脳を変えたいなら、「物理的に」かつ「情報的に」はたらきかけるべし その1

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今日は、「脳の変え方」について書きます。 「認知症」という病気があることからもわかるように、われわれ人間は自己の内外の情報を「認知」することによって生きています。そして、その認知を担うのが「脳」という器官です。 脳の調子によって認知が左右されるわけですから、認知能力を向上させたいのであれば「脳を変える」ことが必要です。 今回の記事では、「物理的」「情報的」という二つの側面から脳を変える方法について述べます。 「脳を変える」には、物理的かつ情報的に働きかけるべし 「情報的な脳」と「物理的な脳」という二つの側面 脳というものを考えるとき、「機能的」と「物理的」という二つの側面から考えることができます。   簡単に言えば、 機能的とは「脳がどのようにして認知・意志決定・思考をしているか」というソフト面のことであり、 物理的とは「脳の物質的状態が、どのように認知・意思決定・思考と関係するか」というハード面のことです。   学問・技術で言えば、前者が「心理学」「NLP」「精神分析」「コーチング」「認知科学」などで、後者が「大脳生理学」「脳神経科学」「脳科学」といったものに相当します。 (なおここでは、「機能的」という言葉は直感的に分かりづらいので、私は「情報的」という用語を勝手に使っています。情報的存在としての脳、と読み替えるわけです。機能的→情報的、と置き換えてください)   したがって、人間の認知をつかさどる「脳」(=心)に変更を加えたいのであれば、 脳に対して「情報的」にはたらきかけるか、「物理的」にはたらきかける必要があります。   物質としての脳 この項ではまず、「物理的な存在としての脳を変える試み」について触れましょう。   脳というのはあくまでも物質です。 脳は心臓や胃と同じく体の中のいち器官ですから、脳が物理的に破壊されれば人間は死に至りますし、 実際、脳自体の活動も「電気信号の伝達と化学反応」によって担われています。 したがって、あなたの心のあり方を変えたいのであれば、「物理的に脳に介入する」というアプローチがかなり有効なのです。   物理的に脳に介入する……というと、おそらく皆さんの多くは、ロボトミー手術やてんかん手術、うつに対する電気ショック療法などを思い浮かべると思います。 しかし、そこまでショッキングな方法を採らなくても、私たちの身近には「脳に物理的に介入する」例があふれています。     たとえば、「薬」なんかはまさにそうです。 車の酔い止めは主成分としてメクリジンを含み、このメクリジンがヒスタミンH1受容体のはたらきを阻害します。これによって、酔う→気持ち悪くなって吐く、という流れがストップします。   そのほかにも、ADHDやうつ病・統合失調症などに投薬が有効だとされています。   ADHDにはコンサータやストラテラという薬を服用することが有効です。 コンサータは神経伝達物質ドーパミンの再取り込み(せっかく出したものが回収されてしまうことを再取り込みと言います)を阻害します。これによってADHDのAD(不注意・注意散漫)が改善することになります。 ストラテラは神経伝達物質ノルアドレナリンの再取り込みを阻害します。これによってADHDのHD(多動性)が改善されます。 以上二つのいずれも「脳内物質」に対して作用を発揮するものです。   また、うつ病の人が精神科に行けば、プロザック等のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が処方されます。 SSRIの作用によって、落ち着いた気分にさせる脳内物質「セロトニン」の再取り込みが阻害され、精神的に安定した状態になりやすくなります。 こちらもやはり、「脳内物質」にはたらきかけています。     これらの薬の例からわかるように、「脳に対して物理的にはたらきかける」というアプローチによって、確実に心の状態も変わります。   「物理的」に脳を変える手段:「食事」「運動」「音読」が最優先 では、「物理的に脳にはたらきかけることによって心を変える」手段にはどんなものがあるのでしょうか。   私が特におすすめするのは 「食事」「運動」「音読」 です。 この三つを徹底してやれば、確実に、脳の機能が向上します。   「食事」によるはたらきかけ:分子整合栄養医学 これまでの精神科医による薬漬け療法、あるいはカウンセラー中心の精神分析的療法に対して 「ちょっと待って、それらって根本的な解決にはならないよね!?」と挑戦状を叩きつけたのが、 ビタミン・ミネラル等の食事バランスを改善することによって精神状態の根本的改善を図ろうとする「分子整合栄養医学」です。   分子整合医学は、 「精神だけに働きかけるのは時代遅れ、薬だけに頼るのも根本解決にはならない。」 というスタンスをとります。 「我々の心を動かしているのは脳であり、その脳を動かしている源は、日々われわれが口にしている食料なのだ。だから、心の病を治すなら、食事によるアプローチを最優先すべきだ」ということです。   これは実に理にかなったアプローチで、むしろなんで今まで「栄養と心の病の関係」が考えられてこなかったのかと思わせられますが、製薬会社の都合なんかもあったのでしょう。   第一、我々人間はみな最初は受精卵の大きさ(1ミリ程度)からスタートして、そこから二十年かそこらで1メートル後半まで大きくなるわけです。その成長のエネルギー・材料になっているのは「食事」以外にありえないのです。自分が口にしたものが、自分の体を形成し、自分が思考したり運動したりするときの唯一のエネルギーになるわけです。   さらにいえば、現代というのは「コンビニ弁当・インスタント食品・食品添加物・甘いもの・ハイカロリーなもの・ジャンクフード」の氾濫する時代です。どう考えても体にあまり良くない食べ物を小さいころから大量に食べ続けてきた現代人の心身が「大丈夫」なわけがありません。   この項では「食事がいかに重要か」を述べましたが、「実際にどういう食事をとればどうなれるのか」について述べた本としては以下の二冊をおすすめします。どちらも分子整合栄養医学を支持するお医者さんが書いた本です。 ・「心の病は食事で治る」 ・「食事で治す心の病」 食事法についてはこのブログのなかでいずれ触れる予定ですが、今は深入りしないことにします。 (とりあえずの手段としては、「マルチビタミン・ミネラル」「ビタミンB群」「ビタミンC」を摂取する + 低GI食品を摂取する、あたりから始めるといいでしょう)   「運動」によるはたらきかけ よく言われることですが、 「ランニングをするとワーキングメモリーが拡張されて要領が良くなる」 「一日○○分の有酸素運動をすればセロトニンが出やすくなって落ち着きが出る」 「筋トレをするとテストステロンが出たり、ドーパミンやセロトニンが出たりして、精神に良い影響を与える」 いずれも科学的な裏付け・エビデンスのあることです。   欧米のエリートたちの中には「早起きして運動する」を習慣にしている人が多いのですが、それは彼らが、「運動が脳に対して物理的な貢献をする」ということをよくわかっているからです。 実際にどのような運動が効果的かについては、過去記事 「他人事じゃないぞ。「注意欠陥多動性障害=ADHD」は、「運動」で良くなる!」 をご覧になるか、 または、外部記事では 「「脳を鍛えるには運動しかない!」理由読んでうつ対策に適した運動やってみる」(この夜が明けるまであと百万の祈り)あたりが参考になります。   また、書籍「脳を鍛えるには運動しかない!」もおすすめします。   ……あるいは、2ちゃんの情報では 「ADHDとコミュ症を自力で克服しつつあるから方法語ってく」(2chコピペ情報局) 「ADHDの奴は高負荷の有酸素運動やれよ。音読も効果的だぞ」(凸凹ちゃんねる) あたりが面白いでしょう。   「音読」によるはたらきかけ このブログでさんざん扱っているテーマです。   比較的新しい記事でいえば、 ・数ある勉強法のなかで唯一「脳の機能がダイレクトに向上する」のが音読! ・音読によって、ワーキングメモリが拡張される この二つを読んでいただければ、「なぜ音読は、物理的に脳に介入するための優れた手段なのか」がわかると思います。     以上、「脳に物理的に介入する方法」として食事・運動・音読を紹介してきました。 少なくとも、私が考えるところでは、うつやADHDといった疾患を対症療法的にではなく根本的に治癒させるには、「食事、運動、音読と、最小限の投薬」が必要です。   少なくとも、現行の精神科でよく行われている「薬漬け療法」は絶対おかしい。 患者のなかには、「馬に飲ませるためのものなんじゃないか」と疑いたくなるような量の薬を処方されている人も多いのです。十数種類の錠剤を一気飲みしたり、重大な副作用を招く可能性のある薬を何種類も併用していたり。   薬はあくまでも「対症療法」であり、本人が復帰するための踏み切り台にしかならないはずです。 いくら薬を飲んでいても、運動も音読もしない、食事も杜撰……というのでは、薬効により一時的に症状がおさまったとしても、かならず再発します。   まとめ + もっと頭を良くしたい人のための本 精神病やADHDといった「心の病」「脳の病」を根本的に治すためには、「元」を断たねばならないのです。   今回は、まず「脳を物理的に変える方法」を述べてきました。 この記事で述べたことを実行すれば、間違いなくあらゆる症状が改善されていきます。   次回の「情報的に脳を変える方法」とともに、この記事が、あなたの心・脳を変えるための一助になれば幸いです。   では、グッド・ラック!   【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る   ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 告知です。 「頭が良くなる書籍や食品をまとめてほしい」という要望にお応えするために、 「BRAIN SHOP」というのを開設しました。「読書奴」の公式ストアです。 頭が良くなりたい人のための書籍、食料品、サプリメントを取り揃えています。 ぜひお越しください。 また、以下に頭が良くなる方法・勉強法・読書法関連のおすすめの本を挙げておきます。 こちらもぜひどうぞ。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」 <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」 ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

「音読でワーキングメモリが拡張されると、要領が良くなり、頭の回転も速くなる」という話

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回も「音読のすべて」シリーズです。 「音読でワーキングメモリが拡張できる」 「音読をすると、左脳的な機能だけではなく、右脳的な機能も利用できるようになる」 この二つについて、「なぜそうなるのか」「そうなるとどうなるのか」という視点で見ていきましょう。   音読によって、ワーキングメモリが拡張される 「ワーキングメモリ」という概念を知っておくと、音読の効果がより実感できますので、紹介しておきましょう。 脳の前頭前野には「ワーキングメモリ」なる機能が備えられています。   京都大学の久保田競先生(言わずと知れた脳科学のパイオニアですね)によれば、 「一時的に記憶された情報は、何度も記憶が再生されるうちに、神経細胞同士のつながりが強くなり、知識として長期記憶に刻まれていきます。そこに至る間、一時的な記憶は短期記憶として前頭前野の大脳皮質に保存されています。その短期記憶は「ワーキングメモリー」と呼ばれ、これが、脳力を高められるかどうかの鍵を握っています。」(「頭は使えばよくなる」は本当だった! より) つまり、「ワーキングメモリ」というのは、「今やっている作業についての記憶を一時保管する機能」のことです。   飲食店や居酒屋のバイトなんかはワーキングメモリを結構必要としますね。 「あっちのテーブルに何名様ご来店」 「こっちの席には五名様。早くお通しを出しておかないと」 「あのお客さんが、まだカシスオレンジ来てないと言っている」 「イカげそできました。〇番席のお客様へ」 「そっちのテーブルのお客さんが会計お願いしますと言っている」 バイトの人々は、こういった項目をいくつも頭の中に一時保管しておく必要がある訳です。 いわゆる「気が利く」「呑み込みが早い」人ほどワーキングメモリが大きいと言えます。   逆に、このワーキングメモリが「狭い」人(自分は内向的である、という自己イメージを持っている人に特に多いようですが)は、 かなり不自由な思いをします。「気が利かない」とか「なにグズグズしてんだ」と言われてしまってパニックになったり……。   (これは私の仮説に過ぎませんが、どうもAD/HDやアスペルガー症候群を持っている人(どちらも周囲と打ち解けず、内向的になりやすい)には、この「ワーキングメモリ」を利用した同時並行処理が不得手な人が多い気がします。 「要領が悪い、となじられる」「いくつもの仕事を同時並行して処理するのが難しい」という症状からもそれは窺えます)   要するに、「ワーキングメモリが狭い」というのは、「頭の回転が遅いこと」の一大要因なのです。   さて、「自分は頭の回転が遅くて・・・」という人の「症状」は二つに大別されます。 ①単純に、頭の回転数が低い。絶対的な速度がない ②記憶や手順を一時保管するワーキングメモリが狭く、同時並行で物事を処理することができない ①は要するに直線的な速度。シリアル方向へのベクトルです。 ②は「いっぺんにいくつも処理する」能力。こちらはパラレル方向ですね。   ①と②の両方、あるいは片方(特に②ができない人が多いと思われます)ができないという人が、「頭の回転が遅い」という無力感に苛まれることになります。   ……しかし実は、「頭の回転が遅い人」であっても、音読をすることによって「ワーキングメモリ」を拡張することができるのです。 これは原理的に考えてみてもそうですし、音読に関する脳科学の研究結果をみても明らかです。 上の図と下の図を見比べてみてください。   (脳科学辞典より) 下の図のオレンジ色の場所がブロードマンの46野、つまりワーキングメモリですが、 このオレンジ色の部位は、上の図の赤くなっている部分(相対的血流量が増加している部分)とピッタリ重なります。   血流量が増加している、ということはそこの辺りの脳細胞で酸素が活発に消費されているということですから、 やはり「音読時には、ワーキングメモリが活発に使われているのだ」と言えそうですね。   原理的に考えてみても、音読というのは「見て、読んで(理解もして)、発生する」という同時並行的な作業ですから、 先の居酒屋バイトの例と同じで、「ワーキングメモリを使ってやる」必要があるのです。   したがって、 「音読ではワーキングメモリをよく使う」ことと、 「脳は、よく使うところほど変化する」(前の記事で証明しました)ことを考えあわせると、 「音読をすると、ワーキングメモリが増強される」ということが言えるでしょう。   そしてさらに、「頭の回転が遅いというのは、パラレルな情報処理に寄与するワーキングメモリの機能不全が原因の半分」なので、 「音読をすれば、頭の回転が速くなる!」とも言えます。   ついでにいえば、音読(特に高速音読)は、①の「頭の回転の絶対速度」も高めるので、②との相乗効果も期待できますね。     まとめ + もっと頭を良くしたい人のための本 以上述べてきたように、 音読とは、 ①ワーキングメモリを拡張するための恰好のトレーニング方法 であり、したがって ②音読をすれば、頭の回転が速くなり、要領が良くなる のです。   脳科学者の方にぜひ検証してもらいたいな、とは思うのですが、やはり科学は実証主義の学問なので、 なかなかここまで思い切ったことは言えないのだろうな、と感じています。   科学がこれを証明するのはしばらく待つことにして、 私はあくまでも「いま、自分の頭の悪さに思い煩っている人」の役に立つであろう情報をどんどん発信していきます。   次回もお楽しみに。 では、グッド・ラック!   【「頭が良くなる音読法」のすべて】に戻る     ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 「頭が良くなる書籍や食品をまとめてほしい」という要望にお応えするために、 「BRAIN SHOP」というのを開設しました。「読書奴」の公式ストアです。 頭が良くなりたい人のための書籍、食料品、サプリメントを取り揃えています。   以下におすすめの本を挙げておきます。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

数ある勉強法のなかで唯一、直接的に「脳のスペックを上げる」ことができるのが「音読」!

