くらいはあって当然だよね」 という現状の変革が始まる   ・また、甲子園に出たことのあるチームが「世界一の野球チームとして最先端の取り組みを続け、人類の発展に貢献する」くらいのゴールをかかげると、 「待てよ、日本の野球で常識とされている○○って実は世界標準じゃないよな。じゃあ変えよう」「150km/h後半の投手が五人くらいはいないとな」「甲子園の強豪校が相手? でも俺たちって世界一の野球チームだから、日本の強豪校には余裕で勝つのが当然だよね」「食事もメジャーリーガー以上のものにしよう。プロテインやビタミン剤やアミノ酸などはチーム単位で注文しよう」「野球をする環境も最高じゃないとね。グラウンド間近に寮が欲しいな。いつでも練習できる室内練習場とかも」「環境を変えるためにはお金が必要。野球部全体で利益を生み出すような仕組みを作ってもいいんじゃないか」「スタメン全員がプロ入りするくらいでちょうどいいよな」「野球応援も豪華じゃないとね。全国屈指のマーチングバンドに来てもらって、応援のバイトも一万人くらい来てもらおう」「勉強もできて当然だよな。チーム全員がハーバードで博士号をとれるくらいでちょうどいい」 くらいの意識に変わる。   ゴールについて「できるかどうか」を考えてはいけません。 現状の外というのは「達成の仕方がわからないもの」のことを指すわけですから、「できそう」と思えるわけがないんです。   あくまでも「やりたいかどうか」だけ考えればいい。 達成可能性はまったく無視していい。「未来が絶対にこうなる」ということはわからないし、逆に「未来が絶対にこうならない」というのもわからないので。   ゴールを高く持ってさえいれば、どんどん認識が変わっていきます。どんどん基準が高くなっていきます。 逆に、ゴールがそこらへんのチームと同レベルだと、いつまでたっても他のチームに抜きんでることはできません。 コンフォートゾーンの作り方【聴くだけで目標達成できる!CD付】~図解TPIEプログラム~ posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2010-08-23 Amazon Kindle   まとめ:ゴールは「できるか」ではなく「やりたいか」で決める 野球関係者は、これくらい高いゴールを掲げたほうが良い……という例を以下↓に出しておきます。 このくらい高いゴールでも大丈夫だよ、という例です。 できるかどうかではなく、そのゴールを達成したいかどうかで決めること。 達成の仕方がわかるものは現状の中。 現状の外のゴールを達成しようとするときにだけ、思いもよらなかった解決策が見つかるのです。 ・世界ナンバーワンの最先端の取り組みを続け、国内大会でも世界大会でも圧倒的な戦績を残し、日本の野球を世界一に引き上げる。 ・部員全員が、将来ハーバードで博士号取得できるくらいの知的能力を身につける ・野球部から、人類をリードし世界から戦争や差別をなくす人材を輩出する このくらいでちょうどいい。   こういうゴールを公言すると、「そんなの無理だ」「できるわけがない」と言ってくる人もいますが、そういう人は放っておいてOK。 なぜなら、そういう人々は、ゴールを達成した未来には手のひらを返しているからです。 そもそも、未来を予測することなんて絶対にできないのに、なぜ「絶対にできない」などと決めつけることができるのか? そういうドリームキラーの言葉は完全無視してください。どうせ彼らは無責任なことしか言いませんから。   日本の野球関係者の悪癖である「現状の内側にゴールを置く習性」がなくなって、 そのかわりに「現状の外側に高い高いゴールを置く習慣」が当たり前になれば、 日本の野球はもっともっとレベルが上がるし、根性論や精神論に頼った指導も必要なくなります。   論理的に考えても、また実際上のメリットデメリットで考えてみても、ゴールは高く置いたほうがいい。 そういうことです。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 では。 甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ 高畠導宏の生涯 (講談社文庫) posted with ヨメレバ 門田 隆将 講談社 2008-12-12 Amazon Kindle

【出版しました】『日本の若者は「常識洗脳」されている!: やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言』出版しました!

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、最近ブログの更新がおろそかになっていた原因をご紹介します(笑)。   このたび、AmazonのKDP(Kindle Direct Publishing)から電子書籍を出版しましたので、ご紹介します。 タイトルは…… 『日本の若者は「常識洗脳」されている! やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言』 日本の若者は「常識洗脳」されている!: やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言 posted with ヨメレバ 栗栖鳥太郎 2017-08-06 Kindle Amazon 私がさんざんこのブログでいつも批判しまくっている「常識」「思考停止」を盛大に火祭りに上げる本です。わりと若い人向けに書きました。 以下、内容紹介です。  * * あなたは、現在日本に何となく「生きづらさ」を感じたことはありますか? 「どうしても他人の視線を意識して行動してしまう。ありのままの自分をさらけ出せる人がうらやましい…」 「最近、現実世界でもネットの中でもイライラしている気がする。他の人を攻撃しないと精神の均衡を保てない…」 「本当は学校の勉強なんて放り出して、やりたいことをやって生きていきたいんだけど…」 その生きづらさの原因、ひょっとすると「常識洗脳」のせいかもしれません。 気付かぬうちに、こんな常識、刷り込まれていませんか? 「親の言うことは聞かなければならない。目上の人の言うことには従わなければならない」 「就活では安定した大企業に内定ゲットしなければならない。公務員試験は、公務員浪人せずに一発で受からなければならない。まともなところに就職できなかった奴は負け組で、同窓会にも恥ずかしくて顔を出せない」 「大学生になったら、友達を作らないといけない。友達のいないぼっちは負け組」 「人をいじる方に立たなければならない。いじられる側は負け組だから」… あなたを苦しめているのはそんな「常識洗脳」です。 しかし逆に言えば、「常識洗脳」さえ解いてしまえば、もう何も恐れるものなどありません。 思う存分自分の好きなことに打ち込めるし、他人からどう見られるかなんて気にしないようになるし、 本当に他の人々と良い関係を築けるようになるし、のびのびと楽しく人生を生きることができるようになります。   この本は、現代日本の若者たちを束縛している「常識」という鎖を断ち切るために書かれました。 なぜ現代日本は「生きづらい」のか? なぜ若者は「息苦しい」のか? 自由な人生を手に入れるにはどうすればいいのか? 常識から解放されて、本当に自分のやりたいことを存分にやるにはどうすればいいのか? この一冊で、すべてがわかる。 若者に捧ぐ、最高の「脱・常識」マニュアル。   <もくじ> はじめに:若者にとって、現代日本はなぜ「生きづらい」のか? その原因は「常識洗脳」にあった! 第1章 他人事じゃない! あなたも間違いなくかかっている常識洗脳 ・「普通の人生」を思い浮かべてみてください ・「学校やめるわ」と言ったときの親の反応でわかる、「常識洗脳」の凄まじさ ・なぜ「常識洗脳」は効果抜群なのか?「バイオパワー」があなたを監視・束縛する ・日本人は具体的にどのように洗脳されているのか? <ヒト編> ①親による「常識」の刷り込み ②友人による「常識」の刷り込み ③授業&教師による「常識の刷り込み」 <メディア編> ①テレビによる「常識」の刷り込み ②SNSによる常識の刷り込み ③まとめサイトによる常識の刷り込み 第2章 若者たちよ目を覚ませ! 明日使える・脱「常識洗脳」問答編 0.一度「常識を徹底的に疑う経験」をしてみよう! 1.「親の言うことには従わねばならない」 2.目上の人の言うことには従わなければならない 3.不要校はいけないことだ 4.リア充(陽キャ)は幸福な人生、非リア充(陰キャ)はみじめな人生だ 5.友達は多くなくてはいけない。友達の少ない奴は負け組だ 6.大学ではまじめに勉強しなければならない。留年・休学・落単・中退はヤバい 7.ほかの人からみてみじめな人生を送ってはいけない 8.ニートや引きこもりは人生修了。飢え死にする。生活できない。 第3章 脱「常識洗脳」したい人のための手びき ・脱・常識洗脳するためには、ひたすら「読書」しよう! ・脱洗脳したい人のための必読書リスト ・これからの社会では「学ぶためのコスト」が工夫次第でどんどん安くなる! ・人類の誰もが、ネットを通じて無料で「知」にアクセスできるようになる ・自分が本当に実現したい「宇宙レベル」「全人類レベル」のゴールを設定しよう! ・「常識洗脳された人」がよく使う頻出単語集。こういう言葉を使ってしまったら要注意  * * この『日本の若者は「常識洗脳」されている! やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言』は、私にとって二作目の本です。若いうちにAmazonで30冊くらい出版しておきたいなぁ~と考えているので、ようやく2/30ですね。 「本って書くの大変じゃない? よく書けるね」 みたいなことをたまに言われるのですが、私にとって「文章を書いて、世の中に少しでも影響を与える」というのはある意味娯楽でもあります。 もちろん、良い反応ばかりではなく、ときにはケチョンケチョンにやられることもあるのですが……インターネットに批判は付き物です。むしろ、批判する人すらもすべて回心させるくらいの本を書きたいというくらいに思っています。批判してくれる人こそ潜在的な読者でもありますから。 私の本を読んでくれる人が一人でもいる限り書き続ける意味はあると思うので、 これからもバンバン書き続けていく予定です。できれば月2冊くらいのペースで。 ちなみに、次に出版したいなと思っているのは「音読×学校教育」の本です。 あとは、「野球関係」の電子書籍市場がまだ薄いので、「野球or体育会系×洗脳」みたいな本も書こうかなと思っています。 ただ、私は言うことがコロコロ変わるのであまり鵜呑みにされるとガックリくるかもしれません(笑) ……なお、6/9に出版した『「音読」で「バカ」が「天才」になる!: 世界最強の能力開発メソッド』もわりかし好評です。教育・学参カテゴリのランキング一位になったのでびっくりしました。嬉しかったです。よろしければ、ぜひこちらもお読みください。 「音読」で「バカ」が「天才」になる!: 世界最強の能力開発メソッド (栗栖書房) posted with ヨメレバ 栗栖鳥太郎 栗栖書房 2017-06-09 Kindle Amazon 最後にもう一度本のアピールを……。 これからの時代、「常識に洗脳されまくってそのまま目覚めない人」というのは、かなりの苦境に立たされると思います。 なぜなら、常識に従っている限り、絶対に「先頭打者」にはなれないからです。 常識にしか頼れない人は、いつでも二番煎じ。 日本の常識とは、典型的には「チャレンジするとあぶないよ。みんなと一緒なら平気だよ。普通の人生を歩みなさい」というもの。大学生の就職先が公務員とか大企業の総合職正社員といった「安定」メインのところに人気集中しているのが良い例です。でも、みんなが殺到すると競争倍率が跳ね上がって、椅子取りゲームに負けた人々が死屍累々。 「他人に金と権力を与えてもらう」というのはたしかにラクかもしれませんが、 飼い主の気が変わればさっさと放り出されます。 エサの獲りかたを覚えないまま路上にポイというリスクがあります。 そもそも、変化の激しい現代社会で「安定」なんてものが存在するかどうか自体、怪しいのです。「安定」というのは幻想ではありませんか? 常識にすがるというのは、「多数派の凡人」として生き続けるということでもあります。 常識にのみ頼って判断する人になるのか、 自分の頭でも考えて判断できる人になるのか、 どちらを選ぶかは個人の自由です。 ただ、「自分の頭でも考えて判断したい」「世の中の常識には違和感しかない」という人には、この本はうってつけ。 世の中の常識がどのように醸成されていくのか、常識を破って思考するにはどうすればいいのか……がすべて書いてありますから。 日本の若者は「常識洗脳」されている!: やりたいことをやって生きたい人のための奴隷解放宣言 posted with ヨメレバ 栗栖鳥太郎 2017-08-06 Kindle Amazon    もしもあなたが「骨の髄から社会の常識に染まって思考停止した大人たちをさんざん見てきた。もう嫌気がさしている」というのなら、絶対に読んで損はさせません。 読むも読まぬも、あなたの自由です。

