「不老不死の実現をかたくなに否定する人」って常識洗脳されてるよね、という話

   

「不老不死って科学で実現可能なんですか?」

そんな質問を科学者に投げかけたら、きっと鼻で笑われるに違いありません。

「そんなことは科学的に無理だというのが常識だ」と。

 

あ、いま「常識」って言いましたね?

いいんですか? 常識って思考停止した人が使う常套句ですけど。

……ということで、今回の記事では「不老不死は無理である」という常識をひっくり返してみます。

「不老不死の実現をかたくなに否定する人」って常識洗脳されてるよね、という話

「無理というのが常識だ」は思考停止!

現代科学の常識では「不老不死は不可能」。しかし、「常識はひっくり返るもの」である

最近、こんな記事を読みました。

世界中で話題になっている画期的研究 20年後、人類は「不老不死」になる

 

「不老不死が実現する」と断言しているのは、英ケンブリッジ大学研究員で老年医学を専門とするオーブリー・デグレイ博士。

このデグレイ博士、相当な逆風に遭っているよう。

リンク先の記事の紹介文で「孤高の科学者」とありますし、「昔は誰も理解してくれなかったが、最近は20人ほどの科学者から同意を得ている」という記述がありますから、科学者たちのなかでもつまはじきされてしまっているのが現状なのでしょう。

なぜなら、「不老不死=実現不可能」というのは、現代科学の「常識」だからです。

 

 

しかし、私は「その常識っておかしくない?」と思います。

なぜなら、

・未来予知ができないっていうのも科学の常識(カオス理論・複雑系など)。それなら、不老不死が実現する未来が来ないとなぜ断言できるのか?

・たいていの場合、「常識」というのは思考停止した人が使う単語である。今回の場合も、「現代科学の常識からいって実現不可能」と言った瞬間、現代科学という枠の中に閉じ込められてしまう。不老不死というのは現代科学の現状からは達成不可能に見えるが、コーチングで言われているのは「ゴールは現状の外に置きなさい、現状から見れば達成不可能に思えるものにしなさい」ということ

・人間のクリエイティビティは指数関数的に増大していく。テクノロジー同士の相互作用や、予期しない発明などによってますます人類の自己改善能力は増大していく

・常識というのはひっくり返されるもの。パラダイムはシフトするもの。とすると、いまの科学者たちの「不老不死なんてバカげている」は、「地動説なんてバカげている」と言っていた中世の科学者たちと同じである可能性は否定できない

 

基本的に、「そんなことできるわけないだろ!」と言っている人ほど、後で手の平を返します。

やってもいないのに「できるわけがない」と諦める人の想像力なんてたかが知れているのです。

不老不死=不可能、と決めつけてかかる人はみんなそうです。

そういう決めつけをしてしまうような人は、「卵を立ててみろ」に対する答えを見つけることはできません。

 

「不老不死・永遠の命が実現しても永遠の責め苦を負うだけ」というのは想像力に乏しい妄言

リンク先の記事では、政策研究大学院大学名誉教授で経済学者の方がこのようにおっしゃっています。

たとえ寿命が延びても、労働寿命まで大きく延びるわけではないはず。無収入の期間が大幅に延び、その上、年金制度は間違いなく成り立たなくなります。

寿命を10年、20年と延ばすことが医学的に可能になったとしても、人間らしい生活を送ることが出来るかどうかは別問題。動物の世界では、自力で獲物が獲れなくなった時、寿命も尽きる。人間がなぜ稼げなくなった後も生きられるかというと、蓄える術を知っているからです。しかしあまりに長寿化が進めば、蓄えは底を尽き、社会全体でも面倒を見ることができなくなってしまう

これを読んだときの私の率直な感想は

「たいそうな肩書を持っている名誉教授が、こんなこともわからないのか……常識洗脳ってやべーなあ」というものです。

ツッコミどころは以下の通り。

 

・「たとえ寿命が延びても、労働寿命まで大きく延びるわけではないはず」

→寿命が延びたら労働寿命も延びまくるに決まってんじゃん。不老不死の「不老」の意味わかりますか?

・「無収入の期間が大幅に延び、その上、年金制度は間違いなく成り立たなくなります」

→不老不死が実現するレベルの世界が、まだ年金制度に頼ってると思う?

無収入の人でも幸せに生きられる程度の科学技術は揃ってると思うんですが・・・

・「しかしあまりに長寿化が進めば、蓄えは底を尽き、社会全体でも面倒を見ることができなくなってしまう」

→いや、不老不死レベルの技術が実現してる世界なら資源問題って解決されてると思いますよ?

