「野球部=体育会系・頭が悪い・野蛮」というイメージをひっくり返したい

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

全国津々浦々で「野球部って頭悪い」と思われてる気がします。たぶん事実です。

実際、高校野球やプロ野球を見ている感じでも、またそういう本を読んでいる感じでも、

「野球部=頭良い、勉強できる」というイメージは乏しく、逆に「野球部=頭が悪い、野蛮」という印象がどうしても拭い去れません。

でも、現時点でそういう状況だということは、これからの伸びしろはものすごいものがあるということでもあります。野球界というのは比較的情報伝達の速い業界ですし、競技人口も国内トップクラスですから、改革の余地は十分あるよな、とも思います。

「野球部=体育会系・頭が悪い・野蛮」というイメージをひっくり返したい

新しい野球選手のイメージ:「頭が良くて、有能で、優しくて、何をやらせてもうまくこなす」

現在の野球界の状況

現代日本人が「野球部」「野球選手」に持っているイメージというのは、どんなものなのでしょうか。

 

「体が大きい」「かっこいい」「運動神経抜群」「明るい」といったポジティブなイメージもあれば、

逆に、「頭が悪い」「うわべだけ礼儀正しい」「ずる賢い」「理不尽なことを押し付ける体育会系」「野蛮」といったネガティブなイメージもあります。

実際、テレビに映し出される被写体としての「野球選手」「高校球児」のイメージと、彼らの実際のふるまいとの間には大きな差があります。テレビで流れているような「純粋な球児たち」といったイメージは必ずしも正確ではありません。

 

 

「球道即人生」ではなく、「人生即球道」を!

「野球を通じた人間形成」といった物言いを聞くたびに、私は「それって逆じゃないの?」と違和感を覚えます。

 

本当は、「野球を通じて人間形成する」のではなくて、

「すでに人間形成できている人の娯楽として野球がある」べきで、

「人間としての基礎的な能力の高い人は、野球に対しても真摯に向き合うことができる」のではないでしょうか。

 

なぜなら、どう考えても、概念としての大きさでいえば「人生>>野球」だからです。

「人生」は「野球」を含むが、逆に「野球」が「人生」を含むわけではない。

つまり、野球はあくまでも人生の一部でしかないのです。

これが、「概念の順位として、人生の方が野球よりも上である」という意味です。人生の方が野球よりも抽象度が高い、ということでもあります。

 

 

「野球を通じての人間形成」ではなく、「人間としての能力を開花させつつ、野球をする」にしたい

概念としての懐の深さが「人生>>野球」である以上、次のような関係が成り立ちます。

・野球がうまいからといって、人生がうまくいくとは限らない(いわゆる野球バカ)

・人生を上手に切り開いていく能力が高い人は、野球をやらせても高いレベルに達する

 

先ほど紹介した田畑信太郎氏のツイートにあったような「日本で少年野球〜高校野球の監督をやっているようなオッサンに未だに多い?精神主義かつ根性論かつ上意下達の文化」

・・・つまり、「根性論・精神論を振りかざす頭の固い指導者たち」や「体育会系は出世するという妄想(願望)を持っている人」は、この関係を間違えてしまっています。

あくまでも、

・野球がうまいからといって、人生がうまくいくとは限らない(いわゆる野球バカ)

・人生を上手に切り開いていく能力が高い人は、野球をやらせても高いレベルに達する

のです。

 

逆ではありません。

× 野球がうまい・気が利く人は、社会で通用する

わけではないのです。正解は、

○ 何をやらせてもうまい人は、野球をやらせてもうまくやる

というだけのことで、

「体育会系は出世する」という物言いは、その「何をやらせてもうまい人」のことを「野球部だから出世した」と勘違いしています。何をやらせても上手にやる人(≒抽象的思考能力に優れた人)だから出世できたのであって、野球部だからor体育会系だから出世できたわけではありません。

野球部には無能な人もいますし、体育会系のクラブに入っている人間が全員出世するかといえばそんなこともないのです。大多数の屍があって、その中でもたまたま成功をおさめた一部の人が「体育会系の成功者」として脚光を浴びているだけだと私は考えています。

