日々の生活に物足りなさを感じる人は、「一生をかけて追究できそうなもの」を発見してのめり込めばいい

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 私が個人的にとても尊敬している方が二人いるのですが、 それは、スポーツ界では小山裕史氏、頭脳という点では苫米地英人氏です。 お二方とも、「一生をかけて追究していけるもの」を追い求めるという点で共通しています。 そして、お二方とも「めちゃくちゃ幸せそうに充実した日々を生きている」という点で共通しています。 そこで今回は、人生に物足りなさを感じる人につける薬をご紹介します。 日々の生活に物足りなさを感じる人は、「一生をかけて追究できそうなもの」を発見してのめり込めばいい 「一生かけて遊び倒してもゲームクリアにならないゲーム」を持てば、一生遊べますよね? という発想 「一生をかけて追究できそうなもの」にのめり込むことのすばらしさ ノーベル賞を受賞するようなレベルの「研究者」のインタビューを聞いていると、 「ああ、この人はほんとうに好奇心のままに研究し続けてきたんだなあ」 と感じることが大半です。   研究生活には良いことばかりではありません。 ポストをかけた同期同士のライバル関係だったり、指導教授や論敵による激しいツッコミもあります。 世間的には「なにをやっているのかわからない」とみなされがちです。   それでも彼らは研究を続けます。 彼らは、いろいろな嫌なことがあってもなお「研究することが好き」なのであり、 「自分が研究しているものに対する没頭」することの魅力に憑りつかれているのです。 「研究していると、世界でいちばん最初に自分が発見したであろうことに出会う瞬間がある。 その瞬間があるから研究はやめられないんだ」ということを述べる科学者もいます。   いま私が出したのは科学者の例ですが、スポーツ選手や芸術家なども同様です。 いろいろと実生活で辛いこと・嫌なことがあっても、それでもなお彼らにとっては 「研究」「練習」「創作」だけはやめられないものなのです。   こういった人々がやっていることには、一つの共通点があります。 それは、「一生かけても絶対に終わらないものにのめり込んでいる」。 一生かけても終わらないゲームに興じている、と言ってもいいでしょう。 興じている、という言い方すら適当ではないかもしれません。 彼らの意識としては、ただひたすら「やる」だけですから。   そして、彼らのやっていることは、「良くなる」「進歩する」ことはあっても、「最終的な正解に辿り着く」ことはないのです。RPGゲームは「Lv.100」という決められた限界がありますが、彼らにはそれがありません。Lv.100になったら次は101。101になったら次は102…という具合に、エンドレスで続きます。   「終わりのないゲームはつまらない」と感じるか、 「終わりのないゲームだからこそ面白い」と感じるかは人それぞれです。 前者と後者を分け隔てているものは、「それを<すること自体>に楽しみを感じているか」の一点にあります。「○○だからおもしろい」という条件付きの面白さではなく、無条件で楽しむことができるかどうか? ということです。 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス     条件:人生の物理的時間が限られている以上、のめり込むのは「自分が追究の可能性を感じるもの」にした方がよい 人生の時間は有限です。 基本的な生活速度や思考速度を上げることで実質の時間は増えますし、 これからの人類は自らの寿命をどんどん伸ばしていくことが予想されますが、 それでも、人間が生物である以上いつかは終わりが訪れます。   人生が有限である以上、「あれも、これも」をあまりにもやりすぎるのは得策ではありません。 ある程度の「あれも、これも」なら良いのですが、世の中にある無数の事象をすべて極めようとしても、 「無限のモノを有限の時間で極める」ことは土台無理な話です。   そこで、「どうやって絞るか」が問題になるわけです。 条件としては、以下のようなものが考えられます。 ・やること自体が楽しいもの ・やらされるものではないもの ・追究していける余地があるもの ・追究することで多くの人に多大な迷惑をかけないもの ・追究していけば社会に何かしらの利益を与えられそうなもの このあたりの条件をクリアしていないものにのめり込むのは、あまりおすすめできません。   たとえば「空き巣の技術を極める」「人殺しの技術を極める」「いじめの方法を極める」といっても、それは「たくさんの人に迷惑がかかる」ので倫理的にアウトです。 あるいは、「ルービックキューブを極める」のも趣味としては良いのですが、それが「一生をかけて追究しきれるだけのスケール感があるかどうか」は私には怪しく思えます。   一生をかけて究めるものは、上で述べたように「want toであること」「ワクワクすること」「結果的にみんなのためになること」などの条件がそろっている方が合理的です。社会に多大な迷惑をかけるようなことを追究するのは、倫理的にはグレーゾーンとなります。人間は社会の中で他人の力を借りながら生きているのですから、そこをわざわざ反故にする意味もないでしょう。   とにかく、「自分が追究の可能性を感じているもの」かどうかをきちっと精査しておくべきです。そうしないと、後々になって色々な不都合が起きかねません。 全速脳 ~脳は鍛えると100倍加速する posted with ヨメレバ 苫米地 英人 宝島社 2014-10-09 Amazon Kindle 楽天ブックス   それが「社会の利益になっている」と確信できるなら、なお最高 「自分のwant to」が「社会の利益にもなる」のであれば、これ以上の合理性はないでしょう。 自分としてはやりたいことをやっているだけ。 それが社会の利益になって、たくさんの人が喜ぶ。 一石二鳥です。   この記事の冒頭でご紹介したお二方も、まさにそれを体現されています。   小山裕史氏は「初動負荷理論」という追究の可能性が高いものを研究されています。 現時点ではいろいろな障害(考えの古い人に拒絶されたり、精神的におかしい人に粘着されたり、誹謗中傷されたり、初動負荷マシンの偽物が出回ったり)がありますが、小山氏の初動負荷理論にはほかの理論にはない合理性があります。筋が通っているので、論理としての力は相当強いものとなっています。 論理として強いものなので、これから根強く普及していくことになるでしょう。 (ちなみに、「社会に不利益をもたらすもの」には、「本人が正しいと思っているものが間違っている」というパターンが意外と多いのです。つまり合理性に欠けているのに正しいと思っているということ。本人が気付きにくいので厄介です) 希望のトレーニング 彼らは初動負荷トレーニングで何を見つけたのか posted with ヨメレバ 小山 裕史 講談社 2014-07-31 Amazon Kindle 楽天ブックス   苫米地英人氏は、昔からこのブログのなかで幾度となく紹介していますが、 「世界から戦争と差別を無くす」というゴールを持っている方です。 そういうゴールを持っている人を「うさんくさいな」と反射的に拒絶してしまう人も多いのですが、 私が見る限り苫米地氏は本気でそれを達成しようとしています。   苫米地式コーチングでは「want to」がきわめて重視されるのですが、 提唱者である苫米地氏自身も自分の人生でひたすら「want to」を追究されてきた方です。 「want to」がそのまま社会の利益になる。 社会の利益になれば、人生の充実感も出てくるし、お金も入ってきます。   堀江貴文氏がよく「好きなことをやりゃいいじゃん」という意味のことを述べるのも、そういうメカニズムがあってのことです。want toは生産性が高くなるので、それが社会の要求と合致すれば、勝手にお金が入ってくる……というシステムになっているのです。 世の中は、意外とうまくできていますね。 多動力 (NewsPicks Book) posted with ヨメレバ 堀江 貴文 幻冬舎 2017-05-27 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ:「のめり込む対象」を見つけるのは意外と時間がかかるけど、見つけたときの安心感は格別 最近、「自分の時間を取り戻そう」という価値観がだんだん共有されてきているような気がします。   昔から「レールの上を走るだけの人生はやだ」みたいなことをいう人はちらほらいたのですが、 情報化社会が進んで情報格差が広がった結果、 多くの人が依然として「年収○○万円は勝ち組」「学歴○○なんだけどどう?」といった奴隷の鎖自慢みたいな価値観を強めるなか、 一部の人は「自分のやりたいことをやればいいじゃん」ということに気が付き始めているのではないのでしょうか。   「やりたいこと(かつ社会の利益になる箏)をやる」と「やりたくないけど必要なことをやる」とでは、生産性で大きな差が付きます。合理的なのは「want...

「みんなと一緒がいい」は洗脳であり幻想。「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」だ

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「孤独」についての記事です。 現代は、何かと「みんなと一緒であること」「普通であること」「ほかの人によく見られること」が重要視される時代であると私は感じています。 そんな時代にあって、「孤独な時間に耐えられない人」が増えつつあるのではないでしょうか? 今回は、そんな「孤独な時間」について書いてみます。 「みんなと一緒がいい」は洗脳であり幻想。「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」だ 「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」 今回の記事で私が言いたいのは、これです。 「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」が、「孤独になってみる」こと。 孤独な時間の「質」と「量」が充実すれば、無能と言われる人が有能な人を追い抜くことができる。 逆に、孤独な時間の少なすぎる人=いつも他人と一緒に行動する人は、いつまで経っても無能から脱却するチャンスがない。 以下、説明していきます。 孤独のチカラ posted with ヨメレバ 齋藤 孝 PARCO出版 2005-07 Amazon Kindle   なぜ、「孤独の時間が少ない」ほど、特に「現時点で能力のない人」が成長できないのか? 「孤独の時間が少ない」と、人間の成長速度はかなり遅くなります。 特に、「いまの時点であまり能力のない人」が成長する速度が遅くなります。   これは理屈で考えればわかることです。 なぜ、「孤独の時間が少ない」ほど、特に「現時点で能力のない人」が成長できないのか? 主な理由は2つあります。 1.みんなと同じことばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる →極端な話、もしみんなが一日中まったく同じ訓練をさせられるとしたら、もっとも成長するのは「もともと能力が高い人」のはず。 みんなが同じメニューをやるのだから、現時点で能力の低い人が現時点で能力の高い人に勝てるまで成長するわけがない。   2.「自分の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」は、「孤独の時間」にしかできない →自分の能力をいちばん伸ばせるのは、自分だけのためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練です。 全体練習はみんなで同じメニューをやるものですから、その時間に個人的なオーダーメイドの訓練をすることはできません。 個人のためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練が効率的にできるのは、「孤独な時間」だけです。     以上の三つの理由を、「野球チーム」の例をとってみていきます。 ひとりぼっちを笑うな (角川oneテーマ21) posted with ヨメレバ 蛭子 能収 KADOKAWA/角川書店 2014-08-18 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo 1.みんなと同じことばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる たとえば野球の場合、 「全体練習が多いチーム=孤独の時間が少ないチームほど、能力の低い人が能力の高い人に追いつくことは難しくなる」 のです。   全体練習というのは、基本的に「能力のある人も能力のない人も、みんなが一斉に同じメニューをこなさなければならない」ものです。 特に、「みんなが一斉に同じメニュー」というのがミソ。 へたな人もうまい人も同じメニューをやるのでは、「へたな人がうまい人に追いつく」のは難しいのは当然ですね。   みんなと同じことをやっている限り、個人の実力を爆発的に伸ばすことは難しい。 よく言われる通り、「個人の力は個人練習でしか伸びない」わけです。 全体練習というのは、多くの部員たちの要望に応える最大公約数的なものです。 わざわざ個人のために全体の時間を割いてはくれません。 つまり、「1.みんなと同じこと(=全体練習)ばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる」のです。 まさに、「孤独の時間が少ないと、能力のない人が能力のある人に勝つことは難しい」。     おまけに、全体練習というのは本質的に「have to」です。つまり、「やらないといけないもの」なのです。 人間の脳は、外部によってなにかを強制されることが大嫌いです。 自分の中から湧いた好奇心・欲望のままに好きなことをやるのは大好きですが、嫌いなことをやらなければいけない場合には、とたんにやる気を失います。 「よし、これから勉強しよう」とwant toになった子供に、 その子のお母さんが 「タカシ(仮名)!!! なに遊んでんの!!! 勉強しなきゃダメでしょ!!! 良い学校に入れないわよ!!!」 と命令したら、子どもはゲンナリして勉強へのやる気がかなり削がれるはずです。   これは学校の授業なんかでも同じ。 「みんなに一緒の授業を受けさせる」ということは、自発的な動機=want toをまるで無視しているので、どうしても「have to」からスタートすることになってしまいます。 もともとがhave toなのだから、個人の意欲なんて出なくて当然でしょう。   そして野球の全体練習も、もとがhave toです。   当然、「生徒の自主性(=want to)を重んじた全体練習(=have to)をしている」というのは完全に矛盾しています。 本当にwant toであれば、個人個人を放っておいても勝手にやります。 そして、その「放っておいてもやるwant toの個人練習」こそが、その人の能力を爆発的に引き上げる鍵となるわけです。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle 楽天ブックス 楽天kobo   2.「自分の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」は、「孤独の時間」にしかできない 「放っておいてもやる個人練習」こそが、その人の能力を爆発的に引き上げる鍵となるのですが、 その「放っておいてもやる個人練習」とはつまり、「その選手の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」なわけです。   たとえば、「打者がかすりもしないストレートを投げたい」という目標を持った投手がいるとします。 このとき、その投手に「孤独な時間」が多ければ、ストレートを磨くためには何が必要なのかを考えてじっくりと個人練習できます。   自分のピッチング動作のロスがどこにあるのか? そのロスを解消するには何をするべきか? ボールの握り方は工夫できないか? 柔らかくて強い筋肉を作るトレーニングはないのか? スパイクを変えてみるか? 球の速い投手のフォームの共通点は何なのか? 栄養摂取はどうすればいいのか?   ・・・考え抜いて考え抜いて、書店に行ってスポーツ科学やら栄養学やら武道やら生理学やら野球教本やらを調べまくって、 また考えて考えて、有能なトレーナーに会いに行ったり、インターネットでサプリメントを調べたりすることによって、 「自分がストレートを磨くために行う訓練・習慣」を完全オーダーメイドで作り上げる。   そして、そのオーダーメイドの訓練を、「want to」の時間帯である「孤独な時間=個人練習」のときに高い集中力で行う。   ここまで徹底して個人の能力を伸ばすことができるのは、「孤独な時間」の特権です。   全体練習では、ここまでの思考&訓練はほぼ不可能でしょう。 全体練習でカバーできるのは、せいぜいランニングとか、キャッチボール、連係プレー、など。 個人の細かいニーズに応えることはできません。   しかも全体練習が多くなるほど、孤独な時間=個人練習の時間は圧迫されます。 一日に使えるエネルギーのうち大部分を全体練習にとられてしまえば、孤独な時間に使えるエネルギーも少なくなります。 授業中に寝てばかりいる野球部員がいい例でしょう。   つまり、全体練習が多いと、個人の上達速度は結果として遅くなる。 全体練習でたくさん練習した場合、すでにうまい人にはある程度の恩恵があるかもしれないが、 現時点で能力のない人が個人練習で差を詰めることはかなり難しくなる――ということです。 心の野球 超効率的努力のススメ (幻冬舎文庫) posted with ヨメレバ 桑田...

