ドン引きするくらい頭が良くなる! 「イメージしながら高速音読」の圧倒的効果

ただなんとなく音読するのも、まあ効果がないとは言いませんよ? でも、それの10倍は効きめのある音読の仕方があります。簡単で、すぐにできて、しかも効果抜群を保証します。 それが、「イメージしながら高速音読」です。今回はこのやり方をご紹介しましょう。 では、レッツ・上昇。 ★新刊案内★ 栗栖鳥太郎からのお知らせです。 このたびAmazonのKDPから書籍を出版したので、ご紹介します。 タイトルは・・・ 『「音読」で「バカ」が「天才」になる! 世界最強の能力開発メソッド』 「音読」で「バカ」が「天才」になる!: 世界最強の能力開発メソッド (栗栖書房) posted with カエレバ 栗栖鳥太郎 栗栖書房 2017-06-09 売り上げランキング : 17271 Amazon 「音読」についてここまで深く掘り下げた書籍は間違いなく世界初です。 ぜひご一読ください。   「イメージしながら高速音読」とは? ・言葉通りです。 ・ただ音読するのではなくて、   ①音読するところのイメージを頭の中で具体的に描きながら、 ②しかも高速で   音読する、というわけです。 サーッと詳しく見てみましょう。   「イメージしながら音読」すれば一発で頭が良くなる ・なぜ「イメージしながら」音読するのか? ・理由は二つあります。   1.左脳と右脳を両方使うため ・・・「言語を操る」のは左脳ですね。「イメージする」のは右脳ですね。これは周知のとおりですね。 →理屈は簡単です。 「そんなら、文字を音読しながら、音読する場所のイメージをしてやれば、右脳と左脳を両方使えて頭に効くじゃん」ということ。簡単でしょう? 奇跡の脳をつくる食事とサプリメント 上 (ハルキ文庫 カ 1-5)posted with ヨメレバジーン・カーパー 角川春樹事務所 2013-09-14 AmazonKindle楽天ブックス ...

人間関係・お金・周囲の評価…ハァ? あらゆることに「どうでもいい」を突き付ければ、世界が変わる

今回はちょっと哲学的な、人生訓的な話になります。 私が普段から心がけていることでもありますが、だからこそ断言できます。 「心をラクにする」ために、そして「人生を思い切り楽しむ」ために、「すべてはどうでもいい」以上の思考法はない。 では、「すべてはどうでもいい」の世界へと足を踏み入れてみましょう。レッツ・解脱。   「すべてはどうでもいい」って、どういう意味? ・文字通りです。 ・「すべてはどうでもいい」のです。お金も、異性も、世間体も、人間的つながりも、学歴も、身分も、親の仕事も、社会的地位も、努力も、他人も、すべては、「どうでもいい」のです。 ・もう少しわかりやすく言葉を補ってやると、「自分にとって、すべてのことは、本来、どうでもいい。そう考えてよい」となります。   「すべてはどうでもいい」のだ ・「えっ?」とか、「はぁ??」と思われた方、多いでしょう。おそらくたいていの人は反射的に、「すべてがどうでもいい? ンなわけ、あるか、ぼけ」と思われるでしょう。でも・・・ ・ちょっと考えてみてください。 ・現代の日本人は、「こういう状態でなければならない」という理想に縛られすぎではありませんか。たとえば、こういうの。   「大企業に内定しなければならない」 「無職は負け組だ」 「異性にモテないやつはダメだ」 「リア充になれないやつは一生負け組だ」 「有能でなければならない」 「コミュニケーション能力が高くなければならない」 「収入が少ない奴は負け組」 「負け組になるのは、人生の終わりだから、勝ち組のなかに入らねばならない」 「他人から嫌われるのではなく、好かれなければならない」 「スポーツは、得意でなければ恥ずかしい」 「イケメンじゃないと負け組だ」 「上位グループに所属していなければならない」 ・・・こういう類の。どれも、「一般的な価値観」です。 ・でも! でも・・・ちょっと冷静に考えてください。   ・上に挙げたもの、すべて、よく考えてみりゃ、「誰がそう決めたんだ」という話じゃありませんか?   ・ただみんななんとなく、「ほかのひとがこう言うから、自分もそうじゃなきゃいけないなのかな」という、「右に倣え方式」の「思考停止的固定観念」じゃありませんか? ・ほんとうに、誰が決めたです、そんなこと? 本当に、「そうでなきゃいけない」んですか? ・みんな気づいていない、あるいは気づいていないふりをしているだけで、ほんとは、上に挙げたこと全部、「どうでもいい」ことなんじゃないですか? ・だって、自分の人生って、自分以外の誰のものでもないでしょう? 自分の価値観じゃなくて社会の価値観に従わされたまま生きるなんて、それ、本当に、自分の人生って言えますか? 本当に、いったい、誰がこんなことを、いつの間に、われわれに勝手に刷り込んだんでしょう?   ・・・ですから、いったん頭を冷やしましょう。 ・呪縛から、洗脳から、思い込みから、自由になる薬をさしあげます。 ・「すべては」、「どうでもいい」のです。上にリストアップしたことも全部、本来、どうでもいいことです。 ・さらにいえば、自分自身の心がどう感じるかさえも、本来は「どうでもいい」ことなのです。 ・もちろん、周囲の人間がどう思うかということも、それを受けて自分の心がどう反応するかさえも、「どうでもいい」。   仏教も認める「すべてはどうでもいい」のパワー ・仏教の考え方に近いですね。チベットあたりの出家僧は、「子供を作らない」し、「名声を求めない」し、「お金も求めない」し、「死ぬことを怖いと思わない」ように長年にわたって修行します。日本人の真逆ですね。 ・「すべてはどうでもいい」は、仏教にも通じる考え方なのです。 ・「すべては空しい」とブッダは説きましたが、これは「宇宙全体の流れのなかで考えると、この世にあるすべては苦である」という意味です。思うに、ここでの「苦」は、「苦しい」というより「空しい」の意味に近いものです。「すべてのことは、どうにもならない。だから、どうでもよい」というロジックです。 ・ただ、ちょっと気を付けてくださいね。「すべて〈が〉どうでもいい」ではないんです。「すべて〈は〉どうでもいい」であることに注意してください。 ・「すべてがどうでもいい」は、いわゆる捨て鉢、単なる無気力、現実逃避、リアルから目を背けているだけです。いったんはすべてから解放された気になるかもしれませんが、やがてかならずしっぺ返しを食らう羽目になります。クレジットカードを使いまくって月末に青ざめるのと同じです。 ・「すべてがどうでもいい」と言う人は、行動することを放り投げているだけです。しかも、一時的に。なにも変わっていやしません。「すべてがどうでもいい」と開き直ろうとはしていますが、単なる「強がり」に過ぎないのです。 ・それに対して、「すべてはどうでもいい」というのは、物事の本質を確実に捉えた表現です。不変ですし、すべての事柄に適用できますし、後悔も生まない考え方です。   知らず知らずの間にかけられていた「洗脳」を解く効果がある ・陰謀論めいてきますが、現代日本に住む人の99%は「洗脳」されています。 ・誰に? ……「経済的強者」「社会的強者」にです。 ・資本主義社会では、たくさんの消費者がたくさん買ってくれないと、多くの会社がつぶれてしまいます。そうならないように、バカにどんどんお金を出させているのです。そして、バカばかりのほうが搾取に都合がいいので、たとえば公立の学校教育も「バカを量産する」ようにしています。「強者」は、みんな進学校の私立へと自分の子供を通わせます。子供を「負け組」にしないために。 買わなきゃハド損 ・「流行しているものを買ってしまう」のは、「買わないと恥ずかしい」と洗脳されているからです。「流行しているものを買わなければいけない」なんて、誰が決めたんですか? ・「大手企業に就職しなければならない」のは、「学生の就活をエサにする人々」に洗脳されているからです。なんで大手じゃないとダメなんですか? ・同様に、「ソシャゲについ課金してしまう」のも、「食べ過ぎてはいけないとわかっているのに、ついたくさん食べてしまう」のも、「芸能人やスポーツ選手のスキャンダルに過剰反応してしまう」のも、「洗脳」されているからです。だって、買ったり、消費したりされないと経済が回らないんですもの。   「すべてはどうでもいい」思考を身に着ける、おすすめの方法 ・「そんなこといっても、理屈はわかるけれども、実行できないよ」という人のために、私なりのやり方を紹介しておきます。 ・難しいやり方ではありません。 目を閉じて、心の中で、「すべては、どうでもいい」と、最大限できる速さで繰り返しつぶやく これともう一つ、 自分が執着していることを思い浮かべ、「どうでもいいどうでもいいどうでもいい…」というラベルを心の中でペタペタ貼り付けて見えなくする これだけです。 ・ちょっとやってみてください。二秒あればできます。しかも効果抜群です。 ・一番目のやり方では、「ほかに考える余地がなくなる速さで」、「すべてはどうでもいい」とつぶやきます。 ・ものすごい速さで唱えることによって、プチ催眠状態に入ることができます。人によってはちょっと「フワッ」とするかもしれません。心のなかに、強烈にインプットできる方法です。これは効きますよ。 ・二番目のやりかたは、「すべてに貼ってあるラベルをはがす」のではなく、「その上から、『どうでもいい』のラベルをペタペタペタペタ貼っていくイメージである」ことがミソです。この方法だと、簡単に執着を断ち切ることができます。   「すべてはどうでもいい」の見方をすれば、人生が楽しくなる―まとめ― ・「すべてはどうでもいい」の思考法が身についてくると・・・「自分にとって、本当に価値のあるもの」が見えます。 ・先ほど述べたブッダについて言えば、彼にとっての「本当に価値があること」は、「自分を含め、なるべく多くの衆生を、解脱へとみちびくこと」でした。「すべては空しい」と説いたブッダにとって、その「みんなを救う」という使命だけが、「ほんとうに大切なもの」だったのです。 ・だから、「すべてはどうでもいい」は、決して「自己中心的な生き方」とイコールではありません。「すべてはどうでもいい」という視点からすべてをとらえなおすことによって、本当に大切なものがハッキリします。その「本当に大切なもの」は、かならず「自分だけでなく、周囲の人にもいい影響を与える」ものになるでしょう。 ・どうしても「すべてはどうでもいい」に納得できない人は、逆に、「なぜどうでもよくないのか? 本当にどうでもよくないことなのか? どうでもいい、と考えるほうが筋が通っているんじゃないのか?」というテーマを考えてみてください。やがて納得することになります。   ・今回は、「すべてはどうでもいい」という思考法について述べさせていただきました。 ・自分で自分の首を絞めているひとが、本当に多いんです。「すべてはどうでもいい」ことを心に刻むだけで、もっともっと楽しい人生を手に入れることができます。ぜひすべてのことに「どうでもいいのだ」と突き付けてやってくださいね。 ・では、グッド・ラック!   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひツイッター等で共有していただきたいと存じます――    

