「知識があるから文章を書く」と「文章を書くから知識が入る」、どちらも一理あると思う

   

「知識があるから文章を書く」と「文章を書くから知識が入る」、どちらも一理あると思う

インプットの量もアウトプットの量も、どっちも大切だよね

「知識があるから文章を書く」について

自分よりも知識がない人の文章を読みたいと思いますか?

人間というものは、

「興味深い情報・役立つ情報を提供してくれる人の話」

は一生懸命聞こうとしますが、

「興味深い情報・役立つ情報を持っていない人の話」

はほとんど聞こうとしません。

 

これは読者の方のご自身の経験に照らしても「そうだな…」と頷いていただけると思います。

まれに「私は路傍の石ころからでも学んでみせるさ!」という気概を持っている人はいますが、それは圧倒的少数派のはずです。

ほとんどの人は、「自分が知りたいと思う情報」にしか興味を持ちません。

実際、人間の脳には生来、自分が関心のある分野の情報を拾ってくれるためのフィルター的な機能が備わっています(ex.野球に興味があるけど政治に興味がない人は、新聞を読んでもスポーツ欄しか目に入らないでしょう。三面記事は内容が素通りしてしまうはずです)。

 

「知りたい!」と思われる情報を出すには、知識量の多さが前提

その「自分が知りたいと思う」にはいくつか種類があります。

・性的な内容

・命にかかわる内容

・大きな音・衝撃など

・現在の自分にとって有益だと判断できる情報

etc

 

一番目から三番目までについては、言うまでもないでしょう。「性的な内容・命にかかわる内容・大きな音&衝撃」という組み合わせはハリウッド映画でもよく使われます。どの映画を見ても、だいたい冒頭の数分には衝撃的なシーンが入っています(エンタメ臭がきつい映画ほどそうです)。いわゆる「つかみ」ですね。

 

それはさておき、この記事で話題にしたいのは「現在の自分にとって有益だと判断できる情報を得たいときには、どうするか?」です。

答えは簡単で、「現在の自分にとって有益だと判断できる情報」というのは、たいていの場合「自分よりも知識量の多い人」からもたらされます。

 

たとえば、「日本政治の先行き」について知る必要があるなら、「日本の政治について、自分よりも詳しい人」に聞けばいい。脳科学について知る必要があるなら、「脳科学の専門家」の書いた本や論文を読んでいけばいい。野球のフィジカル強化法について知る必要があるなら、「栄養の知識・トレーニングの知識・生化学や生理学に詳しい人」から話を聞けばいい。

現在の自分にとって有益な情報を得たいなら、自分よりも知識を多く持っている人に聞くのが原則です。

逆に、「自分よりも知識の乏しい人」から話を聞こうとはなかなか思わないでしょう(ある程度知識量のある人が、「たまには知識のない人がするどいことを言ってくれるかも…」と期待してみることはあるかもしれませんが)

 

だからこそ、「ある程度の知識や経験や情報を持っているから、文章を書ける」と私は言いたいのです。

この場合の「文章」とは「人の役に立つ&読まれる」ことを前提にしています。読まれない文章を書いたって仕方ありません。

 

私の場合、野球の技術論やバイオメカニクス・トレーニング科学といった情報をウェブ上でよく漁りますが、

「この人は、私よりもはるかに少ない知識量・情報量・経験値しか持っていないな」

と判断したら、すぐにタブを閉じてしまいます。

 

繰り返しますが、

「現在の自分にとって有益だと判断できる情報」というのは、

たいていの場合「自分よりも知識量の多い人」からもたらされます。

自分よりもはるかに知識量・情報量・経験値が少ない人の書いた文章が参考になることは、ないことはないですが、やはりレアケースです。

 

そういう意味で、「知識があるから文章を書ける」は一理あると思っています。

 

しかし実は、この逆のパターンもあるのです。

つまり「文章を書くからこそ、知識が入ってくる」。

「文章を書くから知識が入ってくる」について

「文章に起こしてみる習慣」の効用

私はよく、「Googleドキュメント」や「Evernote」や「大学生協で売られている良い感じの大学ノート」に、自分なりの考えを文章やメモの形でまとめています。こんな感じです。

ほかにも、このブログ=「読書奴」にもある程度まとまった考えをポストしたり、北大野球部の選手に役立ちそうな情報などはどんどん文章化・マニュアル化して、部内に向けて共有したりしています。最近はTwitterのアカウントでも、野球をやっている人のために役立ちそうな情報をどんどん発信するようにしています。

 

