もはやコミュ障は「不治の病」ではない! 「コミュ障って音読で治るの?」という質問への回答 前編

「コミュ障って音読で治るの?」という質問への回答 前編 答え:「音読でかなり良くなる。さらに、ほかの方法と組み合わせることによってもっと良くなる」 2ちゃんねるによく「コミュ障・ADHDなどが音読で治った」というスレが立つ事実 私はよく、「音読」に関する情報を2ちゃんねるで収集するのですが、 そのなかでよく「コミュ障やADHDなどが音読によって改善された」という趣旨のスレッドが立ちます。   たとえば、こんな感じで。 【衝撃】高速音読を始めて6ヶ月で劇的な変化が起きたwwwwww 【朗報】ランニングと音読をした結果 → コミュ症が治ったったwwwwwwwwwww 毎日30分朗読した結果wwwwwwwwwwwww わざわざ音読のステマをするためにスレッドを立てたとも思えませんから、これは実際にあった話なのでしょう。   人によっては、コミュ障は音読オンリーで完治する 実際、 「みんなに比べて頭の回転が遅いせいで、コミュ障になっていた人」 つまり、人間不信や自己嫌悪を伴わない軽度のコミュ障ならば、 音読だけで劇的に改善する可能性が高いといえます。   というのは、このブログでさんざん申し上げているように、「音読は頭の回転速度を上げる」から。 「音読で頭の回転が遅くなる」というのは絶対にありません。 やればやるほど脳のスピードが上がっていきます。 特に、自分の限界速度を更新することだけを目的とした「高速音読」「ハイスピードツイート・リーディング」を毎日の習慣にしてしまえば、 ひと月もすれば「おおおっ!?」と感じるような劇的な効果が出ます。 https://kuritoritarou.com/post-1446/ この記事にも書いた通り、音読の限界速度が上がるにつれて、 どんどん「人と話すときの頭の回転速度」もアップしていきますから、 必然的に軽度のコミュ障は改善されます。   頭の回転さえ速くしてやれば、 自分の伝えたいこと、相手が考えていること、自分が言ったら相手がよろこぶであろうこと、 話のオチ、適切な相槌といったもろもろの反応を難なくこなせるようになります。   そしてそのうち 「以前と違って、人と上手に意思疎通ができる自分」 に変わったことを確信し、 そのまま軽度のコミュ障を卒業していくのです。 そこからもっともっと頭の回転速度を上げていくと、 かつては「こいつら頭の回転速過ぎだろ・・・」と雲の上に見ていた人々と、 いつの間にか同じレベルになり、そしてついには 「あ、これ自分のほうが頭の回転速くなっちゃったんだな…」 と思う時が来ます。   普通は、そもそも頭の回転速度を上げるという発想もありませんから。   音読がどうしてコミュ障に効くのか? ついでに、音読がなぜコミュ障にピンポイントで効くのかというメカニズムにも触れておきましょう。   まず、 ①コミュニケーションをするとき、脳の中では主に「前頭前野」「言語野」「聴覚野」「視覚野(表情を読んだりアイコンタクトしたりする)」がはたらきます。 そして、 ②脳は、よく使うところを発達させていくという可塑性を持ちます。 さらに、 ③音読においては、「前頭前野・言語野・聴覚野・視覚野」が活発に使われます。   ②と③より、 ④「音読は、『前頭前野・言語野・聴覚野・視覚野』を発達させる」とわかります。   この④と①からすると、 「音読をすれば、コミュニケーションに必要な脳の部位が余さず鍛えられる」という結論になります。 だから、音読はコミュ力向上にこれほど見事に効くのです。   なお、もしこの「どのようにして音読は脳にいい影響を与えるのか」というテーマについてもっと詳しく知りたいのであれば、 ぜひ以下の記事を参照してください。詳しく説明してあります。 http://kuritoritarou.com/post-1385/     重度のコミュ障は「音読だけ」では治らないが、「ほかの手段もあわせてやる」ことによって治る ただ、「人と接すること自体が苦痛である」というタイプのコミュ障の人は、音読だけでは完治はしないと思います。 これを、便宜的に「重度のコミュ障」と名付けましょう。   重度のコミュ障の人にとっても音読は「助け」「支え」にはなりますし、能力も間違いなく向上しますが、 それでも「音読によってコミュ障が完治する」ことは考えにくいのです。   なぜなら、 「あなたの脳にとって、 コミュニケーションという行為=『苦痛』 になっているから」 です。   脳は、気持ちいいことだけをやろうとします。 いやなことは一切やろうとしません。   あなたがもし重度のコミュ障なら、あなたの脳にとって、他人とのコミュニケーションとは「やりたくないもの」なのです。 だからこそ、 あいさつされただけで 「うわっ!ヤバい!ぼろが出る!あいさつうまく返せなかったどうしよう」 と恐怖を感じ、   先生が「じゃあグループワークしましょう。四人一組になってください」と言えば 「どうしよう。ぼっちになってみんなに笑われるに違いない。やだな、嫌われたくないな」 と感じてしまう。 すでにあなたの脳は、ありとあらゆる手段を使って、「コミュニケーションは悪である、やりたくない」という哲学を作り上げてしまっているのです。 どう考えても、「やりたくないものを無理やりやろうとする」のは精神衛生上よくありません。 自分の精神状態を守るためにも、あなたの脳は「コミュニケーションをしない」という選択をしているのです。   ただ、非常に困ったことに、社会はあなたを中心にしては回ってくれません。   いくら現在のあなたにとっては「コミュニケーション=苦痛=やりたくない」であっても、 あなた以外の人間が構成している社会は容赦なく 「コミュニケーションできない人間はクズだ! 使えない! 無能だ! バカ! 雇ってやんない!」 と責め立ててきます。   そういった社会による責めをガン無視できる人(=社会に全く無関心な人)はいいのですが、 たいていの人は、ほかの人と良好な関係を築けない自分自身に対して否定的な感情を抱きます。 そういった自己否定に陥ることによって、さらにコミュ障が悪化し、 しまいには「社会不適合者」といういやなレッテルを貼られる羽目になることもあります。   そう、長期的な視点で見れば、「コミュニケーションができないこと」は、 「人間としての楽しみがひとつ減ること」を意味するのです。   そういうわけで、 もしあなたが心底「コミュ障のままでいいや」と思えるなら話は別ですが、 本当は、多くの人が「なんとかして自分のコミュ障を治したい」と思っているのです。   ですから、私がきちんとここで「こうやればコミュ障は治りますよ」という方法を提示する意味は大いにあると思います。   音読以外の「ほかの方法」っていったい何? では、音読以外の方法でいったいどうやってコミュ障を治すのでしょうか? 音読以外の「ほかの方法」とはいったい何でしょうか?   私は、音読以外に、以下のアプローチを提案します。 コミュ障を改善したいと思う人のための、現段階で最善の方法 ①脳を物理的に変えること →運動、食事、瞑想(、音読) ②脳を情報的に変えること →苫米地式コーチングを学ぶ、瞑想、生活の中での改善 ①と②を、長期間じっくりと行う。   なお、現在の精神科でよく行われている認知行動療法やカウンセリングといった対処法は②に、 栄養療法・投薬治療などは①に該当します。   では、以下でそのおおざっぱな中身を見ていきましょう。   ①脳を物理的に変えてやる 人間の脳というのは、 「物理レベルで見れば、物質のかたまりが化学反応・電気活動を行っているもの」です。 脳のなかの血流の流れを解析することで脳がどのようにはたらいているのかがある程度わかりますし、 神経伝達物質の出方いかんによって、心が穏やかになったり荒波立ったりします。   さらに、脳と体は物理的にかかわっています。 脳は体のなかの一器官ですし、 内臓の機能が衰えれば脳に間接的なダメージが行きますし、 体が衰えれば脳もそれに引きずられて衰えます。   つまり、 「体を操るのは脳」なのですが、 「脳に影響するのは体」でもあるのです。   このような「物質としての脳」=物理レベルの脳 という側面を上手に生かせばいい。 つまり、脳を物理的に変えてやれば、実際の行動も変わっていくじゃないか、と考えるのです。   運動 運動によって脳は物理的に変化します。   簡単な例でいえば、たとえば 有酸素運動を○○分行っている人は、脳の神経細胞が成長しやすくなる(BDNF等) 毎日ジョギングをしている人は、脳の中のワーキングメモリー(前頭前野46野。一時的に記憶を保管する場所)が鍛えられる 筋力トレーニングを行っている人は、テストステロンやセロトニンやドーパミンが出やすい といった例があります。   もっとわかりやすくいえば、 「野球部やサッカー部は、基本的にうつになりにくい」 「大企業の社長は、けっこう運動好きな人が多い」 「スポーツができる人は頭の回転が速い」 「欧米の企業のエグゼクティブたちは、毎日のトレーニングを欠かさない」 ということです。   こういった「運動によって脳が変わること」を生かせば、あなたの脳を物理的に変えてやることができます。 脳を物理的に変えてやれば、「落ち込みにくい脳になる」「回転が速い脳になる」といった良い結果を得ることもできます。   実際、2ちゃんねるでもしばしば「毎日ランニングと音読したらコミュ障がよくなった」といったスレッドが立ちます。 脳は、運動によって物理的に変性させてやることができるのです。     【後編に続く】   【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る