やりたいことをやるだけ!幅広い分野の知識が簡単に身につく方法

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 最近私がはまっているのは、 「やりたいことをやることは人生にどんな影響を与えるのか」 「やりたいことをやって生きる人と、やりたくないことをやって生きる人との間には、どれくらいの差がつくのか」 を考えることです。 今回もまたそのテーマに沿って、「やりたいことをやるだけで幅広い分野の知識を身に着ける方法」を考えていきます。 やりたいことをやるだけ!幅広い分野の知識があっという間に身につく方法 「やりたいことをやる」をコントロールする技術 「やりたいことをやる」>>>>>「やりたくないことをやる」 これは最近の私の実感なのですが、 「本当にやりたいことをやっているだけでも、一日は終わる」 んです。本当にやりたいことというのが多すぎて、片っ端から手を付けていっても、かなりの時間がとられます。   そんな日々の実感からすると、 「ちょっと待てよ……世の中のたいていの人って、やりたくもないことをやって一日の大半を終えてるのか!?」 「やりたいことをやるだけでも一日が終わるってのに、やりたくもないことで一日の大半を消費してしまったら、 やりたいことをやる時間なんて全くなくなるじゃないか。それなのに、ほとんどの人がやりたくもないことを我慢してやっている…… この社会は狂っている! やりたくもないことをやらないと生きていけないと思われている今の社会の姿はおかしい!」 と思わざるを得ません。   実際、「やりたいことをやる」と、あっという間に時間が経過します。 「寝食を忘れて」「寝る間も惜しんで」「三度の飯より」という言い回しがあることからもわかるように、好きなことに没頭しているときの人間の集中力・スタミナというのは無尽蔵です。 私の個人的な懐古ですが、少年時代を思い返してみると、 典型的な夏休みの一日は、ラジオ体操→友達の家に遊びに行く→昼三時ごろに帰ってきて高校野球の第三試合を見る→夕方にクワガタ採り→夜は勉強と読書と金曜ロードショー みたいな感じだった記憶があります。基本的に一日中やりたいことばかりやっていたのでまったく疲れませんでした。   ほんらい、人間には誰にでも、「夢中になる」=フロー状態に入ることのできる能力が備わっています(下の記事参照)。 https://kuritoritarou.com/post-2036/ その一方で、「やりたくもないことをやっている人の主観的な時間経過のスピード」はなんと遅いことか。 あるいは、やりたくないことをやることによって、いかにエネルギーが消費されることか。   たとえば、やりたくないことをやらされる、の典型である学校の授業は、「50分 or 90分やったら、必ず10~15分の休憩を入れる……を5~7コマ程度繰り返す」というサイクルになっています。会社の労働パターンもほぼ同様です。授業や労働が終わればかなりクタクタになります。この「やりたくないことをやらされる方式」を採用している限り、一日のなかで勉強したり労働したりできる上限の時間はせいぜい8時間が限度です。   しかし、「やりたいことをやっている状態の人」であれば、8時間縛りなんてありません。 八時間どころか、「寝る時間以外ずっと自分のやりたいことをやり続ける」こともできます。 魅力的な研究テーマを見つけた研究者や、面白い本を読み始めたときの読書家、 作品を仕上げにかかるときの芸術家なんかをイメージしていただけるとわかりやすいでしょう。   この「やりたいことを徹底的にやるモード=フロー状態」は、 ①精神的スタミナが無尽蔵になり何時間でも熱中できる ②知識の吸収速度が爆増する。おそらく「やりたくないことをやらされる」の10倍近いペースで学習できるのでは ③楽しい。主体的に学習できる ④お金に換えようと思えばいくらでもマネタイズできる可能性がある という点において、「やりたくないことをやらされる」よりもはるかに素晴らしいといえます。 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス   だから、知識の幅を広げるには「やりたいこと」の幅を広げればいい! ……ということは、「やりたくないことをやる」を極力ゼロにして、ひたすら「やりたいことをやる」のが最善なわけです。   しかし、ここでジレンマが発生します。 世の中の多くの大人たちが言う通り、 「人間が生きていくためには、自分がやりたいと思わないことでもやらないといけないときがある」 のです。   たとえば、小さいころからゲームに熱中し続けてきた人の例。 ゲームに熱中することの是非は置いといて、一日15時間くらいずっとゲームをやっている生活を長年続けていくと、 「人間関係を構築し、良好な状態に保つスキルが欠如する」 「必要最低限の経済の知識や社会の知識といった、生活を営む上で避けて通れない知識が不足する」 といった問題が発生します。   こういった生活のための知識が不足していれば、だいぶ困ったことになりかねません。 極端な話、ゲームに熱中するあまり、生きていくために必要な資源すら枯渇して餓死してしまうこともあり得ます。   つまり、「やりたいことをやる」こと自体は非常に優れたアプローチなのですが、 その「やりたいこと」があまりにも浮世離れしていたり、範囲が狭かったりすると、 今度はバランスのいい生活ができなくなってしまう……という本末転倒な結果になるのです。   早い話が、やりたいことだけやっていると「自分の専門外の知識」がゴッソリと抜けてしまい、それで困る可能性があるわけです。 なにもゲーム中毒の人に限らず、ネット中毒の人、研究者、芸術家などもこういった状況になりやすいといえます。   この「やりたいことだけをやる方式」の唯一といってもいいデメリット(知識の幅が狭くなる)を解消する手段はあるのでしょうか? 「やりたいことだけをやりながら、上手に生きるのに必要な知識はもれなく身に付ける方法」はあるのでしょうか? シリコンバレー式 自分を変える最強の食事 posted with ヨメレバ デイヴ・アスプリー ダイヤモンド社 2015-09-18 Amazon Kindle 楽天ブックス   そして、やりたいことの幅を広げるには、「本当に実現したい、高い高いゴール」を設定することがスタート! 実は、あります。 「やりたいことだけをやる」というスタンスを崩さずに、幅広い分野の知識を習得することのできる唯一の方法があるのです。   それが、「本当に実現したい、高い高いゴール」を設定することです。 ゴールというのはもちろん未来に設定するもので、条件は二つ。 ①本当に自分が心の底から達成したいwant toのゴールであること ②ゴールとして高いものであること。他人にうっかり漏らしたら「バカじゃねえの」と言われるレベル 一般的な「目標」と違うのは、特に②です。 ふつう、「目標は可能な限り高く」と言われると思いますが、「可能な限り」なんて考えなくていいのです。可能かどうかを考えると、現状の自分の状態に縛られます。ゴールを達成した未来の自分のつもりになって考えてみれば、出発地点がどうであろうと良いのです。   このようなゴールを設定しておくことが、なぜ「幅広い知識の習得」につながるのか? それは、先ほどのゴールの条件から考えてみればわかります。 ①本当に自分が心の底から達成したいwant toのゴールであること →そこに至るまでに必要な能力・知識を身に付けることもまた「楽しいこと」になる。つまり、普通であれば見向きもしなかった能力・知識が、「身に付けたいこと」に変わる   ②ゴールとして高いものであること。他人にうっかり漏らしたら「バカじゃねえの」と言われるレベル →ゴールが高ければ高いほど、そこに至るまでに必要な知識の幅が広くなる。たとえば、「世界から貧困をなくす」というゴールのためには、英語・経済学・農学・政治学…といった極めて広い範囲の分野の知識が必要になる 「①本当に達成したい、②高い高い ゴール」を設定すれば知識が勝手に身に付くのは、こういうわけです。達成したいゴールに至るまでの道のりがすべて「want to」になり、その高いゴールを達成するためにはあらゆる分野の知識が必要になる。 だから、知識量はガンガン増えるし、知識同士の化学反応も盛んになる、というわけです。   ひっくり返してみればよくわかります。 「たいして達成したくない 低い ゴール」=たとえば「年収150万円くらいで自分ひとりだけ生活できればいいや」といった目標だと、おそらく無気力&知識の幅の狭い人になると思われます。   知識量を増やしたいなら、まず第一にすべきは「want toの高いゴールを設定する」です。 「生」と「死」の取り扱い説明書 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 ベストセラーズ 2010-06-26 Amazon Kindle 楽天ブックス   勘違いしがちなのですが、たいていの場合は 「知識量があって有能な人だから、目標が高くなる」のではなくて、 「目標が高いから、知識量が増えて有能になる」のです。 まったく同一の能力を持った二人でも、ゴールの高低によって将来的には大きな差が付くことになります。   なお、余談ですが、ゴールを持つことのメリットは他にもあります。 1.自分なりのゴールを持つと、他人に流されなくなり、メディアや環境から受ける洗脳を解除しやすくなる 2.普段の生活における意識レベルが勝手に上がる 1.は、「自分なりの基準を持てるようになる」ということであり、 2.は、「意識が高くなる」「努力のレベルが上がる」ということです。   「何のために生きているのかわからない・・・」と途方に暮れている人は、 この「本当にやりたい&高い高いゴール」をまずは設定しようとしてみてください。 完全にガチッと決めなくてもいいですから、 「できるできないは置いといて、自分は本当はなにをやりたいのか」 を探ってみてください。 意外と自分が「やりたいと思っているけどできないと諦めていること」にまみれていることに気が付くはずです。 「意識高い系」の研究 (文春新書) posted with ヨメレバ 古谷 経衡 文藝春秋 2017-02-17 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ いま世の中で「常識」「あたりまえ」「正しい」と思われていることのなかには、間違ったものがたくさんあります。   たとえば、現行の教育制度・労働制度のなかにもおかしいものがたくさん。 ・競争原理や将来への恐怖を利用して「やりたくない勉強をやらせる」教育システム ・個々人に「忠実な奴隷」「優秀な労働力」としての役割を期待し、やりたいことをやらせずに飼い殺しにする企業の態度   自分なりのwant toの高いゴールを持つと、これらの「なぜか社会的に常識だと思われていること」を疑えるようになっていきます。いわゆる「脱常識力」がつくというわけです。   知識の幅も広がるし、知識の量も増えるし、有能になるし、常識を疑えるようになるし、 「自分なりのwant toの高い高いゴールを持つ」ことにはメリットしかありません。 人生の満足度が低いと感じている人・自由度が低いと感じている人、ぜひやってみてください。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。 世界のエリートがやっている 最高の休息法――「脳科学×瞑想」で集中力が高まる posted...