 

野球界から「野球を通じての人間育成」という迷妄を消し去りたい

私がこれからやっていきたいのは、野球関係者たちに

「野球を通じての人間形成」という妄想をやめさせ(なぜなら人生>>野球ですから)、

「人間としての能力を開花させつつ、野球もうまくできるようになる」という一石二鳥の道を選んでもらうことです。

 

高校野球の監督がよく口にする「野球を通じての人間形成」というのは、完全な妄言。

彼らは、「野球を通じて人間力(?)を鍛える」と称して、

・目上の人間に絶対に逆らわない奴隷を育て上げる(論語などを使うこともある)

・目上の人の指示を正確に忠実に実行する優秀な奴隷を作り出す

・決められた作法から外れるような行動を絶対にしない「気の利く」イエスマンを量産する

のですが、これらの共通点は何かといえば「いま年齢が高い人々に絶対に歯向かわない」という点です。

 

野球の指導者たちはよく「ウチのチームでは人間としてやるべきことを~」などと言いますが、

その「人間として」という漠然とした物言いが本当に意味するところは、「目上の人に絶対服従する奴隷として」に他なりません。

もしも選手たち全員が「自分は奴隷として生きていきたい」という確固たる意志を持っているのならばそれでもいいのでしょうが、問題なのは、本来自由を望んでいるはずの選手までもが奴隷化プロジェクトに巻き込まれてしまうこと。選手を抑圧するような野球部に入ったが最後、人間が本来持っている「自己責任の下での自由」を奪われてしまうわけです。

「坊主強制がイヤだから野球部には入らない」という理由で野球部に入らない人は、そういう「強制の強制=奴隷マインドを植え付ける教育」に対する警戒心が鋭いのでしょう。

 

しかしタイミングの悪いことに、いま社会のマジョリティを占めているのはそういった「目上の人に絶対服従するのが当然だと思ってる世代」。いくら若者が自由を望んだところで、社会的なプレッシャーとして「奴隷になれ~奴隷になれ~」という圧がかかります。

 

「奴隷であることはいいことじゃないか」と思われる方もいるかもしれませんが、本当に問題なのは

・奴隷は生産性が低い

・奴隷は、自由になろうとする人の足を引っ張ろうとする

・奴隷は思考停止して、権威のある人の言うことに盲目的に従いがちである

というあたり。

 

こういう奴隷が日本に増えれば増えるほど、

社会全体の生産性は落ち、自由になろうとする人は挫折し、奴隷を上手に煽動する輩が台頭する。

「最近の若者は目上を敬わん」とか言ってる場合じゃありません。奴隷が増えるのは国家の危機なのです。

野球界に「PX2」「TPIE」「苫米地式コーチング」を

世の中には数多くの自己啓発手法があります・・・が、私個人の意見としては、

「ハーバード式」とか「最強の~」とか「一日○○分で~」みたいな本を買いあさるくらいなら、

以下の四つをやれば十分な気がします。というか、こっちの方がはるかに効果が高い。

・KindleUnlimitedに登録されている苫米地英人氏の本を読みまくる

・PX2を受講する

・TPIEを受講する

・苫米地式コーチングを受ける

以上の四つはいずれも苫米地英人氏(とルー・タイス)関連のものですが、自己啓発の手法としては「世界でいちばん洗練されており、結果も出ているもの」です。NLPやニューソートなど比較にもなりません。

「自己啓発」というと、なんとなく「冴えないサラリーマンが取り組もうとするけど、銭だけ失って何も進歩していない」という冷ややかなイメージがあります。「自己啓発というのは、何かにすがりたい人を搾取しているだけだろ? うさんくさいことこの上ない。洗脳されているだけだ」と一般には思われているのではないでしょうか。

 

しかし、「洗脳されている」のはひょっとすると、その「一般の人々」のほうなのかもしれません。

実際、コーチングやTPIEについて書かれた苫米地英人氏の本を読んでいると、「論理的に考えて間違ってるのは世間の常識の方だよなぁ」と確信できます。

 

