自己啓発に関する根本的な疑問点:人間は本当に「変わる」ことができるのか?

   

自己啓発に関する根本的な疑問点:人間は本当に「変わる」ことができるのか?

「変われるよ 現に俺は変われた」に関する素朴な疑問

「○○したら人生変わった」?

現代日本人には、けっこう変身願望のある人が多いようです。

「テロリストが学校を襲撃してきたのを鮮やかに撃退する」という妄想なんか、ポピュラーですね。

 

あるいは、カルト系の宗教団体や、ブラック企業、怪しい自己啓発セミナーなんかでも

「人生変わりました!!!」

というアピールがされます。

 

しまいにはこんな本も出る始末。

「あいつは変わった」というのは、いい意味でも悪い意味でも使われます。

いままで球団に尽くしてきた選手がメジャーに挑戦するとき、恩知らずという意味で「あいつは変わった」と言われます。

非行を繰り返していた少年が社会のために「まっとう」な仕事を続けるようになれば、いい意味で「あいつは変わった」と言われます。

 

「変わった」と言うのは簡単ですが、では果たして本当にその人は「変わった」のでしょうか。

「変わった」人が元の状態に逆戻りすることはあるのでしょうか。

 

今回の記事では、それを考えてみます。

 

シナプス可塑性から考える

私は脳科学者ではありません。ちょっと心とか脳に関心があるというだけの一般人です。理学部や医学部の出身ではないので学者さんとディベートして勝てるわけがありませんし、学会にでも行こうものなら袋叩きに遭う程度の知識しか持ち合わせていません。

しかしそんな脳科学の素人でも、「これまでに発表されている脳科学の成果からすると、ひょっとしたらこういうことはあり得るんじゃないか」と推測することはできます。科学とSF作家の関係に似ています。素人でもアイディアとか思い付きは出せるのです。

 

現在の脳科学では「脳には可塑性がある」が定説となっています。

可塑性とは、「まだ変わる余地が残されている」ということ。

 

特に、シナプス可塑性については「良く使われるシナプス同士の結合は強化される」というヘブ則が存在します。そして、脳のシナプスがどう発火するかによって、私たちの「思考・記憶・行動・感情」が決定されます。脳内を電気信号がどう流れるか、が大切です。

したがって、「よく使われる思考・記憶・行動・感情」を担当するシナプスたちは、どんどん強化されていくわけです。よく使う知識はどんどん強化されますし、よく使う思考パターンもどんどん強化されます。

 

この事実からすると、次のことが言えます。

脳科学っぽい言い方をすると、

「ある人が『変わる』とは、シナプスの結びつきが強い場所が変わるということ」である。

 

よく使う思考パターンをやめれば、そこを担当していたシナプス同士の結びつきが弱くなる。

新しい思考パターンを獲得すれば、新たなシナプス結合が増える。

 

・・・ということは、脳を物理レベルで考える限り、「人間が変わる」ということはありえます。

シナプスのつながり方そのものが強くなったり弱くなったりするわけです。

 

「怒るというパターンに関連するシナプス結合が強い人」が、今度は

「笑うというパターンに関連するシナプス結合が強い人」になることも可能だと思われます。

もちろん怒りに関するシナプス結合が完全に消滅するわけではありませんから、悪い条件が重なることによって以前のように怒りっぽくなるのは考えられます。

本人の脳の中で優先的に使われやすい神経回路が変わるわけですから、少なくとも自他ともに「変わったなあ」と感じるでしょう。

 

よって、脳科学っぽい知識をもとにして考えると、「人は変わることができる」。

 

コーチングからみる「人が変わる」ということ

コーチングでは、「ある人を評価するときに、過去しか見ない人」のことを「ドリームキラー」といいます。善意か悪意かに関係なく、「過去をもとに他人を評価する人」のことを指します。

 

たとえば、日本での首位打者タイトルを獲ってからメジャーリーグに挑戦するS.I選手に対して、

「首位打者とったといってもそれは日本っていう低いレベルのリーグだからでしょ?メジャーは球速いし無理無理」と言う人は、もちろんドリームキラー。

やってみないとわからないのになぜか断言できるのは不思議ですが。このタイプの人はS.I選手が活躍すれば手の平を返すか、裏切られたような気持ちになって誹謗中傷を繰り返すようになるかのどちらかです。

 

逆に、意外に思われるでしょうが、

「S.I選手は日本で首位打者を獲ったし、あちらでも三割は打てるだろう」

といったポジティブに思える予想をする人も、これまたドリームキラーです。

 

なぜなら、このタイプの人もまた「過去のことをもとにS.I選手を判断しているから」です。

もしS.I選手が日本で二割五分くらいの打者であれば、この人たちは今度は「通用しないだろう」と考えるでしょう。過去に囚われているためです。「日本で二割五分くらいの人でもメジャーで二割五分以上打てる」(例:SHINJO)という可能性が心理的盲点となって見えないのです。

 

