日本の野球関係者はもっと「ゴールを高く」持つべきだ。「甲子園出場」「全国制覇」はゴールとして低すぎる

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、常々疑問に思っているテーマ「なぜ日本の野球には未だに根性論がはびこっているのか」について書きます。

私が「根性論・精神論」と呼んでいるのは、

「バッグや靴をしっかり並べて全力疾走するチームが良いチームだ」「人間性が~」というタイプの物言い。ゴール

もちろん、昭和のような「千本ノック~」「練習中に水を~」「あれだけ苦しい練習をしてきたから」も含みます。

日本の野球関係者はもっと「ゴールを高く」持つべきだ。「甲子園出場」「全国制覇」はゴールとして低すぎる

ゴールが低いから思考停止する。ゴールが低いから「体育会系」になる

結論:「ゴール設定」が不適当というか低すぎる。ゴール設定が低いから「根性・努力・人間性」という言葉が出てくる

先に結論から言っておきましょう。

1.日本の野球から「根性論・精神論」が消えてなくならない最大の理由は、「ゴール設定をうまくできる野球関係者」がほとんどいないから。野球関係者が「個人としてorチームとして目指すゴール」を設定しても、ほとんどの場合ゴールとして「低すぎる」。

2.ゴールが低すぎるから、現状から抜け出すことができない。

3.ゴールが低すぎるまま活動するから、「努力・根性・人間性」に頼る羽目になる。

以下、この1~3について考えていきましょう。

 

野球関係者が設定するゴールは9割方「低すぎる」。正しいゴールは「高く、現状の外」に置かねばならない

野球関係者が「チームのゴール」を設定するとき、それはだいたいゴールとして低すぎるんですよ。

 

良い例なので、2004~2006年にわたって甲子園大会で優勝、優勝、準優勝という成績を残した駒大苫小牧の例で考えてみます。

それまでの「抽選で当たった高校にガッツポーズされる」という弱さで有名だった北海道代表としては異例の戦績。

 

駒大苫小牧に就任した香田誉士史監督は、就任当初から周囲に「かならず全国制覇する」と言っていたそう。

当時の駒大苫小牧は地区予選でボロ負けするレベルのチームで、「全道大会に出てくれればバンザイ」くらいだったとか。

ですから、当時の駒大苫小牧にとって「全国制覇」というのは完全に現状の外。

 

普通の監督さんであれば「まずは甲子園!」というところですが、香田監督が普通と違っていたのは目標として「全国制覇」を真っ先に掲げたこと。

「まずは甲子園」なら現状の内ですが、「全国制覇」なら思いっきり現状の外といえます。

なぜなら、前者は達成の仕方がイメージできますが、後者は達成の仕方がわからないから。

現状の内か外かを判断するのは、「達成の仕方が具体的にイメージできるかどうか」なのです。

 

重要なのは、「現状からみて達成の仕方がわからないからこそ、斬新で常識破りな解決策を思いつくことができる」ということ。

実際、香田監督率いる駒大苫小牧は

・当時の北海道勢にとっては非常識だった「雪の上でのノック」を始めた

・ひたすら連続で打撃マシンを打ち、連続でティー打撃をするというバッティング練習の方式を始めた

・走塁への異常なこだわり。二塁からワンヒットで帰ってくる確率がほかのチームと比べてズバ抜けていた

といった、当時としてはずば抜けた取り組みを行っていました。

実際の戦績で見ても、横浜や日大三高や智弁和歌山や大阪桐蔭といった名だたる強豪校に勝利したり、甲子園の史上最高打率を更新したり・・・と圧倒的な結果を出しました。

 

ただ、惜しむらくは

「甲子園に出場し、全国制覇を達成した時点で、ゴールが現状の中に変わってしまったこと」でしょう。

最初は現状の外だったゴールが、甲子園に出て成績を残した時点で完全に現状の中になってしまった。

 

本当であれば、甲子園に出たあたりで目標を「全国制覇」から変更すべきでした。

たとえば「世界一の野球チームとして最先端の取り組みを続け、人類の発展に貢献する」くらいの高いゴール=現状の外のゴールに設定しなおさねばならなかったのです。

そうでなければ、ゴールが現状の中になってしまうので、現状を打破する力は出てきません。

現状を打破しないということは、現状の最適化が始まる。

 

現状の外のゴールだと「次々に新しい発想が出てくるワクワク感」が出てくるのですが、

ゴールが現状の内になってしまうと「やるべきことが全部わかっていて、あとはやるだけ」になり、ワクワク感が消えてしまう。

「やるべきことをやらねばならない」という現状の最適化が始まるわけです。

ワクワク感がないから、根性とか努力で何とかしないといけない――という発想になる。

 

つまり、

「ゴールが低い→やるべきことがわかってしまい、新たな発想が出てくるワクワク感が消える→モチベーションがなくなる→根性とか精神という言葉で何とかしようとする」

という関係になります。

逆に、

「ゴールがとてつもなく高い→達成の方法をひらめく。斬新な発想が次々にひらめく→誰もやったことがない人類最先端の取り組みをやっているというワクワク感が出てくる→根性とか精神とか人間性という言葉なんていらない。自然に高いレベルの取り組みをするようになる」

という道もあります。

 

まとめると以下の通り。

・ゴールは「現状の外」に置く。

・「現状の外」の解釈:「ゴール達成の仕方がイメージできるかどうか」。達成の仕方がわかるものは現状の内。

・甲子園に一度も出たことがないチームが「全国制覇」を掲げるなら、それは現状の外。達成の仕方がまるで見当もつかないからOK。

・甲子園に出たことのあるチームが「全国制覇」を掲げてもそれは現状の内となる。もっと高くて遠いゴールを!

