頭の回転が遅い人ほどナメられやすい社会になっている → 音読で対策しよう! 前編

   

頭の回転が遅い人ほどナメられやすい社会になっている → 音読で対策しよう 前編

現代社会を「外向的勢力」「内向的勢力」の二分法で考えてみる

私はいつも、「二分法の極端な思考法は、複雑な現実に対処できないから良くないよ」と記事の中で言っているのですが、今回はあえて二極化させて考えてみます

 

つまり、現代の日本人の状況を、

「外向的→やや外向的→どっちでもない→やや内向的→内向的」

という連続体(スペクトラム)で考えてみるわけです。

 

さて、現実世界に生きるあなたはどこらへんに属するでしょうか。

私は「やや内向的→内向的」あたりかなと思いますが、あなたはどうでしょうか。

だいたい人口比でいえば、「外向的な人が7割」に対して「内向的な人は3割」くらいだそうです。

 

さらにいえば、「外向的な人」と「内向的な人」というのは、そもそものエネルギー充電方法からして違います。

 

疲れた時に、パーッと飲み会を開いて他の人と集まり、「おつかれー!」と労をねぎらうのが外向的タイプ。

外向的な人は、他の人と会うことによって元気になります。

 

疲れたら他の人を遠ざけて一人になり、自分の時間をゆったりとって静かに休息したいのが内向的タイプ。

内向的な人は、一人の時間をとることによって元気を回復します。

 

ちょっと考えてみてください。自分はどっち寄りなのか、あるいはどっちでもいけるのか。

 

 

外向的な人は「声が大きい多数派」

「外向的な人」と「内向的な人」の間には、しばしば壁が存在します。

 

外向的な人からすれば、反対側にいる人たちのことは

「ガリ勉」「陰キャ」「オタク」「パッとしない」

というように見えていることでしょう。

 

逆に、内向的な人からすれば、外交的な人たちのことは

「オラついてる」「DQN」「不良」「リア充」「脳筋」

という感じで見ています。

 

外向的な人と内向的な人との差をマスメディアに例えてみると、

「テレビ的・お笑い芸人的」vs「活字派・文化人的」

みたいなものでしょうか。

 

具体的な人名で例えてみると、

松本人志・有吉弘行 vs  筒井康隆・宮崎哲弥

くらいになると思います。

 

学校の状況で言えば、

「教室の後ろのほうでスマホいじったり授業を抜けたりしてるリア充」vs「前の席でガリ勉してる陰キャ」

みたいなものでしょう。

 

外向的な人について言えば、彼らは「多数派で、自己主張をすることをあまり厭わない、集団を好む」わけですから、必然的に社会の中での表面的な発言力は大きくなります。

会話シーンでは、外向的な人は「頭の回転が速く、ポンポンと返答・相槌することができ、ノリが良く、物理的な声も大きい」特徴があります。(内向的な人の目線から悪意を持って解釈しなおすと、『良く考えずにその場のノリと空気だけで行動するうるさい集団』になるのですが…)

 

逆に、内向的な人については、「少数派で、自己主張が苦手で、一人あるいは少数を好む」わけですから、当然社会的発言力は比較的小さくなります。

実際の会話シーンでは、内向的な人は「じっくりと考えてから物を言い、深い洞察力を持ち、その場の空気に流されず、平穏な語調で会話する」傾向が強く出ます。(こちらも、外向的な人からすると「頭の回転が遅く、反応も遅くトロトロしていて、小難しいことばかり並べ立てる無力な陰キャの集団」ととられることもあります)

 

コミュニケーション能力は一見して「外向的>内向的」のように見えますしそう思われていますが、

「思考の深さ」「親密さ」「長期的に安定した関係」といった点では内向的な人の方が優れていますから、

結局はイーブンです。

(なお、ここまで言ってきたことには大した科学的根拠はなく、経験上・観測上そういう傾向があるんじゃないの、というくらいの話です。少なくとも私にはこういう実感があります)

 

内向的な人であっても、頭の回転を上げることができれば外向的な人と対等に付き合える

コミュニケーションの形態が異なるというだけで、外交的な人と内向的な人との間にはコミュ力にさしたる違いはないはず……なのですが、なぜか現実世界では

「外向的な人の方が優れており、使える。内向的な人はダメ。使えないし、トロい」

と思われてはいないでしょうか。

 

「外向的な人」を礼賛しがちなマスコミ(テレビはその最たるもの。あとは就活とか)による影響に加えて、

多数派の人の方が声が大きい&数が多いため、

内向的な人たちは「自分たちも、自分の殻に引きこもってないで、自己主張をガンガンやらなきゃダメなんだ。内向的な人は社会のガンなんだ」

くらいに思いがちです。

 

しかし、人類がここまで進化する過程で「外向的:内向的=7:3」という比率を保ってきたのは、

内向的な人であっても外向的な人と同様に社会に対してなんらかの貢献をすることができるから、

ではないでしょうか。

「内向的である」というのは単なる個人の性質であって、それを活かしたコミュニケーションをすればいいだけの話です。

 

とはいえ、外交的な人ほど有利になるようにできている現在の社会で、深謀熟慮の内向型人間はなにかと不自由な思いをしがちです。頭の回転が素早い「外向的な人々」によってぞんざいに扱われる可能性も高いでしょう。

 

たとえば、お笑い芸人の松本人志氏は「噛む」ということに対する笑いを得意とします。

テレビでしょっちゅうそういうネタをやっていますから、世の中にもそういう「イジり」が広がっています。

「あっ、噛んだ、噛んだ。こいついま噛んだ」

というような感じでやられると、内向的な人は茶々を入れられて「うっ…」となります。

「なんだよ」と反発でもしようものなら、

「なに、キレてんの?うわ、陰キャがキレた!」→ \ドッ/ \ワハハハ/

と言われておしまいです(かなり極端な例ですが)。

 

そうやって邪魔が入ったりするうちに、「内向的な人はいじる対象として格好の獲物」という共通認識が生まれ、

どんどん内向的な人の意見は軽んじられるようになっていきます。

内向的な人のほうでも、「どうせ自分が行ったところで」と思ってしまいがちです。

内向的だと自認している人は、そういう経験がないでしょうか。そうやっていじられて、悔しい・恥ずかしい思いをした記憶がある人は案外多いはずです。

 

「マウントをとる」といいますが、

外向的な人ほど集団内での自分の地位を気にする傾向が強くなりますから、

反抗しなさそうな内向的な人を選んで「イジり」の対象にすることによって、

相対的に自分の地位を上げようとする心理があるのだと思います。

 

そういった状況にうまく対処するために内向型人間ができる対策として、

「頭の回転を劇的に上げて有能化する」

「自分の信念体系を書き換える」

ことが挙げられます。

 

次回の記事では、そのために具体的にはどのようにすればいいのかを考えていきます。

【後編へ】

 

【頭がよくなる音読法のすべて に戻る】

 - 「音読」をすれば、頭のスペックが上がる!, コミュ障・ぼっち・非リア, 大学生活, 栗栖鳥太郎が学んだ・考えたこと, 能力開発, 音読, 頭が良くなる習慣 , ,