ゴールを高く高く持てる人だけが、頭一つ抜きん出ることができるこれだけの理由

   

ゴールを高く高く持てる人だけが、頭一つ抜きん出ることができる理由

人生のある時点までは「遺伝・環境・それまでの努力の量」で決まる

皆さんが小学生・中学生だったころ、「めちゃくちゃ勉強のできる同級生」っていませんでしたか?

自分はこいつには絶対敵わないな、と確信するレベルの天才。

私の小学校にもそういう子がいたのですが、今は何をやっているのでしょうか。

 

正直な話、世の中には案外「神童」があふれているものです。

 

実際、

「神童も 大人になれば ただの人」という川柳や、

「十で神童 十五で才子 二十過ぎれば ただの人」という都々逸があります。

やっかみや嫉妬も混じっているのでしょうが、

やはり、小さい頃に神童で、大人になってからも相変わらず天才と呼ばれ続ける人というのはごく少数なのでしょう。

 

考えてみるに、小学校・中学校・高校あたりまでは、明確なレールがあります。

例えば、「テストでできるヤツが上」「運動ができるヤツが上」「コミュニケーションが得意な奴が上」といった尺度は、

どれも他人によって準備された物差しです。

18歳あたりまでに必要とされる能力は「決められたことをいかに上手にこなせるか」が主でしょう。

 

決められたことを上手にこなす能力が育つためには、「遺伝・環境・それまでの積み重ね」があれば十分です。

遺伝的に高い知能を持ち、恵まれた環境で能力を育て、ほかの人よりも効率よく・多くの努力をする。

そのような条件さえ揃っていれば、「決められたものを消化する能力」は順当に伸びていきます。

 

「学校秀才は使えない!」みたいなことを言われてしまう人がいますが、

その言葉の真意は「決められたものを処理するのはうまいけど独創性がない」ということです。

 

人生のある時点から、「自分で見つけたゴール」が必要になる

ところが、人生のある時点から、「自分でなにかを見つけ、考え、作り出していく」ことのできる能力が求められ始めます。

おそらく、大学在学中~社会に出るあたりでそのような能力が必要とされはじめる。

私はいま大学生としての生活を送るなかで、その「自分で見つけてくる」能力が必要になっていることを感じています。

ちょっとキザな言い方をすると、それは「クリエイティビティ」と呼ばれるものです。

 

もちろん「求められていることをこなす能力」も相変わらず必要ではあるのですが、今度はその能力が単なる「脇役」になっていきます。

官僚的な仕事に就くのならばその情報処理能力が活きますが、もしもあなたが「人類になにか新しいものをもたらしたい」と思うのであれば、その「クリエイティビティ」を発揮する必要があります。

「クリエイティビティを発揮するための」情報処理能力、という意味付けの転換。

「与えられたもの・既知のものを処理する能力」から「自分で新しいものを作り出す能力」へのシフトが起こるのです。

 

ただし、「自分で新しいものを作り出す能力」といっても、

ただやみくもに「自分は新しいものを考えるんだ!うおおおおお」と力めばいいわけではないんですね。

たいていの「新しいもの」は、「自分の持っている高いゴールを達成するためのことをやっているうちに、副産物として産み出されるもの」です。

 

たとえば、ライト兄弟が発明した飛行機なんかはまさにそうでしょう。

はじめから「新しいものをつくろう」と思っていたわけではなく、

「空を自由に飛びたい」というゴールがあって、それを達成するために飛行機というものがクリエイトされたのです。

 

したがって、「優れたクリエイティビティ」を発揮したいと思うのであれば、

自分なりの「高い高いゴール」を持てばいいのです。

ゴールが高ければ、それを達成するために発明せねばならないものも多くなりますから。

 

「クリエイティビティを発揮するために新しいものを考え出そうとする」のは、手段と目的が逆転しています。

 

高いゴールを持つと①能力の水準が上がる ②低いゴールでは見えないものが見え始める

高いゴールを持つと、クリエイティビティが発揮されるばかりでなく、あらゆる能力が大幅に向上します。

 

ここでは、「能力が高いから高いゴールを持つタイプの人もいるにはいるが、

たいていの場合は高いゴールを持つからこそ能力が上がっていく」ということを説明します。

 

仮に、

それまでは平凡な会社員だったけど、ある日思い立って、

「世界から戦争をなくす」というゴールを実現しようと決めた人がいたとしましょう。

 

この人はおそらく、

「世界から戦争をなくすには、それに見合った能力を身に付けなければならない」と考え、

「世界から戦争をなくせるだけの影響力を自分が持つには、世界各国のエリートたちを圧倒するレベルの頭が必要だな」と思うはずです。

世界のトップエリートたちは1日10~15時間の勉強を毎日やっていますから、その人もそれに相当する勉強(かならずしも時間数で勝る必要はありません)を始めるでしょう。

 

それまでの平凡なサラリーマン生活では1日30分くらいの勉強がいいところだったのが、

高いゴールを持ったとたんに、勉強時間の基準が変わったのです。

「そんなゴールを持ったところで、すぐに折れるに決まっている」と思う人もいるでしょうが、

アファメーションや、ワーズ・ピクチャー・エモーションといった技術をうまく使ってやれば、折れません。

そもそも、本人が本当にやりたいと思っていることなのですから、自分から折れるということはまずないのです。

 

