「パーソナリティ障害がわかる本 障害を個性に変えるために」を読んで思ったこと

   

「パーソナリティ障害がわかる本 障害を個性に変えるために」を読んで思ったこと

「パーソナリティ障害がわかる本 障害を個性に変えるために」(岡田尊司)

最近、インターネットでよく「パーソナリティ障害」という言葉を目にするようになりました。

だいたい「自己愛性パーソナリティ障害の友人がヤバすぎる・・・」とか「回避性パーソナリティ障害って人生詰むよな」みたいな扱われ方なのですが、では、果たしていったいどれほどの人が「〇〇性パーソナリティ障害」についてきちんと調べてみたことがあるのでしょうか。なんとなくのイメージで物事を語っている人が多いように思えます。

 

そこで、「パーソナリティ障害がわかれば人間がわかるんじゃね?」と思い立ち、

こんな本を図書館で借りてきました。

 

パーソナリティ障害とは? 血液型性格診断と何が違うの?

では、簡単に「パーソナリティ障害」とは何かを紹介しておきましょう。

 

一般的に「パーソナリティ障害」とは次のように定義されます。

wikipediaより引用:

パーソナリティ障害(パーソナリティしょうがい、英語: Personality disorder, PD)とは、

文化的な平均から著しく偏った行動の様式であり、特徴的な生活の様式や他者との関わり方、または内面的な様式を持ち、そのことが個人的あるいは社会的にかなりの崩壊や著しい苦痛や機能の障害をもたらしているものである。

青年期や成人早期に遡って始まっている必要がある。症状が著しい苦痛や機能障害をもたらしていないものは、正常なパーソナリティである。

従来の境界例や精神病質の受け皿にあたる概念である。以前は、人格障害(じんかくしょうがい)の訳語が当てられていたが、烙印あるいは偏見的なニュアンスが強いことから現在の名称に変更された。なお以前は同様の意図から性格障害と言われることもあった。

 

…長いのでまとめます。

パーソナリティは、見方や反応の仕方、考え方、人とのかかわり方、振る舞いの仕方といったことの持続的なパターンであり、その人らしさを形成している。

それが、適応的にできなくなり、臨床的に著しい苦痛や機能の障害をもたらしている場合がパーソナリティ障害である

といえます。

 

まだピンと来ない人も多いでしょうから、私なりの言葉でまとめてみます。

 

つまるところ、

自分のモノの見方・考え方が何らかの原因で「平均的な人の基準」から根本的にズレているとき、

<その「自分の持っている認識」と「現実世界」との間にあるギャップに適応するために形成された、いびつ・不自然で特異な考え方・振る舞い方を身に付けている状態>

を、パーソナリティ障害と呼びます。

 

「不合理」と書きましたが、あくまでも「本人にとっては合理的だけど、周囲から見ると明らかに不合理」というくらいの意味です。

 

パーソナリティ障害の種類

パーソナリティ障害は10種類近くに分けられますが、大まかな系統としては三つに分類されます。

  • A群:奇妙な行動や発言が多く、風変わりなところがある
  • B群:ナルシスト要素があり、演技的な行動をとりやすい
  • C群:抑うつ的な行動や考え方を持っており、人を遠ざけたり、近づいたりしやすい

このA~C群の下位に位置するものとして、有名な「自己愛性パーソナリティ障害」「回避性パーソナリティ障害」などがあります。

 

(A群)

  • 妄想性タイプ:自分勝手な妄想をして他人を信用できず、懐疑的な態度や思い込みで行動をする
  • 統合失調質タイプ:非常に内向的で他人に興味がない。孤独を好み、感情の起伏が乏しい
  • 統合失調型タイプ:自分に魔術的な力があると思い込み、自分の意思でなんでもできると考えている

 

(B群)

  • 自己愛性タイプ:自己評価が過大で、非常につよい優越感や全能感を持っている
  • 演技性タイプ:自然なふるまいができずオーバーアクションをとり、常に他人の注意を引きつけておく
  • 反社会性タイプ:他人の感情や利益を軽視し、自分の都合でしかものをみることができない
  • 境界性タイプ:情緒が安定しておらず、自傷行為や自暴自棄などの行動をともなう

 

(C群)

  • 回避性タイプ:拒絶されるのを極端におそれ、人と接することが困難になってしまう
  • 依存性タイプ:自分で判断ができず、常に他人に判断をゆだねてしまう
  • 強迫性タイプ:完璧主義がたたり、自分で自分をがんじがらめにする