こうすれば劇的に、頭は悪くなる!――「食べすぎ」のススメ

「頭が悪くなる方法」シリーズ第二弾です。 「頭が良くなる方法ばかり探しているとバカになる」をモットーにして考える、逆説的な知能向上法。 今回のテーマは、「知ってビックリ! 食べ過ぎれば、こんなに頭が悪くなる!」です。 さあ、レッツ・バカ。   頭を悪くする、いちばん確実な方法 ふつうに考えてわかる、「食べ過ぎる」デメリット 食べ過ぎて太っている人は、周囲の目を気にする→思考に集中できない ・食べ過ぎのせいで太っている人の思考には、ノイズが入ります。「周囲の目線を気にする」というノイズです。そしてこの雑音は、想像以上に騒々しく、たとえ耳栓をしようが何をしようが、頭の中でしじゅうワンワンと鳴りつづけます。   ・痩せている人が「ガリ」というあだ名をつけられることは少ないでしょう。よっぽどBMIが低くない限り、「痩せている」というのはたいした話のタネになりません。 ・また、「普通体系」というあだ名になることも少ないでしょう。「ふつう」であるということは、特徴がない、多数派であるということです。平均的な体型を保持している場合、体型について言われることは少ないのです。 ・でも・・・ ・「肥満」なら、簡単にあだ名が「デブ」になります。 ・痩せている人や普通体系の人はなにも言われないのに、太っているだけでたちまちあだ名が「デブ」になります。胸を揉まれたり、「おいデブ」みたいな呼び方をされたり。残念ながら「デブ」というのは、明らかに「バカにされる」要素です。 ・ですから、「デブ」は、どうしても「自意識過剰」にならざるをえません。普段からデブデブと言われていると、「デブな自分」を気にするようになるからです。デブデブと言われると、当然ストレスが溜まります。鏡を見るたびにストレスがたまるし、自意識過剰にはなるし、いいことがありません。また、「自分の容姿にイライラする」ことに相当なエネルギーを奪われます。「デブ」はそもそも「思考すること」に対するハードルが高すぎるのです。 ・巷にあふれる「痩せる」広告の量がそれを物語っています。ネットであろうが雑誌の裏であろうが、「○○酵素のチカラでみるみる痩せる! 一か月に5キロも痩せたAさんの場合 ※個人の感想です」という広告だらけです。最近ではライザップも話題になりましたし、糖質制限ダイエットの賛否如何についてもかなり盛り上がっています。 ・あれだけ広告が打たれているのは、いかに世の中に多くの「デブ」が存在して、彼ら/彼女らが自己の醜さにウンザリしているかの証です。 ・「自分の見栄」を気にしがちである人間は、実行力がありませんし、たとえ行動したとしても失敗します。「どうせ自分なんか」という悪い刷り込みが入っているからです。その「どうせ…」のモトになっているのが、「デブ」という周囲からの(あるいは自分からの)マイナス評価なのです。 ・食べ過ぎというのは、そこまで害があるんです。   理性の歯止めが利かない ・有名な話ですが、アメリカのエリート・エグゼクティブに求められる条件のひとつに「体型をきちんと管理できている」ことがあります。それは、「食事の管理もできないような理性の弱い人間は信用できない」と思われるからです。 ・実際、「食べたい!」という欲を抑えるのには、相当の理性の力を要します。 ・当然の理屈ですが、「食べる」ことに対して理性の歯止めがきかないならば、ほかのことに対しても理性の力が及ばないと思われますね。 ・「考える」という行為には、強い理性のパワーが必要とされます。すぐに思考停止して自らの欲を満たすほうへ逃げようとするような思考回路では、とうてい「頭がよくなる」見込みはないでしょう。   スポーツ選手がバカだらけになるという必然 筋肉モリモリマッチョマンの例 ・余談ですが、日本には「脳みそ筋肉」なる言い回しがあります。 ・勉強もろくにできない体育会系を揶揄した言葉ですが、的を射た表現だと思います。 ・プロレスラーの寿命が異様に短いのを知っていますか? 2012年の統計では、プロレスラーの平均寿命は「46.7歳」です。ちなみに、アメフトも短いです(53~63歳)。相撲もそうです。野球もそうです。これらのスポーツに共通しているのは、いずれも「ドカ食い」することです。ものすごい量の筋肉を維持するために、普通の人間の2~3倍は食べなければなりません。 ・ドカ食いは、体(とくに内蔵)に負担をかけます。そしてさらに、脳にも悪影響を及ぼします。「昼食後に眠くなる」ことからわかるように、食べれば食べるほど脳はぼけーっとするようになります。 ・つまり、「食べれば食べるほど、消化にエネルギーをとられてしまい、頭のほうに血液が回らなくなる」のです。「体育会系はバカ」というのは、「体育会系→食べまくる→頭に血が行かない→だからバカ」という論理を踏まえている以上、的外れな表現ではないのです。(もちろん、例外もありますが・・・)     頭を悪くしたい? なら、たくさん食べよう! 現代社会にいる人の8割は、「たくさん食べさせられて」いる ・ちょっと陰謀論めいた話になりますが、お聞きください。 ・「今日の世界では小麦や米などの穀類だけで、全人口に毎日3,500カロリーを提供できる量が生産されている」というのは、有名な話です。カロリーベースでいえば、あの例の「アフリカあたりの貧しい子供たち」にも十分すぎるほどの食料供給ができる、はずなのです。なのに、それができていない。なぜでしょうか。 ・莫大な余剰(するはずの)カロリーは、一体どこへ行ったのか? ・答えは、「カロリーが、先進国のなかだけでグルグル回っている」のです。 ・つまり、「少数の先進国」のあいだにだけ、それこそ異常な量のカロリーが供給されている。その一方で、「多くの発展途上国」のほうには、ぜんぜんカロリーが回ってきていない。いや、途上国でもカロリー自体は十分にストックされているのです。穀物や食料品の多くは、現地で生産されていますから。でも、そのストックされた分の食料が、ぜんぶ先進国の方に輸出されてしまって、地元の人たちの取り分が残らない。 ・早い話が、先進国では明らかにカロリーが浪費されている。たくさんたくさん、浪費されています。コンビニの廃棄弁当の量がそれを物語っています。 ・なぜこうなってしまうのか? ・それというのも、先進国には「たくさんの食品会社がある」からです。それぞれの会社は、生き残りをかけて必死に競争しています。極端な話ですが、日本人全員がブッダ並みの小食になったら、食品会社はみんな倒産します。 ・そうなってしまっては困るので、「これ、おいしいよ」または「これを食べれば痩せるよ」というイメージの刷り込みがなされているんではないかな・・・というのが私の仮説です。現代人は、あきらかに「食べ過ぎ」・・・いや、「食べさせられすぎ」です。本来ならもっともっと少ない食料で生きていけるのに、たくさん「食べさせられて」いる。 ・もっと穿った見方をしてみましょうか。 ・日本や世界の上層にいる「賢い人たち」にとっては、「自分以外みんなバカ」でいてくれた方が都合がいいのです。競争相手が減りますし、第一、バカほど操りやすいからです。 ・絶対に表立った言われ方はされませんが、そういう既得権益の保持者たちには「さあ、みんな、たくさん食べて、どんどんバカになってね」という思惑があるんじゃないでしょうか。バカがたくさん食べてくれれば、経済がよく回ります。支配する側のふところが潤います。それに加えて、たくさん食べてバカが増えるほど、「操りやすくなる」のですから、一石二鳥です。 ・現代日本人はあきらかに、「不必要なものを」「食べ過ぎ」です。もっと少ない食料でも生きていけるはずです。   「食事量をセーブする」ことのメリット ・やってみりゃわかります。 ・これまで再三述べてきたことですが、とにかく頭が冴えます。冴えわたります。自分の頭のなかに抽象的思考空間とも言うべきものが展開していくのをありありと感じるでしょう。頭の回転が速くなり、素晴らしいアイディアがぽんぽん出ます。 ・食事の時間が浮きます。その分を自分のために使えます。 ・食事代が浮きます。その分を自分のために使えます。 ・なお、スポーツをしていて「どうしてもある程度たくさん食べる必要がある」のなら、「野菜・果物・魚」を意識的に多くとってみるのも手です。あるいは、ビタミン剤を飲んでみるのも効果的です。   まとめ ・「たくさん食べる」と「たくさん食べない」を比べた時、どちらがより思考力を高めるために有利かは、火を見るよりも明らかです。だから、頭を悪くしたいならたくさん食べればいいし、頭を良くしたいなら食べる量を抑えればいい。単純な話です。 ・あまりに小食すぎるのも問題かもしれません。一日一食はやりすぎだと思います。小食すぎると今度は体がガッタガタになって骨粗しょう症の危険があります。 ・いま食べ過ぎの傾向があるひとには、スマホの食事管理・カロリー管理アプリをおすすめします。無料で、いいものがいくらでもありますから、ぜひ使ってみてください。自分がどれだけ節操なく食べまくっているかが一目瞭然になります。 ・ともあれ、精神労働の道で成功したいなら、「食べる量を抑える」こと。これに尽きます。自分の食事を見直して、「腹八分目」に抑えるように心がけましょう。では、グッド・ラック!   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひツイッター等で共有していただきたいと存じます――

