「アウトプットの場を用意した上で読書をする」ことがなぜ重要なのか

   

「アウトプットの場を用意した上で読書をする」ことがなぜ重要なのか

インプットだけだと意外と頭に残らない

もし、あなたが

「30分あげますから、これらの100個の英単語の意味をできるだけ覚えてください」

というテストを受けるとしたら、どんな方法を使って英単語を覚えようとするでしょうか。

 

だいたいの人は、「ひたすら英単語を眺める」ことによって記憶しようとするのでは、と思います。

ごく一部の勉強法について調べたことがある人だけが「ひたすら確認テストを解きまくる」という選択をするはずです。

 

実際にやってみればわかりますが、前者の「インプットオンリー」方式では、意外と成績が伸びません。

 

むしろ、間違えまくっても良いからひたすら確認テストを解きまくるという「アウトプット重視」方式のほうがはるかに早いペースで単語を習得することができます。

 

なぜこのようになるかといえば、脳の性質として、

「間違えないと学習しない」

傾向が強いからです。

 

人間は元来かなり「マイナスに敏感である」ようにできています。

たとえば、夜のジャングルで近くの藪から「ガサッ!」という音が聞こえたら、

「もしかしたら人食いトラかも」と身構えるでしょう。そうでない可能性の方が高いはずなのに。

 

「プラスかマイナスかわからないのであれば、安全策としてマイナスの解釈をとる」方が、生き延びる上では有利だったと考えられます。現代社会というかなり安全になった社会では、それが裏目に出てトラウマや被害妄想になることもあるのですが。

 

ともあれ人間は、「間違った!」というマイナスのショックに、より過敏に反応します。

確認テストを解くことによって「あれ?解けない!これも間違ってる!これもだ!」というショックが与えられて、それが強いインパクトとともに記憶に残る……だからこそ、確認テストなどによって「アウトプットする」ことによって記憶効率が上がるのです。

 

君インプットだけで人生を終えたもうことなかれ

このように、人間は「アウトプット」を積極的に行うことによって、より効率的な知識習得ができます。

 

さらにいえば、「積極的にアウトプットをする」というのは、

「インプットだけで人生を終える」という悲劇を防ぐ役割もあります。

 

これは佐藤優氏が『読書の技法』で書いていたことですが、佐藤氏は

「いま、頭の中に500くらいの新書籍のネタがあるけど、死ぬまでにそれらをすべて書ききることはできないだろう」

という状態だそうです。

まだまだ言い残したことがあるという未練を残しながらこの世を去る……なんだか化けて出そうです。

 

確かに、「圧倒的なインプット量がなければ、優れた創作活動をすることはできない」のは本当です。

評論家や作家といた人々は、平均して、優に数千冊は読んでいます。

圧倒的な知識量・読書量があってこそ、脳内で化学反応が起きるのですから。

 

しかし、「インプットしすぎて人生の残り時間が少なくなってしまう」というのもまた困ったものでしょう。

「今年は1000冊本を読む!」と目標を立てるのは良いことですが、「それに見合ったアウトプットの場を確保しておくこと」もまた同時に行われなければなりません。そうでないと、前述の通り知識の吸収効率が悪くなるからです。

 

「若いころ(30~40歳くらいまで)はインプットに専念すべきだ」という選択肢ももちろんありますが、

そうすると「作家や学者といった、アウトプットによって経済的に自立したい人」にとってはかなりのハードルとなります。そんなに悠長にインプットばかりしていられないよ、という話です。

30~40歳ともなれば、経済的に自立することが社会的に望まれます。本人にとっても、「30~40歳までインプットに専念できる環境を用意する」のは結構な難題です。大学の博士課程くらいでしょう。

 

それよりもっと良い方法が、「アウトプットの場を確保した上でたくさんインプットする」という選択肢です。

知識を定着させるのも楽ですし、アウトプット場所の選び方しだいでは経済的に自立することも十分可能ですから。

 

「書を捨てよ、街に出よう」という寺山修二の有名なタイトルの真意は、案外このあたりにあるのかも。

「インプットばかりしていると、思ったより知識も定着しないし、貴重なアウトプットの機会を失うことになるよ。それは効率が悪いだろう。それよりも、街に出て、実際に自分が学んだことを実世界に応用してみたらどうだ。その方が知識の吸収がスムーズになるし、アウトプットの仕方しだいではお金を稼ぐこともできるぞ」という忠告なのかもしれません。

 

どうせアウトプットするのなら、他の人の役に立つ&自分も得をするようにやろう

アウトプットそのものの重要性については以上の通りです。

 