もう凡人はやめにしないか?「読書し続けること」があなたの絶対的な”強さ”になる7つの理由 後編

「読書し続けること」があなたの絶対的な"強さ"になる7つの理由 後編   (前編はこちらです!)   メリット4 とりあえず自分の好きな本を読むだけでも、成長し続けることができる 日本人の努力観というのは、基本的に 「苦しい努力を投げ出さずにやる人だけが成功できるのだ」 「いまあなたが成功しそうにもないのは、苦しい努力を避けているからだ」 というものです。   でも、本当は違います。 どう考えても、「苦しい努力をやっているとき」よりも、 「自分がやりたくてやりたくて仕方がないことをやっているとき」 のほうが、人間の脳はフル活動するのです。   なぜなら、人間の脳にはもともと 「強制されたことはやりたがらない」という性質があるからです。 たとえば、これから勉強しようと思った矢先にお母さんから「勉強しなさい!!!」と怒鳴り付けられれば、 誰だって勉強する気が失せます。 こんな思いはしなくていい   その点、読書は本質的に「好きなものだけを読んでいればいい」。 好きじゃない本を読むのは辛いし、頭に入ってきません。 逆に、自分の興味のあるテーマの本を読んでいるときはとても楽しいでしょう。 読書というのは、そもそもが「読みたいものを読む」ものです。 だから楽しくて当然なのです。   あらゆる本には多祥なりとも「あなたが知らなかったこと」が書いてありますから、 「とりあえず毎日、なんとなく自分の好きな本を読んでいる」だけでも、 人間は成長します。勝手に知識が増えます。 読書というのは、実に「わがまま」が通用するのです。   しかし世の中には、こんなことを言う人もいます。 「読書より実践が大事! 読書だけじゃ頭でっかちの使えない奴になるぞ!」 ・・・実践が大事だというのは、確かにその通りです。   でも正直、 「読書をしているうちに、そのうち、かならず実践してみたくなる」 というのが本当のところです。   たとえ引き込もっていても、 本を読んでいれば、必ず「自分が読書で学んだことを、社会のなかで活かしてみたい」 という気持ちが芽生えてきます。 ニートだろうが引きこもりだろうが、本を読んでいれば、 いつかはかならず「このままじゃだめだ!!」と一念発起するときが来ます。   本を読む → 成長する → 成長した分を試してみたくなる! のです。   ライトノベルだろうがビジネス書だろうが人文書だろうが科学書だろうが、 とりあえず自分の好きな本さえ読んでいれば、自分という存在はかならず成長していきます。 この「好きなことをやっていればいい」というのが、読書のすごいところです。   メリット5 読書をすると、本当にすごい人から一目置かれる 「読書をしない奴はうすっぺらい」と言われます。 あるいは、 「読書をすればするほど人間としての深みが出てくる」というのも聞きます。   その理由は前項までに述べてきた通りなのですが、   読書をたくさんしていると、   1.話題の引き出しが増えていく! 2.自分の得意な分野ができる!   ので、圧倒的な読書量をこなす人は、 単純に「おもしろいことを知っている・考えている人」になります。 これだけでも一目置かれますね。   さらにうれしいことに、 圧倒的な知識量のある人ほど、知識間の化学反応が起こりやすい。 クリエイティビティとは、とどのつまりが「知識と知識との新しい組み合わせを作り出す能力」ですから、 読書をすればするほど、「おもしろいことを考える人」になっていきます。 「読書をすると頭が固くなる!」というのは、それ自体が頭の固い意見です。   おもしろいことを発信できる人ほど、周囲からは一目置かれます。 そして、 すでに活躍している「本当にすごい人」からも、 「こいつなかなかおもしろいことを言うじゃないか」と評価されます。 現時点で相当な影響力を持っている人に目をかけてもらうことができれば、ブレイクのチャンスもめぐってくるでしょう。   「将来、みんなに一目置かれるような人になりたい」と願う人にも、読書はうってつけなのです。 読書をし続ける人が一生凡人のままで終わる、ということはありえません。   メリット6 読書をすると、情報を発信する側の人間になれる 現代日本人がどれだけの読書をしているか、データをご存じでしょうか? 文化庁の「国語に関する世論調査」は、全国の16歳以上の男女3000人を対象に実施。電子書籍を含む読書量の変化などについて今年3月にアンケートを行い、集まった回答を半年かけて分析した。 それによると、マンガや雑誌を除く 1カ月の読書量は、 「1、2冊」と回答したのが34・5%、 「3、4冊」は10・9%、 「5、6冊」は3・4%、 「7冊以上」が3・6%だったのに対し、 「読まない」との回答が最も多く、47・5%に上った。   さらに、「学問の徒」であるはずの大学生の読書量はこちら。   2014年2月26日に公表された「第49回学生生活実態調査」の概要報告によると、 調査に協力した全国の国公立、私立大の学部学生8930人の1日の読書時間は平均26.9分で、同じ方法で調査している2004年以降最も短くなった。読書時間ゼロの学生は40.5%に達したという。 ... 「最近見た、最もショッキングな数字は、大学卒業までに読むテキストの量の日米比較で、米国の大学生は4年間で400冊読むのに対して、日本の大学生はわずか40冊しか読んでいないということらしいです」と述べている。(J CASTニュースより)   一般人は47%、大学生は40%が「一ヶ月に一冊も本を読まない」のです。   非常に残念ですが、 この本を読まない40パーセントの人々は、間違いなく一生に渡って 「賢い人たちによって搾取され続ける」人々です。   「読書しない人々」というのは、知能の向上を放棄した人々ですから、 日々不満を垂れ流しながらも、自分でその状況を打開しようと行動することなく、 本当に賢い人々が作ったシステムのからくりに気づくこともなく、 好きなだけ金と労働力を搾り取られて一生を終える運命にあります。   逆に、本を読む習慣のある人は、 「情報を発信する側に回ることができる」 「ルールを作る側に回ることができる」 「消費ではなく、生産によって多額のお金を得ることができる」 可能性がグーン!と上がるのです。   上記の調査によると、 だいたい、「月に3~4冊読め」れば、それだけで全人口の上位10パーセントに食い込むことができます。 上位10%といえば、おそらく「そこそこ大きな企業の正社員」「公務員」あたりでしょう。   日本を操るレベルの人々は人口の上位1%くらいでしょうから、 本当の意味で「情報を発信する側」(つまり、自分でなにかを出版したりすること)に回りたいのであれば、 「月に10冊」は最低限でも読みたいところです。 三日で一冊のペースですから、頑張れば誰でもいけるレベルです。   こういった「月に○冊読めば、全人口の上位○パーセントに入る」という情報を踏まえながら日々読書していけば、 「自分は情報を発信するレベルにいるのかどうか」もはっきりわかってきます。   さらには、ある程度本を読んでいくうちに、 「あれ、自分ってこのテーマで本書けるんじゃないか?」 という感触も得られます。   「ただなにも考えずに、手元にあるスマホでニュースサイトやまとめサイトをだらだら見ている」よりは、 「自分が情報を発信する側に回ってやる」ほうが、楽しいし、儲かることは間違いないと思うのですが、 あなたはどう思いますか?   メリット7 読書をすると、人生が楽しくなる いちばん伝えたいのは、結局これです。   「読書って、めちゃめちゃ楽しいぜ!!!」   ということ。   まず第一に、これまでさんざん述べてきたようなメリットを、思う存分享受することができます。 読むだけで頭が良くなり、知識も増え、社会の上層に入ることができる。 これだけでも最高じゃないですか。   そのうえ、読書はそれ自体が「楽しい」。   小説や詩を読んでいるとき、人間はみずからの想像する力を活用して、異世界に旅行することができます。 イメージの力が強ければ強いほど、小説・詩のなかの情景描写を臨場感豊かに体感することができます。 感動したり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、共感したり。   小説ではない、科学書や学術書といった本を読むのも楽しいですよ。 この世界はどういうしくみで動いているのか。 この世界ではどんなことが起こっているのか。 ふつうに暮らしていては決して見えないものを見ることができます。   しかも、読書というのは、 「一生かかっても消費しきれない豊富なコンテンツ」 が揃っています。   大型書店に足を運んだことのある人なら、わかるでしょう。 自分が一生かかっても決して読みきることができないような膨大な情報が、 「本」というメディアのなかに用意されているのです。 読書には、一生を捧げるだけの価値があります。   もしも宇宙人に 「人類が産み出したもののなかで、いちばん素晴らしいものを教えてください」 と聞かれたとしたら、私はきっと 「ああ、それは知ですね」 と答えると思います。   せっかくこの世界に生まれてきたんですから、 読書しまくって、自分を成長させて、成長した自分の力で社会にいい影響を与えて、 「本」という人類の産み出した特産品を存分に味わってからあの世に行きましょう。   結論 + 読書法の本のおすすめ   結論:読書はすごい。   ・・・読書に関する本で、おすすめしておきたいものがいくつかあるので、ここに紹介しておきます。 読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門 読書力 (岩波新書) 東大家庭教師が教える 頭がよくなる読書法 本は10冊同時に読め!―本を読まない人はサルである!生き方に差がつく「超並列」読書術 (知的生きかた文庫) 世界を変えた10冊の本 (文春文庫)   今回の記事を書いてみて、 読書以上に「楽しくて、役に立つ」ものってこの世に存在しないかもなあ、と思ったのですが、 あなたはどう思いましたか?   【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る

「読書し続けること」があなたの絶対的な”強さ”になる7つの理由 前編

「読書し続けること」があなたの絶対的な"強さ"になる7つの理由 前編 読書をすると、こんなに良いことがありますよ! 代表的なメリット7選 こんなに素晴らしい「読書」をなぜしない? こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。 きょうはひたすら、 「読書というものはなんてすばらしいものだろう! なんでみんな本を読まないの?」 ということを皆さんにお伝えします。   この記事を読み終わったあなたは、 「こんなにも良いことだらけの読書、しないのはもったいないな」 と思っていることでしょう。   メリット1 読書をすると、だんだん知能が上がっていく 一般的に、 「読書をする人ほど成功する・年収が高くなる」 「読書をする人は伸びる」 といわれます。     最近話題になったのは、OECDが発表した「読解力と就職・年収が相関する」というデータですね。 https://twitter.com/podoron/status/832951768455581696?ref_src=twsrc%5Etfw&ref_url=http%3A%2F%2Fgrapee.jp%2F297263 ……つまり、 「『読解力』は就職・年収に影響する」 ということ、そして 「その後、さらにその差が広がっていく。縮まることはない」 ことが示されたのです。 それもそのはずで、読書をしていると、だんだんと知能が上がっていくからです。 読書する→知能アップ→就職・年収で良い結果が出る という流れがあるのです。   では、知能はなぜ読書で上がるのか。 主な理由は以下の通りです。 1.本を読んでいると、自分とは正反対の意見にかならず出会う→思考が柔軟になるから 2.語彙力・文章力といった、人間の思考の基礎となる言語運用能力が伸びるから 3.レベルの高い思考ができる人の考え方を吸収することができるから 4.言語宇宙・情報宇宙で自在に動けるようになるから 5.読書をする時間だけ、従来のテレビやまとめサイトといった「触れれば触れるほどバカになるメディア」に触れる時間が少なくなるから 読書をすると、このようなメリットを享受することができるのです。     ついでに言えば、 知能の優位性を確保しておけば、年収が上がるので、子どもの教育にも十分に効果的に投資することができる。 そうすると、頭がいい人の子どもほど、どんどん頭がよくなっていく。   あなたが読書することは、あなたの知能を上げることだけでなく、 あなたの子孫の知能を上げることにもつながるのです。   メリット2 読書をすると、辛い時期を乗り越えられる 「辛いとき、何をして乗り切ろうとするか」にはその人の個性がもろに出ます。 お酒に溺れたり、パチンコ屋にいったり、ドカ食いしたり…… そういう逃避をするよりも、あなたは読書をすべきです。   読書は寝そべりながらでもできます。 本を読むという行為には、精神的ストレスが少ない。   その上、読書は、行き詰まったあなたに、 「こういう考え方もあるんだよ!」と違った視点から考えることを教えてくれます。 読書は、あなたの視野が狭くなってしまうことを防ぎます。   たとえば、事業に行き詰まり、自殺すら考えていた社長は、書店でふと手にとった自己啓発本に勇気付けられるかもしれません。「そうか、倒産なんて大したことないんだ。あの大企業の社長だって、かつては三度も倒産を経験していたんだから。とにかくいまは倒産しないためにやれることをやろう。ベストを尽くして倒産するなら、それは仕方ない」と。   普段から読書をしている人ほど、こういった「自分の窮地を救う読書」の恩恵を受けやすくなります。 辛いときには、自分一人で思い悩むよりも、本を読んで、先人の知恵を借りるべきです。   ちなみに、私がよく読んでいるのは、苫米地英人氏の本と、昭和の哲人・中村天風氏の本です。 苫米地氏の本では『「イヤな気持ち」を消す技術』や『ポジティブライフの教科書』、 中村天風氏の本では『君に成功を送る』、『成功の実現』、『運命を拓く』が特に好き。   どれも、読んでいるうちにどんどん元気が湧いてくる本です。 おすすめします。   メリット3 読書をすると、勝手に知識体系ができあがる 読書をしていると、勝手に知識が入ってきます。   貧困問題の新書を読んだ人には貧困問題の知識が、科学の本を読んだ人には科学の知見が身に付きます。 ふだんから本を読む習慣のある人は、知らず知らずのうちにこうした知識体系を構築しているのです。 『ドラゴン桜』で描かれていた、東大理三に楽々合格してしまうほどの天才・大沢君のエピソード。 フィクションではありますが、象徴的だったので紹介します。   「なぜそんなに頭が良いの?」と聞かれた大沢君は、こう答えます。   「幼稚園の頃、ウルトラマンがめちゃくちゃ好きになって。 それで母親がウルトラマン図鑑を買ってくれたんだよね。 嬉しくて、 朝から晩まで読んでたから全部覚えちゃった。 そうしたら別のを買ってくれて、それも覚えちゃって、 そのうちにウルトラマンに関することなら全て頭に入っていた。」   ウルトラマンだけではありません。   さらには、こんな風に展開していきます。 「そして次は、車。 車が好きになってメーカーと車種すべて覚えて・・・そしたら車ってなんで走るんだろうと思った。 駆動システムやエンジンのことも知りたくなって、さらに本を読むようになった。 実際に整備工場に行っておじさんから教えてもらったりもしたなぁ。 そうしたら動力について知りたくなって船とか・・・ ロケットとか全部調べて今度は宇宙に興味が湧いてきて、 星座全部覚えてビッグバンについて調べてみたなぁ。」   フィクションではありますが、おそらく実際にこういう人は結構いるんではないかな、と思います。 「自分の興味のあることをひたすら調べていったら、気付かないうちに知識が増えて、知能も上がっていた」 という好循環が回れば、東大理三だろうがハーバードだろうが余裕で行けるんでしょうね。   そういえば私も、昔から「昭和の野球選手のエピソードを書いた本」が好きで、よく読んでいました。 別に「昭和の野球に詳しくなろう」と思っていたわけではないのですが、 気がついてみたら、昭和に活躍した元プロ野球選手の人とお話をしたときに 「よくそんなことを知ってるねえ。普通は、昭和の野球選手なんて全然知らないんだけどなあ」 と言われるくらいの「昭和野球おたく」になっていました。 榎本喜八 榎本喜八や門田博光、高畠導宏といった「あまり知名度がないけど物凄い選手」の伝記を好きで読んでいましたし、 「プロ野球連続写真大鑑」みたいな本を読みこんで、そこに載っている選手の特徴とフォームの形をほとんど覚えてしまったくらいです。   あくまでも、自分では「好きで読んでいる」つもりなのです。 それでも、人間の脳は知らず知らずのうちに、読書によって得た知識をどんどん吸収している。 しかも、好きでやっていることというのは、人間の脳は物凄いスピードで学習します。 大沢君のように、知識欲にまかせて……という展開の仕方をすれば、いくらでも知識は身に付きます。   このように、「知識が勝手に身に付いていく」のも、読書のメリットです。     【後編に続く】   【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る