「抽象的に考える力」を養うと、確実に頭が良くなる

頭が確実によくなる方法、知りたいですか? 私は腐るほど知ってますけれども、今日はひとつだけわかりやすいのをご紹介します。   頭を良くするには、「抽象度を上げて考える」こと 「抽象度を上げて考える」って何ぞ? ・頭を良くするには、「抽象度を上げて考える」ことが絶対に必要です。頭のいい人でこれができない人はいませんし、これができない人は絶対に「頭がいい人たち」の中へは入っていけません。とにかく「マスト」なものです。 ・頭が悪かろうと良かろうと、人間はというものは「思考」をしますね? ・その「思考の中身」が、IQの高い人間と、IQの低い人間との間で、大きくかけはなれているのです。で、そこを分かつ基準となるものが、くだんの「抽象度を上げて考えることができるか」あるいは「できないか」というラインなのです。   どういうことが「抽象度が高い」の? ・抽象度の高いものとは、「頭の中でカチカチとパズルのように操ることができるもの」です。目には見えにくい、法則や論理的筋道のことと言ってもいい。包括的な思考です。 ・抽象度の高いものは、頭の中で規則的な処理ができます。そして、様々なことに応用が利きます。   ・もうひとつ。抽象度が高いと、いろいろなことをいっぺんにまとめて処理できます。 ・例えば、飲食店経営の場合を考えてみましょう。飲食店の現場で実際に働いている従業員は、日々の仕事、目の前にある仕事をこなすことに追われている。これは「抽象度が低い」状態です。 ・では、その飲食店のオーナーはどうでしょうか。オーナーは、その「抽象度が低い」作業をしている従業員を多数雇うことによって、飲食店を回しています。さらには、個々の従業員の視野では見ることのできない「経営状態」「顧客の満足度」などにも目を配らなければなりませんね。そのかわりといってはなんですが、オーナーは「現場仕事」はしなくていい。オーナーは、「抽象度が低い」ものはやらず、飲食店を経営するという「抽象度の高い」仕事に専念することが求められます。 ・賃金でいえば、個々の従業員よりも、オーナーの方がはるかに高いはずです。 ・従業員はアルバイトなどを雇えばいくらでも代わりが利きます。でも、オーナーは代わりが利きませんね。現代社会でどちらの方がより有利かといえば、明らかにオーナーのほうです。オーナーは「抽象度の高いこと」をできるだけの能力があるゆえに貴重であり、逆に従業員のほうは「抽象度の低いこと」しかできないがために「雇われる側」に回らざるをえません。 ・言葉でいうなら、「抽象度が高い」に関連する語群は・・・ ・普遍的 ・原理 ・法則 ・変化しない ・視野が広い ・応用が利く ・国際的に通用する ・速い ・便利 ・学問的である ・論理的である ・演繹法と帰納法に関連する ・分析 ・抽出 ・統合 ・難しい ・難しいものを扱う あたりでしょうか。これだけだと、わかる人とわからない人が両方出てきてしまいますので、もうちょっとかみ砕いて説明するために、わかりやすい例をみてみますね。   「抽象度」が高いものと低いものの例 抽象度が低いもの ・基本的に、世の中に存在する「簡単で」「単純で」「誰でもできる」ものは、すべて「抽象度が低い」ものです。つまり、具体的な個人を対象にするものや、特定の集団について言ったものです。個々の物事を直接的に、なんの分析も思慮もなく言い立てたり決めつけたりするものすべてが「抽象度が低い」といえます。   ・内輪ネタ ・感情的な物言い ・2ちゃんねるでの誹謗中傷やデマ ・ライトノベル ・田舎の噂話 ・不満・愚痴・妬み・ひがみ・そねみ・悪口 ・ヤンキーの武勇伝の類   ・総じて、抽象度の低いものは「誰にでもできる」、「芸のないもの」で、要するに「価値がない」のです。誰でもバカでもできるものには価値が少なくなってしまうのです。抽象的に考える力が低い人は、これからの社会で間違いなくどんどん窮地に立たされていきます。   抽象度が高いもの 地球で最も抽象度の高い数式 ・「抽象度が低いもの」をみるより、こちらの方がわかりやすいかもしれません。   ・学問的なものほとんどすべて ・文豪の書いた小説 ・その発想があったかというものすべて ・ユーモアのあるもの ・するどい切り返しや、うまいこと言ったもの ・論理的に戦うもの(ディベートや、将棋・囲碁・チェスなど)   ・抽象度の高いものは、どれも「難しい」ものばかりです。相当な訓練を積まないと上記のようなことはできませんし、ハードであるがゆえに、できる人が少なく、したがって価値があります。 ・現代の情報化社会で「強者」になるためには、間違いなく「抽象度の高いことを扱うことに慣れている」ことが必要です。その方がいろいろなことに手を出せますし、処理速度も段違いに速いのです。   どうやれば「抽象度を上げる」ことができる? 自分用のノートを一冊作って、そこに自分の考えを書く ・では、抽象的に考える力を養うにはいったいどうすればいいのか・・・? ・誰でも簡単にできる方法をひとつご紹介します。 ・「日記」か、あるいは「自分の考えたことを書くノート」を一冊用意しておくとよいでしょう。何に使うのかといえば、「自分のなかにある考え」「自分が感じたこと」を、他人の目線で見つめなおすために使うのです。これも、抽象的に考える力を養います。 ・書くテーマは自由でよいのです。自分が発見した「○○の法則」とか、日常生活のなかで自分が感じたことなどなど、本当に自由です。大切なのは「自分の思考を、紙に書き出してみる」こと。 ・そのなかで、「分析」を多めにしてみてください。分析すると、必然的に抽象的になります。自分なりの「○○の法則」をたくさん見つけてください。 こんな本もある ・自分の頭の中にあるものを紙に書きだすと、自分では正しいと思っていたことが案外しょうもないことだったりするのに気が付きやすくなります。醒めた目で自分の思考を把握できる訓練になるのです。 ・書いていくにつれ、どんどん抽象的思考力が付いていきます。   裏技:食欲をセーブしてみる 断食仏陀 ・これは完全に個人的な経験からくる法則であって、科学的な裏付けはまだとれていないものなのですが…   ・「食欲が満たされた状態」では、頭が働かないのです。昼食後の異様な眠気がその証拠です。内蔵の方にエネルギーがまわってしまって、脳の方に来ない。 ・つまり、「食べれば食べるほど頭が悪くなる」気がするのです。 ・「筋肉バカ」「体育会系は脳筋バカ」も一理あると思います。肉体の保持や発達のためにガンガン食物を詰め込んでいると、確実に思考の粘り強さが失われていく感じがあります。   ・ですから、「あまりたくさん食べないようにする」(=小食)ことが必要でしょう。それに加えて、「食事の回数」も可能な限り減らした方がよさそうです。ビタミンとミネラル、そしてタンパク質を多めに取るとよいでしょう。バランスのいい小食がベストなのでは? と思います。 ・少なくとも、カップ麺やジャンクフードやお菓子ばかり食べているようでは頭は働きません。   まとめ 抽象度が高いとこういう発想ができる ・今回、抽象度の高い思考をすることのメリットと、抽象度の低い思考をすることのデメリットと、抽象度を上げるためにはどうすればよいかを扱いました。この「抽象度を上げる」能力が高くなると、確実に「その他大勢」の人々と差が付きます。お金を稼ぐのも容易になるでしょう。   ・抽象度の上げ方のほか、頭の回転を速くする方法や、情報処理の速度を向上させるためのノウハウは、苫米地英人先生の『全速脳』に詳しく載っています。苫米地先生の本は、すくなくとも五冊くらいは読む価値があると思っています。批判も確かにありますけれど、頭のいい人なのは本当ですから、参考になります。   ・もともとあまり作業の速い方ではなかった僕自身、抽象度を上げる努力をしたことによって、物事をスムーズに、しかもいっぺんに手早く処理することが得意になりました。 ・抽象的に考えるということは、そもそも「楽しい」のです。ぜひこの楽しさを、あなたにも味わってほしいと思います。   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひツイッター等で共有していただきたいと存じます――