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「音読という勉強法は、どこがユニークなのか」について考えましょう。 勉強法といっても、世の中にはたくさんあります。 黙読、まとめノート作成、暗証、講義形式、鈴なり式記憶、イメージ活用、付箋を貼る、赤シート緑シート、その他もろもろ・・・ 私がそのなかからなぜわざわざ「音読」に絞って方法論を紹介しているのは、ワケがあります。 音読の優れている点は「直接的に脳のスペックを上げることができる」という点にある 脳の原則その①:「よく使うほど変化・発達していくという可塑性」 脳には「可塑性」があります。 ざっくりいえば、可塑性というのは「いったん役割が固定化したあとでも、必要に応じて調整はできますよ」ということです。   この「脳の可塑性」ということでいえば、「片方の脳だけで生きる少女」の話や、脳神経科学でもっとも有名な症例である「フィアネス・ゲージ」(前頭葉の一部を鉄の棒が貫通し、人格に変化が生じた)の例が思い出されます。 脳は、外部的・内部的な変化に対してけっこう柔軟に対応できるのだ、ということが言えそうです。   このほかにも、ロンドンのタクシー運転手に見られた海馬の構造的変化などが報告されています。 最近発表された”Current Biology”誌の報告によると、大人の脳も学習により構造が変化することが分かった。生涯学習の重要性を指摘すると同時に、脳梗塞など脳障害のリハビリの可能性も出てきた。 既に知られているように、ロンドンのタクシー運転免許を取得するにはロンドンの数万の通り、その特有な地形を総て覚える必要がある。この知識取得には、おおむね3年から5年を要し、何回も厳格なテストを受けなければならないが、残念ながら受験者の半分しか合格しない。この大変ユニークな制度を維持しているのは世界でもロンドンだけであろう。 ロンドン大学のイレーナ・マグアイアー教授等の研究チームは、タクシー免許取得に成功した人達の脳の構造を研究し、後部海馬の灰白質の量が増加しているのを発見した。しかし前部海馬では灰白質の量が少なくなったと報告している。灰白質とは神経細胞であり、ここで情報を処理している。免許取得者は町並みの記憶には良い成績をおさめたが、視覚情報の記憶では少し成績が落ちていた。報告は、脳の構造的変化はロンドン市内を運転してその細かい路地を学習した結果起きたと指摘している。 (「記憶訓練は海馬を大きくする」より)   また、将棋のプロ棋士の脳活動を調べてみたところ、特に直観的洞察を必要とする短時間の詰将棋を解く際に、「大脳基底核」に位置する「尾状核」が活発に働いていたり(アマ棋士の場合はこれが見られず)、トップアスリートが集中状態に入った時の脳波が特徴的なもの(リラックスを示すアルファ波が強くなっている)であったり・・・という感じで、 「やっぱりそうか、脳ってのはトレーニングや物理的刺激によってかなり変化するのだな」と考えざるをえない報告が数多くなされています。   われわれ一般人の感覚からしても、「体は鍛えれば強くなるよね。筋肉も鍛えれば太くなるよね。それと同じで、脳も鍛えれば強化されるんだろうなあ」という漠然とした予測ができます。 私は脳科学を専攻する人間ではないので専門の人に怒られるかもしれませんが、とにかく「脳は、よく使うほど変化・発達していく」ことは断言してしまっていいでしょう。   すると当然、「音読を毎日やる人の脳」というのは、「音読に向いた脳」になるようにチューンナップされる、ということになります。 つまり、「脳の可塑性」があるため、音読をやっている人の脳はどんどん変化していくのです。   極端な例ですが、ある人が「毎日十時間音読する生活」と「寝たきりで、勉強も運動もまったくしない生活」を両方するとしたら、 前者の場合には前頭前野・運動野・言語野・聴覚野といった部位の血流量が相対的に増加する(→そのためその部位がよく活動するようになると推定される)のに対して、 後者の場合には、脳のここらへんを活発に使う、という動きは生じないでしょう。平たく言えばどんどんボケていくわけです。   音読によって脳がどう変化していく可能性が高いかということについては後述しますが、少なくともここでは 「脳には可塑性があるため、音読をすることによって脳の機能が音読向けにチューンナップされる可能性が極めて高い」ということを押さえておいてください。   脳の原則その②:「脳は、意識すれば限界速度をどんどん更新していくことができる」 短距離走をやったことのある人ならだれでもわかると思いますが、基本的に、 「走りの最高速度をアップさせるためには、全力プラスアルファで走る経験を積まないと速くならない」のです。 いつも8割くらいで抜いて走っている人は、しだいに「10割の走り」を忘れていきます。 逆に、日々10割+αで走る訓練を積んでいる人は、少しずつ速くなっていきます。   それと同じで、脳の機能(特に頭の回転の速さ)を大幅に引き上げたい人にとって、「脳に自分の限界を超えさせる」という習慣は絶対不可欠でしょう。 自分にとっての心地よいゾーンから飛び出してみるという「限界的練習」を積んでいくことによって、頭の回転は次第に速くなっていきます。 考えずともわかることですが、「毎日ちょっとずつ限界を更新しようとする人」は「毎日ちょっとだけ手を抜いている人」に圧倒的な差をつけます。   このことからすると、次のことが言えます。 「自分は頭の回転がどうも遅いようだ。もっと頭の回転を速くしたい」と思うのなら、限界を突破する速度での音読を毎日継続することです。 「高速音読で言葉を速く操ることができるようになる→頭の回転が速くなる」(原理は後述)、 「音読以上に脳全体をフル活用する勉強法は存在しない」(これも理屈は後述) という事実がある以上、 まず真っ先に取り入れるべきことは「自分の限界を破る速さでの音読」なのです。   音読では、かなり容易に「限界を試す」ことができます。 簡単な話で、「毎日、自分の限界速度を超える速さで音読すればいい」のです。 これは「高速音読・ハイスピードツイートリーディング」と呼ばれる音読の方法論ですが、 実際に毎日「自分の限界音読速度を超えてやる!」という目的をもって音読していくことによって、 どんどん速くしゃべることができるようになり、それに伴って頭の回転もどんどん速くなっていきます。 (なぜ「高速でしゃべる」→「頭の回転が速くなる」のかについては後述します)   たとえば、YouTubeにアップロードされているアメリカのNDT方式のディベート動画を見ればわかりますが(NDT debate で検索してみてください)、 人間というのは本気を出せば相当な速さで言葉を紡ぎ、思考を巡らせることができます。 実際、アメリカの一流大学ディベートチームの選手たちというのは間違いなく世界最高峰の頭の回転の速さを誇る人々で、 彼らの多くは官公庁やホワイトハウスへとリクルートされます。   その頭脳軍団であるディベートチームに入った新入りがまず徹底的にやらされるのが「高速音読・ハイスピードツイートリーディング」だそうです。 マサチューセッツ大学のディベートチームに所属していた経験のある認知科学者の苫米地英人氏は、 「ディベートチームに入ってからの半年間はひたすらハイスピードツイートリーディングをやらされた。しかし今になって思うと、自分の読書速度が飛躍的にアップしたのもまた、この時期であった」と述べています。   「限界を超える速度での○○」をしていくことによって、脳の限界速度も向上していくのです。 ○○に入るのは、「音読」でも「スポーツ」でも「事務仕事」でも構わないのですが、 「音読によって、現代社会で必要とされる言語能力が鍛えられる」ことや「音読するときにかなり広範囲で脳が活動する」 ことを考え合わせると、私はやはり「限界を超える速度での音読」が最も現代社会に適応的だと考えます。 「限界を超える速度での音読」以上に効率よく脳力アップのできるものは存在しない、と断言してもいいくらいです。   ちなみに、私はいつもブログの文章を、できるだけ「自分の限界速度を更新するように」して書いています。 初めのころは3000字を書くのに二時間ほどかかっていましたが、最近は3000字であれば一時間もかかりません。 このペースでいけば来年には3000字は30分前後で書き上げるようになると思います。 (もちろん、文章の質は下げないで、という条件付きですが) 記事執筆にかかる時間を短縮しながら、脳に負荷をかけることもできるという点で一石二鳥です。   ひとまず、この節で述べたいことは次の通りです。 「脳は、限界を超える速度で何かをすると、それに適応してどんどん高速化されていく。 <限界を超える速度での音読>は、脳を高速化するうえでも、現代社会で生きるための能力を伸ばすためにも、もっとも効率的な方法だと考えられる」   「音読以上に脳全体をフル活用できるものは存在しない」 「よく使うほど変化・発達していくという可塑性」+「限界を超えようとする」ことで脳は変化していく、と述べました。 ここでは、先ほど「後述します」ということで後回しにしておいた「音読以上に脳全体をフル活用する勉強法は存在しない」についてお話しします。 (もうひとつの後回し事項「言語能力が上がる→頭の働きがよくなる」のはなぜか、についてはまた後日の記事で触れます)   「脳には可塑性がある」(=ここでは、脳というのは、使われる仕方にしたがって変化するという意味)という事実からすると、 「音読時の脳のはたらきが、ほかのあらゆる作業の時の脳活動に比べて、あきらかに活発であること」を示すことができれば、 「音読こそが最高の脳トレである」と言えそうです。脳を一番使う活動をすれば、一番効率よく脳も変化するだろう、ということです。   単純に考えてみましょう。 「音読」するというのは、「見る→話す→聞く」の三点セットです。   もっと言うと、音読時に働くのは、脳の部位でいえば、 「前頭前野」:思考や理性をつかさどる 「言語野」:言語の発声と理解を担当する 「聴覚野」:耳から入ってきた情報を分析する 「視覚野」:目から入ってきた情報をキャッチする 「運動野」:体をどう動かせばよいかの指令を出す この五つがメインです。   実際、音読時の脳の血流量の変化は以下の通りになっています。   二つの図を見比べてみればわかりますが、上にあげた五つの部位がきれいに赤くなっているのです。 つまり、音読をするときには「前頭前野・運動野・聴覚野・視覚野・言語野」が活発に活動している、ということになります。 間違いなく、スポーツ(運動野・視覚野がメイン)や黙読(視覚野・前頭前野・言語野がメイン)、事務作業(視覚野・言語野・前頭前野がメイン)といった活動をしているときよりも、音読をしているときのほうが、脳は広範囲で使われているのです。   ということは当然、「音読以上に頭をフル活用する勉強法は存在しない」ということになりますね。 したがって、「脳を鍛えるための最高の方法は音読である」という結論になります。 ただでさえ効果のある音読を、さらに「高速でやる」ことができれば最高です。   もちろん、ほかの勉強法と併用することも可能ですし、音読によって脳全体のベースアップを行ってからそういった勉強法をやると、より一層効率が良くなることが期待されます。 逆に言えば、脳の機能を向上させないまま、ただ「頭のいい人はこんな勉強法をやっている。だから自分もやろう」といきりたつようでは期待薄です。 それは単なる「猿真似」の域を出ない発想でしょう。   そうやって頭のいい人の模倣をしている間に、今現在すでに頭がいい人はどんどんどんどんものすごいスピードで先へ進んでいきます。 「頭そのものをよくする」という発想をしない限り、いつまで経っても差は埋まらないどころか、逆に離されていきます。 「頭のいい人だからできる勉強法」と「それをやることで頭がよくなる勉強法」はまったくの別物だ、ということでもあります。   この連載では、音読以外にも「頭をよくする」ための方法論をいくつか紹介する予定です(運動・食事・生活習慣・脳内物質のコントロール・瞑想など)。 世にあふれる勉強法・自己啓発の本に決定的に抜け落ちている点、それが「人間というものを操っているのが脳である以上、まずは脳そのものの機能をベースアップさせなければならない」という事実なのです。   まとめ + 頭をよくしたい人のためにおすすめできる本 さて、いかがでしたか。 短めに済ませる予定が、かなり長くなってしまいました。 今回の記事の内容をざっくりまとめると、 音読は、もっとも効率的に脳のスペックを上げることのできる勉強法である。 ①脳には可塑性がある(鍛え方によって変化を生じる) ②脳は、意識的に限界速度を更新することによって、どんどん速くなる この二つの前提を踏まえたうえで、 「音読以上に脳を広範囲で使用する勉強法は存在しない」ことを考えると、次の結論が出る。   「音読をすることによって、脳はどんどん<広範囲で活性化>される。高速音読であれば、これにプラスして高速化作用もある。 つまり、「高速音読」よりも脳を効率よく鍛えることのできる勉強法は存在しない」。   いろいろな勉強法を試してみる前に、「脳そのものの機能をベースアップさせる」という発想が必要だ。 音読・食事・運動といった活動によって脳のスペックを上げていかない限り、「現時点ですでに頭のいい人」との差は決して縮まらない。 ということになります。   物理的・科学的な脳の話は脳科学者(大脳生理学者・脳神経科学者)の方におまかせして、 私は市井のエセ脳科学者のお面をかぶりながら「実生活で役に立つ脳の話」をしてきたわけです。   ぜひ、高速音読を毎日やってみてください。 朝にちょっとだけ早起きして「30分」(可能ならば2セット)するだけでも全然違います。   この連載で私が思う存分「音読ってこんなに効果があるんだぜ」というのをはっきり示していくので、 皆さんはぜひ、ガンガン音読していってください。   では、グッド・ラック!     ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 以下におすすめの本を挙げておきます。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

完全版・音読の効果一覧(直接的・副次的)

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「音読の効果」についてまとめてみようと思います。 何度も「音読は頭を良くする」というテーマで記事を書いているので、その総まとめ的なものになります。 「うわ、音読ってこんなに効果あるのか。やろう」と思っていただければ幸いです。 今回列挙した音読効果は、「根本的なもの、わりと枝葉的なもの」の二つ。 音読している方は自分の実感と照らし合わせて自分の成果を確認し、音読していない方はこれから音読をするためのきっかけにしてください。 完全版・音読の効果一覧 ①音読によって根本的に変わるもの 音読をすることで得られる「根本的な変化」は、以下の通りです。  ・頭の回転が速くなる  ・創造力がアップする  ・集中力がつく   ・情報処理の速度が上がる  ・前頭前野と言語野が集中的に鍛えられて、理性的な人になる  ・記憶力が良くなる  ・頭のメモリが拡張されて、要領がよくなる まさに劇的ですね。 実際、音読を毎日の日課にしていると上記の効果をビシビシ実感できます。   (なお、私の言っている音読とは多くの場合「イメージしながら高速音読」です。 ふつうの速度での音読ももちろん効果はありますが、上のリストの効果をフルに享受できるのは「イメージしながら高速音読」となります)   全体的に見て、やはり「頭のスペックそのものが上がる」という効果がありますね。 どうも、まだ日本では「音読研究」そのものがあまりされてないようですから、実証研究がなされていくのはこれからでしょう。   いまのところ音読を学術的にバックアップしてくれているのは、川島教授の有名な「音読しているときの脳イメージ図」くらいなもので、後はネットユーザーの体験談などが大半である、というのが実情です。「fMRIで脳の血流変化が分かったからといって、その血流変化がすぐに<頭が良くなる>に直結するとはいえない」といった批判も生じてきます。 しかし、科学による厳密な実証的研究を待たずとも、個人レベルでは経験と理屈とをもとに試行錯誤をしていくことができます。   私自身も、「音読は、人生を豊かにするために役目を果たせるのであればそれでいい」くらいに考えていて、「音読というものが厳密に科学的に検証されるのを待つ」つもりはありません。 「実際に役に立っていれば、わざわざ厳密に検証せずとも、それでいいじゃないか。どうしても検証したいのであれば、後追いで検証してね。だって効果が出るのは確実、といえるくらいの経験が蓄積されているんだもの」というスタンスなのです。 (ちなみに、音読の中でも、「英語の音読」はわりかし研究されてます)   ②音読によって副次的に得られるもの ①で述べたような劇的な変化によって、以下のような副次的な変化も期待されます。  ・並列処理ができるようになる  ・コミュニケーション能力が向上する(→友達が増える、彼女ができる)  ・ADHD(注意欠如・多動性障害)・アスペルガー症候群の改善に効果がある  ・感情的にならず、冷静な判断を下すことができるようになる  ・運動が(多少)得意になる  ・知識が爆発的に増える  ・自制心がつく  ・文章力が上がる  ・行動力が高まる  ・気持ちが前向きになる  ・眠気に襲われることが少なくなる    ・学力が高まる  ・テストやレポートを難なくこなせるようになる  ・ストレスが減る  ・語彙力が増強される   ……何やら、雑誌のウラに載ってる怪しげな石の広告みたいになってしまいましたが、以上の効果はすべて音読によって実際に得られるものです。私自身も音読を続けているうちにこのような効果を体感しました。音読を継続されている方の体験談・感想を読む限りでも、みなさんこのような実感を持たれているようです。 さらにいえば、脳という器官の性質や、人間という生物の仕組みから考えても、やはり音読には以上のような効能があって当然なのです(これは次回以降詳しく解説していきます。)。   したがって、 「自分は頭の回転が悪い。親の遺伝子も悪いし、親の育て方も悪かった。だから自分はもうどうしようもないんだ」 とか、 「自分なんか大した人間ではない。小学校から今まで、いつだって『すごい人たち』を遠目から眺めているだけの人生だった。自分は絶対に、一握りの成功者のうちに入れないんだ」 とか、 「引きこもり生活を始めてから早五年。どうせ自分はコミュニケーション能力もないし、頭も悪いし、人間的にもクズだってわかってるんだ。何をしてもムダさ」 といった思いを抱いている人であっても、全然オッケー。 その「なかったはずの能力」を発芽させ成長させていけるのが音読のすごさですから。 「自分はダメな人間だ」 そう思っている人の方がむしろ、音読で鍛えがいがあります。   逆に、 「これまでの人生ではそこそこの成績を収めてきたし、友達にも不自由していない。でも、本当に自分がすごい人間であるというまでの自信はない」 とか、 「今までの人生ではなんでもナンバーワンかそれに準ずるものを獲得し続けてきた。就活でも『勝ち組』とされる企業に内定をもらった。自分にはなんでもできるという自信がある」 とか、 「自分は欧米のエリート大学のトップクラス達と対等に張り合えるだけの実力がある。でも、あともう一歩進みたい。世界のエリートと張り合うだけでは物足りなくて、彼らより一歩先を行きたい」 と考えている人たちも、やはり音読をするべきです。 「今の実力に甘んずることなく、さらに研鑽を積みたい」 音読は、そういう人たちにもきちんと応えてくれます。 私が構築したのは、まさにそれを実現するための方法論・理論なのです。   まとめ 今回述べてきたように、「音読」というのは実に様々な効果があります。 そしてこれらの効果は、実際に音読をやってみることによって実感されます。 一時間ほど音読したその日に「おっ?」という変化が現れ、一週間で「こりゃすげえ!」となり、一か月、三か月、一年とやっていくうちに「音読してきてよかった!」という実感が間違いなく得られます。   音読はまさに「頭が悪いということで悩んでいる人のためにある」ような勉強法です。 書店に置いてある「〇〇勉強法」をやろうとしては「自分はこんなのできるわけがない・・・」と打ちひしがれてきた人にもおすすめします。 次回は、「数ある勉強法のなかで唯一、直接的に「脳のスペックを上げる」ことができるのが「音読」!」というテーマで書く予定です。 では、グッド・ラック!   【「頭が良くなる音読法」のすべて】に戻る   ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 以下におすすめの本を挙げておきます。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