パーソナリティ障害の種類と症状より)

 

さて、どうでしょうか。

 

「こんなの絶対どれかに引っかかるに決まってるじゃん! バーナム効果だ! 血液型診断と一緒だ!」

と言いたくなる人もいるでしょうが、米国の精神病診断マニュアルであるDSM-4・5でもこのような分類がなされていますから、れっきとした学問的分類です(精神医学そのものがアレだと言われることもありますが…)。上記のような性質を帯びるまでのメカニズムも統計学的・心理学的に研究されています。

 

血液型診断とはそこが違います。血液型診断では「なぜそうなるのか」の根拠が強くありませんから、「なんでそうなるの」と突っ込まれると「そういう傾向があるように思えるから」くらいにしか答えられないのです。

 

各パーソナリティ障害の共通点

各タイプのパーソナリティ障害には、一見してなんの共通点もないように思えます。

  • A群:奇妙な行動や発言が多く、風変わりなところがある
  • B群:ナルシスト要素があり、演技的な行動をとりやすい
  • C群:抑うつ的な行動や考え方を持っており、人を遠ざけたり、近づいたりしやすい

しかし、実はそうでもないんですね。

各パーソナリティ障害には、たとえば「精神が『幼い』」「自己中心的・他者の視点に立って物事を考える能力に乏しい」といった共通点があるのです。

 

この項ではその共通点について触れておきましょう。

 

共通点① 全体的に「精神が幼い」。普通の人なら子どものころにクリアしているものが備わっていない

まず真っ先に指摘されるのが、「精神が幼い」ということでしょう。

「幼い」というのは、「たとえ身体年齢が大人であっても、精神的な構造が幼児のまま」ということです。

俗に言う「精神年齢が低い」という罵倒ですね。

 

精神が幼いということは、次の二点に集約されます。

①根本的な自己中心性。他者の目線に立って考える能力に乏しい。心理学でいう「心の理論」が形成されていない。他者と自己の境界があいまいである。独我論的思考。

②自分の思い通りにならないと爆発する。激しい怒りの感情にとらわれ、暴力的・破壊的な行動に走る。要は「すぐキレる」。

 

①と②をよく読んでみるとわかりますが、「幼稚園児」がまさにこんな感じでしょう。

他の子どもが使っているおもちゃを「使いたい」と感じたら奪い取り(自己中心性)、

先生が「コラ、喧嘩するならおもちゃ取り上げるよ」といっておもちゃを取り上げたら泣き喚いたりやつあたりする(爆発的)。

 

なお、①と②の意味を逆転させてみるとこうなります。

①他者を思いやる能力が高い。他者の心情をかなり正確に把握することができる。自分の視点だけにこだわらず、他者がどう考えるかに重きを置き、「他の人を喜ばせるように行動」する。

②自分の思い通りにならなくても怒らない。そんなことで怒るのは子供っぽいと思うし、他の人にも迷惑がかかる。

……典型的な「成熟した大人像」ですね。

 

余談ですが、私には、日本サブカル界の潮流が

「宇宙戦艦ヤマト型:大志を抱いて戦う男」

→「エヴァ型:やりたくないやりたくないと言いながらも戦う男」

→「ラノベ型:なにもしなくてもあっちから幸運が転がり込んでくるのを待つ男」

→「母性依存型:むしろ女性に依存して母性本能により保護されることを望む。『バブみを感じてオギャる』とか」

のように変遷してきたように思えます。

 

(あくまでも私の主観ですが)どんどん幼児退行していってる気がします。

よくある若者論みたいに「最近の日本人は精神的に幼い!」と言いたくなるのもむべなるかな。

オタク文化そのものが根本的に「成熟した大人の世界」と対立するものであることはここらへんに事情があるのかもしれないですね。

 

共通点② 他者に対する根本的な敵意・不信感

他者に対する敵意・不信感を抱いているというのは、自己愛性・回避性・境界性などによく見られます。

 

彼らにとって「他者」は、根本的に「敵」として立ち現れます。

ここで、「敵」というのは「自分に対して否定的な反応をする人」「自分に危害を与える可能性がある人」「自分を受け入れてくれない人」という意味です。

この「他者は根源的に敵である」という感覚は、被害妄想や異常なまでの敵意に容易に転じます。

 

そもそも、なぜ「他者=敵」という図式を持っているのかと言えば、おそらく幼少期に、「親のふるまい」から学習したものと思われます。

 