自分が本当に実現したい「宇宙レベル」「 全人類レベル」のゴールを設定せよ!

自分が本当に実現したい「宇宙レベル」「 全人類レベル」のゴールを設定せよ! 常識洗脳から脱するためにできること 人生におけるゴールは、①やりたいこと ②現状のままでは絶対に達成不可能だと思えること にしなさい!  このブログではしばしば、 「常識洗脳とはどのようなものか」 「常識洗脳はどうやって行われているのか」 「常識洗脳から脱するためにはどうすればいいのか」 というテーマを主眼とした記事を書いてきました。    そもそも「常識洗脳」の何が問題なのかといえば、その常識とやらが、他人によって刷り込まれた思考パターンの反芻に過ぎないということです。自分オリジナルの思考をしないということは、いくらでも取り換え可能な人材であるということでもあります。    常識に依存してモノを言う人々は、 「その常識って、あなたオリジナルの思考じゃないですよね。他人や周囲のメディアによって刷り込まれたことを自分の意見だと勘違いしてるだけですよね。他人によって刷り込まれた常識は置いといて、あなた自身はどう思っているの?」 と問い詰められてはじめて、自分自身が実はなにも考えていなかったということに気付くわけです。    では、「常識洗脳から脱却して、自分オリジナルの思考ができるようになる」にはどうすればいいのか?  その答えは、 「自分が ①本当にやりたくて ②現状のままではとても達成できそうにない ようなゴールを設定する」 ということです。ここでいうゴールとは「戦争と差別のない世界を実現する」といった、人生における達成目標のことを指します。  この「やりたい&できそうもないゴールの設定」を行うことで、脱常識洗脳が容易になります。 コンフォートゾーンの作り方【聴くだけで目標達成できる!CD付】~図解TPIEプログラム~ posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2010-08-23 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   ゴールの条件①:自分が本当に心の底から成し遂げたいゴールであること  まずは①について説明しましょう。   「自分が本当に成し遂げたいこと」は、あなたが生きていく上での軸になります。    自分が本当に達成したいゴールがある人は、他の人やメディアによる常識の刷り込みに構ってはいられません。  たとえば、「人類を他の星に定住させるんだ」というゴールを絶対に達成したいと思っている人は、「夢を見て生きるのはバカらしい」とか「もっと現実を見ろ。自分が食っていけることをやりなさい。公務員とか安定しているよ」といった常識に縛られることはありません。  他人がどう言おうと、社会がどれだけ安定した選択肢を提示してこようとも、自分が本当に成し遂げたいことに向かって突き進んでいくことができます。    逆に、自分はこれをやりたいんだというゴールをそもそも持っていない人は、簡単に常識洗脳の餌食になります。  自分の意志というものがないと、他人やメディアによって提示された選択肢のなかから選ぶことになるのです。そういう人は、お父さんに「公務員はいいぞ、安定してるし首も切られない。民間の大企業も最近は危ないからな」と言われたら公務員になり、テレビで「英会話ペラペラでバリバリ仕事をしている人」を見たら駅前留学を始めるのです。    ですから、自分の人生の主導権を自分の手に取り戻したい人は、まず「自分がほんとうにやりたいゴール」を設定することからスタートしてください。  もちろん、ひたすら安定だけを追い求めて絶対に夢は追わない、というのも生き方としては間違っていません。ただ、そういう人生を送っていくと死ぬ瞬間に後悔しませんか? ということだけは考えておいてほしいと思います。 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   ゴールの条件②:現状のままでは絶対に達成できないゴールであること  次に、②:「現状のままでは絶対に達成できそうもないゴール」という条件。   「現状のままでは」というのがミソであり、考えどころです。  通常であれば「現在の状態ではできそうもないなら、できないんじゃないか? もっと現実的なゴールにすべきなんじゃないか?」と考えてしまいがちですが、それでもあなたは現状の外にゴールを置くべきです。  主な理由は以下の通り。   ・現状の外にゴールがあるということは、自分がいま置かれている現状を打破しようとする強烈なエネルギーが生まれる ・現在地点から見ると達成不可能なゴールであれば、脳が勝手にクリエイティブな解決策(=常識外れの斬新な解決法)を見つけ出してくれる ・ゴールが高ければ高いほど、あなたにとっての「当たり前」の基準がどんどん上がっていく   「現状の外」というのは少々わかりづらいかもしれませんが、とりあえずレベルの高いゴールにしておけばよいのです。  世界レベルか、どうせなら宇宙レベルのゴールにすることをおすすめします。  というのも、現代人の(特に現代日本の)教育レベルの高さ・環境の充実度合いからすると、「日本レベル」「個人レベル」のゴールは低すぎる=現状の中になってしまう可能性が高い、と考えられるからです。    たとえば、高校球児が「日本一の野球選手になる」というゴールに決めた場合、その高校球児が到達しうる限界点が「日本レベル」になってしまいます。  メジャーリーグや中国・韓国・中南米の野球が視野の外に出てしまうわけです。さらにいえば、「野球以外のこと」への興味が薄れる可能性もあります。その高校球児は「日本の野球」という狭い枠のなかに留まってしまい、「日本の野球」以外のことが心理的盲点になります。日本の野球界で是とされている素振り至上主義や走り込み至上主義に陥る可能性があり、思考停止の危険があります。  これでは結局、現状の最適化(=今のままで一生懸命やればいいや)にしかなりません。ゴールが現状の中にあると、脳のクリエイティビティが発揮されないのです。    それを防ぐためには、最低でも「世界レベル」、理想は「宇宙レベル」のゴールを設定すること。  宇宙レベルというとなんだか胡散臭いように思えるかもしれませんが、ゴールを宇宙レベルに設定することによって、実際上のメリットが数多く得られます。たとえば高校球児の例だと… ・日本の野球のみならず、メジャーリーグや韓国・中国・中南米の野球も視野に入れながら、人類最先端のことをやる必要が出てくる → 脳のクリエイティビティが存分に発揮される ・野球のみならず、サッカー・武道・陸上競技といった他のスポーツも視野に入れながら思考することができる ・スポーツのみならず、勉強や学問もやる必要が出てくる ・日本のプロ野球やメジャーリーグで活躍するのは当然、というくらいの高い自己評価を得ることができる  といった数々のメリットを享受することができます。 ちなみに、いまの日本の野球界もゴール設定が間違っているせいで思考停止に陥っているチーム・個人・監督が大半です。具体的に言えば、甲子園に出るくらいのチームのゴールが「全国制覇」、過去に大学野球の全国大会に出たことのあるチームのゴールが「全国大会出場」――というのは完全に現状の内側です。だって、すぐ手が届くじゃないですか。 そういうゴールを設定した時点で脳のクリエイティビティは封印され、「現状の最適化」=今やっている練習をしっかりやればいいんだ!根性だ!やる気だ!効率化だ!やる気がないなら帰れ! というhave toの発想・思考停止に陥ってしまいます。 どうせなら「宇宙一の野球チームとして、人類最先端レベルの有能な人材を育成し、世界平和を実現するための要石になる。全国大会出場?全国制覇? まあ、そのくらいはやって当然だよね」くらいの高い高いゴールにしましょう。このくらいでないと「現状の外」ではありませんし、現状を打破する斬新なアイディアなんて出ません。    ですから、ゴールはどうせなら宇宙レベルにしてしまいましょう!  最初はレベルの低いゴールでもOKなのですが、徐々にレベルを上げていって、最終的に宇宙レベルになればOKです。宇宙レベルまでいけば完全に②「現状の外」という条件をクリアできます。    なお、「個人レベルのゴール」も結構なのですが、個人レベルよりも「自分以外のもっと多くの人をも巻き添えにするレベル」→究極的には「全人類レベルのゴール」が望ましいといえます。自分ひとりだけが変わればいいゴールでは、ゴール達成のためのエネルギーが途中で底を尽く可能性があるからです。早い話が「自己中になって終わり」になる可能性を否定できないのです。  もしも「宇宙一の野球選手になる」というゴールを全人類レベルにアレンジするとしたら、「宇宙一の野球選手になって、その知名度を活かして、世界から戦争をなくすための活動をする」といったゴールが考えられます。他の人のためにもなるゴールを持っていれば、自己中心という視野狭窄状態に陥ることはありません。  自己中心的という落とし穴にはまらないためにも、「自分だけでなく他の人にも恩恵を与えられるゴール」が望ましいのです。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   まとめ:ゴール設定をしっかりやると人生が変わる  したがって、やはりゴールの条件は以下の二つ。 ①本当に達成したいゴールであること。止められても絶対に達成したいゴール。 ②現状のままでは絶対に達成できそうもないゴールであること。理想は「世界・宇宙レベル」「全人類レベル」。ただし最初はそこまで高くなくても良い。徐々に上げていく。    ……あ、今、「そんなゴールを設定しても、できるわけがない」と思いましたね?    まあ、今はそう思っていていいのです。「できるわけがない! とは思うけれど、やりたい」というゴールであればいいのですから。  人間の脳のクリエイティビティを舐めてはいけません。  最初は「できるわけがない」と思っていたことでも、本気で可能性を探っていけば、かならずゴールを達成する方法が見つかります。その過程で常識もたくさんひっくり返ります。常識に縛られている現状から脱することができるゴールでなければ意味はありません。    あなたの人生のゴールは、「そんなの、できるわけがない」と他人に言われるくらいのゴールでちょうどいいのです。むしろ、そう言われるくらいのゴールでなければ「②現状の外」という条件を満たしていることにはなりません。   (注意点を一つ。設定したゴールは絶対に人に言わないでください。あなたにとって「できるわけがない」なら、他人の目から見ればもっと「できるわけがない」のです。ゴールを他人に教えたくなる気持ちはわかりますが、言ったら絶対に否定されます。ゴールは自分の胸の中にだけしまっておけばいいのです)    また、「正しいゴール設定」ができたかどうかをチェックする簡単な方法もあります。  やり方は単純で、「そのゴールを設定してから、急にやる気が湧いてワクワクしてきた。そのゴールを達成したくて居ても立っても居られなくなってきた」という感触があれば、そのゴールはひとまず合格です。「やりたいことが急にたくさん出てきてワクワクが止まらない」という感触があれば、①の「やりたい」と②の「現状のままでは絶対に達成できない」がクリアされていることになります。  逆に、「なんか最近やる気が出ないんだよなー」という感触があれば、それはゴール設定が間違っている可能性が大です。モチベーションが急に上がる感触があるまで、そのゴールをもっと高くしてみたり、微調整してみたりしてみてください。    根性論や精神論を持ち出さないと達成できないようなゴールはそもそも「①やりたい」の条件から外れています。  ゴールを達成するために「努力」は要りません。ゴールを目指しているはずなのに苦しかったりやる気が出ないという時点でおかしいのです。  簡単にできるチェック法ですので、ぜひ試してみてください。    なお、ゴール設定について詳しく知りたい人は、ぜひ各節の間で紹介した苫米地英人氏の本を読んでみてください。なぜゴール設定をすると常識洗脳が解けるのか・なぜゴールを設定するとやる気が湧いてくるのか・ゴールを高く保ち続けるためのコツが山ほど書いてあります。私自身はまだ苫米地式コーチングの認定コーチでも何でもないので悪しからず。苫米地さんの本を読んで理解したことを綴っているだけです。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 では。 思考停止という病 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 KADOKAWA 2016-03-26 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo

