うわっ…私の常識、もろすぎ…? 「常識に頼る」と裏切られるし結局めちゃくちゃ損しますよ

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

世の中の多くの人が勘違いしていることの一つに、

「夢を持つのは結構だが、常識的に考えて達成可能なものにしておきなさい」

という教えがあります。

ドリームキラーとなる人々の言い草としては、

「これまでの常識からしてあなたのやろうとしていることは無謀だから、やめなさい」

というのが代表的ですが、その「常識」が意外と曲者なのです。

うわっ…私の常識、もろすぎ…? 「常識に頼る」と裏切られるし結局めちゃくちゃ損しますよ

そもそも「常識」というものは実在しない

「常識」は、あなた自身の思考ではない

たとえば、こんな「常識」があります。

・飲み会の時は、先輩や上司の酒を注いで回るのが「常識」

・大学は四年間できちっと卒業し、ちゃんとしたところに就職するのが「常識」

・年上の言うことに従い、若者らしく礼節をわきまえるのが「常識」

これらの常識を破る人を見かけたら、きついお叱りの声を浴びせたり嫌味を言ったりするべきだ、という「常識」を持っている人もいるようです。

『なぜなら、「常識」とはみんなが共有し遵守すべきものであり、そうすることによって社会は回っているのだから……』

 

しかし、ちょっと立ち止まって考えてみてください。

その「常識」って、「思考停止」とどこが違うのでしょうか?

 

まず、

「みんながそうしているから」

「これまでそういう風にやってきたから」

という理由だけで常識に固執するのは、文句なしの思考停止ですよね。

 

実は、常識とされていることというのは、「ほかのひとがそうしているから自分もそうする」という動機くらいしか持たないもので、ロクに検証もされていないものが大半なのです。

常識は、「こんなのは常識だろ!お前は学校で何を学んできたんだ」などと怒鳴りつけるときには便利なツールかもしれませんが、実はまったく「それは本当に正しいのかどうか」なんて考えられていないのです。多くの場合は。

 

たとえば、『年上の言うことに従い、若者らしく礼節をわきまえるのが「常識」だ』という考えを持っている年配の方を想定します。最近の若者はけしからん、年上を敬わない、などとグチグチ。

 

さて、彼が持っている常識は、「彼自身が検証したもの」なのでしょうか?

つまり、「年上の言うことに従え」というのは、その年配の方が頭を使って考えた末の結論なのでしょうか?

たとえば、

・年上と年下では経験を積み重ねてきた年数が異なる

・経験年数が多い人の方が経験値が高く、適切な判断を下せる可能性が高い

・だから、年上=判断の正確さが高いと想定される人の指示には従ってもらおう

という一応の論理を経たうえで、その「常識」に達したのであれば、まだわかります。

こういう思考のできる人であれば、「判断力が高い年下」が出てきたときにすんなりと権限を委譲できるだけの頭の柔らかさも持っているでしょう。

 

しかし実際はどうでしょう。

表向きは「それが社会の常識だ」とさも自分の考えに根拠があるかのように見せかけておいて、

本音としては「いいから黙って俺の言うことを聞け!!」という他人を思い通りに操り服従させたい願望が潜んでいるのではないでしょうか?

 

私が「常識」にうさんくささを感じる理由の第一が、これです。

「常識は、その人の考えではない」。

 

「常識」は、いとも簡単にひっくり返されるものだ

世の中には一定数、手のひら返しをして優勢なほうにつこうとする日和見主義の人々がいます。

たとえば、1990年代まで、世の中では「日本人野手がメジャーで成功するなんて無理」が常識でした。

 

こういう「常識に巻かれる人々」の思考の変遷を見ていくと面白いですよ。

1990年代:日本人野手がメジャーで成功するのは無理。

2000年代:日本人野手でもメジャーで成功できる。どんどん移籍すべき

2010年代(~現在):日本人野手はやっぱりメジャーで通用しない。イチローは例外だった。

という風に、

 

その時代に生きている人からすると客観的な評価を下しているように見えるのですが、通してみると主張はブレブレ。「常識」というのはこんなに変わりやすいものなのです。

野球の例だけでは不服というのなら、「天動説は正しい」「魔女は存在する」というのがその時代時代では「きちんとした常識」「まともな人間なら当然そう考えるべき」とみなされていた――ということも好例です。

 

こう考えると、むしろ「非常識だ!!そんなことはありえない!!」と現在糾弾されていることのほうが、「常識」とされているものより真実を突いている可能性は高いといえるかもしれません。

常識に自我を依存している人たちは、常識を覆すものに怯え、拒絶します。彼らが「そんなのは認められない!!」と必死になっている場所にこそお宝が隠されているのかもしれないのです。

 

科学史では、「パラダイムシフト=その時代に当然とされていたことがひっくり返されること」という言葉があります。つまり、パラダイム(常識)はひっくり返されて当然のものなのです。そんな不安定なものに身を委ねて安堵するとは、どれほど思考停止しているのか?

