「みんなと一緒がいい」は洗脳であり幻想。「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」だ

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、「孤独」についての記事です。

現代は、何かと「みんなと一緒であること」「普通であること」「ほかの人によく見られること」が重要視される時代であると私は感じています。

そんな時代にあって、「孤独な時間に耐えられない人」が増えつつあるのではないでしょうか?

今回は、そんな「孤独な時間」について書いてみます。

「みんなと一緒がいい」は洗脳であり幻想。「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」だ

「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」は、「孤独な時間を増やすこと」

今回の記事で私が言いたいのは、これです。

「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」が、「孤独になってみる」こと。

孤独な時間の「質」と「量」が充実すれば、無能と言われる人が有能な人を追い抜くことができる。

逆に、孤独な時間の少なすぎる人=いつも他人と一緒に行動する人は、いつまで経っても無能から脱却するチャンスがない。

以下、説明していきます。

 

なぜ、「孤独の時間が少ない」ほど、特に「現時点で能力のない人」が成長できないのか?

「孤独の時間が少ない」と、人間の成長速度はかなり遅くなります。

特に、「いまの時点であまり能力のない人」が成長する速度が遅くなります

 

これは理屈で考えればわかることです。

なぜ、「孤独の時間が少ない」ほど、特に「現時点で能力のない人」が成長できないのか?

主な理由は2つあります。

1.みんなと同じことばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる

→極端な話、もしみんなが一日中まったく同じ訓練をさせられるとしたら、もっとも成長するのは「もともと能力が高い人」のはず。

みんなが同じメニューをやるのだから、現時点で能力の低い人が現時点で能力の高い人に勝てるまで成長するわけがない。

 

2.「自分の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」は、「孤独の時間」にしかできない

→自分の能力をいちばん伸ばせるのは、自分だけのためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練です。

全体練習はみんなで同じメニューをやるものですから、その時間に個人的なオーダーメイドの訓練をすることはできません。

個人のためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練が効率的にできるのは、「孤独な時間」だけです。

 

 

以上の三つの理由を、「野球チーム」の例をとってみていきます。

1.みんなと同じことばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる

たとえば野球の場合、

「全体練習が多いチーム=孤独の時間が少ないチームほど、能力の低い人が能力の高い人に追いつくことは難しくなる」

のです。

 

全体練習というのは、基本的に「能力のある人も能力のない人も、みんなが一斉に同じメニューをこなさなければならない」ものです。

特に、「みんなが一斉に同じメニュー」というのがミソ。

へたな人もうまい人も同じメニューをやるのでは、「へたな人がうまい人に追いつく」のは難しいのは当然ですね。

 

みんなと同じことをやっている限り、個人の実力を爆発的に伸ばすことは難しい。

よく言われる通り、「個人の力は個人練習でしか伸びない」わけです。

全体練習というのは、多くの部員たちの要望に応える最大公約数的なものです。

わざわざ個人のために全体の時間を割いてはくれません。

つまり、「1.みんなと同じこと(=全体練習)ばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる」のです。

まさに、「孤独の時間が少ないと、能力のない人が能力のある人に勝つことは難しい」。

 

 

おまけに、全体練習というのは本質的に「have to」です。つまり、「やらないといけないもの」なのです。

人間の脳は、外部によってなにかを強制されることが大嫌いです。

自分の中から湧いた好奇心・欲望のままに好きなことをやるのは大好きですが、嫌いなことをやらなければいけない場合には、とたんにやる気を失います。

「よし、これから勉強しよう」とwant toになった子供に、

その子のお母さんが

「タカシ(仮名)!!! なに遊んでんの!!! 勉強しなきゃダメでしょ!!! 良い学校に入れないわよ!!!」

と命令したら、子どもはゲンナリして勉強へのやる気がかなり削がれるはずです。

 

これは学校の授業なんかでも同じ。

「みんなに一緒の授業を受けさせる」ということは、自発的な動機=want toをまるで無視しているので、どうしても「have to」からスタートすることになってしまいます。

もともとがhave toなのだから、個人の意欲なんて出なくて当然でしょう。

 

そして野球の全体練習も、もとがhave toです。

 

当然、「生徒の自主性(=want to)を重んじた全体練習(=have to)をしている」というのは完全に矛盾しています。

本当にwant toであれば、個人個人を放っておいても勝手にやります。

そして、その「放っておいてもやるwant toの個人練習」こそが、その人の能力を爆発的に引き上げる鍵となるわけです。

 

2.「自分の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」は、「孤独の時間」にしかできない

「放っておいてもやる個人練習」こそが、その人の能力を爆発的に引き上げる鍵となるのですが、

その「放っておいてもやる個人練習」とはつまり、「その選手の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」なわけです。

 

たとえば、「打者がかすりもしないストレートを投げたい」という目標を持った投手がいるとします。

このとき、その投手に「孤独な時間」が多ければ、ストレートを磨くためには何が必要なのかを考えてじっくりと個人練習できます。

 

自分のピッチング動作のロスがどこにあるのか?

