「意識」と「無意識」を上手に使い分けると、勉強がとてもはかどる

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「意識」と「無意識」を上手に使い分けると、勉強がとてもはかどる

意識と無意識を使い分けるメリット

自己啓発界隈では、よく「無意識」とか「潜在意識」といった言い方をします。

「人間の無意識はすごい」とか「潜在意識の力を使えば成功できる」とか。

聞いたことがある人も多いと思います。

 

でも、

・「具体的に、無意識と意識をどう使い分けるのか?」

・「無意識と意識との違いとは何か?」

・「無意識と意識を使い分けるとどういうことができるのか・どんなメリットがあるのか?」

まで考えたことのある人というのは意外と少ないんじゃないか? と思います。

今回は、それを考えてみましょう。

 

そもそも「無意識」ってなんだ?

さて、まずは「無意識」という言葉の意味をはっきりさせておく必要があります。

 

一応定義を試みてみると、無意識とは…

無意識とは:人間の脳(=心)のはたらきのうち、「意識していないことすべて」を無意識と呼ぶ

と言葉で説明できます。しかしながら、これだと説明になっているような、なっていないような…

「人間の脳(心)のはたらき」は、まだわかります。精神的活動全般・脳が指令して行われるor起こるものすべてを指すのでしょう。

 

でも、「意識していないこと」の「意識」とはそもそも何なのでしょうか?

意識云々というのは、かなり哲学的に深遠なテーマのようですし、何より抽象的で、意味が漠然としすぎています。そこで、とりあえず「無意識・意識を論じるためにやりやすい形で『意識』という言葉を定義してみる」必要があります。

 

さて、私なりの定義では、

意識とは「志向性・指向性を持つこと」=つまり、ある対象に向かって注意を向ける

ことが第一義です。

(ということは、注意を向ける対象がない場合はそもそも意識は生じません。

たとえば「意識不明状態」とは、現実の物理空間に注意が向けられない状態を指します。ただし、外部から見て無反応でも、本人の内的世界に注意が向いている場合はあります→ex.臨死体験)

 

……小難しい話になりましたが、要は

「意識=注意を向けること」

であり、ということは、

「無意識=注意を向けないものすべて=意識していないものすべて」

と表現できます。

 

たとえば、自分がPCに向かって文章を打ち込んでいるとすると、

・意識:注意が向いていることすべて → パソコンの画面と、自分の頭の中

・無意識:意識が向いていないことすべて → 座っている椅子の感触、体の感覚、周囲の雑音、流しているBGM、パソコンの画面以外の風景、「原稿を書くために必要な脳領域以外全て」、明日の天気、今日の晩ごはん、心臓の動き、未提出のレポート課題 など

というふうに区別できます。

もちろん、「なんか座り心地が悪くなってきたな」ということに注意が向けば、「座っている椅子の感触」は無意識の領域から意識の管轄へと移動することになります。逆もしかりで、座っている椅子の感触に注意が向いている間はパソコンの画面から注意が外れているので、「パソコンの画面」は意識の領域から無意識領域へと移動します。

 

あくまでも「意識=注意を向けていること」「無意識=注意が向いていないことすべて」です(意識と無意識は排反の関係)。

そこで、以下この定義を使って話を進めていきます。

 

意識と無意識をくらべてみると…?

「意識=注意を向けていること」

「無意識=注意が向いていないことすべて」

と定義しましたが、ここでちょっと考えてみてほしいのです。

 

「意識」による情報処理と「無意識」による情報処理とでは、どちらのほうが情報処理能力が高いでしょうか?

 

答えは明らかで、先ほどの例でみてみると、

・意識:注意が向いていることすべて → パソコンの画面と、自分の頭の中

・無意識:意識が向いていないことすべて → 座っている椅子の感触、体の感覚、周囲の雑音、流しているBGM、パソコンの画面以外の風景、「原稿を書くために必要な脳領域以外全て」、明日の天気、今日の晩ごはん、心臓の動き など…

このように、「トリプルスコアで無意識の圧勝」です。

しかも、無意識の方は最後に「など」と書いてありますので、本当はもっともっと多くのことを同時に処理しています。意識と無意識を比べてみると、明らかに無意識のほうが圧倒的な情報量を処理できるのです。

 

なぜこうなるのかというと、無意識には「並列度に優れており、同時にいくらでも並列的に情報を処理できる」という特性があるからです(逆に、意識が同時に処理できるのはせいぜい2-3つです)。

そもそも、脳にある神経細胞の数は「大脳で数百億個、小脳で1000億個、脳全体では千数百億個」とされています。それらの神経細胞間には無数のシナプス結合が存在するので、もともと「超分散的・超並列的」に情報処理を行うことが可能なのだ――と言われています。脳は構造からして、もともと直列的な処理よりも並列的な処理が得意なのです。

 

この「情報処理能力:無意識>>>>意識」は、以下のような日常的体験からも実感できるでしょう。

・「家を買いたい」と思い始めた人の目に、これまで全く気が付かなかった家販売の広告などが急に飛び込んでくる。世の中にはこんなに家の広告があったのかと思ってしまうくらいに。

