「やりたいことをやって生きる」「好きなことを徹底的にやる」生き方の注意点

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、「やりたいことをやる」にあたって、ぜひ気を付けておいたほうがいい注意点を一つ解説します。

「やりたいことをやって生きる」「好きなことを徹底的にやる」生き方の注意点

「やりたいことをやる」には、冷徹な目でのリスク管理が必要

夢を折る2つの原因

小学生に将来の夢を尋ねる、というのは学校でよくやっていることです。

「夢はプロ野球選手です」

「将来は小説家になりたい」

職業はゴールにならないよ、ということは置いといて(後日書きます

小学生の多くは、その後月日が経つにつれて「公務員志望」「給料のいい会社・待遇のいいところに就職したい」というふうに考えを変えることになります。平たく言えば、ほとんどの夢は挫折してしまうわけです。

 

ここで、なぜ夢を持っている人の多くが挫折しているのかの要因を考えてみると、

1.周囲のドリームキラーの言いなりになった

2.椅子取りゲームにクソ真面目に参加した

この二つが主要因だと私は思います。

 

1.周囲のドリームキラーの言いなりになった

1.は、「プロ野球選手になるなんて現実的に不可能だ。馬鹿言ってないで勉強したほうが身のためだ」とか、

「おまえはアイツと比べてこんなに下手じゃないか。プロ野球選手になんてなれっこないよ」とか、

「素質がないやつにはプロ野球は無理だ、あきらめなさい」

といったものが典型的です。他人と比較したり、過去の実績不足を指摘したり、より安定しているように思える選択肢を強要したり、不確実なはずの未来を断言したりといった、現実的で親身な(あるいは逆に悪意をもった)アドバイスのことを指します。

 

2.椅子取りゲームにクソ真面目に参加した

2.は、他者が枠組みを用意した「椅子取りゲーム」にまじめに参加してしまったがゆえの悲劇です。

椅子取りゲームというのは、かならず脱落者が出ます。

プロ野球選手はテストかドラフトでとられるわけですが、いずれも椅子取りゲーム方式で、定数はだいたい決まっています。

小説家や漫画家なども同様で、基本的には「狭き門」です。狭き門である以上、定員があって当たり前です。

 

注意すべきなのは、そもそもその椅子取りゲームに正当性があるのかははなはだ怪しいということ。そして、目先の椅子取りゲームに集中するあまり視野が狭まる可能性があるということです。

つまり、「椅子がどれだけ早くとれるか」というのは他者が勝手に定めたルールですから正当性は怪しいですし、目の前の椅子取りゲームに全精力を注ぎ込む以外になにか良い方法があるかもしれないのに無視してしまうことにもなります。

椅子取りゲームといえば典型的には高校野球がそうで、甲子園行きの切符というひとつの椅子を目指すあまり視野が狭くなるという結果になりかねません。

 

話が逸れますが、

良識ある大人のふりをして「所詮、プロ野球選手になれる絶対数は限られているのだから、誰でも必ずプロ野球選手になれるわけがないのだ」と言うのは簡単です。しかし私は天性の天邪鬼なので、そこを疑っています。

そもそも、「この世に絶対的なものは絶対に存在しない」ということが数学的に証明されている以上、「お前は絶対にプロ野球選手になれない」という物言いはおかしいのです。

 

可能性としては0.0001%くらいあるかもしれませんし、革新的なアプローチを見つければ確率はあっという間に高くなります。

たとえば、高卒の時点では110キロ程度の球速で、「こいつは無理だな」と思われていた投手でも、椅子取りゲームから一旦離れて広い視野で練習・トレーニングを積めば、球速が140キロを越すかもしれません。そうなれば既に「プロ入りは無理だな」というレベルではありません。

椅子取りゲームにとらわれないこと、ドリームキラーの言うことを無視すること、ゴールを高く持つことができればいい、ということになります。

 

話を戻すと、野球の場合は、椅子取りゲームに参加することによって、以下のような選択肢が盲点になります。

・もしかしたら、画期的なトレーニング法を組み合わせて飛躍的な能力アップができるかもしれない

・プロ野球の仕組みそのものが変わって、よりプロ野球選手になりやすくなるかもしれない

椅子取りゲームは、既に高い能力を持っている一部の人には有利に働きます。

しかし、こういった「従来の常識に沿って判断する限り決して予想できないこと」を無視してしまう、という欠点もあるのです。

 

実は「好きなことを全部やる」ならリスク分散ができる

「椅子取りゲーム」に全人生をかけるというのはあまり賢明な判断とは言えませんし、椅子取りゲームに真面目に参加することによって盲点もできてしまうということを説明しました。

椅子取りゲームに全人生を懸けるというのはあまりにも視野が狭い。では、椅子取りゲームにすべてをかける代わりに何をするか?

