「小説を楽しめば、頭が勝手に良くなる」4つの理由

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です!

今回は、読書の醍醐味ともいえる「小説を読む」ことのメリットを書いていきます。

小説を読んでいるときの「時間を忘れ、我を忘れる楽しさ」が頭にどういう影響を与えるのか?

自分の想像力をフルに鍛えながら楽しめる唯一のメディアである

読書には、二種類あると思います。

「知識を身につけるための読書」と、「人生を豊かにする、娯楽としての読書」です。

小説を読むことは、言うまでもなく後者です。

それがどれだけ高尚な内容の小説であったとしても、あくまでもそれは娯楽としての読書です。

 

娯楽が娯楽たるゆえんは、「楽しいから」の一言に尽きます。

小説を読むのは、いったいなにが楽しいのか?

「筆者の綴る言葉をもとにして、自分の想像力をはたらかせて場面や人物や情景をイメージする」のが楽しいのです。

字面を追うだけの読書は読書とは言いません。頭の中で本の内容を具体的なイメージに変換して初めて「読書した」といえます。

おそらくこれはどんな読書家にも共通だと思います。

 

たとえば、小説以外のメディアである映画や漫画は、場面や人物のイメージは映像まかせor絵まかせになります。

これは、監督や作者の思い描いた映像・絵がダイレクトに伝わるのがメリットです・・・が、

映画や漫画を見ているとき、「イメージする」行為はほとんど行われません。

小説をイメージしながら読むのに比べると、はるかに受動的であると言えます。

 

小説を読むということは、かなり想像力を要する作業です。

ちょっと考えてみても、小説よりも「イメージ力」が必要になる娯楽はない気がします。

当然、たくさん小説を読めば読むほど、それだけ想像力も伸びていきます。

 

頭の中にイメージを作りあげる能力が高くなると、様々なメリットを享受できます。

記憶力が良くなるし、頭の回転が速くなるし、面白いアイディアをどんどん出せるし・・・といった具合に。

 

そんなわけで、小説を楽しみながら読むということは、想像する力を鍛え上げるための最善の選択だと言えるでしょう。

 

活字を操る”スキル”が磨ける

当ブログの記事で、前に「知っておきたい! デキる人・成功者の『読書量』はどれくらい?」という特集を組みました。

ちょっと考えればわかることですが、文章を書くのが上手な人は、それだけ自分の手本となる文章を山のように読んできています。

活字を操る能力は完全に後天的なスキルなので、自分で鍛えることができるのです。

 

まったくスイングをしない選手が決してプロ野球選手になれないのと同じで、活字を操る能力をアップするためには「量は、前提」なのです。

 

その量をこなすために、小説というのはかなり優れた材料となります。

なにせ、前項で触れたように「楽しみながら読める」のですから。

楽しんでいるだけでどんどん量をこなせるのは、おそらく小説だけです。

 

たとえば、文章のプロとして生計を立てていきたい(作家・小説家・代筆屋・脚本家など)と考えたとき、小説でいえば1000冊(それでも少ないくらいだと思います。おそらく2000,3000冊は読んでいるのが必要条件では)以上は読み終えていないと話にならない、と言われます。

世の中に出回っている小説は、日本人作家のものだけでも数十万冊はあるでしょうから、そのなかから自分にとって面白いものだけをピックアップして読んでいけばすぐに1000冊は超えます。

小説を読めば、文章のスキルが間違いなく上がる。

語彙力も伸びるし、言い回しの幅も広がる。

小説を読まない→活字を操る能力が伸びない→文章を書く必要があるたびに自分の文章力のなさにガックリくる、という悲しいループからはさっさと脱しましょう。

 

知識の量と幅が勝手に増えていく

読書量の大切さを知らない人がやってしまいがちな間違いとして、「最初から知識を身につけようとする」ことがあります。

自分の興味がないものを覚えようとするのは、つまらないでしょう。

なんせ脳がやる気を出してくれませんから。

 

