「セルフ・イメージ」だけが、あなたという存在を100パーセント規定している

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、「セルフイメージのすばらしさとおそろしさ」について語ります。

スポーツをやっているとよく、「成功するためにはセルフイメージを高く持って~」と言われます。

セルフイメージセルフイメージと言われても、知識のない人にとっては「??」でしょう。

セルフイメージとは、どんなものなのか。

セルフイメージは、あなたにどう影響するのか。

そして、セルフイメージを変えるには、どうすればいいのか。

シンプルながら奥深い、「セルフイメージ」という概念について見ていきましょう。

セルフイメージとはどんなものか? あなたにどう影響を与えるのか?

What’s セルフトーク?

セルフイメージを字義通りに解釈すれば、以下の通り。

セルフ=自己 イメージ=想像

「自己に関する想像」、つまり「自己像」です。

「○○するのは私らしい」「私は○○というスポーツが得意だ」「私は○○しているときが心地よい」など。

 

もっと具体的に言えば、

「おれは勉強が得意だ!」や、

「ぼくは異性にモテない」というのもセルフイメージ。

「わたしはなにをやってもだめなやつ。存在している価値がない」というのももちろん、セルフイメージです。

 

イメージ自体が良いか悪いかに関係なく、「それは、自分にとって当たり前になっていることかどうか」を判断するのが、セルフイメージというフィルターの役割です。

では、このセルフイメージによって人間の行動はどう左右されるのでしょうか。

 

セルフイメージは、「いまここにいるあなた」を完全に規定する

 

①「自分らしいこと」「自分らしくないこと」を鋭く選り分ける

たとえば、こんな例があるとします。

「自分はスポーツが不得意で、いつもみんなから笑われている」というセルフイメージの人がいるとしましょう。

その彼or彼女が、体育でサッカーをやる羽目になりました。

当然、彼or彼女はサッカーも不得意です。

お情けでもらったボールは相手に奪われるし、ヘディングで眼鏡を割るし、トラップはことごとく空振りします。

 

このとき、彼or彼女にとって「自分らしいこと」は、「ボールを奪われ、ヘディングもトラップもしくじる」というプレーです。

たとえプレーしている本人にとっては「情けないなあ、自分・・・」というマイナスの感情を引き起こすものであっても、それが当人にとっては「当然のこと」なのですからそこを出ようとはしないのです。「上手くプレーする」ことは、当人にとって「自分らしくない! 心地よくない!」と認知的不協和を起こすのです。

自分らしくない「ドリブルで敵陣を突破し、華麗なシュートを決める」というプレーをしようとは考えない、というよりそもそも考えることができないんです。

 

しかもこの「自分らしいか、らしくないか」を判断するのは、意識ではなく無意識の役割です。

「なんとなく、自分にふさわしくないな・・・」と無意識が判断すれば、それは自分にとってふさわしくないものとして遠ざけられます。

セルフイメージに基づくフィルタリングは無意識でやることですから、意識が「直接」コントロールすることはできないのです。

 

とにかくここでは、

セルフイメージは、あなたらしいことと、あなたらしくないことを選別する。そして、あなたらしいことだけを残して、あなたらしくないことを遠ざける

ということを理解してください。

自分自身の経験に照らし合わせてみても、おそらく心当たりがあるはずです。

サッカーの例だけでなく、「勉強が不得意である」というセルフイメージがあれば勉強が得意な状態を嫌いますし、「自分はコミュ障である」というセルフイメージがある限りコミュニケーションが不得意な状態から抜け出すことは難しいのです。

 

ちなみに、実は、この無意識の判断自体を変えてしまう方法が存在しますが、

それについては後述します。

 

②すべての行動選択の基準になっている

①から発展して、もっと恐ろしい話をしましょう。

実は、セルフイメージは、あなたの行動を端から端まで規定しているのです。

 

たとえば、「人前で鼻をほじるかどうか」といった些細な行動から、

「なにかを目指して粘り強く辛抱を続けられるかどうか」といった大きな行動まで。

 

「人前で鼻をほじる」のが「あなたらしい」なら、あなたはそうします。

「なにかを目指して粘り強く辛抱を続けられる」のが「あなたらしい」なら、あなたはそうするでしょう。

もし仮に、人前で鼻をほじるというセルフイメージを持たない人がそうしてしまった場合、

「あっ、恥ずかしい」と思ってすぐにやめてしまうはずです。

 

同じように、

「今日の受験勉強、もうちょっと残っているけど、明日に回そうかな」という選択肢をどう処理するかも、

「魅力的な人間に対してアタックするかどうか」という一世一代の選択も、

「あなたらしいもの」だけが選択され、「あなたらしくないもの」は排除されます。

 

これって相当恐ろしく、かつ素晴らしいことだとは思いませんか。

 

人間がセルフイメージに従って行動するということはつまり、たとえば

「努力を続けられる人は成功する」の「努力を続けられれる人」になれるかどうかは、

あなたのセルフイメージ次第だということです。(努力という言葉はあまり使いたくないのですが・・・)

 

