いまの知能のまま、小学生からやり直せたなら……『スターティング・オーヴァー』(三秋縋) その1

      2016/08/31

「そうだこれは夢なんだ 目が覚めたら自分は小学生で…」という妄想

今回は三秋縋の『スターティング・オーヴァー』。

人生で一度はする妄想に「いまの知能のまま小学生からやり直したい」というのがあります。

それを見事に描き切った作品。

こういうたぐいの妄想です。やったことあるでしょう。

 

・・・2ちゃん界隈から出て来た作家というのはそういう、「あるあるネタとしてはよく言われるけど、まだ作品としては出ていないアイディア」を上手に発掘できている気がします。日頃から面白いスレタイやあるあるネタに触れているからこそ、「その発想はなかった」と思う経験が多いからこそできる芸当でしょう。

 

なお、スターティング・オーヴァーとはビートルズの曲です。

「You can start over!」(またやり直せるさ!)という意味ですね。

ゴールデンスランバーといいこの作品といい20世紀少年といい、洋楽をモチーフにした作品というのは多いです。今の主力作家たちが学生のころに流行っていたものが、彼らのデビューによってリバイバルしつつあるんでしょうか。

 

陰キャを簡単に惹き込む方程式

・小説をよく読む疑いぶかいタイプの人間を簡単にひっかける方法

小説をたくさん読むようなタイプの人間には、当然ですが人間観察が趣味というタイプのやつが多いですね。

ならば、簡単に彼らの感情に訴えかけるには、その人間観察を二通りに利用してやればいい。

①人間観察が趣味であるという、あきらかに陰キャっぽい属性に対する引け目が必ずあるので、それをくすぐるような描写をする(自意識過剰な人間を登場させ、まわりの人間をさめた目で見させる)。

②人間観察をしないで生きている人々(リア充であればなおよし)によって、主人公の人間観察が看破論破され、陰キャは自らの劣位を明らかにされる。内心で見下していたり、または逆に尊敬している人によって「おまえ、卑怯だよ」とズバッと指摘されることはダメージがでかいんですね。主人公をそういう目に遭わせる。

この二つを同時にやってしまえば、主人公は、頑張る他人を醒めた目で見るという安全地帯、つまり自分にとって唯一のより所を失います。すると、自己を主人公に重ね合わせている読者(陰キャ)は、自分が否定された気になって怒りを覚える。と同時に、図星であることには間違いがないので、後には自己嫌悪が残る。これで小説の後味に苦みが加わるわけですな。朝井リョウの「何者」でも、まったく同じ手法が使われていました。陰キャ怒らせるならこれ。

これはウケるなと確信できるアイディアだけ使う

・(ネタバレですが)

このタイプの作品を作る作家は、「これは必ずウケるに違いない」と確信するまで作品を練り上げていくという特徴があります。したがって、特筆すべきアイディアが浮かばない限りは書きだしません。

今回特筆すべきアイディアとして考え出されたのは、

・「超絶リア充の主人公が、いまの知能のまま、小学生から生きることになった。しかし、落ちこぼれた上に、一周目の自分も存在していて、そいつは落ちこぼれた自分からすると上位互換だった。その上位互換は、一周目の自分の彼女と幸せそうに付き合っている」

でしょう。「2周目の人生で、知能はもとのままで、俺TUEEEEEEをやる」というのは誰でも考え付くアイディアですが、それにちょっとした捻りを加えることで、インパクトを出すことに成功しています。

こういう内容が本の裏の「あらすじ」に書いてあれば、嫌が応でも手に取らざるをえません。白状しますけれども私もその一人でした。

 

…これ以外にも『スターティング・オーヴァー』から学び取ったものはたくさんありますので、また機会を作り出して、皆さんにお届けしたいと思います。ぜひお楽しみにしてください。

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