子供の学力を上げるのに教育改革なんていらない。ただ「音読」すればいいだけ!

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、久しぶりに音読の記事を書きます。 最近「音読」関連の情報をあらためて調べてみたのですが、やっぱり音読という勉強法はだんだん普及してきていますね。 公的機関はまだ重い腰を上げていないようですが、フットワークの軽い個人で音読を始められ、効果を実感されている方が増えている印象があります。 そこで今回は、「個人レベルで音読しまくれば、教育改革を待たずとも学力は上がる」という話をします。 子供の学力を上げるのに教育改革なんていらない。ただ「音読」すればいいだけ!  お上の改革を待つのは愚策。さっさと個人で音読を初めて、「賢い国民」を増やそう!  教育改革に期待してはいけない理由 「詰め込み教育」「ゆとり教育」「脱ゆとり教育」「英語必修化」「プログラミング必修化」 ・・・日本の教育改革は、多くの選択肢が試され、そしてそのほとんどが批判の的になってきました。 なぜ「教育改革」に期待できないのか? なぜ、とても頭が良い人たちの集団が熱心に考え抜いた教育方針がうまくいかないのか? 私なりに理由を考えてみました。 ①理想が立派であっても、現場までの伝言ゲームで必ずめちゃくちゃになる 理由その1。 伝言ゲームをやった方はわかると思いますが、自分が伝えたことって、間に挟む人数が多いほどめちゃくちゃになります。 伝言ゲームをやったことのない人は、「武勇伝がどういう風に盛られていくか」「デマがどういう風に発展するか」を考えていただくとわかりやすいと思います。   たとえ中央の官僚の人々が必死に考えて「よし!これは完璧だ!!」と確信した理念であっても、 現場に伝わるまでには「官僚→文部科学省→各地方の教育委員会→学校→先生」という伝達経路になりますから、 どれだけ崇高な理念であっても、意図通りには伝わりません。   たとえば、2008~2009にかけて改訂された学習指導要領では 「生きる力 確かな学力 豊かな心 健やかな体」 という理想が掲げられました……が、 このなかで「生きる力」だけがやけにクローズアップされて、 「生きる力って何なんだ! 学力はどうした! 役人の考えていることは机上の空論だ!」 という感じの反応を起こしたことがありました。 情報というのはかなりいい加減な伝わり方をするので、中央の教育改革の意図が正確に伝わることは期待できないのです。 「ゆとり世代」が職場に来たら読む本 posted with ヨメレバ 柘植智幸 日経BP社 2013-09-12 Amazon Kindle 楽天ブックス   ②制度を改革したところで、実際の現場にいる教師・子どもにはあまり影響しない 「会社の理念」をふまえて日々の業務を行っている会社員は何割くらいでしょうか。 部活動の目標を念じながら練習している部活生はどれくらいいるでしょうか。 意外と、「お上の決定」は現場の人間に伝わりにくいのです。 上層部の人間が鼻息を荒くして改革を行っても、現場で実際に動いている人々は意外と鈍い反応しか返しません。   たとえば、「英語の必修化」が2011年に始まりました。 教育改革を指導する上層部の人々は、「これからのグローバル時代には英語が必須」だとして、 ALTの先生を増やしたり、英語の教科書を準備したりと、かなり念入りに準備されていたようです。   しかし、それで「英語のできる人材」が量産されたかというと「?」のはずです。 教育改革として「英語の必修化」をやり始めたはいいけれど、国語がおろそかになった、現場の教師の負担が増えた・・・という批判もあります。   「上」の人々としては、「改革を行えば実際の教育現場でもその通りに改革が進む」と思っていたのかもしれませんが、 実際の教育現場ではそれどころではなかった、お上の言うことをじっくりと噛み砕く暇なんてなかった・・・というのが実情だったのでしょう。 案外、お上主導の教育改革というのは、現場での効力が薄いと思われるのです。 オール1の落ちこぼれ、教師になる (角川文庫) posted with ヨメレバ 宮本 延春 角川書店(角川グループパブリッシング) 2009-07-25 Amazon Kindle 楽天ブックス   ③公的教育政策の効果は正直言って微弱 子どもの能力を決めるのは、主に「環境」と「遺伝」であるーーこれ自体は紛れもない事実です。 少なくとも部分的には正しいと思います。 「遺伝」は親によるとして、「環境」のなかには学校教育も含まれるでしょう。 ということは、遺伝はどうしようもないから、環境=教育を変えればいいのではないか、という発想になります。   しかし、その「学校教育の改革」自体が、少なくともお上の主導では難しいのも現実です。 いくらお偉いさんが頑張っても、現場に伝わるころにはその熱意も風化しています。 どんなに革新的な教育カリキュラムを考え出したとしても、現場では結局先生が教えているわけですから、大した差はありません。   県単位・市町村単位の改革ならともかく、日本全国一律で行う教育改革は、かならず効果が薄くなります。 なんせ、思い切った施策をとれないんですから。 市町村単位なら「マルチビタミン・ミネラルのサプリメント+プロテインを小中学生に摂取してもらう」(おそらく相当の効果があるはず)というのもできる可能性がありますが、 日本全国でそれをやろうったって無理です。ハードルが高すぎて、挫折する公算が大きいでしょう。   教育改革をいくらやったところで、「日本の子供たちの学力が劇的に向上するかどうか」は怪しい。 つまり、「教育改革の効果はかなり微弱」というのが本当のところなのです。   改革として期待していいのはせいぜい「幼稚園から大学院までの学費の完全無償化」くらいでしょう。 学ぶ意欲のある人には完全に門戸を開放し、その代わり学ぶ意欲がないならさっさと出て行ってもらう。 「自分で自分を脱皮させるチャンスとなりえるもの」だけは確保しておいて、あとは学ぶのも自由だし、学ばないのも自由。 公的な教育政策として必要なのはこの「幼稚園~大学院の完全無償化」くらいで、あとは何をやっても大した差はありません。 さとり世代 盗んだバイクで走り出さない若者たち (角川oneテーマ21) posted with ヨメレバ 原田 曜平 角川書店 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス    さっさと個人or少人数で音読を始めればいい ……というわけで、「①理想が立派であっても、現場までの伝言ゲームで必ずめちゃくちゃになる」「②制度を改革したところで、実際の現場にいる教師・子どもにはあまり影響しない」「③公的教育政策の効果は正直言って微弱」などの理由で、 私は「お上の教育改革を待っていたら日が暮れるよ」と言っています。   ではどうすればいいか? 答えは簡単で、 「そんなら、さっさと個人レベルで始めればいいじゃん」 です。   特に、「ハードルの低さ」「効果の高さ」「効率の良さ」という点で、個人レベルでできる教育改革として、「音読」を私はおすすめします。 音読なら、アレルギーもないし、すぐにできるし、タダでできるし、そのうえ効果も抜群です。   音読を毎日一時間以上やっていけば、思考のために必要な言語能力が伸びます。 国語力はすべての基礎ーーといいますが、その国語力がガンガン伸びる+思考力も底上げされるのが「音読」なのです。 プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? posted with ヨメレバ メアリアン・ウルフ インターシフト 2008-10-02 Amazon Kindle 楽天ブックス   音読のすごいところは「勉強になる」&「脳が活性化しまくる」&「授業より楽しい」 音読のすごいところはたくさんあるのですが、そのなかから主に3つ紹介します。 ・音読自体が、教科の勉強になる。ex.世界史の教科書を音読しまくる ・脳が活性化する。下の記事参照 ・ただ座って受動的に話を聞くor黙って問題を解くだけの授業よりもよほど楽しい 音読を採用するにあたって、これらの効果を見過ごすことはできません。   このブログの過去記事でも、音読の絶大な効果について触れています。 http://kuritoritarou.com/post-1384/ http://kuritoritarou.com/post-1385/ https://kuritoritarou.com/post-1537/   頭のスペックが上がらないと絶対に到達できない境地がある 上から目線になるようで恐縮なのですが、 「頭の良い人が頭の悪い人をかるくあしらう」ことはできても、 「頭の悪い人が頭のいい人をかるくあしらう」ことはまずできません。   なぜなら、頭のいい人のほうが「視点が高い」からです。 たとえば、「男と女どっちが頭がいいか」みたいな論争では、 「男がすごい!」「いや女だ!」と激烈なエンドレスバトルを繰り広げる人々がいる一方で、 それを「男も女もそれぞれ長所短所があるのは当たり前だよね」ときれいに片づけている人もいます。 もちろんこの場合、「視点が高い」のは明らかに後者です。   苫米地英人氏の言葉でいえば、頭のいい人のほうが視点が高い=「抽象度が高い」のです。 (ちなみに抽象度という言葉は、西洋分析哲学のLevels of Abstractionを苫米地氏が和訳したものだそう)   この「視点の高さ」というのは、頭のスペックが上がらないと体感できません。 そして音読はその「頭のスペック」を上げるために最適の方法なのです。 音読すればするほど知識が増え、頭の回転が速くなり、国語力も上がり、思考力も上がり、 難解な概念・抽象度の高い概念をたやすく理解できる地力がついていきます。   音読とは、「頭のいい人達の世界」に入るためのパスポートでもあるわけです。 残り97%の脳の使い方【ポケット版】 posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2017-01-21 Amazon Kindle 楽天ブックス   「授業時間の五割を音読に費やせ」ば、今までの10分の1の時間で義務教育の内容が習得できる&しかもコミュ力もつく 実は、 「現行の教育方式に代えて、音読を多用する教育にすれば、今までの10分の1の時間で義務教育の内容が修了できる」 という計算があります。 私が以下の記事でおおざっぱに行った計算ですが、実際に音読を毎日やっている人間として言わせてもらえば、 これくらいのペースで学習が進むはずです。少なくとも、現行の教育制度よりも遅くなることはないと思います。   いろいろと反響が大きかった記事なので、再掲しておきます。 https://kuritoritarou.com/post-1960/ 私が「音読」を子供のための学習メソッドとして強力に推進する理由もここにあります。   明らかに、「子どもの教育は音読中心で進めたほうが都合がいいし効果も高い」のです。 現に、ユダヤ人の教育法では「教典をひたすら音読しまくり暗誦しまくる」のが基本方針となっています。 頭が良くなる...