ネットでは、みんな独裁者になる―誤謬だらけ、認知バイアスだらけのネット世界―

インターネットは、いまや電子レンジより普及しています。 インターネットの欠かせない時代に生きる人間が陥りがちな思考の落とし穴から逃れるには、一体どうすればいいのでしょうか?   インターネット、使えば使うほど「アホ」になる ネットの普及、ものすごいことになる ・現代社会でふつうに生きている人は、必ずなんらかの形でインターネットに触れています。SNS、検索エンジン、まとめサイトなどなど・・・実際、総務省による「平成27年度 情報通信白書」では、20代のインターネット利用率が99.2%(平成26年度)にまで達することが明らかにされています。 ・99.2%というのは驚くべき数字です。インターネットに触れない生活をしている二十代の人間は、100人に1人足らずということです。 ・実際、若い世代は相当インターネットに慣れ親しんでいます。だいたいにおいて、スマホですることといえば、ツイッターやまとめサイトの閲覧でしょう。ネットなしでは今の日本は立ち行きませんし、人々もやっていけないはずです。ぶっちゃけ私自身も、幼稚園のころにはウィンドウズ98をおもちゃにしてエロサイトを見ておりました。世紀末幼稚園児といったところでしょうか。現在は無事に変態に育っております。   ネットの性質――あやまちぽろぽろ ・インターネットというのは、「デマの培養土」「誤解の宝庫」です。 ・根も葉もないデマでも、ありそうだと思われれば広がってしまうし、(人工地震とか民族問題とかいった「陰謀論」や、熊本地震の際の「動物園からライオンが逃げ出した」など。人間は自分の信じたいものしか信じないのです) ・出所のよくわからない情報が腐るほど落ちていますし、筆者の主観的な判断のみにもとづいて書かれたウェブサイトというのも多々あります。ネット百科事典として有名なあのWikipediaですら、多くのページに「この記事は出典が明記されていないか、不十分です」という注意書きが付されてあります(このブログもそうかもしれません)。 ・そもそもネットというのは、その性質上、自分にとって都合のいい情報しか目に入らないようなつくりになっているんです。 われわれはなにかをネットで調べようとするとき、だいたい検索エンジンのお世話になりますね?   ・その検索エンジンというのは、単純に言えば「自分のほしい情報だけを集めるシステム」なんです。 「ダイエット 方法」と打ち込んで調べれば、ダイエットの方法に関連する情報しか出てきません。 「菜食 メリット」と入力すれば、ベジタリアンがいかに健康にすぐれているかだけを訥々と語るページがいくらでも出てきます。そういう「菜食のメリット」を欲する人は、「菜食のメリット」についての情報をいくらでも手に入れることができます。 ・しかし、その反対である「菜食のデメリット」の情報は、まったくといっていいほど入ってきません。ですからどうしても、考えが極端になります。「完璧主義の菜食主義者」が量産されることになります。そして残念ながら、だいたいの場合において極論というのは的外れです。多くの場合、「極論と極論の、あいだをとったところ」に正しい情報はあります。   ・・・もっと言えば、ネットを使っていると「自分にとって面白そうな情報」がある場所にしか滞在しないわけです。Youtubeで、わざわざつまらない動画を見るひとはいないでしょう。個人の興味に沿って「おすすめ動画」のリストが作られますから、そのなかを延々とぐるぐるぐるぐる回っていくことで時間をつぶすのです。 ・ネットを使っている以上はこの「自分にとって望ましい情報しか入ってこない」という状況から逃れることは難しいんです。「自分にとって都合のいい情報しか入ってこない」・・・これがどれほどおそろしいことか、わかりますか? ・つまり、インターネットを使う以上、誰でもヒトラーになってしまうのです。周囲には、自分にとって気持ちのいい情報しか伝えないイエスマンばかりがいる独裁政権。自分とは違うサイドにいる人間はすべて許すべからざる「敵」です。   ・ネットでは「在日」「ネトウヨ」「ブサヨ」「キモオタ」などの「レッテル貼り」が盛んです。また、「アンチ」と「信者」といった単純な図式の二項対立もひろく受け入れられています。自分にとって都合の悪いことを言う人々はみんな「われわれとは違うことを言う、敵」になります。レッテルを貼るのは簡単ですが、剥がすのは大変です。間違うのは簡単ですが、正しくやるのは大変です。     「誤謬」と「認知バイアス」を学ぶことで「ネット・バカ」から脱皮できる ・「誤謬」というのは、《正確に、論理的に考えようとするときに入ってくる「ノイズ」「乱れ」のこと》です。 ・「認知バイアス」も似たようなものですが、こちらは《ものごとを認知するときに人間が犯しがちな間違い》のこと。 ・wikipediaの「誤謬」のページ、「認知バイアス」のページがよくまとまっているので参考にしてください。   ・「誤謬と認知バイアス」を学ぶことによって、インターネットにある情報の見え方がガラリと変わります。「醒めた目」でインターネットを見ることができます。メタ認知能力も高まります。 「ああ、これは《レッテル貼り》の誤謬だな。過度な一般化をするのはわかりやすいから、やりがちなんだけどね。仕方ないね」 「うわっ、この人、自分に都合の良いことしか知ろうとしないんだな。かわいそうに。確証バイアスってものを知らないのかな」   という具合に。 ・あの哲学の総本山であった古代ギリシャでは、「論理学」がたいへん重要視されていました。「論理学」というのは簡単にいえば、「ミスをしないように正確に思考する技術を探求する」学問です。 ・現代日本のビジネスパーソンは「論理学を学べ!」と言われることが多いそうなのですが、それは「正しい思考技術を身につけよ」という意味合いで言われるのです。世の中の大多数の人が誤謬まみれ認知バイアスまみれの偏ったものの見方をしているいまの時代において、「正しく思考することができる」ことはとてつもないアドバンテージになります。   まとめ 首から下で稼げるのは1日数ドルだが、首から上を働かせれば無限の富を生み出せる。 ――"発明王" トーマス・エジソンのことば ・・・当時もそうだったんでしょうが、今もそうです。国民のほとんどが文字を読み書きできるのがこの国ですが、残念なことに国民のほとんどが考える力を自分で投げ捨ててしまっています。その中にあって「頭を使える」ということは大変な強みになります。 ・「誤謬」「認知バイアス」は、ほんとうに「実際に役立つ」知識です。ネットの毒を解毒してくれるのみならず、実際の生活、ビジネス、学問、いろいろなところに応用することができます。「誤謬には、どういう種類があるのか」「認知バイアスには、どういう種類があるのか」というくらいの気軽さでかまいませんから、ぜひ一度調べてみてください。   ・世界の見え方が変わる体験を、ぜひ楽しみましょう。死ぬまでに、もう一歩上に行きましょう。誤謬や認知バイアスは、そのために役立つ登山の杖です。グッド・ラック!   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひツイッター等で共有していただきたいと存じます――  