→無意識レベルで「家に関する情報を拾おう」という動きが起きている

・ずっと考え続けていた難問の答えが、ある時ふとしたきっかけで突然ひらめく。

→意識レベルでは考え続けていなくても、無意識レベルでは考え続けていた。

・ずっと忘れていた提出物を、締め切り直前になって突然思い出して、慌てて終わらせる。

→意識レベルでは考え続けていなくても、無意識レベルでは考え続けていた。

・難しい課題が出てウンウン唸ったが結局わからなかったが、一晩寝て朝になると不思議と解決策が浮かんでいる

→寝る前の意識的な取っ組み合いで無意識にスイッチが入り、寝ている間に無意識が処理してくれた。

など。どれか一つくらいは、皆さんにも心当たりがあると思います。

この例からわかるように、無意識の特性としては、「並列的である」ということ、そして「意識が休んでいる間でもずっと働いてくれる」ということが挙げられます(私が思うに、無意識の力というのは過小評価されすぎで、逆に意識の力が過大評価されすぎていると思います)。

 

……ただし、このように無意識は並列処理が得意=情報処理能力が高い ですが、あまり「難易度の高いもの」を考えるのには向いていません。逆に、意識は直列処理が得意=情報処理能力は低い 代わり、「難易度の高いもの」を考えるのに向いています。

たとえば、試験の時などは無意識が完全に解いてくれるわけではなく、肝心なところや、本当に難易度の高いところだけは意識的に考えることになります。このとき、勉強が得意な人であれば、「意識に難易度の高いところを処理させながら、無意識のほうには難易度の高いところ以外を一気に並列で処理させ」ます。イメージとしては、意識レベルで「よし、無意識くん、これとこれとこれとこれ(いくつでもOK)を処理しておいてくれよ」と頼んでおくイメージです。

 

意識と無意識の違いをまとめると、だいたい以下のようになります。

意識 比較項目 無意識
人間の集中力の限界は15分-90分などと言われる 集中力 24時間365日フル稼働
多くて2-3つ 並列度  実質的にいくらでもいける
難易度高いものでもOK 扱えるものの難度 難易度の比較的低いものだけ扱える
高速化可能だが、けっこうエネルギーを持っていかれる 高速化の余地 比較的簡単に高速化・ブーストできる。比較的簡単に高速化・ブーストできる。普段の生活習慣やゴール設定でかなり変わる。瞑想・音読・運動などでも活性化する
直列処理メイン。単純な速度で稼ぐ 情報処理形態 並列処理メイン。並列度で稼ぐ
スイッチは起きている間ずっと入っている スイッチの入れ方 意識レベルで「これを処理しよう」と決めると動き始める or 「まだ意味がわからないものを毎日インプットされる」と動き始める

 

では、このような「無意識と意識の特性の違い」をどのように実際の生活や勉強に活かせばよいのか?

実例を挙げながら考えていきましょう。

 

実例でみる:「意識にまかせる⇔無意識にまかせる」を使った勉強法

勉強のときは「意識的な勉強3割:無意識的な勉強7割」くらいがいい

試験勉強でも受験勉強でも趣味の勉強でも、「学習のペースは、できる限り早い方が良い」はずです。

そして、「学習ペースを高速化する」ためには、

「意識と無意識を上手に使い分けながら勉強する」ことが大いに役立ちます。

 

勉強で「意識と無意識の使い分け」をしてみる

具体的には、以下のようにやります。

 

意識を使って、無意識に「これを処理しておいてね」とお願いしておく。つまり、「○月○日に△△の試験があって、自分はそこで素晴らしい成績を収めているはずなので、無意識くんよろしくネ」とはっきり意識しておく。

「詳しくなりたい分野に関する本を10-20冊程度集めて、それを10分でサーッと読み切る」を毎日続けることで、無意識の活動を促す具体的には「書名→目次流し読み→中身パラパラ→(あれば)索引・用語集流し読み」を繰り返す。たとえば、「高校~大学教養レベルの理系科目に詳しくなりたい」なら、以下のように本を揃えて(借りてきても可)、それを毎日10分かけてパラパラとめくって読む。もちろん、じっくり読みたくなったらそのまま読んでも良い。

毎日読むことによって、

①無意識に「なんだこれ、わからない知識が毎日インプットされる。気持ち悪いぞ。処理しなきゃ」と活動を促す

②用語や概念・考え方に慣れていく。記憶への定着効率が上がる

③教科の全体像を「なんだ、こんなもんか」と思える。「こんなもんなら、自分はできて当然だな」と思えてくる

という効果が期待できます。また、これをやらない場合と比して数倍の学習速度が得られます。無意識の情報処理能力はものすごいんだな~と実感できることでしょう。

 

「どうしても達成したい・考えるだけでびびりあがるくらい高いゴール」を設定して、「そのゴール達成のためにはこのくらいの勉強はできて当然だよね」という思考回路を構築する。たとえば「地球が滅んだ時のために、宇宙の他の星に人類が植民できるようにする」とか。