「競争とご褒美をモチベーションにして、やりたがらないものをやらせる」ことの弊害

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「やりたくないことをやらせる」ためのもっとも有効な手段である ①やらないやつに罰を下す ②競争させて視野を狭くさせる ③ご褒美を提示して視野を狭くさせる の三本柱のうち、②と③、つまり「競争とご褒美」について書きます。 この二つは、読者の方もイメージしやすいでしょうし、あるいはご自身で体験された方も多いと思います。「競争とご褒美」をモチベーションにすることの弱点とはいったい何なのでしょうか。 「競争とご褒美をモチベーションにして、やりたがらないものをやらせる」ことの弊害 「真面目な優等生が燃え尽きるのはなぜか」に対する私なりの答え やりたいことをやらせたいなら「ご褒美」と「競争原理」で釣り上げればいいじゃない、の精神 人間の性質として、以下のようなものがあります。 ・自分から望んでやりたいと思ったことには集中できる。 ・他人から強制されてやらされたことには身が入らない。 これはみなさんも体験・実感されていることでしょうし、理屈で考えてもそうです。   今の日本の学校で「私は自分のやりたいことだけをやります!」と主張したらどんな目に遭うか想像してみてください。ほぼ間違いなく「不良」扱いされ、問題児とみなされるでしょう。 つまり学校というシステムのなかでは、「生徒がやりたいことを自由にやる」のは御法度なのです。   でも、一方で先生や親の立場からすれば「なんとかして勉強させたい」のです。 自発的に勉強することが理想とわかっていても、それを待つだけのゆとりはないから、 なんとかして子どもたちを勉強させられるように仕向けることはできないか? 進学実績のためにも、「その子の将来のために」も、また学校という場所の秩序維持のためにも。   そこで便利なツールとして使われるのが、今回の記事のメインテーマである「競争とご褒美」です。   現代日本の隠れた洗脳:「ご褒美と競争原理」はいたるところに潜んでいる 「競争原理とご褒美」という二つのツールを使って、なんとか子どもの勉強を「want to」に近づけたい。 自発的なwant toではないかもしれないけれども、とりあえず形だけでも勉強させたい。   「競争とご褒美」は、そんなときに極めて頼れる道具だといえます。   具体的に説明すると、 まず、「競争」とは、「同世代の他の子どもたちとの競争すべて」を指します。 ・全国模試での順位や偏差値 ・部活動の公式戦での勝敗 ・定期試験での点数 ・学校の評定 偏差値、ゲームの得点、試験の成績、学校の評定といった数字を用いれば、子どもたちの間に一応の「序列」を付けることができます。 「あなたの得点は○○点です。これは同世代の子どもたちのなかではこれくらいの順位で、偏差値としてはこうなります。もっとがんばりましょう」 「はい、あなたは成績評価は平均が2.8です。学校の平均評価は3.3なので、中の下ってところですね」 「あなたのチームはあそこのチームに負けました。順位は県大会のベスト16です」 …という感じで。   つまり、 単一の物差しを設定して、上下関係を付ける 下にいる人間は上を目指し、上にいる人間はもっと上を目指す という前提が全国的に共有されているわけです。 学校って何―「不登校」から考えるposted with ヨメレバ小沢 牧子 小澤昔ばなし研究所 2011-11 AmazonKindle楽天ブックス楽天kobo ...

現代日本では「やらされる活動」が能力の低い人をもっとダメにしている!勉強でも部活でも仕事でも。

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、最近気になっている「やりたくてやる」と「やらされる」の違いについてお話しします。 現代日本では「やらされる活動」が能力の低い人をもっとダメにしている!勉強でも部活でも仕事でも。 「やらされる」は悪い結果しか招かないし、「やらされる」に甘んじる人はこれからどんどん淘汰されていく 「現時点で能力の低い人」に「やらせる」のは、最悪の組み合わせ たとえば、「物事に対する集中力がない」と言われている人のことを考えてみましょう。 バイトでしょっちゅうミスをする。勉強が続かない。指示通りに物事を進めることが苦手。 こういった人は「注意散漫」というレッテルを貼られ、無力感に苦しむことになります。   しかし、本当にその人は無能なのでしょうか? 集中力がない、にも二通りあります。 ①ほんとうに集中力がない人。脳の機能がそうなっている人 ②自分の好きなことであれば集中力がある人。やる気のわかないことに魅力を感じない人 もしもその人が①のタイプであれば、まずは集中力をつけるための脳改造に取り組むべきです。 このブログでも過去に扱ったテーマですが、たとえば「食事、運動、瞑想、音読」などによって物理的に脳を変えて集中力をつけるアプローチがあります。集中力がない、と嘆く時間があるのなら、そういったアプローチを試してみるべきです。   一方で、もしその人が②のタイプだったとしたら、その人は決して無能ではありません。 本人が集中力を発揮できるものであれば、集中できるのです。いまやっているものが合わないというだけです。 レジ打ちがまるでできない人が実は日本一のトレーニングインストラクターかもしれませんし、授業をまるで聞いていない子どもは実は物理学の偉人になるのかもしれません。 イチロー選手はバスケの練習を長時間できるような精神構造になっていないでしょうし、マイクタイソンが将棋に長時間集中できるかといえば怪しい気がします。 どの分野であっても、「本人に自発的なやる気があるか」がかなり重要なのです。 やる気がないことに集中するのは困難なのに、それを無理やりやろうとするところに矛盾があります。 自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方posted with ヨメレバちきりん ダイヤモンド社 2016-11-26 AmazonKindle楽天ブックス楽天kobo   「やらされると、ダメになる」理由その1:脳内のネガティブな反応 実際に、「やらされる」と、人間のパフォーマンスはダダ下がりするのです。   まず、「やらされる」ときの脳にはストレスがかかります。 ストレスがかかると、脳内ではコルチゾールとノルアドレナリンが大量に分泌されることが確認されています。 コルチゾールは人間の気分を鬱っぽくします。 ノルアドレナリンは人間に不安や恐怖の気持ちを起こさせる神経伝達物質です。 どちらもストレスに反応して分泌されます。 (ちなみにコルチゾールは、朝に目覚ましの大音量で起きることによって(強制覚醒)出ることが確認されており、 さらに、コルチゾールが分泌されることによって筋肉が分解されることも有名)   「やらされる→ストレスがかかる→コルチゾールやノルアドレナリンが多く出る→鬱っぽくなる→ますます集中力がなくなる」 という順序になります。「やらされる」と、脳の機能がますます下がるということです。 苫米地式コーチングposted with ヨメレバ苫米地...