「やりたいことをやって生きる」「好きなことを徹底的にやる」生き方の注意点

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「やりたいことをやる」にあたって、ぜひ気を付けておいたほうがいい注意点を一つ解説します。 「やりたいことをやって生きる」「好きなことを徹底的にやる」生き方の注意点 「やりたいことをやる」には、冷徹な目でのリスク管理が必要 夢を折る2つの原因 小学生に将来の夢を尋ねる、というのは学校でよくやっていることです。 「夢はプロ野球選手です」 「将来は小説家になりたい」 職業はゴールにならないよ、ということは置いといて(後日書きます 小学生の多くは、その後月日が経つにつれて「公務員志望」「給料のいい会社・待遇のいいところに就職したい」というふうに考えを変えることになります。平たく言えば、ほとんどの夢は挫折してしまうわけです。   ここで、なぜ夢を持っている人の多くが挫折しているのかの要因を考えてみると、 1.周囲のドリームキラーの言いなりになった 2.椅子取りゲームにクソ真面目に参加した この二つが主要因だと私は思います。 まずは親を超えなさい!~最新の脳科学と認知心理学を基にした自己実現プログラムTPIE公式ブック~ posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2009-07-07 Amazon Kindle   1.周囲のドリームキラーの言いなりになった 1.は、「プロ野球選手になるなんて現実的に不可能だ。馬鹿言ってないで勉強したほうが身のためだ」とか、 「おまえはアイツと比べてこんなに下手じゃないか。プロ野球選手になんてなれっこないよ」とか、 「素質がないやつにはプロ野球は無理だ、あきらめなさい」 といったものが典型的です。他人と比較したり、過去の実績不足を指摘したり、より安定しているように思える選択肢を強要したり、不確実なはずの未来を断言したりといった、現実的で親身な(あるいは逆に悪意をもった)アドバイスのことを指します。   2.椅子取りゲームにクソ真面目に参加した 2.は、他者が枠組みを用意した「椅子取りゲーム」にまじめに参加してしまったがゆえの悲劇です。 椅子取りゲームというのは、かならず脱落者が出ます。 プロ野球選手はテストかドラフトでとられるわけですが、いずれも椅子取りゲーム方式で、定数はだいたい決まっています。 小説家や漫画家なども同様で、基本的には「狭き門」です。狭き門である以上、定員があって当たり前です。   注意すべきなのは、そもそもその椅子取りゲームに正当性があるのかははなはだ怪しいということ。そして、目先の椅子取りゲームに集中するあまり視野が狭まる可能性があるということです。 つまり、「椅子がどれだけ早くとれるか」というのは他者が勝手に定めたルールですから正当性は怪しいですし、目の前の椅子取りゲームに全精力を注ぎ込む以外になにか良い方法があるかもしれないのに無視してしまうことにもなります。 椅子取りゲームといえば典型的には高校野球がそうで、甲子園行きの切符というひとつの椅子を目指すあまり視野が狭くなるという結果になりかねません。   話が逸れますが、 良識ある大人のふりをして「所詮、プロ野球選手になれる絶対数は限られているのだから、誰でも必ずプロ野球選手になれるわけがないのだ」と言うのは簡単です。しかし私は天性の天邪鬼なので、そこを疑っています。 そもそも、「この世に絶対的なものは絶対に存在しない」ということが数学的に証明されている以上、「お前は絶対にプロ野球選手になれない」という物言いはおかしいのです。   可能性としては0.0001%くらいあるかもしれませんし、革新的なアプローチを見つければ確率はあっという間に高くなります。 たとえば、高卒の時点では110キロ程度の球速で、「こいつは無理だな」と思われていた投手でも、椅子取りゲームから一旦離れて広い視野で練習・トレーニングを積めば、球速が140キロを越すかもしれません。そうなれば既に「プロ入りは無理だな」というレベルではありません。 椅子取りゲームにとらわれないこと、ドリームキラーの言うことを無視すること、ゴールを高く持つことができればいい、ということになります。   話を戻すと、野球の場合は、椅子取りゲームに参加することによって、以下のような選択肢が盲点になります。 ・もしかしたら、画期的なトレーニング法を組み合わせて飛躍的な能力アップができるかもしれない ・プロ野球の仕組みそのものが変わって、よりプロ野球選手になりやすくなるかもしれない 椅子取りゲームは、既に高い能力を持っている一部の人には有利に働きます。 しかし、こういった「従来の常識に沿って判断する限り決して予想できないこと」を無視してしまう、という欠点もあるのです。 評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている posted with ヨメレバ 岡田 斗司夫 ダイヤモンド社 2011-02-25 Amazon Kindle 楽天ブックス   実は「好きなことを全部やる」ならリスク分散ができる 「椅子取りゲーム」に全人生をかけるというのはあまり賢明な判断とは言えませんし、椅子取りゲームに真面目に参加することによって盲点もできてしまうということを説明しました。 椅子取りゲームに全人生を懸けるというのはあまりにも視野が狭い。では、椅子取りゲームにすべてをかける代わりに何をするか?   それは、「好きなことを片っ端からすべてやる」ということ。片っ端とは、文字通り「やりたいと思ったことは全部やる」くらいの意味です。これが、バカなように見えて実は一番賢いやり方だと私は考えています。   たとえば私の場合、誰に言われなくてもやることは以下の通り。 ・読書、漫画を読む、動画鑑賞 ・瞑想 ・トレーニング ・文章を書くこと ・ネットサーフィン ・野球 ・頭がよくなる方法(ライフハック)の研究 etc. に加えて、将来実現したい数々のゴールがあります。 これらの複数の「やりたいこと」に全力を注いでいけば、椅子取りゲームに複数回数参加できることにもなりますし、やりたいこと同士を化学反応させることも容易です。人材としての貴重度を上げることも簡単になります。 「野球をやっている人」ならたくさんいますが、「野球をやっていて、読書が好きで、文章を書くのが得意で、ネットサーフィンが趣味で、頭が良くなる方法を研究している」ならば。かなりのオリジナリティが出せます。 つまり、自分の好きなことを片っ端からやれば、「ひとつの椅子取りゲームに全力で臨む」よりもよほどリスクが低く、かつハイリターンが期待できるわけです。好きなこと同士の相乗効果も期待できるので、それぞれの椅子取りゲームの戦績も良くなることが期待できます。   なお、椅子取りゲームにもっとも有利なのは「その椅子取りゲームそのものが好きな人」です。 たとえば、 「文章を書くのが好きな人が、工場のライン勤務をしてお金を稼ぐ」よりも、 「文章を書くのが好きな人が、web記事のライターとしてもお金を稼ぐ」ほうがロスが少ないですし、稼ぎやすいといえます。 多動力 (NewsPicks Book) posted with ヨメレバ 堀江 貴文 幻冬舎 2017-05-27 Amazon Kindle 楽天ブックス   「好きでもないことをやる」ことこそリスクが大きい 逆に、「食べていくために、好きでもないこにとをやる」というのはかなりハイリスクです。   試しに、みんなこれ本当にやりたいと思ってやってるの? と思うものを二つ挙げてみます。 ・公務員になる ・高給の大企業に入る これら二つの職種が「心の底からやりたいこと」なら良いのですが、公務員や大企業の社員になりたいというのが単に世間体を気にして・安定性を求めて・高給を求めてのことだったとしたら、はっきりいってかなり「ヤバイ」です。   まず、やりたくもないことを仕事にしたところで、大したスキルは身に付きません。やりたいことを勉強している人に比べれば、笑ってしまうほど遅々とした学習速度になります。「自分で勉強したいと思ったことをやる」のでなければ、かならず受動的な学習態度になるからです。 しまいには、やりたくもないことをやって、モチベーションは下がり、脳は鈍り、知識は身に付かず、新たなスキルは身に付かず・・・という結果になる可能性が高いのです。   ついでにいえば、公務員も大企業も入ってしまえば安心という類いの職業ではもはやないので、リストラの可能性は高まるばかりです。なんのスキルも身に付いていない人がいきなり解雇されて労働市場に放り出されたらとにかくどうなるでしょうか?   ・・・リスク管理という点から考えても、まず第一に考えるべきは、とにかく「自分が本当にやりたいことをやること」、それも「やりたいことは片っ端から全部やること」なのだといえます。 まだ東京で消耗してるの? 環境を変えるだけで人生はうまくいく (幻冬舎新書) posted with ヨメレバ イケダ ハヤト 幻冬舎 2016-01-29 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ 今回の内容をまとめると、 ・椅子取りゲームに騙されないこと。他社の尺度で競わされることになるし、視野も狭くなる。脱落者に負け犬のレッテルを貼りがち。 ・好きなことを片っ端からやること。そうすれば椅子取りゲームの称賛も高まるし、リスクヘッジもできる。 ・自分の本当にやりたいことをやらずに世間体を気にしてやりたくもないことをやるのは最悪。楽しくないし成長もしない。リスクも結局高くなる ということです。   「好きなことをやる」というのは一見わがままに見えるのですが、実はリスク管理の面でも効率の面でもメリットが大きいやり方です。「自分の将来のためにやりたくもない勉強をする」よりかはよほどマシだと私は考えています。   これからの時代は、特に変動が大きくなっていきます。 「将来役に立ちそうだから」と思ってとった資格(たとえば会計士)が、AIや技術革新によってあっという間に無用の長物になってしまうこともあり得ます。将来のためにと思ってとった資格が紙くずになるのは精神的にかなりのダメージです。 その点でも、「自分の好きなことをひたすらやって、そこから活路を見い出す」というアプローチは優れています。もともと好きでやっているのですからいくらでも努力できます。 好きなことができて、しかもそれが一番効率が良い方法である――というのは最高ですよね。   固定観念をゆっくりとほぐして、これからの激動の時代でも生き抜いていける賢さを身に付けましょう。   以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。   立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス  

人間が一番集中できるのは「やりたいことをやっているとき」である…好きなことだけをやるべき理由その①

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、最近関心がある「やりたいことをやるべき理由シリーズ」です。 「やりたいことをやる」「好きなことだけをやる」というフレーズを耳にすると虫唾が走る方にぜひ読んでほしいと思います。 人間が一番集中できるのは「やりたいことをやっているとき」である…好きなことだけをやるべき理由その① 人間は、目の前のことに気を打ち込むことが気持ちいい フロー状態・ゾーン・トランス状態・変性意識状態 何かに夢中になって時間がたつのを忘れていた、という経験はありますか? 読み始めた小説が思ったよりおもしろくて、夜更かししてしまった。 部屋の片づけを始めたら、いつの間にか二時間くらい経っていた。 「えっ、こんなに長い時間集中していたのか!」とびっくりしたことのある人は多いんじゃないでしょうか。   そんな無我夢中の状態のことを、心理学では「フロー」と呼びます。 wikipediaによると、 フロー (英: Flow) とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱され、その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。 とのことです。フロー状態に似た言葉としては、ゾーン・トランス状態・変性意識状態などが挙げられます。 やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につけるposted with ヨメレバアンジェラ・ダックワース ダイヤモンド社 2016-09-09 Amazonで見るKindleで見る楽天ブックスで見る ...

今年の夏はサボローと一緒に過ごそう。「やらされる・やる必要のある勉強」は今すぐ捨てよう!

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、いつもの通り常識をひっくり返そうと思います。 「学生はひたすら勉強すべきである」 「いま勉強しておかないと、将来いい会社やいい学校にいけないよ」 という通念は、私からするとおかしなものにしか見えません。 今年の夏はサボローと一緒に過ごそう。「やらされる・やる必要のある勉強」は今すぐ捨てなさい! そもそも「やりたい勉強以外の勉強」なんて必要ないはず やりたくない勉強をやらされる社会は間違っている このキャラクター、知っていますか? サボロー君と言います。 もともとは明光義塾のポスターに登場するキャラクターで、 「夏休みはいろいろ誘惑があるけど、それに負けちゃいけないのよ。 いましっかり勉強しておくのがあなたの将来のためなのよ」 ということを受験生たちに教え込むための存在でした。 YO!サボローposted with ヨメレバサボロー会議 文藝春秋 2016-08-29 AmazonKindle楽天ブックス ...