知識量を加速度的・爆発的に増やすためには「全体像の把握」がカギになる

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「ゲシュタルト構築」の話をします。 ゲシュタルトとは、「バラバラに認識するのではなく、全体像を認識すること」です。 たとえば、古いネタですが「傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷傷・・・」というのを見ているうちに「あれ、傷っていう漢字ってこんなんだっけ?」となるゲシュタルト崩壊が有名です。ゲシュタルトを構築するとは、部分的に見るのではなく、全体像を把握することをいいます。 難しい言葉ではありますが、おおまかな意味だけ知っておいてもらえれば損はないし、とても役に立つ概念です。 今回は、その「ゲシュタルトを構築する」ということができれば、思考をする上で非常に有利になるという話です。 今回の記事では、「全体像をつかむ」というテーマでいくつかの小話を紹介します。 「全体像を把握する」ことを念頭に置いてやると、知識の吸収速度が5倍になる 本を読むときには、必ず「目次」を何度も読む みなさん、読書するときに、「目次」を気にかけますか?   知識をスムーズに吸収するために、 本を読むときには、「目次」を何度か読んでやるのが良いでしょう。   たとえば、読み始める前に目次をザーッと眺めて、 「なるほど、こういうテーマが並んでいるのか」というアテをつけます。 これによって、いまから自分はどういう知識を吸収しようとしているのかがハッキリします。   また、本を読み終えたら、「そうそう、こういうテーマたちについて学んだのだったな」という復習用としても使えます。 そうやって何度か目次に目を通しておくことによって、その本の「全体像」がつかめます。   図書館や書店に行って、興味のある分野の本棚の前をウロウロし続けることの効用 「なにかの分野について学びたいな」と思ったら、まず書店か図書館に行って、その分野の本が置いてある棚の前をぶらぶらしてみてください。とりあえず背表紙だけでも眺めながら、 「へえ、この分野に関する本ってこんなにあるんだ」 「この分野はこういう本を読んでいけばいいんだな」 「なるほど、この分野の中でも、特にこのテーマについては研究が進んでるんだな」 などと考えながら、ぶらぶらします。気になった本があれば手にとって、パラパラめくってもいいでしょう。   それをできるだけ毎日やります。 すると、 ①その棚にどういう本が置いてあるかだいたい覚える ②だんだんその棚の本を読みたくなってくる という効用があります。   だいたいの学問というのは、「本」と不可分です。 たとえば哲学専攻の学生が「カント読んだことありません」だと困りますよね。 その分野についての読書量が足りなければそもそも問題外になってしまうのです。   たとえば、大学教授の研究室には、その人が研究する分野に関連する本が山のように置いてあります。 読書量という観点から言えば、そういう状態が理想といえば理想なのですが、そこまで買い込むお金はないと思います。   そこで、その分野について一級品の知識を得たいなら、ひたすら本棚の前をうろうろぶらぶらしていることが効くのです。 そうしているうちにどんどん読みたくなってきます。   本棚の前をウロウロしているだけで、「どんどん本を読みたくなってくる」「どんな本があるか頭に入る=その分野の全体像をつかむことができる」のです。   「〇〇史」は、知識を頭の中に収納するための有効なツール なにかの分野について学びたいとき、その分野の歴史を押さえておくようにするとかなりラクになります。 どんな分野でも、最初は「単純でわかりやすいことを言う」大家がまず出て、 それからどんどん弟子や反論者などが枝分かれしながら学問が発展していきます。   ですから、そういった「歴史」をまず押さえるようにすると、時系列順に、しかも論理的に追っていくことができるからです。 哲学について学びたい人であれば、「入門書 兼 哲学史」みたいな本(ex.『哲学用語事典』小川仁志、プレジデント社)がありますから、そういった本を何冊か読んでおくだけで、かなり習得スピードが違ってきます。   新しい分野を学ぶときには、まずは「○〇史」を押さえる。 ぜひやってみてください。   知識量が一定のラインを越すとブレークスルーが来る 知識は、その量が一定のラインを越すと、いきなりブレークスルーがやってきます。 「知識量が少ない段階 → だんだん知識がたまってくる段階(ただし混乱している) → 知識量が一定のラインを超えて悟りを開く」という順です。   これは「学部生→大学院生→教授」の知識レベルに対応しています。   ある分野について説明してくださいと請われたとき、 学部生はまだ知識量が少ないため、結構ザックリ説明できますが、不正確な個所も多いです。 大学院生は中途半端に多い知識量なので、説明もかなりアンバランスでしどろもどろになります。 それが大学教授レベルにまでなると、知識がブレークスルーを起こして、一気にわかりやすい&本質を突いた説明ができるようになります。   つまり、「ある分野についての知識をひたすら習得しまくっていると、かならずブレークスルーが来る」ということです。 もちろん、ここでいうブレークスルーとは、「全体像がつかめること」に他なりません。   「すべてのものは関係を持ち合っている(縁起)ということ」を念頭に置く 「全体像」と関係の深いテーマですので、「縁起」という概念についてもちょっと触れておきましょう。   すべてのものは、関係を互いに持ち合って存在しています。   たとえば、「わたし」を定義できますか? おそらく、多くの人は「あなたという存在を定義してください」といわれると、   わたし : 東京都出身 現在は○○大学在学中 部活は○○ A高校卒業 好きなチームは〇〇   ・・・といった感じで要素を並べていくと思います。 しかし、上に挙げた要素のどれも「わたし」そのものではありません。 「わたし」でないものを一生懸命列挙することによってしか、「わたし」は定義できないのです。   しかも、要素のひとつひとつをとってみても、「わたし」と同じようなことが起こります。 「東京都」というものは単体では存在せず、他のあらゆるものがあって初めて定義されるものです。群馬県とか、日本国とか、地理学的な概念とか。   したがって、「わたし」も「東京都」も、「それを説明するためには、結局、宇宙にあるすべてのものを引っ張ってこないとハッキリ定義することはできない」と私は考えるのです。 「他のあるもの」を用いて定義しようとすれば、そこで使われている「他のあるもの」は、やはりまた「他のあるもの」によって定義せねばならず、その「他のあるもの」もまた・・・というように。網の目は無限に広がっていきます。 つまり、「わたし」というのは「単独では存在できず、他のものとの関係の中でしか存在していない」ということになります。これを仏教では縁起と言っているわけです。   これと同じように、たとえば「言語学」について学びたい人がいたとして、言語学だけやっていたのではダメだと思うのです。 言語学について必死に学ぶのは当然ではありますが、言語学以外の学問もできるだけ広く深くやってやってやりまくって・・・という学際的なアプローチが必要だと私は考えています。 なぜなら、「あらゆる学問・知識は、縁起の法のなかで相互に関係しあっている」からです。   そうすると、「あらゆるものについての知識をかき集め、圧倒的な知識量を得る+ゲシュタルト構築をすることができた人」 でないと、本当の意味での「全体像の把握」はできないということになります。実際その通りでしょう。   あらゆる学問について精通している人というのは、ロンドンの熟練したタクシードライバーのようなものです。 全体像が把握できている人でないと、「道案内」はできないのです。   おわりに + もっと頭を良くしたい人のためのおすすめ本 今回はけっこう、抽象的な話に終始しました。 納得しづらい面もあったと思います。   しかし、ひたすら勉強をしていくと、「そうか、あそこのブログで言っていたのはこういうことか!」という納得の瞬間が必ずやってきます。   偉そうにかく言う私自身もまだまだ若造、お勉強の途上です。 しかし、できる限り速いスピードで進化し続けて、世界のトップクラスの人々と対等に渡り合えるだけの能力を身に付けて、「理不尽な死のない世界」を実現するつもりです。 そのゴールを達成するまでは死ねません。 必死こいて頑張ります。   では、グッド・ラック!   ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 以下におすすめの本を挙げておきます。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

「コミュ障」につける薬

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、シリーズ「コミュ障」の第三部です。 前回までの記事(「コミュ障」の根本原因は一体何なのか?、「コミュ障」の根本原因は一体何なのか?その2)で、私は「コミュ障」の根本原因として、 ①愛着と承認の不足 ②自分や他者がどのような認知の枠組みを持っているのか、ということを一歩引いた目線で見る能力の不足(要するに自己中心性) ③頭のスペックの問題 を挙げました。 今回は、それを踏まえた上で、では「コミュ障」とはどのようにして治すことができるだろうかということを考えていきましょう。   「コミュ障」につける薬 基本的な考え方 これを読んでいる人にぜひやってもらいたいのは、前回までに紹介した「コミュ障」の根本原因①~③のうち、いったい自分がどれに該当するのかをハッキリとさせることです。 ①なのか、②なのか、③なのか、あるいは複合型なのか。 大抵の人は複合型です。 たとえば、 「③頭のスペックが低い がために相手のことまで考える余裕がなく、そのため②自己中心性 がコミュニケーションで出てきてしまう」 「①愛着と承認が不足している がために他人による承認を異常に欲しがり、そのため②自己中心性 が発現する」 「①愛着と承認が不足している がために思考の調子に波があり、③頭のスペックが低くなって コミュ障に悩む」 …といったように。ですから、自分がどれに当てはまるとしても、一応ほかの項目にも目を通してください。   原因さえわかってしまえば、あとは簡単です。 「コミュ障」の原因となっているそのことを、解決してやれば良いからです。   ……と、言うのは簡単ですが、おそらくこの記事を読んでいる人の多くは 「そんなに簡単な話なのかよ?」 と思われるでしょう。 「その原因がどうにもならなくて困っているんじゃないか」、と。   しかし、私が思うに、人はいくらでも変貌します。 あのトイレのキュポキュポやるやつを使って、トイレの水を詰まらせている原因を取り除けばたちまちザーッと流れ出すみたいに、原因に対して的確なアプローチをしてやれば必ず治ります。うつ病やADHDだって治せる時代です。「コミュ障」くらいはきちんとやれば治るのです。 では、実際にどのようなアプローチが考えられるのか、一緒に見ていきましょう。   ①愛着と承認が不足しているタイプの人の場合 「師匠」「理解者」を見つける――愛着の確保 前々回の記事で述べたように、 愛着が足りない人は、他人に対して猜疑心が強くなったり、自分は他人に受け入れてもらえないのではないかと思い悩んだりします。愛着というのは人間関係の一番ベースになるもので、これが不足していると、「自分以外は敵である」という思考になりやすいのです。   ですから、まずは愛着の確保が先決。 これさえできれば、他人が敵ではなく味方になります。 「コミュ障」に悩む人にありがちな、相手が自分を嫌いになるかもしれないという被害妄想が解消されます。   しかし、現時点で愛着が確保されていないということは、あなたの生育環境に問題があった可能性が高いといえます。家族や育ての親というのがあまりアテにならないケースも多い。   したがって、愛着を確保するには、「無条件であなたを肯定してくれる人を見つける」ことが肝要です。 「でも、そんなに都合の良い人っているの?」と思われるでしょうが、います。地球上にこれまで生まれて死んでいった人数の総数は約1000億人だそうですから、そのなかには必ずいます。   ではどうすればそういう人を見つけられるかというと、「本」を頼りにするのが良いでしょう。 直接会いに行くのはかなりハードルが高いものですが、本によって「会う」ことならいくらでもできます。 あなたの存在をまるごと肯定してくれるような本を何冊か手元においておけば、それを何度か見返すことによって、その著者と何度か面談したのと同じになります。   プラスの方向にあなたを引っ張っていってくれるのは、たとえば「中村天風氏」「苫米地英人氏」「スポーツ選手」の本など。 マイナスのところにいるあなたを支えてくれる本は、よく書店に並んでいる「幸せは~」みたいなタイトルの本です。   クソみたいな本も多々ありますが、本当に良い本に巡り合えたら、ずっと手元に置いておきましょう。そして何度も何度もパラパラとめくって、あなたの潜在意識にその言葉を植え付けて、失われていた「愛着」を復活させることです。   承認の充足――まずは自分で自分を承認できるようにするための「マイ哲学」を組み立てる 承認というのは、「他者による承認」と「自分による承認」があります。 自分で自分を承認するための元ネタとなるのが、「他者による承認」です。   しかし、承認不足で悩んでいる人の多くはまず「他者に否定されたり、からかわれたりした経験」があることと思います。つまり、今の状態では「他者からの承認が期待しにくい」はずです。   ですから、「自分で自分を承認する」ようになる方が先です。 自分で自分自身を承認することに先に取り組みながら、徐々に他者による承認にも挑んでいく・・・・・・というのが効率が良いでしょう。   では、「自分で自分自身を承認する」ためにはどうすればいいのでしょうか? そのために私が勧めるのが、「マイ哲学をつくること」です。   マイ哲学というのはたとえば、 「人間はいずれ必ず死ぬ。どうせ死ぬからといって投げやりになることも、生きている今のうちにやりたいことをやろうと考えることもできる。自分は後者を選択しよう。生きていられる間にしかできないことがあるはずだ」と考えたり、 「人間というのは個人では生きることのできない動物だ。だから自分から進んで孤立しようとするのはおかしいし視野が狭いと思う。たしかに人間関係というのは時には面倒くさいし、辛かったり打ちのめされたりすることもあるけれど、それでもなお自分は社会に対して能動的にかかわっていこうと思う。自分という存在は社会的に承認されることによって、つまり他の人間にたいして何らかの役に立つということによってはじめて存在の意味を持つだろうから」 …といった思考のことです。   マイ哲学に正否はありません。 上記のは私のマイ哲学ですが、自分なりには納得できたとはいえ、世間的に見ればこれが正しいとは限りません。   ですから大切なのは、自分が大切だと思う問題を、「これだ!」と確信できるレベルまで徹底的に考え抜くこと。 私はこれを「底が見えた」と比喩的に読んでいますが、つまりは自分の悩み事について、「ここまでいったら、これ以上何も言うことはない」というレベルまで考え抜くこと。ノートに書いたり、日記に書いたり、ブログに書いたり、本を読みながら考えたりすることによってこういう「マイ哲学」はどんどん洗練されていきます。 この「マイ哲学」が発展していくと、自分という存在を自分で承認できるようになります。 …というよりはむしろ、「自分という存在を肯定できるように哲学を組み立てていく」ことです。   「相手がしてほしいことは何だろうか」ということを率先してやれば承認されやすい 使い古された言い方ですが、人間は一人では絶対に生きていけません。 そして、「他人との交流」というのは人生を生きるに値させていることの一つだと思います。 人間関係のまったくない人生というのは空しいでしょう。   したがって、どうせなら、「自分にとってプラスになる人間関係」をつくりたいわけです。 良好な人間関係を持てているという実感があれば、必然的に「承認」も充足されますし、愛着もある程度満たされます。   そして、「他の人から承認される」ために手っ取り早いのが、「他の人が喜ぶようなことをやるように心がける」というポイントです。つねに「どうすればこの人に喜んでもらえるかな」という視点を導入するわけです。自己中心的の反対ですね。 たとえば、いわゆる「リア充」の人は、他の人が喜ぶようなことを積極的にやっています。誕生日をお祝いしたり、何かの記念で飲み会を開いたり。「自分のために祝ってくれた」という恩を感じた人は、そのお返しをします。そしてさらにそれにお返しをして・・・というループが生じるのです。「ただ騒ぎたいからやっている」というわけではないと思います。 なんにせよ、他の人から承認されるためには「まずは自分から歩み寄る」のが鉄則です。 あいさつ一つとってもそうですし、なにかで助けてほしそうなときに進んで手伝ったり。 相手の立場になってみれば、自分に興味を持ってくれているのだなということでうれしく思うはずです。また、リスクをとらないリターンもあり得ません。コストがかかることだからこそ相手もまたお返しをするつもりになるのです。   まとめ + 頭を良くしたい人のための本 今回は、「①愛着と承認が不足しているタイプの人の場合」に絞って まとめると、 1.無条件に愛情を注いでくれる存在を見つける。おすすめは本。 2.自己承認――「自分自身を承認するマイ哲学」を徹底的に練り上げる。 3.他者による承認――他者による承認を得るためには、「この人は何をしてほしいのだろう」ということを考えてみる。自分が相手をよろこばせることによって、相互に良い関係を築く端緒になる。   ぜひ、上に挙げた三つのポイントを実行してみてください。 「愛着と承認」が安定すれば、対人関係の不安というのは相当和らぎますよ。   「あらゆる他人は敵」という状態から「他人は基本的に味方」という状態へ。 他の人に悪く思われているんじゃないかという余計な尻込みがなくなります。 行動力も上がります。 ぜひやってみてください。 では、グッド・ラック!     ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 以下におすすめの本を挙げておきます。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

