「おもしろさ」と「抽象度」の関係とは?

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

「おもしろい人は頭が良い」とよく言われますね。

そこで今回は、「頭の良さ」と「おもしろさ」の関係について考えてみましょう。

「抽象思考が得意な人は、おもしろいことを考え付く」?

前置き:「抽象度」とは何か?

「抽象度」という言葉を作ったのは、認知科学者・脳機能学者である苫米地英人氏です。

この言葉を説明するのは結構な労力が要るのですが、とりあえず簡単に触れておきます。

 

抽象度とは、「ある概念が、どれだけ普遍性を持っているかの度合い」です。

「抽象度が高い」「抽象度が低い」という言い方をします。

 

例を出すと、抽象度が「低い」ものとは、たとえば

「俺の中学の伝説になっている田中君」とか「近所の○○さんとこの息子」とか

「うちの家で飼っている柴犬のポチ」とか「いまここに生きている私という人間」とか、

狭い世界のなかでしか通用しない(=普遍性が低い)もののことです。

 

これらはいずれも、「具体的」で「限定的」であり、「つかみどころがある」ものです。

わかりやすいイメージでいえば、ヤンキーの世界みたいなものでしょうか。

「うちのグループのリーダーであるタク君(仮名)」といった、普遍性の低いもの(=その内輪でしか通用しないもの)を重視しますから。

 

逆に抽象度が「高い」ものとは、たとえば

「人間」とか、「生物」とか、「宇宙」とか、「学問」とか、「生と死」などといった、

世界中どこに行っても話が通じるもの(=普遍性が高い)のことです。

 

これらはいずれも、「抽象的」で「非限定的」であり、抽象度の高いことを考える習慣がない人にとってはモヤモヤとしてつかみどころがありません。

こちらのイメージは「数学者」でしょう。

つかみどころのないもの、フワフワしたものについてずっと思索しています。

 

この抽象度という概念を知っておくといろいろと便利なのですが、それは後日詳しく述べます。

とりあえずここでは、「抽象度」とは「ある概念が、どれだけ普遍性を持っているかの度合い」だということを覚えておいてください。

この「抽象度」という概念を使って、「おもしろいこと」とは何なのかを説明していきます。

 

抽象度を上げてやるとき、面白くなる

 

「ボケて」で多く見られるパターンに、「いままで気付かなかったけど、実はこれに似てるよね」があります。「冷凍庫から出したてのピノ」とか。

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そもそも、ボケてが根強い人気を誇っている理由は何でしょうか?

私の考えを述べてみます。

 

それは、「ボケて」の回答者に求められるのが、

ある画像について「ありがち」「そのまま」な解釈をするのではなく(そういう回答は評価されません)、

「みんなが考え付かないけれど、言われてみると<そうか!>と思えるような解釈をする」

ことである、という一点に尽きると思います。

そしてこのときもれなく、普遍性が上がる=抽象度も上がる、のです。

 

ボケてでみられる「意外性があって、かつその着地点が絶妙なものを考えだそうという精神」は、そのまま「抽象度を上げる」ことにつながる、ということです。

どういう意味か?

 

上の例でいえば、写真を「そのまま」の解釈をすれば、「湯気を立てている黒人アメリカンフットボーラー」です。何も知らずにこの画像だけを見た人は、その程度の解釈しかしないでしょう。

ただ、この説明の仕方は、このお題の画像にしか通用しません

つまり、「普遍性が低い」=「抽象度が低い」のですね。

 

この画像をボケてで面白くするためには、

「実はこの画像の中にあるモノは、これと似ているよね」という、

「意外性のある、しかし絶妙な」ものへの発想転換が必要です。

このとき必然的に、「普遍性が上がる」=「抽象度が上がる」ことになります。

 

先の例をもう一度見てみましょう。

「黒人のアメフトボウラー」という一枚の写真が、実は「冷蔵庫から出したてのピノ」に似ている・・・

 

おわかりいただけたでしょうか?

まさにこの瞬間、「黒人のアメフトボウラーの写真」の普遍性が上がって(=抽象度が上がって)います

この画像が、実は「冷凍庫から出したてのピノ」に似ている・・という解釈を考えだしたとき、「アメフトボウラーの写真」は「冷蔵庫から出したてのピノ」というもう一つの意味を含むことになるのです。

 

「狭い世界では一つの意味しか持っていなかったものが、思わぬ形で違う意味を持つ(=このとき普遍性が上がる)」。

このときアハ体験と一緒で、「あっ、それがあったか。ハハハ」という笑いが起こります。

これが、ボケてが面白い理由です。

(余談ですが、ニコニコでよく見られるような「ネタの派生」もこれとまったく同じ原理です)

 

 

だから、ボケての傑作を見て面白がることのできる人は、抽象度の高いことを考える素質があると言えるかもしれません。

 