すでに日本人は「好きなことをして生きていける」豊かさを持っている

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、最近思い始めた「実は今の日本って、ほとんどの人が好きなことをして生きていけるだけの豊かさを持っているんじゃね?」というテーマについて考えたことを書きます。 すでに日本人は「好きなことをして生きていける」豊かさを持っている こだわりさえ捨てれば、誰でも「好きなことで生きていく」ことはできる ブログを書いている私のケース 「好きなことで生きていく」にあたって解決すればいいのは、「お金」の問題です。 お金に苦しくなると生活が成り立ちませんし、逆にお金さえあれば生活は大丈夫です。 (究極的にはまったくお金が無くても困らないと言えば困らないのですが、今回の記事ではとりあえずお金は必要なものとして考えます)   ・・・すると、お金に困らないためには「収入を増やしつつ、支出を減らす」という自分の経済活動の最適化をする必要があるわけです。   私の場合はこの「経済活動の最適化」を以下のようにやっています。 <インプットの質を落とさずに支出を削る> ・本は、新品でいち早く読みたいものをポイントのつく&定価が安いKindle版で買い、それ以外は「図書館・古本」で揃える ・読まなくなった本は「ブクマ!」や「古本を段ボールに詰めて送れば換金してくれるサービス」を使ってお金に換える(そのお金でまた新品のKindle版を買う) ・見たい映画は極力Amazonのプライムビデオか図書館のAV資料コーナーを使う ・KindleUnlimited(月額980円の読み放題)に登録して、面白い本を探す →インプット代はほとんどかからない + 部屋の中のモノが減る、の一石二鳥 さらに、 <収入を得る手段> ・インプットしたものから得たことをブログに書く ・ブログに書いたことをもとにして書籍をKDP出版する etc. ・・・という感じでやっています。   この仕組みを作っておいたおかげで、 「好きな『読書』『考えた・思いついたこと』を、これまた好きな『文章を書く』で社会に還元しつつ、収入を得る」 というかなりエコな状態を作りだすことができました。   あとはこの仕組みを使ってもっと収入を増やしていけば、「好きなことで生きていく」が可能になるわけです。私の場合はまだ学生なので両親からの仕送り・家賃にも頼っていますが、大学四年時までには自分で学費と家賃と食費を払えるくらいの収入になっているはずです。 好きなことだけで生きていく。 (ポプラ新書) posted with ヨメレバ 堀江貴文 ポプラ社 2017-05-09 Amazon Kindle 楽天ブックス   ちなみに、 個人的には、 「バイトをする時間があるなら、その時間で不労所得を得る仕組みを作った方が早いんじゃないかな・・・」 と思いますが、学生の皆さんどうでしょうか。   週20時間バイトするとして、一年で20*50=1000時間。 バイトだとその1000時間はそのまま時給換算の「お金」に変わるだけです。 しかし、その時間でお金が入ってくる仕組みづくりをすれば、いずれお金の量は「バイト<<<不労所得」になります。しかも、自分の好きなことでお金を稼ぐわけですから非常に楽しいし効率も良い。   中には「バイトで社会経験を~」みたいなことを言う人もいますが、社会経験なんていうあいまいな言葉のウラに隠れているのはどうも「貧乏人への道」であるように思えます。だって、「自分の時間を、他者によって定められた時給を使ってお金に換える」ってことは、どれだけ働いても時給以上のお金は稼げないわけですから。 あと、社会経験については社会に出てからでいいような気もします。おっさんから嫌味は言われるでしょうが、わざわざ予習しておく必要もないのでは。その社会経験とやらを身に付ける時間を使って不労所得を築く方がよほど得策だと思います。   なお、すでに社会人の方は仕事からの収入(と貯金)があるはずなので、「好きなことで生きていく」ための仕組みづくりをして収入が得られるようになれば、すぐに金銭面でフリーになれると思います。収入を確保し、当面の生活費を稼いだうえで「仕事をやめて独立する」というのもアリではないでしょうか(というより、仕事が嫌ならできる限り早く辞めてしまう方がいいのでは)。 ブラックバイト――学生が危ない (岩波新書) posted with ヨメレバ 今野 晴貴 岩波書店 2016-04-21 Amazon Kindle 楽天ブックス   「衣」と「住」と「持ち物」にこだわらなければイケる 「好きなことで生きていく」ためには、生活のコストも抑えるべきです。 具体的には、住居と衣服にはあまり頓着しないこと。   まず住。 私は札幌住みなのですが、札幌はおそらく全国で一番家賃が安い都市です。 1.5~2万円の家賃を出せば「まとも」なところに住めます。 光熱費込みでもかなり安いと思います。 札幌以外だと福岡あたりはエアコン付きで月4~5万くらいのようです。 どこであろうと、住んでしまえば慣れます。 人間の適応力をなめてはいけません。大金を払っていいところに住んでも、すぐに慣れてしまいます。 「ブスは三日で慣れる」のですから、みすぼらしい住居でも最初の三日間だけ我慢すればいい。 インターネットや通販が発達している現在では、田舎暮らしもいいかもしれません。 別に都市ばかりが日本ではありませんから。   服は、ユニクロやH&Mや無印良品に行けばかなり長持ちするのが売っています。 あるいは、メルカリ等で買えばもっと安く買えますね。 今は「機能性○+デザインも悪くない」という服が探せばたくさん売っているので、 自分が最低限必要な服のセットが数着あれば服は大丈夫でしょう。   「住」と「衣」については、 ①まずコストを必要最小限にまで落とす。機能性をとにかく重視する ②好きなことを極めて、それをマネタイズして収入を確保する ③生活レベルを上げても良いなと思ったら、収入の上昇に合わせて余裕をもって上げていく の3ステップで大丈夫なはずです。   あとは、身の回りの持ち物については ①他の人と共有する ②使わなくなったものはさっさと売りに出す ことです。こちらも、「支出を減らしながら収入を増やす」最適化の対象となります。 年収150万円で僕らは自由に生きていく (星海社新書) posted with ヨメレバ イケダ ハヤト 講談社 2012-11-22 Amazon Kindle 楽天ブックス 「洗脳」が解ければイケる 大衆への消費促進手段が充実している日本では、いかに「消費しろ」という洗脳を解くかが重要になってきます。   「消費しろ洗脳」についてはあまり自覚がないかもしれませんが、 「今年の服の流行はコレだよ。え、君の服なにそれ? だっさ、流行遅れじゃん。ホラみんな新しい服着てると、君も新しい服買わないと時代遅れになるよ。ダサいしモテないよ」 「ホラ、エナジードリンク飲まないと頭がさえないよ。みんな飲んでるよ」「いやいやコーヒーのがおいしいよ」 「お金がたくさんある? なら消費しよう。ほら高級外車! 高級住宅地! すごいだろ? これを手に入れればアナタもセレブの仲間入り!」 という感じでどんどん刷り込まれていきます。   この洗脳を解いてしまえば、消費しなくても済むようになります。   どう洗脳を解くか? ですが、それには ①他人に与えられた動機(ex.先ほどの消費洗脳)ではなく、自分が本当にやりたいことのために必要なものだけを揃えるようにする ②頭のレベルを上げて、「ああこれは消費させようと洗脳してるんだな」と見破れるようにする のが先決です。 要は、頭の良い人になって、自分が本当に達成したいゴールを見つけようということですね。   収入の分だけ消費してしまうと生活が苦しくなります。 ですから、「好きなことで生きていく」ためには、消費洗脳を解いて金銭面でフリーになる必要があります。 洗脳経済 150年の呪縛 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 ビジネス社 2015-09-19 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ まとめると、戦時中の日本じゃないですが、「ぜいたくは敵だ」ということになります。 ぜいたくさえしなければ、今の日本では「好きなことで生きていく」環境は揃っているのです。 ただ誰も気が付いていない(あるいは調べようとしない)だけで、ちょっと頭を使えば生活にかかるコストは驚くほど安くなります。 まずは経済活動の最適化からやってみてください。   以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。   まだ東京で消耗してるの? 環境を変えるだけで人生はうまくいく (幻冬舎新書) posted with ヨメレバ イケダ...

「地頭そのものを総合的に良くする」アプローチって最強じゃね? と思った話

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、私がずっと興味をもって調べ続けている「地頭そのものを良くする方法」の可能性についての記事です。 ぶっちゃけた話、これまでの大半の勉強法や記憶法というのはどれも「頭のいい人ほどうまくできる」ものだったので、 そういう勉強法・記憶法といったものをやっていても「頭のいい人と悪い人の差」は縮まりませんでした(原理的に)。 しかし、もう一段抽象度を上げれば「じゃあ、地頭そのものを良くしよう」というアプローチをとればいいじゃないかという話になります。 そう思っていろいろ調べているなかでわかってきたことがいくつかあるので、この機会にお伝えします。 「地頭そのものを総合的に良くする」アプローチって最強じゃね? と思った話 「そこそこパラダイムシフト感あるよねこれ」と思い始めた 「頭が良くない人」が「頭の良い人」に変われる 冷静に考えてみると、これまでの日本の教育って「地頭そのものを向上させる」っていう視点がまったくなかったんです。 たとえば、成績の悪い子がいたら、先生が付きっきりになるか、補習などを行う。これだと先生にも負担が大きいですし、生徒が自分で何をすべきかを考える機会も乏しい。 しかも、これは地頭を改善するためにはほとんど役に立ちません。地頭を改善しない以上、根本原因はそのままです。補修ラッシュになり、教師の労働時間は伸びていきます。   地頭そのものを向上させる普遍的なアプローチを完成させてしまえば、この問題は解決します(これこそ今まさに私がやっていることです)。子どもは確実に成績が向上し、教師も負担が減ってWinWinです。   ちなみに、「結局、みんなの頭が良くなってしまったら、相対的には以前と同じ競争になってしまうんじゃないの?」と思う人もいるでしょう。 しかし私は、みんなの頭の良さが一定のラインを越えた時点で、「他人との比較なんてどうでもいいや」と悟るようになると予測しています。比較して一喜一憂することはたいした利益のないことなので。   とにかく、「地頭そのものを良くする」とううアプローチさえ完成させてしまえばこっちのものです。自分で自分の頭を良くする方法を確たる方法論として頭が良くなりたい人のために提供すれば、多くの人がそれを使ってセルフヘルプすることができます。   そういえば、ユヴァル・ノア・ハラリとかレイ・カーツワイル(どっちもすごい人)が言ってたんですが、 将来の人類は「超人類(ポストヒューマン)」という存在になるみたいです。なぜ超かというと、自分で自分の能力を上げていけるから。 「地頭そのものをよくする」という発想も、これと共通している気がします。もう少しすれば人々は、自分で自分の能力を効果的に上げる方法を血眼で探すようになるでしょう。 その時に備えて、私は着々と準備を続けておくつもりです。 サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福 posted with ヨメレバ ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社 2016-09-08 Amazon Kindle 楽天ブックス   「頭がよくなる」ことによって解決する問題一覧 地頭が良くなるアプローチはそのまま「体調も良くなる」「アンチエイジング」「成人病予防」「精神病対策」「免疫力強化」「ダイエット」にも活かせる包括的なものになっているので、いろいろなことに役立つはずです。 たとえば、 ・医療費削減 ・犯罪率の低下 ・教育問題の解決 ・人々の幸福度の向上 ・自殺率低下 ・健康寿命が延びる ・民主政治が今よりうまく回るようになる 国民の地頭が良くなれば、これだけの問題が解決する可能性があります。少なくとも、悪い結果にはならないでしょう。費用対効果を考えた場合、いちばん根っこの問題である「個人の頭のレベルが高くないこと」を解決するのが最も手っ取り早いと思います。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle 楽天ブックス   「地頭そのものを総合的に良くする」アプローチが教育に与える可能性 地頭が良くなる方法がいちばん潜在的なニーズを持っているのは、やはり「教育」だと思います。 受験界や進学校の人々はこういう情報を死ぬほど求めているでしょうから、誤解の少ない形できちんとしたマニュアルを整備して提供すれば、あっという間に広まる可能性があります。たとえば、「地頭を良くすることの大切さ」に気が付いた学校があれば、そこで実験がてらこのアプローチを試してみてもらう。そこで採れたデータがあれば、「ほらやっぱり頭は良くなるんですよ」と堂々と言えることになります。 方法論が広がるスピードが早くなれば誤解もある程度生じるでしょうが、そこを鎮静化させられるだけの正確なデータを提示してやれば、スピーディーに多数の子供たちに影響を与えることができます。 一般的には「教育の効果が出るのは数十年後だ」というのが常識ですが、インターネットの情報拡散力と資本主義の競争圧力をうまく使えば、数年で目覚ましい効果を出すこともできるでしょう。地頭は三カ月もあれば見違えます。一年あればまるで別人になります。 そのために今は、即効性も永続性もあるアプローチを研究しています。 ディベートで超論理思考を手に入れる 超人脳のつくり方・増補版 DVD付 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2011-05-06 Amazon Kindle   まとめ 私がこの「地頭が良くなる方法」を考え始めたのはそもそも、「遺伝とか環境とか越えられない才能の壁とか言うけど、それを人為的な働き掛けによって克服できないか?」というきわめて諦めの悪い発想が浮かんだからです。 そのために色々な文献を読み漁ってきたのですが、ふと気が付いたのは、「脳の専門家とか、食事療法の専門家とか、トレーニングの専門家とか、勉強法の専門家とか、瞑想の専門家とか、色々な分野のエキスパートが世の中にはいるもんだけど、それらを統合できている人ってあまりいなさそうだなぁ」ということです。 スペシャリストはいるが、ジェネラリストがいない。 なら、自分がなろうと思いました。 各分野の専門家や科学的な立場の人々からは反感を買うかもしれないけど、社会の役に立つためには領域横断的なことをやっておく必要がある。科学はたしかに再現性もあるし信頼もできるんだけど、科学を効率よく実用化するときには科学者だけの力では足りないと私は思っています。科学を実用化するときには、企業やマーケティングといった産業面からの協力がなければ効率が悪いと考えているのです。   とりあえず、私は当面の間、 「地頭そのものを良くするアプローチ」について広く・できるだけ深く調べつつ、 それを極めて実践的で扱いやすい形に仕上げるために行動していきます。 「地頭そのものを良くするアプローチ」の威力を世の中に示すことができれば、と思います。   今回は日記調というか、自分のノートに書きなぐるような内容になってしまいましたが、 以上が自分の偽らざる気持ちであり、考えていることです。   以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。 脳を最適化する ブレインフィットネス完全ガイド posted with ヨメレバ アルバロ・フェルナンデス,エルコノン・ゴールドバーグ,パスカル・マイケロン CCCメディアハウス 2015-10-22 Amazon Kindle 楽天ブックス

「頭が良い奴は性格も良い」のはなぜなのか?

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 私は常々「人々の頭が良くなれば、世の中の大抵の問題は解決する」と言っています。 しかし、そう言うと決まって出てくる反論が 「頭が良いだけの人間は冷たい!人間性に欠ける!」とか 「頭の良いはずの官僚たちは人々から搾取しているじゃないか!」というものです。 そこで今回は、自説の補強のために 「頭がいい人ほど性格が良くなる理由」をお伝えします。 「頭が良い人ほど性格も良くなる」のはなぜなのか? 頭が良い人ほど「利他的」にふるまう 頭の良さ・性格の良さとは 議論の前に、前提をはっきりさせておきましょう。 私が言うところの「頭が良い」とは、「地頭が良い」ということを指します。地頭とは、「バランスよく能力が発達していること」を指します。「バランスが良く」というのは、H・ガードナーという偉い人が提唱したような、「複数の知能がどれもある程度のレベルにあること」を指します。コミュ力、数学・論理的思考力、国語力、メタ認知能力など。漠然とした定義かもしれませんが、「バランスがとれている=極端にならない」のが肝心です。   また、「性格が良い」とは、「利他的にふるまう度合いが比較的高い」ことを指します。 その人の本性は関係ありません。 本性が良かろうが悪かろうが、表向きの行動さえ一緒であれば、周りの人にとっては同じことです。   ですから「頭が良い奴は性格が良いのはなぜか、の理由を述べる」というのは、 「地頭の良い奴ほど利他的にふるまう度合いが強いのはなぜなのか、を説明する」ということです。 頭が良くなる ユダヤの勉強法 (中経の文庫)posted with ヨメレバ青木 偉作 中経出版 2009-08-27 AmazonKindle楽天ブックス ...