勉強そのものに関する高いゴールを設定する。たとえば「数学を極めたい」とか「すべての学問を極めたい」とか。

 

…無意識と意識を使い分ける際の注意点としては、

・意識的に「がんばらなきゃ」と思うのはおかしい。努力感が出ること自体が無理をしている証拠であり、本来であれば「ただひたすら夢中になってやっている」境地こそが合理的

・無意識レベルではたらきかけてやれば、「がんばらなきゃ」とすら思わない。息を吐くように勉強するようになる。勉強していないときでも無意識の処理ができるようになる。理想の境地は「机に向かう時間は極端に少ないのに、学力・知識量はグングン伸びていく」というもの

ということです。

 

勉強にがんばり感など本来必要ではありません。

よく言われるように「脳は、<やらされる>ことが大嫌い」であり、がんばり感≒やらされ感 と言えます。

努力感と結果は反比例する、というのが私の実感です。日本ではなぜか「苦痛の対価=結果」だという考えが根強いですが、どう考えても「やらされてやった・やらなければならない勉強<<<ひたすら夢中になってやっている勉強」です。

 

DSにはまり込む子ども・ソシャゲに課金しまくるガチ勢のように勉強する、

あるいは息をする・食事をするくらいのテンションで勉強にのめり込むというのが理想である、

と私は考えています。

 

この没頭を生み出すには、上述したような方法で無意識レベルにはたらきかけて「勉強はやって当然・やらないと落ち着かない」という状態を作り出すこと……こそが最も適した方法だと思われます。

このような方法でやっていると、結果的には「無意識による勉強=7割、意識を使ってやる勉強=3割」くらいの比率になるはずです。

ちなみに、無意識を使えるということは超並列分散処理ができるということでもありますから、物理的な時間限界が来ない限りは何教科にでも詳しくなれるはずです。何か国語もしゃべることができる人や、何科目かでPh.Dを取得している人は無意識をうまく使っているのでしょう。

 

おわりに:無意識のはたらきをブーストさせるためには?

今回の記事では「無意識と意識の違い」「無意識と意識の使い分け方・実際の事例」を紹介しました。

まとめると以下のようになります。

「意識=注意を向けること」

「無意識=注意を向けないものすべて=意識していないものすべて」を指す。

 

意識と無意識の違いを比べると以下のようになる。

意識 比較項目 無意識
人間の集中力の限界は15分-90分などと言われる 集中力 24時間365日フル稼働
多くて2-3つ 並列度  実質的にいくらでもいける
難易度高いものでもOK 扱えるものの難度 難易度の比較的低いものだけ扱える
高速化可能だが、けっこうエネルギーを持っていかれる 高速化の余地 比較的簡単に高速化・ブーストできる。比較的簡単に高速化・ブーストできる。普段の生活習慣やゴール設定でかなり変わる。瞑想・音読・運動などでも活性化する
直列処理メイン。単純な速度で稼ぐ 情報処理形態 並列処理メイン。並列度で稼ぐ
スイッチは起きている間ずっと入っている スイッチの入れ方 意識レベルで「これを処理しよう」と決めると動き始める or 「まだ意味がわからないものを毎日インプットされる」と動き始める

 

また、無意識と意識を使い分けて勉強するには以下のような方法が推奨される。

 

意識を使って、無意識に「これを処理しておいてね」とお願いしておく。

「詳しくなりたい分野に関する本を10-20冊程度集めて、それを10分でサーッと読み切る」を毎日続けることで、無意識の活動を促す

「どうしても達成したい・考えるだけでびびりあがるくらい高いゴール」を設定して、「そのゴール達成のためにはこのくらいの勉強はできて当然だよね」という思考回路を構築する。

勉強そのものに関する高いゴールを設定する。

 

このような方法を駆使すれば、無意識レベルで勉強への注意が向くので、

「まるで努力感がないのに勉強がサクサク進んでいく」ようになる。

 

この方法は特に、

「勉強のモチベーションが上がらないなー」と悩んでいる人や、

あるいは、そのモチベーション低下を打破しようとしてカフェインを摂ったり勉強のご褒美を設定したりキッ○カッ○を山のように食べたり人生の名言集を読んでみたりしているが、いまいちやる気が出ないなーと思っている人におすすめです。

そもそも「モチベーションややる気が出ない」「勉強にご褒美が必要である」ということ自体がおかしいのです。そのような「意識的な頑張り」「やる気やモチベーション」は長く続くものではありませんし、そういう無理のあるやり方では無意識も大して活動しませんので効率的とは言えません。結果もあまり出ないはずです。理屈から言って不合理なので、当然といえば当然です。

 

無意識をうまく使えば、「勉強=娯楽」「学問=ご褒美」「学習=趣味」「息をするように勉強する」くらいの変態になれます(私はこちらのほうが自然だと思っていますが)。そういう境地に達した人にとっては、東大受験だろうがどんな難関資格だろうが「得点を競いあう楽しいゲーム」に変わることでしょう。

 


 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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