少食な偉人・著名人のまとめと、少食がなぜいいのかについての考察

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、最近扱った「少食」というテーマでまた書きます。 「少食な有名人・偉人」のまとめをガッチリやったうえで、 「なぜ少食は良いのか」について、もう少し深く考えてみましょう。 この記事を読めば、いままでの無造作な食生活を見直したくなるはずです。 (前回記事:「少食」で成功している人の例と、なぜ少食で頭が冴えるのかについての仮説) 少食で成功した有名人・偉人の一覧 + 少食で頭がさえるワケ 有名人一覧 タモリ 一日一食。 ちなみに、笑っていいともを体調不良で休んだことは一度もないようです。   ビートたけし 2017年現在70歳 一日一食。   水谷豊氏2 2017年現在64歳 一日一食。   バラク・オバマ 2017年現在55歳 「米国のオバマ大統領(53)も1食しか食べない。米誌ニューズウィークによると、基本は夕食のみ。その献立も「サーモン、ライス、ブロッコリー」を長く続けている。昨年4月に来日した際、すきやばし次郎の寿司を半分残したというのは有名な話。」とのこと。 オバマも宮崎駿も庶民的…一流の人の食事はなぜ質素なのか(日刊ゲンダイ) を参照。   ビル・ゲイツ 2017年現在61歳。 ハンバーガーが好物とのこと。ただちょっと老けてる感じはしないでもありません。   スティーブ・ジョブズ ただ、ジョブズは早世。 一説には、かれが果物中心のあまりに偏った食生活を送っていたことが早死にの原因では? と言われている。   プーチン 2017年現在64歳 「ロシアのプーチン大統領(62)もあまり食べない。朝食は、ロシア伝統のカーシャ。これは雑穀のおかゆだ。昼食は食べず、メーンの夕食も肉はそれほど食べない。食べるにしても羊肉だという。」とのこと 宮崎駿 2017年現在76歳   苫米地英人 2017年現在57歳   荒木飛呂彦 2017年現在56歳 あまりにも若く見えるのでこんなコラ画像も   南雲吉則 還暦過ぎてます 2017年現在61歳   船瀬俊介 「知ってはいけない!?」などで有名なベストセラー作家 2017年現在66歳   ★言えそうなこと 少食な人々は、全体的に若く見える。というか異様に若い人が多い。 このレベルまでいくと、恣意的に選んだわけではなく、「少食の人は全体的に若く見える」くらいのことは言えそうです。 ただし、「少食な若い人」はあまり見かけない気がする。いても一日2食とか2.5食くらいでは。若いと代謝が高いのでその関係かも?   学校の先生とかを思い出していただければわかると思いますが、ふつう50歳を過ぎた人間ってかなり「しおれ」ていますが、それに比べると上記の人々(男ばかりになってしまいましたが、女性の場合はメイクが激しい人がいるので・・・)は異様に若く見えますね。   あと、少食とあわせて「肉はあまり食べない」人も多い。ベジタリアンの人もいます。 「動物性たんぱく質を摂らないと、逆にいろいろ体に不調が出るのではないか」とも言われますから、ここは微妙なところです。     なお、一日一食の人は実際には「朝には野菜ジュース・昼には特製ドリンク」といった食生活であることも多いようです。そして、「一食」の内容はやはり品目が多いようです。 若い人がマネしようとして一日一食カップめんだけ食べたらきっと栄養失調で病院行きですから、この辺気を付けてください。   少食な人が長生きするか早死にするかはまだよくわかりませんが、上記に挙げたような人たちがあと何年生き続けるかによって今後わかってくるでしょう。   「三食しっかり食べるべき」という常識を疑う 個々人で体質は違うはず あなたは、「自分は、なぜ三食食べるようになったのか?」について考えてみたことがありますか? そしてさらに、「自分の食生活は、ほんとうはもっと違った形のほうが向いているんじゃないか」と思ったことがありますか?   一日三食食べるのはなぜかといえば、「ずっとそうしてきたから」だと思います。 一般的な小学生の一日を思い浮かべてみればわかると思いますが、朝はお母さんが作ってくれて、昼は給食か弁当で、夜はやや豪華なメニュー・・・というのが通例だと思います。 小中で10年間近くそういう食生活を続けていれば、体もそれを当たり前だと思うようになるでしょう。   しかし、「当たり前になっていること」がかならずしもいつも正しいとは限らないのです。   もしかしたら、一日二食が本当なのかもしれないし、逆に一日七食くらいが本当なのかもしれません。 ・・・ちなみに船瀬俊介氏は著書のなかで「1日3食のうち2食は自分のため、1食は医者のため。」というドイツのことわざを紹介しています。   個々人で体質も違うことですし、「みんながみんな一日三食を当たり前にとっている」というのはちょっとおかしいような気もします。   脳のなかで起きているのは「化学反応」である 脳というのは物理的に見れば、「化学反応」によって動いています。 ナトリウムイオンやカリウムイオン、〇〇受容体や〇〇ホルモンといったものが作用することによって脳は活動しているわけです。   単純に考えて、その化学物質がそろっていない場合、脳は機能不全に陥るはずです。 たとえば「テストステロン」というホルモンはコレステロールを原料とします。そのコレステロールを一切摂らない生活(あり得るかどうかは別にして)をしていれば、テストステロンは出なくなっていくはずです。 これと同様のことが、ドーパミンやセロトニンやその他の脳内物質にいえるのではないでしょうか。   もちろん、体内でアミノ酸合成などが行われていることからもわかるように、われわれの身体は、ちょっとやそっとの食事減で動じないようにはなっています。 でも、やはり栄養不足はヤバいんです。 特に「ビタミン・ミネラル」が不足している場合、頭の働きは相当鈍ります。経験から言ってもそうですし、理屈で考えてもそうです。たとえば、「サプリメントと野菜・果物を毎日十分に摂取している男子大学生」と、「カップ麺ばかり食べている男子大学生」との間にはかならず頭のキレの差が出てきますし、容姿・体つきの差も出てくるはずです。 もしかすると、「やたらアクティブで頭も良いアイツ」は、あなたに比べてかなり充実した栄養摂取に成功しているのかもしれません。一考の余地はありそうです。   「人間の身体は食べたモノからできている」 人間には、「入るところ」は一か所だけですが、「出るところ」は何か所もあります。 つまり、スポーツの世界では良く言われることですが、「食べたモノで身体ができる」のです。 口から摂取するものでしか我々の身体は作られませんし、口以外での摂取というのは基本的にはナシです。   となると、やはり「食事」でかなりの差がついているのです。   どういう食事がよいかといえば、 ①食べ過ぎない。一日二食か2.5食くらい。 ②よく噛んで食べる。一口30回から50回。 ③ビタミンミネラルを補給する。サプリを使うとより簡単。 ④果物・野菜を多めにとる。 ⑤肉より魚を食べる。 ⑥糖質をとる場合には、低GIのものをとる。白米は高GI、つまり血糖値の上がり方が急なので眠気を催す。オートミールや玄米、そばなどが低GIかつ栄養も豊富。 ⑦酒、たばこ、スナック菓子、油ものに溺れない。   このあたりでしょう。 こういう食事さえ継続できれば、脳はかなり元気になります。頭のキレが目に見えて上がるはずです。 具体的な体験談としては、「食事を根本から変える生活を半年続けてみた結果wwwwwwwww」(不思議ネット)などを参照してください。   まとめ + もっと頭を良くしたい人のための本 現代人は食事を軽く見すぎです。 せっかく食事法や栄養素についての知識が誰にでも手軽に入手できるようになったのに、とてももったいない。   少なくとも、知的労働をしようと思うなら、食事にもある程度気を配ってしかるべきだと思います。 現代人はかなり栄養過多の傾向がありますから、かなり控えめなくらいでちょうどよいはず。 ぜひこの記事の情報を参考にして、ガンガン食生活を見直していってください。   (なお、効率よく「サプリメントやおすすめの食品」を紹介するために、近々インスタントストアを開設する予定です。べつにステマとかそんなんじゃなくて、単純に「私がずっと試してみてよかったもの」だけを厳選したものです。)   では、グッド・ラック!   ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 以下におすすめの本を挙げておきます。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」     ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

音読の効果を二倍にするコツ:「一息でどこまで読めるか」を試す

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「音読のコツ」についてお話しします。 実は、音読するときにちょっとしたコツを押さえておくだけで、音読の効果が二倍になるのです。 今回紹介するコツは、「音読するときに、一息でどこまで読めるか試す」というもの。手軽にできて、しかも効果絶大というコツです。 「一息でどこまで読めるかを試す」ことの効果 音読と同時に呼吸法の練習ができる 音読について調べたことがあるような人であれば、「○○呼吸法をやるとセロトニン神経が活性化して、精神にいい影響を与える」とか「深呼吸を長時間やると、自律神経系統の調子が良くなる」といったようなことは聞いたことがあると思います。 実際に、そういった呼吸法や座禅をすることによって、頭がスッキリするということは事実です。   しかし、そういった呼吸法や座禅というのは、いかんせん時間がかかるのです。もし音読と呼吸法の練習を両方やるとすれば、1日あたり一時間はかかってしまうはずです。これではもったいないような気もします。 いっそのこと、音読と呼吸法を同時にできないかな・・・と考えていたところ、「そうだ、音読のときに呼吸法ができるじゃないか」と思い付きました。   つまり、「おもいっきり息を吸い込んでから、どれだけ遠いところまで音読できるか試す」というやり方をひらめいたのです。 これなら、呼吸器官の動きは深呼吸とほとんど同じです。長く吸って、長く吐くわけですから。その長く吐くときについでに発声器官も動くというだけです。   さらに、「一息でどこまで読めるか試す」ようにしていると、必然的に音読の速度が上がります。「今吸っているぶんの息がなくなるまでに、あそこまで読んでやろう」というチャレンジができるからです。 「自分の限界速度で音読し続ける」のはキツいですしっ、けっこう意志の力がいるものですが、「一息でどこまで読めるか試す」というアプローチなら自然と限界速度になります。   つまり、「一息でどこまで読めるか試す」というコツを体得することによって、高速音読の恩恵と呼吸法の恩恵を、たいして労さずに一挙両得できるというわけです。   音読による頭のリフレッシュ効果が強まる 深呼吸をはじめとする諸種の呼吸法について詳しく知っている読者の方も少ないと思いますので、ちょっと解説しておきます。 30分ほど意識的に腹筋をつかいながら深呼吸をすることによって、セロトニン神経(脳の縫線核という場所に分布します)が活性化されます。つまり、セロトニンが出る、というわけです。   セロトニンがどのような作用を持つかというと、おおざっぱに言って「精神を静める」「頭をスッキリさせる」「安心感を強める」、さらには「姿勢を制御する筋肉(瞼の筋肉や脊柱起立筋などの抗重力筋)を緊張させる」といったところです。禅をやっているお坊さんのイメージです。   また一説では、男性がオ○禁でもてるようになる理由としてセロトニンが増えることが挙げられています。セロトニンは性欲減退という作用を持ちますし、抗重力筋である瞼の筋肉がしっかりと持ち上げられるため、目の力が増すのです(人によっては二重になることもあります)。 姿勢もシャキッとしますし、セロトニンは意識の覚醒にもかかわるので朝の目覚めもよりスッキリするはずです。 ただし、セロトニンが増えるということはどちらかといえば「穏やかで、静かな雰囲気のある人」になることを意味しますから、ワイルド系・スポーツ系を目指すのであればむしろセロトニンより「テストステロン」を増やすほうが得策でしょう。   話がそれましたが、結論としては、 「一息でどこまで読めるか試す」という音読法は、セロトニン神経を活性化する。セロトニンが出ると頭がスッキリするので、音読の効果とあわせると「呼吸法の効果で頭がスッキリしながらも、音読の効果で頭の回転自体は速くなる」という状態が実現されるといえそうです。   まとめ + もっと頭が良くなりたい人のためのおすすめ本 今回は「音読のコツ:一息でどこまで読めるか試す」を紹介しました。 ここまで述べてきたように、このコツを体得してしまえば、音読がかなり楽しくてやりがいのあるものになります。ゲーム感覚といえばよいのか、「自分がどこまでいけるのか試す」という要素があると人は俄然やる気が出るようですから。   このブログは「音読」に関する記事がかなり多いのですが、インターネットに数ある音読関連の記事のなかで質量ともにトップクラスのものを取り揃えている自信があります。なぜここまで音読に関する記事を書くことに熱を入れているのかといえば、やはり「音読をすることによって頭のキレが格段に確実に上がる(特に文章力や思考力といったもの)」という確信があるからです。ぜひ、音読関連の他の記事にも目を通してみてください。 (「音読」カテゴリーの記事の一覧)   音読であなたの頭がよくなって幸福度が上がれば、その分だけ日本全体の幸福総量も増えます。脱ニートを考えている人、もっともっと上のレベルの思考力を身に付けたい人、どんな人にも音読は効果があります。ぜひ毎日の習慣に取り入れてみてください。 では、グッド・ラック!     ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 以下におすすめの本を挙げておきます。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――    

「少食」で成功している人の例と、なぜ少食で頭が冴えるのかについての仮説

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「食事」について書きます。 現代人は忙しい人が多く、また家庭を持たずに独身を貫く人も増えていますから、どうしても食事が偏りがちです。 コンビニ弁当だけとか、カップ焼きそばだけとか、安いパンだけとか・・・ 「自分はこういう意図を持ってこういう食事にしているのだ」ということをはっきりと考えている人というのはほとんどいないのではないでしょうか。 今回は、「食事」のなかでも特に「少食」というものに絞って考えていきましょう。   少食な人は頭がよくなる? それとも、頭がいい人がたまたま少食なだけ? 頭が良い人は少食傾向にある 「食事って、一日にどれくらい食べるのがいいんだろう」という素朴な疑問があります。 大学生でいえば、運動系の学生はバクバク食います。 一食の量も多いですし、間食でコンビニ弁当をペロリ・・・という人もいます。その代わり、授業中はだいたいが爆睡タイム。   野球選手の場合、「もともと細めだけど、食べまくって筋骨隆々になった人」などはとてつもなく食べます。 「一般人は決してプロ野球選手と焼肉に行ってはいけない」元首位打者 鈴木尚典と一晩で7500kcal食べた話(イキクルより)とか。   スポーツでいえば、ボディービルダーや水泳選手もよく食べますね。 ボディービルダー・マッスル北村氏の増量期の食事などは衝撃的です。 手元に、「マッスル北村 伝説のバルクアップトレーニング」に収録された「ボクの履歴書」というマッスル北村氏の自伝があるのですが、それによると 「冷凍ササミにバニラエッセンスをかけてミキサーで粉砕して飲む」 「雑炊の他に全卵20~30個、牛乳2~3リットル、サバの水煮の缶詰3缶、プロテイン200~300グラムを一日のノルマにしていた」 あまりの食事量に消化が追い付かないので、消化の助けとして飲んでいた「強力わかもと」の1000錠入りのビンが一週間ももたなかったとのこと。   あとは水泳選手ですが、一日12000キロカロリーほど摂るのだとか。 ・・・とまあこのくらいにしておきますが、食事量というのはやはり、個人がなにを生業としているかによってかなり左右されるもののようです。   これを踏まえたうえで、 食事量に関して、まずはっきり言っていっておくと、 「精神的な活動がメインの人に向いているのは、食事を少な目にすることである」 ということです。 つまり、少食。   わかりやすくするために、少食な人の例を出してみましょう。   たとえば、このブログで何度も参照している苫米地英人氏は、非常に少食です。 好物はセブンイレブンの「そば」だそうで、一日二食が基本だとか。 喫茶店に入ってもカレーは半分残してしまうそうです。 「食事に一切こだわりを持たない」を実践しています。   他にも、日本屈指の社会科学者であった故・小室直樹氏は、48時間ほど絶食することがたびたびあり、その絶食の間に論文を一気に仕上げていたそうです。本人の語るところによると「水だけ飲んでりゃ大丈夫だ」とのこと。 (『宮台教授の就活原論』より)   他にも、オバマも宮崎駿も庶民的…一流の人の食事はなぜ質素なのか(日刊ゲンダイ)といった特集が組まれたりしています。ビートたけし氏、ジャパネットたかたの高田社長、タモリ氏など多くの著名人が「少食」をモットーにしているようですね。 なお、上に挙げた数々の例でもって「カロリー計算」をしてみるとその多くが明らかに1500キロカロリーを下回っていますから、一般的に言われる「成人男性は1800~2200キロカロリー必要」というのは案外アテにならないのかもしれません。少なくとも知的労働者に関しては。   少食といえばヨガの行者も思い浮かびます。 よく聞く話としては、「ヒマラヤの奥地でひたすら日々瞑想を続ける修行者たちは、家畜が食べるような雑穀しか食べない。肉も食べないし、魚も食べない」というものがあります。 実際、日本にヨガを伝えたとされる中村天風氏もやはり少食でした。   逆に、「大飯喰らいの知的労働者」というのはあまり思い浮かびません。 ↑小松左京氏くらいでしょうか。   「ノーベル賞受賞者の身長と体重」とか知りたいものですが、誰か調べてくれないかなあ・・・?   少食で頭が冴えるとすれば、それはなぜなのか では、なぜ少食は知的活動に向くのか? を考えてみましょう。 ①「食事量が少ないと、内臓にまわすエネルギー自体が減る」説 みなさんも焼肉バイキングなどで経験したことがあると思いますが、「たっぷり食べたあと」というのは頭も身体も動きません。消化にエネルギーを使うのでしょう。あるいは、消化器官に血液が集中されるのでしょう。   「昼食後に眠くなる」(実際、大学で居眠りしている人が多いのはやはり昼食後の授業です)のも、やはり内臓に血液が行くからなのかもしれませんが、これに関してはサーカディアンリズム(人間はどうも、本来は「昼ごろにもう一度眠る」ようになっているようなのです)などの問題もあるので一概には言えません。   じゃあ逆に、エネルギーを浪費するなら食べなきゃいいじゃんという発想になるわけです。 実際、昼食後の眠気に襲われないためには「昼食を軽くする」ことがとても有効ですから。   ②「食事の量が少ないと、なんらかのスイッチが入る」説 有名な研究に、「カロリー制限したサルは寿命が延びた!or伸びなかった!」というものがあります。これに関しては、異なる二つの機関がそれぞれ相反する研究結果を発表したことで話題になりました。 研究の詳細は専門の記事に譲りますが、「伸びる派」の主張としては「カロリー制限をすることによって、長寿遺伝子的ななにか(サーチュイン遺伝子というそうです)のスイッチが入るのでは」ということ。   で、最終的な結論としてはどうも 「健康な状態の維持のためには、カロリー制限が有効である。ただし、ビタミンミネラルなどの欠乏はヤバイ」というくらいのものになったようです。無難というか、当たり前というか・・・ ま、科学というものはいつも慎重なものです。逆に、「断言する科学」というのは疑った方がいいかもしれません。〇〇は身体にいい! とか。だいたい後ろにサプリ会社か食品会社が付いてます。   それは置いといて、少なくとも「毎日バクバク自分の好きなものだけを食べ続ける」という生活が健康に良くないのは明らかです。 結局、古来からずっと言われてきた 「栄養バランスの良い食事(つまり小皿の多い食事!)を、腹八分目くらいで食べる」 というのが健康にも頭脳にもいい影響を与える、ということなのでしょう。   ③「食事にかける時間をほかのことに使える」説 これも大きなメリットです。 一食に20分かかるとして、三食なら一日60分。 また、一人暮らしであれば調理の手間もかかります。5分~30分程度はかかるでしょう。   その30分の間に、もしかすると本を30ページくらい読めるかもしれないのです。 さらに、食後の「満腹タイム」「眠気タイム」によるロスもあります。 一日が24時間である以上、食事に時間を使いすぎるのはやはりもったいない気がします。   まとめ ・・・と、このように、「少食」というのは精神労働者にとってかなりメリットが大きいと言えそうです。逆に、肉体労働者やスポーツ選手であればバクバク食ったほうがいいでしょう。ただしその場合、頭のキレとか深く思考する能力といったものを自分に期待するのはやめておいたほうが賢明かもしれません。   補足ですが、少食にするさいの注意点としては、 ①いきなり少食にしないこと。たとえば体重80キロで毎日3500キロカロリーほど摂取している運動部の学生がテスト前だけ少食になろうとして一日2500キロカロリーほどにまで制限した場合、貧血になったり、脱力感に襲われたりします。一月に200~300キロカロリー程度のペースで減らしていくのが安全です。 ②少食になるぶん、食事の品目が減りがちなので、意識的に栄養バランスを整えること。要するに、小皿を多くする。マルチビタミンや各種ミネラルなど、サプリメントの摂取も考えてはどうでしょうか。 ③あくまでもデスクワークが多い人向け。肉体労働者が一日1800キロカロリー程度しか摂らないと間違いなく貧血かなにかで卒倒します。   なお、この「少食」というテーマで近日また記事を書く予定です。 お楽しみに。 では、グッド・ラック!   ★おまけ 頭をもっとよくしたい人のための本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み、「ああ、この人は本物だ」と確信しました。この人の本を読むと、どんどん思考の盲点が外れ、とらわれから自由になり、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。なぜ私が毎回毎回この人の本を紹介しているのかというと、この人の本は「きわめて応用が利く」からです。本当に役に立つし、読むことによって確実に頭が良くなると確信しているからこそ薦めるわけです。 以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「 「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――      