効率が悪い&つまらない「講義形式の授業」は即刻廃止せよ!代わりにやるべきなのは「音読+議論」だ! その2

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 「大学の授業はつまらない」とよく言われます。 受けている人がつまらないからつまらないと感じる訳ではなく、もう純粋につまらない、と。 学問の中身そのものは面白くても、授業はつまらない、と。   一部の熱心な先生は面白い・生徒の興味を引き付ける授業をされていますが、 大概の先生方は、 「授業とはつまらない・難しいものである。しかし学生諸君、それについてくるのが君たちに求められる仕事だ」 とでも言いたげな、それはもう眠たくなる講義をされています。 こんなのはおかしいじゃないか! と思ったので、 今回の記事では、 ①「講義形式の授業」の代わりになるものを提案 ②その方法にはどんなメリットがあるかを紹介 します。 効率が悪い&つまらない「講義形式の授業」は即刻廃止せよ!代わりにやるべきなのは「音読+議論」だ! その2 知識を習得できる速度は圧倒的に「音読>>>授業」だ 「音読」なら「小学校で1000冊・中学校で500冊・高校で500冊・大学で1000冊」を楽しく読めてしまう 音読の一つの長所として、 「音読自体にゲーム的な要素が強いため、楽しい」 という点があります。音読は「口を動かす」「速いスピードで処理する」といった身体的な要素も含んでいるのです。音読であれば、意味がわからなくてもとりあえず進んでいけます。逆に、「教科書のような堅い本を黙読する」というのは、学生にとっては相当な苦行のはずです。   たとえば「三時間教科書を黙読しつづける」というのは、たとえ休憩を適宜とったとしても相当ハードだといえます。 しかし、「三時間教科書を音読し続ける」のであれば、慣れてしまえば簡単にできることです。音読はゲーム感覚で続けられるということですから。   さらに、「音読していれば、読んだ内容が勝手に頭に入ってくる」わけです。 理解する・しないにかかわらず、一度字面として読み上げたものは、人間の脳に引っかかります。   ……ということは、音読には 「長時間、楽しみながらやることができる」 「勝手に内容が頭に入ってくる」 という長所がある、という話になりますね。 本は10冊同時に読め!―生き方に差がつく「超並列」読書術 posted with ヨメレバ 成毛 眞 三笠書房 2013-03 Amazon Kindle 楽天ブックス   では、「講義形式で教科書をゆっくりと進んでいく」従来の形式と、 「教科書を音読していく」という私がおすすめする方式とでは、 どちらが「知識の習得」に向いているでしょうか?   まず、「講義形式」「音読」の進むスピードを比べてみましょう。   一科目当たり、講義形式であれば「一学期=100日で一冊」くらいのペースです。   しかし、音読なら、教科書くらいの厚さの本は数日~一週間あれば読み切れます。 教科書を一冊当たり300ページとすると、一日三時間音読すれば「100ページ/日」は読めます。 すると、300ページの分厚い教科書が、音読だと三日で一周できてしまうわけです。 仮に、一学期=約100日とすると、音読なら一冊の教科書を30周もできることになります(やるかどうかは別として)。   講義形式の場合はだいたい6~7科目程度の教科書をそれぞれ一冊ずつ、というところでしょう。したがって、一学期あたりにこなせる教科書の冊数はだいたい「5冊」ほどです(通年で一冊終わらせる科目もあるので)。これは私の学生時代の実感にも合いますし、よほどの進学校でない限り皆さんの学校でもこのくらいのペースだったはずです。 しかし、音読であれば、一学期あたり「30冊分」は読み切ることができます。もちろん、音読の時間を増やせばもっともっと読み切れるし、音読に慣れるほど読む速度も上がっていきますから、潜在的には「一学期で50冊分読み終える」のも可能です。   したがって、音読を一日三時間として、講義形式を一日六時間とすると、だいたい 「講義形式:音読=1:5」 くらいの差になります。講義形式が5冊進む間に、音読では30冊進むのですから。 さらに、時間当たりの学習総量でいえば、講義形式の方が時間が二倍かかるわけで、効率の差はもっと開きます。   最終的には、 「講義形式:一日三時間の音読=1:10」 くらいの差になります。   そう、「音読」は、従来の講義形式よりも10倍の速度で学習を進めていくことができる学習法なのです! これは決して誇張でもでまかせでもハッタリでもなく、「普通に考えればこうなる」という話です。 ほんとうに頭がよくなる「速読脳」のつくり方 (PHP文庫) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 PHP研究所 2010-09-02 Amazon Kindle   さらにさらに、小学校から大学までの6+3+3+4=16年間でこなすテキストの冊数で比較してみると、もっと差が歴然とします。 講義形式だと、平均すると一年間で15冊程度の教科書が終わります。 ですから、15冊*16年間=240冊 というのが講義形式の読書量ですね。   それに対して、音読だと、一年間で100冊分は読破できます。一日100ページ、二~三日で一冊読破ですから。 したがって、ずっと音読形式で育ってきた子どもは、100*16=1600冊 を高等教育修了までに読み終えることになります。 もちろんこれは「平均的な子ども」を想定したもので、音読が好きな子であれば「小学校で1000冊・中学校で500冊・高校で500冊・大学で1000冊=計3000冊」は音読破できるでしょう。本当に読書好きの子であれば、音読に加えて黙読もしますから、さらに読書量は増えます。   講義形式と音読教育。 240冊と1600冊。 その差はあまりにも大きいですね。   だいたい「1000冊読めば本を一冊書ける」と言われますから、音読教育で育ってきた子どもたちは、大学終了時にはすでに本を出版できるレベルの知識量が身に付いているのです。音読で文章力・国語力・思考力も向上していますし、音読する本のチョイスに自主性があるので知識の吸収効率も良い。頭の回転も速いし、弁も立ちます。 このくらいの読書量・知識量・地頭の良さを持つ人ならば、野垂れ死にすることもないでしょう。   私が「音読教育が普及すれば日本は良くなる」といつも言っているのは、決して絵空事ではないのです。 頭の良い人が増えれば増えるほど、政府や権力に上手な対処のできる人が増えます→政治の健全化。 頭の良い人が増えれば増えるほど、健康に気を遣う人・利他的に振る舞う人が増えます→医療費削減・社会のモラル向上。 頭の良い人が増えれば増えるほど、外国のエリートたちと対等or互角以上に交渉できる人が増えます→日本という国が不利益を被ることが減る。   国民の頭の良さとはそのまま、いわゆる「国力」につながるのです。   もちろん、日本人全員が頭が良くなる必要はありません。優生思想とは違います。 頭が良くなりたい人だけが良くなればいい。人間は基本的に「良くなりたい」という向上心を持っている生物なので、方法さえ開示してやれば、かなり多くの人が頭を良くしようとするはずです。   ちょっとひねくれた言い方をすると、「頭の悪さ」を許容するのは多様性の確保にもつながります。 頭が良い人が100%の社会だとかえって不都合が生じるかもしれませんから、適応力を担保するためにある程度は「頭が良くなりたくない人」を許容することが必須です。   話が逸れましたが、とにかく「講義形式にくらべて、音読は10倍のペースで学習が進む」のです。講義形式なら200冊前後のところを、音読だと2000冊前後こなすことになります。   さらに、音読にはほかにも「講義形式の授業では絶対に得ることのできないメリット」もあります。 次の項で解説しましょう。 読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門 posted with ヨメレバ 佐藤 優 東洋経済新報社 2012-07-27 Amazon Kindle 楽天ブックス   音読なら、「地頭を鍛えつつ、知識も身に付く」という一石二鳥。授業では地頭を鍛えられないし、知識が入る速度も遅い 私がこのブログで何度かお伝えしているように、 ふつうの授業=学校の授業・予備校の授業・大学の授業 を、 まじめに受ける=先生の話をノートにまとめる・板書をノートに写す・みんなと一緒に教科書を読んでいく   という「ふつうの生徒」をやっている限り、あなたの地頭は伸びません。 「地頭なんて伸びなくていいもん。一生この古いOSで我慢するもん」 というのであれば個人の勝手ですが、 あなたの頭が良くならないことで損をするのは結局あなたですし、 あなたの頭が良くならないことで社会的にもマイナスの影響があるかもしれません。   よく「中途半端に頭が良くなるくらいなら愚鈍な方がマシだ」みたいなことを言う人もいますが、愚鈍な人は搾取される運命にあります。社会の多様性という意味では愚鈍な人がいてもいいのでしょうが、あまりにも頭を使わない人が増えると政治や医療といった公共の機能が麻痺する可能性があります。少なくとも「頭を良くしようとする姿勢は持ってほしい」と思います。自分のためにも、社会のためにも。   さて、先の項では音読で教科書を読んでいく方がスムーズだという話をしました。 スムーズさという点においても音読は優れているのですが、 実は、講義形式の代わりに音読を採用することには、あと二つばかりメリットがあります。 それは、 ①「音読は脳の機能そのものを引き上げる」 ②「音読の教材をうまく選べば、知識習得も同時にできる」 という点です。 東大家庭教師が教える 頭がよくなる読書法 posted with ヨメレバ 吉永 賢一 中経出版 2009-07-31 Amazon Kindle 楽天ブックス   ①「音読は脳の機能そのものを引き上げる」というのは、要するに、 音読すればするほど・音読を続ければ続けるほど、あなたの地頭(=思考力・国語力・頭の回転・発想力など)がどんどんレベルアップしていきますよ、ということです。 音読以外の勉強法では、なかなか地頭は伸びません。いくら黙読しても、いくら記憶術を練習しても、いくら参考書にアンダーラインを引く速度が上がっても、地頭そのものを鍛えることはできないのです。 地頭が伸びるというのは、音読という勉強法のいちばん素晴らしいところでもあります。   ②知識習得も同時にできる というのは、文字通りです。 たとえばちょっと前に『声に出して読みたい日本語』という本が大ヒットしたことがありました。 あの本は、平家物語などの日本の名作をアンソロジー形式で綴じ込んだものです。   そんな感じで、音読の対象をうまく選んでやることによって、知識習得の効率がバリバリ上がります。 たとえば…… 世界史について詳しくなりたい人は、世界史の入門書5冊と、わりと専門的な本を10冊くらい、三カ月かけて音読する 文章を書くのがうまくなりたい人は、自分が好きな作家の全集を買ってきて、それを片っ端から音読していく。暗誦してしまう という感じです。   これを教育現場に応用すれば、たとえば…… 国語の時間は、生徒が気に入った作家の本をずっと音読する 必修科目にプラスして、現代社会を生き抜くのに必須な知識である「お金・IT・法律」といった分野の本をたくさん音読してもらう ということもできます。 生徒の興味に合わせて教材を選ぶこともできますし、先生が「これだけは知っておかないと将来困る」というものをおすすめすることもできます。音読には、こういう柔軟性もあるのです。   ちなみに、「講義形式」の起源は、19世紀のイギリスです。 19世紀のイギリスといえば、ちょうど産業革命の時期。 工場で働く労働者を効率よく養成するための装置として、いわゆる「学校」と「講義形式」は生み出されました。もともと、「上司の言うことを正確にこなし、時間を守り、長い時間安定したパフォーマンスを発揮できる人間」を育てるための装置として開発されたのです。 「一斉教授」を特色とするこの授業方式は、ベル・ランカスター方式とも呼ばれます。   講義形式というのは、そもそもの目的が「目上の人に逆らわない指示待ち人間」を量産するためのものです。現代の先生方は、意外とこれを忘れているのではないでしょうか。 「最近の生徒は自主性がなくなってきた」と言っている人は、まさにそこを忘れています。 講義形式という方式を採用している限り、自主性のある生徒なんてまず育ちません。なんせ、講義を聞くという行為そのものが自主性をスポイルする原因なのですから。講義を聞かないというのは反抗であり、不良というレッテルを貼られる格好の口実です。自主性のある生徒ほど授業を聞かないのは当然なのです。 すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書) posted with ヨメレバ 堀江 貴文 光文社 2017-03-16 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ 今回お伝えした「講義形式の授業よりも音読を優先すべき理由」は、以下の三つです。 1.音読は、講義形式の10倍の学習効率である。講義形式の授業では小学校~大学の16年間で200冊前後の読書量だが、音読教育であれば16年間で2000冊前後は読み切ることができる 2.音読することによって、「思考力・想像力・知識量・頭の回転の速さ・コミュニケーション能力」といった地頭が鍛えられる。地頭を鍛えるのは、講義形式だと無理 3.音読の教材をうまく選べば、地頭を鍛えながら、知識習得も同時にすることができて、一石二鳥 もちろん、「講義形式でないとできないこと」も存在します。 最先端の研究者のナマの話を聞けるとか、めちゃくちゃ雑談がおもしろいとか、 そういった講義形式特有のメリットももちろんあります。   私が言いたいのは、 「講義形式じゃなくてもできることを、わざわざ講義形式でやる必要はないよね。今の日本の教育はそれをやってしまっているから、効率が悪いし、つまらないし、生徒も先生も苦しくなっているんだよ」 ということです。   少なくとも、学校の教科書レベルのことをわざわざ授業でやる意味はありません。書店に行けばいくらでもわかりやすい本・本格的な本が置いてあります。それを選んで読んだ方がよほど有意義に時間を使えます。 「子どもは授業で強制しないと勉強できない」というのは乱暴な決め付けであり、子どもを甘く見ています。「やらされてやる」と「やりたいことをやる」のでは、幸福度も、習熟のペースもまるで違います。   子どもになにかを強制するというのは、大人としての責任を果たしているように見えますが、実際にそうとは限りません。子どもになにかを強制したところで、不利益・利益を担うのは結局子ども本人であって大人ではないからです。人間は、他人の責任をとることはできません。とることができるように錯覚しているだけです。 強制したことがプラスに出る場合も確かにあるのですが、強制したことによって子どもが何かしらの不利益を被ることもあります。親の行為が子どもに与える影響は非常に大きいのです。軽々しく扱うべきではありません。できるだけ最善の判断を積み重ね続ける必要があります。   次回(その3)は、「音読」にプラスして「議論」をやることのメリットをお伝えします。   以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。 ディベートで超論理思考を手に入れる...