集中したけりゃこれを食え! 知らないと損する「頭が良くなる3つの主食」 後編

集中したけりゃこれを食え! 知らないと損する「頭が良くなる3つの主食」 後編 「低GI」「ビタミン・ミネラル・食物繊維を十分に含む」主食はこれだ! この記事の前編では、 「いかに高GI食品がデメリットだらけか」「いかに低GI食品が優れているか」を力説しました。 そこで後編では、 「おもな低GI食品」を紹介します。   ①玄米 まずは玄米。 健康食としての知名度はダントツですね。 玄米のGI値は55で、白米の83よりもかなり低い。 玄米は特に、ビタミンB1、マグネシウム、食物繊維が豊富である。   一方で、白米にはそれらのビタミン・ミネラルなどがほとんど含まれていない。 これは、玄米から白米へと精製する過程で取り除かれてしまうため。 実際、GI値が低い玄米を食べていると、集中力が明らかに増します。   私の場合、白米だと食べてから一時間くらいまでしか集中力が続きません。 しかし、玄米の場合は三時間くらいずっと集中できます。 玄米だと血糖値の上がり下がりがゆるやかなため、感情の波も起きません。   玄米で評判がいいのは、Amazonだとこれでしょう。レビューが高評価だらけです。 「ホクレン 北海道産 玄米 玄米さらだ 3kg 平成28年産」   ②オートミール 続きまして、オートミール。 非常に調理が簡単で、「牛乳か水を入れてレンジでチンする」だけですぐに食べることができます。 なべで煮るにしても三分くらいで出来上がりますから、とても時間短縮になる。 サラリーマンなど、時間がない人におすすめです。   オートミールのGI値は55。玄米とほぼ同じ。 実はオートミールは、玄米よりも「食物繊維約3.5倍、鉄分約2倍、カルシウム約5倍」と、非常に栄養価が高い。 また、タンパク質も豊富で、100g中14g入っている。 なお、グルテンの含有量も少ない。 調理も簡単だし、腹持ちも非常に良い。 かなりおすすめできる食材です。   まあ、コメの触感が遺伝子レベルで刷り込まれている日本人にとってはあまりなじみのない食材ではあります。 しかし海外では、セレブたちが愛用していることでも有名。 低GIで高たんぱくなので、ボディビルダーの減量期にもよく使われる食材です。   おすすめなのは、 「QUAKER OATS クエーカー オールドファッションオートミール4.52kg 2.26kgX2パック入」(Amazon) スーパーにはなかなか置いてないタイプのオートミールで、4.52キロ。 ふつうの生活をしてれば一月ちょいは持ちます。 コスパ最強のオートミールです。   ③そば はい出ました。 これも日本人が大好きな料理です。   私も大好きで、夏になるとよくざるそばを食べます。 おいしいですよね。 そして、満腹感のわりに低カロリー。 そばは、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンEが豊富。 また、タンパク質も多い(100g中10g)。 GI値は50~54。やはり低いですね。   さらに、そばには、「ルチン」という抗酸化物質が入っています(穀物の中で唯一ルチン入り)。 早い話が、そばに入っているルチンによって「活性酸素による脳へのダメージ」が軽減されるということ。老人性痴呆の防止にも効果がありますし、記憶力を向上させる効果も期待できます。 「つゆさえあれば単品でイケる!」というのも強いですね。 調理自体も10分あれば終わります。   …ただし、一つ注意点がありまして、 ふつうの安いソバ(一袋108円とか200円)だと、 なんと「そば粉がほとんど入っていない」ことがありえます。 つまり、「そばなのに、そば粉があまり入ってなくて、実態は小麦粉」ということがあるのです。   これを見分けるには、原材料表示が「そば粉→小麦粉」の順番になっているものを選ぶとよいでしょう。 原材料名は「多く入っているものから先に並べる」のが規則ですから、 「小麦粉、そば粉」の順番であれば小麦粉の割合が高く、 「そば粉、小麦粉」と並んでいればそば粉中心です。 (ちなみに、そば粉の割合が30%以下だと、「そば粉は何パーセント入っています」という表示義務があります)   立ち食い蕎麦屋や学生食堂などで出てくるタイプのそばは、 おそらくほとんどが「小麦粉8:そば粉2」くらいの割合のものです。 まあ、白米たっぷりの丼ものをがっつくよりはマシでしょうが、 そばのルチンによる記憶力増強効果は期待しない方がよさそうです。   なお、買うのであれば、 そば粉が八割の「八割そば」、そば粉が十割の「十割そば」がおすすめです。 Amazonで買うとスーパーより安いのです。 「かじの 伝統の二八そば 250g×4個」 「滝沢更科 十割そば 200g×3個」 「おびなた 更科八割そば 240g×15個」 あたりがおいしいので、おすすめします。   まとめ 今回紹介してきたことは、 「高GIの食事ばっかりしてると頭が悪くなるよ!」 「低GIの食事を中心にすると頭が良くなるよ!」 「低GIの主食でおすすめなのは玄米・そば・オートミールだよ!」 ということです。   ぜひこの記事で得た情報を活かして、 もっともっと頭のキレを上げていってください。 では。   【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る

集中したけりゃこれを食え! 知らないと損する「頭が良くなる3つの主食」 前編

集中したけりゃこれを食え! 知らないと損する「頭が良くなる3つの主食」 前編 現代日本人をバカにしている主犯格「高GI食品」 最近テレビやインターネットで、「GI値が高い/低い」という言葉をよく聞きませんか?   実は、栄養医学の研究が進んだ現在では、 「GI値が高いものをよく食べるほどバカになり、GI値が低いものを常食するほど賢くなる」 ということがわかっているのです。   ではそもそも、GI値とはいったい何なのか。 Google先生が教えてくれました。 GI値とは、グリセミック・インデックス(Glycemic Index)の略で、 その食品が体内で糖に変わり血糖値が上昇するスピードを計ったもの。 ブドウ糖を摂取した時の血糖値上昇率を100として、相対的に表されています。 このGI値が低ければ低いほど血糖値の上昇が遅くなり、インシュリンの分泌も抑えられるのです。 つまり、 「GI値が高い食品=すぐに血糖値がグーンと上がるもの」 なのです。   GI値の高い食品としては、「白米・パン・お菓子」などが代表的です。 どんな食品が高GIなのか、以下の表を見てみるとよくわかります。   我々が好んで食べている「白米」「食パン」「お菓子類」「インスタントラーメン」など、 軒並み高GIであることがわかります。   「高GI」食品の摂りすぎはなぜダメなのか? では、高GI食品を食べすぎると、なぜバカになるのか? これには、二つの大きな理由があります。   理由① 血糖値が乱高下することのデメリットが大きすぎる 一つは、 「高GI食品は、血糖値を激しく上げ下げする」 からです。   確かに、高GI食品を食べると、一時的にものすごく元気になります。 うつ状態にある人はしばしば、甘いものをバクバク食べます。 甘いもの=高GI食品です。     血糖値が物凄い勢いでググーンと上がるわけですから、 身体からしてみれば「ああ、満たされた」という感じなのです。   グラフを見れば一目瞭然。 ←が低GI食品を食べた時の血糖値の上がり方、→が高GI食品の場合です。 (GI食品 低GI食品 GIの違いと食欲の関連 ダイエットとの関係より)   このグラフからわかるのは、 「高GI食品をとると、一時的に血糖値がグーン! と上がるので、 身体にエネルギーが行き渡って元気になった気がする。 しかし結局、インスリンがドバドバ出て血糖値が下がりすぎるため、 時間が経つと、むしろ食べる前より血糖値が下がる」 ということ。   そして実は、 「高GI食品を食べたせいで血糖値が下がりすぎる」ことが問題なのです。   血糖値が下がるというのは、人間の身体にとってはまさに「生存の危機」。 身体にエネルギーが足りていない! と判断されるので、 血糖値を上げるために、副腎から「アドレナリン」「ノルアドレナリン」という脳内物質が出るのです。   で、その「アドレナリン、ノルアドレナリン」が出ると、どういう変化が生じるか。 下の表を見てください。 低血糖時に副腎髄質ホルモンの変動によって生じる精神症状 アドレナリン イライラ、キレる、怒り、憎しみ、敵意、暴力、完璧主義、異常な(体重への)こだわり、不眠など ノルアドレナリン 不安、うつ、落ち込み、恐怖感、焦燥感、自殺観念、脅迫観念、悪夢、不眠、パニック障害など (低血糖症の精神的な症状 より)   要するに、高GI食品をしょっちゅう食べている人は、 「高GI食品を食べる」 →「血糖値が急激に上がってから、ガクンと下がる」 →「血糖値が下がりすぎる」 →「血糖値を上げるためのホルモンである<アドレナリン・ノルアドレナリン>が出る」 →「集中力が切れる、イライラする、不安になる、攻撃的になる(あるいは逆に抑うつ的になる)、落ち込む」 →「また高GI食品を食べる」 →以下無限ループ という、恐ろしい悪循環に陥るのです。 しかも、本人はこの事実にまったく気づかず、 むしろ 「甘いものやパン・ごはん(=いずれも高GI)を食べれば、頭の働きがよくなる!」 と思い込まされています。     なぜなら、 「受験生はチョコを食べよう! チョコは脳にいい! 受験にきっと勝っと!」 みたいなキャンペーンを大々的にやっているキ〇トカ〇トや、   「白米は日本人のソウルフード! 白米は脳の栄養です! ごはん食べて元気になろう!」 「脳が働くには、ブドウ糖が必要です! だから甘いものを食べて脳を活性化させよう!」 のような、論理がすり替えられた文言が一般に広く信じられているからです。   一種の洗脳と言ってもよいでしょう。 (なお本当のことを言っておくと、正確には「カカオの割合が多いチョコは脳にいい」であり、「日本人のソウルフードは白米じゃなくて玄米とか雑穀」であり、「甘いものじゃなくても、つまり低GI食品でも脳に糖分は補給される」)   こういったキャンペーンに洗脳されてしまった現代の受験生は、哀れなことに、 「受験前だし、チョコ食べなきゃね!」とコンビニに買いに走る羽目になるのです。 しかし、試験本番では、最初の30分くらいは好調なのに、 血糖値が下がり始める60分ごろになると急に集中力が切れてしまう。 「自分って集中力がないなあ」と思いながら試験会場を後にし、 次の日の試験でも、また性懲りもなく受験会場の入り口にいた不動産業者が配っていたチョコを食べる。 そしてまた同じ失敗を繰り返す。   で、しまいには 「甘いものを食べて栄養補給もしたのに集中力が続かない。自分はなんて無能なんだ」と落ち込む。 本当はその「甘いもの」、高GI食品こそが集中力が続かない原因だというのに。   大まかな流れは覚えておきましょう。 高GI食品は、一瞬の快楽ののちに、長く続く苦しさが待っています。     ②糖質を代謝するために必要なビタミンB1等が枯渇しやすい 人間の身体は、糖質からエネルギーを取り出す際に、ビタミンB1を消費します。 つまり、高GI食品を多く食べている人ほど、ビタミンB1が不足しやすいのです。   ビタミンB1が不足するとどうなるか。 肩こり、筋肉痛、疲労、アルコール中毒、脚気、食欲不振、記憶力減退、集中力低下、音に過敏、神経炎、ウェルニッケ脳症、脚気 (以上、オーソモレキュラー.jpより)などが発生します。 「集中力が低下し、記憶力が減退する」 …恐ろしいですね。 頭脳労働者にとっては決して無視できないことです。 ビタミンB1が枯渇すると、しまいには「甘いものを食べても元気が出なくなる」という状態になります。 それでも、甘いものへの欲求は止まらない…… 悲惨なループが待っています。   ③太りやすい 高GI食品は、血糖値を激しく上げると先ほど書きました。   この上がりすぎた血糖値を下げるために、人間の身体は 「インスリンをドバーッと出す」 ようにできています。   インスリンが出ることによって、血液中にあった糖質が細胞に取り込まれます。 これによって骨格筋などに糖質由来のエネルギーが供給されるのですが、 その際に、余分な糖質は「糖質→脂肪」へと変換されるのです。 当然ながらこの作用は、インスリンの量が多ければ多いほど強くなります。 つまり、インスリンを多く出す食品=高GIの食品ほど、脂肪をためこみやすくなる。 これが「高GIのものを食べると太る(脂肪が付きやすくなる)」理屈です。   実際、ボディビルダーは減量期に高GIのものを避けます。 彼らは身体に余分な脂肪をつけたくないので、 低GI食品=インスリンのはたらきが少ない食品を食べるのです。   高GI食が好きな人は、低GI食が好きな人にどんどん差をつけられていく 以上述べてきたように、「白米・パン・お菓子類」といった高GI食には様々なデメリットがあります。 高GI食のものを食べると集中力が落ちる。イライラする。不安になる。太る。 元気になれるのは一瞬だけで、時間が経つと苦しくなる。     …以上のようなデメリットを考慮すると、 「高GI食ばかり食べている人」と「低GI食をとっている人」とでは差がついて当然です。 高GI食は、「たまに食べる」分にはいいのでしょうが、少なくとも毎日ガンガン食べるべきではありません。   実際、こんな事実が明らかになっています。 代表的な高GI食品である白砂糖についての研究です。 MIT(マサチューセッツ工科大学)のアレックス・シャウス教授は、子どもたちを白砂糖の消費量別に語群に分けてIQをくらべたところ、白砂糖の消費量のいちばん高い群はいちばん低い群よりもIQが25パーセントも低かったことを報告している。 それから、知的能力を高くするには、脳へのブドウ糖の供給を一定に保たねばならない。ベントン教授は、血糖値の急激な低下によって、注意力が散漫になったり、記憶力が落ちたり、攻撃的な行動に結びついたりすることを述べている。(食べ物を変えれば脳が変わる より) これはおそらく大人にも当てはまるでしょう。 毎日ビール、カレー、ラーメン、焼肉に行っている人は、だんだんと頭のキレが悪くなり、注意力散漫になり、太っていき、メンタルもやられます。IQも下がって当然です(IQは上がり下がりするものなんですよ!)。   高GI食品というのは早い話が「糖分のかたまり」なのですから、「おいしい」に決まってるんです。 だから食べてしまう。依存してしまう。 そしてどんどん頭が悪くなっていく。   逆に、低GI食品をメインにしている人は、 感情の波が少ない。イライラしにくい。集中力があり、長時間頭をはたらかせることができる。スッキリした体型になる。肌の調子も良い。 ずっと安定してパフォーマンスを発揮できる のです。   「高GIの食事を長年続ける人」と「低GIの食事を長年続ける人」との間には、 一体どれだけの差が付くことでしょうか。   高GI食品は、クレカのリボ払いと一緒です。 最初はラクな気がするけど、よくよく考えてみれば随分と損をしている。   少なくとも私は、高GI食をガンガン食べたいとはまったく思いません。 低GIの食事を中心にして、一日中頭のキレがいい状態を維持したいのです。     さて、あなたはここまで読んでもなお、「高GI食」を食べ続けますか? 決めるのは、あなた自身です。 【→後編 低GIでビタミン・ミネラル豊富な主食はこの3つだ!】へと続く     【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る