成功者は、「自分を洗脳する」ことに長けている

「圧倒的な努力を、涼しい顔でこなしてしまう人」がいます。周囲から見れば頭がおかしいとしか思えないくらいの量の努力をしておいて、平然としていられる人です。 なぜか。 彼らは、「自分を洗脳する」ことに成功したからです。 きょうは、「自己洗脳」によって「圧倒的な努力」をする方法を探ります。   圧倒的な努力をしている人は、自分をうまく洗脳している 甲子園のイメージを具体的に持っているから半端ない努力ができる   ・周囲から見て「ものすごい努力をしている」人にきいてみると、しばしば「これは努力じゃなくて、好きなことを一生懸命やっているだけだ」という答えが返ってきます。どう見ても苦しそうな感じ、でもちょっと充実してる感じがする・・・ ・そんな努力ができる人は、自分を上手に「洗脳できている」のです。 ・本来の意味では、「洗脳」とは、「強制力を用いて、ある人の思想や主義を、根本的に変えさせること」ですが、ここでは「意識的にはたらきかけることによって、自分自身のなかにある好悪の感情を塗り替えること」と定義します。 ・洗脳のパワーを、最も「倍率の高いなかを勝ち抜いた人々」である、「スポーツ選手」を例にしてみてみましょう。   偉大なスポーツ選手にみる、洗脳のパワー ・偉大なスポーツ選手、とてつもない努力を積み重ねて一流になった選手は、みな「自分を洗脳している」といえます。「自分は将来、かならずこうなりたい」という強いイメージを思い描きつつ練習に励むことによって、どれほど辛い状況であっても折れることなく努力し続けて来られたのです。 ・一方で、辛い練習が目の前にあるとき、普通の人は「これ早く終われ!」と思いながらやっていくはずです。凡人と天才の差は、案外そんな単純なところにあるのかもしれません。   イチロー選手の自己洗脳 ・イチロー選手の小学校時代の卒業文集は有名です。ちょっと引用してみましょう。 MLBで3000本安打を達成した唯一の日本人選手がどのように自分を「洗脳」していたかがよくわかります。    ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校でも全国大会へ出て、活躍しなければなりません。活躍できるようになるには、練習が必要です。ぼくは、その練習にはじしんがあります。ぼくは3才の時から練習を始めています。3才~7才までは、半年位やっていましたが、3年生の時から今までは、365日中、360日は、はげしい練習をやっています。 だから一週間中、友達と遊べる時間は、5時間~6時間の間です。そんなに練習をやっているんだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。そして、中学、高校で活躍して高校を卒業してからプロに入団するつもりです。そして、その球団は、中日ドラゴンズか、西武ライオンズが夢です。 ドラフト入団でけいやく金は、1億円以上が目標です。ぼくがじしんのあるのは、投手と打げきです。去年の夏ぼくたちは、全国大会へ行きました。そしてほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会ナンバ-1投手とかくしんできるほどです。打げきでは県大会、4試合のうちに、ホ-ムランを3本打ちました。そして、全体を通して打りつは5割8分3りんでした。このように、自分でもなっとくのいくせいせきでした。そして、ぼくたちは1年間まけ知らずで野球ができました。だから、このちょうしで、これからもがんばります。 そして、ぼくが一流の選手になって試合にでれるようになったら、お世話になった人に招待券をくばって、おうえんしてもらうのも1つです。とにかく一番大きな夢は、プロ野球選手になることです。 鈴木一朗   ・「小学校3~6年の間、365日中360日は激しい練習をやっていた」とは驚きです。ふつうなら家でゲームか、友達と公園で遊びまわっている年頃です。普通の小学生なら絶対にパンクするでしょうが、イチロー少年はしなかった。これだけ将来のビジョンが明確なのですから、「練習=将来プロになるために絶対必要なこと」として耐えしのぐことができたのでしょう。   本田圭佑選手の自己洗脳 ・野球だけだと説得力がイマイチかなと思うので、もうひとつ。サッカーの本田圭佑選手の、小学校六年生のときの文章です。   ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。 世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。 だから、今、ぼくはガンバッている。 今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。 そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。 Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。 そしてレギュラーになって10番で活躍します。 一年間の給料は40億円はほしいです。 プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人が、このぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。 一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。 セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰りミーティングをし10番をもらってチームの看板です。 ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。 この得点も兄と力を合わせ、世界の強ゴウをうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることが、ぼくの夢です。   ・イチロー選手も本田選手も、ともに「イメージが具体的」で、「期日や数値が明確」なこと、そして「絶対的な確信」をもって自らの夢を宣言していることが特徴的です。本人のなかでは、相当な現実感をもったイメージとして描かれていたことでしょう。 ・ふつうは、「プロ野球選手になりたい」と言いはしても、「でもどうせ無理なのかもなあ」とか「まあ、なれなくても死ぬわけじゃないし」とかいうように、どこかに「自分はできないんだ」という思いがインプットされているものです。「自分はどうせできないんだ」という暗示以上に強力な暗示はありません。そう思い始めると、やってみないとわからないことをやらなくなってしまうからです。   自分を洗脳できると、周囲とこんなに差がつく ・以下、「自分を洗脳できる人」と、「自分を洗脳するという方法を知らない人」の間でどう差が付いていくかを述べていきましょう。 ・いちばんわかりやすい「試験勉強・受験勉強」で見ていきます。   大学受験や資格試験の例 ・「自分を洗脳できる人」は、まず「自分は○月○日の試験で、○○点をとって合格する。合格したら、こんなことをやって、みんなにこう祝福されて、自分へのご褒美にこんなことをしよう・・・」というイメージを確立させ、おそらく彼/彼女は、毎朝毎晩そのように自分の意識に刷り込むでしょう。 ・勉強が長時間に及び、モチベーションが下がりそうになるたびに、「いかんいかん、自分はかならずこうなるに決まっているのだから、こんなことをしている自分ではいかん」と持ち直します。 ・ほかの人が「無理だからあきらめろよ」といくら言おうと、自分の中では合格すると決まっているのですから、決してあきらめません。 ・一方で、「自分を洗脳できない人」は、そもそもゴールが見えていない。「そうなるという自分」を思い描けていないのですから、「そうなるための努力」をするはずもありません。あるのはただ漠然とした、「ああそうだ、○月に試験があるんだ」という思いだけ。 ・どうなりたいと決まっていないので、どんどん志望を下げ、どんどんモチベーションを下げます。現実逃避にゲームやネットに走ることも多いでしょう。自分に言い訳をし、周囲に嘘をつき、気が付けば試験直前、ヤバイヤバイといいながらもいまさら何ができるわけもなく、案の定、落ちる。落ちたら落ちたで周囲のせいや過去の自分のせいにしてしまい、現在の自分に対する反省はなにもしやしません。   ・「どうなるのかもわからない未来のことを盲信するのは、カルトみたいで気持ち悪い」という声が聞こえてきそうです。 ・ほんとうにそうなるのかは、未来のことですから、まだわかりようもありません。でも、そうなると確信したほうが達成確率が上がるのならば、したほうがいいでしょう。   きょうから始める自己洗脳 ・実際にやってみたくなりましたでしょうか。「自分を洗脳する」、ちょっとコワい気もしますが。 ・洗脳の方法はいろいろあります。 ・今回は、いちばん簡単なものだけを紹介します。ひとつにしぼるかわりに、「今夜かならずできること」を選びました。ぜひ実行をお願いします。   ・「寝床に入ってから、寝入るまでの間、五感をフル活用して、自分の将来なりたい姿を思い描く」・・・これだけです。   ・シンプルな方法ですが、実にいろいろな仕掛けが施されています。 ・まず、「寝る直前にやる」ということ。「寝る前には暗記しろ」とは受験界でよく言われることですが、これは「寝る直前にやったことはよく頭に残るから」です。人間は、睡眠中に記憶や思考の整理を行います。寝る直前にやったものは、その整理までの時間がいちばん短いわけですから、よく頭に残ります。いつでも「こうなりたい」というイメージが頭の奥に張り付いている状態で生活すると、脳は無意識のうちにその「イメージに近づくために役立つ情報」を拾いはじめるんですね。   ・「五感をフル活用」する・・・これは、脳に「現実と勘違いさせる」ための方法です。人間は、自分が感覚したものを「ある」とみなします。幻覚や幻聴は、周囲の人からすれば「ない」ものですが、当人にとっては「ある」ものとして感じられます。脳が五感をもって知覚していることは、本人からすれば「ある」のです。 ・五感をフルに使ってイメージしたことは、本人の脳にとっては「ある」ものになります。発狂するわけではありませんが、脳は「現実と、自分の持つイメージ」の間にあるギャップを埋めようとフル回転をはじめます。ここまでくればしめたものでしょう。あとは勝手に「そう」なるように脳が動いてくれます。   ・ちなみに、もう少し確実にする方法としては、「朝目覚めたときにもう一度それをイメージする」があります。   ・ふだん寝床に入ってから、なにをしていますか。今日あった腹立たしいことを反芻したり、明日からはじまるいやなことを考えたり、あるいはスマホをいじりはじめたり・・・実にもったいない。かわりに「自分がこうなりたいと思う姿を、ありありと思い描く」ことを習慣づけましょう。   ・自分の頭のなかでイメージするだけならタダですし誰にも文句は言われません。   まとめ ・今回は、「自分を洗脳することのメリット・具体例」と、簡単なやり方をご紹介しました。 ・自分を洗脳できる人こそが最強だと思います。やってみないとわからないことだって躊躇なくできるし、普通の人が途中で投げ出すこともこなせるし、本人のモチベーションは非常に高いし・・・本当に「強い」のです。   ・今回の記事がお役に立ちましたら、Twitterなどで共有していただければ無尽の幸いです。

「ウソをつく」と、頭が良くなる!