「頭が良くなるスマートドラッグ」を買いに走る前に、きちんとした栄養補給できてますか?

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 「頭のよくなる薬「スマートドラッグ」がついに規制へ」というニュースが話題になりましたね。 このニュースを見ていて気になったのが、 「サプリメントと医薬品を混同してる人多いな…」 「この人たち、もしかしてチロシンとかフォスファチジルコリンとかをビタミン類だと思ってるんじゃないだろうか…」 「そもそもこの人たち、きちんとした栄養補給してから飲んでるのかな…」 という点です。 「頭が良くなるスマートドラッグ」を買いに走る前に、きちんとした栄養補給できてますか? 方向性としては間違っていない。ただ、やり方がズレている 「スマートドラッグ」の前に、「必須栄養素が不足している可能性」を疑うべきである 私は最近、「【画像】ADHDの俺が摂取してるサプリメントwwwwwww」みたいなスレをよく読んでいます。   なぜ読んでいるかと言えば、 「ADHDには薬が効く」という情報が独り歩きしているのではないか? 「サプリメントを複数種類、大量に摂れば発達障害やADHDが治る」と短絡的に考える人はどのくらいいるのか? サプリメントに関する知識や、栄養・生理学・医学の知識に乏しい人が、ネット上の知識だけを頼りにして自分なりに調べるとどういう結論に行きつくのか? が気になっているから。   ……残念ながら多くの場合、私が抱くのはこういう感想です。 「ああ、これじゃ効果ないだろうな……こうやって生半可な知識でサプリとか医薬品に手を出して失敗する一部の人が、『サプリメントは効果ゼロ!意味ない!効かない!』みたいな情報をせっせと広めるんだろうなあ」 「この人、サプリメントをこんなにたくさん飲んでるけど、肝心なところが抜けてるんだよな。これじゃプラセボ効果があるくらいで、お金の無駄だろうなあ。かわいそうに。良くなりたいと思ってやってるのはわかるんだけど、選んだ情報が外れだったんだろうなあ」   ブレイン・ブースター―頭をよくする薬、ビタミン、栄養素、ハーブ posted with ヨメレバ ベバリー ポッター,セバスチャン オルファーリ オークラ出版 1999-10-01 Amazon Kindle 最近話題になった「頭が良くなると話題 「スマートドラッグ」は本当に安全か」の記事に出てくるような子どもたちや、 あるいは「サプリを摂取すること自体が目的化しているサプリメントオタクな人」たちは、こんな風にして自分が飲んでいる薬を赤裸々に語っています。 「コリンとチロシン摂ってます」 「アニラセタム効くよ」 「フェニルアラニン、DMAE飲め」 「PS飲もう」「プラミラセタム最高」 「モダニフィルぶち込んでるよ」 「イチョウ葉とノコギリヤシとDHA・EPAを毎日飲んでる」 「ADHDだけど、なんか効くらしいから、海外から輸入したストラテラ・コンサータ・ピラセタム・リタリン飲んでる」 実際、インターネットにはそういう情報があふれています。 「○○という成分を投与したマウスは、迷路をクリアするスピードが○○%アップした」 といったポジティブな報告は、ごまんと存在するのです。   しかし、そういう論文や報告・ネット上の「これで頭が良くなる」的な情報を鵜呑みにして、「○○という薬を飲めば頭が良くなる」と考えるのは短絡的に過ぎます。それこそ「頭の悪い発想」です。 なぜなら、その発想では「薬を飲む → 頭が良くなる」というルートを支えているあるものを無視しているから。   それは、 「あなたは、頭が良くなると噂のサプリメントに手を出す前に、脳と身体がきちんと機能するために必要な必須栄養素・微量栄養素を不足なくきちんと摂っていますか?」 という点です。 この「そもそも栄養素が不足している状態」で、いくら頭が良くなる薬を飲んだところで時間の無駄です。薬の効果が出るにしても、すぐに逆戻りします。早い話が焼け石に水。   そういう「○○を飲めば頭が良くなるらしい」的な情報を得て喜んでいる人・服用しているサプリメントの種類を自慢している人を見るたびに、私は 「惜しいなあ……でも肝心なところが抜けてるんだよ!」 と歯がゆい思いになります。   それはなまじ、「心の病は食事で治す」という方向性自体は間違っていないと思うからです。   心の病は食事で治す (PHP新書) posted with ヨメレバ 生田 哲 PHP研究所 2005-02-16 Amazon Kindle 楽天ブックス 必須栄養素が足りていない状態なのに薬を飲んだところで、焼け石に水&時間の無駄&お金の浪費 私が言っている「必須栄養素」とは、かなり広い意味です。 具体的には、ビタミンはもちろんのこと、ミネラル、タンパク質・脂質が不足していないか、糖質が多すぎないか……というあたり。もちろん、必要な栄養素というのはかなりの個人差があるので、一番肝心なのは「その人の精神・肉体の機能が最適化されるような栄養摂取」です。   現代人の多くは、「必須栄養素が足りていない」状態に置かれています。 朝はパンとシリアルと牛乳、昼は野菜ジュースとコンビニ弁当、夜は定食屋かカップ麺……というようなごく普通の食生活を送っていると、たいていの人は身体か精神かのどちらかに何らかの不調をきたします。こういう食生活で平気なのは、ごく一部の、遺伝的に強い体質の人だけです。 幼少時からずっと「必須栄養素が十分ではない状態」におかれてきた人ほど、身体・脳の発育に異常なところがあったり、精神の機能に不調が出ていたりする確率が高いのは間違いありません。   「貧困→食事が不十分→脳・身体の発達が阻害される→人生で苦しむことになる→また貧困へ」というサイクルがある一方で、 「裕福→食事が十分→脳も体もきちっと発達する→活躍できる→さらに裕福へ」というサイクルも存在するのです。 貧困状態にある人が増加していること(平均年収の中央値が下がり続けている)と、現代人に精神病が増えていることは無関係ではないのです。   で、必須栄養素が足りていないとどうなるかといえば、簡単に言うとその人は 「エンジンオイルの切れかかった自動車」のような状態になります。 単刀直入に言ってヤバい状態です。   必須栄養素のバランスが崩れてくると、やる気が出ない、集中できない、頭の回転が悪い、イライラする、うつっぽい、怒りっぽい……という症状が出ます。 そこで医者に行くと、だいたいはうつとかADHDとかいった病名を付けられて、薬を処方されます。 これが先ほど述べた「頭が良くなる薬」の一部をなすものです。 ピラセタムとかストラテラ・コンサータ、リタリンなど。日本では医者が処方すべき薬が、個人輸入だと手に入る。   医薬品ですから、もちろん効果はあります。 それで使ってみた人が「この薬スゲー、これでADHDとかが治るんじゃん!」と情報を広める。 ADHDや発達障害・精神病に苦しんでいる人はたくさんいますから、そういう情報がすぐに拡散される。 今はそういう状況です。 食事で治す心の病―心・脳・栄養 新しい医学の潮流 posted with ヨメレバ 大沢 博 第三文明社 2003-02-01 Amazon Kindle 楽天ブックス   サプリメント・医薬品に頼る前にまずは「ビタミン・ミネラルを過不足なく摂取すること」を徹底しよう ただし、注意すべきなのは、 その効果は一時的なもので根本的な「栄養不足」は解決されませんし、 依存性があるもの・副作用があるものも存在します(だから医者が処方するのです)し、お金もかかる・・・という点。   ここで私が伝えたいことがハッキリしますね。 繰り返しますが、 「あなたは、頭が良くなると噂のサプリメントに手を出す前に、脳と身体がきちんと機能するために必要な必須栄養素・微量栄養素を不足なくきちんと摂っていますか?」 という点をきちっと確認しておくべきです。   そうしないと、副作用がある&高価なサプリメントをしこたま買いそろえる羽目になります。 得をするのは製薬会社だけ。あなたには何のメリットもありません。 効果があると言っても、一時的に効果が出るというだけで、「必須栄養素が足りていない」という根本原因は解決されていないのですから、再発or薬の効果が薄れるという結末になります。まさに焼け石に水です。   (……ちなみに、現在の精神医学界にはおかしい点がたくさんあります。 たとえば、「どんな性格も精神病…薬を売るために「新病名」を量産する、巨大製薬会社と医師」で指摘されているように、とりあえず病名を付けて、とりあえずたくさん薬を出しておく。 もちろん多くの医者は善意でやっています。製薬会社とつるんでいるのは一部でしょう) この食事で自律神経は整う posted with ヨメレバ 溝口徹 フォレスト出版 2017-05-20 Amazon Kindle 楽天ブックス   「根本原因を放置したまま薬に頼ってよしとする」のはもうやめよう。その代わりにこれをしよう 私がこの記事で指摘しているのは、 「根本原因を取り除かないで薬に頼るのはやめよう」 という一点です(一応「BRAIN SHOP」にサプリメントは置いてありますが、あれは完全に自己責任原則のもとで提供しているものです)。   では実際にどうすればいいのか? 私がすすめるのは、 「あなたが快適に過ごせるだけの必須栄養素をバランスよく摂れる食事をすること」 です。   具体的には、 『サプリメントは、医薬品やスマートドラッグではなく、「ビタミン・ミネラル類だけに限定する」こと』 から始めると良いでしょう。   ビタミン・ミネラル類は「身体・脳がきちんと機能するために欠かせない基本的なもの」ですから、 スマートドラッグや医薬品を服用するのとは一線を画します。 ビタミン・ミネラルがきちんと摂れていれば、かなり体調も精神状態も向上します。 その場しのぎのスマートドラッグに頼るよりはるかに効果的で、財布にも優しい。   もっと具体的には、 ①マルチビタミン・ミネラル類は、ビタミン・ミネラルが十分に入ったものを選ぶ ②ビタミンC・亜鉛・マグネシウムなどを必要に応じてプラスする こと。   ビタミン・ミネラル系のサプリメントで私自身が愛用しているのが、 マルチビタミン・ミネラルは「OPTI-MEN」、亜鉛は「NOW 亜鉛 50mg」、ビタミンCは「ネイチャーメイド C500」。 」 ↑これはマルチビタミンミネラルのOPTI-MENですが、マルチビタミンミネラルについてひとつ注意点を。 DHCとかネイチャーメイドの「マルチビタミン・ミネラル」は、OPTI-MENに比べるとかなり含有量がスッカスカです。ぶっちゃけプラセボくらいの効果しかないので注意してください。   私の場合、OPTI-MEN一日三粒と亜鉛50mg一粒とビタミンC三粒があれば毎日快適です。 もちろん、個人の体質で必要量は変わってきます。アレルギーがある人はアレルギーにも注意しつつ、自分に最適な組み合わせを探しましょう。基本的にビタミン・ミネラル類は不足することはあっても過剰になることはありませんから。   奇跡の脳をつくる食事とサプリメント 上 (ハルキ文庫 カ...

