【野球と思考停止】その練習、本当に「それをやれば上手くなる練習」ですか?

   

【野球と思考停止】その練習、本当の本当に「それをやれば上手くなることがわかっている練習」ですか? 貴重な時間をロスしないために

「それをやると上手くなる練習」と「上手い人にやらせると上手くできるもの」はまったくの別モノ

「それをやればうまくなる練習」と「上手い人がそれをやるとうまくできるもの」の区別が案外できていない、日本の野球界

↑の表題の通りです。

 

・「それをやればうまくなる練習」

・「上手い人がそれをやるとうまくできるもの」

この二つをゴッチャにする人が多すぎます。

高校野球でも大学野球でも少年野球でも、果てはプロ野球でも。

 

以下、具体的な例を挙げて考えていきましょう。

 

たとえば①:「体幹トレーニング」

2010年代の前半くらいから、「体幹トレーニング」というのが野球界のみならずスポーツ界全体で流行っています。多くの野球部では体幹トレーニングが冬のトレーニングの定番にもなっていますし、暇を持て余したケガ人や、練習時間が浮くことが多い投手陣がよく取り組んでいる印象があります。

 

しかしそんな体幹トレーニング、ひとつ問題が……。

 

・体幹トレーニングをすることによって、スポーツのパフォーマンスが向上する

のか、

・スポーツの上手い人はもともと体幹が強く、体幹トレーニングもこなせる

のか、イマイチわからないのです。

実際、体幹トレーニング=カルト、のようなことを言っている人もいます。

 

この「体幹トレ→うまくなる」or「上手い人→体幹トレも上手い」という二つの可能性があって、

どちらかが正しい

orどちらも正しい

orどちらも間違っている(=体幹トレとスポーツは何の関係もない)

のかを見極めるためのカギになるのが、

 

・「体幹トレとスポーツの関係を科学的に証明できるか?」

→仮説を立てて、言葉を定義して、データをとって、厳密に推論して・・・という手続きを踏むということ

・「体幹トレとスポーツの関係を、合理的に説明できるか?」

→「野球の動作というのはこういう動きだから、それと同じ動きを鍛える体幹トレーニングは効果があると思われる」くらいの説明のこと

・「科学的に説明できない場合は、経験的・体感的にそういう確信があるのか?」

→「体幹トレーニングを始めてからやけに調子がいい。体幹トレーニングをしない日は調子が悪い」といった経験の蓄積のこと

というあたりです。

 

もちろん、体幹トレーニングと称されるものを全否定するつもりはありません。

「体幹トレーニング」をやることによって、たまたまその人に不足していた何かが強化されて、上手くなったのかもしれません。実際、体幹トレブームの火付け役となった長友選手は、実際に体幹トレーニングによってプレーの質が向上したという感触を得ているそうです。

長友選手の場合は、「外国人選手に当たり負けしてしまうから、体幹を固定する力を強化することで当たり負けを防ぐ」という明確な目的があっての体幹トレーニングでした。決して「これをやるとうまくなれそうだから」という漠然とした理由で始めたわけではありません。

 

……というわけで、

「体幹トレーニングと野球の能力向上との関係は、厳密に科学的に(≠呪術的・印象的)説明することができますか?」

「その体幹トレーニングがどのようにして野球の能力向上につながるのか、合理的に説明できますか?」

「体幹を鍛える→野球がうまくなるに違いない、という印象だけでやっていませんか?」

というあたりを、一度考えてみる必要がありそうです。

少なくとも、盲目的に「みんなやっているから」というだけの理由で体幹トレーニングを続けるよりはマシです。

 

たとえば②:「ティーバッティング」

前項の「体幹トレーニング」とまったく同じ理由で、野球の定番練習であるティーバッティングにも「?」が付きます。

・「ティーバッティングをすることによって上手くなる」

のか、

・「上手い人はティーバッティングも上手い」

のか、よくわかりません。

 

実際、落合博満さんは「ティーバッティングは、投げ手の角度的に、引っ張り込むスイング=ファウルを打つスイングを身に付けてしまう可能性がある」と『落合博満 バッティングの理屈―――三冠王が考え抜いた「野球の基本」』のなかで述べています。(ちなみに、落合氏がその代りに勧めるのは『置きティー』)

 

もちろん、山田哲人選手が多種多様な11種のティーバッティングによって変化球の苦手意識を克服したという事実もあります。この場合も、長友選手の例と同じく「変化球に崩されることが多かったので、変化球に対応する力を向上させるために工夫してティーバッティングを行った」のです。