  ウソをつくと、なぜ頭が良くなる? こんなにあったウソの効用 ・ウソをつくだけの度胸が付きます。はじめのころはばれるかばれないかで心臓がバクバクするでしょう。顔も真っ赤になるでしょう。そのうち平気な顔でウソをつけるようになり、顔ではなくウソ自体が真っ赤になっていきます。 ・ウソをつくということは、単純に難しい。なぜなら、「バレないように、つじつまを合わせる」必要があるから。自分が誰に何を言って何を言わなかったかをすべて覚えていないことには、ウソがバレて不利益を被ることになる。 ・「自分にウソをつく」ことに習熟することによって、精神的な安定が得られます。 ・正直者が馬鹿を見る、素直な人が損を被る社会で、したたかに生き抜いていくことができます。 ・ウソをついて、それが成功した(=見破られずに通用した)場合、ある種の知的な優越感を手に入れることができます。 ・ウソがばれた場合には社会的な制裁を受けることになりますが、ウソをつき続ける根性があれば、いかなる社会的リンチにも動じず「これに懲りたら、次はもっとうまくやろう」という不屈のモチベーションを糧に、さらなるウソのスキルアップを目指すことができます。   文豪もすすめる「ウソをつく」効用 ・一般的な道徳を面白おかしく逆説的に紹介した傑作・三島由紀夫の不道徳教育講座、「大いにウソをつくべし」から引用してみましょう。昭和一の文豪である三島由紀夫が、ウソについてどのような考えを持っていたのかがわかります。真に受けないこと。 ・ためしに一つウソをついてごらんなさい。ウソはウソを生み、うっかり間に本当のことを言ってしまったら辻褄が合わなくなる。その辻褄を合わすには、自分の言ったことすべてについての強い記憶力が要るので、なかなかバカにはウソはつけません。 ・自信がないくせに強がるのも一種のウソであり、好きなくせに嫌いなふりをするのも一種のウソである。 ・(柳田国男の言説を引用して)「ウソをつき得る小児は感受性の比較的鋭い、しかも余裕があって外にはたらきかけるだけの活力を持ったものに限るらしいから、一つの学級でも一人あったりなかったりするほどにまれである。」 ・すべてウソは独創性である。他人から抜きんでて、独自の自分を作り出す技術である。 ・本当にウソをつくには、お体裁を捨て、体当たりで人生にぶつからねばならず、つまり一種の桁外れの正直者でなければならないようです。   サイコパスの、芸術的なウソ サイコパスの登場する傑作ホラー小説 ・他人を徹底的に利用・操作・搾取することに特徴があるサイコパス(精神病質者)のなかで、「知能の高いサイコパス」は、ウソをつくのが非常に上手です。 ・彼らはウソをつくとき、必ずしも「事実を改変する」ことをしない。それどころか、「事実だけを並べることによってウソをつく」ことすらやってのける。部分部分を省略したり、曖昧な言い方をすることによって、聞き手の意図的なミスリードを誘うのである。まさにウソの名手といえるだろう。   ・たとえば、 ある患者(サイコパス)は、自らの担当医師にこう聞かれた。 「あなたは一度か、精神病院で診察を受けたことがありますか」 それに対して患者は、 「ああ、行った行った。でもって、もう来なくてもいいって言われたよ」と返答した。 ・・・このやり取りだけを聞くと、患者は精神病院に診察を受けに行って、「あなたは正常だから、もう来なくてもいいです」と言われたように思える。 しかし実際のところそのサイコパスは、精神病院に行ったことは行ったが、あまりにメチャクチャな行動言動をして周りの人間に被害を与えたため、つまみ出されていたのである。その際に「もう来るな!」とも言われていた。 たしかにこの患者は、事実だけを並べている。しかし意図的なミスリードを誘ったことは明らかである。ウソの一種、それも「事実だけを並べて嘘をつく」という芸術的なウソである。 ・ロバート・D・ヘアは、その著書『診断名サイコパス』において、精神病質者がいかに巧みにウソを操るかを明らかにしている。以下はその例である。 《精神病質チェックリスト》で高得点をマークしたある女性は、声高に笑って答えた。 「あたしは嘘つきの名人よ。ほんとに嘘がうまいの。ときどき自分の欠点を認めて見せるからでしょうね。すると相手は、そんなことを認めるくらいだから、彼女の言っているほかのことも真実にちがいないって思うのよ」 彼女は、ときどき真実をちりばめて、”話に実際以上の彩りを添える”と言った。 「いくつかほんとのことが混じっていると、すべてほんとのことだとみんな思うのよ」   ある被験者は、ハンサムで早口の24歳の男性で、釈放後の計画を山ほどもち、まだ花開いていない才能を無尽蔵にもっているように見えた。彼は、たてつづけに以下のことをやったと自信たっぷりに言った。 ・8歳のとき家出した。 ・11歳のとき飛行機に乗り始め、15歳でパイロットの免許を取った。 ・双発機で計器飛行をした経験を活かして事業用航空機のパイロットになった。 ・4つの大陸で9か国に住んだ。 ・アパートの管理人をした。 ・屋根葺き会社を興した。 ・一年間牧場を経営した。 ・半年間森林警備隊で働いた。 。二年間沿岸警備隊で働いた。 ・全長80フィートのチャーター船で船長をやっていた。 ・四か月間深海のダイヴァーをやっていた。 サイコパスは、アメリカでは人口25人につき1人、日本などの東アジア圏では100人に1人と言われている。日本全体で勘定すれば、100万人がサイコパスだという計算になる。決して、あなたに関係のないことではない。 ・ウソを見破るのは、ウソをつくよりよほど簡単である。表情やしぐさを見るか、あるいは現実と言説を照らし合わせておかしな点を見つければ良いだけのことなのだから。   ウソにまつわる小噺 ・ウソにはいろいろな種類がある。以下、ウソを種別に紹介していく。   ・ウソを一生に一度もついたことのない人はいない。なぜなら、「ウソをつくつもりでなかったのに、結果的にウソになった」というウソも存在するから。   ・「良いウソ」・・・面白い「フィクション・ウソ」と、誰にでもつけるわけじゃない「高度なウソ」。前者が得意なのが小説家で、後者を得意とするのが政治家とか、あるいは知能の高いサイコパス。またそのほかに、「善意のウソ」もある。がん告知をあえてしないという選択など。 ・「悪いウソ」・・・つまらないウソ。誰にでも吐けるウソ、行き当たりばったりの、芸のないウソ。すぐに破綻し、聞くものを不快にする、バレバレのウソ。軽犯罪者のウソ。自分に対して言い聞かせるウソ。   ・会計を偽る「粉飾決算」、身長や年齢などを詐称する「サバ読み」、しばしば大げさに盛られる「武勇伝」、ウソだと気づかれずに拡散される「デマ」、この人痴漢です! から始まる「痴漢冤罪」など、じつにさまざまな種類のウソがあります。   ウソをつくと頭が良くなる まとめ ・いかがでしょうか。ウソをつく気になりましたか。正直者も悪くないですが、ちょっとぐらい染みをつけてもいいでしょう。ウソには思いがけない効用があるのですから試さなきゃ損です。「漢方飲むよりウソが効く」というホスピス医のことわざもあります。嘘です。 ・ウソをつくことには、今回述べたような「頭を鍛える効果」もあるのですが、逆もまた然りなのです。つまり、ウソをつくと頭が悪くなることもあります。今回は「ウソをつくと頭が良くなる」という題ですが、そのうち逆に「ウソをつくと頭が悪くなる」という特集もやってみたいと思います。   ・今回の記事がお役に立てましたら幸いです。バンバン嘘を吐きましょう。 では、グッド・ラック!