「学びたいものを学ぶ」と「勉強したくないけど必要だから学ぶ」の越えられない差

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「やりたいことをやればいいじゃんシリーズ」の最新作となります。 「学びたいものを学ぶ」と「勉強したくないけど必要だから学ぶ」の越えられない差 勉強は基本的に「want toのみ」で通すべき。いかに「have to」を減らせるかで勉強の成果がまるで変わる 「学びたいものを存分に学ぶ」 「学びたいものを存分に学ぶ」 「自分が追究したいものに徹底的に没頭する」 「やりたいことを死ぬほどやる」 …どれも、その道の成功者であればやっていることです。   「ぶっ倒れるくらい研究や練習に熱中する」エネルギーを供給してくれるのは、 あなたが本当に「これは自分にとってまぎれもなくwant toである」と感じるものだけです。 「want to」つまり「心からやりたいこと」に没頭する。 変な例ですが、ギャンブル中毒やスマホ中毒やゲーム中毒もある意味では「want to」です。 want toでなければ、自分の生活が破綻するレベルまではのめり込めません。途中でやめてしまいます。   そういえば前回の記事で紹介した苫米地氏・小山裕史氏には、こんなエピソードがあります。 ・苫米地氏:大学院時代、一日24時間のうち睡眠時間4時間以外のすべての時間(つまりほぼ20時間)を読書に充てていた ・小山氏:自らが打ち立てた「初動負荷理論」の検証作業に没頭するあまり、睡眠不足が重なり、食事もろくに摂れず、ついにぶっ倒れる。医者からは「普通の人だったらとっくに死んでいますよ!」と止められたが、動作改善を求めてやってくる人々には関係ないということでそのまま現場に出続けた 両氏とも、完全に「自分のやりたいことの追究」のためにこのレベルのことをやっていたと思われます。 決して「20時間勉強しなさい」と言われたわけではないし、ぶっ倒れるまで研究しろと言われたわけでもありません。あまりにも自分のやりたいことに熱中しすぎた結果なのでしょう。 希望のトレーニング 彼らは初動負荷トレーニングで何を見つけたのか posted with ヨメレバ 小山 裕史 講談社 2014-07-31 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   <番外編> ・ボディービルダーの北村克己氏(マッスル北村氏):コンテストに向けての減量が肉体の限界を超え、筋肉隆々の身体のまま「餓死」してしまった ・ワタミの渡辺社長:社員向けに配った小冊子に「24時間死ぬまで働け」と書いた   マッスル北村メモリアルBOOK―孤高の筋肉求道者 (B・B MOOK 1220) posted with ヨメレバ ベースボールマガジン社 2015-08-03 Amazon Kindle ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書) posted with ヨメレバ 今野 晴貴 文藝春秋 2012-11-19 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 「成功者の共通項」としてよく「一万時間の法則」が引き合いに出されますが、一万時間というのはあくまでも、やりたいことを徹底的にやり込んでいたらいつの間にかそのレベルの練習量になっていた――という話であって、 はじめから「よし、一万時間やればうまくなるらしい。だから毎日10時間を三年間やろう」と計画を立てるのは本末転倒なのです。   あくまでも、意識としては「これだ!! と思った、自分のやりたいことをやる」だけ。 努力の人であるとか、一万時間の法則とか、そんなものは結果として言われるだけのことです。 超一流になるのは才能か努力か? posted with ヨメレバ アンダース エリクソン,ロバート プール 文藝春秋...

「金融搾取される奴隷」を一人でも減らすために。部活動で「自分たちで資金や物資を調達する経験」をすべきだ!

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、学校の部活動のあり方について私が考えたことを書きます。 日本の部活動制度というのは、私の感覚からいえば「奴隷育成の総本山」です。 ブラック企業の洗脳手法は体育会系の「しごき」と似ていると思いますし、 逆に、体育会系の風土をそのまま移植したような企業も数多く存在します。 「金融搾取される奴隷」を一人でも減らすために。部活動で「自分たちで資金や物資を調達する経験」をすべきだ! マネーリテラシーを一切学ばずに卒業させるという愚行 現状の日本の部活動では「金融搾取される奴隷」を育成している(特に体育会系) 私は小学校から大学まで野球部ですが、ずっと「部活動って色々おかしいことがまかり通りすぎだろ」と感じてきました。 現在の日本の標準的な「部活動制度」は、明らかにいろいろ狂っています。   具体的な例を挙げましょう。 以下のポイントは、特に体育会系の部活動で顕著です。文化系の部活でもある程度はこのような傾向があります。   多くの部活動においては、「人間性を育てる」「協調性を育む」という美名のもとに、 ・長時間タダ働きさせる。教師は雀の涙の部活手当て、生徒は完全にタダ働き ・ブラック企業的な奴隷のメンタリティを植え付ける。「みんなで頑張ることに価値がある」「目上の人に礼儀正しいのがすばらしい人間」といった価値観を刷り込む ・「上下関係」「うまい奴が尊敬され、下手な奴はないがしろにされる」というカースト観を刷り込む ・高度な専門知識を持った指導者がほぼ皆無なので、故障やトラブルが続発する&精神論に頼った未熟な指導が平気でまかり通る ・同調圧力を強化・浸透させる洗脳装置として作用している。他人の顔をうかがうクセをつけさせる ・生徒個人個人のやる気を無視して、全体主義的な圧力を用いて個人の行動をコントロールする ・部活動に費やした時間・お金に対するリターンがあまりにも乏しい ・せっかくお金の動きが学べる機会だというのに、マネーリテラシーを欠片も身に着けず卒部させる といった数々の問題点をまるっきり無視しています。   要は、日本の部活動制度というのは、表向きの「人間性を育てる」といった皮を剥いでみれば、 単なる「上司の指令に忠実に従う優秀な奴隷を育てる装置」として機能しているのです。   おかしいところがありすぎて、すべてを記事にするとたぶん30記事くらい書いても書き足りません。 ですから今回は、「せっかくお金の動きが学べる機会だというのに、マネーリテラシーを欠片も身に着けず卒部させる」を特集します。 お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)posted with ヨメレバ勝間 和代 光文社 2007-11-16 AmazonKindle楽天ブックス ...

やりたいことをやるだけ!幅広い分野の知識が簡単に身につく方法

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 最近私がはまっているのは、 「やりたいことをやることは人生にどんな影響を与えるのか」 「やりたいことをやって生きる人と、やりたくないことをやって生きる人との間には、どれくらいの差がつくのか」 を考えることです。 今回もまたそのテーマに沿って、「やりたいことをやるだけで幅広い分野の知識を身に着ける方法」を考えていきます。 やりたいことをやるだけ!幅広い分野の知識があっという間に身につく方法 「やりたいことをやる」をコントロールする技術 「やりたいことをやる」>>>>>「やりたくないことをやる」 これは最近の私の実感なのですが、 「本当にやりたいことをやっているだけでも、一日は終わる」 んです。本当にやりたいことというのが多すぎて、片っ端から手を付けていっても、かなりの時間がとられます。   そんな日々の実感からすると、 「ちょっと待てよ……世の中のたいていの人って、やりたくもないことをやって一日の大半を終えてるのか!?」 「やりたいことをやるだけでも一日が終わるってのに、やりたくもないことで一日の大半を消費してしまったら、 やりたいことをやる時間なんて全くなくなるじゃないか。それなのに、ほとんどの人がやりたくもないことを我慢してやっている…… この社会は狂っている! やりたくもないことをやらないと生きていけないと思われている今の社会の姿はおかしい!」 と思わざるを得ません。   実際、「やりたいことをやる」と、あっという間に時間が経過します。 「寝食を忘れて」「寝る間も惜しんで」「三度の飯より」という言い回しがあることからもわかるように、好きなことに没頭しているときの人間の集中力・スタミナというのは無尽蔵です。 私の個人的な懐古ですが、少年時代を思い返してみると、 典型的な夏休みの一日は、ラジオ体操→友達の家に遊びに行く→昼三時ごろに帰ってきて高校野球の第三試合を見る→夕方にクワガタ採り→夜は勉強と読書と金曜ロードショー みたいな感じだった記憶があります。基本的に一日中やりたいことばかりやっていたのでまったく疲れませんでした。   ほんらい、人間には誰にでも、「夢中になる」=フロー状態に入ることのできる能力が備わっています(下の記事参照)。 https://kuritoritarou.com/post-2036/ その一方で、「やりたくもないことをやっている人の主観的な時間経過のスピード」はなんと遅いことか。 あるいは、やりたくないことをやることによって、いかにエネルギーが消費されることか。   たとえば、やりたくないことをやらされる、の典型である学校の授業は、「50分 or 90分やったら、必ず10~15分の休憩を入れる……を5~7コマ程度繰り返す」というサイクルになっています。会社の労働パターンもほぼ同様です。授業や労働が終わればかなりクタクタになります。この「やりたくないことをやらされる方式」を採用している限り、一日のなかで勉強したり労働したりできる上限の時間はせいぜい8時間が限度です。   しかし、「やりたいことをやっている状態の人」であれば、8時間縛りなんてありません。 八時間どころか、「寝る時間以外ずっと自分のやりたいことをやり続ける」こともできます。 魅力的な研究テーマを見つけた研究者や、面白い本を読み始めたときの読書家、 作品を仕上げにかかるときの芸術家なんかをイメージしていただけるとわかりやすいでしょう。   この「やりたいことを徹底的にやるモード=フロー状態」は、 ①精神的スタミナが無尽蔵になり何時間でも熱中できる ②知識の吸収速度が爆増する。おそらく「やりたくないことをやらされる」の10倍近いペースで学習できるのでは ③楽しい。主体的に学習できる ④お金に換えようと思えばいくらでもマネタイズできる可能性がある という点において、「やりたくないことをやらされる」よりもはるかに素晴らしいといえます。 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス   だから、知識の幅を広げるには「やりたいこと」の幅を広げればいい! ……ということは、「やりたくないことをやる」を極力ゼロにして、ひたすら「やりたいことをやる」のが最善なわけです。   しかし、ここでジレンマが発生します。 世の中の多くの大人たちが言う通り、 「人間が生きていくためには、自分がやりたいと思わないことでもやらないといけないときがある」 のです。   たとえば、小さいころからゲームに熱中し続けてきた人の例。 ゲームに熱中することの是非は置いといて、一日15時間くらいずっとゲームをやっている生活を長年続けていくと、 「人間関係を構築し、良好な状態に保つスキルが欠如する」 「必要最低限の経済の知識や社会の知識といった、生活を営む上で避けて通れない知識が不足する」 といった問題が発生します。   こういった生活のための知識が不足していれば、だいぶ困ったことになりかねません。 極端な話、ゲームに熱中するあまり、生きていくために必要な資源すら枯渇して餓死してしまうこともあり得ます。   つまり、「やりたいことをやる」こと自体は非常に優れたアプローチなのですが、 その「やりたいこと」があまりにも浮世離れしていたり、範囲が狭かったりすると、 今度はバランスのいい生活ができなくなってしまう……という本末転倒な結果になるのです。   早い話が、やりたいことだけやっていると「自分の専門外の知識」がゴッソリと抜けてしまい、それで困る可能性があるわけです。 なにもゲーム中毒の人に限らず、ネット中毒の人、研究者、芸術家などもこういった状況になりやすいといえます。   この「やりたいことだけをやる方式」の唯一といってもいいデメリット(知識の幅が狭くなる)を解消する手段はあるのでしょうか? 「やりたいことだけをやりながら、上手に生きるのに必要な知識はもれなく身に付ける方法」はあるのでしょうか? シリコンバレー式 自分を変える最強の食事 posted with ヨメレバ デイヴ・アスプリー ダイヤモンド社 2015-09-18 Amazon Kindle 楽天ブックス   そして、やりたいことの幅を広げるには、「本当に実現したい、高い高いゴール」を設定することがスタート! 実は、あります。 「やりたいことだけをやる」というスタンスを崩さずに、幅広い分野の知識を習得することのできる唯一の方法があるのです。   それが、「本当に実現したい、高い高いゴール」を設定することです。 ゴールというのはもちろん未来に設定するもので、条件は二つ。 ①本当に自分が心の底から達成したいwant toのゴールであること ②ゴールとして高いものであること。他人にうっかり漏らしたら「バカじゃねえの」と言われるレベル 一般的な「目標」と違うのは、特に②です。 ふつう、「目標は可能な限り高く」と言われると思いますが、「可能な限り」なんて考えなくていいのです。可能かどうかを考えると、現状の自分の状態に縛られます。ゴールを達成した未来の自分のつもりになって考えてみれば、出発地点がどうであろうと良いのです。   このようなゴールを設定しておくことが、なぜ「幅広い知識の習得」につながるのか? それは、先ほどのゴールの条件から考えてみればわかります。 ①本当に自分が心の底から達成したいwant toのゴールであること →そこに至るまでに必要な能力・知識を身に付けることもまた「楽しいこと」になる。つまり、普通であれば見向きもしなかった能力・知識が、「身に付けたいこと」に変わる   ②ゴールとして高いものであること。他人にうっかり漏らしたら「バカじゃねえの」と言われるレベル →ゴールが高ければ高いほど、そこに至るまでに必要な知識の幅が広くなる。たとえば、「世界から貧困をなくす」というゴールのためには、英語・経済学・農学・政治学…といった極めて広い範囲の分野の知識が必要になる 「①本当に達成したい、②高い高い ゴール」を設定すれば知識が勝手に身に付くのは、こういうわけです。達成したいゴールに至るまでの道のりがすべて「want to」になり、その高いゴールを達成するためにはあらゆる分野の知識が必要になる。 だから、知識量はガンガン増えるし、知識同士の化学反応も盛んになる、というわけです。   ひっくり返してみればよくわかります。 「たいして達成したくない 低い ゴール」=たとえば「年収150万円くらいで自分ひとりだけ生活できればいいや」といった目標だと、おそらく無気力&知識の幅の狭い人になると思われます。   知識量を増やしたいなら、まず第一にすべきは「want toの高いゴールを設定する」です。 「生」と「死」の取り扱い説明書 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 ベストセラーズ 2010-06-26 Amazon Kindle 楽天ブックス   勘違いしがちなのですが、たいていの場合は 「知識量があって有能な人だから、目標が高くなる」のではなくて、 「目標が高いから、知識量が増えて有能になる」のです。 まったく同一の能力を持った二人でも、ゴールの高低によって将来的には大きな差が付くことになります。   なお、余談ですが、ゴールを持つことのメリットは他にもあります。 1.自分なりのゴールを持つと、他人に流されなくなり、メディアや環境から受ける洗脳を解除しやすくなる 2.普段の生活における意識レベルが勝手に上がる 1.は、「自分なりの基準を持てるようになる」ということであり、 2.は、「意識が高くなる」「努力のレベルが上がる」ということです。   「何のために生きているのかわからない・・・」と途方に暮れている人は、 この「本当にやりたい&高い高いゴール」をまずは設定しようとしてみてください。 完全にガチッと決めなくてもいいですから、 「できるできないは置いといて、自分は本当はなにをやりたいのか」 を探ってみてください。 意外と自分が「やりたいと思っているけどできないと諦めていること」にまみれていることに気が付くはずです。 「意識高い系」の研究 (文春新書) posted with ヨメレバ 古谷 経衡 文藝春秋 2017-02-17 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ いま世の中で「常識」「あたりまえ」「正しい」と思われていることのなかには、間違ったものがたくさんあります。   たとえば、現行の教育制度・労働制度のなかにもおかしいものがたくさん。 ・競争原理や将来への恐怖を利用して「やりたくない勉強をやらせる」教育システム ・個々人に「忠実な奴隷」「優秀な労働力」としての役割を期待し、やりたいことをやらせずに飼い殺しにする企業の態度   自分なりのwant toの高いゴールを持つと、これらの「なぜか社会的に常識だと思われていること」を疑えるようになっていきます。いわゆる「脱常識力」がつくというわけです。   知識の幅も広がるし、知識の量も増えるし、有能になるし、常識を疑えるようになるし、 「自分なりのwant toの高い高いゴールを持つ」ことにはメリットしかありません。 人生の満足度が低いと感じている人・自由度が低いと感じている人、ぜひやってみてください。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる posted...

