闇雲な「プラス思考」には意味がない 「プラス思考」はなぜヤバいのか?

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、よく言われる「プラス思考」「ポジティブシンキング」について自分が考えたことを書きます。

現代日本に生きていれば、「マイナス思考」のほうに傾きがちな自分を発見する人が多いはずです。

その証拠に、まとめサイトやメンタルトレーニングや自己啓発本ではよく「プラス思考で生きよう」とか「ポジティブシンキングの技法」というテーマが扱われます。

でも、実はそういった「プラス思考すべし」という思考法はかなり危ういものだと考えられるのです。

「プラス思考」はなぜヤバいのか?

本記事ではまず「なぜ<プラス思考>は危ういのか」について述べ、その後に「そもそもなぜプラス思考になる必要があるのか?」「本当の意味でのプラス思考をするにはどうすればいいのか?」について述べます。

「プラス思考」の判断基準はどこにあるのか?

 

「プラス思考で生きるといいことがあるよ」

 

という文言はいたるところで目にします。まとめサイトでも、自己啓発本でも、そこらじゅうにあふれています。「人間はプラス思考で生きるほうが人生楽しいんだよ」とか「こういう場合にはこう考えるとプラスに転換できるよ」といった趣旨のことを言う人が多いですね。

 

では、そのプラス思考の「判断基準」はいったいどこにあるのでしょうか?

つまり、なにがプラスで、なにがマイナスという線引きはどうやってするのでしょうか?

 

もちろん、プラス思考というからには、マイナス思考も存在するはずです。

そして当然、プラスとマイナスを分けるには、なんらかの判断基準が必要でしょう。では一体、「プラス→ニュートラル→マイナス」の「ニュートラル」はどこにあるのか?この「プラスとマイナスを分ける線」をどこにどうやって引けばよいのかという問題は、世に溢れる自己啓発本の著者たちに案外見過ごされているのではないでしょうか。

 

理屈で考えればわかることですが、人間は判断基準がないまま判断することはできません。基準点がどこにも設定されていないまま、ある物事について「これはプラスだから良い」「これはマイナスだから駄目」と判断することはできないでしょう。判断基準がなければ判断しようがないのです。

 

それなのに、なぜか世にいうプラス思考の方法論では「あらゆる物事をプラスでとらえましょう」となっているわけです。しかしそれはどだい無理な話です。何度も繰り返しているように、判断基準がなければプラスとマイナスに分けることができないのです。

したがって、プラス思考をするためには、まずは「なにが自分にとってプラスで、なにが自分にとってマイナスなのかを判断する基準はどこに置くか?」について考える必要があります。ちょっと寄り道した後に、これを考えていきましょう。

 

プラス思考をする人だけがはまり込む泥沼

人間という生物はそもそも、かなりマイナス方向に振れやすい動物です。

なぜそうなったかといえば、何事に関しても「あれをやると危険かも」「これするとヤバいかも」といったストッパーがあるほうが、リスクを負わずに生き延びる可能性が高かったからでしょう。この適応の名残りとして現在の人間には、マイナス思考しやすい傾向があるわけです。

 

ですから、放っておいたらマイナス思考ばかりが出てくるわけです。人間の脳自体がそうなっているのですから、止めようがありません。

で、プラス思考を試みようとするひとは、そのあふれ出てくるマイナス思考の山に対して、「これはマイナス思考だからダメ」「これはプラスだからいいや」という判断を下す必要があるわけです。「ああ、いま自分はマイナス思考をしている。プラスに転換しよう」という具合に。

 

このときに、「どれがマイナスで、どれがプラスだかわからない」「マイナスだとはわかったけど、それをどうやってプラスに転換すればいいのかわからない」という状態になってしまえば、かなりのストレスがかかりますね。判断基準がないままですから、プラスかマイナスかわからず、白黒がつけられず、自分の思考そのものに苦しむことになります。「はっきりしない」「わからない」というのは人間にとって相当なストレスです。

 

つまり、「プラス思考を試みる人だけがハマる罠」というのは、

「あらゆる思考を一生懸命プラス思考の方向に持っていこうとはするものの、そもそもプラス思考とはどういう基準でもって判断されるのかよくわからないので、①どれがプラス思考になるのかわからない ②どのようにプラス思考に方向転換すればいいのかわからない」

ようになっていく、という傾向のことをいいます。

そして悪いことに、こういった苦悶をしているうちに、だんだん「自分ってプラス思考のできない人間だな」とか「プラス思考って苦しいな」という感じで自己肯定感が低くなっていくおそれがあります。プラス思考が大事だとわかっているけど、どうしてもマイナス思考が止まらない・・・という人は案外多いみたいで、それゆえに「自己啓発本を読むやつは何も変わらないよな」みたいなことが言われるわけです。

 

判断基準がないままプラス思考しようとするのは、言ってみればコンパスも海図もないまま海の上を漂っているようなものですね。角川春樹じゃないんですから、そういう無謀なことはすべきではありません。

 

本物のプラス思考のために必要なもの

それでは、この「プラス思考しようとするけどできない」というプラス思考のジレンマを解消するには具体的にどうしたら良いのか?

それは、先ほどから何度も登場している「判断基準」をきちっと設定することです。

それさえできれば、プラス思考をするための土台が築かれたことになります。

なぜなら、その基準に沿ってプラスとマイナスを区別すればいいでしょうし、マイナスのことをプラスに転化するときにもこの基準を支点にすればいいわけです。

 

では、プラス思考の土台となる「判断基準」とは一体なにか?

 

実はそれこそが、

「自分はこうありたい」「自分はこうなりたい」という未来のゴール

なのです。

 

このゴール=判断基準が持てさえすれば、プラス思考が容易になる・・・というよりは、ゴールを達成するために必要不可欠な手段としてプラス思考があるんだな、という認識ができるようになります。

ただ闇雲に「プラス思考しましょう」と言っているだけでは意味なしです。ゴールがあって、それを達成するために必然的にプラス思考が行われる、というのが本当のところです。

基本的に、ゴールを上手に設定する+そのゴールに臨場感を持つことさえできれば、あとは勝手に日常生活のすべてがプラスに転化していきます。

そもそも、未来のゴールを達成した最高の状態の自分から見れば、過去の自分はすべて「あれがあったからこそ今がある」という形で正当化されているはずでしょう。「あそこであれをしていれば・・・」と後悔するひとは、結局のところ未来のゴールに対するコミットが不十分なひとです。

また、「自分はゴールがあるけどマイナス思考が止まらない」という人はゴールが間違っているか、低いか、または臨場感が足りないだけです。ちゃんとゴールを設定して、そのゴールへの臨場感を持てばマイナス思考は出てきません。

 

この「ゴールとプラス思考」というテーマについてはまた次の記事で書きます。

 

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