苫米地氏が教える「コーチング・TPIE・PX2」の優れているところは、これらがいずれも「人生そのものを上手に運用していく能力を格段にアップさせる」という点です。野球でも勉強でも恋愛でも、なんにでも応用が利くという点においてこれ以上のものは存在しません。

野球に応用すればたちまち上手くなる&メンタルが安定する&頭が良くなりますし、勉強に応用すればいくらでも高いレベルに行くことができます。旧来の「俺たちはこれだけ努力したんだ方式」による強化よりも数段上の、まさに段違いの効果が出るでしょう。

 

ぜひ、常識に凝り固まった野球界の方々にはこれらのことに取り組んでもらいたい。

・KindleUnlimitedに登録されている苫米地英人氏の本を読みまくる・・・おすすめ。980円/月で読み放題

・PX2・・・若者・子供向け、かなり安価

・TPIE・・・大人向け、やや高価

・苫米地式コーチング・・・かなり高価だが一番効果がある

私自身はまだコーチではありません(いずれはPX2・TPIE・苫米地式で資格を取得する予定です)が、

苫米地英人氏の書籍をかなり読んでいる身からすると、コーチングの理論やPX2・TPIEの理屈・効果がどれほどのものなのかはわかります。

 

「さっきから苫米地苫米地うるせえなあ。信者みたい」と思われるかもしれませんが、これだけ推すのは効果についての大いなる自信があるからです。

まずは手ごろな入門として、Amazonで「苫米地英人」と検索してみて、興味の向いた本を読んでみてください。

 

まとめ:社会への影響が大きい野球選手こそ、「頭が良くて有能」でなければならないはずだ

日本の野球人口は、だいたい800万人。

甲子園の視聴率はNHKのみで平均8%くらい。

プロ野球の視聴率は、だいたい10%前後。

「将来なりたい職業」では「野球選手」がランキングの上位に名を連ねます。

 

世界的に見ればorサッカーに比べれば競技人口はそれほど多くないにせよ、

「野球」というスポーツが日本の人々の関心の的の一つであることは間違いありません。

 

そんな「野球選手」に「バカ」というイメージがついてしまっていること自体、とても残念なことです。

甲子園に出ている高校球児が「バカ」だと、甲子園に出ていない高校球児たちも「バカでも甲子園に出れる。勉強しなくていいや」と思うかもしれません。日本野球の最高峰であるプロ野球の選手が「バカ」だと、プロ野球にあこがれる野球少年たちは勉強なんてしないでしょう。

競技人口約800万の競技ですから、「野球関係者が勉強しない」ことによる潜在的な社会の損失はかなり大きいと思います。

ですから、何とかして、「野球をはじめとしてスポーツ選手は頭が悪い」という常識をひっくり返さねばなりません。

 

本来、野球界というのは↓このくらいのレベルを保つべきだと私は思っています。

・「野球選手はみな、人間としての基本的な能力が高い」

・「野球部はみんな、勉強をやらせたらべらぼうにできる」

・「野球関係者はみんな頭が良くて、しかも優しい」

・「野球選手はどのスポーツをやらせても一流だ」

・「野球部出身の人間はみなしっかりしている」

 

これくらい優秀な人材を育てることができれば、低迷しつつあるといわれる野球人気に歯止めがかかるのではないでしょうか? これは決して理想論ではなく、現実にうまく対処すれば実現可能なことです。

今回PX2や苫米地氏の理論をやや食い気味に紹介したのも、その手段として極めて有効だからと判断したためです。

 

根性論精神論でごり押しする現在の野球界にはむしろ、ものすごい「伸びしろ」があります。

これまでどれだけ野蛮アンド未開な方法論に頼ってきたのか、ということを考えると、

野球関係者にことごとく新しい能力開発手法を学習させることができれば、相当な社会資本が新生されると思われます。

 

私自身、北海道大学の野球部にコーチとして九月から復帰する予定でいますので、

まずは比較的効果を理解してもらいやすいと思われる国内屈指の「頭脳集団」からはじめて圧倒的な結果を出し、

野球界のみならず社会全体にそのムーブメントを広げていくつもりです。

 

以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。

では。

 - 教育, 能力開発, 野球