インターネットを使ったアウトプットとしては、たとえば

「自分が学んだことを活かして、電子書籍を出版する」

「ブログを開設して、書評や、学んだことをまとめる」

「Amazonで、質の良いレビューをたくさん投稿する」

といったものがあります。

 

これらのアウトプットはどれも「他の人のためになること」です。

現在の社会では原則的に、「他の人のためになることをしてくれた人には、対価としてそれに見合ったお金を渡す」というシステムが採用されていますから、こういったアウトプットをしていくことによって「他の人のためにもなるし、自分のためにもなる」という結果が得られます。

 

なお、「Amazonで良質な商品レビューを書く」ことによって、もしかすると「Amazon Vine 先取りプログラム」というものに選ばれるかもしれません。簡単に言えば、このプログラムの参加者は「これから発売される予定の新商品のサンプルをタダでもらえる」という特典が与えられます。

何人に一人が当たるのかとか、どれくらい書けばそれに選出されるのかといった細かい情報は開示されていませんが、とりあえず気になった人は「まじかよ…Amazonで『レビュー』を書くと色々貰えてお得だった」(Naverまとめ)をご覧ください。

 

ブログで稼ぐ人も結構いるみたいで、そういう人には

ぼくがブログ収入を公開する理由。」(まだ東京で消耗してるの?)

ブログ月収100万円をこえて分かったこと」(やぎろぐ)

ベタなところですが、このあたりをおすすめしておきます。

 

アウトプットしないと「精神的にヤバい状態になる」かもしれない

さて、前項では「アウトプットで社会貢献をしながら自分も得しよう!」という、カントの墓の前で言ったら蘇ってきそうなことを述べました。

 

では、この「アウトプットで社会貢献&自分も得をする」を裏返すとどうなるでしょうか。

こうなります。

 

「インプットばかりしてアウトプットしない人は、社会に対して何の貢献もしていない&何も得しない」。

 

……非常に露骨な言い方をすれば「ごくつぶし」ですね。

消費活動をする以外に何も生み出さないという点でまさに穀潰しそのものです。

社会的資産を何ら増やさないのですから、「インプットだけしかしない人」というのはかなり存在意義が危ぶまれます。

インプット活動以外に何かの職業をこなしている人であればまだマシと言えますが、この場合でも「労働+インプット」ですから、アウトプットの量が不足していると考えられます。ビジネスパーソンの方だとけっこう多いのではないでしょうか。「労働した後はネットサーフィン」みたいな生活をしている人。

 

さらに、インプットばかりしてアウトプットをしないと、必然的に生活が逼迫していきます。

「たくさん本を買いまくったり、漫画を読んだり、映画を観たり、アニメを楽しんだりはするけど、

そのインプットを活かして収入を得ることをしない」というのでは大赤字でしょう。

インプットばかりでアウトプットが不足している、という生活スタイルは経済的にも不合理なのです。

 

インプットばかりの生活は、精神的にもかなりキツいものがあります。

前述の経済的不安に加えて、「自分が社会的資産を新生していない」という実感は、そのまま「どこか満たされない感じ」に直結します。「自分は、ひたすら既存のコンテンツを浪費・消費するばかりで、なにも生み出さない穀潰しじゃないか」と。これが、思ったより精神に来るのです。

 

私自身そういう経験をしているので、よくわかります。

「一日をインプットだけで終える生活」をしていた時期があったのですが、なんとなく満たされない空虚さに苦しめられました。楽しいことには楽しいんですが、なんとなく親の遺産を食いつぶしながら生活しているようなうしろめたさがあったのです。

 

自分でなにか新規のコンテンツを生み出すのならまだ生きている実感があるでしょうが、社会に対して何ら新しいものを提供しないというのは想像以上にキツいのです。

なんせ人間は社会的動物なんですから。

自分が所属する共同体・社会にコミットしないことには「自分は、たとえ小さなものであっても、社会に対して貢献しているのだ。だから自分には存在価値があるのだ」という実感が得られないのです。「他人に無関心な人」が白眼視されるのとまったく同様の理由で、「社会に対して貢献していないと思われる人」も蔑まれます。

 

こういった状況に陥らないためにも、「アウトプットの場」は確保されるべきです。

どうせインプットするのなら、アウトプットも一緒にやりましょう。

アウトプットの場を確保しながらインプットしていけば、「経済的」「精神的」「効率的」にすぐれた創作ライフを送ることができるのですから。

 

私のようにブログを始めるのもよし、研究に没頭することで社会に貢献するのもよし、Amazonのカスタマーレビューを書いてみるのも、電子書籍を出版するつもりで情報を集めるのも良いでしょう。

 

とにかく、「アウトプットの場を確保しながらインプットする」ことは、本当に大切。

それが、私がこの記事で伝えたかったことです。

 

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