・現状の外のゴールは一見して達成できないように見えてしまうが、実際はいくらでも斬新な解決策を思いつくから大丈夫。

・「ここをこうすれば勝てるのに…」という達成の仕方がわかってしまうものを「現状の外」とは言わない!

 

「現状の外の高いゴール」がないと、意識も認識も変わらない

「ゴールを現状の外に置く」メリットはほかにもあります。

それは、「ゴールに合わせて意識レベルが上がる」ということ。苫米地式コーチングの用語で言えば「コンフォートゾーンが上がる」のです。

ゴールが高ければ高いほど、現状に対する「これくらいが自分たちにはふさわしい」という意識レベルが上がるんです。

 

たとえば、

・甲子園に出ていないチームが「全国制覇」をゴールに掲げるとすると、

「140km/hオーバーの投手が四人くらいいるべきだ」「選手の体格はもっと良いはずだ」「打撃マシンは5台くらいはあって当然だよね」

という現状の変革が始まる

 

・また、甲子園に出たことのあるチームが「世界一の野球チームとして最先端の取り組みを続け、人類の発展に貢献する」くらいのゴールをかかげると、

「待てよ、日本の野球で常識とされている○○って実は世界標準じゃないよな。じゃあ変えよう」「150km/h後半の投手が五人くらいはいないとな」「甲子園の強豪校が相手? でも俺たちって世界一の野球チームだから、日本の強豪校には余裕で勝つのが当然だよね」「食事もメジャーリーガー以上のものにしよう。プロテインやビタミン剤やアミノ酸などはチーム単位で注文しよう」「野球をする環境も最高じゃないとね。グラウンド間近に寮が欲しいな。いつでも練習できる室内練習場とかも」「環境を変えるためにはお金が必要。野球部全体で利益を生み出すような仕組みを作ってもいいんじゃないか」「スタメン全員がプロ入りするくらいでちょうどいいよな」「野球応援も豪華じゃないとね。全国屈指のマーチングバンドに来てもらって、応援のバイトも一万人くらい来てもらおう」「勉強もできて当然だよな。チーム全員がハーバードで博士号をとれるくらいでちょうどいい」

くらいの意識に変わる。

 

ゴールについて「できるかどうか」を考えてはいけません。

現状の外というのは「達成の仕方がわからないもの」のことを指すわけですから、「できそう」と思えるわけがないんです。

 

あくまでも「やりたいかどうか」だけ考えればいい。

達成可能性はまったく無視していい。「未来が絶対にこうなる」ということはわからないし、逆に「未来が絶対にこうならない」というのもわからないので。

 

ゴールを高く持ってさえいれば、どんどん認識が変わっていきます。どんどん基準が高くなっていきます。

逆に、ゴールがそこらへんのチームと同レベルだと、いつまでたっても他のチームに抜きんでることはできません。

 

まとめ:ゴールは「できるか」ではなく「やりたいか」で決める

野球関係者は、これくらい高いゴールを掲げたほうが良い……という例を以下↓に出しておきます。

このくらい高いゴールでも大丈夫だよ、という例です。

できるかどうかではなく、そのゴールを達成したいかどうかで決めること。

達成の仕方がわかるものは現状の中。

現状の外のゴールを達成しようとするときにだけ、思いもよらなかった解決策が見つかるのです。

・世界ナンバーワンの最先端の取り組みを続け、国内大会でも世界大会でも圧倒的な戦績を残し、日本の野球を世界一に引き上げる。

・部員全員が、将来ハーバードで博士号取得できるくらいの知的能力を身につける

・野球部から、人類をリードし世界から戦争や差別をなくす人材を輩出する

このくらいでちょうどいい。

 

こういうゴールを公言すると、「そんなの無理だ」「できるわけがない」と言ってくる人もいますが、そういう人は放っておいてOK。

なぜなら、そういう人々は、ゴールを達成した未来には手のひらを返しているからです。

そもそも、未来を予測することなんて絶対にできないのに、なぜ「絶対にできない」などと決めつけることができるのか?

そういうドリームキラーの言葉は完全無視してください。どうせ彼らは無責任なことしか言いませんから。

 

日本の野球関係者の悪癖である「現状の内側にゴールを置く習性」がなくなって、

そのかわりに「現状の外側に高い高いゴールを置く習慣」が当たり前になれば、

日本の野球はもっともっとレベルが上がるし、根性論や精神論に頼った指導も必要なくなります。

 

論理的に考えても、また実際上のメリットデメリットで考えてみても、ゴールは高く置いたほうがいい。

そういうことです。

 

以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。

では。

 - 教育, 栗栖鳥太郎が学んだ・考えたこと, 野球, 頭の良い人だけが知っていること