親というのは、もっとも身近な他人です。

その親によって否定的に扱われたり、危害を加えられたり、愛情を注がれなかったりすると、

親≒他人というのは自分に対してマイナスの影響を与えるものだ、という考え方が育ちやすいのでしょう。

 

これが「親によって十分に受容され肯定された人」であれば、他者=味方 という図式を持ちやすいのですが。

「親によって愛情を注がれなかった人」が子どもを持つと、多くの場合、自分の親と同じように冷たくふるまうため、再び「愛情が注がれない子供」が増えていくということも考えられます。

(このあたりの事情については、「コミュ障」の根本原因は一体何なのか?で詳しく考えました)

 

共通点③ 両極端で二分法的な認知

両極端で二分法的な認知も、パーソナリティ障害の特徴です。

要は「極論大好き」ということ。

 

たとえば境界性パーソナリティ障害のケースでは、

さっきまでは「最大の親友」だったのが「憎むべき仇敵」になる、といった事態が多発します。

 

ほどほど・中道・中庸が苦手であるという点ではASD(自閉症スペクトラム・アスペルガー症候群)と似ています。ただ、ASDの場合では「ほどほど」の代わりに「法則性・規則性」に頼る傾向が強いといえます。

 

パーソナリティ障害では、「味方か、そうでなければ敵である」という白黒思考・オールオアナッシングの思考が特に顕著に見られます。

ただし、この「ほどほどが苦手」という傾向は、人生経験を積むにつれ解決されていくこともあります。

「極端な立場をとることは楽だが、多くの場合、そのスタンスは現実の複雑さの前では無力である」

ことを学習して、柔軟で臨機応変な対応ができるようになっていくのです。

 

共通点④ 自己肯定感の薄さ

パーソナリティ障害持ちの人は自己肯定感が薄い、というのも共通点です。

「自己に対する肯定感」は、言うまでもなく人間の根本をなします。

 

自己肯定感が薄いと、始終「自分なんて価値のない人間だ」「自分は駄目な存在なんだ」「自分はどうせ何をやってもだめなんだ」という思念に悩まされることになるのです。

 

「自分で自分をしっかりと肯定することができない」からこそ、

異常なまでに他人からの称賛を求めたり(自己愛性)、

誰かに極度に依存することによって自己を保とうとしたり(依存性)、

わざと大げさな演技をして他の人の気を引いたり(演技性)、

自分を肯定してもらうために他人を振り回す行動をしたり(境界性)、

どうせ自分は・・・という思いが強くなって何もできなくなったり(回避性)

…といった行動が発現すると考えられます。

 

要するに、

「まず自己肯定をきちんとやらないことには、他の人のことにまで思いを巡らせることなんてできないよ」

ということでもあります。逆に言えば、「正常」な人は自己肯定ができるからこそ他の人と良好な関係を築き上げることができる、というわけです。

 

ではその自己肯定の源はなにかと考えてみると、これもやはり「親による肯定」がきちんとなされたかどうかが重要となります。

ただし、親による肯定が不十分だった場合でも、①自分で自分をうまく肯定してやる ②自分を肯定してくれる大きな存在を見つける ことができれば、自己肯定感を意図的にはぐくむことは不可能ではありません。

 

(なお参考までに言っておくと、

苫米地英人氏の書籍を読む限り、コーチングではまず大きなゴールを設定し、

「そのゴールを達成することができるという自己能力の自己評価を上げてやる」という手続きを踏むようです。

ですから、コーチングを受けると自己肯定感が上がると考えられます)

 

今回のまとめ(?)

パーソナリティ障害に関する研究はまだまだ発展途上です。

精神的な面からのアプローチだけでなく、もっと多面的なアプローチをとることも求められると思います。

 

なお、まだ私自身の知識不足で実現できていないことなのですが、

「パーソナリティ障害」「発達障害」「自閉症スペクトラム障害」「うつ」などは、

本人が本当に「治したい!」と思っている場合(その人の個性として許容できるかはともかくとして)、

食事・運動・音読・日々の習慣・メタ認知・コーチングといった手段を複合的に組み合わせることができれば、かならず改善あるいは根治するものだと思っています。というかそういう直観があります。

 

今はまだそれをできるだけの能力が私に備わっていないのですが、人間を苦しめている精神的要因を取り除くことができれば、日本だけで数千万人の人々に良い影響を与えることができます。

それをやる意味はあると思っていますし、やりたいとも思っています。

 

では、次回をお楽しみに。

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