徹底的な「音読教育」で日本人の学力はぶっちぎりの世界一に返り咲く!

   

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。

今回は、日本音読協会の会長として「なぜ学校教育に音読を導入しないのか!?」を訴えます。

音読のメリットは『「音読」で「バカ」が「天才」になる!』でもさんざん書きましたし、

このブログでも山ほど記事を書いていますし、私自身も長年音読を続けてきましたからよくわかっています。

 

日本の教育改革は、ともすれば「目新しいカリキュラム」「構造改革」といった直接的な学力向上にはつながらない面からの議論になりがちです。しかし、それをする前に、もっと簡単に学力向上ができる方法があるのです。

それが「音読」です。

今回は、「音読教育」が日本の学力向上にどのように寄与するのかを考えましょう。

徹底的な「音読教育」をすれば日本人の学力はぶっちぎりの世界一に返り咲く!

音読は①地頭と思考力を鍛える  ②教養・知識が楽しく得られる ③タダでできる ④ハードルが極めて低い

①音読は地頭と思考力を鍛える

音読という勉強法のユニークな長所は、

「普通の勉強をしていては絶対に鍛えることのできない『地頭そのもの』を鍛えることができる」

という点にあります。

 

音読を続けることによって、「地頭のいい人」になれるのです。

それは、音読によって、思考力・頭の回転の速さ・情報処理能力・コミュニケーション能力・言語能力・創造力・・・といった能力が全部伸びるからです。

 

地頭のいい人は、人生のあらゆる問題に対してうまく対処できます。

勉強はもちろん、恋愛、社会的な付き合い、事務処理、遊び、スポーツ、問題解決能力、人生の舵取りといった数々の難題をうまく切り抜けていく能力にすぐれています。

 

逆に、地頭の悪い人は、勉強・恋愛・スポーツ・人間関係・・・といった数多くの課題に直面するたびに、

もがき苦しみ、時間を浪費し、そのあげく大した解決法を思い付かないという事態に陥ります。

 

もちろん、地頭の悪い人は時間的なロス・効率のロスが多いので、そのままやっていては地頭のいい人に追い付くことができません。たとえば同じ十時間の勉強でも、地頭のいい人・悪い人の間には着実に差がつくからです。

 

この「地頭がいいか悪いか」は、人生の質=クオリティオブライフ・QOLを大きく左右する要因なのです。

ですから、「地頭」はよければよいほど良い。

地頭が悪くて困ることはあっても、地頭がよくて困ることはまずありません。

もちろん、学校教育の段階で「地頭」を徹底的に鍛えておけば、子供たちは数々のメリットを享受することができます。

 

そのために、学校教育のなかに「地頭を鍛える最強の方法」である「音読」を取り入れるべきです。

高速音読をやったり、朗読したり、音読リレー競争をやったり、やり方はいくらでもあります。

教科書を音読するのでも、好きな本を音読するのでも、社会に出て必要になるもの(政治・憲法・経済などの基礎知識)を音読するのでもいい。

発音が難しい子・失読症・内向的な子に対する配慮さえ怠らなければ、クラス全員で行うことができます。

 

音読は、やればやるほど効果が出ます。

音読の年数が長くなるほど地頭も思考力も伸びる。

音読を小学校から中学校にかけて九年間続ければ、今までの教育を受けるよりも断然頭のいい人材が量産されます。

 

せっかく世界有数の識字率を誇る国なのですから、

音読教育を導入して、世界に「音読の威力」を知らしめてほしいものです。

 

②音読で知識・教養を楽しく身に付けることができる

「自分にとってあまり興味のない分野の本」を黙読し続けるのは、つらいですよね。

興味のないことをやり続けると、脳はあらゆることに対するやる気を失います。無気力になります。

ところが、今の日本の教育は、ただ黙って教科書を読み、受動的に先生の話を聞き続ける・・・というのが中心なのです。

 

音読教育であれば、もっと能動的な学習が可能になります。

そもそもの話が、

授業形式は「目と耳から入ってくる情報を受容する」だけですが、

音読では「目で見て、考えて、口を使って、耳で聞く」わけですから、

授業をただ受けるよりも音読をずっとする方がはるかに能動的なのです。

受動的な学習はつまらないものと相場が決まっていますが、

能動的な学習は楽しいものです。今はやりのアクティブ・ラーニングが証明しているように。

 