「人を見下して優越感に浸る人」が一生負け続けて人生を終えるこれだけの理由

「人を見下して優越感に浸る人」が一生負け続けて人生を終えるこれだけの理由   こんなタイトルをつけましたが、 別に、「人をバカにする人たち・人を見下す人たち」をバカにしているわけではありません。 私は今回の記事を通じて、 「人をバカにする・見下す」という行為がいかに非合理的であほらしいか を示したいと思っているだけです。   いま他人の悪口を言っている人は、この記事を読んで悔い改めましょう。さすればたぶん赦されます。 いま悪口を言われている人は、この記事を読んで自信を取り戻しましょう。   「他者を見下して優越感に浸りたい人」の心理とは? あなたの隣にも棲んでいる、「悪口を言わないと気がすまない人」 残念なことに、 「人をバカにする・見下す人」というのは、現代日本のいたるところにいます。 常に悪口や中傷を言いふらす人。 他の人をダシにして笑いをとろうとする人。 頑張っている人のことを冷ややかな目で見る人たち。 ターゲットに定めた人の一挙一動をあげつらい、ネタにする人たち。 表面上は「いい人」としてふるまっている、「真面目そう・温厚そうな人」が、 インターネットでは本性をむき出しにして他人の悪口や罵詈雑言・誹謗中傷・差別発言を繰り返していることもあります。   うわべでは「がんばれよ」と言いながら、裏では「あいつは失敗しそうだよね」などと陰口を言う人。 直接の知り合いでもない芸能人のスキャンダルをわざわざ攻撃する人。 面と向かっては決して言えないであろうことを匿名掲示板にぶちまける人。 「これだから意識高い系は~」「低学歴は~」と他者をレッテル貼りでひとくくりにする人。 ... 挙げればキリがありません。   「あ、あの人のことか」と思い当たるところがあるかもしれませんし、 もしかしたらあなた自身がそうなのかもしれません。   いずれにせよ、あなたにとって、この問題は「ひとごと」ではありません。   本記事ではまず、 このような「人をバカにする・見下す人たち」がどのような心理を持っているのかを考えます。 そして、その心理を理解した上で、 「人をバカにする・見下す」ことがどれほど非合理的でばかばかしいのかを解き明かしていきましょう。   「他の人を見下そうとする人」「人をバカにしないと気が済まない人」の心理とは? 「あいつ、こないだ飲み会の帰りのタクシーで座席に吐いてさ、シート代三万請求されたってよ。ざまあ」 「お前は本当に出来の悪い子だね。あのろくでもない母親に似たのかい?」 「君、そんなことも知らないの? こんなの常識だよ。学校で何を学んできたんだ?」 「あいつうざくね? 調子乗りすぎだろ最近」 ... ... 「人をバカにする・見下す人」には、 「他人をバカにすることによって、自分の心の均衡を保っている」 という心の構造が備わっています。   要するに、彼らは、 「あんなにバカなあいつよりも、俺の方が優れているじゃないか」 「ねえみんな見て見て! 私は、私に見下されるあの人よりもすばらしい人間なんですよ」 という形でマウントをとり、 それを周囲にアピールするために悪口を言います。     「悪口軍団」も同様の心理 では、個人ではなく、集団の場合はどうでしょうか。   「だれかの陰口で盛り上がる集団」というのは、どこにでもいます。 近所のおばちゃんの井戸端会議がそうかもしれませんし、 会社帰りに飲み屋でたむろするサラリーマンがそうかもしれません。 もしかするとあなたも、友達に「なんか最近あいつうざくね? そう思わん?」と悪口に誘われた経験があるかもしれません。   このタイプの人々は、誰かの悪口を言うことによって 「連帯感・仲間意識」を強めます。 共通の敵を作ることによって団結するのです。   その敵の悪口を言っている間は、非常に居心地がいい。 自己優越感に浸れます。 ここにもやはり「他の人を下げることによって、自分たちを上げる」という構造があります。     「他者を見下すことによって優越感を得ようとする人」を論理的に叩き潰す 「バカにする・見下す人」は、実はか弱い こういう人・集団は例外なく、 「自己肯定感が薄い・満たされていない」 という特徴があります。 「自分は価値のある人間だ」という自己肯定感を持てないからこそ、 他の人を下げて自我を保とうとするわけですね。   そもそもの話が、 自己肯定感が強い人、つまり自分に自信を持てる人であれば、 他人の悪口によって自分を上げようとはしないでしょう。 わざわざ上げようとしなくても、自分で自分をきちんと肯定できているからです。   自分に対する自信がないからこそ、 「ばーか、お前なんか〇〇しちまえ!」 「ざまあみろ、失敗したな」 と他人を攻撃することによって、自尊心を満たそうとする。   つまり、悪口を言っている人は、みんなの前でこう宣言しているのと同じです。 みなさん聞いてください! 私は、自分に自信がない人です! だから、他の人を叩くことで自分の地位を上げようとしています! 私は、一生懸命になにかをしようとすることはありません! そんな自分を本当は恥ずかしいと思っています。 でも、そんな自分の本音と向き合うのが嫌だから、 私は今日も、チャレンジする人の陰口を叩いて暮らします! そうでないと自我が保てません! 私は、自分が無価値であるという事実に向き合うのを避けるために、 他の人を引きずりおろそうと悪口を言っているのです! ……自分に自信がないなら、何かで結果を出したり考え方を変えたりして自信をつければいいのに、 それをせずに、わざわざ他の人を傷つけるようなことを言っている。 明らかに、ただの「あほ」でしょう。   現に、心を読むほうのDaiGoさんもこう言ってます。 https://twitter.com/Mentalist_DaiGo/status/865537831388696576 また、「筋トレですべてが解決する」でおなじみのマッチョ社長もこう言っています。 https://twitter.com/badassceo/status/846669253835051008 「悪口陰口嫌がらせ、全部暇人のやる事だから気にすんな」、全くその通りです。 何かに打ち込んでいる最中の人は他の人のことをわざわざバカにしないし、 自己肯定感の高い人はわざわざ悪口など言わなくてもいいのです。     繰り返しますが、 他の人を見下したり悪口を言ったりする人は、自己肯定感や自尊心に問題アリ。 「何かに打ち込み、成功体験を積んで自信をつける」ことから逃げ続けているだけ。 他の人をバカにすることでしか自分を保てない可哀想な人である。 ということです。   「他の人をバカにする人」は、自分がバカにされるのだけは極端に嫌う こういうタイプの人は、他の人をバカにしているのだから、 バカにされることをまったく気にしないのではないか?と思われがちです。   しかし、実はこういう人こそが一番、 「他の人にどう評価されているか」を気にしているのです。 なぜなら、そもそもこういう人たちはもともと、 「他人から見た自分の地位を相対的に上げるために」悪口を言っているから。   つまり、本来の性質からして、「他の人による評価」を極度に気にするタイプなのです。   しかし哀しいかな、ここには芸術的なブーメランが潜んでいます。 なんせ、実際は「悪口を言えば言うほど、他の人による評価が下がる」のですから。 単純な話で、しょっちゅう人の悪口を言っている人には近づきたくないでしょう。 悪口は、言っている側からすれば楽しいのかもしれませんが、言われている側からするとカチンときます。 そう、結局は、他の人をバカにしたり見下したりすればするほど、敵が増え、評価が下がっていくのです。   つまるところ、 本人は「自分の評価を上げるために悪口を言う」つもりで始めたのに、 結局は「悪口によって自分の評判を下げて」いる。   早い話が、単純に考えが足りていない。 中島敦の『山月記』に「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という表現がありますが、まさにこれです。 臆病な自尊心=「斜に構えて、他の人をバカにすることでしか自分を保てない」 尊大な羞恥心=「他の人による評価を極度に気にするわりに、何も実行に移さないでいる」 .…悪口を言いまくる人は結局、 「自分が何者でもないことが明らかになるのが怖い」のでしょう。 2ちゃんねるはまさにその典型です。 匿名でなければ、ああいう過激で無責任なことは言えないでしょう。 「匿名=何者でもない」という一致は偶然ではありません。 自分という存在には中身も価値もなにもないと思っている。 だからこそ、他の人を攻撃することによって相対的に自分の地位を上げようとする。 しかし、実はその試みは失敗。 攻撃すればするほど、その人のまわりには同類が集まってくるだけ。 悪口を言っている本人の評判はガタ落ち。     「バカにする・見下す」ことは非生産的の極み   さらに中押しを。     実は、この「他人への見下しを原動力として自己肯定をする」という方式には、 ある致命的な欠陥があります。   それは、「何もチャレンジのできない人間になってしまう」こと。   なぜなら、 こういう人がいざ何かにチャレンジしようとすると、 普段自分が陰口を言いまくっている分、 ①今度は周囲から陰口を叩かれる側になる。(「なんだよアイツ最近いい子ぶりやがって」とか) ②応援されない・協力されない。悪口のツケが回ってくる ③「失敗しろ」「どうせお前はだめだ」という念が頭から離れない。普段自分がそういう言葉を使っているから。 からです。   成功するためにはチャレンジが不可欠ですが、 普段そのチャレンジをバカにしまくっているがゆえに、 自分では何もできなくなってしまうのです。 まさに自業自得。   悪口を言うと、こんなに素晴らしいことがあるんですね。       「バカにする・見下す」のは誰にでもできる簡単なこと。希少価値がゼロ ダメ押ししましょうか。   悪口を言っている人のなかには、 「斜に構えている自分は少数派でかっこいい」 と意識のある人がいます。   はっきり言って、 他人の悪口を言うことは、「誰にでもできる」ことです。   たとえば、 「あいつって臭いしさ、デブだしさ、調子乗ってるしさ、 頭はいいかもしれないけど、それだけだよね。絶対将来失敗するタイプだよアレ」 と悪口を言うのは、実に簡単です。 簡単であるということは、できる人が多いということです。 もっと言えば、「悪口が得意な人なんて、掃いて捨てるほどいる」のです。   でも逆に、「他の人を認めてあげて、受け止める」というのは難しいことです。 難しいから、できる人が少ない。 できる人が少ないからこそ、貴重である。   世の中には、「希少性の原理」というものが働いています。 もともとは経済学の用語ですが、「悪口を言う人」についても成り立ちます。   早い話、 悪口を言うのは簡単。だから、悪口に価値はない というわけです。 簡単→誰にでもできる→希少性なし→価値もない。 単純ですね。 (ちなみに、どのようなものに希少性があるかといえば、基本的には「より難易度の高いもの」「より高速なもの」「よりエントロピーを減少させるように見えるもの」などです。ここでは詳述しません)     そもそも、社会的に称賛される人・本当に意味のあることを成し遂げる人は、いつだって少数派です。 悪口を言ってしまうという時点ですでに「その他大勢」になります。 わざわざ自分から「価値のないほう」へと突進していくことはないでしょう。   まとめと結論:「悪口を言っている人」を、冷静に客観的に見てみよう ここまで述べてきたことを踏まえて、 いま一度冷静に、 「悪口を言っている人」という存在を見直してみましょう。   この記事を読む前とは、だいぶ見方が変わっているはずです。 「悪口を言ったり、他の人を見下したりする人」は…… 自己肯定感や自尊心に問題がある。 自分を肯定することができない。 だから、他の人をバカにすることによって優越感を得ている。 そうしないと不安なのだ。 自分が何者でもないとわかるのが、何よりも怖い。 「自分の評価を上げるために悪口を言う」つもりなのに、 結局は悪口によって自分の評判を下げている。 悪口を言う時点で、すでに「その他大勢」。 「何かに打ち込み、成功体験を積んで自信をつける」ことからも逃げ続けている。 そしていつの間にか、何もチャレンジのできない人間になってしまった。 そのくせ、プライドだけは妙に高い。 そんな、可哀想な人。   皆さんは、↑こんな人が、幸せに一生を終えられると思いますか。 たぶん無理でしょう。みんなから嫌われて、 孤独に死んでいくのがオチです。   ついつい悪口を言ってしまう人は、反省しましょう。 悪口を言われる側の人は、安心して、自信を取り戻しましょう。       「人をバカにする・見下す人」に潰されないための本 最後に、「他の人をバカにしたり悪口を言ったりする人」についての知識が深まる本を紹介しておきます。 いずれも面白い本なので、ぜひ読んでみてください。   『何者』 『他人を支配したがる人たち』 『自己愛人間』 『他人を攻撃せずにはいられない人』 『他人を引きずりおろすのに必死な人』 『良心をもたない人たち』 『パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか』

