コミュ障は治すな!! インターネットこそが「コミュ障の楽園」である

   

積年の恨みを爆発させます。レッツ・爆破。

「リアル」での内向的な人間の扱いはどんどんひどくなっている

いまの社会はおかしいんです!!!

ちょっと物申させてください。

現代日本において、いかに「社交的な人間」がもてはやされているかをちょっと考えてみましょう。

社交的な人間をバカにする単語って思いつきますか?

・・・パッと出てこないでしょう。せいぜい「八方美人」とか「脳筋」とかそのくらいでしょう。

ほらね。全然出てこない。社交的な人間イコール正義であり勝ち組であり望ましい姿と一般的に思われていることの証拠です。

 

では逆に、こんどは、「内向的な人間を馬鹿にするワード」をちょっと書き出してみましょうか。

陰キャ 無口 暗い キモイ 挙動不審 オタク キモオタ 何考えてるかわからない 不思議ちゃん ニート予備軍 無能 根暗 闇深そう はっきりしゃべれ 何言ってるかわからない コミュ障 ぼっち 友達いない人 スクールカースト最底辺・・・書いてて泣きそうになるのでここらでやめておきますが、ホラ、いくらでも出てくるじゃないですか!!!

 

外向的な人間をバカにする風潮は、はっきり言いましょう、ありません。

でも、内向的な人間はバカにしていいし、いくら揶揄してもいい。そうでしょう?

なぜこうなってしまっているのか?

なぜ、陰キャというだけで馬鹿にされなければならないのか?

なぜ、「爽やかで明るい体育会系」は体育館でひとりバスケしてるだけで「カッコイイ・・・//」と思われて、

なぜ「陰キャ」が体育館でひとりバスケしてるだけで「不審者が構内に侵入した」と放送されなければならないのか?

 

答えは簡単です。社会の過半数を「外向的人間」が握っているからです。

そしてそれをいいことに、「外向的人間こそが人間として望ましい姿である」という価値観が国民の間に植え付けられているからです。

皮肉なことに、インターネットが普及することによってよりその傾向が強まったようです。ネットという媒体のパワーによって、「ぼっち」「リア充」「陰キャ」「勝ち組」「負け組」といった区分は、より身近なものとして定着しました。「あいつはぼっち」「あの人はリア充グループ」というレッテルは、日本全国で、いまこの瞬間も絶え間なく貼られ続けています。

いまや「食堂でぼっち飯をするのが恥ずかしいから」という理由で、なんと若者の5人に1人が「便所飯」を経験したことがあるといいます。

じつに、嘆かわしい。

コミュ障たちは、いうなればアメリカ西部開拓時代のネイティブインディアン・あるいはタスマニア島の原住民と一緒です。圧倒的な数の暴力の前になすすべもなく打ちのめされ、踏みにじられ、悔しい思いをしながら泣き寝入りを強いられる被抑圧者なのです。

 

・・・しかし、愚痴っているだけではコトは前になど進みやしません。

 

「戦争反対!!平和!!」と叫んでも戦争がなくならないのと一緒で、

「リア充爆発しろ!!死ね!!」とボソボソつぶやいてもなにも変わりやしないのです。

 

では救いはないのか?

いや、あります。

インターネットがあるじゃないですか。いまあなた、使ってるでしょ。それ。

いまあなたがこのブログを見るために使っているインターネット、実は「内向的人間のパラダイス」であることを、知っていましたか?

 

インターネットでは内向的な人間こそが成功する

このコピペ、知っていますか? 2ちゃんねるの黎明期に貼られていたものです。

「自分の黒歴史を晒せ」というスレにて。

中学時代のパソコンの授業でインターネットを使った時
みんなが自分の好きな漫画や野球のページを見てる時に
自分だけこれみよがしに2chにつないでAAとかを周りに見せてたこと
しかも「このページって何?」って聞かれた時に「ヤバイ奴らの集会所みたいなもん」とか答えたこと
さらに友達に2chへの行きかたを教えるためにヤフーで2chって検索させて
でてきたリンクをクリックして2chのトップページが表示された瞬間に
そいつの耳元で「Welcome to Underground」ってささやいたこと

・・・耳の奥がなんとなくムズムズしてくるようなコピペですが、一理はあります。

インターネットと現実世界との間には、遠い距離があるのです。それこそ、光の当たる世界と、アンダーグラウンドの違いです。

なにせ距離が遠いので、現実世界で猛威をふるうリア充も、容易にインターネットでは活躍できません。

 