このように、たいていの人は「過去」によって判断されます。

・・・ということは、これはそのまま、「過去の状態から変わることへの反発」につながります。

ある人が「変わろう」とするときに、周りの人はそれを無意識的に・意識的に止めよう・戻そうとするのです。

 

たとえば、それまで教室の隅で静かにしているタイプだった人が「変わった」、つまり筋トレでマッチョになって頼もしくなったり、おしゃべりになったりしたとしましょう、

 

すると、周囲の人間はなんとなく居心地が悪くなって

「なんだあいつ、いきなり筋トレなんか始めちゃって」

「最近あいつ調子乗ってない?」

という陰口を叩き始めるのです。

 

これは、その人が陰キャラだったという「過去」にとらわれているがゆえの発想です。

過去に陰キャラだったから、こいつはずっと陰キャラだろう。変わらないだろう。

という、「過去をもとにした評価」しか下せないのです。

S.I選手の場合と同じですね。

 

過去にとらわれている人が革新的な発想をすることは、まずありません。

そういう過去志向の人は、「あらゆる状況が過去のままであってほしい。変わってほしくない」と思っているからです。

 

こういう人は、革新的なひと・ものが出てくるたびに叩きます。「どうせ成功しないさ」と決めつけます。

確かに、成功しない場合も多いのです。過去にとらわれている人は、「過去がそうだったから、今回も成功しないだろう。いや、成功してほしくない」と考えて、変わろうとしている人を引きずり降ろそうとし、挑戦者の失敗を願います。

 

だからこそインターネットでは「頑張っている陰ャは痛々しいよね」とか「○○選手がメジャー挑戦するけど通用するのか?」みたいな話題で盛り上がるわけです。

「挑戦者が成功する」ということは、それらの人々が拠り所にしている過去を否定されることに等しいのですから、悪口大会で盛り上がるのも当たり前ではあります。

 

しかし、「変わろうとしている人をバカにしている」限りは、「変わろうとする側」に回ることはできません。「匿名で陰口を叩くこと」がみっともないとされる理由は、まさにここにあります。

陰口を叩くということは、「他の人の失敗を願っている」わけですから、

①自分の自尊心が満たされていないがゆえに、他人がうまくいくのが我慢できない

②自分は、他人の成功を自分のことのように祝ったり喜んだりすることができない

ということを暴露しているのとほとんど同じです。

 

この①,②を、実社会で実名で責任をもって堂々と言える人はそう多くないはずです。だからこそ匿名で誹謗中傷するのではないでしょうか。

 

これは私の考えですが、少なくとも「匿名で誹謗中傷している」限りは、

「変わったね!」と言われる側の人間にはなれないと思います。

 

「一生変わらないままの人生を望む」のであればそれはそれで個人の自由ですが、

残念ながら社会はどんどん変わっていきます。昔にとらわれ、過去に囚われ、変化を好まないという心理を持っている人は、いずれ「老害化」するおそれもあります。「昔はよかった」が口癖の老人はそこらへんにいますから。

 

さて、

「匿名で攻撃する人 → ドリームキラー → 老害」という人生、果たして本当に楽しいのでしょうか?

私からすると、それはずいぶん可哀想な人生に思えます。他の人を攻撃しないと自分の存在を証明できないという生き方ですから。

 

「変わろうとする人を笑ったり、批判する側」に立つのは簡単で、多数派で、楽しいことなのでしょう。

しかし、「変わったね! と言われる側」に立とうとしてみることも楽しいものです。

 

外野の方から罵詈雑言や誹謗中傷、批判、いろいろ飛んできますし、成功も保証されませんが、

「時代を変えるようなことを成し遂げる可能性がある」のは、批判される側の特権です。

 

変わろうとする人を「意識高い系」「カルトにはまりそう」「がんばっている陰キャ」と笑うのではなく、

あくまでも未来志向で「変わろうとする側」に回った方がたぶん人生の充実度は高いと思うのですが、

どうでしょうか。

 

まとめ

今回のまとめです。

脳科学っぽい知識からすると、「人間が変わる」ことは可能。

 

「変わろうとしている人・挑戦する人」をバカにする・批判する人は、何もできずに一生を終える公算が高い。なにか偉大なことを成し遂げる可能性があるというのは、批判される側の特権である。

 

ということです。

ちょっとうさんくさい結論になりましたが。

 

・・・しかし、「うさんくさい」という感情そのものが、

「過去にとらわれているがゆえに出てくる発想」な気もします。

 

たとえば、いま話題になっているビットコインだって、2008年当初は「うさんくさい」ものでした。

2012年あたりに一度バブルがはじけて「それみろ、やっぱり失敗した」という外野からの野次もありましたが、現在また盛り返しています。未だに「ビットコインは失敗するに違いない」と言っている人は、過去の常識にまだ囚われているのかもしれません。実際、ビットコインを買って大儲けしたのは「未来志向」の人々です。

 

本当にビットコインをはじめとする仮想通貨が世界を変えるのかどうかはまだわかりませんが、

現在「うさんくさい」とされているものが、もしかすると将来の歴史の教科書に載るような大発見になっているかもしれないのです。

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