また、音読する対象についても、

「音読用に作られた教科書を音読していく」

「自分が読みたいと思った本を音読していく」

という二刀流が可能です。

 

既存の教科書を音読しやすいようにアレンジして、

「これさえ音読していけば、社会を生き抜くのに必要な知識も教養もすべて身に付く」という教科書を作る。

とはいえ、教科書というのは基本的に生徒の興味から外れているものです。

 

そこで、「教科書の音読」→「自分の読みたいものを音読or黙読する」→「教科書の音読」・・・というループを作ってやれば、長時間の音読も可能になります。タルムードをひたすら音読していくユダヤ教徒のように、「音読という脳トレをしながら、教養を身に付けていく」ことが可能なのです。

 

しかも、音読は進むペースが授業より早いのです。

授業なら1週間1コマでせいぜい10ページでしょうが、

音読なら10ページなど10分あれば終わります。

一週間あれば教科書一冊を音読し切ることも可能なのです。

 

たとえば、授業なら一年かけて一周やる世界史の教科書が、

音読をやっている人なら一年で30周から50周はできるのです。

理解の面でも記憶の面でも地頭が伸びる点でも、授業形式よりも音読のほうが優れていることは明らかです。

 

繰り返しますが、「黙読は興味があるor集中しないとできない」けど、「音読は興味がなくても、集中力がなくてもできる」のです。「授業は遅いけど、黙読は速い」のであり、「授業を受けても地頭は伸びないが、音読なら地頭を伸ばせる」のです。もっといえば、「授業はつまらないけど、音読はスポーツ感覚で楽しい」のです。「いつまで講義形式で消耗してるの?」と言いたくなります。

これらの長所は、メリットとして非常に大きいものだと思うのですが、どうでしょうか?

 

③タダでできる

「お金がかからない」

音読の大きなメリットですね。

 

学校であれば、たいていの場合は「教科書」を音読することになります。

現在の義務教育では教科書はタダですから、

「音読することによって教科書を理解し、その上で丸暗記する」

だけなら、「ゼロ円」なのです。

 

もちろん教科書以外の本を音読したい場合もあるわけですが、その場合もなるべく安く済ませればいい。

学級文庫みたいなのを作ってもいいし、図書室や図書館で面白そうな本を借りるのもよし。

中古で買ったり、友達同士・家庭同士で本の貸し借りをしてもいいでしょう。

 

本さえあれば音読できるわけですから、とにかく音読はお金がかからない。

お金がかからないのに、楽しいし、効果抜群。最高です。

 

ついでにもう少し現実的な話をしておくと、

音読して頭がよくなれば、生活のなかでの無駄遣いも着実に減ります。

理性が暴走することによる浪費も減りますし、賢い買い物もできるようになります。

 

さらに、現代社会では頭が切れる人ほどお金を稼ぎやすいのですから、

音読によって地頭を鍛えた人々は、お金に困りにくくなります。

そうすると、おそらく生活保護を受ける人の数が減ったり、詐欺を見抜けずに損をしたりすることが激減するはずです。

 

音読で日本人の地頭を鍛えれば、多くの人が自分で自分の問題を解決できるようになるでしょう。

国民の総幸福量も増えますし、音読で共感能力が伸びますから人々の思いやりも豊かになります。

困るのはせいぜい、「国民にはバカのままでいてほしい。なぜならバカからはたくさん搾り取れるからだ」と考えている悪いやつらくらいでしょう。

 

予算もなにも要りません。手元にある本から始めればいいのです。

音読すれば、日本のいわゆる「国力」が底上げされるのです。

音読をやらない理由、ありますか?