【完全版】ニート・引きこもり・豆腐メンタルな人のための筋トレ超入門

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、普段のテーマとはちょっと調子を変えて、「筋トレ」について書いてみます。 なぜ急にそういうテーマで書こうと思い立ったかといえば、「頭の良い人は身体に気を配っている」からです。たとえば、世界規模で展開するリッツカールトンなどの高級ホテルにはジムやプールがあり、各国のエリートたち(たとえば中国人やユダヤ人など)が朝早くから身体を鍛えているというのが事実です。 また、脳というのはあくまでも物質であり体の一部ですから、やはり身体のコンディション次第で脳の調子も左右されます。運動もせずに毎日アルコールを飲みまくり、カップ麺しか食べないような生活を続ければ、たとえもともとIQが120オーバーの東大生だったとしても、みるみる能力が下がっていくでしょう。 ・・・ということは逆に、元来あまり頭の良くない人であっても、ビタミンミネラルの摂取に気を配ったり、運動で身体をきっちり鍛えたりしてやれば、逆転のチャンスが出てくるのです。なんせ、たいていの日本人はトレーニングをさぼっています。彼らは「脳は身体の器官のひとつである」という基本的な事実を見落としているのです。 もっといえば、「メンタルに問題を抱えている人」もまた(筋力)トレーニングと食事でかなり改善する可能性があります。なぜなら、脳は物質だからです。物質レベルで脳に働きかける手段が「食事と運動」なのです。   つまるところ、キーワードは「食事」と「運動」なのですが、今回はとくに「運動」をメインに書きます。 ※なお、「男向け」の内容にはなっていますが、女性の方にも効果があります。 ニート・引きこもり・豆腐メンタルな人のための筋トレ超入門 本記事で想定している読者層は、「ニート・引きこもり・豆腐メンタル」の人です。   つまり、 「筋トレをやったことがない! 腹筋の割れた逆三角形のかっこいい身体は欲しいんだけど、どうやればいいかわからない。ネットで調べても専門用語とかが多くて、初心者にはよくわからないことだらけ・・・」とか、 「長年のヒッキー生活で身体がなまりになまってしまった・・・危機感はあるんだけど、どうしていいかわからん」とか、 「時間が余りに余ってるし、ひまだから、ちょっと身体鍛えようかな・・・でも、どうやればいいのかを調べるのがめんどくさい」 と思っているような人を対象にしています。   また、筋トレのメニューは、引きこもっている人でも開始できるように、 「弱り切った身体でもできる」 「確実に効果がある」 「器具がなくてもできる」 「騒音を出さない」 ものを選定しました。また、「ここまでできるようになれば合格ラインだよ」という基準も設けたので、参考にしてください。   単純明快! 「筋トレはなぜいいのか」を知ろう ①筋トレは、「成功体験を絶対に味わえる」! まず、筋トレの良いところは「はじめは<1>の力であっても、筋トレを続けてさえいればかならず<2>になり、<3>になり、どんどん上がっていく」ことにあります。   たとえば私の場合、「腕立て伏せ」がもともと一回もできなかったのですが、膝を地面につけた腕立て伏せ(負荷が軽くなります)をちょっとずつやっていくうちに、「やった! ついに腕立て伏せが一回できるようになったぞ!」という日がやってきました。そこから楽しくなって、「次は3回だ!」「次は5回だ!」という風にどんどん上がっていったのです。 今では腕立ては50回近くできますし、ベンチプレスも100キロ近くまで上がるようになりました。   この「筋トレをやっていると確実に得られる成功体験」がデカいのです。 おそらくこの記事を読む気になったような人であれば、圧倒的に「これまでの人生の中で成功体験が足りない」のだと思います。 実際筋トレ以上に、成功体験を手軽に確実に得られるものは少ないです。   勉強で良い結果を出したからといって親が褒めてくれるかどうかはわかりません。 仕事の場合であれば、そもそも「うまくいく」こと自体が少ないかもしれません。 ましてや人間関係であれば、「うまくコミュニケーションをとりつづけられる」人などほんの一握りです。   するとやはり、「成功体験を積む」点においては筋トレの右に出るものは存在しないのです。 努力や人間は平気であなたを裏切ることがありますが、筋トレは決してあなたを裏切りません。 鍛えれば鍛えるほど向上していきます。   さらには、「筋トレで成功体験を積むこと」に慣れると、うれしいことに、「自信」がついてきます。 つまり、「今までは自分のことを価値のない人間と思ってきたけれど、そんな自分にも成長力は備わっているんだということを実感できる」のです。   もっと言えば、 肉体的な見た目も改善されますから余計に自信がつきますし、 脳内物質の出方が変わって前向きになりますし、 筋トレが毎日の日課になれば生活にもメリハリが出てきます。   やはり「筋トレは最強のソリューションである」のは間違いないといえるでしょう。   ②見た目が改善されることにより自信が付く 前項では「筋トレで自信が付く」ということを書きましたが、もう少し補足を。   まず、筋トレをすることによって、外見的な魅力が向上します。 「デブ」の人であればシュッとして男らしくなりますし(ただし食事管理か有酸素運動を必要とします)、 「ヒョロヒョロ」の人であれば、筋肉がつくとやはり頼もしく見えるようになります。 要するに、スーツが似合う感じのカッコイイ体型になるということです。男女問わず。   人間は社会性を持った動物ですから、「他人の目に自分がどう映っているか」に非常に敏感です。 デブやヒョロヒョロの人は、周囲から「ださい」とか「気持ち悪い」と思われる可能性が高くなるので、それに呼応して自分の心もダメージを受けやすいと言えます。そういった外見的な偏りを無くすことによって根本原因を断つことができます。   なお具体的な体型としては、若い男性であれば、「身長マイナス体重が100~110」くらいがちょうどいいと思います。「175センチなら、体重は65~75キロ」の範囲です。身長と体重がこの範囲に収まっていれば、「外見で忌避される」ということはまず無くなります。ここでも自信が付きます。   また、自信が付くということは、「メンタルが安定する」ということです。 メンタルが安定すれば、自分が存在していることへの安心感が生まれ、それが安定した高速思考を可能にします。余計な雑念が消え、思考に集中することができるようになります。対人能力が向上し、ストレスフリーになっていきます。   読者の方のなかには、「筋トレをすればメンタルが安定するっていうけど、そもそもメンタルが安定している人だけが筋トレをできる、というだけでは? そんな元気もない人が大半なんじゃないの」と思う人もいるでしょう。 それに関して言えるのは、「筋トレのハードルを、自分にできるとこまで思いっきり下げてやればいいじゃん」ということです。いくら気力のない人であっても、「腹筋を一回やろうとしてみる」くらいのことはできるはずです。「一回やろうとしてみる」ことができたら、次は「二回やろうとしてみる」のです。腹筋もアレなら、手を開いたり閉じたりするだけでも良いと思います。 そうやって、自分ができるレベルを少しずつ少しずつ引き上げていけるのが筋トレの強みである・・・というのは前項で述べたとおりです。   具体的なメニュー:「難しいことは考えないで、まずこれをやってみよう」 手軽にできて、しかも効果の高いメニューを4種類選定しました。 まずはこの4つからやってみましょう。   ①「達成感」の王者! <腕立て伏せ>   ①両手を、「手首がだいたい地面と直角になる」あたりにつきます。肩幅より少し広め、くらい。 ②そこから、足をグッと踏ん張って、体を地面から浮かせます。 ③その状態で、胸を地面すれすれあたりまで降ろします。   細かいことは気にせず、胸の筋肉か、腕のうらの筋肉がキツければ正解です。 「腕立てできねえ!」という人は、ひざをついてやると負荷が軽くなりますよ。   この腕立て伏せは、何より「達成感」があります。 「いーち、にーい、さーん・・・」から始まって、 「はーち・・・きゅ、う・・・ラァストォォォォッ!」という感じで、 「よっしゃ、上がった!」式の達成感があるのです。   この腕立て伏せ、結構キツいので、最初は一回もできなくても構いません。引きこもっている人は身体が衰えているはずなので、初めはできないのが自然です。 でも、そのうち上がります。 人間の身体は成長しますから。嫌でもできるようになります。   目安ですが、 だいたい、「10回」できるようになれば男性としては合格ラインでしょう。 「30回」できれば、かなり上々です。   ②「元気が出る」! <スクワット> こんなイメージで ①足を腰幅くらいに開きます。 ②手を前の方で組みます。(これがやりやすいと思います) ③腰を限界まで落として、上げます。 太腿やお尻に来る感じがあればオッケーです。   スクワットはあなたの下半身を鍛えます。寝たきりを防ぎます。余談ですがヒップアップ効果もあります。 このスクワットは、自重でもけっこう「来る」はずです。 特に引きこもりがちな人ほど、下半身が衰えているでしょうから、効き目があります。だんだん太腿がプルプルしてくるのがわかるでしょう。   目安としては、 「連続して20回」できるようになれば、そこらへんのジジイより強いはずです。 腕立て伏せと違って「追い込む度」は低いのですが、きちんと下半身には効果があるメニューです。   ③「単純だけどキツい」、<腹筋> この状態から上半身を起こすだけ ①ひざを立てて、あおむけになります。 ②腕を胸の前で組みます。 ③そこから腹筋を意識的に使って、上半身を起こします。 ナメてるとけっこうキツい種目。 地道ではありますが、効果はたしかです。   特に太っている人はキツいでしょうが、その場合はまずできるところまで。「身体を起こそうとする」だけでも効果があります。やがてできるようになります。   目安としては、連続で「20回」できるようになれば一人前でしょう。 「50回」できれば、最高です。   ④「スマホをいじりながら、寝ながらでもできる」、<ヒップ・レイズ> お尻上げるのだポッター ①膝を立てて、あおむけになります。 ②手はどこか適当なところに。 ③その姿勢から、お尻を上げます。 「お尻」や「ももうら」に来るはずです。   「寝ながらできる」という利点があります。 それでいて、けっこう効きます。 なまけものにはうってつけの種目です。 もしかするとつりそうになるかもしれませんが、その場合は無理せずに、つらない程度でやめておきましょう。 慣れてくるとつることもなくなります。   連続で「20回」できるようになれば一人前と言えます。   だいたいどれくらいやればいい? 理想は「筋肉痛がない限り、毎日やる」ことですが、 ぶっちゃけた話が「気が向いたらやる」でも構いません。 筋トレをやりはじめた時点で、もう第一歩は踏み出せていますから。   筋トレは、最初は嫌々であっても、そのうちクセになってきます。 鍛えないと不安になってくるんです。   まずは、この記事を読み終わってからさっそくやってみるといいでしょう。   まとめ + もっとデキるようになりたい人向けの本 さて、いかがでしたか。   今回書いたような筋トレをやっていくと、日が増すにつれて元気になっていきます。 この他にも 「筋トレのあとに30~45分程度の有酸素運動をする」 「毎朝20分程度日光を浴びる」 「食事でビタミン・ミネラル・タンパク質を確保する」 といったコツがあるので、参考にしてください。   最後に、Twitterでものすごい存在感を発揮している「筋トレ社長」の言葉を引用してシメましょう。 筋トレをするともれなく自信がつきます 自信がない人は筋トレをして下さい。 1.身体がカッコ良くなる 2.異性にモテる 3.テストステロンというホルモンがあふれて気分上々 4.上司も取引先もいざとなれば力尽くで葬れると思うと得られる謎の全能感 5.恋人に裏切られてもバーベルがいるという安心感 以上の理由から自信がつきます。   筋トレをするあなたに幸あれ! では、グッド・ラック!   ★おまけ 「もっともっと上に行きたい人」のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み、「ああ、この人は本物だ」と確信しました。この人の本を読むと、どんどん思考の盲点が外れ、とらわれから自由になり、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。私がこのブログで言っていることの大半は、この人の理論を応用して考えたものです。 以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