ですから、文章のアウトプット先が6か所くらいあるわけです。

なぜこんなに多くのアウトプット先を確保しているのかというと、

・「文章を書くことが好きだから」

・「文章化したものが将来の生活の糧になるから」

というのも大きいですが、それよりも

1.「自分の頭の中にあることを文章化してじっくり考えてみることによって、新しい知識の吸収速度が上がるから」

2.「いったん文章としてアウトプットすることによって、より自分の考えが深まるから」

という効果を重要視しているからです。

1.文章化してみると、新しい知識の吸収速度が上がる

私の個人的な感想ですが、

「文章化してみる機会が多いほど、知識がどんどん入ってくる」

という感触があります。

 

というのは、

1.「なんとなくわかっていた気になっていたこと」が、文章にしようとすると意外と書けないことに気付く

2.「なんかよくわからなかったこと」が、文章にすることによってはっきり理解できる

3.「次はこのネタについて書きたいな」と思ったら、自分の脳が勝手にそのネタに関する知識を仕入れてくれる

4.記事を書いているとき、意外と「気になったものをその場で調べること」が多い

からです。

 

要するに、「文章を書こうとすることによって入ってくる知識の量」が思いのほか多いのです。

おそらく、しょっちゅう「文章を書く」という必要に迫られている評論家・小説家・作家といった人々や、論文をどんどん書かねばならない学者・研究者といった方々、あるいは大量のレポートを書かされる大学生も、この1-4の効果に預かっているのかなあと思います。

 

知識は「能動的に使う」と、どんどん入ってくるようになる

言い換えると、

「知識は、受動的にインプットすることも必要だが、能動的にアウトプットしてやることによっても獲得される」

のでしょう。

 

わかりやすい例を出します。

 

たとえば、「ある日突然地球に襲来した地球外生命体と人類が、ものすごい死闘を繰り広げる小説」を書きたいとします。

このような小説を書くとしたら、少なくとも以下のような知識が必要になるはずです。

・実際に地球外生命体がやってきた場合、各国の政府や軍・機関などはどのように反応するか? というシミュレーションが頭の中でできるだけの知識量・情報量

・地球外生命体がどのような生態・姿形・性格・傾向・技術力を持っているか? を構想できるだけの生物・宇宙に関する知識量

・作中に出てくるモノについての知識。銃火器(ミリタリー関連)やモノの名称、現象の名前や地名など

 

小説家というのは

「こういう小説を書きたい!」

と思ったら、ものすごい量の知識量を仕入れる必要があります。歴史作家やノンフィクション寄りの作家は特にそれが顕著です。たとえば、歴史作家としてあまりも有名な司馬遼太郎氏についての逸話で、

「司馬遼太郎が新作を書くとき、あまりにも資料を集めるので、神保町の古本屋街の相場が大きく変動した」

とまで言われています。一度に数百万円分の古書をごっそりと買って行ったとか…

 

完全に脱線ですが、私が「よく調べてんなー」と思った小説は、だいたい以下の通り。

村上龍さんの「半島を出よ」「五分後の世界」「ヒュウガ・ウイルス」、高野和明さんの「ジェノサイド」「13階段」、貴志祐介さんの「青い炎」「黒い家」「悪の教典」「クリムゾンの迷宮」、三島由紀夫氏の「金閣寺」「禁色」「豊穣の海」など…

どれも、本当に面白い「骨太のエンターテインメント」です。自信を持っておすすめします。

 

本題に戻ると、私は

「知識は、受動的にインプットすることも必要だが、能動的にアウトプットしてやることによっても獲得される」

と考えています。

インプットだけではかえって知識の吸収速度が下がると思いますし、逆にアウトプットだけでは中身が伴いません。

月並みですが、

「アウトプットに支えられたインプット」

「インプットに支えられたアウトプット」

が肝心なのです。

 

ただし、この情報過多社会ですから、たいていの人はインプットばかりでアウトプットが足りていない。

したがって、「アウトプットしすぎじゃないかと思うくらい、アウトプットする」と良いでしょう。

そのアウトプット先として、「文章化」を選択肢の一つに入れてみてください。べつに他人に見せる必要はありません。とにかく「文章化することによって、知識の吸収速度が上がる」ことを体感してほしいと思います。

 

おわりに

簡単にまとめます。

1.「知識が多いからこそ文章が書ける」

→人は、自分よりも知識の少ない(≒有益な情報を出せない)人からわざわざ話を聞こうとは思わない

 

2.「文章を書くからこそ知識が増える」

→文章という形でアウトプットしまくると、新しい知識がどんどん入ってくる

 

私事ですが、私は「2018/4/11-2019/4/11まで、毎日ブログを更新する」というノルマを設定しています。

ですから、これから毎日文章という形でアウトプットを続けていきます。

では、また明日お会いしましょう。

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