 

それは、「好きなことを片っ端からすべてやる」ということ。片っ端とは、文字通り「やりたいと思ったことは全部やる」くらいの意味です。これが、バカなように見えて実は一番賢いやり方だと私は考えています。

 

たとえば私の場合、誰に言われなくてもやることは以下の通り。

・読書、漫画を読む、動画鑑賞

・瞑想

・トレーニング

・文章を書くこと

・ネットサーフィン

・野球

・頭がよくなる方法(ライフハック)の研究 etc.

に加えて、将来実現したい数々のゴールがあります。

これらの複数の「やりたいこと」に全力を注いでいけば、椅子取りゲームに複数回数参加できることにもなりますし、やりたいこと同士を化学反応させることも容易です。人材としての貴重度を上げることも簡単になります。

「野球をやっている人」ならたくさんいますが、「野球をやっていて、読書が好きで、文章を書くのが得意で、ネットサーフィンが趣味で、頭が良くなる方法を研究している」ならば。かなりのオリジナリティが出せます。

つまり、自分の好きなことを片っ端からやれば、「ひとつの椅子取りゲームに全力で臨む」よりもよほどリスクが低く、かつハイリターンが期待できるわけです。好きなこと同士の相乗効果も期待できるので、それぞれの椅子取りゲームの戦績も良くなることが期待できます。

 

なお、椅子取りゲームにもっとも有利なのは「その椅子取りゲームそのものが好きな人」です。

たとえば、

「文章を書くのが好きな人が、工場のライン勤務をしてお金を稼ぐ」よりも、

「文章を書くのが好きな人が、web記事のライターとしてもお金を稼ぐ」ほうがロスが少ないですし、稼ぎやすいといえます。

 

「好きでもないことをやる」ことこそリスクが大きい

逆に、「食べていくために、好きでもないこにとをやる」というのはかなりハイリスクです。

 

試しに、みんなこれ本当にやりたいと思ってやってるの? と思うものを二つ挙げてみます。

・公務員になる

・高給の大企業に入る

これら二つの職種が「心の底からやりたいこと」なら良いのですが、公務員や大企業の社員になりたいというのが単に世間体を気にして・安定性を求めて・高給を求めてのことだったとしたら、はっきりいってかなり「ヤバイ」です。

 

まず、やりたくもないことを仕事にしたところで、大したスキルは身に付きません。やりたいことを勉強している人に比べれば、笑ってしまうほど遅々とした学習速度になります。「自分で勉強したいと思ったことをやる」のでなければ、かならず受動的な学習態度になるからです。

しまいには、やりたくもないことをやって、モチベーションは下がり、脳は鈍り、知識は身に付かず、新たなスキルは身に付かず・・・という結果になる可能性が高いのです。

 

ついでにいえば、公務員も大企業も入ってしまえば安心という類いの職業ではもはやないので、リストラの可能性は高まるばかりです。なんのスキルも身に付いていない人がいきなり解雇されて労働市場に放り出されたらとにかくどうなるでしょうか?

 

・・・リスク管理という点から考えても、まず第一に考えるべきは、とにかく「自分が本当にやりたいことをやること」、それも「やりたいことは片っ端から全部やること」なのだといえます。

 

まとめ

今回の内容をまとめると、

・椅子取りゲームに騙されないこと。他社の尺度で競わされることになるし、視野も狭くなる。脱落者に負け犬のレッテルを貼りがち。

・好きなことを片っ端からやること。そうすれば椅子取りゲームの称賛も高まるし、リスクヘッジもできる。

・自分の本当にやりたいことをやらずに世間体を気にしてやりたくもないことをやるのは最悪。楽しくないし成長もしない。リスクも結局高くなる

ということです。

 

「好きなことをやる」というのは一見わがままに見えるのですが、実はリスク管理の面でも効率の面でもメリットが大きいやり方です。「自分の将来のためにやりたくもない勉強をする」よりかはよほどマシだと私は考えています。

 

これからの時代は、特に変動が大きくなっていきます。

「将来役に立ちそうだから」と思ってとった資格(たとえば会計士)が、AIや技術革新によってあっという間に無用の長物になってしまうこともあり得ます。将来のためにと思ってとった資格が紙くずになるのは精神的にかなりのダメージです。

その点でも、「自分の好きなことをひたすらやって、そこから活路を見い出す」というアプローチは優れています。もともと好きでやっているのですからいくらでも努力できます。

好きなことができて、しかもそれが一番効率が良い方法である――というのは最高ですよね。

 

固定観念をゆっくりとほぐして、これからの激動の時代でも生き抜いていける賢さを身に付けましょう。

 

以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。

 

 

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