「やるか、やられるか」・・・スポーツの本質は”フェアな闘争”である

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 最近このブログで意識的に取り上げているのが「スポーツ」というテーマなのですが、今回もスポーツについての記事です。 日本人はスポーツというと「根性」とか「団結」とか「努力」を思い浮かべる人が多いようですが、私はちょっと違った捉え方をしています。それは、「スポーツとはフェアな闘争である」という考えです。 詳しくは記事のなかで解説しますが、「スポーツとはフェアな闘争である」と考えると、いろいろ説明がつくのです。 「スポーツとはフェアな闘争である」 スポーツは「娯楽」であり、かつ「戦争の代理品」である そもそも、スポーツというのは人間が生きていくうえでは本来必要のないものです。 スポーツがなくても人間は生きていけます。 野球がないと酸欠で死ぬわけではないし、サッカーがないと栄養失調で死ぬわけでもありません。   でも、現実にはスポーツというのは社会に深く根付いています。 それは、スポーツが非常に優れた「娯楽」であることが一つの理由でしょう。 スポーツ選手はたいていオーラがあって魅力的です。また、戦略や頭脳プレーといった要素もあります。動作の美しさや力強さ、素早さにも圧倒されます。実際にプレーしても、グラウンドの外から見ても、どちらでも楽しいものです。 いろいろな要素を含んでおり、多様性もあり、ボリュームも十分。 スポーツは、娯楽としてはかなり質の高いものです。   そしてもう一つ、スポーツは「戦争」「闘争」としての一面があるのです。   人間は古来から戦争・闘争をしまくってきました。 戦争では、勝者がすべてを略奪します。 土地、富、人材、資源、ありとあらゆるものが勝者のものとなります。戦いに勝ったものは栄え、敗れたものは滅ぼされる運命にあります。 勝ち誇る勝者の前に敗者たちはひざまずき、はいつくばり、平伏し、許しを乞い、ねじ伏せられ、思うがままに蹂躙されます。勝者は華やかですが、敗者はみじめな末路をたどります。 敗者となった側の男たちが処刑されたり奴隷に落ちたり、女子供が連れ去られたりします。敗者は「勝者より下にいるやつら」として徹底的に蔑まれ、侮蔑され、屈辱に悶えます。戦争に負けるということは、「あなたたちは生物として(あるいは種族として)我々より下等なのだ」という侮辱を受けることに等しいのです。   しかし、戦争はあまりにも物騒です。 人的資源が失われますし、勝者敗者ともに多大な損害を被ります。コスパでみれば、あまりにも良くない。 そこで「そうだ、スポーツが戦争の代わりになるじゃないか」というひらめきがあったのだと思われます。   実害を伴う戦争の代わりに、「ルールに則って平和的にやるけれども、闘争としての気晴らしはできるもの」としてスポーツが打ってつけなのです。 実際。三島由紀夫が『不道徳教育講座』のなかで書いていましたが、あの英国のとりすました紳士たちでさえボクシングの会場に行くと「ぶっ殺せ!」「やっちまえ!」と叫ぶのです。人間が本来持っている闘争本能を充足するものとして、スポーツはかなり効率的な手段だと判断されます。   典型的な例としては格闘技がそうですが、野球やサッカー、バレー、バスケ、その他どんなスポーツであっても「フェアな闘争」としての一面を持っているのです。ここでいう「フェア」とは、戦争のときのような実害(死人・けが人)を伴わないという意味です。スポーツでは「相手を傷つけるプレー」が批判されますが、それはフェアではないためにやり玉にあがるのです。 この意味で、サッカー日本代表が負けるということは、「きみたちの国は、私たちの国より弱いね」というレッテルを貼られることに等しいと思われます。スポーツに負けたときの屈辱感は、戦争に負けて蹂躙され略奪されたときの屈辱感にほとんど等しいはずです。   「才能が無いのになんでやるの?」という問いへの反論 あらゆるスポーツにはルールがあります。 「フェアな闘争」ですからルールがあって当然なのですが、ルールという縛り以外にも、スポーツには「縛り」が存在します。   その縛りとは、「個々人の才能の限界」です。 スポーツというのは肉体を使ってやるものですから、個々人の肉体の強さ・大きさにかなり依存します。 そして、肉体を設計するのが遺伝子である以上、人種の差や、遺伝によるハンデといった「壁」が必ず立ちはだかってきます。   有名な漫画「アイシールド21」にもこんなシーンがあります。 ちなみにこのアイシールド21のひとつの主題は「圧倒的な才能の差を目の前にしたとき、どうするか」というものです。面白いのでぜひ読んでみてください。   もちろん、トレーニングを積めば積むほど肉体は成長しますし、創意工夫したり、今までの常識を打ち破るような方法を考え付いたりすることによっても、選手は自己の能力をかなり飛躍させることができます。もともと大した素材ではなかった人が、徹底的なトレーニングや練習によって加速度的に才能を開かせてトップリーグ入りすることもあります。   それでも、「トップのトップ」になれる人と、なれない人が厳然と存在するのです。 「悪いなのび太、この一位の座は一人乗りなんだ」という具合に、70億人の人間が地球上にいるなかでナンバーワンになれるのはたったの一人だけです。陸上でいえばウサイン・ボルトが世界最速ですが、日本人の短距離トップランナーを10人くらい集めても、ボルトには及ばないのです。なぜならボルトは「トップのトップ」だから。 個人競技では特にこういう側面が強いのですが、団体競技でもこれは同じです。   たとえば甲子園であれば、全国4300校近くの参加校があって、甲子園制覇できるのはそのなかのたった一校だけです。どんなに「俺たちはかならず全国制覇を成し遂げる」と確信していても、実際に優勝できるのは一チームだけ。さらにいえば、仮に優勝できたとしても、それを守り続けることも難しい。2連覇したチームは数えるほどしかありません。   このように、スポーツをやっていると団体・個人関係なくかならず突き当たるものは 「勝てないかもしれない」 「限界にぶち当たるかもしれない」 という事実なのです。   ここで、私たちは二通りの反応ができます。 「どうせ才能はないし、気楽にやろう」 「全国制覇できるのは一校だけだし、俺たちができるわけないし、ほどほどにやろう。県大会のベスト8あたりまで行ければ御の字だよね」と考えるのか、   それとも 「才能はないかもしれないけど、それでもやろう」 「全国制覇できるかどうかなんて実際にはわからないけど、それでも、やる以上は全国制覇という目標を目指そう」と考えるのか。 この二つです。   どちらを選ぶかは誰も強制できませんし、本質的にはどちらでも構わないのですが、 私がより人間としての尊厳を感じるのはやはり後者です。   「勝てないかもしれない、限界にぶち当たるかもしれない」ということを十分に理解した上で、「それでも、やる」という選択を下す・・・というのは、人間としての可能性を探求する意志が感じられます。人間の限界を拡張し、常識をひっくり返せるのは、こういう選択のできる人間だけではないでしょうか。   「スポーツをやる」ということは、限界や敗北という厳しい現実を目の前にしてもなお挑戦し続けるという姿勢を身に付ける意味もあると思います。この意味でもスポーツは「闘争」だといえます。 ちなみに、この「それでもなお」の精神は、有名な『森田療法』にも通じる面があります。 詳しくは当ブログの過去記事「「苦しいけど、恥ずかしいけど、それでもなおやろうとする」ことの意味――「森田療法」を読む」をご覧ください。   肉体・物理世界という抽象度の低い世界で限界に挑む 前の節と同じような内容になりますが、基本的に ①「勝ち負けにこだわる」 ②「肉体を使う」 ③「物理世界で何かをする」 というのは、いずれも抽象度の低い行為だと言えます。たとえば、勝ち負けという二分法よりひとつ抽象度を上げると、「勝っても負けても本質的には変わらない」と考えることになります。   抽象度という言葉の説明はここではすっ飛ばしますが(検索すればわかります)、 ①~③という行為についてもやはり二通りの思考をすることができます。   ①本当であれば「勝ち負け」など存在しないのです。勝者も敗者も遅かれ早かれ滅ぶのですから、本当はどっちでも同じです。 ②肉体というのは限界があります。肉体も、どれだけ鍛えてもいずれは灰になります。 ③物理世界というのは法則だらけ(つまり束縛だらけ)です。人間が生身で飛ぶことはできませんし、100メートルを素足で三秒(=口裂け女・チーター)以内に駆け抜けることもできません。   あえて①~③では消極的な考え方をしてみました。   今度は積極的な捉え方をしてみましょう。 ①たしかに、究極的には勝ち負けなど存在しない。しかしそれでもなお、勝つことにこだわる ②肉体には限界があるのは認める。しかしそれでもなお、人間の身体の限界に挑む ③法則だらけの物理世界に生きていてなお、それを自覚したうえで、できるだけの動きを極めようとする という考え方もできるのです。   どちらを選ぶかは、やはり個人の自由です。 しかし、積極的な選択をするほうが、私には人間らしい生き方に見えます。   実際、仏教では「すべては空である」という言い方をして、「本当はどっちでもいいんだよ」と考えるわけです。 しかし、空については勘違いしている人が多い。 「すべてはかりそめのものである。だから何をやっても無駄だ」ととらえてしまう人が多いのです。 これだとペシミズムで、ニヒリスティックで、虚無主義的、非生産的です。   そうではなくて、 「すべてはかりそめのものである。だからこそ、積極的に選択していくのだ」という心機の転換をしていくべきです。仏教というのは本来そういう考え方をする宗教だったのですが、なぜか誤解され、歪曲されてしまったのが残念です。 (参照:宮崎哲也・呉智英『知的唯物論』Amazon)   ここでもやはり「それでもなお」の精神が生きてくるわけです。 スポーツをやる以上は、「限界があっても、敗北があっても、それでもなお挑み続ける」という精神を保持すべきだと思っています。   まとめ + 限界突破したい人のための本 さて、いかがでしたか。 スポーツについてここまで熱を入れて書いたのは初めてなので、私自身も新鮮な感じがします。   最近ある人が「スポーツというのはルールのある喧嘩だ」ということを言っていて、それもそうだなと思って書いたものです。 実際、スポーツができる人というのは、古代の戦士を連想させます。 スポーツのできる人というのは異性にもてますし、なによりスポーツのできない人に比べて段違いの魅力があります。野球やサッカーのトップ選手を見てるとそう思えてきます。彼らがかっこいいのは、古代の屈強な戦士を想起させるからではないでしょうか。   スポーツというのは、娯楽としても優秀ですし、闘争としてもやりがいがあります。 スポーツには、人間の文明を豊かに彩るという役目があるように思います。 楽しんでください。肉体的な苦しささえも楽しみに変えられる人は本当に強いですよ。 では、グッド・ラック!   ★おまけ 「限界突破したい人」のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいのはアレだけど本物だ」と確信しました。この人の本を読むと、どんどん思考の盲点が外れ、とらわれから自由になり、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。私がこのブログで言っていることの大半は、この人の理論を応用して考えたものです。限界突破をしたい人にもおすすめします。 以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

「苦しいけど、恥ずかしいけど、それでもなおやろうとする」ことの意味――「森田療法」を読む

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回も書評(というより、本の内容をザッと紹介するだけの)記事です。 きょう扱う本は、「森田療法」(岩井寛)という本。 森田療法という言葉を聞いたことがある人は少ないと思いますが、簡単に言えば「強迫神経症、恐怖症、不安神経症」といったいわゆる神経質な人がかかる精神的な病理を治療するために編み出された治療法です。   「神経症なんて自分とは関係ないや」と思う人も多いと思いますが、実は案外多くの人が苦しんでいます。 特に、匿名掲示板などで「○○するやつはバカ」「××しないと恥ずかしい」といった観念を植え付けられている現代人は、他人の目を気にしすぎる傾向がありますから、ぜひ「森田療法」を読んでみてください。 苦しくても、恥ずかしくても、なお「やろうとする」ことの意味――「森田療法」 森田療法とは? Googleで「森田療法」で検索をかけると、 森田療法は、高知県出身の精神医学者、森田正馬(もりた・まさたけ)によって創始された神経症の治療法です。 強迫神経症、恐怖症、心気症、不安神経症などに劇的な効果を発揮します。   つまり、神経症や、強迫的な傾向のある人に効果抜群の治療法である、と。   「強迫性障害なんて自分には関係ないや」と思われる方も多いでしょうが、 「人前に出ると、自分が赤面していることがどう見られているかが気になって、恥ずかしくて、帰りたくなる」 「自宅のカギを閉めたか何度も何度も確認しないと気が済まない」 「自分が他の人に悪口を言われている気がする」 といった傾向がある人は、案外多いはずです。   本書「森田療法」のなかにも、「手を洗い続けないと気が済まなくなった主婦」や 「自分が座っている椅子や床に〈針〉が隠れているのではないかと何度も何度も確認する婦人」 「人前に出ると手が震えることを気にしすぎてノイローゼになった銀行マン」 といった例が出てきます。   森田療法の核心 森田療法では、 「苦しいことや恥ずかしいことがあるとき、それを〈あるがまま〉にして認めておいて、 その一方で、<自分は本当は○○したい>という目的に向かうためにやるべきことをひたすらやる」 という二輪式の思考法を用います。   「あるがまま」というのはちょっと揉めるところなんですが、 森田氏の言葉を借りれば、 「当然とも、不当然とも、また思い捨てるとも、捨てぬとも、何とも思わないからである。そのままである。あるがままである。」ということです。 つまり、「放っておこうと思うわけでもなく、とらわれまいと思うわけでもなく、ただそのままにすること」になります。   そうやって神経症の症状を「あるがまま」にしておいた上で、 「自分は本当に心の底から○○したい」という〈生の欲望〉をかなえるためにやりたいことをやる、という積極的な行動をとります。   わかりやすくするために例を出すと、 たとえば「人前でしゃべると赤面してしまうのが恥ずかしくて、会議やミーティングで発言できない」という人がいたとします。   まずこの人がやるべきなのは、 「人前でしゃべると赤面してしまって恥ずかしい」という症状を「あるがまま」に受け止めることです。 「人前で話すと顔が赤くなるのはしゃーないよな。なるのが当たり前。緊張しない人なんていない」という感じで。「恥ずかしい。自分は人間としての価値がない」といった余計なとらわれを自分に持たせないように努力するというわけです。   そうやって「あるがまま」に受け止めようとしたうえで、 「いや、自分が本当に心の底からやりたいのは○○だ。○○するためには、たとえ苦しくても、恥ずかしくても、人前でしゃべる必要がある」 という心機の転換を試みることです。 そして、その不安が残っていることを自覚した状態で、「○○したい」という生の欲望に従って、人前でしゃべるということを選択するということになります。   これが普通の思考法と違うのは、「一度きちんと苦しみ・恥ずかしさを認めたうえで、それでもなお○○したいという生の欲望に従う」という点です。 通常であれば、「苦しくても根性だ」とか、「苦痛を超えたところに栄光がある」といったように、自己の中に生じてくる苦しみ・恥ずかしさを悪いものとして扱うのですが(世の中に出回っている名言集なんかはまさにそのスタイルです)、森田療法ではそういった判断を下すことなく、「あるがまま」にしておきます。 そして、「苦しみ・恥ずかしさは、あるものはあるで仕方ないけど、それでもなお○○することを選択する」という受容⇒積極的という心の転換をするのです。   この「あるがままに認める=一度認めてあげて、それでも○○したいという心機の転換をする」というプロセスが森田療法の核心です。一度認めるぶんだけ心がとらわれから解放されます。さらに、とらわれから解放された心に「こっちに行こうね」という方向づけをしてやるのです。これによって心のコントロールがうまくいきます。   神経症を発症する根本はなにか? ここまで神経症を森田療法でどう治すかというテーマで書いてきましたが、ちょっと自分なりの考察をしてみたいと思います。 そもそも、「神経症を発症するのは、おそらく人間だけである」はずです。   ヒステリーになったライオンや、強迫性障害になったゴリラ・・・という例を、私は寡聞にして知りません。 ということは、神経症というのは「人間が社会的動物である」ということにそもそもの原因があるのではないでしょうか?   社会的動物である人間が一体なにに影響を受けるかといえば、 「社会の常識」 「周囲の人の持論」 「親に言われたこと」 「みんなが言っていること」 「ネット上の意見」 などでしょう。いずれも社会によってインプットされるものです。   本来であれば上記のいずれも「もともと自分の意見ではない」のですが、 親しい人に言われたり、自分が信頼を置いている媒体によりインプットされることによって、 その外部表現が内部表現のなかに同化されます。 つまり、他人の意見が自分の意見に影響を与えるわけです。   神経症傾向のある人は 「自分の醜態を見て、ほかのみんなが笑っている」 「自分は恥ずかしい行動をした。価値のない人間になってしまった」 といった強迫性の観念にとらわれているわけですが、 これらの観念のモトをたどってみれば、 「○○するのは恥ずかしい」 「××なヤツは価値が低い人間である」 といった社会的な刷り込みがあるのです。   社会的に学習すること自体は人間にとって不可欠なことですから否定はできませんが、 もしあなたがある物事に関して「恥ずかしい」とか「恐ろしい」とか「怖い」といった感情を抱いたときには、 「待てよ、これは自分自身の意見じゃなくて、もともとは社会的な常識が取り込まれたものにすぎないよな」 という反省を行ってみることをおすすめします。   そうすると、自分がいかに「自分の頭で考えたつもりになっていたか」がわかりますし、 自分がいかに「社会的な常識とされているものを無批判で受け入れていたか」がわかります。   「社会の常識は無条件で受け入れるべきだ!」と言う人もいるかもしれませんが、 その「社会の常識」というのがもしかすると「毒」かもしれないのです。   「世間の常識だから・・・」「そういう風潮があるから・・・」という理由で自分の考えを変えてしまう人は、 もしヒトラーのような指導者が出てきて「○○人を許すな!」という社会的風潮を作り出したとき、容易にそれに加担してしまう危険性があるのでは? と思います。   まとめ + とらわれから自由になりたい人のための本 さて、いかがでしたか。 この「森田療法」についてかなり大ざっぱにまとめれば、 「苦しいことや恥ずかしいことがあるとき、それを〈あるがまま〉にして認めておいて、 その一方で、<自分は本当は○○したい>という目的に向かうためにやるべきことをひたすらやる」 という原則のもとに展開されるものといえます。   この思考法は、とても有用なものだと思います。 というのは、たいていのことは「つらいから」「苦しいから」という理由で中断されてしまうからです。 その「つらい」「苦しい」「恥ずかしい」といった情動への耐性を上げるためにも、森田療法の思考法は非常に有意義なものだと思います。ストレスの多い現代人にとって、非常に便利な薬になるはずです。   この思考法をうまく使って、もっともっと自分の本当にやりたいことを追求していってください。 では、グッド・ラック!   ★おまけ 「とらわれから自由になりたい人」のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいのはアレだけど本物だ」と確信しました。この人の本を読むと、どんどん思考の盲点が外れ、「とらわれ」から自由になり、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。私がこのブログで言っていることの大半は、この人の理論を応用して考えたものです。 以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