ゴールを高く高く持てる人だけが、頭一つ抜きん出ることができるこれだけの理由

ゴールを高く高く持てる人だけが、頭一つ抜きん出ることができる理由 人生のある時点までは「遺伝・環境・それまでの努力の量」で決まる 皆さんが小学生・中学生だったころ、「めちゃくちゃ勉強のできる同級生」っていませんでしたか? 自分はこいつには絶対敵わないな、と確信するレベルの天才。 私の小学校にもそういう子がいたのですが、今は何をやっているのでしょうか。   正直な話、世の中には案外「神童」があふれているものです。   実際、 「神童も 大人になれば ただの人」という川柳や、 「十で神童 十五で才子 二十過ぎれば ただの人」という都々逸があります。 やっかみや嫉妬も混じっているのでしょうが、 やはり、小さい頃に神童で、大人になってからも相変わらず天才と呼ばれ続ける人というのはごく少数なのでしょう。   考えてみるに、小学校・中学校・高校あたりまでは、明確なレールがあります。 例えば、「テストでできるヤツが上」「運動ができるヤツが上」「コミュニケーションが得意な奴が上」といった尺度は、 どれも他人によって準備された物差しです。 18歳あたりまでに必要とされる能力は「決められたことをいかに上手にこなせるか」が主でしょう。   決められたことを上手にこなす能力が育つためには、「遺伝・環境・それまでの積み重ね」があれば十分です。 遺伝的に高い知能を持ち、恵まれた環境で能力を育て、ほかの人よりも効率よく・多くの努力をする。 そのような条件さえ揃っていれば、「決められたものを消化する能力」は順当に伸びていきます。   「学校秀才は使えない!」みたいなことを言われてしまう人がいますが、 その言葉の真意は「決められたものを処理するのはうまいけど独創性がない」ということです。   人生のある時点から、「自分で見つけたゴール」が必要になる ところが、人生のある時点から、「自分でなにかを見つけ、考え、作り出していく」ことのできる能力が求められ始めます。 おそらく、大学在学中~社会に出るあたりでそのような能力が必要とされはじめる。 私はいま大学生としての生活を送るなかで、その「自分で見つけてくる」能力が必要になっていることを感じています。 ちょっとキザな言い方をすると、それは「クリエイティビティ」と呼ばれるものです。   もちろん「求められていることをこなす能力」も相変わらず必要ではあるのですが、今度はその能力が単なる「脇役」になっていきます。 官僚的な仕事に就くのならばその情報処理能力が活きますが、もしもあなたが「人類になにか新しいものをもたらしたい」と思うのであれば、その「クリエイティビティ」を発揮する必要があります。 「クリエイティビティを発揮するための」情報処理能力、という意味付けの転換。 「与えられたもの・既知のものを処理する能力」から「自分で新しいものを作り出す能力」へのシフトが起こるのです。   ただし、「自分で新しいものを作り出す能力」といっても、 ただやみくもに「自分は新しいものを考えるんだ!うおおおおお」と力めばいいわけではないんですね。 たいていの「新しいもの」は、「自分の持っている高いゴールを達成するためのことをやっているうちに、副産物として産み出されるもの」です。   たとえば、ライト兄弟が発明した飛行機なんかはまさにそうでしょう。 はじめから「新しいものをつくろう」と思っていたわけではなく、 「空を自由に飛びたい」というゴールがあって、それを達成するために飛行機というものがクリエイトされたのです。   したがって、「優れたクリエイティビティ」を発揮したいと思うのであれば、 自分なりの「高い高いゴール」を持てばいいのです。 ゴールが高ければ、それを達成するために発明せねばならないものも多くなりますから。   「クリエイティビティを発揮するために新しいものを考え出そうとする」のは、手段と目的が逆転しています。   高いゴールを持つと①能力の水準が上がる ②低いゴールでは見えないものが見え始める 高いゴールを持つと、クリエイティビティが発揮されるばかりでなく、あらゆる能力が大幅に向上します。   ここでは、「能力が高いから高いゴールを持つタイプの人もいるにはいるが、 たいていの場合は高いゴールを持つからこそ能力が上がっていく」ということを説明します。   仮に、 それまでは平凡な会社員だったけど、ある日思い立って、 「世界から戦争をなくす」というゴールを実現しようと決めた人がいたとしましょう。   この人はおそらく、 「世界から戦争をなくすには、それに見合った能力を身に付けなければならない」と考え、 「世界から戦争をなくせるだけの影響力を自分が持つには、世界各国のエリートたちを圧倒するレベルの頭が必要だな」と思うはずです。 世界のトップエリートたちは1日10~15時間の勉強を毎日やっていますから、その人もそれに相当する勉強(かならずしも時間数で勝る必要はありません)を始めるでしょう。   それまでの平凡なサラリーマン生活では1日30分くらいの勉強がいいところだったのが、 高いゴールを持ったとたんに、勉強時間の基準が変わったのです。 「そんなゴールを持ったところで、すぐに折れるに決まっている」と思う人もいるでしょうが、 アファメーションや、ワーズ・ピクチャー・エモーションといった技術をうまく使ってやれば、折れません。 そもそも、本人が本当にやりたいと思っていることなのですから、自分から折れるということはまずないのです。   なおこの際、それまで自分が平凡なサラリーマンだった過去はまったく考慮しなくて良い。 なぜなら、その「世界から戦争をなくすことに成功した、最高の状態の未来の自分」から見ると、かつて自分がサラリーマンだったことは、ゴールを達成するために張られた伏線くらいにしか思われないからです。むしろサラリーマンをやっていなかったらいまの自分はない、と思っているかもしれません。 大きなゴールを持って、それを実現できる自分という自己評価を持つようになった人にとっては、「過去なんてどうでもいい」のです。 いつまでもウダウダと過去にこだわって「あいつは低学歴だから~」「自分は高学歴だから~」「自分は神童じゃないし~」「自分は中学校時代のあの出来事以来コミュ障になって~」という後ろ向きな思考をするのは、2ちゃんねるの中だけで十分です。   さらに、「世界から戦争をなくす」というゴールを達成するためには、相当なクリエイティビティを発揮せねばなりません。 「このまま平凡なサラリーマンとして、家族を養っていければいいや」と思っていた頃には見えなかったものが見えてくるはずです。 世界から戦争がなくならない原因を考え、どうすれば戦争を防げるかを考え、なにか画期的な平和のための手段の開発はできないかと思い悩み・・・・・・とやっていくわけですから、見えるものが違って当然なのです。「自分は発想力が乏しい」と思っている人であっても、本当に達成したいゴールを実現するためには驚くほどのクリエイティビティを発揮することができます。   まとめると、高いゴールを持つことによって、 ①能力の水準が劇的に向上する ②今までの低い目線では見えなかったものが見え始める というメリットが生じる、ということです。   単純に、高いゴールを持つ方が人生は絶対楽しい 私がいつも疑問に思うことがひとつあります。 それは、「低いゴールしか持たない人って、いったい日々何を感じながら過ごしているのだろう」ということ。   私の言う「低いゴール」とはこういうものです。 「30代までに年収1000万を稼いで、早々とドロップアウトして、余生をゆったりと過ごしたい」 「世界一周旅行をするのが夢です」 「〇〇シリーズのフィギュアを全部揃えることができたら死んでもいい」 といった、社会や人類に対して大きな貢献をしないゴールのことです。   別にゴールが低かろうが高かろうが、その人の勝手ですし、高いゴールを押し付けるつもりは毛頭ありません。 しかし、「世界一周旅行をする」「年収1000万」というのは簡単すぎるでしょう。 学生でも一年間に1000万円稼ぐ人はいますし、世界一周旅行は頑張って貯金すればだれでもできます。   そういった「低いゴール」を持つことは、私からすると、とても空しいことのように思えます。   まず第一に、張り合いがないでしょう。 ゲームで言えば「イージーモードで無双する」ようなものです。 ハードモードで頑張ってクリアする方がよほど楽しいはずです。   第二に、他者に対する貢献・社会に対する奉仕をしない人生は「生きがい」がないのでは、とも思います。 人間は、他者とのかかわりの中で生きています。 その縁を断ち切ることは不可能です。 「他の人なんてどうだっていいや。自分さえ楽しければいい」と思っている人の人生は、 「他の人の喜びを自分の喜びとする」人の何分の一の楽しさしかないのでは、と考えてしまいます。   他人に貢献する度合いが極めて低い&難易度も低いゴールしか持っていない人は、 人生の楽しさが極めて乏しいのではないのかな、というのが私の率直な感想です。 現代社会では結構「自分の欲さえ満たせればそれでいい」という思考方式の人もいるようですが、 そういう考え方だと、自分という存在に必ず降りかかってくる苦しみ(例えば死の恐怖)を乗り越えられないんじゃないでしょうか。     むしろ、本当に張り合いのある毎日を送るために必要なのは、 「自分が心の底からやりたい」、 「他の人にも良い影響を与える」、 「現状のままではとても達成不可能に思える」ようなゴールです。   「貧しさで苦しむ人のいない世界にする」でもいいし、 「世界から飢餓をなくす」でもいいし、 「火星に移住して人類を延命させる」でもいいのです。   とにかく、「高いゴールを持てば、お先真っ暗に見える人生に一筋の光が差す」ことを実感してほしいと思います。   今回言いたかったこと・まとめ まとめましょう。 生まれてからしばらく、人は「遺伝・環境・それまで積み重ねた努力」で評価される。 しかし、ある時期を境にして、今度は「自分なりの高いゴールを設定できるかどうか」が重要になってくる。   そして、高いゴールを持つことによって、 ①能力が劇的に引き上げられる。努力の水準が上がりまくる ②クリエイティビティを発揮できる。それまで見えなかったことが見えてくる というメリットがある。   低いゴールしか持たない人は、毎日を惰性で過ごすことになりやすい。   現代日本に蔓延する風潮に、 「正社員なら勝ち組、派遣とか非正規は負け組」 「年収1000万円あって、ホワイト企業に勤めているなら勝ち組」 「東大卒なら勝ち組。ハーバード卒は最強。Fラン私大は負け組」 みたいな「勝ち組-負け組」の二分法があります。   この「勝ち-負け」というのは、あくまでも「他の人から見て」というものです。 「他の人から見た自分」にとらわれている限り、人生に主体性もクソもありません。 あくまでも、「自分の本当にやりたいもの(利他的であるもの)だけを実現する」という人生を送ってほしいと思います。  