むしろ、インターネット上で成功するためには、内向的でないとダメな部分があるのです。

なぜなら、このインターネットでは「内向的な人が多数派」になっているからです。

ネットの多数派を占める人種の気持ちがわかる人間でないと、そこにいる人々にうまく呼びかけることができません。現実世界で傷ついた内向的な人々は、インターネットに「同志」を探し求めに来ているのです。傷のなめあいは、現実世界でやると「まーた陰キャグループが固まってるよ」と、一瞥もされませんから。

教室の隅で眠ったふりをしつづける人生・・・空しいもんです。

さらにいえば、インターネットに深入りするのは、外向的な人間にとってはまちがいなく「退屈な作業」にほかなりません。何時間もパソコンのまえでじいっと、自分から積極的に動かないで情報を受信し続けるというのは、外向的な人々のもっとも苦手とするところです。パソコンという動かないものを相手にするよりも、彼らは、活き活きとした友人たちと遊びに行きたいと思っていることでしょう。

もう一度言います。

内向的な人間の集団の中でいちばん成功できるのは、内向的な人間です。

もうひとつ。

インターネットではなんと、一切ほかの人とコミュニケーションをとらずとも大金を稼ぐことができます。

・Youtubeへの動画投稿(顔出しなしでもOK) ・Naverまとめへの記事投稿 ・「転売」 ・クラウドソーシングサービスの利用 ・アフィリエイト ・なにか面白いことをやる などなど・・・いくらでもやりようはあるのです。

現実世界でお金を稼ごうとすれば、ある程度のコミュニケーション能力が必要ですね?

どうしてもそこは避けて通れません。たいていのバイトには面接というものがあります。

それが「いらない」んですから、本当にありがたい。

ね、天国でしょ?

どれだけコミュ障であろうとも、ネットを使えばいくらでも稼ぎ口はあるんですから。

 

「リア充が弱者」の世界へようこそ

リア充がリア充たる最大の要因は「リアルに満足している」ことに違いありません。

かれらは、客観的に見れば大したこともない「自分の友達」のことを「濃いメンツ」と呼ぶことによってその人間的価値を水増しし、冷静に見ればただのブスでしかない「自分の彼女」のことを「サイコーの恋人💛」と表現することによって「自分たちこそが世界で一番幸せである」という満足感の砦に引きこもろうとしている、まさにコミュ障にとっては不倶戴天の敵なのであります。

だから、リア充がバカッターをやらかすとネットではあれほど徹底的に叩かれるのです。

 

リアルで何十年も踏みにじられ続けてきたぼっち・陰キャの怨恨・ルサンチマンはものすごいものがあります。

悲鳴を上げて燃え盛るツイッターから飛び出してきたリア充をなぎ倒したときの快感など、胸がすくような気持ちでしょう。

 

その意味で、このインターネットという世界はまさに、表社会・現実社会とはまったく異なる思想が支配している世界といえます。こっちの世界においては「リア充アピール→死ね」なのです。「ベトコン→死ね」「資本主義の犬→粛清」くらいのテンションでぶっ叩かれるのです。

 

まとめ

今回この記事を書こうと思い立ったのは、そもそも「陰キャ」というワードが自分の周囲の人間の口から何度も何度も発せられていることに気づいたからです。

べつに、怪しげな情報教材へのリンクへと誘導はしませんし、無料のメルマガに登録しようなんてことも言いません。ただ「いまの社会で、コミュ障は不遇すぎるだろ」と思ったからです。「コミュ障は自己責任」じゃありませんよ、倫理的には。明らかに本人の意思とはかかわりのないところで「コミュ障化」は進行するんですから。絶対貧困から抜け出せるひとがいないのと一緒です。

今回この記事を読んで感じ取ってもらいたいのは、「現実世界で成功できなくても、インターネットがまだあるじゃないか」という「残機を2にする」感性です。

べつに就活失敗しようが受験失敗しようが職を失おうが「どうでもいい」んですよ。いまの時代インターネットは誰でもタダで使えますから。家がなくてもなんとかなるし、金がなくてもなんとかなるし、食い物は他人に分けてもらえばいい。いくらでもやりようはあります。命だけ失わなきゃチャンスはいくらでも巡ってきます。

この記事を見て、インターネットで稼げるんだということを知っていただけりゃ、それだけでもう幸いです。

ありがとうございました。では、グッド・ラック。

 

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