「そもそも、音読で頭が良くなるのはなぜなのか」を考える

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、このブログでも何度か触れている「音読で頭がよくなる」というテーマを扱います。 何度も何度も「根本的に脳みそを変えたいなら、音読すりゃ良いよ」と言ってきましたが、そもそも、音読で頭が良くなるのはなぜなのか? 本当に頭が良くなっているのか? このあたりについては書いたことがなかったと思います。 そこで今回は「音読は脳にどう作用するのか」を理屈で考えてみます。といっても私はプロの脳科学者ではありませんから科学的な話をする訳ではなく、経験と、知っている限りの知識を総動員させて考えることにします。 音読で頭が良くなるのはなぜなのか 人間の脳がいちばん強く速くなるのはおそらく「限界速度で複雑な運動をすること」であり、音読はその典型 人間の脳には可塑性があります。 可塑性があるとは、変形変更を加えることができるということです。脳は一度決まった形から不変であるわけではないのです。 脳の性能については、先天的遺伝的に決まっている部分ももちろんありますが、それよりも、後天的に意識的に鍛えることのほうが重要です。脳はトレーニング次第で際限なく強く速くしていくことができます。百メートル走の選手が、遺伝的に優れているだけでトレーニングを全くしない一般人に負けることがまずないのと同じです。   したがって、脳を後天的に鍛えるためには何をすればいいか? が重要になるわけです。 そこで「脳を鍛える」ためにはなにがベストなのかという話になります。   私が言いたいのは、まず 「脳がいちばん強く速くなるのは、限界速度を超えるつもりで複雑な運動をすること」 であるということです。   「頭の回転の速度」というのは、鍛えない限り高速化されてはいきません。「もっと速く!」という指向性を持っている人の脳と、「この程度でいいかな」と言って限界突破を試みない人の脳との間には、かなりの差が開いていきます。   この「速度を上げること」に加えて、もうひとつ「複雑な運動をこなす」ことも同時並行してやると、脳に最高の負荷がかかります。 少なくとも現時点では、この「限界速度を超えるつもりで複雑な運動をする」こと以上に脳に負荷がかかるものを私は知りません。そうやって脳に負荷をかけてやると、最初は辛くとも、段々適応してきます。脳の可塑性です。 限界速度を超えるつもりで複雑な運動をすることで脳に負荷をかけ続けると、そのうち「思考速度が速く」なり、かつ「精密に考える」ことができるようになります。こうなれば占めたものです。   そして、音読というのはこの二種類の負荷をかけるのにもっとも適した方法なのです。たとえば、「高速音読」であれば、限界速度を更新するのはもちろん、複雑さも十分確保されています。「複雑なことを高速で処理する」原則にかなっているわけです。 しかも、音読というのはいくらでも時間がある限りできますから、量をこなすことも容易なのです。1時間ずっと高速音読しつづけてから執筆作業に入るということもできます。   総括します。 脳は負荷をかけてやらないことには強くなりません。逆に、負荷をかけてやることによって脳の能力は確実に上がっていきます。 そして、その負荷をかけるときの手段として最高なのが「高速で複雑なことをこなす」ことであり、これには高速音読がうってつけである、ということです。   人間の思考の基礎は「言語」 音読は言語野と前頭前野に強く働きかけます。 音読すると、多くの人(特に内向的で、人としゃべる機会に乏しい人ほど)が、「人としゃべるときに、言葉がすらすら出てくるようになった」と感じます。   これは、音読が「言語野と前頭前野」を強く刺激し開発するために起きることです。音読によって、脳の中にある「言語を操るためにある部位」が総動員されるのです。 脳は使えば使うほどそれに応じて適応していきますから、音読をよくする人(音読に準ずるものとしては、他人とのおしゃべりも挙げられますが)は、言語を使うことにどんどん長けていくということになります。   そして何より、私たちが思考するとき、かなりの割合を「言葉」に頼っているという事実があります。 言語を持たない動物は貧弱な思考力しか持ちませんが、人間は言語という思考のためのツールを持っているがゆえに、複雑で抽象的なことであっても難なく思考処理できるのです。   つまり、思考の基礎が言語であるということは、その言語運用能力をダイレクトかつ効率的に劇的に改善することができる音読という勉強法こそが、「思考力を上げるための最良の手段」であると言えるのです。   限界速度が上がると、通常速度も上がるので、普段の生活が相対的にスローになる 音読は「深く物事を考えることはできるんだけど、とっさの反応が鈍いせいで、よくおしゃべり終了後に“ひとり反省会”をする羽目になる」ような人(内向的な人ほどこの傾向が強い)に劇的な変化をもたらす可能性があります。 なぜなら、そういう人は「とっさに頭をパーっと回す瞬間速度」を鍛えればいいからです。深く考えることはできている(つまり、精密に思考することはできる)のですから、あとはスピードの問題でしょう。深い思考を驚異的な速度でこなすことができれば、鬼に金棒です。   で、その「思考の基礎速度」を上げるために最適なのも、やはり音読であると私は思います。 音読(特に高速音読!)では、思考の限界速度がガンガン上がっていきます。「限界速度を上げる」というトレーニングを続けていると、思考の基礎速度もあがっていきます。 「100メートルを限界速度で駆け抜ける」というトレーニングを積み重ねた100メートル走のトップランナーが7割で走るのと、一般人が全力で走るのとが同じ速度になるのとおなじです。「限界速度」の高い人ほど、「平常運転速度」も上がっていきます。   よく「かつては内向的だったが、今は必要に応じて外向的にふるまうことができる」というタイプの人がいますが、この場合はまさに「思考の基礎速度が上がった」ケースが大半なのです。そして、かつて内向的だった(つまり、深い思考に慣れていた)ぶん、いざ外向的にも振る舞えるようになると、他の人が及びもつかないような頭の回転速度を発揮するようになる、ということです。   音読で本当に頭は「よくなって」いるのか? ここまで、「音読で頭はこう変わる」という話をしてきました。 この記事で取り上げたことだけを列挙しても、 ・高速で複雑に思考できるようになる ・言語能力の向上=思考力の増強 ・日常の基礎生活速度が上がる=頭の回転が速くなる といったメリットがあります。   ここで、音読をする意義をより深く理解してもらうために、「希少価値という尺度」についての話をしておこうと思います。 考えてみると当たり前のことなのですが、一般的に、「できる人が多いことは、買い叩かれるか、高く評価されない」という原則があります。 たとえば、コンビニの店員の時給がなぜ安いのかを考えてみると、それは「マニュアルを覚えたらだいたい誰でもできるから」でしょう。誰でもできるということは、希少性が低いということでもあります。希少性が低い=誰でもできるということは、買い叩かれるということに直結します。 これは裏を返せば、「希少性が高ければ、高く評価される」ということです。 ここでなにが言いたいかというと、「音読で能力を伸ばせば、あなたはどんどん希少性が高い方へとシフトしていきますよ」ということです。 というのも、「高速でやる」「大量にやる」「創造性を出す」「深く考える」といった能力は、音読で効率的にのばすことができるからです。どう伸びるかはこの記事で見てきた通りです。   世の中のことを考えてみればわかりますが、「頭が良い」というのはなかなかの希少価値です。頭がよくなることは難しいですから。逆に、「頭が悪くなる」のは簡単です。誰でもできることですから。   なお付言しておくと、希少性を高めるためには主に「大量にやる」「高速でやる」「抽象度を上げる」「エントロピーを減少させる」「快楽を増やす」「うまい表現を見つける」「苦痛を減らす」「ポジティブな感情を引き起こす」といった方向性が考えられます。いずれも「人の役に立つ」ものでもあります。     ここまで述べてきたように、音読というのは広い意味であなたの人生を豊かな方へと持っていく力があります。ぜひ音読というツールを使って、人間の奥深さを探求していってください。

「野球の練習・試合では声を出さねばならない」という常識を疑ってみる

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「常識を疑う」を実践します。具体的なテーマを取り上げて、一緒に疑ってみましょう。 私は野球をやっているので、今回取り上げるのは「野球の練習・試合では、声を出さねばならない(声出しすべき)」というテーマです。 一緒に、ケーススタディ方式でやってみましょう。 「そうか、常識はこうやって疑うのか」というのがわかると思います。 「野球の練習・試合では声を出さねばならない」という常識を疑ってみる ⓪野球界の現状 私は(一応)大学野球選手ですし、野球関係の本もよく読みますから、「野球界では、声出しというものはどのように考えられているのか」についてはかなり知っている方だと思います。 ですから、まずは野球界の現状を知ってもらいましょう。   まず、野球界で一般的に「声」と呼ばれているものは、野次を除けば、 ①個人が気合を入れるための声 ②集団が一体となるための声 ③プレーに対する指示の声 ④選手を鼓舞したり、励ますための声 ⑤相手を圧倒するための声 ・・・といったものが主でしょう。 たとえば、①は有名な「バッチコイ」的な声ですし、②は集団でランニングするときの「1,2、3,4」といった声です。   さらに、「野球界で、声出しというものはどのように評価されているか」については、 ①声が良く出ているチームは雰囲気が良いとされる ②練習中の「声」が少ないと、活気のない練習とされる ③声が小さいと、「声出てないぞ、声出せ」と言われる ということが言えます。   具体的に言えば、北海道勢として初の甲子園制覇を果たした駒大苫小牧高校では、相当「声」が重視されていました。的確な指示の声を中心として、選手たちは積極的に声出しを行っていたようです。高い声の方が通りやすいということで、選手の多くはわざと高い声で指示を送り合っていたとか。 また、その駒大苫小牧高校の監督であった香田誉士史さんは、花巻東高校と練習試合をした際に、花巻東高校のベンチの雰囲気が良かったため、自チームの選手たちに「あの雰囲気を見習え」と言っていたそうです。   このように、野球界では「声が出ているのはいいことだ」「声が出ていないのは悪い状態だ」という判断がされています。 では、本当に「声出しはいいことだ」と言い切れるのでしょうか。 じっくり考えていきましょう。   ①脱常識する前に、まずはゴールを設定する ゴールという目標地点がない限り、物事の判断というのはしようがありません。 判断基準がない限り、ある物事について評価を下すことはできないのです。 そこでまずは、「ゴール」を設定します。   ゴールについてはこのブログで何度か触れていて、いろいろ言いたいことがあるのですが、ここではあえてシンプルに、   A「チームに所属する選手が、社会的に通用するための素養を身に付ける」(指導者目線) B「個人が上達する」(個人目線) C「チームが試合で勝利する」(チーム目線)   という3つのゴールを設定します。 この3つのゴールを達成するためにベストを尽くせば良いわけで、その過程で不要な常識は次々と脱ぎ捨てられていきます。   ②ゴール達成のために、本当に「声出し」は必要か? まず、A・指導者目線から「声出し」を考えます。 「選手が社会的に生きていけるだけの素養を身に付ける」というゴールのためには声出しが必要かどうか?   社会的に生きていくうえで必要なのは、ずばり「相手とコミュニケーションが十分にとれる」という能力でしょう。対人関係をきちんとできる能力があれば、たいていのことはなんとかなります。   そのコミュニケーションをとるためには、 はっきりとした声で、 十分相手に聞こえる声量で、 自分の言うべきことをはっきりと言える・・・といった条件が考えられます。   こういった条件を満たすために、普段から野球のグラウンドで「コミュニケーション手段としての声を出すこと」を練習しておくのは、悪いことではなさそうです。自分の言うべきことを言ったり、相手に指摘して気付かせたり・・・といった経験を積み重ねていれば、社会に出ても引き続きやっていけるでしょう。 つまり、とりあえずA指導者目線では、声出しは必要だと言えそうです。     次に、B個人目線ではどうでしょうか? 個人の上達のために声出しはすべきでしょうか?   これに関しては、「個人が上達するためには、声出しはいらない」と考えるのがよさそうです。 というのも、ひとりで黙々と素振りしているときには大声で叫びませんし、集中して技術習得するときにもやはり黙っているはずです。声を出すと余計なエネルギーが流出するので、静かにやるべきでしょう。   最後に、C集団目線・試合に勝つために声出しは必要かどうか? これについては、「試合に勝つために役に立つ声出し」と、「役に立たない声出し」に分けることができそうです。たとえば、先ほど例示した ①個人が気合を入れるための声 ②集団が一体となるための声 ③プレーに対する指示の声 ④選手を鼓舞したり、励ますための声 ⑤相手を圧倒するための声 のうち、試合で勝つために必要なのは主に「③、④、⑤」ではないかという見当が付きます。 試合中に必要な声はこの二つが主で、あとの①、②は試合ではあまり必要ないと考えられそうです。   以上、かなり簡略化して述べたのでいろいろツッコミどころがあると思いますが、この節で述べたことはかなり限定的なので、あくまでも「こういう風に考えることができるんだな」という一例としてとらえてください。実際にはもっと込み入った形で考えることになります。   ③ディベートの論理思考テクニックを使って考える さらに詰めて考えましょう。 ここでは「C試合に勝つために」というゴールだけに絞って考えます。   この場合、「試合に勝つ」という目的のもとにあらゆることが組み立てられるべきです。試合に勝つために必要ない声は排除されるべきですし、必要とされるのは「チームが試合に勝つために必要な声」だけです。   たとえば、「ベンチにいる選手が声を出すべきだ」という命題は、C試合に勝つためにというゴールのもとではどう判断されるのか? ということをちょっと考えてみます。 ベンチにいる選手は声を出すべきだ、とよく言いますが、本当にそうでしょうか。   まず、ベンチにいる選手がチームの勝利のためにすべきなのは ①自分自身が出場することになったときにベストプレーができるように準備すること ②試合に出ている選手のサポート この二つだけです。   まず、ベンチで声を出したからといって自分が試合でベストプレーができることにはなりません。むしろ、静かに考えを巡らせて、「自分がもし出るとしたら、こういう場面だろう。そのためにこういうことを考えておこう」という思考を十分に済ませておくべき。集中して考えるときに声出しは不要。声を出している間は集中して考えることができない、ということになりますね。 この場合、声出しに気をとられて自分の準備がおろそかになれば、チームの勝利というゴールから外れることになります。したがって、選手個人の準備というレベルで考えると、むしろ声出しは悪ということにもなります。声を出す余裕があるのなら、自分がチームの勝利のためにできるプレーを想定しておくべきです。   また、②についていえば、「ベンチにいるメンバーの声にサポートされて」とか「ベンチで声を出して試合の流れ・雰囲気を作っていく」とも言われますが、これも怪しいでしょう。   まず、 ①試合の流れを作るのは試合のスコアや出塁の頻度やプレーの良否が主であって、ベンチの声というのはほとんど影響しない。ベンチの声が出ているから雰囲気が良いというより、雰囲気が良かったり勝ち切れる自信があるからこそ声が出るのでは? また、「悪い状況にこそ声が出るのが強いチーム」と言われるが、劣勢の場合は声を出すことよりも、集中して相手を攻略する方法を熟考すべきではないか。集中して考えるときに声出しは不要 ②グラウンドにいる選手と、ベンチにいる選手との間に温度差がある場合がある。ベンチで盛り上がっていてもグラウンドにいる選手にそれがダイレクトに伝わるかどうかは怪しい   ・・・というわけで、いわゆる「声出し」というのは、試合に勝つという目的のためには必ずしも必要とは限らないといえそうです。 ここまで考えてきたように、常識というものは必ずしも根拠があるとは限りません。   声出しということはあくまでも手段であって目的ではありません。 「チームの勝利のために声出しをする」というならまだわかりますが、 「声出しをするからチームが勝つ」というわけではないのです。 ↑のように、「因果関係を逆転させてしまっていないか?」というチェックを入れたり、「手段と目的がひっくり返っていないか?」と確かめたりすることで、より判断が確実になります。   また、一見強固に見える常識であっても、「事実・論拠・主張」の三本柱がそろっていないということが往々にしてあるのです。ここらへんのことは、過去の記事「あなたを支配下に置こうとする人の理不尽な物言いに騙されないための論理思考・超入門」に詳しく書きました。常識を疑うときにも使えるテクニックですから、ぜひ参考にしてみてください。   ④脱常識したら、足跡を振り返ってみる ここまで述べてきたように、「声を出せ!」という野球界の常識は必ずしも正しいとは限りません。 強いチームが声を出しているから・・・という人もいますが、強いチームが声を出しているからといって自分たちも必ず声を出すべきだとは限りませんし、そもそも強いチームが声を出さずに黙々と各々自分のできるベストを静かに遂行している方が脅威かもしれません。 あくまでも「声を出す」というのは、「○○のために声を出す」という手段の形で用いられるべきものであって、目的にはなりません。「声が出てないからダメ」といった判断をしている時点で手段と目的が逆転しており本末転倒です。   ・・・とここまで考えてきましたが、この程度まで考えてやれば十分に脱常識が成功しています。 たとえ検討の結果もとの常識を採用することになったとしても、一度十分に考えたうえでの判断ですから大丈夫です。常識を何も考えずに鵜呑みにしている状態よりははるか先を行っています。   そして、「よし、脱常識できたな」と思ったら、脱常識したプロセスを振り返ってみましょう。 ゴールを設定して、そのゴールを達成するために必要なものだけを残して、論理的に考えてつじつまのあわないものははじいて・・・という足跡をもう一度確かめると、自分がいかにいままで常識という実体のないものに縛られて生きてきたかがよくわかります。   また、脱常識に成功すると、「そうか、やっぱり同じことを考える人がいるんだ!」とか、「そうか、あの偉人や成功者が言っていたことの意味はこれだったのか!」とわかるときがかならず訪れます。その瞬間はとても気持ちがいいものです。病みつきになります。 今回の野球の例で言えば、私はずっと「キャッチボール中に声を出すのはおかしいよな。集中して練習しろというのに、声を出してたら上達速度が鈍くなるんじゃないの」と思っていたのですが、桑田真澄氏が「キャッチボール中に声を出すのはおかしい」と言っているのを聞いて、「やっぱり! 同じことを思ってたんだ」とプチ感動しました。   最後に一言。 なにかの道の成功者というのは、たいていが脱常識に成功しています。高いゴールを目指してやっていれば必然的に、それまで頼っていた常識の殻を打ち破る必要があるからです。   まとめ + 脱常識に成功したい人のための本 さて、いかがでしたか。   今回述べてきたように、「常識」とされていることが実は根拠薄弱で、 唯一根拠らしきものを探しても「過去にこれでうまくいったから」「すごい人・すごい集団がやっているから」「あの人がこうやれっていうから」といった根拠にもなっていない根拠しか存在しないことが多いのです。しかも、それが当然のことのように、権威あることのような顔をしてまかり通っている。   まだまだ日本社会(今回の記事では野球界)は常識に凝り固まっています。 常識というより、偏見とか悪習と呼ぶ方が良いかもしれません。 論理というフェアな道具を使わずに、ただなんとなくこれがよさそうだと思うからそうする・・・という方法をやっている限り、大した進歩はしません。 この記事を読んでいる人はぜひ、論理的に「脱常識」に成功していただきたいと思います。   では、グッド・ラック!   ★おまけ 「脱常識したい」人のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいっていう人もいるけど、論理で考えると本物だな」と確信しました。どんどん思考の盲点が外れて、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。すべて「事実」をもとにした「論理」でモノを言ってくる人ですから、読むだけで論理的に考える力が付くことも間違いありません。この人の本を読んでいるうちに、どんどん脱常識に成功していくこと請け合いです。ぜひ読んでみてください。   以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「まずは親を超えなさい!」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