そのロスを解消するには何をするべきか?

ボールの握り方は工夫できないか?

柔らかくて強い筋肉を作るトレーニングはないのか?

スパイクを変えてみるか?

球の速い投手のフォームの共通点は何なのか?

栄養摂取はどうすればいいのか?

 

・・・考え抜いて考え抜いて、書店に行ってスポーツ科学やら栄養学やら武道やら生理学やら野球教本やらを調べまくって、

また考えて考えて、有能なトレーナーに会いに行ったり、インターネットでサプリメントを調べたりすることによって、

「自分がストレートを磨くために行う訓練・習慣」を完全オーダーメイドで作り上げる。

 

そして、そのオーダーメイドの訓練を、「want to」の時間帯である「孤独な時間=個人練習」のときに高い集中力で行う。

 

ここまで徹底して個人の能力を伸ばすことができるのは、「孤独な時間」の特権です。

 

全体練習では、ここまでの思考&訓練はほぼ不可能でしょう。

全体練習でカバーできるのは、せいぜいランニングとか、キャッチボール、連係プレー、など。

個人の細かいニーズに応えることはできません。

 

しかも全体練習が多くなるほど、孤独な時間=個人練習の時間は圧迫されます。

一日に使えるエネルギーのうち大部分を全体練習にとられてしまえば、孤独な時間に使えるエネルギーも少なくなります。

授業中に寝てばかりいる野球部員がいい例でしょう。

 

つまり、全体練習が多いと、個人の上達速度は結果として遅くなる。

全体練習でたくさん練習した場合、すでにうまい人にはある程度の恩恵があるかもしれないが、

現時点で能力のない人が個人練習で差を詰めることはかなり難しくなる――ということです。

 

まとめ:「圧倒的な結果を残したい」のなら、「孤独な時間」を増やすのが正解。みんなと同じことをやるのは時間の無駄

今回の内容をまとめます。

「無能が有能を追い抜ける、たった一つの可能性」が、「孤独になってみる」こと。

孤独な時間の質と量が充実すれば、無能と言われる人が有能な人を追い抜くことができる。

逆に、孤独な時間の少なすぎる人=いつも他人と一緒に行動する人は、いつまで経っても無能から脱却するチャンスがない。

 

なぜ、孤独な時間が少ないと、無能な人が有能な人に勝つことができないのか?

理由は以下の二点。

 

1.みんなと同じことばかりやっていては、個人としての能力を爆発的に伸ばす機会が失われる

→極端な話、もしみんなが一日中まったく同じ訓練をさせられるとしたら、もっとも成長するのは「もともと能力が高い人」のはず。

みんなが同じメニューをやるのだから、現時点で能力の低い人が現時点で能力の高い人に勝てるまで成長するわけがない。

 

2.「自分の能力を伸ばすためのオーダーメイドの訓練」は、「孤独の時間」にしかできない

→自分の能力をいちばん伸ばせるのは、自分だけのためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練。

全体練習はみんなで同じメニューをやるものだから、その時間に個人的なオーダーメイドの訓練をすることはできない。

個人のためにカスタマイズされたオーダーメイドの訓練が効率的にできるのは、「孤独な時間」だけ。

 

「孤独な時間を確保する」のは、けっこう心理的にキツいものです。

現代日本人には、「みんなと一緒にいない=ぼっち はかっこわるい」という価値観が特に根強くインプットされています(SNSなどの影響か?)。

 

「ぼっちであることを気にすること」にまったく意味がないということがわかりさえすれば、その束縛から外れることができます。

周囲の目を気にせずに孤独である時間を増やしたほうが、将来のリターンは大きくなる。

孤独である時間を増やすことは、ある意味「リスクをとる」ことでもあるのです。

 

今回の記事で説明した「孤独の時間」の効用をよく噛みしめて、楽しいソロ充ライフを送ってください。

 

以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。

 

 

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