こんなに使える音読! テスト対策、受験勉強、能力開発の万能薬

こんなに使える音読! テスト対策、受験勉強にも 音読は最高の「頭のドーピング薬」 このブログのなかで何度もしつこく述べているように、 音読というのは脳の「前頭前野」「言語野」といった部分を多いに活性化(そこの神経細胞が活発に使われる→酸素消費が多くなる・ブドウ糖の消費が激しくなる)します。 単刀直入にいえば、「音読は脳をめちゃくちゃ使う・鍛える」ということです。   ふつうの音読でさえものすごい効果があるのですが、 これを「高速音読」にしてやると、これまたより一層すごい結果が出ます。頭の回転が速くなり、言語運用能力も高速化されるのです。   そして、今回私が言いたいのは、そんな「音読」のパワーを活用すれば、 学生が苦しめられている「テスト対策」「受験勉強」をもっと効率よくこなすことができるということです。   たとえば、あまり知られていないのですが、音読しまくると 「文章力が超ドーピング」されます。   頭の回転が速くなり、言葉を紡ぐ能力も向上するので、当然と言えば当然の結果ですが、レポート課題の2000文字・3000文字・4000文字程度なら瞬時に片付くようになります。 頭のなかで「このレポートはこうしてああして、こうやってああやって、ハイ終了」という青写真を克明に描けるようになりますから、あとは文字に起こすだけ。 ふつうの生徒が図書館でウーンウーンと唸りながら三時間も四時間も机に向かって頑張っているその時間に、 あなたはさっさとレポートを終わらせて、あとは自分がやりたい勉強をできます。差が付いて当然です。   しかも音読は基本的にタダです。すぐにできます。課金勢と非課金勢の差もありません。 さらに、副作用もありません。アメリカ産の怪しげな「ブレイン・ブースター」を服用するよりもはるかに優れた方法であるといえます。   音読でテスト対策 ここでいう「テスト対策」とは、 ・大学の定期試験 ・中学・高校の期末・中間試験 といったものに対する対策のことです。   たとえば私は、大学の授業は「自分が興味のある分野の授業についてはある程度きちんと聞く」のですが、「学問的な興味はないけど、単位はとる必要があると思われるもの」については、授業には出るものの、あまり聞いていません。「ここらへん重要だよ、テストに出すかもよ」という雰囲気があるときだけは傾聴します。   総じて、興味のない講義では、テストに及第するための必要最低限の勉強しかしません。ICレコーダーで講義を録音することもしませんし、先生の話や板書をノートにまとめることもしません(学生としての理想像から逸脱していることは間違いないのですが)。 で、大学の授業はたいてい試験というものを伴います。   極力「期末試験で成績が決まる講義」だけを選んでとっているので、当然ながら学期末に試験が集中することになります。 そして私は、その試験日の一週間前から「音読」を中心にした勉強を始めます。 授業のプリント・レジュメ・パワポを集めて、テストに出そうなポイントを中心にひたすら高速音読&準高速音読をするのです。   プリントを音読することによって用語の意味や大まかな知識が頭のなかに入りますし、 音読の量も確保されるので、テスト期間中は相当文章力・思考の速度がドーピングされます。   さらに、「音読→白紙復元」、つまり「今しがた音読したところを空で暗唱しようとしてみる」というテクニックを使えば、 相当な知識の詰め込まれたプリントでもあっという間に頭に入ります(これは私だけの特権ではありません。誰でもできます)。   そしてテストの日を迎えます。 私はテスト勉強は好きではありませんが、テスト当日は好きです。 なぜなら、自分が行っている高速音読・準高速音読の効果が実感できるから。 自分の勉強法は間違っていないんだなと確認できるからです。   「時間内にこれを解け」という外部指令が下ることによって、脳のスイッチが入り、頭は高速回転を始めます。 論述形式のものであれば、設問文を見た瞬間に 「ああ、これはあのプリントのあそこに書いてあったな」 「ほかの学生はたぶんこういうことを書くだろうけど、ここらでGPAもちょっと上げておきたいから、 裏をついてこっちの道から論じてみるか。こうこうこうやって、ああやってこうして、 よし論理的にも破綻はしてないな。これでいこう。あとは書くだけだなー」 くらいのことは考えることができます。   普段はここまで高速で回転しないのですが、なにぶんテスト用に高速音読をしまくっていますから、 脳は完全に「問題解くモード」になっているのです。繰り返しますが、これは別に私だけの特殊能力じゃありません。 高速音読・準高速音読をやっている人なら、誰でもこの程度の思考力を持って当然なのです。   なお、穴埋め問題や選択式問題の場合に至っては、「答えが透けて見える」状態です。 それは、プリントの中身が「音読→白紙復元」でほぼ完全に写真として頭のなかに入っているから。 日常生活ではここまで頭の能力は出ないのですが、音読ドーピング状態だとこのくらいできてしまいます。   で(ここからは完全な自慢です)、たいていの試験で私は一番早く途中退室します。 別に一番を狙ってやっているわけではありませんし、答案の質や文字の丁寧を犠牲にしているわけではないのですが、 なんせ「考える」ということにかける時間が非常に短いので、どうしても早く出来上がってしまうのです。   何度か見直しして、「大丈夫だよな、どこにも直すべきところはないよなあ・・・みんなやけに遅いけど、自分だけが見逃している問題なんてないよなぁ・・・」と思いながら席をたち、 なるべく音をたてないように教室の後ろのドアから静かに退室していきます。   「なんでみんな音読しないんだろう。もったいないよなあ。俺より地頭良い元神童もいるだろうに。 音読の効果を知ってさえいたらみんなも間違いなくやるだろうになぁ~」と思いながら。   後日成績を確認してみると、即席の試験勉強だったにも関わらず、GPAは3.0を越えています。 「授業も聞かず、徹夜もせずに一週間勉強しただけでこれなら・・・まあ、全部A+を狙っているわけでもないし、良いんじゃないの」という感じです。   「ふざけるな、単なるお前の自慢話じゃないか!」と思うなかれ。 私の感覚として、音読(と食事と運動)をきちんとやっていれば誰でもこの程度にはなります。 みんなやらないからできていないだけで、きちんとやればいいだけの話です。   音読は「試験勉強」に効果抜群というのが、私の自慢話からわかりましたでしょうか。 基本的に、「これを理解すればだいたいオッケー!」という教材が決まっているものであれば、 大学の授業であろうと高校・中学の試験であろうと大丈夫です。音読でなんとかなります。   音読で受験勉強 当然ながら、音読は受験勉強にも効果抜群です。   受験生の場合は、なおさら音読すべき。 1.受験生は勉強を優先しやすい・時間を確保しやすい 2.受験の結果いかんによってかなりその後の生活が左右される 3.大学受験で試される「情報処理能力の高さ・思考力の深さ」を伸ばすのに、音読がぴったりである ためです。   受験生であれば、個人差はありますが、1日2~5時間くらい「高速音読・準高速音読」をやってもいいのではと思います。 もちろん、音読によって能力をドーピングしなくても東大なんて余裕だよ、というくらいの地頭を持っている人なら別ですが、 多くの人にとっては音読の導入が言語能力をはじめとした全般的な学力向上に直結します。   私自身(まーた自慢話を始めるよこいつ)、東大受験者がひとりもいなかった感じの高校から東大を受験して かなり良いところまで行けた(4点足りずに落ちた。このせいで説得力が下がる・・・)のは、 音読によって学力を激しくドーピングしたからです。 英語・国語・地歴を中心にして、たしか毎日3-4時間くらい音読してました。   それ以外の時間は主に「高速で一問一答をやる」とか、「模試の問題を解けるようになるまで修正する」とか、 「これと決めた一冊を何度も繰り返す」とかをメインにやっていた記憶があります。   音読を始める前の駿台東大模試(6月だったかな?)ではE判定だったのが、本番では受かる寸前まで行ったのですから、 まあ頑張ったんじゃないかな・・・? と感じます。   実際、東大の不合格通知に載っていた開示得点を見てみると、音読の効果がもろに出る文系科目の点数は軒並み高く(国語は合格者平均47点くらいだったのが68点、英語・世界史・日本史はいずれも合格者平均とほぼ同じだった)、 唯一の苦手科目であり国語力だけではどうにもならない数学ちゃんだけが悲惨な状況でした。   数学だけが鬼門でしたが、音読で文系科目が爆上げされたのは間違いのない事実です。 ちなみに、東大の試験においては「ボーダー付近では、1点の間に15人くらい詰まっている」と言われるので、 四点というのは結構デカかった説がありますが、まあ気にしない気にしない。 不合格通知によれば一応、不合格者のなかではA~DのAランクでしたから。   その後、数学が存在しないという私にとってはパラダイスみたいな某○○○大の後期試験に二連連続二回目の合格を果たし(現役のときも受かったけど蹴った)、 現在に至るわけです。   ・・・というわけで、 音読は受験にも効きます。 特に文系科目には「鬼に金棒」です。 数学についても、ある程度までは(センターで東大受験者の平均くらいはとれる)効果があります。   日々受験戦争のなかで死にそうな思いをしている受験生諸君、ぜひ「音読」をやってみてください。   音読の注意点 ここまで、夜中にやっている通販番組の如く音読をおすすめしてきましたが、 いくらか注意点もあります。   まず第一に、音読を目的としないこと。 特にはじめのうちは、「音読による効果が出すぎて、音読自体が目的と化してしまう」という由々しき事態が起こりえます。 あくまでも、音読は、あなたの目的を達成するためのひとつの手段でしかありません。   第二に、音読による記憶にはコツが要るということ。 前述した通り、「音読に加えて、白紙復元をする」とよいでしょう。 白紙復元とは、「もとの教材を見ないで、ソラで思い出す」ことで、紙に書いたり口頭でやったりします。   記憶力をあげたいのなら「覚え方を工夫する」「繰り返す」「思い出す力を上げる」の三通りのアプローチがありますが、 この白紙復元というのは、「思い出す力」のトレーニングです。 白紙復元を日頃からやっていると、そのうち写真記憶に近いこともできるようになっていきます。「自分は暗記が不得意だ」と思う人にはぜひ一度やってみてもらいたいですね。   私自身「写真記憶なんて、ウッソだろオイ」と思っていたのですが、 白紙復元を毎日の習慣にしてからはあっさりできるようになってしまいました。   音読は、インプットの手段としては、実はそれほど記憶への刻印力の強いものではありません。 ある程度記憶力が上がることは間違いないのですが、それでも、音読単体だと記憶力はそこまで上がりません。 しかし、音読に白紙復元をプラスすることによって、劇的な記憶力の向上が見られます。   第三に、音読と、それ以外の勉強法との使い分けをすること。 いくらなんでも、音読だけで受験勉強を乗り切るのは無理です。   音読によって基礎能力は上がりますが、その向上した能力をどう使うかも大切ですよね。 音読ばかりを礼賛してきましたが、黙読にもいいところはたくさんあります。   とにかく、「なにか極端なものにすがろうとする」のは十中八九間違いです。それはカルトやマルチ商法にどっぷり浸かる人の思考です。   「音読だけですべてがなんとかなるという勘違いはしないこと」にも気をつけてほしい。 当然のことながら、いくら音読で頭の回転が速くなったといっても、知らないテーマで小論文を書くことは難しいのです。   以上の注意点さえ踏まえれば、音読とはなんと素晴らしい勉強法だろう!と心底思っていただけると思います。 まずはやってみましょう。   以上、「音読は、試験対策・テスト勉強にめちゃくちゃ使える」というテーマでお送りしました。

頭の回転が遅い人ほどナメられやすい社会になっている → 音読で対策しよう! 後編

頭の回転が遅い人ほどナメられやすい社会になっている → 音読で対策しよう! 後編 「頭の回転の早さを上げる」と「セルフイメージ(=自己に関する信念体系)の再構築」が必要な理由 「前編」はこちら   内向的な人が、外向的な人々中心の現代日本において軽んじられないためには何が必要でしょうか。   内向的な人の絶対的な強みは、「思考が深い」という点です。 この思考の深さを活かせば、「こいつも結構考えてるんだな」という評価がつき、回りからの信頼感も上がります。 理想像としては、 ↑三国志の諸葛亮みたいなものでしょうか。 外向的なことは劉備・関羽・張飛らといった英雄にまかせておいて、 自分はあまり表に出ず、彼らに作戦や計画を与える感じのポジションです。 普段は無駄口を叩くこともありませんが、いざというときには深い思考力を見せます。   しかし、思考が深いということは、「深いところまで行って帰ってくるまでの時間もかかる」ということでもあります。このタイムラグのせいで、外向的なひとからすると「あいつはトロい・何を考えているかわからない」とみなされるわけです。   深く考えるという長所を保ったまま、外向的な人たちと対等のスピードを獲得するにはどうすればよいでしょうか? この問題の解決策はひとつ。 「頭の回転速度を上げることによって、深い思考を高速でできるようにすればいい」のです。   まずは、「頭の回転を上げる」ことによって、外向的な人々の会話のテンポについていけるようになる必要がありります。内向的な人は往々にして、「思考がまず自分の内側に向かうため、外の状況にまで気が回らない」という状態にあります。   この「まず自分の内側に思考が向かう」というのは内向的な人の性質として固有なものですから、変えようがありません。 つまり、外部の事象に対して反応するための時間的余裕が確保されていないことが問題なのです。その原因となっているのが、絶対的な頭の回転の遅さです。   したがって、頭の絶対的回転速度さえ上げてやれれば、「自分の内側で考える→それから外部に反応する」のスピード自体も向上するため、外向的な人たちと対等かそれ以上の反応速度を獲得することができるようになると考えられます。     また、「セルフイメージ(=自己に関する信念体系)の再構築」も必要となります。 信念体系とは、たとえば「自分はコミュ障だから、ほかの人とうまく話すことができない」といった信念のあつまりのことです。こういった信念が集まることによって、あなたの「セルフイメージ」が定まります。 そしてあなたは、そのセルフイメージに合致した行動をとり、合致しない行動は避けるようになっていきます。   つまり、コミュ障というセルフイメージを持っている人は、コミュ障に関係のある情報を集めたり、コミュ障らしく振る舞ったり、2chのコミュ障スレに集ったりするのです。 内向的な人であっても、この「外向的な人が多い中でも存在感がある、という風にセルフイメージを変える」ことによって、外向的な人々のなかでも自分らしさを保持したままふるまうことができるようになります。   頭の回転の早さは後天的な要素も大きい では、どうすれば頭の回転の速さが向上するのか? まず、あなたの現時点での頭の回転のスピードは、「遺伝と、環境と、これまでの習慣」によって決まっています。 しかし、適切な方法で努力を続けることによって後天的に頭の回転速度を上げることができるということを忘れてはなりません。人間の脳は、一般に考えられているよりはるかに可塑性(変化の余地)があるのです。   実際、私はこのブログを使って後天的に頭を良くする方法を発信し続けているのですが、よく思うのは、 「先天的に決まっている頭の良さももちろんあるけれど、その大部分は、実は後天的な訓練によっても獲得することができるんじゃないか? いま頭が悪くて困っているような人は、食事とか方法の間違いといったものによって能力の発現を阻害されているだけで、きちんと管理した生活を送っていけばかなり改善を見せるんじゃないのか」 ということです。   「頭の回転の早さを上げる」のは「音読・食事・運動」が基本 「頭の回転を上げるためにできることにはどんなものがありますか」と聞かれたら、私は基本的にこの三つを真っ先に挙げます。   まず、音読。 人間の思考の基礎は「言葉」です。 人間は言語を用いて思考するのだから、頭を良くしたい・回転を上げたいなら言語運用能力を上げればいいじゃないか、という話です。 その言語運用能力をもっとも効率的に高める手段として「音読」があります。 特に「高速音読」を毎日継続することによって、思考が高速化されていきます。 (そういえば最近、こんなスレッドを見つけました→【衝撃】高速音読を始めて6ヶ月で劇的な変化が起きたwwwwww)   「すぐに頭を良くしたいんだけど、どうすればいいの?」という素朴な疑問には、 「とりあえず今から三時間音読して、自分にどんな変化が起こるかを見ててくださいね」とお答えすることにしています。   とりあえず誰でも手軽に始めることができて、お金もかからないことですから、まずは音読から始めてください。 幸い、私自身がかなり音読に関する情報を集めていますから、必要な情報はこのブログのなかに揃っています。 http://kuritoritarou.com/post-1385/ http://kuritoritarou.com/post-1397/ http://kuritoritarou.com/post-1446/ …ただし、音読が目的にならないようにだけ気を付けてください。 あくまでも音読は、「あなたが〇〇に成功するだけの頭の良さを手に入れる」ツールでしかありません。   次に、食事。 私の最近の口癖ですが、現代人はあまりにも食事に無関心すぎます。   平均的な大学生の食生活は、身近で見ているからわかりますが、 「そら、こんな食生活してたら集中力なんて出なくて当然だよ」と感じざるをえないものです。   朝、パンにジャム塗って食べて牛乳飲んで大学へ。 授業中は自販機で買った清涼飲料水。 昼は学食で丼もの一品と、健康によさそうだという理由で野菜ジュース。 授業が終わったらサークル仲間とアイスじゃんけんをして、そのまま飲み会・定食屋へ直行。 脂っこい食事と、食後のデザートを楽しんで、帰って寝る。 こんなもんです。暇さえあればカップ麺を食べているのもいます。   別に何を食べようとその人の勝手なので私は口出しをしないのですが、 「あなたの脳のエネルギー・脳内物質の原料になっているのは、あなたの食事だけなんですよ」 「あなたの身体が受精卵の大きさ(0.1mm)から現在のサイズ(1m後半)になるまで、 あなたの身体の材料になってきたものは、あなたがこれまで食べてきたものだけなんですよ」 という事実だけは知っておいてもらいたいのです。   そのあたり、意外と無頓着な人が多いと感じます。 「きちんと集中力も精神的スタミナも出る食事をしている人」と、 「身体の中のバランスを無視してがつがつ食ってる人」とでは学業成績・仕事の成果が違って当然でしょう。   たとえば、「これさえ摂っておけばビタミン・ミネラルは十分確保できますよ」という (もちろん安全な)マルチビタミンミネラルのサプリメントもあります。 ステマめきますが、私が気に入っているのは↓このタイプのマルチビタミンミネラル(男性用。女性用はOPTI-WOMEN)で、 (クリックするとAmazonで見れます) 150粒・50日分で3900円(iHerbなら3400円程度)ですから、一日150円弱の計算で、現代人が不足しているビタミンミネラルが十分に摂れます。変な脳内ドーピング薬みたいなのを大枚はたいて買うよりは、こういったものをきちんと摂取する方が間違いなく賢いと思います。   ネイチャーメイドとかDHCのマルチビタミンミネラルを飲んでいる人も多いでしょうが、 そういうタイプのものは「マルチビタミンミネラル」に加えて「ビタミン各種」も別個買う必要があるので結局高くつきます。 なんだかんだで月6000円くらいかかります。 このOPTI-MENならもっと安上りなのですが、それについてここでダラダラ述べるのはアレなので、 http://natural-workout.jp/optimum-optimen/ という素晴らしい記事を見つけたのでそっち(外部サイトです)も読んでみてください。   なお、私は今まさに「栄養と食事と健康」についての本を読み漁っており、 この「音読法シリーズ」には「頭が良くなる食事法」という項目も追加する予定です。お楽しみに。   最後に、運動。 「えーっ、運動すると頭の回転速くなるの?」と思われるでしょうが、なります。   実は、運動ってのは脳にメチャクチャ良いんですよ。 小さいころ・若いころに身体を十分使った人ほど、その後の伸びしろがあります。 身体運動能力と頭の良さの関係についての研究はこれからもっと進んでいくはずですが、 そのうち「本当に頭が良い人はスポーツをやらせてもうまい」あるいは「スポーツのうまい人は頭が良い」というデータが出てくると思います。   なお、「嘘こけ。プロ野球選手はバカばっかじゃないか!」と言う人がいるかもしれませんが、 ただ勉強をしない傾向があるというだけであって、彼らは頭の回転自体はかなり速いんです。 私も一応野球経験者なのでわかるのですが、体育会系の部活でうまくやっていくには「気が利く」つまり「頭の回転が速い」ことが必要ですからね。   運動がどのように脳に影響するかについては、以下の本と記事を参照してください。 (画像がAmazonへのリンクになっています) http://tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2014/10/23/173503 http://kuritoritarou.com/post-737/   とりあえず言っておくべきことは、頭の回転を上げたいなら 「適正体重になりましょう」 「(女性でも男性でも)適度な筋トレで身体を引き締めましょう」 「せめて毎日30分くらい歩きましょう」 この三つです。 運動については、基本的にはこの三つだけで十分だと思います。   ちなみに、運動をすると、身体が引き締まったり、気分が爽快になったりします。 外見が整うことによる心理的余裕も生まれます。 燃費のいい身体になりますし、精神的スタミナも上がります。 とりあえず鍛えておいて損はしません。   「信念体系の再構築」とはどういうことか 信念体系の再構築とは難しい言い方ですが、 要は、「セルフイメージ」を変える、ということです。 「脳を情報的に変える」と言ってもいいでしょう。   先ほども述べましたが、 自分の脳は、自分らしいことしかやろうとしないのです。   普段コミュ障でまっとうな陰キャ生活を送っている人が、 急にPRIDE(年末年始にやってた格闘技番組)で日本中の注目を浴びながらボブサップと対戦することになったとしたら、その人の脳は「これは自分らしくない!無理無理無理無理無理無理」と拒否反応を起こして、腹痛なり発熱なりといった仮病をデッチ上げてドタキャンするはずです。 人間の脳は、セルフイメージに沿ったことしかやろうとしないというわけです。   「食事・運動・音読」によって「物理的に」はたらきかけて頭の回転を速くすることもできますが、 実は、「情報的に」脳にはたらきかける=セルフイメージを完全に書き換えてやることによって高い能力を得ることもできるのです。 とはいえ、この記事の字数も膨らんでまいりましたので、詳細は以下の記事に譲ります。 http://kuritoritarou.com/post-1431/ さっくりとまとめ さて、今回の記事では 「内向的な人が、外交的な人たちのなかでうまく立ち回っていくためには、①頭の回転を上げる ②セルフイメージを書き換えてやる ということをすればよい」 ということを述べました。   内向的であることは悪いことではありません。 iPhoneを作ったのもWindowsを作ったのも現代社会のテクノロジーを開発したのも、 みんな「陰キャ」です。   なぜか現在では内向的な人が迫害されているような感じですが、 内向的なのは決して悪いことではありません。むしろいいことです。 内向的な人が三割も生き残っているということは、残りの七割の外向型だけでは人類は繁栄しなかったということです。 めげず、くじけず、教室の隅っこにひっそりと咲く月見草みたいな感じで頑張りましょう。