当然ながら、「たくさんの種類のティーバッティングをやると練習した気になれる」という理由で始めたわけではないはずです。

 

個々人にいま必要な練習というのはかなり異なっているはずなので、「上手い人がやっているから」というだけの理由で11種類のティーバッティングを始める……というのは正直「?」です。

 

たとえば③:「無茶な走り込み・投げ込み」

最後に、わかりやすい例として、昭和の時代の名物でもあった「むちゃくちゃな量の走り込み」について。

よく「昭和の投手はよく走った。よく投げ込んだ。そして故障しなかった。投げ込みと走り込みをたくさんやったからケガとは無縁だったんだ。それに比べて今の投手は…」ということを言う人がいますが、果たして本当なんでしょうか?

 

これもやはり、

「走りこんだから故障しなかった」

のか、

「故障しない頑丈な身体を持っていたから、過酷な走り込みをしても平気だった」

のか議論が分かれるところです。また、

「投げ込んだから故障しなかった」

のか、

「故障するような投げ方ではなかったから、投げ込めた」

のかわかりません。

 

大切なのは、あくまでも

・「理屈から言って分のある練習方法を採用する」

ことです。「この練習をすると、これこれこういう理由で上達する」という説明をきちんとすることができれば、一応の合格ライン。

 

ちなみに私は、野球の競技特性を考えると、ランニング・ダッシュ系のメニューは必須だと考えています。

野手ならだいたい一日20~30分のランニングと50m*10~15程度のスプリント、

投手なら一日30~45分程度のランニングと50m*15~20=だいたい合計750~1000m程度のスプリント。

だいたいこのくらいの量であれば、「速筋の遅筋化・筋量減少・筋力低下」というランニングのリスク(とされているもの)を回避しつつ、野球に必要な走能力・重心移動能力の向上等も最大限見込めると思われます。

ちなみに、初動負荷トレーニングでは「重心移動を先行させ、反射を起こして動作する練習」「合理的な走動作により神経・筋肉の機能が高まる」という理由でランニングをかなり多めに行っているとのことです(具体的なランメニューはわかりませんが)。

 

野球の競技特性からいえば、

野手であれば、

「ランニング・ダッシュを適度に行って走力を向上させる」

→守備範囲が広くなる、盗塁が決まりやすくなる、内野安打が増えて出塁率が上がる、下半身のコントロール能力が上がる、守備時に打球までの時間が短縮されて捕殺率が上がる、体重を適正範囲に保ってケガを防ぐ、重心を移動させる技能の向上、ランメニュー=有酸素運動で脳が活性化し新しい技術を覚えやすい状態になる

などの効果があります。

 

投手であれば、

「ランニング・ダッシュを適度に行って走力を向上させる」

→重心を移動させる技能の向上(→重心移動の力をメインエネルギーとする日本人投手には特に重要)、バントやボテボテの当たりを刺す確率が上がる、守備力の向上、下半身のコントロール能力向上によるケガ防止、下半身のコントロール能力向上による制球力の向上、ランメニュー=有酸素運動で脳が活性化し新しい技術を覚えやすい状態になる、体重を適正範囲に保って関節・筋肉のケガを防ぐ

といった効果があります。ダルビッシュ有投手のように、筋力向上に専念してランニングはしない、という選択肢もあるのですが、総合的に考えるとこちらの方に軍配が上がるような気がします。

 

なお、「長距離走者の足の運び方は、投手のステップ動作時の足の運び方と酷似している」と言っている人もいます。参考までに。

 

まとめ:「この練習をやると、これこれこういう理屈で上手くなる」ということを説明できない練習をやるのはあまり得策ではない

…というわけで、今回言いたかったのは以下の二つです。

・「それをやると上手くなる練習」と「上手い人にやらせると上手くできるもの」はまったくの別物。日本球界だとこの二つが混同されがち

・「この練習をすると、これこれこういう理由で上手くなる」ということを説明できないような練習をするのはあまりおすすめできない

 

個人的に、日本球界が世界一になるために必要なのは「知識」と「検証」だと思っています。

 

野球関係者の皆さん、日本球界の発展のためにも、もっと勉強しましょう。

ガリ勉を嫌っている場合ではありません。体育会系という殻に閉じこもっている場合でもありません。

 

「勉強も野球も両方できる」という、体育会系の新世代が登場してくれることを祈っています。

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