「講義形式の授業」がいかに日本の若者をバカにしているかを考える その1

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、日本の教育についてひとつ言いたいことがあります。 それは、小学校・中学校・高校・大学・予備校・専門学校など、日本中の学校という学校で当たり前のように行われている 「講義形式」=先生が教壇に立って話して、みんながそれを聞く タイプの授業 は、時間を無駄にしているということです。 「講義形式の授業」がいかに日本の若者をバカにしているかを考える その1 「講義形式」がいかに使えない方式なのかを説明する 「ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」は建前に過ぎない 「講義形式の授業」って、どんなものかイメージが付きますか? ↑ざっくりいえば、こんな感じの授業方式です。 先生がみんなの前に立って、板書しながら、生徒たちと一緒に教科書を読んでいく。 小中高・大学・専門学校や予備校・塾、どこでもみられる授業風景です。   ……しかし、私がこのブログで度々言っているように、 「みんなが当たり前だと思っていること」は、しばしば間違っています。   なにかを指摘されると「そんなの当たり前だろう!」「常識だ!」と言って怒り出す人がいるようですが、そういう人はもし中世にいたら魔女狩りをやっていただろうし、WW2のドイツであれば民族虐殺に加わっていたでしょう。「常識だから」「当たり前だから」というのは単なる思考停止です。   いま日本の教育界で「当たり前」になっている「講義形式」も、疑ってかかる必要があります。   じつは、この「講義形式」の授業は、「知識習得」という点で考えると非常に効率が悪いものだといわざるを得ません。 まず、「みんながまったく同じ授業を受ける」というのがおかしい。 ちょっと考えてみてください。   たとえば、ふつうの公立小学校の六年生の算数のクラスには、 「公文か進研ゼミをやっていて、すでに高校レベルの内容までわかっている子ども」もいるかもしれませんし、 「小学校六年生として平均レベルの学力の子ども」もいるかもしれませんし、 「掛け算の九九がわからないレベルの子ども」もいるかもしれません。 私自身の過去の記憶からして、公立小学校の児童にはこのくらいのバラつきがあります。   ……その子たちに、「まったく同じレベルの授業をいっせいに受けさせる」って、明らかにおかしくないですか? 普通に考えて、生徒の習熟度がまったくバラバラなら、同じ授業を受ける意味なんてないはずです。せめて習熟度別にクラス分けしてやればいいのでは、という疑問が浮かんできます。   さらにいえば、同じ「数学の偏差値が60」の子どもであっても、 「確率が得意で、図形が苦手」な子どももいれば、 逆に「確率が苦手で、図形が得意」という子どももいるでしょう。 一人一人の得意分野・苦手分野が異なっているというのに、なぜ一斉授業が必要なのでしょうか?   かつての流行歌にあったように「もともと特別なオンリーワン」なら、一斉授業なんて逆効果のはずです。 デキる子どもに合わせれば、デキない子どもがついてこれない。 デキない子どもに合わせれば、デキる子が退屈する。 デキる子どもが内職していると、先生は叱ったり、嫌味を言ったりする。   不思議ですね。   普段は「個性を伸ばす教育を!」とか「人間はひとりひとり違うんだよ」とか言っているくせに、 授業になると突然「みんないっしょじゃないとダメ」になるのです。矛盾しています。 「学力」の経済学 posted with ヨメレバ 中室 牧子 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2015-06-18 Amazon Kindle 楽天ブックス   学校は「従順な奴隷を大量生産する洗脳装置」である そもそも、なぜこんな矛盾が生じるのか? それは、 学校とは、『目上とされる人たち』の言うことを素直に聞く人間を大量生産するための洗脳装置である 学校とは、権威に従わない人間を屈服させ、従属させ、使い勝手のいい奴隷に仕立て上げるための密室である からです。   そもそも現在の学校制度のルーツは、従順に働く工場労働者を育て上げるために19世紀のイギリスで考案されたもの。ベル・ランカスター方式と呼ばれるもので、「優秀な年長者が、格下の子どもたちを教える」というものです。 効率よく「オールB」の生徒を育て上げつつ、時間を守り、上司(=先生)の言ったことを忠実に実行する人材を育成するという明確な目的を持って、一斉授業方式は始められたのです。 これは現在の日本にも引き継がれています。 チャイムが鳴ったら授業開始。先生が来たら話を聞く。先生へのあいさつをきちっとする。 いずれも、工場労働者に必要とされるものです。   ですから、現在の学校も12年間かけて「従順な労働者」を育てるシステムになっています。 どんなに利発な生徒であっても、6・3・3の12年間かければ、たいていは「染まり」ます。 周りの空気を読み、上下関係に敏感で、目上の人に反抗せず権威を批判しない従順な下僕の出来上がりです。   もちろん、現場でやっている先生方の意識としては、「社会で通用する人間を育てるため」「子どもたちが道を踏み外さないように」「将来の日本のためになる人材を育てているのだ」というところでしょう。多くの先生は教育に熱心ですし、日々たいへんな努力を積み重ねています。 しかし、学校という体制のなかでやっていることをよくよく見てみると、 そこで行われているのは明らかに、単なる「洗脳」です。   授業の内容に興味が持てない生徒が、自分の好きなことをやっていると、先生はその生徒を叱り付けます。理由はなんでもいいのですが、たとえば「学業が本分なんだからちゃんと授業を聞きなさい」とか「みんな授業をまじめに聞いてるのに、お前だけ自分勝手なことをやっている」とか何とか。 みんなが同じ授業を受けているときに、一人だけ塾の教材を使って先の内容をやっていると、なぜか怒られるのです。「学校は学校、塾は塾。学校にいるときはちゃんと授業を聞きなさい」とか言って。生徒が進んだ内容をやっているのだから、本来喜ぶべきことなのではないかと思いますが。   実に不思議ですね。 すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書) posted with ヨメレバ 堀江 貴文 光文社 2017-03-16 Amazon Kindle 楽天ブックス   「不良」「問題児」というレッテルが貼られる本当の理由 本人が好きなことをやるのは、他人に明らかな不利益を与えない限り本人の自由であって、止められる筋合いはありません。近代以降の市民社会の大原則です。自由の代わりに自己責任を負うのですから。 しかも、「学校でやると先生がうるさいから」といって学校を抜け出して自分の好きなことをやっていると、たちまち「不良」「問題児」というレッテルを貼られます。 将来その子はその「好きなこと」によって生計を立てるようになるかもしれないし、 「好きなこと」をやるために必要な勉強は必死になってやるかもしれないのに、です。   その子の人生のためを本当に思うのであれば、本人の意志と責任でやっているのですから、放っておけばいい話ではありませんか? それをわざわざ「あの子は不良だ」「問題児だ」とみなす方がおかしいのではありませんか?   ……本当は、 「上司の言うことを忠実に実行する奴隷が欲しい」のであり、 「権威に従わない人間が増えると都合が悪い」のです。   生徒のことを思って「授業をきちんと聞け!」「目上の人の話はしっかり聞くものだ!」と言っているように見えますが、実のところは「自分たちの権威を脅かすような存在が出てくるのを恐れている」だけなのです。 日本の教育界で幅を利かせている「人間力」「上下関係」「礼儀正しさ」みたいな言葉は、どれも「上に立っている人々」がその地位を失いたくないがために使われている、というわけです。 洗脳原論 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 春秋社 2000-02-15 Amazon Kindle 楽天ブックス   授業の時間をすべて自学自習にすると……? 話がだいぶ逸れました。元に戻りましょう。 現代日本の教育では、ひとりひとりの能力や適性を考慮することなく、「真面目に授業を受けること」を目的にしてしまっています。どれほど秀でている生徒であっても、多くの学校では他の生徒と歩調を合わせなければなりません。日本には飛び級制度がないという事実がこれを物語っています。   「真面目に授業を受けること」がバカらしいのは、知識習得の効率からいっても当然です。 …… そもそもの話が、ある分野の知識を身に付けようと思うのであれば、先生の話を聞いてノートにとる必要はありません。 授業を受けている暇があるのなら、その時間を使って自分で本を読み、自分で考え、自分で調べ、自分で理解する方がよほど早いはずです。いまは書店にいけばわかりやすい参考書は山ほど売っています。   どれだけ時間を無駄にしているのか。 1日6時間授業を受けるとして、一年間で250日近く。つまり一年間で6×250=1500時間。 一年間で1500時間あれば、平均的な読書速度の生徒なら、五時間で一冊読み終えるとしと、一年間で300冊は読める計算です。 それなのに実際は、授業でのんびりと進む結果、ペラペラの教科書を一年間で20冊くらいしかこなせていないのです。   さて、「自分の意思で選んだ本を300冊読む」のと、「勝手に配布された教科書を20冊読む」のとでは、一体どれだけの差がつくでしょうか? 自律的主体的に学習する子供と、他律的受動的に学習させられる子供では、どちらが社会にとって有益な存在になるのでしょうか? どちらが幸せで、どちらが不幸でしょうか? どちらの方がより思考が柔軟で知識が多く好奇心旺盛でしょうか?   もしかすると、「学校が教え込んでやらなければ、子供は社会に出るための最低限の知識も常識も身に付かないだろう!」と思われる方もいるかもしれません。 しかし、 ①子供はそんなにバカではない。必要と感じたことは自動的に習得する ②社会の変化が激しいのに、どの知識が有用かを判断するのは無理 ③そもそも現行の学校教育ですら、常識のないと言われる人が大量生産されている。学校に行けば常識が身に付くって怪しいような ④協調性とかコミュニケーション能力は、部活とか行事で養えばいいじゃん ということです。   6/3/3の12年間で、合計1500×12=18000時間あります。よく「なにかで秀でるためには一万時間の練習が必要だ」と言われますが、それが二回もできてしまいます。一芸に秀でる、を2つ分組み合わせるわけです。一芸だけに秀でている人はそこそこいますが、一芸を二つ組み合わせれば稀少性がハネ上がります。理論上無限の組み合わせになるのですから。 そう、講義形式の授業を全廃すれば、リンダ・グラットンが「ワーク・シフト」のなかで指摘しているような、多彩な分野を習得したスペシャリストを育てることができるのです。   つまり、講義形式を受け続けて育った「消極的で、自分の意見が言えない、使えない若者」ではなく、「自分の興味に基づいて能動的に学習を積み重ねてきた、自己主張のできる若者」を社会に送り出すことができます。 ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉 posted with ヨメレバ リンダ・グラットン プレジデント社 2012-07-28 Amazon Kindle 楽天ブックス   まとめ 以上見てきた通り、授業を受けるのは時間の無駄です。 今すぐやめましょう。講義形式の授業。 効率が悪いし、生徒にとって不幸です。   もう一つ。 説教の言葉に窮した学校の先生が言い放つ伝家の宝刀である 「そんなんじゃ社会で通用しないぞ!」 「反抗的なやつだ、あいつは社会に出てから苦労するぞ」 というフレーズは、実は 「学校て良い子のように振る舞えば振る舞うほど社会で通用しない人材に育つ」という動かしがたい現実の前に、すでに歯こぼれしてしまっている――ということを押さえておきましょう。   よく言われるように、 「学校の先生はそもそも社会経験に乏しい」のであり、 「真面目な優等生ほど案外堕落する現象」とか、逆に 「学生時代はヤンチャしていた子のほうが社会的に高い地位につく現象」 も、以上のべた理由が原因となって生じているのかもしれません。   この「教育と洗脳」というテーマは面白そうなので、今後も引き続き書いていきたいと思います。 私の癖で、けっこう「その1」だけ書いて放置するということが最近あるので、できるだけ「その2、3」も迅速に出していくつもりです。   以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。 「生」と「死」の取り扱い説明書 posted with ヨメレバ 苫米地 英人 ベストセラーズ 2010-06-26 Amazon Kindle 楽天ブックス

マインドフルネスの本質は「微分的思考法」である

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、最近よく聞く「マインドフルネス」について言いたいことがあります。 といっても、やり方を指南するとかそんなのじゃなくて、単に、 「マインドフルネスの本質」?みたいなものを見つけたので、皆さんと共有しようと思っただけです。 マインドフルネスの本質は「微分的思考法」である マインドフルネスって本質的には数学的な思考法なんじゃないの? そもそもマインドフルネスとは 「マインドフルネス」という言葉が書店の自己啓発本コーナーに現れたのは、ずいぶん前のことです。 マインドフルネスとは、過去や未来へ意識を向けるのではなく、「今この瞬間の自分の体験に注意を向けて、現実をあるがままに受け入れること」を指します。 一般的には「マインドフルネス=瞑想」のイメージでしょうが、瞑想は単なる手段に過ぎません。現在に意識を向けることができれば何でもいいわけです。   ちなみに、この概念のルーツはといえば、仏教徒の心のあり方のことです。 いわゆる「一の矢はいいけど二の矢は駄目」(ex.痛い!という一の矢は感じて当然だが、痛い!→怒ったぞ! と二の矢を放つな)という仏教徒の基本的な心の持ちようのこと。   たいていの人は、突然殴られたら「やろう、ぶっ○してやる」と感情を乱します。 痛い → 頭の中にもうすでに相手を殴り返しているイメージが湧く → 仕返しにかかる わけです。 この「イメージが湧く」瞬間に、その人の意識は「現在・いまこの瞬間」から離れてしまうのです。   しかし、本当に熟達した僧侶は、「痛い」と感じてそれで終わりなのです。 なぜなら、僧侶は「いまこの瞬間」にしか意識を向けないため、「痛い」の次が出てこないようになっているからです。意識が「いまこの瞬間」から決して離れないということは、感情や欲望のとりこにもならないわけですね。「感情や欲望へのとらわれ」がないのです。   とりあえず、 未熟な人は「現在から心が離れて、過去や未来を見てしまう」 高僧たちは「現在の身に心を100%集中させる」 という違いを押さえておいてください。 ~1日10分で自分を浄化する方法~マインドフルネス瞑想入門posted with ヨメレバ吉田 昌生 WAVE出版 2015-01-19 AmazonKindle楽天ブックス ...

「音読の効果をイマイチ感じられない人」のためのトラブルシューティング

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 いつも私は「音読ってすごいよ!効果あるよ!」と言っているのですが、 「音読の効果をイマイチ感じられない人」「Googleで『音読 効果ない』と検索してしまった人」も、少数ながらいると思います。 そこで今回は、「音読の効果をイマイチ感じられない人」のための情報をお伝えします。 「音読の効果をイマイチ感じられない人」のためのトラブルシューティング 当然ながら、音読でも「効果には個人差があります」ということ ①音読の声が小さいのかも? 私はよく「高速音読」「ハイスピードツイートリーディング」をおすすめするのですが、 人によっては、声を大きめにしないと頭に入らないタイプの人もいます。 そういう人は、「声を大きめにする」といいかもしれません。 声が大きいほど、聴覚にもガンガンひびきます。 声が大きい分、骨伝導やら何やらで脳に刺激がいくと考えられます。   もちろん、声を大きめにするとスピードは落ちますし、喉も疲れます。 しかし、ボソボソ音読して効果がないくらいなら、いっそのこと思いっきり発声した方がマシです。   あるいは、もっとはっきりと一音一音スタッカートを利かせて読み上げるのも良いでしょう。 ゆっくりになってもいいから、一音一音はっきりと。 難聴のおばあちゃんが聞き返さないくらいの明瞭さで。   なお、大きな声で音読しすぎてアパートを追い出された考古学者シュリーマンみたいになっても私は責任を取れません。 古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)posted with ヨメレバシュリーマン 新潮社 1977-09-01 AmazonKindle楽天ブックス ...