 

当然、現在常識とされていることは、百年後にはそのほとんどが非常識となっているでしょう。

新しい真実が出てくると、最初は無視される。

次に激しい反対にあう。

そして最後には『そんなのは最初からわかっていたことだ』といって処理される。

――ショーペンハウアー

「不安定な常識に自我を依存させた日和見主義の人々」の言葉なんて、はなから無視して大丈夫なのです。

「常識」に縛られた人は、「新しいもの・革新的なもの」を拒絶する

「常識日和見主義」の人々は、結局自己の正当化がしたいだけなのです。

それは、「これまでの常識を覆す革新的なもの」に対する彼らの反応を見ればよくわかります。

革新的なもの・常識外れのサービスに対する「常識派」の人々の反応

・それが失敗した場合 → それ見たことか。やっぱり言った通り。常識的に考えて無謀だったんだ。

・それが成功した場合 → そんなことは初めからわかっていたことだ。こんなの常識だろ?

 

こういう態度を取っているかぎり、その人は「新しいものにガンガン投資して先行者利益を得る」ことはできません。自分からチャレンジすること自体もないでしょう。

世の中の理屈として、あらゆる物事は基本的に「リスクに見合ったリターンしか返ってこない」ようにできています。

 

新しいものを試してみるというのは、海のものとも山のものともわからないゲテモノをつかまされる場合もありますが、それが「当たり」だった場合の利益(先行者利益)は計り知れません。

いっぽうで新しいものを拒絶して、普及したころになってようやく恐る恐る手を出してみるというスタンスの人は、損をすることも少ないのですが、大きな得をすることもありません。

 

どちらもイーブンに見えますが、

この場合、「手を出すのが遅いことによる潜在的な損失」が実質的なマイナスになっています。

 

「常識から外れた革新的なものに手を出さない人々」は、おいしい思いをすることなく一生を終えることになりそうです。

「常識」に縛られた人は、自分の人生を自分でがんじがらめにしてストレスを勝手に溜める

数限りなくある「常識に縛られるデメリット」のなかでこれが一番のリーダー格だと思うのですが、

「常識」に縛られた人は、自分の人生を自分でがんじがらめにしてストレスを勝手に溜める

という悲しい現実があります。

 

だって、自分の考えがまるでないわけですから。

自分の考えを練り上げる余裕がないままに、

「みんながそういっているから」「みんなと同じように」

という外部の動機にばかり翻弄されるのですから、ストレスが溜まって当然です。

自分の人生の主導権が他者の手に握られているに等しいのです。

 

自分でコントローラーを握らないままゲームをプレイして何が楽しいのでしょうか?

 

こういう人に限って「なんのために生きているのか」に悩むことになります。

「常識」に自分の価値観を合わせ、常識から外れた人々を叩きまくり、

自分の人生にも常識をガチガチに当てはめて「生きている意味がわからない」と嘆く。

出来の悪いマッチポンプです。

 

自分が「常識」にがんじがらめにされている自覚を持ってほしいものです。

常識にしばられて損をするのも自分ですし、常識から解放されてやりたいことをやるのも自分なのですから。

まとめ:「常識外れだ!」を武器にして他人を攻撃する人は、結局とてつもなく損をしている

このように、「常識に依存すること」はとてつもなく不利な生き方です。

 

「常識をふりかざして、アラを出した他人を思う存分攻撃する人」

「自分の意見を通したいがために『常識』を振り回す人」

「『常識は常識だから』という思考停止に陥っている人」

どれも、不合理に思えます。もう少し頭に柔軟性があればいいのに、とも思います。

 

今回の記事のポイントは、

・「常識」は、あなた自身の思考ではない

・「常識」は、いとも簡単にひっくり返されるものだ

・「常識」に縛られた人は、「新しいもの・革新的なもの」を拒絶する

・「常識」に縛られた人は、自分の人生を自分でがんじがらめにしてストレスを勝手に溜める

の四点です。

 

「常識」という言葉を聞いたら、これらを思い出してみてください。

案外、世のなかの常識ってアテにならないことがわかるはずです。

 

以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。

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