頭の回転が遅い人ほどナメられやすい社会になっている → 音読で対策しよう! 前編

頭の回転が遅い人ほどナメられやすい社会になっている → 音読で対策しよう 前編 現代社会を「外向的勢力」「内向的勢力」の二分法で考えてみる 私はいつも、「二分法の極端な思考法は、複雑な現実に対処できないから良くないよ」と記事の中で言っているのですが、今回はあえて二極化させて考えてみます。   つまり、現代の日本人の状況を、 「外向的→やや外向的→どっちでもない→やや内向的→内向的」 という連続体(スペクトラム)で考えてみるわけです。   さて、現実世界に生きるあなたはどこらへんに属するでしょうか。 私は「やや内向的→内向的」あたりかなと思いますが、あなたはどうでしょうか。 だいたい人口比でいえば、「外向的な人が7割」に対して「内向的な人は3割」くらいだそうです。   さらにいえば、「外向的な人」と「内向的な人」というのは、そもそものエネルギー充電方法からして違います。   疲れた時に、パーッと飲み会を開いて他の人と集まり、「おつかれー!」と労をねぎらうのが外向的タイプ。 外向的な人は、他の人と会うことによって元気になります。   疲れたら他の人を遠ざけて一人になり、自分の時間をゆったりとって静かに休息したいのが内向的タイプ。 内向的な人は、一人の時間をとることによって元気を回復します。   ちょっと考えてみてください。自分はどっち寄りなのか、あるいはどっちでもいけるのか。     外向的な人は「声が大きい多数派」 「外向的な人」と「内向的な人」の間には、しばしば壁が存在します。   外向的な人からすれば、反対側にいる人たちのことは 「ガリ勉」「陰キャ」「オタク」「パッとしない」 というように見えていることでしょう。   逆に、内向的な人からすれば、外交的な人たちのことは 「オラついてる」「DQN」「不良」「リア充」「脳筋」 という感じで見ています。   外向的な人と内向的な人との差をマスメディアに例えてみると、 「テレビ的・お笑い芸人的」vs「活字派・文化人的」 みたいなものでしょうか。   具体的な人名で例えてみると、 松本人志・有吉弘行 vs  筒井康隆・宮崎哲弥 くらいになると思います。   学校の状況で言えば、 「教室の後ろのほうでスマホいじったり授業を抜けたりしてるリア充」vs「前の席でガリ勉してる陰キャ」 みたいなものでしょう。   外向的な人について言えば、彼らは「多数派で、自己主張をすることをあまり厭わない、集団を好む」わけですから、必然的に社会の中での表面的な発言力は大きくなります。 会話シーンでは、外向的な人は「頭の回転が速く、ポンポンと返答・相槌することができ、ノリが良く、物理的な声も大きい」特徴があります。(内向的な人の目線から悪意を持って解釈しなおすと、『良く考えずにその場のノリと空気だけで行動するうるさい集団』になるのですが…)   逆に、内向的な人については、「少数派で、自己主張が苦手で、一人あるいは少数を好む」わけですから、当然社会的発言力は比較的小さくなります。 実際の会話シーンでは、内向的な人は「じっくりと考えてから物を言い、深い洞察力を持ち、その場の空気に流されず、平穏な語調で会話する」傾向が強く出ます。(こちらも、外向的な人からすると「頭の回転が遅く、反応も遅くトロトロしていて、小難しいことばかり並べ立てる無力な陰キャの集団」ととられることもあります)   コミュニケーション能力は一見して「外向的>内向的」のように見えますしそう思われていますが、 「思考の深さ」「親密さ」「長期的に安定した関係」といった点では内向的な人の方が優れていますから、 結局はイーブンです。 (なお、ここまで言ってきたことには大した科学的根拠はなく、経験上・観測上そういう傾向があるんじゃないの、というくらいの話です。少なくとも私にはこういう実感があります)   内向的な人であっても、頭の回転を上げることができれば外向的な人と対等に付き合える コミュニケーションの形態が異なるというだけで、外交的な人と内向的な人との間にはコミュ力にさしたる違いはないはず……なのですが、なぜか現実世界では 「外向的な人の方が優れており、使える。内向的な人はダメ。使えないし、トロい」 と思われてはいないでしょうか。   「外向的な人」を礼賛しがちなマスコミ(テレビはその最たるもの。あとは就活とか)による影響に加えて、 多数派の人の方が声が大きい&数が多いため、 内向的な人たちは「自分たちも、自分の殻に引きこもってないで、自己主張をガンガンやらなきゃダメなんだ。内向的な人は社会のガンなんだ」 くらいに思いがちです。   しかし、人類がここまで進化する過程で「外向的:内向的=7:3」という比率を保ってきたのは、 内向的な人であっても外向的な人と同様に社会に対してなんらかの貢献をすることができるから、 ではないでしょうか。 「内向的である」というのは単なる個人の性質であって、それを活かしたコミュニケーションをすればいいだけの話です。   とはいえ、外交的な人ほど有利になるようにできている現在の社会で、深謀熟慮の内向型人間はなにかと不自由な思いをしがちです。頭の回転が素早い「外向的な人々」によってぞんざいに扱われる可能性も高いでしょう。   たとえば、お笑い芸人の松本人志氏は「噛む」ということに対する笑いを得意とします。 テレビでしょっちゅうそういうネタをやっていますから、世の中にもそういう「イジり」が広がっています。 「あっ、噛んだ、噛んだ。こいついま噛んだ」 というような感じでやられると、内向的な人は茶々を入れられて「うっ…」となります。 「なんだよ」と反発でもしようものなら、 「なに、キレてんの?うわ、陰キャがキレた!」→ \ドッ/ \ワハハハ/ と言われておしまいです(かなり極端な例ですが)。   そうやって邪魔が入ったりするうちに、「内向的な人はいじる対象として格好の獲物」という共通認識が生まれ、 どんどん内向的な人の意見は軽んじられるようになっていきます。 内向的な人のほうでも、「どうせ自分が行ったところで」と思ってしまいがちです。 内向的だと自認している人は、そういう経験がないでしょうか。そうやっていじられて、悔しい・恥ずかしい思いをした記憶がある人は案外多いはずです。   「マウントをとる」といいますが、 外向的な人ほど集団内での自分の地位を気にする傾向が強くなりますから、 反抗しなさそうな内向的な人を選んで「イジり」の対象にすることによって、 相対的に自分の地位を上げようとする心理があるのだと思います。   そういった状況にうまく対処するために内向型人間ができる対策として、 「頭の回転を劇的に上げて有能化する」 「自分の信念体系を書き換える」 ことが挙げられます。   次回の記事では、そのために具体的にはどのようにすればいいのかを考えていきます。 【後編へ】   【頭がよくなる音読法のすべて に戻る】