APLICATIONS

「知識があるから文章を書く」と「文章を書くから知識が入る」、どちらも一理あると思う

「知識があるから文章を書く」と「文章を書くから知識が入る」、どちらも一理あると思う インプットの量もアウトプットの量も、どっちも大切だよね 「知識があるから文章を書く」について 自分よりも知識がない人の文章を読みたいと思いますか? 人間というものは、 「興味深い情報・役立つ情報を提供してくれる人の話」 は一生懸命聞こうとしますが、 「興味深い情報・役立つ情報を持っていない人の話」 はほとんど聞こうとしません。   これは読者の方のご自身の経験に照らしても「そうだな…」と頷いていただけると思います。 まれに「私は路傍の石ころからでも学んでみせるさ!」という気概を持っている人はいますが、それは圧倒的少数派のはずです。 ほとんどの人は、「自分が知りたいと思う情報」にしか興味を持ちません。 実際、人間の脳には生来、自分が関心のある分野の情報を拾ってくれるためのフィルター的な機能が備わっています(ex.野球に興味があるけど政治に興味がない人は、新聞を読んでもスポーツ欄しか目に入らないでしょう。三面記事は内容が素通りしてしまうはずです)。 アイデア大全 posted with ヨメレバ 読書猿 フォレスト出版 2017年01月19日 Amazon Kindle 楽天ブックス   「知りたい!」と思われる情報を出すには、知識量の多さが前提 その「自分が知りたいと思う」にはいくつか種類があります。 ・性的な内容 ・命にかかわる内容 ・大きな音・衝撃など ・現在の自分にとって有益だと判断できる情報 etc   一番目から三番目までについては、言うまでもないでしょう。「性的な内容・命にかかわる内容・大きな音&衝撃」という組み合わせはハリウッド映画でもよく使われます。どの映画を見ても、だいたい冒頭の数分には衝撃的なシーンが入っています(エンタメ臭がきつい映画ほどそうです)。いわゆる「つかみ」ですね。   それはさておき、この記事で話題にしたいのは「現在の自分にとって有益だと判断できる情報を得たいときには、どうするか?」です。 答えは簡単で、「現在の自分にとって有益だと判断できる情報」というのは、たいていの場合「自分よりも知識量の多い人」からもたらされます。   たとえば、「日本政治の先行き」について知る必要があるなら、「日本の政治について、自分よりも詳しい人」に聞けばいい。脳科学について知る必要があるなら、「脳科学の専門家」の書いた本や論文を読んでいけばいい。野球のフィジカル強化法について知る必要があるなら、「栄養の知識・トレーニングの知識・生化学や生理学に詳しい人」から話を聞けばいい。 現在の自分にとって有益な情報を得たいなら、自分よりも知識を多く持っている人に聞くのが原則です。 逆に、「自分よりも知識の乏しい人」から話を聞こうとはなかなか思わないでしょう(ある程度知識量のある人が、「たまには知識のない人がするどいことを言ってくれるかも…」と期待してみることはあるかもしれませんが)。   だからこそ、「ある程度の知識や経験や情報を持っているから、文章を書ける」と私は言いたいのです。 この場合の「文章」とは「人の役に立つ&読まれる」ことを前提にしています。読まれない文章を書いたって仕方ありません。   私の場合、野球の技術論やバイオメカニクス・トレーニング科学といった情報をウェブ上でよく漁りますが、 「この人は、私よりもはるかに少ない知識量・情報量・経験値しか持っていないな」 と判断したら、すぐにタブを閉じてしまいます。   繰り返しますが、 「現在の自分にとって有益だと判断できる情報」というのは、 たいていの場合「自分よりも知識量の多い人」からもたらされます。 自分よりもはるかに知識量・情報量・経験値が少ない人の書いた文章が参考になることは、ないことはないですが、やはりレアケースです。   そういう意味で、「知識があるから文章を書ける」は一理あると思っています。   しかし実は、この逆のパターンもあるのです。 つまり「文章を書くからこそ、知識が入ってくる」。 「文章を書くから知識が入ってくる」について 「文章に起こしてみる習慣」の効用 私はよく、「Googleドキュメント」や「Evernote」や「大学生協で売られている良い感じの大学ノート」に、自分なりの考えを文章やメモの形でまとめています。こんな感じです。 ほかにも、このブログ=「読書奴」にもある程度まとまった考えをポストしたり、某○○○大野球部の選手に役立ちそうな情報などはどんどん文章化・マニュアル化して、部内に向けて共有したりしています。最近はTwitterのアカウントでも、野球をやっている人のために役立ちそうな情報をどんどん発信するようにしています。   ですから、文章のアウトプット先が6か所くらいあるわけです。 なぜこんなに多くのアウトプット先を確保しているのかというと、 ・「文章を書くことが好きだから」 ・「文章化したものが将来の生活の糧になるから」 というのも大きいですが、それよりも 1.「自分の頭の中にあることを文章化してじっくり考えてみることによって、新しい知識の吸収速度が上がるから」 2.「いったん文章としてアウトプットすることによって、より自分の考えが深まるから」 という効果を重要視しているからです。 1.文章化してみると、新しい知識の吸収速度が上がる 私の個人的な感想ですが、 「文章化してみる機会が多いほど、知識がどんどん入ってくる」 という感触があります。   というのは、 1.「なんとなくわかっていた気になっていたこと」が、文章にしようとすると意外と書けないことに気付く 2.「なんかよくわからなかったこと」が、文章にすることによってはっきり理解できる 3.「次はこのネタについて書きたいな」と思ったら、自分の脳が勝手にそのネタに関する知識を仕入れてくれる 4.記事を書いているとき、意外と「気になったものをその場で調べること」が多い からです。   要するに、「文章を書こうとすることによって入ってくる知識の量」が思いのほか多いのです。 おそらく、しょっちゅう「文章を書く」という必要に迫られている評論家・小説家・作家といった人々や、論文をどんどん書かねばならない学者・研究者といった方々、あるいは大量のレポートを書かされる大学生も、この1-4の効果に預かっているのかなあと思います。 知識の哲学 posted with ヨメレバ 戸田山和久 産業図書 2002年06月 Amazon Kindle 楽天ブックス   知識は「能動的に使う」と、どんどん入ってくるようになる 言い換えると、 「知識は、受動的にインプットすることも必要だが、能動的にアウトプットしてやることによっても獲得される」 のでしょう。   わかりやすい例を出します。   たとえば、「ある日突然地球に襲来した地球外生命体と人類が、ものすごい死闘を繰り広げる小説」を書きたいとします。 このような小説を書くとしたら、少なくとも以下のような知識が必要になるはずです。 ・実際に地球外生命体がやってきた場合、各国の政府や軍・機関などはどのように反応するか? というシミュレーションが頭の中でできるだけの知識量・情報量 ・地球外生命体がどのような生態・姿形・性格・傾向・技術力を持っているか? を構想できるだけの生物・宇宙に関する知識量 ・作中に出てくるモノについての知識。銃火器(ミリタリー関連)やモノの名称、現象の名前や地名など   小説家というのは 「こういう小説を書きたい!」 と思ったら、ものすごい量の知識量を仕入れる必要があります。歴史作家やノンフィクション寄りの作家は特にそれが顕著です。たとえば、歴史作家としてあまりも有名な司馬遼太郎氏についての逸話で、 「司馬遼太郎が新作を書くとき、あまりにも資料を集めるので、神保町の古本屋街の相場が大きく変動した」 とまで言われています。一度に数百万円分の古書をごっそりと買って行ったとか…   完全に脱線ですが、私が「よく調べてんなー」と思った小説は、だいたい以下の通り。 村上龍さんの「半島を出よ」「五分後の世界」「ヒュウガ・ウイルス」、高野和明さんの「ジェノサイド」「13階段」、貴志祐介さんの「青い炎」「黒い家」「悪の教典」「クリムゾンの迷宮」、三島由紀夫氏の「金閣寺」「禁色」「豊穣の海」など… どれも、本当に面白い「骨太のエンターテインメント」です。自信を持っておすすめします。   本題に戻ると、私は 「知識は、受動的にインプットすることも必要だが、能動的にアウトプットしてやることによっても獲得される」 と考えています。 インプットだけではかえって知識の吸収速度が下がると思いますし、逆にアウトプットだけでは中身が伴いません。 月並みですが、 「アウトプットに支えられたインプット」 「インプットに支えられたアウトプット」 が肝心なのです。   ただし、この情報過多社会ですから、たいていの人はインプットばかりでアウトプットが足りていない。 したがって、「アウトプットしすぎじゃないかと思うくらい、アウトプットする」と良いでしょう。 そのアウトプット先として、「文章化」を選択肢の一つに入れてみてください。べつに他人に見せる必要はありません。とにかく「文章化することによって、知識の吸収速度が上がる」ことを体感してほしいと思います。 半島を出よ(上) posted with ヨメレバ 村上龍 幻冬舎 2005年03月 Amazon Kindle 楽天ブックス   おわりに 簡単にまとめます。 1.「知識が多いからこそ文章が書ける」 →人は、自分よりも知識の少ない(≒有益な情報を出せない)人からわざわざ話を聞こうとは思わない   2.「文章を書くからこそ知識が増える」 →文章という形でアウトプットしまくると、新しい知識がどんどん入ってくる   私事ですが、私は「2018/4/11-2019/4/11まで、毎日ブログを更新する」というノルマを設定しています。 ですから、これから毎日文章という形でアウトプットを続けていきます。 では、また明日お会いしましょう。 数学嫌いの人のためのすべてを可能にする数学脳のつくり方 posted with ヨメレバ 苫米地英人 ビジネス社 2016年04月21日 Amazon Kindle 楽天ブックス 音楽と洗脳 posted with ヨメレバ 苫米地英人 徳間書店 2017年09月21日 Amazon Kindle 楽天ブックス

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