小説をたくさん読めば、知識を仕入れるための土台ができます。

なぜなら、小説のなかには様々な「知識」が埋め込まれているからです。

これは、われわれが楽しみながら読んでいる小説のなかに、実は数多くの知識が入っているということです。

 

たとえば、貴志祐介の小説のなかには「生物」「酒」などが多く登場します。

筒井康隆の小説のなかには「俳優」「映画」の話などが散りばめられています。

村上龍の小説を読めばアンダーグラウンド事情やおくすり事情に詳しくなれます。

歴史小説を読めば歴史に興味が湧くでしょうし、経済小説を読めば経済に興味を持てます。

 

・・・小説そのもので知識を得るというより(司馬遼太郎の小説を読んで歴史を勉強した気になるのはちょっと困りもの)、学問への入り口として小説は有用なのです。

 

しかも、単に知識を詰め込もうとするのは、効率がすっごい悪いんですよね。

中高の六年間でがり勉した結果得られた知識量の少なさを考えると悲しくなってきます。

「六年間いやいや勉強する」と、「六年間好きなことだけを勉強する」、どちらがより多くの知識を得られるかは一目瞭然です。

 

ついでに言えば、「自分が知りたいと思ったこと」だけをやっていくと、そのうち「知りたいと思ったこと」の幅が広がっていきます。かつては知らなかったor興味のなかった分野にも、やがて興味が及ぶようになっていきます。

嫌々やらされるタイプの勉強では絶対にこうなりません。大学に合格した途端に勉強をやめてしまってガンガン脳が劣化していく大学生が多いこと多いこと。

 

「ガリ勉タイプ」として受験専門の勉強(やらねばならないもの)ばかりをやるより、ひたすら自分にとって面白いものだけをやっていく方が、長い目で見て絶対にプラスになります。

 

「ほう、ここが竜馬が通った道か」「もしあの小説の通りのシナリオが現実に起きたら、どうなるだろう」「へえ、ここがあのホラー小説の舞台か」「あの小説のモデルになった事件って、どんな事件だったのだろう」・・・こういった有機的な知識のネットワークを構築できるのは、「自分にとって面白いものを読む」という読書法の特権です。

 

一生の友にできる

小説は「安い」ですよね。

図書館で借りればタダだし、文庫本なら600円程度。ハードカバーはちょっと高いですが、図書館に買ってもらえば良いでしょう。

 

映画は一回二千円プラス飲食費。漫画は図書館に置いてないのでレンタルか買うかしなければなりません。

いずれも、小説に比較するとかなり高めの価格設定になっています。

限りなくタダに近い価格で楽しめる娯楽、それが小説です。

 

しかも、小説というのはそれこそ「一生かかっても読み切れない」だけの数があります。

一生かかっても読み切れないというのはネガティブな言い方で、裏返せば「一生読み続けることができる」ということです。

安上りで、楽しくて、読めば読むほど想像力が鍛えられ、頭が良くなる。

いいことづくめです。

読まない理由はないと思いますよ。

 

 

まとめ + もっと頭が良くなりたい人のための本

さて、いかがだったでしょうか。

小説を読むということには、非常に大きなメリットがあると言えそうです。

 

 

繰り返しますが、小説は「安い、多い、頭が良くなる、楽しい」最高の娯楽だと思います。

せっかくこの世界に、この日本に生まれた以上、小説というものを存分に楽しんだ方が得ではないでしょうか。

小説を読みまくって、この記事で述べたようなメリットを思いっきり享受して、楽しい人生を送ってください。

 

では、グッド・ラック!

 

★おまけ 「頭を良くする」ためのおすすめ本★

先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいのはアレだけど本物だ」と確信するに至りました。うさんくさいのは、読みもしないひとが勝手に言っているだけです。

この人の本は、頭を良くして常識を飛び越えるためのヒントが満載です。

本当に面白いし、使えますよ。私がすすめるんだから間違いないです。

・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術

・「苫米地英人、宇宙を語る

・「全速脳 ~脳は鍛えると100倍加速する

・「洗脳原論

・「「生」と「死」の取り扱い説明書

・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する

 

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