徹底的な「音読教育」で日本人の学力はぶっちぎりの世界一に返り咲く!

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、日本音読協会の会長として「なぜ学校教育に音読を導入しないのか!?」を訴えます。 音読のメリットは『「音読」で「バカ」が「天才」になる!』でもさんざん書きましたし、 このブログでも山ほど記事を書いていますし、私自身も長年音読を続けてきましたからよくわかっています。   日本の教育改革は、ともすれば「目新しいカリキュラム」「構造改革」といった直接的な学力向上にはつながらない面からの議論になりがちです。しかし、それをする前に、もっと簡単に学力向上ができる方法があるのです。 それが「音読」です。 今回は、「音読教育」が日本の学力向上にどのように寄与するのかを考えましょう。 徹底的な「音読教育」をすれば日本人の学力はぶっちぎりの世界一に返り咲く! 音読は①地頭と思考力を鍛える  ②教養・知識が楽しく得られる ③タダでできる ④ハードルが極めて低い ①音読は地頭と思考力を鍛える 音読という勉強法のユニークな長所は、 「普通の勉強をしていては絶対に鍛えることのできない『地頭そのもの』を鍛えることができる」 という点にあります。   音読を続けることによって、「地頭のいい人」になれるのです。 それは、音読によって、思考力・頭の回転の速さ・情報処理能力・コミュニケーション能力・言語能力・創造力・・・といった能力が全部伸びるからです。   地頭のいい人は、人生のあらゆる問題に対してうまく対処できます。 勉強はもちろん、恋愛、社会的な付き合い、事務処理、遊び、スポーツ、問題解決能力、人生の舵取りといった数々の難題をうまく切り抜けていく能力にすぐれています。   逆に、地頭の悪い人は、勉強・恋愛・スポーツ・人間関係・・・といった数多くの課題に直面するたびに、 もがき苦しみ、時間を浪費し、そのあげく大した解決法を思い付かないという事態に陥ります。   もちろん、地頭の悪い人は時間的なロス・効率のロスが多いので、そのままやっていては地頭のいい人に追い付くことができません。たとえば同じ十時間の勉強でも、地頭のいい人・悪い人の間には着実に差がつくからです。   この「地頭がいいか悪いか」は、人生の質=クオリティオブライフ・QOLを大きく左右する要因なのです。 ですから、「地頭」はよければよいほど良い。 地頭が悪くて困ることはあっても、地頭がよくて困ることはまずありません。 もちろん、学校教育の段階で「地頭」を徹底的に鍛えておけば、子供たちは数々のメリットを享受することができます。 頭が良くなる ユダヤの勉強法 (中経の文庫)posted with ヨメレバ青木 偉作 中経出版 2009-08-27 AmazonKindle楽天ブックス ...

【コラム】身体も心も絶好調になる「最強のライフハック7ツ道具」!

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 私は「人間の機能を最大限に引き上げるもの」に並々ならぬ興味を持っているのですが、 最近、 「おっ、ライフハックの主なものはだいたい出揃ったんじゃないかな」 という直感があったので、 今回は「人間の機能を引き上げるツールたち」の概略を紹介します。   【コラム】身体も心も絶好調になる「最強のライフハック7ツ道具」! 現段階での最善の選択 ①音読 ・このブログの十八番ですね。これについては散々記事にもまとめていますし、 私が最近出版した『「音読」で「バカ」が「天才」になる!』にも詳しいことが書いてあります。 ・音読は、「やればやるほど言語・思考能力が伸びる、頭の回転が速くなる」ものであり、 かつ「従来は鍛えることができないと思われていた地頭を鍛えることができる」勉強法です。 非常に効率が良く、しかも応用も効きやすい勉強法だと断言できます。   ②初動負荷トレーニング® [youtube https://www.youtube.com/watch?v=vOiNMLE6y14?ecver=2] ・野球をやっている人・陸上やサッカーをやっている人であれば、「初動負荷トレーニング」は聞いたことがあるでしょう。一般の人にはまだなじみが薄いかもしれません。「イチローが長年続けている、身体をしなやかにするトレーニング」と説明すればわかってもらえるでしょうか。 ・普通のウェイトトレーニングでは、トレーニング後、筋肉はパンパンに張ります。それに異議を唱えたのが初動負荷トレーニング。「ちょっと待て、身体の機能を高めるのが目的なのに、なんでトレーニング後に動けなくなるんだ?」というツッコミを入れたわけです。初動負荷トレーニングをやった場合は、トレーニング後の方が体が柔らかくなり、走るのも投げるのも打つのも楽になります。 ・ちなみに、初動負荷トレーニングは「リハビリ」にも大きな効果を上げています。リハビリに劇的な効果があるということは、脳に良い影響を与えるトレーニングだということです。 ↑こないだ買いました。 ・「BeMoLoシューズ」も非常に画期的です。従来の(私が愛用していたナイキのような)足底のクッション性が高いものとは一線を画し、薄目のソール、そしてバランスがとりやすいようにデザインされた三本のバー。 ・軽くて、履きやすいのでおすすめします。 このシューズを履いていると、歩いた後の疲れや足の痛み・デスクワーク時の疲れがまるでなくなります。   ・私は「運動が脳にどれほど影響するか」をよく知っていますので、初動負荷トレーニングがどれほど良いものなのかもわかります……が、まだ運動に関する知識が少ない人にはピンと来ないかもしれません。 ・ただ、イチロー選手は「身体を思い通りに動かすことに関してはメジャーの誰にも負けない」と述べています。このあたりは、苫米地英人氏がよく言っている「脳にとって、抽象的思考は、物理空間での運動と同じ」と同じメカニズムがはたらいています。頭の中でイメージした通りに身体を動かせるか、という話です。 希望のトレーニング 彼らは初動負荷トレーニングで何を見つけたのか posted with ヨメレバ 小山 裕史 講談社 2014-07-31 Amazon Kindle 楽天ブックス ③苫米地式コーチング ・現時点でこの世界に存在するあらゆる自己啓発手法のなかで、もっとも合理的かつ普遍的なものだと私は思います。 ・「やっていて楽しい」「理論的に盤石であり、かつ実践的でもある」「才能のあるなしに関係ない」というのが率直な感想・評価です。 「言葉」があなたの人生を決める posted with ヨメレバ 苫米地英人 フォレスト出版 2013-08-08 Amazon Kindle 楽天ブックス 立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術(ありがとう出版発行) posted with ヨメレバ 苫米地 英人 サイゾー 2013-10-10 Amazon Kindle 楽天ブックス ④糖質制限   ・糖質制限に関しては、的外れな誤解が広まっているような気がします。 「きちんとやり方を考えずに、ヘタクソなやり方でやった人たち」 「考える技術に熟達していないorバランスの取れた思考ができない人」 が、糖質制限を批判しているのです。 ・人間が病気になるメカニズムをきちんと知識として理解している人であれば、間違いなく糖質制限には賛成するでしょう。 ・私が「糖質制限慎重派」から「糖質制限賛成派」になったのは、糖質制限賛成側に立つ人と、断固反対する側の人との言い分を見比べて、「ああ、これは賛成側の方が正しいこと言ってる」と判断したためです。そろそろきちんと「賛成派vs慎重派・反対派」のディベートをやってほしいと思います。間違いな賛成派が勝つでしょう。科学的なエビデンスがあるのは賛成派の方ですから。 江部康二の糖質制限革命 posted with ヨメレバ 江部 康二 東洋経済新報社 2017-04-07 Amazon Kindle 楽天ブックス 「糖質制限」が子供を救う posted with ヨメレバ 三島 学 大垣書店 2016-11-09 Amazon Kindle 楽天ブックス   ⑤メガビタミン   ・「現代人はビタミン・ミネラルの絶対量が不足しているのにそれに気づいていない!」という問題意識から勃興した分野です。 ・糖質制限と同じく、科学的なエビデンスが十分に積み重なっています。これといった副作用もありません。 ・糖質制限と組み合わせると最高の結果が出ると思われます。 この食事で自律神経は整う posted with ヨメレバ 溝口徹 フォレスト出版 2017-05-20 Amazon Kindle 楽天ブックス 心の病は食事で治す...

APLICATIONS

インプット・アウトプットが倍速になる! 知的生産性を爆上げする「2Kindle・1スマホ・1紙の本」方式

インプット・アウトプットが倍速になる! 知的生産性を爆上げする「2Kindle・1スマホ・1紙の本」方式 「四刀流」で効率よくインプット・アウトプットする こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 今回は、 「インプットの量をもっと増やしたいけど、なかなか増やせない!」 「もっと効率よくアウトプットしたいんだけど、なかなかできない!」 という人向けの記事です。   この記事を読めば、 「インプットが倍速でできるようになり」 かつ 「アウトプットも倍速でできるようになり」ます。   四刀流でインプット・アウトプットをしてやる 私がやっているのは、「四刀流」です。 「Kindle Paperwhite」 「Kindle Fire HD8」 「スマホ」 「紙の本」 を常に持ち歩くことで、効率的なインプット・アウトプットを行うことができます。   ①Kindle PaperWhite Kindle Paperwhite Wi-Fi、ブラック(Amazon) まずはこれです。Kindle。 Amazonが開発した電子書籍リーダーであるKindleは圧倒的なシェアを誇ります。 率直な予想ですが、これからの時代はKindleくらい持っていないと情報弱者になる可能性が高いです。 電子出版はこれからどんどん盛んになっていきますし、電子書籍は「あの本欲しい!→買う→DLしてすぐに読む」というスピード感があります。同じタイトルを読むにしても、KindleですぐDLできる人と、紙の本しか読まない人とは2~3日の差が付きます。 KindlePaperwhiteは一万円台半ばで「けっこう高いかも…?」と思われるでしょうが、電子書籍そのものが紙の本に比べて安い(ex.紙の本で1500円のものがKindle版だと1300円+300ポイントとかザラです)うえ、月額980円で対象の10万冊が読み放題という「KindleUnlimited」サービスもありますから、本をわりと読む人であれば簡単にモトがとれます。 私自身、KindleUnlimitedだけでも月に20~30冊くらい借りて読むので、「同じ冊数だけ紙の本を買う」のと比較するとおよそ20000円/月くらいは浮いている計算になります。   安いし、早いし、読みやすさもすばらしいです。まずはKindleを考えてみてください(PaperWhiteよりもワンランク下の『ただのKindle』だと8000円くらいです。スマホ・PCでも無料のKindleアプリを入れれば読めます)。 Kindle (Newモデル) Wi-Fi、ブラック、キャンペーン情報つきモデル、電子書籍リーダー posted with カエレバ Amazon 2016-07-20 売り上げランキング : 500 Amazon ②KindleFire HD8(とキーボード)  Fire HD 8 タブレット (Newモデル) 16GB、ブラック(Amazon) お次はこれです。「わりと安くて、わりと性能の良い、コスパ高いタブレットないかな」と考えた末に辿り着きました。 本当はiPad Proが欲しかったんですが、あれって八万円くらいするので、あきらめました。   「Amazonユーザーだし、ブログ書いたりネットサーフィンできさえすればいいから、Kindleのタブレットでいいかな」と妥協した結果、コレを買ったのですが、実に素晴らしい。 まず、画面が大きく、PaperWhiteと違ってモノクロではないので、漫画とか週刊東洋経済とかがスラスラ読めます。インターネットもできます。動画も入ります。プライムビデオとか、ダウンロードすればオフラインでも見れます。ミュージックもゲームもできます。EvernoteとかTwitterも使えます。スマホと大差がないサイズのHD7を買うくらいであれば、タブレット感のあるこっちを買いましょう。   Amazonのヘビーユーザーである私にとっては、 「お値段一万円台前半できちんと動くし機能も豊富。すごい! Amazonさん、これ一万円台で売っていいの?」という感じです。英語勉強したい人にもKindleFireHD8がおすすめ。ハイライト機能・フラッシュカード機能がついていますし、英和辞書や英英辞典なども入りますし、海外ドラマをプライムビデオからDLしてオフライン視聴することもできます。あるいはFIreStickを買って、プライムビデオをテレビで見れるようにするのもいいかも。   さらに、この「KindleFire HD8」はBlueToothのキーボードをつなげば、ちょっとしたタブレット型パソコンに早変わりします。授業中にブログを書くのに使っています。 ←これ キーボードは老舗メーカーのLogiCoolが出している「K380 マルチデバイス」を使用。 3000円ちょっとで、わりとお手軽ですが、性能はしっかりしています。 バッファローの1500円くらいのキーボードも考えたんですが、授業中にも使用することを考えて、キーを叩く音が静かなこちらを選びました。「カチャカチャカチャ…ッターン!」ってやりたくないので(私の大学にはけっこうそういう人がいます。大きな音を出して注目されたいのでしょうか)。  なお、KindleFireのデフォルト設定ではキーボードの配列が「英語のキーボード用」になっているので、「日本語用のキーボード」に設定し直してください。でないとひらがなも漢字も打てません。 Fire HD...

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