長時間睡眠(ロングスリーパー)に関するいくつかの仮説

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「長時間睡眠」についていくつか考えたことを書きます。 私自身けっこう長く寝るほうで、九時間くらい寝ると体調が良いのですが、ここ最近七時間ちょっとくらいしか眠れない状態が続いていて疲れ気味でした。しかし、他の人に聞いてみると七時間も眠れば十分とのことが多く、「なんで、長時間睡眠が必要な人とそうでない人とにわかれるのだろう」と不思議に思いました。 そこで今回は、私がこれまでに調べてきた長時間睡眠に関する情報と、それをもとにして自分が考えたことを書きます。 長時間睡眠にまつわるいくつかの仮説 長時間睡眠の人と短時間睡眠の人 長時間睡眠の人の性向としては、よく言われるのが「内向的、悲観的、孤独を好む、思慮深い、おだやかであることを好む」というあたりです。短時間睡眠だとその真逆である、と。 これについては、「長時間睡眠だとそうなる」のか、それとも「そういう性向のある人が長時間睡眠を必要とするのか」のどちらなのか? という疑問が浮かびますが、それについては私はよくわかりません。もしかすると両方かもしれません。   実際のところ、私が「十分な睡眠をとれた日」(九時間以上)というのはけっこう自分の思考に没頭することが多く、あまり他の人と積極的にしゃべるような気分にはなりません。逆に、六時間とか七時間程度の睡眠しかとれないときは、わりとほかの人としゃべろうという気になります。 「そういう気になる」という程度のことで、確証はありませんが、「長時間睡眠することによって、内向的・思慮深くなるかもしれない」くらいのことは言えると思います。     したがって、この節で言えることは、科学的な根拠を一切踏まえずに言えば、 「長時間睡眠の人は、内向的、思慮深い、物静か、孤独を好む、という傾向がある。これは長時間睡眠をしているとそうなるのか、それともそういう性向のある人が長時間睡眠を必要とするのかについてはわからない。自分の経験からすると、もしかすると両方かもしれない。」 「短時間睡眠の人と長時間睡眠の人とは、性格が真逆になる可能性がある」   ここらへんのことについては、長時間睡眠と短時間睡眠を比較する論文があれば良いのですが、私の調査力では見つかりませんでした。   長時間睡眠の活用法 他のサイトであまり言われていない長時間睡眠の活用法としては、以下のようなものがあります。 ・長時間睡眠をすると、体の疲れが取れる ・大量にインプットしてからぐっすり眠る→知識の体系ができる ・トラウマになりそうな出来事があった日は寝ないほうが良い それぞれ解説していきます。   ①長時間睡眠をすると、身体的痛みが取れる 外部サイトになりますが、 8時間睡眠ではダメ! 「身体的痛みの回復には10時間睡眠がベスト」だと判明 / 鎮痛剤より効果大 とのことです。 引用すると、 理想の睡眠時間は7~8時間と言われることが多いが、もしもあなたが身体のどこかに痛みを感じているのならば、たとえ8時間寝ても十分ではないらしい。最新の研究によると、身体的痛みを和らげるには8時間睡眠よりも10時間睡眠のほうが適しているという。しかも、その効果は鎮痛剤を服用するよりも大きなものだというのだ。 米ミシガン州ヘンリー・フォード病院のティモシー・ローズ医師が、健康的な18人の男女を対象に実験を行った。被験者たちには、8時間もしくは10時間睡眠のどちらかを4日間繰り返してもらう。 その後、日中の眠気や集中力を調べるため、彼らの脳波や目の動き、筋肉の緊張状態などを測定した。また、熱いものにどれだけ触っていられるか挑戦してもらい、痛覚の敏感度も調べた。 結果、10時間睡眠をとった被験者たちは8時間睡眠の人たちよりも日中の集中力が高いことが判明。さらに、彼らが熱いものに触っていられる時間は、8時間睡眠の被験者たちよりも25パーセント長かった。 ローズ医師は、「通常理想とされる8時間睡眠よりもあと2時間多く寝ることで日中の眠気と痛みの感じ方に大きな違いが表れることがわかりました。10時間眠るだけで痛覚の敏感度が緩和され痛みを感じにくくなるというだけでも驚きですが、さらにその効果は鎮痛剤による影響よりも大きいことがわかったのです」と語っている。 また、「人は疲れているときほど身体の痛みをより強く感じるものですが、これは睡眠時間が足りていないことが原因のひとつだと考えられます」とのこと。 ・・・というわけで、よく眠ることによって体の痛みが緩和されるということが考えられます。したがって、「よく眠ると、痛みがとれる」ということが言えそうです。   ただこれについては、人によっては「寝すぎるとかえって頭が痛くなる」「長時間寝ると背中が痛い」といった場合もあるので、場合に応じて使い分けましょう。   ②大量にインプットしてからぐっすり眠る→知識の体系が構築される 睡眠中に人間がやっている主なことはなにかといえば、「記憶の整理と定着」です。   つまり、 ・不要な記憶と重要な記憶を分別し、重要と判断した記憶だけを定着させる ・記憶・情報同士の新たなつながりを試す ということをやっています。   これを考えると、 ・たくさん知識を詰め込む必要があるときには、長時間睡眠してやると、記憶の定着と整理が効率よく行われる ・なにか斬新なアイディアをひらめきたいときには、長時間睡眠してやると、知識同士のつながりが新しく作られて、ひらめくことがある ということが言えると思います。   これは、実際に自分の経験から言ってもその通りです。 長時間睡眠をしているときにはけっこうポンポンと新しいアイディアが出るのですが、短時間睡眠のときにはあまり目新しいアイディアがひらめかないのです。また、暗記物をやるときには、意識的に長時間睡眠を取り入れていました。夜にたくさん詰め込んで、ぐっすり眠って、朝にまた復習する・・・というサイクルを踏んでやると、あきらかに知識の定着度合いが違います。   たとえば、作家は「インプット→長時間睡眠→アウトプット」中心の生活をするとよいのではないかと思います。   総じて、「知識の体系を構築しようと思う人」「新しいアイディアを出すことが求められる人」というのは長時間睡眠の方が向いていると思います。 このあたりに関しては、このブログではありませんが、「長時間睡眠と短時間睡眠は、どちらがよいのか睡眠実験をしてみた」という記事を見つけたので、こちらも読んでみてください。   ③トラウマになりそうな出来事があった日は寝ないほうが良い 寝ることに関することわざは数多くあります。 「早起きは三文の得」「寝る子は育つ」といったものがありますが、   そのなかでよく「悪いことは、寝れば忘れる」というのがあります。 しかし、これに関しては、「悪いことがあった日、トラウマになりそうなことがあった日には、寝ない方がいい」といえます。なぜなら、睡眠中にはその日にあった出来事の記憶の整理と定着が行われるわけですが、トラウマになりそうな出来事が記憶としてしっかり定着してしまうおそれがあるからです。   逆に、そういうイヤな出来事があった日には、寝ないで、徹夜してやるのが良いでしょう。 徹夜することによって、イヤな出来事が風化していきます。単純に、過去は遠いほど忘れられていくのですから。   ちなみに、「トラウマになりそうな出来事があった日には寝ないほうが良い」という研究もきちんとあって、それについて知りたい人は以下の記事を見てください。 悪い記憶は睡眠で脳に深く刻まれる?トラウマの形成も阻止できる可能性(ライブドアニュース)   まとめ + もっと頭が良くなりたい人のための本 さて、いかがでしたか。 今回の記事で述べてきたことをまとめると、 「長時間睡眠の人は、内向的、思慮深い、物静か、孤独を好む、という傾向がある。これは長時間睡眠をしているとそうなるのか、それともそういう性向のある人が長時間睡眠を必要とするのかについてはわからない。自分の経験からすると、もしかすると両方かもしれない。」 「短時間睡眠の人と長時間睡眠の人とは、性格が真逆になる可能性がある」   ・長時間睡眠をすると、体の疲れが取れる ・大量にインプットしてからぐっすり眠る→知識の体系ができる ・トラウマになりそうな出来事があった日は寝ないほうが良い ということになります。   睡眠について長々と述べてきましたが、少なくとも言えるのは、 「人間にとって睡眠はきわめて重要である」ということです。これは短時間睡眠向きの人でも、長時間睡眠する人でも同様です。極端な例で言えば、睡眠をとらなければ人間は死にます。そこまでいかなくても、睡眠時間を削って生活している人はかなり頭のキレが落ちたり、体調不良に苦しめられたりします。 ぜひ、今回の記事で書いたことを参考にして、上手な睡眠で質の高い生活を送ってください。 では、グッド・ラック!   ★おまけ 「もっと頭が良くなりたい」人のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいっていう人もいるけど、論理で考えると本物だな」と確信しました。どんどん思考の盲点が外れて、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。すべて「事実」をもとにした「論理」でモノを言ってくる人ですから、読むだけで論理的に考える力が付くことも間違いありません。ぜひ読んでみてください。   以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「まずは親を超えなさい!」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――  

なぜ「常識を疑え」と言われるのか? その理由を考える

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、よく成功者の自伝などに出てくる「○○は常識を疑った」という言い回しについて考えます。 成功者の自伝などに書いてある「常識を疑う」「できないと言われていることをやる」といった言い回しはそもそも、なぜそうする必要があったのか? 常識を疑うとなにが起こるのか? どうすれば常識にとらわれないのか? なぜみんな常識にとらわれているのか? このあたりをゆっくり考えていきたいと思います。 この記事を読めば、常識に縛られて損をすることも、偏見に邪魔されて必要な一歩を踏み出せないということもなくなります。 なぜ「常識を疑え」と言われるのか? 人は常識に縛られている 推測ですが、あなたがもし偏差値40くらいの高校に通っている学生で、学校のなかでビリクラスの成績だったとしましょう。 そのあなたが、突然「東大に行きたい!」と言い始めたら、周囲はどんな反応をするでしょうか。 おそらく、   「無理無理絶対無理、何言ってんの」 「東大がどんだけヤバいやつらの集まりか知らないのか」 「東大に行く家はみんなお金持ちなのよ、医者とか弁護士とか社長の息子ばかりでエリート教育を受けた人の集まりなのよ」 「身の程を知れ」 「バカなこと言ってら」   などといった反応が返ってくるはずです。   こういった反応をする人々のことを、「常識に縛られている人」といいます。 ちょっと考えてみればわかることですが、その常識というのは実はなんの根拠もないのに真理とされているものが多いのです。一体どれだけの人が、きちんと筋道立てて「偏差値40台の学校の下の方にいる生徒が、東大に合格することは不可能である」ことを論証できるでしょうか? きっと「いままでにそういう人がいなかったから」「過去の統計からすると無理」と言うのでしょうが、その過去の統計のなかには、その東大受験を希望する生徒は入っていないのです。もしかすると、その生徒が学校初の東大合格者になるかもしれません。   実は、世の中や社会で「これは常識」とされていることの大半は、単に思考停止の結果なのではないか・・・と疑ってみることが必要です。年齢を重ねた大人がいかにも本当っぽく「これが社会の常識なんだよ」と言っているだけのことが多いのではと思います。   常識や慣習・風習のなかには、単にこれまでそうされてきたから、というだけのことがあまりにも多すぎます。 人間は相当横着な動物ですから、新しいことを考えるのが面倒くさいのです。さらにいえば、「新しいもの=これまでのものが大きく変わること」が嫌いなのです。これまでの居心地のいい状態を手放したくないのです。 「常識破りの人」に対する反発が大きくなるのは、彼らがその居心地の良い状態を壊されるように感じるからでしょう。新しい常識を作っていくタイプの人にはかならずなんらかの逆風や抵抗がありますが、それは「常識を壊されそうになるのを不安に思う人」が大勢いるからです。   たとえ常識を壊そうとする人の方に論理的な利・道義的な理があろうとも、旧習を守ろうとする人は頑強に抵抗します。それはやはり、「自分たちの常識が壊されるのが怖い」からに他なりません。   「常識を疑う」のは結果として付いてくるだけ では、「常識を疑うこと」はどうやればできるのでしょうか? 実は、「常識を疑うこと」は目的にはなりません。あくまでも手段です。   これは、どういうことかといえば、 「ある高いゴールを達成するために必要な手段として、半ば必然的に、これまで常識とされてきたことを疑う必要が生じる」 ということです。   よく「常識を疑ったから、新しいものの見方を発見し、その結果成功した」というようなことが語られますが、 実際には「成功するために必要だったから、常識を疑った」というだけのことです。 これが、常識を疑うことは手段であって目的ではない、ということの意味です。   あくまでも、まず「それまでに誰もやろうと思わなかったレベルの高いゴールを達成しようとする」必要があって、その過程で、これまで常識とされてきたこと(=実は大して検討されてこなかったこと)を捨てる必要が生じた・・・というだけのことでしょう。   たとえば、仮に「世界の戦争と差別を無くす」というゴールを持った人がいるとしましょう。 この場合、常識に縛られている人は「いや、無理でしょ。人間の文明がどこまで進歩しても、世界の戦争と差別はなくならないよ。だって両方とも、人間の本質だもの」と言って反論(?)します。 多くの人は、そこで挫折します。「みんながそう言うならそうかなあ」という具合に。   しかしその反論に屈することなく、「いや、自分はそのゴールを達成できる」と思って前進し続ける人もいます。 この場合、「これまでの世界に平和がなかったのは、これまでのやり方のせいに違いない。だから、新しいやり方を見つけてやりさえすればいいのだ」――と考えるでしょう。   この時点でもうその人は「常識を疑う」人になっています。 決して、最初から常識を疑ってやろうと思っているわけではないのです。 つまり、あくまでも「常識を疑う」というのは結果としてそうなったというだけのことであって、最初からそれを目指してやっているわけではないということになります。   常識を疑える人、疑えない人の差はどこから生じるのか? では、「常識を疑える人」と、「常識を鵜呑みにする人」との決定的な差はどこにあるのでしょうか?   それは、「本当に実現したいが、周囲に言ったら無理だと言われるくらいの高いゴールを持っているかどうか」にあります。   「高いゴールを持っている」ことによって、その人はだんだんこれまでの常識から脱していくことになります。なぜなら、本当に高いゴールであれば、これまでの常識に頼っているうちは決して達成できないからです。というのも、高いかどうかの判定基準そのものが「過去の状態からすると達成不可能にしか見えない」というものだからです。この↑カラクリがわかっているだけで、常識に縛られる度合いがグンと落ちます。   また、実現したくないものをゴールとして掲げても、途中で挫折するのがオチです。そういう場合は「そんなの無理」とか「お前にできるわけがない」といった周囲の声に負けてしまいます。「止められても達成したいくらい、本当に実現したいと願っているゴール」でないと駄目なわけです。   つまり、常識を脱するにはどうしても 「本当に実現したいが、周囲に言ったら無理だと言われるくらいの高いゴールを持っている」 必要があるのです。 理屈で考えてもそうですし、実際おそらくこういうゴールを持っていない人はほとんど常識にがんじがらめにされています。   つまるところが、もしあなたが「常識を疑う人=革新的な成果を残す人=教科書に名前が載るような人」になろうと思うのであれば、まずは「高い かつ 本当にやりたい ゴール」を設定せよ、ということです。 そうしてはじめて、これまでの現状では見えなかったものが見えてくるようになります。 自分の本当に実現したい&高いゴールを実現するためには、当然、数多くの困難があります。周囲の人にひどいことを言われる場合もあるでしょうし、もうだめなのかと諦めそうになることもあるでしょう。しかし、本当にやりたいことであれば、そういうことを乗り越えるエネルギーも同時に発生するはずです。そういうエネルギーに後押しされて生きている人は、ただなんとなく常識に身をまかせて生きている人よりもよほど輝いて見えるはずです。 ただ常識や空気、慣習や風習・風潮といった不安定で実体のないものに身をゆだねるよりはよほど楽しいと思うのですが、あなたはどう考えますか?   まとめ + 常識を脱したい人のための本 さて、いかがでしたか。   今回の記事で述べてきたように、 ①常識というのは案外、大して検討もされていないものであることが多い ②常識にしばられている人が大半である ③常識を疑える人は、「本当に実現したいが、周囲に言ったら無理だと言われるくらいの高いゴール」を持っている ということが言えそうです。   ぜひ、今回の記事で述べたようなことを一度、自分の頭を使ってゆっくりと考えてみてください。 きっと、思いがけない発見をするはずです。 脱常識して、新しい視点を獲得してください。   では、グッド・ラック!   ★おまけ 「ゴールを高く持って脱常識したい人」人のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいっていう人もいるけど、論理で考えると本物だな」と確信しました。どんどん思考の盲点が外れて、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。すべて「事実」をもとにした「論理」でモノを言ってくる人ですから、読むだけで論理的に考える力が付くことも間違いありません。   以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「まずは親を超えなさい!」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

APLICATIONS

Twitter情報は「全体LINEにリンク貼る」「PDFにする」「印刷して紙の本にする」でどんどんチーム全体に共有する

Twitter情報は「全体LINEにリンク貼る」「PDFにする」「印刷して紙の本にする」でどんどんチーム全体に共有していく 情報弱者は滅びる ホームラン数激増の怪   札幌六大学のホームラン数ですが、いきなり増えました。   https://twitter.com/HokudaiKuriyama/status/1000716537915834368 ※某○○○大は「5 0 0」でした。 https://twitter.com/HokudaiKuriyama/status/1000720915364118528   本塁打数、19本→33本です。わずか半年の間に。 かの地MLBでは本塁打数が 「2016年:5610本→2017年:6105本」に増えて大騒ぎになりましたが、それどころじゃありません。   二倍ですよ二倍。ホームラン数がわずか半年で二倍に増えたんです。   なぜ増えたのかというと、 「Twitterの情報を積極的に採用していた大学ほど本塁打数が増えた」 →東海大北海道(9→11)・某○○○大(0→8)・北翔大学(1→7) からです。   逆に、 「Twitterの野球クラスタで否定的なことをしていた(連ティーや最短距離・右打ちなど)大学ほど本塁打が打てなかった・長打が減った」 →その他の大学(名前はあえて挙げませんが、試合前の素振りや打者のスイングや打撃結果を観ていればわかります) というのも同時に起こりました。   …というわけで、 「Twitterの情報をうまく活用できれば相当大きなアドバンテージになるんじゃね?」 という推測が成り立ちますね。   そこで今回は、 「某○○○大野球部ではTwitterの情報をどうやって野球部全体に広めているか」 について簡単に紹介します。   勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇posted with ヨメレバ中村 計 集英社 2016-08-05 AmazonKindle楽天ブックス楽天kobo ...

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