 

○○大学の名誉教授ということは、一般の人であれば肩書を見ただけで「ははァー」とひれ伏すような地位の人です。そんなすごいお方が、↑こんなトンチンカンなこと言ってるんですから、社会的地位ってアテになりませんね。

 

次いきましょうか。

神戸女学院大学名誉教授で、超有名なお方。

たぶん名前くらいは聞いたことがあるはず。

 ○○氏は、不死を「ひとりだけ不死」「人類全員が不死」「ある種の人間だけが不死」という三つの場合に分けて考えた。

ひとりだけ不死というのは、地獄の責め苦に類する経験でしょう。家族も友人も恋人もみんな死んで、たった一人で取り残される。自分の過去の経験を共有した人間が一人もいなくなるんです。かつてどんな冒険をしたのか、どんな激しい恋をしたのか、どんな栄光に浴したのか、どんな卑劣なことをしたのか。何を語っても、いずれ、誰も頷いてくれず、誰も思い出の共同署名人になってくれないときが来る。

そのとき、『私はほんとうに存在したのか?』という自問に、自分自身さえ答えられなくなるでしょう。自分が誰であるかを誰も知らず、本人もわからないまま不死であることを願う人がいるでしょうか」

人類全員が不死、あるいは、ある種の人間だけが不死の場合はどうだろうか。

人類全員が不死というのも地獄度では変わらない。満員電車のような地球で、食べものも飲みものも、着るものも、住む家も足りない中で、他人の体臭や糞尿の臭いにまみれて決して到来しない死を待つような生き方を、誰が望むでしょうか。

ある種の人間だけが不死という主題は、SFで繰り返し扱われてきました。エリートたちが『不死族=神々』になり、権力も財貨も情報も文化資本も独占する。それ以外の『可死族』は奴隷的な労働で神々に奉仕するという図式です。

でも、この『神々と奴隷の世界』の根本的な難点は、『神々』はやがて創造性が枯渇し、奴隷たちがイノベーションを担うようになるということです。神々の世界では、長老たちが死なず、世代交代が行われない。神々は精神的に老化し、硬直化し、やがて何も生み出さなくなる。そのとき奴隷たちは喜んで神々をばらばらに切り刻むでしょう。

いずれにせよ、不死や例外的な長生きが、普通に天寿を全うするよりも幸福ということはなさそうです

 

・ひとりだけ不死というのは、地獄の責め苦に類する経験でしょう。

→そもそも「ひとりだけ不死」という状態があるのかどうかはひとまず置いといて(一人成功したらみんなやるでしょ)…

もし私が「一人だけ不死」になったら、「もう一人不死の人間を作る」「たくさん不死の人間を作る」ためにしばらく頑張ると思いますよ。自分が不死になったんだから、原理的には他の人も不死にできるはず。不死仲間を作れば良いんです。そこで、次の「みんな不死」に続きます。

 

・人類全員が不死というのも地獄度では変わらない。満員電車のような地球で、食べものも飲みものも、着るものも、住む家も足りない中で、他人の体臭や糞尿の臭いにまみれて決して到来しない死を待つような生き方を、誰が望むでしょうか。

→なんで地球から出ないのか(笑)

不老不死ができるレベルの科学技術があれば、他の星にも行けるでしょうよ。仮に数億光年という距離であっても、「高速移動技術&不死」の組み合わせがあれば、どこかの住み心地のいいところを開拓できると思うんですが。

そもそも、不老不死が実現するような科学技術を持っているなら、

・食べ物も飲み物も足りない → 現状よりはるかに効率よく大量生産できる技術できてそうじゃない?

・着るものも足りない → 着なきゃいいじゃん。不老不死なんだから全裸でも平気でしょ

・住む家も足りない → だから地球から出(ry

・他人の体臭や糞尿の臭いにまみれて → 不老不死が実現しているレベルの科学技術を持つ世界では風呂もトイレも作れないらしい

 

・『神々』はやがて創造性が枯渇し、奴隷たちがイノベーションを担うようになるということです。神々の世界では、長老たちが死なず、世代交代が行われない。神々は精神的に老化し、硬直化し、やがて何も生み出さなくなる。そのとき奴隷たちは喜んで神々をばらばらに切り刻むでしょう。

→それってあなたの妄想ですよね?

不老不死であるほうがよほどイノベーションに精を出すと思いますよ?

だって、新しいことをやる以外に楽しみがありませんもの。もしかしたら、「永遠に快楽を得られる機械」みたいなのを開発して永遠の快楽に浸っているかもしれませんが。

「不老不死になったらすべてに飽きるのではないか」というのは現代のわれわれの常識に過ぎません。たぶんこの教授はデスノートの死神界の様子でも連想したんでしょう。そもそも、まだ不老不死になってないのになんで「不老不死になったら精神的に老化して~」なんて断言できるんですかね?

「奴隷の反乱が~」というのも、正直あまりありそうにない話です。不老不死ならわざわざ奴隷を作って反乱のリスクを高める理由なんてあるのか? コロッセオみたいに剣闘士を死ぬまで戦わせて、「死ぬ」様子自体を娯楽にするのかな? 不老不死を手に入れるくらいの知能を持った人々ってそんなにバカなんですかね?