 

④ハードルが低い。全国の学校ですぐにできる

音読は、導入するにあたってのハードルの低さも魅力です。

やろうと思えば、明日の朝からでも全国の小学校でできるわけですから。

教育委員会やら教育諮問会議やら文科省の許可なんて要りません。法整備も要りません。

「朝の読書」と同じような感じで、さっさと音読をやればいいのです。

 

音読の効果を疑う先生方は、とりあえず一日だけ「朝音読」を30分とか50分くらいやってみて、その日一日の生徒の様子を普段と比べてみてほしいと思います。間違いなく集中力が増し、積極的になり、頭の切れる状態になります。

 

音読というのは、アレルギーとか、体を壊す心配がありません。

 

たとえば、「学校給食にビタミン剤を導入する」ということをやろうとすると、

自然派ママからの反発、ビタミン剤への無理解による風評被害、体調不良になったらどうするのか、ビタミン剤メーカーとの癒着・・・といった面倒くさい問題が持ち上がります。PTAの魔の手によってすぐに潰されるでしょう。

 

しかし、「音読」ならそのリスクがほぼ皆無です。

日本で義務教育を受けた人なら誰でも音読をやったことはあるでしょう。

べつに、国語の授業みたいに「はい○○君、ここを読み上げて」というプレッシャーをかける必要はないのです。

みんながいっせいに思い思いのペースで音読をするわけですから、からかわれるリスクも減ります。

 

アレルギーが出る心配もありません。体調不良にもならないでしょう。

しかも、音読というのは本質的に楽しいものです。やってみればわかります。

能動的に主体的に情報を処理していくわけですから、楽しくてあたりまえなのです。

音読はゲーム感覚で行うことができます。

ここからここまで何秒で読めるか、息継ぎなしでどこまで読めるか、噛まないでどこまで行けるか・・・といった遊びの要素をふんだんに盛り込むことも可能です。

 

「生徒が授業を聞いてくれないんです・・・」という教員の方、どうでしょう?

生徒が授業を聞いてくれないのは、あなたの授業そのものがつまらないというよりは、

単に「授業形式がつまらない」可能性がありますよ。

 

音読なら、ゲーム感覚で楽しく学力向上ができます。

生徒にとっても学校にとってもいいことづくめだと思うのですが、いかがでしょうか?

 

まとめ:やるリスクが小さく、得るリターンがとてつもなく大きい「音読」をなぜやらないのか?

今回のまとめです。

音読は、ゲーム感覚で楽しく続けられるし、しかも地頭が鍛えられる。知識も教養も身に付くし、講義形式よりはるかに早く進めるし、学力も爆上げされる。お金もかからない。やろうと思えばすぐにできる。PTAからの苦情も入らない。

・・・というわけで、

少なくとも私が考える限り、

現行の講義・授業中心の授業よりも、音読教育のほうが、はるかにはるかにメリットが大きい

と思うのですが、どうでしょうか?

 

なんでこんなにいいことづくめの音読という勉強法が今まで普及しなかったのか、不思議でなりません。

邪推すればいろいろ理由らしきものを考え付きます。

 

音読はあまりお金がかからず、塾業界や受験業界の稼ぎになりにくいから??

昔ながらの講義形式がいい!という洗脳が解けないから?

音読で頭がよくなってしまうと国民をごまかせなくなるから?

 

どんな理由があるにせよ、少なくとも「音読教育」は実行してみる価値はありそうです。

 

現に、明治時代には素読教育が盛んな国でしたからね。

明治期の日本人が異常なほどスムーズに外国の文化を受容できたのは、

ひとつには「素読(ほぼ音読と同義)によって地頭が鍛え上げられていたから」なのかもしれません。

 

私は音読教育に大きな可能性を感じています。

いままで提唱されたどんな教育改革よりも、ハードルが低く、効果が大きく、楽しい。

 

これは私見ですが、「頭の悪さ」というのは諸悪の根元です。

対立よりも協力のほうがメリットが大きいことを理解できないから、対立する。

罪を犯すよりもなるたけ正直でいるほうが後悔しないことをわからないから、犯罪を犯す。

傷付けられる人の気持ちに共感できる頭の良さがないから、人を傷付ける。

 

音読で日本国民の地頭が底上げされれば、日本はもっと良い国になります。学力も、ぶっちぎりで世界一になるでしょう。

音読は、いつでもできます。

まずはやってみましょう。

 

以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。

 

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