人間が一番集中できるのは「やりたいことをやっているとき」である…好きなことだけをやるべき理由その①

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、最近関心がある「やりたいことをやるべき理由シリーズ」です。 「やりたいことをやる」「好きなことだけをやる」というフレーズを耳にすると虫唾が走る方にぜひ読んでほしいと思います。 人間が一番集中できるのは「やりたいことをやっているとき」である…好きなことだけをやるべき理由その① 人間は、目の前のことに気を打ち込むことが気持ちいい フロー状態・ゾーン・トランス状態・変性意識状態 何かに夢中になって時間がたつのを忘れていた、という経験はありますか? 読み始めた小説が思ったよりおもしろくて、夜更かししてしまった。 部屋の片づけを始めたら、いつの間にか二時間くらい経っていた。 「えっ、こんなに長い時間集中していたのか!」とびっくりしたことのある人は多いんじゃないでしょうか。   そんな無我夢中の状態のことを、心理学では「フロー」と呼びます。 wikipediaによると、 フロー (英: Flow) とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱され、その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。 とのことです。フロー状態に似た言葉としては、ゾーン・トランス状態・変性意識状態などが挙げられます。 やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につけるposted with ヨメレバアンジェラ・ダックワース ダイヤモンド社 2016-09-09 Amazonで見るKindleで見る楽天ブックスで見る ...

今年の夏はサボローと一緒に過ごそう。「やらされる・やる必要のある勉強」は今すぐ捨てよう!

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、いつもの通り常識をひっくり返そうと思います。 「学生はひたすら勉強すべきである」 「いま勉強しておかないと、将来いい会社やいい学校にいけないよ」 という通念は、私からするとおかしなものにしか見えません。 今年の夏はサボローと一緒に過ごそう。「やらされる・やる必要のある勉強」は今すぐ捨てなさい! そもそも「やりたい勉強以外の勉強」なんて必要ないはず やりたくない勉強をやらされる社会は間違っている このキャラクター、知っていますか? サボロー君と言います。 もともとは明光義塾のポスターに登場するキャラクターで、 「夏休みはいろいろ誘惑があるけど、それに負けちゃいけないのよ。 いましっかり勉強しておくのがあなたの将来のためなのよ」 ということを受験生たちに教え込むための存在でした。 YO!サボローposted with ヨメレバサボロー会議 文藝春秋 2016-08-29 AmazonKindle楽天ブックス ...