なお、ボケてだけでなく、他にも「パロディー」「替え歌」「風刺」なども、「一段抽象度を上げてやる」ものでないと面白いものとはみなされません。

まとめると、

「狭い世界では一つの意味しか持っていなかったものが、思わぬ形で違う意味を持つ(=このとき普遍性が上がる=抽象度が上がる)」。

それが、「おもしろさ」と「抽象度」の関係です。

 

抽象思考が得意になるにつれて周囲からズレていく

また、「おもしろさと抽象度の関係」についてはもう一言。

 

われわれは、「具体的に考える」のは得意です。誰にでもできます。

「俺の中学の伝説である田中君」とか「近所の○○さんとこの息子」とか

「うちの家で飼っている柴犬のポチ」とか「いまここに生きている私という人間」とか、

いずれも、視野が狭いというか、狭い世界のなかでの物言いです。

これらは特に訓練を必要としません。

 

その一方で、「抽象度の高いこと」「普遍性の高いこと」を考えるのは、訓練が必要です。

訓練が必要ということは、それだけ門前払いを食らっている人も多いということ。したがって、抽象度の高い思考ができる人は、絶対的に少ないのです。

 

非常に残念なことに、抽象度が高くなればなるほど少数派になっていきます。

「少数派である」ということは、つまり多数派からの圧力もそれだけ強くなるということをも意味します。

 

そのうえ、抽象度が高い人にとっての世界の見え方は、抽象度が低い人の世界の見え方とはまるで違っています。

おそらく史上最も抽象度の高い境地に達した釈迦にとってはこの世のすべてのものは「空」に見えています。空とは、実体がないということ。

それに比べると、お金という実体のないものにとらわれ、日々目の前の欲望に引きずりまわされているわれわれ現代人の世界観はかなりねばついたものでしょう。

 

世界の見え方そのものが違うのですから、抽象度の低い人から抽象度の高い人を見ると「なに考えてるかわからない」となります。

抽象度の高い世界に住んでいる人にとっての当たり前が、抽象度が低い人にとっては当然ではないのです。

したがって、必然的に両者の間には「ズレ」が生じます。

 

このズレが吉と出る場合には、抽象度の高い人の言っていることは「おもしろいこと」「ハッとすること」になります。逆に、凶と出る場合には「よくわからない・つまらない」で終わりです。

このことからすると、抽象度が高い人というのは、ある程度「おもしろい」ものであると言えるでしょう。

 

ただし頭が悪くなる”ユーモア”もある

ただし、「おもしろいもの」がすべて「抽象度が高い」わけではありません。

例外があります。

 

たとえば、仲間内でしか通じないネタ。

内輪のネタは、言っている当人たちにとっては面白いでしょうが、狭い世界でしか通用しません。普遍性が低いのです。

 

また、人をいじったりからかったりしたときに発生する笑いも同様です。

その人が周囲から異なっていることを利用して笑いをとるとか、その人にとってはどうしようもないことをネタにするということは、やはり内輪ネタ=抽象度が低いネタ、ということになります。

 

抽象度が低い

普遍性が低いということは、実は「いくらでも取り換えが利く」ということでもあります。(逆説的なものの言い方になりますが)なぜなら、普遍性の低いことを考えるのは、「誰にでもできる」からです。誰にでもできるという

 

せっかくおもしろいことを考えるなら、抽象度の高い、普遍性の高いものにチャレンジしましょう。

 

おわりに

さて、いかがだったでしょうか。

今回はちょっとゴタゴタした内容になってしまったのですが、言わんとしていることはもう一度言っておきます。

「狭い世界では一つの意味しか持っていなかったものが、思わぬ形で違う意味を持つ(=このとき普遍性が上がる=抽象度が上がる)」。

それが、「おもしろさ」と「抽象度」の関係です。

 

また、自分たちにとっては面白いと思っているネタであっても、それが普遍性の低い=抽象度の低いネタであれば、他に同じようなことを言っている人はいくらでもいます。自分たちにとっては唯一無二に思える「めちゃくちゃおもしろい友達の○○君」は全国で探せばいくらでも、それこそ掃いて捨てるほどいます。

ただなんにせよ、「おもしろいことを言える」ことと「抽象度が高い思考ができること」は何らかの共通点があるということは言えると思います。

 

抽象度を上げて、おもしろいことをガンガン考え付ける人になってください。

では、グッド・ラック!

 

★おまけ 「抽象度を上げる」ためのおすすめ本★

・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいのはアレだけど本物だ」と確信するに至りました。うさんくさいのは、読みもしないひとが勝手に言っているだけです。

今回この記事で書いたことは、抽象度という概念をはじめ、かなりの部分が苫米地氏の知見を基にしたものです。

 

以下におすすめの本を挙げておきます。

・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術

・「ディベートで超論理思考を手に入れる

・「苫米地英人、宇宙を語る

・「洗脳原論

・「思考停止という病

・「「生」と「死」の取り扱い説明書

・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する

 

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