「努力することが自分らしい」人にとっては、「努力しないこと」はむしろ気持ち悪くて仕方がないのです。

プロ野球の名選手だった張本勲氏は「バットを振らんと気持ち悪くて眠れなかった」とすら言っています。

 

③あなたの限界を決める

セルフイメージの一つに、「自分はこんなものだ」というものがあります。

たとえば、「自分はメジャーリーガーとして活躍できる人間だ」とか、

「自分はこの程度のことしかできない人間だ」「自分は底辺の人間だ」といったものです。

 

たとえば仮に、まったく同じ学力を持つA君とB君がいたとして、

A君は「ぼくはテストの点数が50点。でも本当はもっと上のレベルにいるべき人間だ」と思っています。

B君は「ぼくはテストの点数が50点。でも本当はもっと低い点数しかとれないはずだ」と思っています。

この場合、A君は50点より上へ上へという形で試行錯誤していくでしょうが、

逆にB君はじりじりと点数を下げていくはずです。

A君には「もっともっと上へ行くための道」が見えてきますが、

B君は、少なくとも勉強ではこれ以上の向上は見込めそうにありません。

セルフイメージが限界を規定する、という良い例です。

 

もう一つ例を出しましょう。

もし仮に、「自分は、いまはまだ路上ライブしかできないけど、将来かならず武道館で満員ライブをする人間だ」というセルフイメージを持っている人がいるとしましょう。

彼に見えるのは、「武道館でライブをする自分になるための行動」です。

 

もちろんまわりの人は「なにを夢見てんだか」「さっさとまともな職に就け」くらいの反応でしょう(このような反応をする人のことを、コーチングの元祖ルー・タイスはドリームキラーと呼びました)。

実際、客観的に見ればまだ「路上ライブをしている、よくいる典型的な若者」にしか過ぎません。

 

ここで、「両方」の可能性を考えてみます。

つまり、「自分は将来、武道館を満員にするにふさわしい人間だ」というセルフイメージが備わっていた場合と、備わっていなかった場合です。この両方を考えます。

 

そうすると、まったく同じところからスタートしても、両者の達成可能性はまったく違ってくるはずです。

セルフイメージが「武道館ライブにふさわしい人間である」だった場合、

その若者は書店に行けばギターや歌のテクニック本を読み漁るでしょうし、

いま人気のあるグループや歌手やミュージシャンとなんとかしてコネクションを作ろうとするかもしれません。

間違いなく、まったく同じスタート地点に立っていたもう一方の「セルフイメージが低い方」よりもはるかに達成可能性が高まるはずです。

 

何が言いたいかというと、これです↓。

なんと、達成可能性そのものが、セルフイメージの強さによって影響されるのです

もっと言えば、客観的に見た現在の能力や状況というものは、未来を志向する力の強さによって変動するというわけです。

 

逆に言えば、セルフイメージさえ上げれば、それまで「こんなものだろう」とおもっていた自分の限界を飛び越えて、ガンガン成果を出すことができるようになります。これまで弱みだと思っていたことを強みに変え、現在持っている能力を120パーセント発揮するためには、セルフイメージを上げることさえできればいいのです。

 

④あなたの人生の充実感を決める

あなたという生物は、いずれ死にます。

 

私は死んだことがないですから想像でしか言えないのですが、人間というのは理性を持っている生物ですから、おそらく死ぬ瞬間には自分の人生を総決算するはずです。

「ああ、良い人生だったな」と思うのか?

それとも、

「ああ、もっと必死に自分のやりたいことを追求すればよかった。でも死んだらもう終わりだから、もうやり直しできないのか。悔しい・・・」と無念タラタラで死ぬのか?

 

それを分けるのも、セルフイメージでしょう。

「人生を満足に生き切った自分」「過去のことはすべてベストだと思える自分」というセルフイメージを持っていれば、あなたの脳にはそれを裏付ける情報ばかりが集められます。

「自分の意見を持たず、実質的な奴隷としてしか生きられない自分」「過去に後悔しまくりな自分」というセルフイメージを持っていれば、その通りの情報ばかりが集められます。

 

死ぬ瞬間にフラッシュバックする「情報の雪崩」がどのようなものかすらも、セルフイメージが決定しているといえるのです。

 

長くなったので、いったんここで切ります。

後編では、「セルフイメージを変えるための方法論」を紹介しましょう。

 

まとめ + 

さて、いかがでしたか。

ここまで、セルフイメージの恐ろしさと素晴らしさについて、両方に配慮しつつ書いてきました。

後編をお楽しみにしていてください。

 

では、グッド・ラック!

 

★おまけ 「セルフイメージを向上させたい人」のためのおすすめ本★

・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいのはアレだけど本物だ」と確信しました。セルフイメージを変えるには、この人の本を読むのをおすすめします。ちなみにこの記事では「セルフイメージ」と言っていますが、苫米地氏の本では「エフィカシー」に相当します。

 

以下におすすめの本を挙げておきます。

・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術

・「ディベートで超論理思考を手に入れる

・「苫米地英人、宇宙を語る

・「洗脳原論

・「思考停止という病

・「「生」と「死」の取り扱い説明書

・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する

 

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