なおこの際、それまで自分が平凡なサラリーマンだった過去はまったく考慮しなくて良い。

なぜなら、その「世界から戦争をなくすことに成功した、最高の状態の未来の自分」から見ると、かつて自分がサラリーマンだったことは、ゴールを達成するために張られた伏線くらいにしか思われないからです。むしろサラリーマンをやっていなかったらいまの自分はない、と思っているかもしれません。

大きなゴールを持って、それを実現できる自分という自己評価を持つようになった人にとっては、「過去なんてどうでもいい」のです。

いつまでもウダウダと過去にこだわって「あいつは低学歴だから~」「自分は高学歴だから~」「自分は神童じゃないし~」「自分は中学校時代のあの出来事以来コミュ障になって~」という後ろ向きな思考をするのは、2ちゃんねるの中だけで十分です。

 

さらに、「世界から戦争をなくす」というゴールを達成するためには、相当なクリエイティビティを発揮せねばなりません。

「このまま平凡なサラリーマンとして、家族を養っていければいいや」と思っていた頃には見えなかったものが見えてくるはずです。

世界から戦争がなくならない原因を考え、どうすれば戦争を防げるかを考え、なにか画期的な平和のための手段の開発はできないかと思い悩み・・・・・・とやっていくわけですから、見えるものが違って当然なのです。「自分は発想力が乏しい」と思っている人であっても、本当に達成したいゴールを実現するためには驚くほどのクリエイティビティを発揮することができます。

 

まとめると、高いゴールを持つことによって、

①能力の水準が劇的に向上する

②今までの低い目線では見えなかったものが見え始める

というメリットが生じる、ということです。

 

単純に、高いゴールを持つ方が人生は絶対楽しい

私がいつも疑問に思うことがひとつあります。

それは、「低いゴールしか持たない人って、いったい日々何を感じながら過ごしているのだろう」ということ。

 

私の言う「低いゴール」とはこういうものです。

「30代までに年収1000万を稼いで、早々とドロップアウトして、余生をゆったりと過ごしたい」

「世界一周旅行をするのが夢です」

「〇〇シリーズのフィギュアを全部揃えることができたら死んでもいい」

といった、社会や人類に対して大きな貢献をしないゴールのことです。

 

別にゴールが低かろうが高かろうが、その人の勝手ですし、高いゴールを押し付けるつもりは毛頭ありません。

しかし、「世界一周旅行をする」「年収1000万」というのは簡単すぎるでしょう。

学生でも一年間に1000万円稼ぐ人はいますし、世界一周旅行は頑張って貯金すればだれでもできます。

 

そういった「低いゴール」を持つことは、私からすると、とても空しいことのように思えます。

 

まず第一に、張り合いがないでしょう。

ゲームで言えば「イージーモードで無双する」ようなものです。

ハードモードで頑張ってクリアする方がよほど楽しいはずです。

 

第二に、他者に対する貢献・社会に対する奉仕をしない人生は「生きがい」がないのでは、とも思います。

人間は、他者とのかかわりの中で生きています。

その縁を断ち切ることは不可能です。

「他の人なんてどうだっていいや。自分さえ楽しければいい」と思っている人の人生は、

「他の人の喜びを自分の喜びとする」人の何分の一の楽しさしかないのでは、と考えてしまいます。

 

他人に貢献する度合いが極めて低い&難易度も低いゴールしか持っていない人は、

人生の楽しさが極めて乏しいのではないのかな、というのが私の率直な感想です。

現代社会では結構「自分の欲さえ満たせればそれでいい」という思考方式の人もいるようですが、

そういう考え方だと、自分という存在に必ず降りかかってくる苦しみ(例えば死の恐怖)を乗り越えられないんじゃないでしょうか。

 

 

むしろ、本当に張り合いのある毎日を送るために必要なのは、

「自分が心の底からやりたい」、

「他の人にも良い影響を与える」、

「現状のままではとても達成不可能に思える」ようなゴールです。

 

「貧しさで苦しむ人のいない世界にする」でもいいし、

「世界から飢餓をなくす」でもいいし、

「火星に移住して人類を延命させる」でもいいのです。

 

とにかく、「高いゴールを持てば、お先真っ暗に見える人生に一筋の光が差す」ことを実感してほしいと思います。

 

今回言いたかったこと・まとめ

まとめましょう。

生まれてからしばらく、人は「遺伝・環境・それまで積み重ねた努力」で評価される。

しかし、ある時期を境にして、今度は「自分なりの高いゴールを設定できるかどうか」が重要になってくる

 

そして、高いゴールを持つことによって、

①能力が劇的に引き上げられる。努力の水準が上がりまくる

②クリエイティビティを発揮できる。それまで見えなかったことが見えてくる

というメリットがある。

 

低いゴールしか持たない人は、毎日を惰性で過ごすことになりやすい。

 

現代日本に蔓延する風潮に、

「正社員なら勝ち組、派遣とか非正規は負け組」

「年収1000万円あって、ホワイト企業に勤めているなら勝ち組」

「東大卒なら勝ち組。ハーバード卒は最強。Fラン私大は負け組」

みたいな「勝ち組-負け組」の二分法があります。

 

この「勝ち-負け」というのは、あくまでも「他の人から見て」というものです。

「他の人から見た自分」にとらわれている限り、人生に主体性もクソもありません。

あくまでも、「自分の本当にやりたいもの(利他的であるもの)だけを実現する」という人生を送ってほしいと思います。

 

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