「小さいころから自分のやりたいことだけやれ」ば、生きるのに必要な知識は身に付く説

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「しっかり学校の勉強しないと将来困るよ!」と言いがちなお母さん方を卒倒させるような記事になります。 テーマは、「小さいころから自分のやりたいことにひたすら熱中すれば、別に学校の勉強や塾の勉強なんてしなくても、生きていく上で必要な知識はすべて身に付く」という説です。 「小さいころから自分のやりたいことだけやれ」ば、生きるのに必要な知識は身に付く説  「やりたいこと」と「やらされること」の途方もない差 現代の教育は「やらされることによるパフォーマンス低下」を度外視している! まずは、現代の教育がいかに「やらされること」をベースにしているかを考えましょう。 現代教育の「やらされる」とは、 ①自分で学ぶ内容を選択できない ②自分で学ぶ時間やペースを選択できない ③師匠や先生を自分で選ぶことができない という三点に集約されます。   現代の教育では、検定の入った教科書が学校によって指定され、授業内容はすべて先生が決め(①)、決まった時間にみんなで同じ場所に集められて同じ授業を受け(②)、さらに、個人が教わる先生を決めることはできません(③)。   しかも、先生の言うことは(なぜか)絶対で、言うことを聞かないでいると「問題児」扱いされ、矯正・粛清されることになります。もはや軍隊並みの絶対服従です。 学校教育というのは根本的に、 「きみたち子どもは無知だから、大人の我々がすべてを教え込まなければやっていけない存在なのだ」 「効率よく教え込むためには、先生の命令や指示には絶対服従せよ」 という前提のもとに成り立っている、といえるでしょう。   個人を尊重? そんなのは学校の神話であり、単なるおとぎ話です。本音としては「命令にうまく従う存在を量産したい」のですが、さすがにそれを全面に押し出すことはできません。 学校の授業というのは、「強制」であるのが当たり前なのです。   しかし、言うまでもないことですが、人間がもっとも早く知識を吸収することができるのは、「自分が好きな分野」「やっているだけでワクワクしてくる分野」です。 鉄道マニアの人は鉄道関連の知識(車種や時刻表、路線名や駅名など)をどんどん吸収しますし、昆虫が好きな人は豊富な生物の知識を持つことになります。あるゲームにハマる人は、そのゲームに関することならなんでも覚えてしまいます。 最近見かけたのでは、「プロ野球のピッチャーのグローブを見ただけで誰かわかる」というのもありました。まったく興味のない人がこういうことを覚えようとするのは難しいでしょう。   しかし、現在の教育のように「強制されたことを勉強するとき」には、そのような没頭・ワクワク・楽しさがまるでないのです。楽しくないから、知識吸収も遅い。 人間の脳は、強制されたとたんに能率が落ちるという性質を持っているのですから、「学習」「知識獲得」したいのであれば、命令や強制はご法度なのです。このように、現在の学校教育は、教育改革とかいじめ対策とかの話をする以前の問題を抱えています。 やりたいことだけして生きていく―「叶える力」を引き寄せる50の法則 posted with ヨメレバ 小平つかさ かんき出版 2016-11-16 Amazon Kindle 楽天ブックス   「ワクワクする勉強」をするときの子どもの知識吸収速度をなめてはいけない 原理的に考えると、いちばん最高なのは 「あらゆる分野に好奇心をもって夢中で調べているうちに、いつの間にか広く深い知識を持っている」というものです。 これなら楽しいですし、活きる知識にもなります。知識の吸収速度も段違いです。   ここで、 「そうは言っても、自分の好きな分野だけをやっていると知識に偏りが出るのでは?」 と思われる方も多いはずです。 私はそうは思いません。   まず、「知識が偏る」ことの何が悪いのかがわかりません。知識が偏っているほうが、その分野でのスペシャリストになれる可能性が高いはずです。知識が偏っている分野を複数持っておけば、どんどん希少価値が高まります。 それに対して、偏った知識を持たない人は、かなり取り替えが利きやすい存在ではないでしょうか。特徴がないのですから、代わりはいくらでもいます。 リンダ・グラットンが「ワーク・シフト」のなかで指摘していたのですが、これからの時代に生き残っていけるのは「複数の分野においてスペシャリストである人」だそうです。広く浅い知識しか持たない器用貧乏なジェネラリストは価値がなくなっていく、と。私も同意見です。たくさんの科目ができて得をするのは大学受験の時くらいですが、その大学受験にしても、やりたくもない勉強をキットカットをご褒美にしながらやっているというのが現状です。   もちろん、「ある分野においてスペシャリストになれたら、次はまた違う分野でスペシャリストになる」のです。これを繰り返していくうちに、いつの間にか「スペシャリストでありながら、一般教養も抜群にできる人」が育ちます。 どの分野でスペシャリストになるかは、完全に個人の興味です。時間を忘れて没頭できるくらいのもの・誰に言われなくても一日中やっていられるくらいのものでないと、スペシャリストにはなれません。   だから、現在の日本の「広い分野を満遍なく強制しながら教え込む」という方式では絶対にスペシャリストは育ちません。 自分の強みになる分野を持たせないままひたすら「先生の話は真面目に聞きなさい!」という教育をやっている限り、自分で自分の食い扶持をつないでいけるような教養と専門性を兼ね備えたスペシャリストは育ちません。 教養のあるスペシャリストになれないからこそ、多くの人は会社に「お金をもらって労働する」という手段を取らざるを得ないのです。そうしないと稼ぎが途絶えますから。 ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉 posted with ヨメレバ リンダ・グラットン プレジデント社 2012-07-28 Amazon Kindle 楽天ブックス   ひとつの分野の知識を徹底的に身に付けたら、関連分野にも手を伸ばしたくなる! もうひとつ、現行の教育制度の害を指摘しておきます。   学校の授業時間は、小中高通算で1日平均6時間×年間250日×12年間=18000時間になります。 18000時間。 これだけの時間の間、生徒たちは「黙って先生の話を聞く」「目上の人には絶対に逆らわない」「指示通りに答える」「命令された通りに宿題をやってくる」という奴隷を作る洗脳教育を受け続けているわけです。 18000時間ですから、1日10時間を毎日やっても、5年間。これだけ長い間「従順な奴隷になるための刷り込み」を受け続けるのですから、CIAもWGIPも真っ青です。   先生の話や命令や指示をすべてガン無視するか、よほど自由な校風の学校に行くか、学校を辞めて自分で学ぶかしない限り、この呪縛から逃れることはできません。 大多数の日本国民は9~16年間もこのような教育に晒され続けるわけで、どんなに利口な生徒であっても多少は洗脳されてしまいます。たとえ理屈としては「目上とされる人に対しても忌憚なく意見を言うほうが良い」とわかっていても、それを実行するには相当な心理的ハードルを乗り越えなくてはなりません。私からすれば「そもそも目上って何なの? 人間って平等ってどこかで聞いたけど、目上目下で格を付けて無条件に命令に従えって、軍隊か奴隷制かどっちかなの?」という感じです。   ともかく、18000時間という膨大な時間が洗脳と強制に使われている、といえます。   では、もしこの18000時間をすべて「自分の興味が湧いた分野をひたすら極め続ける」ことに費やすことができたとしたら、どうなるでしょうか?   だいたい、ある分野で一流になるために必要とされる時間は「10000時間」です。一万時間の法則というやつです。人によってor分野によっては多少異なるでしょうが、とにかく「めちゃくちゃやり込む」とこのくらいの時間になるそうです。 超一流になるのは才能か努力か? posted with ヨメレバ アンダース エリクソン,ロバート プール 文藝春秋 2016-07-29 Amazon Kindle 楽天ブックス 18000時間ということは、この「一万時間の法則」が2回もできるわけです。授業時間だけで18000時間ですから、授業時間以外の「始業前、放課後、家に帰ってから」も合わせれば、高校卒業までの12年間で「自分の好きなことをひたすらやる時間」は、ざっと40000時間はあります。   強制方式の授業をやめるだけで、一万時間の法則が4回も使えてしまうのです。 四つの分野でスペシャリストになれれば、それはもう自分でお金を稼ぐだけの能力は十分でしょう。 たとえば、「野球」「バスケ」「哲学」「生物学」に詳しい人材や、「法律」「歴史」「鉄道」「プログラミング」に詳しい人材が育つかもしれません。 現行の教育で育つのがせいぜい「野球バカ」な人、「歴史オタク」な人、「コンピュータにだけ詳しい」タイプの人(つまり、一つの分野のみに特化した人)であるのに比べると雲泥の差です。   もっと言えば、「好きなことに全力で打ち込む」と、知識の幅・興味の範囲がどんどん広くなっていきます。「○○ばかりやっていると視野が狭くなる」というのが常識ですが、本当に全力で打ち込んだ場合は違います。 ある分野を極めるために、隣接・関連した他の分野にも手を伸ばしたくなるからです。 たとえば、「心と脳をすべて解明したい」という人は、哲学・心理学・脳科学・言語学・医学・認知科学といった数多くの分野を学ぶ必要があります。そのうち、「人間の心はどういう捉え方をされてきたのだろう」と文学に手を出すかもしれませんし、「人間の心の暴走はどうすれば止められるだろう」と栄養学やNLPなどに手を出すかもしれません。 「好きな分野だけやりまくる」ということは、実は「好きな分野に隣接する分野もやりまくる」ということでもあるのです。そして、その隣接した分野に近い分野にまた手を出し……というように、どんどん興味の範囲は広がっていきます。 もちろんこれは、「教養を付けなさい!!」と命令されて幅広い分野に取り組むのとはまったく違います。強制されている場合は学習効率がガクンと落ちますし、楽しくないので続きません。「大人の教養として○○は常識」みたいに言われますが、本当は好きなことだけを小さいころからやっていれば、勝手に一般教養の大部分が習得できるのです。   高校卒業のころには、「やりたい勉強を存分にやった人」と「必要だから勉強してきた人・強制されてきた人」との差はかなりついていると予想されます。 「自分の好きなことに全力で打ち込む」を12年間繰り返してきた人と、学校というシステムのなかで強制された勉強と申し訳程度の部活動をやって来た人とでは、知識の総量もまるで勝負にならないでしょう。   あらゆる点において、「自分の好きなことを勉強し続ける」ほうが、明らかに「学校や受験というシステムのなかで嫌々勉強し続ける」よりもすぐれている・・・と結論できそうです。 コミュ障 動物性を失った人類 正しく理解し能力を引き出す (ブルーバックス) posted with ヨメレバ 正高 信男 講談社 2015-06-19 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ 自分で主体的に学習することを続けてきた人は、おそらく学習に対してプラスのイメージを持つはずです。こういう人は一生楽しく勉強し続けていくことでしょう。 逆に、「勉強はやらされるもの」というマイナス意識のある人々は、外部による強制がなくなれば勉強しなくなります。脳がボケるのも早そうですね。   現行の日本の教育制度は、どこからどうみてもおかしいのです。明らかに。それなのに、根本的な議論がされていない。 そもそも、「勉強=楽しい」というのが本当のはずです。人間には「知的好奇心を満足させる快感」が(おそらく先天的に)備わっています。やらされなくたって勉強するというのが本来のはずです。いまの日本では、わざわざ「教育」によって若者のやる気の芽を摘んでいるとしか思えません。   私は「自由化すればすべてが解決する」と思っているわけではありません。自由化したら自由化したでまた新たな問題が持ち上がることでしょう。文句を言われない教育というのはありませんから。ただ、その問題の深刻さは現行の教育よりも幾分マシになると思います。   教育がダメな国の地力はどんどん減退していきます。 そこに住んでいる人々が「アホ」だらけだと、社会のあらゆる面が破綻に向かいます。 権力者の側からすれば国民はバカな方が文句も言われずに搾取できて都合が良いのですが、 それを許してしまうと国全体のシステムが腐敗して機能不全に陥る公算が大きいでしょう。   「教育問題については誰でも評論家になれる」と言いますから、これからは、私もそれに乗っかって教育についていろいろ意見を言っていこうと思っています。 以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。 日本買収計画 posted with ヨメレバ 苫米地英人 サイゾー 2012-12-03 Amazon Kindle 楽天ブックス