 

・・・というわけで、私の感想としては

「なぜたったこれだけの思考すらできないのか?」というもの。

 

普通に考えて、↓これくらいのことはわかるはずです。

「不老不死が実現できるなら、永遠の快楽を得る&苦しみの消去も実現できるはずだ」

「不老不死が実現できるなら、人類の食糧問題・土地問題・資源問題くらい解決できているはずだ」

 

これは本当に名誉教授の発言なのか?

ゲンダイの机がしゃべったのではないのか?

そう思いたくなるぐらい、あまりにお粗末な思考です。

 

不老不死とドリームキラーと常識洗脳

「不老不死を望むなんて愚かだ」という常識洗脳がなされています。

元凶はおそらく手塚治虫の漫画と、秦の始皇帝に対する偏見です。

 

手塚治虫が散々火の鳥やブラックジャックで「不老不死を追い求める人間の愚かさ」を描いたせいで、人々は「不老不死を追究するのは愚か」という常識を持ってしまいました。

また、秦の始皇帝はじめ中国の皇帝たちが水銀やら何やらを飲んでいたというエピソードが

「ほら、人間ってやっぱり不老不死は無理なんだよ。不老不死なんて目指すとバカを見るよ」

という感じで吹聴されています。

 

ある目標を持っている人に対して「どうせ無理だよ」などと言って諦めさせようとする人のことを、コーチングでは「ドリームキラー」といいます。名前通り、夢を殺しにかかる人のこと。

正直な話、

「不老不死なんて無理なんだよ。不老不死なんて目指すとバカを見るよ」

などと言うのは簡単です。誰にでもできます。

 

しかし、ドリームキラーが実際になにかにチャレンジすることはありません。

「無理無理」などと言っておいて、失敗したら「それ見たことか、やっぱり無理なんだ」と言い、

万が一成功したら「そんなことは初めからわかっていたよ」と記憶を改竄する。

さんざん「メジャーは日本人野手のパワーじゃ無理。イチロー? あんな細いのが通用するわけないじゃん」と言っておきながら、シーズン終了後には「やっぱり通用するってわかってたよ。彼は日本時代から卓越したヒットメーカーだったからね」などとぬけぬけと言って見せる。イチローがメジャーで通用したとたんに手の平を返した「野球通」がなんと多かったことか。

不老不死も、それと一緒です。

今は不老不死=無理というのが常識ですが、いったん実現さえしてしまえばあとはみんな当然のように「不老不死? いつか実現すると思っていたよ」と口々に言い合うのが目に浮かぶようです。

 

「不老不死」というのは人類の長年の夢です。「長年誰も達成しえなかったこと」を達成することほど気持ちのいいものはありません。デグレイ博士、がんばってください。地球の裏から応援しております。

 

まとめ:だってワクワクするじゃん

ちなみに、「永遠の命をどう観測するか」という問題については、私はこう思います。

・観測上の永遠の命:「老化が全く止まった」「どれだけ耐久度試験(ナイフで刺すとかプレス機で潰すとかブラックホールに放り込むとか)を繰り返してもまったく変化しない」といった基準を満たせば、少なくとも半永久的には永遠の命だと想定できる

・実際の現象としての永遠の命:こちらは観測できるか怪しい。永遠の命を持っている人が永遠の命を持っている人を観測するのがベストか?

 

また、「永遠の命に始まりも終わりもないのでは? 始まりがあるってことは永遠ではなくね?」と考える人もいそうですが、始まりがあって終わりがなければそれは永遠の命と言えます。片方が閉じていても、もう片方が開いていればいいのです。

 

……もう一度よく考えてほしいのは、「なにか革新が起きるとき、それはその時代の人々が絶対に想像できない死角からやってくる」ということ。「その時代の人々」にはもちろん、記事を読んでいるあなたも入ります。

いくら「不老不死が無理だってのは、現代の科学で証明されている」と決めつけたところで、その現代科学の死角からやってくるモノを予測することはできないでしょう? 私は現在のところ科学者ではありませんが、それだけはわかります。往々にして、人々が常識だと言って顧みないところにこそ正解が隠れています。

 

「不老不死=トンデモ」と決めてかかる人も多いですが、不老不死をトンデモだと決め付ける人こそトンデモなのです。そういう人は人類のクリエイティビティを舐めすぎですし、常識に頼って思考停止している人です。思考停止は科学の敵。

永遠の命というのは、不可能不可能と言われているものだからこそ、挑戦しがいのあるワクワクするテーマなのです。クリエイティブ畑の人はワクワクが好きでしょう?

 

それでも「不老不死なんて・・・」と思う人のために、最後は「およそ人間の想像しうることは、すべて実現可能である」というヴェルヌの言葉で締め括りたいと思います。

 

 - 栗栖鳥太郎が学んだ・考えたこと, 脱洗脳