APLICATIONS

「人を見下して優越感に浸る人」が一生負け続けて人生を終えるこれだけの理由

「人を見下して優越感に浸る人」が一生負け続けて人生を終えるこれだけの理由   こんなタイトルをつけましたが、 別に、「人をバカにする人たち・人を見下す人たち」をバカにしているわけではありません。 私は今回の記事を通じて、 「人をバカにする・見下す」という行為がいかに非合理的であほらしいか を示したいと思っているだけです。   いま他人の悪口を言っている人は、この記事を読んで悔い改めましょう。さすればたぶん赦されます。 いま悪口を言われている人は、この記事を読んで自信を取り戻しましょう。   「他者を見下して優越感に浸りたい人」の心理とは? あなたの隣にも棲んでいる、「悪口を言わないと気がすまない人」 残念なことに、 「人をバカにする・見下す人」というのは、現代日本のいたるところにいます。 常に悪口や中傷を言いふらす人。 他の人をダシにして笑いをとろうとする人。 頑張っている人のことを冷ややかな目で見る人たち。 ターゲットに定めた人の一挙一動をあげつらい、ネタにする人たち。 表面上は「いい人」としてふるまっている、「真面目そう・温厚そうな人」が、 インターネットでは本性をむき出しにして他人の悪口や罵詈雑言・誹謗中傷・差別発言を繰り返していることもあります。   うわべでは「がんばれよ」と言いながら、裏では「あいつは失敗しそうだよね」などと陰口を言う人。 直接の知り合いでもない芸能人のスキャンダルをわざわざ攻撃する人。 面と向かっては決して言えないであろうことを匿名掲示板にぶちまける人。 「これだから意識高い系は~」「低学歴は~」と他者をレッテル貼りでひとくくりにする人。 ... 挙げればキリがありません。   「あ、あの人のことか」と思い当たるところがあるかもしれませんし、 もしかしたらあなた自身がそうなのかもしれません。   いずれにせよ、あなたにとって、この問題は「ひとごと」ではありません。   本記事ではまず、 このような「人をバカにする・見下す人たち」がどのような心理を持っているのかを考えます。 そして、その心理を理解した上で、 「人をバカにする・見下す」ことがどれほど非合理的でばかばかしいのかを解き明かしていきましょう。   「他の人を見下そうとする人」「人をバカにしないと気が済まない人」の心理とは? 「あいつ、こないだ飲み会の帰りのタクシーで座席に吐いてさ、シート代三万請求されたってよ。ざまあ」 「お前は本当に出来の悪い子だね。あのろくでもない母親に似たのかい?」 「君、そんなことも知らないの? こんなの常識だよ。学校で何を学んできたんだ?」 「あいつうざくね? 調子乗りすぎだろ最近」 ... ... 「人をバカにする・見下す人」には、 「他人をバカにすることによって、自分の心の均衡を保っている」 という心の構造が備わっています。   要するに、彼らは、 「あんなにバカなあいつよりも、俺の方が優れているじゃないか」 「ねえみんな見て見て! 私は、私に見下されるあの人よりもすばらしい人間なんですよ」 という形でマウントをとり、 それを周囲にアピールするために悪口を言います。     「悪口軍団」も同様の心理 では、個人ではなく、集団の場合はどうでしょうか。   「だれかの陰口で盛り上がる集団」というのは、どこにでもいます。 近所のおばちゃんの井戸端会議がそうかもしれませんし、 会社帰りに飲み屋でたむろするサラリーマンがそうかもしれません。 もしかするとあなたも、友達に「なんか最近あいつうざくね? そう思わん?」と悪口に誘われた経験があるかもしれません。   このタイプの人々は、誰かの悪口を言うことによって 「連帯感・仲間意識」を強めます。 共通の敵を作ることによって団結するのです。   その敵の悪口を言っている間は、非常に居心地がいい。 自己優越感に浸れます。 ここにもやはり「他の人を下げることによって、自分たちを上げる」という構造があります。     「他者を見下すことによって優越感を得ようとする人」を論理的に叩き潰す 「バカにする・見下す人」は、実はか弱い こういう人・集団は例外なく、 「自己肯定感が薄い・満たされていない」 という特徴があります。 「自分は価値のある人間だ」という自己肯定感を持てないからこそ、 他の人を下げて自我を保とうとするわけですね。   そもそもの話が、 自己肯定感が強い人、つまり自分に自信を持てる人であれば、 他人の悪口によって自分を上げようとはしないでしょう。 わざわざ上げようとしなくても、自分で自分をきちんと肯定できているからです。   自分に対する自信がないからこそ、 「ばーか、お前なんか〇〇しちまえ!」 「ざまあみろ、失敗したな」 と他人を攻撃することによって、自尊心を満たそうとする。   つまり、悪口を言っている人は、みんなの前でこう宣言しているのと同じです。 みなさん聞いてください! 私は、自分に自信がない人です! だから、他の人を叩くことで自分の地位を上げようとしています! 私は、一生懸命になにかをしようとすることはありません! そんな自分を本当は恥ずかしいと思っています。 でも、そんな自分の本音と向き合うのが嫌だから、 私は今日も、チャレンジする人の陰口を叩いて暮らします! そうでないと自我が保てません! 私は、自分が無価値であるという事実に向き合うのを避けるために、 他の人を引きずりおろそうと悪口を言っているのです! ……自分に自信がないなら、何かで結果を出したり考え方を変えたりして自信をつければいいのに、 それをせずに、わざわざ他の人を傷つけるようなことを言っている。 明らかに、ただの「あほ」でしょう。   現に、心を読むほうのDaiGoさんもこう言ってます。 https://twitter.com/Mentalist_DaiGo/status/865537831388696576 また、「筋トレですべてが解決する」でおなじみのマッチョ社長もこう言っています。 https://twitter.com/badassceo/status/846669253835051008 「悪口陰口嫌がらせ、全部暇人のやる事だから気にすんな」、全くその通りです。 何かに打ち込んでいる最中の人は他の人のことをわざわざバカにしないし、 自己肯定感の高い人はわざわざ悪口など言わなくてもいいのです。     繰り返しますが、 他の人を見下したり悪口を言ったりする人は、自己肯定感や自尊心に問題アリ。 「何かに打ち込み、成功体験を積んで自信をつける」ことから逃げ続けているだけ。 他の人をバカにすることでしか自分を保てない可哀想な人である。 ということです。   「他の人をバカにする人」は、自分がバカにされるのだけは極端に嫌う こういうタイプの人は、他の人をバカにしているのだから、 バカにされることをまったく気にしないのではないか?と思われがちです。   しかし、実はこういう人こそが一番、 「他の人にどう評価されているか」を気にしているのです。 なぜなら、そもそもこういう人たちはもともと、 「他人から見た自分の地位を相対的に上げるために」悪口を言っているから。   つまり、本来の性質からして、「他の人による評価」を極度に気にするタイプなのです。   しかし哀しいかな、ここには芸術的なブーメランが潜んでいます。 なんせ、実際は「悪口を言えば言うほど、他の人による評価が下がる」のですから。 単純な話で、しょっちゅう人の悪口を言っている人には近づきたくないでしょう。 悪口は、言っている側からすれば楽しいのかもしれませんが、言われている側からするとカチンときます。 そう、結局は、他の人をバカにしたり見下したりすればするほど、敵が増え、評価が下がっていくのです。   つまるところ、 本人は「自分の評価を上げるために悪口を言う」つもりで始めたのに、 結局は「悪口によって自分の評判を下げて」いる。   早い話が、単純に考えが足りていない。 中島敦の『山月記』に「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という表現がありますが、まさにこれです。 臆病な自尊心=「斜に構えて、他の人をバカにすることでしか自分を保てない」 尊大な羞恥心=「他の人による評価を極度に気にするわりに、何も実行に移さないでいる」 .…悪口を言いまくる人は結局、 「自分が何者でもないことが明らかになるのが怖い」のでしょう。 2ちゃんねるはまさにその典型です。 匿名でなければ、ああいう過激で無責任なことは言えないでしょう。 「匿名=何者でもない」という一致は偶然ではありません。 自分という存在には中身も価値もなにもないと思っている。 だからこそ、他の人を攻撃することによって相対的に自分の地位を上げようとする。 しかし、実はその試みは失敗。 攻撃すればするほど、その人のまわりには同類が集まってくるだけ。 悪口を言っている本人の評判はガタ落ち。     「バカにする・見下す」ことは非生産的の極み   さらに中押しを。     実は、この「他人への見下しを原動力として自己肯定をする」という方式には、 ある致命的な欠陥があります。   それは、「何もチャレンジのできない人間になってしまう」こと。   なぜなら、 こういう人がいざ何かにチャレンジしようとすると、 普段自分が陰口を言いまくっている分、 ①今度は周囲から陰口を叩かれる側になる。(「なんだよアイツ最近いい子ぶりやがって」とか) ②応援されない・協力されない。悪口のツケが回ってくる ③「失敗しろ」「どうせお前はだめだ」という念が頭から離れない。普段自分がそういう言葉を使っているから。 からです。   成功するためにはチャレンジが不可欠ですが、 普段そのチャレンジをバカにしまくっているがゆえに、 自分では何もできなくなってしまうのです。 まさに自業自得。   悪口を言うと、こんなに素晴らしいことがあるんですね。       「バカにする・見下す」のは誰にでもできる簡単なこと。希少価値がゼロ ダメ押ししましょうか。   悪口を言っている人のなかには、 「斜に構えている自分は少数派でかっこいい」 と意識のある人がいます。   はっきり言って、 他人の悪口を言うことは、「誰にでもできる」ことです。   たとえば、 「あいつって臭いしさ、デブだしさ、調子乗ってるしさ、 頭はいいかもしれないけど、それだけだよね。絶対将来失敗するタイプだよアレ」 と悪口を言うのは、実に簡単です。 簡単であるということは、できる人が多いということです。 もっと言えば、「悪口が得意な人なんて、掃いて捨てるほどいる」のです。   でも逆に、「他の人を認めてあげて、受け止める」というのは難しいことです。 難しいから、できる人が少ない。 できる人が少ないからこそ、貴重である。   世の中には、「希少性の原理」というものが働いています。 もともとは経済学の用語ですが、「悪口を言う人」についても成り立ちます。   早い話、 悪口を言うのは簡単。だから、悪口に価値はない というわけです。 簡単→誰にでもできる→希少性なし→価値もない。 単純ですね。 (ちなみに、どのようなものに希少性があるかといえば、基本的には「より難易度の高いもの」「より高速なもの」「よりエントロピーを減少させるように見えるもの」などです。ここでは詳述しません)     そもそも、社会的に称賛される人・本当に意味のあることを成し遂げる人は、いつだって少数派です。 悪口を言ってしまうという時点ですでに「その他大勢」になります。 わざわざ自分から「価値のないほう」へと突進していくことはないでしょう。   まとめと結論:「悪口を言っている人」を、冷静に客観的に見てみよう ここまで述べてきたことを踏まえて、 いま一度冷静に、 「悪口を言っている人」という存在を見直してみましょう。   この記事を読む前とは、だいぶ見方が変わっているはずです。 「悪口を言ったり、他の人を見下したりする人」は…… 自己肯定感や自尊心に問題がある。 自分を肯定することができない。 だから、他の人をバカにすることによって優越感を得ている。 そうしないと不安なのだ。 自分が何者でもないとわかるのが、何よりも怖い。 「自分の評価を上げるために悪口を言う」つもりなのに、 結局は悪口によって自分の評判を下げている。 悪口を言う時点で、すでに「その他大勢」。 「何かに打ち込み、成功体験を積んで自信をつける」ことからも逃げ続けている。 そしていつの間にか、何もチャレンジのできない人間になってしまった。 そのくせ、プライドだけは妙に高い。 そんな、可哀想な人。   皆さんは、↑こんな人が、幸せに一生を終えられると思いますか。 たぶん無理でしょう。みんなから嫌われて、 孤独に死んでいくのがオチです。   ついつい悪口を言ってしまう人は、反省しましょう。 悪口を言われる側の人は、安心して、自信を取り戻しましょう。       「人をバカにする・見下す人」に潰されないための本 最後に、「他の人をバカにしたり悪口を言ったりする人」についての知識が深まる本を紹介しておきます。 いずれも面白い本なので、ぜひ読んでみてください。   『何者』 『他人を支配したがる人たち』 『自己愛人間』 『他人を攻撃せずにはいられない人』 『他人を引きずりおろすのに必死な人』 『良心をもたない人たち』 『パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか』

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