「アウトプットの場を用意した上で読書をする」ことがなぜ重要なのか

「アウトプットの場を用意した上で読書をする」ことがなぜ重要なのか インプットだけだと意外と頭に残らない もし、あなたが 「30分あげますから、これらの100個の英単語の意味をできるだけ覚えてください」 というテストを受けるとしたら、どんな方法を使って英単語を覚えようとするでしょうか。   だいたいの人は、「ひたすら英単語を眺める」ことによって記憶しようとするのでは、と思います。 ごく一部の勉強法について調べたことがある人だけが「ひたすら確認テストを解きまくる」という選択をするはずです。   実際にやってみればわかりますが、前者の「インプットオンリー」方式では、意外と成績が伸びません。   むしろ、間違えまくっても良いからひたすら確認テストを解きまくるという「アウトプット重視」方式のほうがはるかに早いペースで単語を習得することができます。   なぜこのようになるかといえば、脳の性質として、 「間違えないと学習しない」 傾向が強いからです。   人間は元来かなり「マイナスに敏感である」ようにできています。 たとえば、夜のジャングルで近くの藪から「ガサッ!」という音が聞こえたら、 「もしかしたら人食いトラかも」と身構えるでしょう。そうでない可能性の方が高いはずなのに。   「プラスかマイナスかわからないのであれば、安全策としてマイナスの解釈をとる」方が、生き延びる上では有利だったと考えられます。現代社会というかなり安全になった社会では、それが裏目に出てトラウマや被害妄想になることもあるのですが。   ともあれ人間は、「間違った!」というマイナスのショックに、より過敏に反応します。 確認テストを解くことによって「あれ?解けない!これも間違ってる!これもだ!」というショックが与えられて、それが強いインパクトとともに記憶に残る……だからこそ、確認テストなどによって「アウトプットする」ことによって記憶効率が上がるのです。   君インプットだけで人生を終えたもうことなかれ このように、人間は「アウトプット」を積極的に行うことによって、より効率的な知識習得ができます。   さらにいえば、「積極的にアウトプットをする」というのは、 「インプットだけで人生を終える」という悲劇を防ぐ役割もあります。   これは佐藤優氏が『読書の技法』で書いていたことですが、佐藤氏は 「いま、頭の中に500くらいの新書籍のネタがあるけど、死ぬまでにそれらをすべて書ききることはできないだろう」 という状態だそうです。 まだまだ言い残したことがあるという未練を残しながらこの世を去る……なんだか化けて出そうです。   確かに、「圧倒的なインプット量がなければ、優れた創作活動をすることはできない」のは本当です。 評論家や作家といた人々は、平均して、優に数千冊は読んでいます。 圧倒的な知識量・読書量があってこそ、脳内で化学反応が起きるのですから。   しかし、「インプットしすぎて人生の残り時間が少なくなってしまう」というのもまた困ったものでしょう。 「今年は1000冊本を読む!」と目標を立てるのは良いことですが、「それに見合ったアウトプットの場を確保しておくこと」もまた同時に行われなければなりません。そうでないと、前述の通り知識の吸収効率が悪くなるからです。   「若いころ(30~40歳くらいまで)はインプットに専念すべきだ」という選択肢ももちろんありますが、 そうすると「作家や学者といった、アウトプットによって経済的に自立したい人」にとってはかなりのハードルとなります。そんなに悠長にインプットばかりしていられないよ、という話です。 30~40歳ともなれば、経済的に自立することが社会的に望まれます。本人にとっても、「30~40歳までインプットに専念できる環境を用意する」のは結構な難題です。大学の博士課程くらいでしょう。   それよりもっと良い方法が、「アウトプットの場を確保した上でたくさんインプットする」という選択肢です。 知識を定着させるのも楽ですし、アウトプット場所の選び方しだいでは経済的に自立することも十分可能ですから。   「書を捨てよ、街に出よう」という寺山修二の有名なタイトルの真意は、案外このあたりにあるのかも。 「インプットばかりしていると、思ったより知識も定着しないし、貴重なアウトプットの機会を失うことになるよ。それは効率が悪いだろう。それよりも、街に出て、実際に自分が学んだことを実世界に応用してみたらどうだ。その方が知識の吸収がスムーズになるし、アウトプットの仕方しだいではお金を稼ぐこともできるぞ」という忠告なのかもしれません。   どうせアウトプットするのなら、他の人の役に立つ&自分も得をするようにやろう アウトプットそのものの重要性については以上の通りです。   インターネットを使ったアウトプットとしては、たとえば 「自分が学んだことを活かして、電子書籍を出版する」 「ブログを開設して、書評や、学んだことをまとめる」 「Amazonで、質の良いレビューをたくさん投稿する」 といったものがあります。   これらのアウトプットはどれも「他の人のためになること」です。 現在の社会では原則的に、「他の人のためになることをしてくれた人には、対価としてそれに見合ったお金を渡す」というシステムが採用されていますから、こういったアウトプットをしていくことによって「他の人のためにもなるし、自分のためにもなる」という結果が得られます。   なお、「Amazonで良質な商品レビューを書く」ことによって、もしかすると「Amazon Vine 先取りプログラム」というものに選ばれるかもしれません。簡単に言えば、このプログラムの参加者は「これから発売される予定の新商品のサンプルをタダでもらえる」という特典が与えられます。 何人に一人が当たるのかとか、どれくらい書けばそれに選出されるのかといった細かい情報は開示されていませんが、とりあえず気になった人は「まじかよ…Amazonで『レビュー』を書くと色々貰えてお得だった」(Naverまとめ)をご覧ください。   ブログで稼ぐ人も結構いるみたいで、そういう人には 「ぼくがブログ収入を公開する理由。」(まだ東京で消耗してるの?) 「ブログ月収100万円をこえて分かったこと」(やぎろぐ) ベタなところですが、このあたりをおすすめしておきます。   アウトプットしないと「精神的にヤバい状態になる」かもしれない さて、前項では「アウトプットで社会貢献をしながら自分も得しよう!」という、カントの墓の前で言ったら蘇ってきそうなことを述べました。   では、この「アウトプットで社会貢献&自分も得をする」を裏返すとどうなるでしょうか。 こうなります。   「インプットばかりしてアウトプットしない人は、社会に対して何の貢献もしていない&何も得しない」。   ……非常に露骨な言い方をすれば「ごくつぶし」ですね。 消費活動をする以外に何も生み出さないという点でまさに穀潰しそのものです。 社会的資産を何ら増やさないのですから、「インプットだけしかしない人」というのはかなり存在意義が危ぶまれます。 インプット活動以外に何かの職業をこなしている人であればまだマシと言えますが、この場合でも「労働+インプット」ですから、アウトプットの量が不足していると考えられます。ビジネスパーソンの方だとけっこう多いのではないでしょうか。「労働した後はネットサーフィン」みたいな生活をしている人。   さらに、インプットばかりしてアウトプットをしないと、必然的に生活が逼迫していきます。 「たくさん本を買いまくったり、漫画を読んだり、映画を観たり、アニメを楽しんだりはするけど、 そのインプットを活かして収入を得ることをしない」というのでは大赤字でしょう。 インプットばかりでアウトプットが不足している、という生活スタイルは経済的にも不合理なのです。   インプットばかりの生活は、精神的にもかなりキツいものがあります。 前述の経済的不安に加えて、「自分が社会的資産を新生していない」という実感は、そのまま「どこか満たされない感じ」に直結します。「自分は、ひたすら既存のコンテンツを浪費・消費するばかりで、なにも生み出さない穀潰しじゃないか」と。これが、思ったより精神に来るのです。   私自身そういう経験をしているので、よくわかります。 「一日をインプットだけで終える生活」をしていた時期があったのですが、なんとなく満たされない空虚さに苦しめられました。楽しいことには楽しいんですが、なんとなく親の遺産を食いつぶしながら生活しているようなうしろめたさがあったのです。   自分でなにか新規のコンテンツを生み出すのならまだ生きている実感があるでしょうが、社会に対して何ら新しいものを提供しないというのは想像以上にキツいのです。 なんせ人間は社会的動物なんですから。 自分が所属する共同体・社会にコミットしないことには「自分は、たとえ小さなものであっても、社会に対して貢献しているのだ。だから自分には存在価値があるのだ」という実感が得られないのです。「他人に無関心な人」が白眼視されるのとまったく同様の理由で、「社会に対して貢献していないと思われる人」も蔑まれます。   こういった状況に陥らないためにも、「アウトプットの場」は確保されるべきです。 どうせインプットするのなら、アウトプットも一緒にやりましょう。 アウトプットの場を確保しながらインプットしていけば、「経済的」「精神的」「効率的」にすぐれた創作ライフを送ることができるのですから。   私のようにブログを始めるのもよし、研究に没頭することで社会に貢献するのもよし、Amazonのカスタマーレビューを書いてみるのも、電子書籍を出版するつもりで情報を集めるのも良いでしょう。   とにかく、「アウトプットの場を確保しながらインプットする」ことは、本当に大切。 それが、私がこの記事で伝えたかったことです。  

毎朝やりたい! 最高の効率で最高の結果が出る音読の方法

音読は一日何分やればいいか 今回のテーマは、「音読は一日何分やればいいか」について。   東某○○○大の川島教授は一日20分でいいというけど、それだと物足りない。 かといって、2ちゃんねるの音読ジャンキーみたいに一日八時間とか十時間とかやるのも気が引ける。 仕事もあるし、学業もあるし、飲み会もあるし、自由時間を確保したい。   ーー多くの人は、このあたりで悩むようです。 そこで、音読の経験が豊富な私が試行錯誤の結果たどり着いた最高効率の音読の方式と、 それを皆さんの生活に上手に取り入れてもらうためのいくつかのコツを伝授します。   大切なのは「ゴール本位の思考」をすること。手段と目的を逆転させない! このブログで何度も触れていることですが、人間がよくやるミスは「手段と目的がいつのまにか逆転している」こと。   たとえば、 最初はキレイになるためにはじめたお化粧が、いつの間にか「ほかの人よりも高価な化粧品を手にいれる」ことが目的になっていたり。   あるいは、私が造詣の深い(?)野球界では、 「ランニングをすることによって、強い体を手に入れる」という目的だったのが なぜか「野球選手はランニングが命!」みたいな風潮になっています(そもそもランニングで体が強くなるという言い方自体に論理の飛躍がありますが)。   他にも、 「強いチームになるために、とりあえず強豪校の練習の真似をしてみる」 はずだったのが、 「強豪校がやっているから正しいのだ!」にすりかえられたりしています。   (このあたりの例を考えるたびに「やっぱり論理的に考える能力ってとても大切だよなあ」と思います。 資本主義の社会、自由主義の社会においては「他者との競争」がかなり重視されます。 自分がやっていることを冷静に見つめ直す機会が与えられないまま、 これをやればいいのだという安直な選択肢に飛び付いたり、 論理的につじつまの合わないことを思考停止状態で受け入れたりしてしまいがちです)   このような「目的と手段を逆転させる」事態に陥ってしまうと、そこで思考停止してしまいます。 本来は目的のために考えを巡らせるべきなのに、まとめノートの鬼と化した中学生の如く、手段に依存するようになるのです。   あくまでも、「音読は、ゴールを達成するためにやるのだ!」ということを忘れないようにしてください。 音読は目的にはなりません。   私の場合、ひとつのゴールは「理不尽な死(=戦争・病気・飢餓・事故・災害・自殺・殺人)のない世界を作ること」です。 そのゴールを達成するためには、たとえばブログで稼いだお金で、事故や災害を防ぐ道具をつくっている会社に投資したり、 作家業で得た収入を使って会社を立ち上げ、飢餓状態にある人々が食料的自立を果たせるように援助したり、 あるいは、世界各国の要人と対等に話し合えるだけの頭脳を手に入れたりする必要があります。   私は、そういった「ゴールを達成するための必須条件」をクリアするためのツールとして音読を利用する、と決めています。 部屋のなかで一人で音読しているだけでは何も変わらないし始まらないからです。 あくまでも、ゴール本位の行動をする。   たしかに音読は素晴らしいツールです。 これほどまでに広範囲に渡って効率よく能力を開発できる方法論は他にはありません。   しかし、ツールはツールであって、目的ではありません。 そのツールを使ってあなたは何をしたいのか? それを考えた上で、目的に見合った分だけ音読をするようにしてください。   私の音読ルーティン;「頭の回転を速くしつつ、精神的落ち着きを得ながら、専門分野の勉強にもなる」一石三鳥のやり方 では、実際にどのように音読をすればいいのか。 私が現在行っている音読のルーティンは以下の通りです。   まず、口・舌の筋肉のウォームアップを兼ねて、朝ごはんをよく噛んで食べます。 「自分が今食べている食事が、自分の身体にエネルギーを補給して元気にしてくれる。 頭の回転も速くなり、身体の中にあった毒素的なものを残らず一掃してくれる」 というイメージをしてから食べます。 「よく噛む」ことはリズム運動ですから、精神に落ち着きを与えるセロトニン分泌の助けになります。   それから、食後は五分間瞑想します。   瞑想が終わったら、 「5~10分程度高速音読 → 20分程度準高速音読 → 5分前後瞑想」を2~3セット。 声の大きさは、読み上げるスピードを最大化するために「つぶやき程度の声」にします。     また、音読の際の呼吸としては、「深く息を吸い込んでから、その一息で行けるところまでいく」ことにしています。 音読そのものに心を落ち着かせる効果があります(セロトニンが出ます)が、 それに加えて深呼吸(これもセロトニンが出ます)を行いながら音読するわけです。 また「一息で行けるところまで行く」という意識を持つことによって、音読がゲーム感覚になり、速く読み上げることが楽しくなります。   音読する教材ですが、昔は「難しくて黙読できないが、音読なら読み進んでいけるもの」を音読していました。 しかし、「理解できないものを音読しても理解できない。これでは時間を無駄遣いしているのではないか」と思ったため、 「音読でも理解できる難易度で、かつ、今興味のあるもの」を音読することにしています。 最近では「人工知能は人間を超えるか」、「哲学的な何か、あと科学とか」、「現代洗脳のカラクリ」などを音読しました。日中にもこういった本を読むので、つまりは「黙読の続きとして音読する」スタイルです。一冊の本を読み終えるスピードも速くなります。興味のある本を読むわけですから精神的負担もかかりませんし、どんどんその分野に詳しくなっていきます。   音読の長所として「書かれている内容が音読で理解できるレベルであれば、その内容が身体に入ってくるため血肉になりやすい」という点がありますから、現在のやり方はかなり効果的です。理解できるし、定着もします。   音読時の姿勢ですが、気分によりけりでやっています。 ベッドに腰掛けながら音読することもあれば、歩きながら音読することもありますし、ベッドに寝そべりながら音読することもあります。ここらへんの使い分けは、完全にその日のテンションによります。   ここまで、起床してから、アファメーションを行って、洗顔して、朝日を浴びて、食事して、音読が終了するまでだいたい二時間前後になります。   毎朝これをやるようにしてから、その日一日頭の回転が速い状態が持続するようになりました。 授業中に眠くなることもありませんし(そもそも私はほとんど授業を聞かないのですが)、 日中に文章を書く作業をしていても、はかどり方が全然違います。   私の現在の音読スタイルは、 「セロトニンが出やすいようにしてあるので、抜群の精神的安定が得られる」こと、 「朝食後というタイミングで高速音読をやることによって、その日が終わるまで頭の回転が速い状態が持続する」こと、 「興味のある本を高速で音読するため、専門用語を習得できるし、その分野に詳しくなれる」こと、 この三点において、これまでのいかなる音読法よりも優れているのではないか、と思っています。   (なお、学校が休みだったり、朝から文章を書きたくなったりした場合には、あえて音読を休むこともあります)   長時間音読は「初期」か「脱引きこもりのため」か「たまに」でいい 二時間を越える音読を、私は「長時間音読」と呼んでいます。   正直な話、私は最近、あまり長時間音読はしません。 「長時間音読すると、ほかのことができなくなってしまうから」という理由もありますが、それよりも、 「こういう場合であれば長時間音読してもいいんじゃないか」という線引きができるようになったからでもあります。   2ちゃんねるの音読ジャンキー、という言い方を私はよくするのですが、音読ジャンキーになってもいいのは 1 「音読をはじめたてで、どういう効果があるのかわからない人」 2 「ニート・引きこもり状態にあるため、時間が有り余って仕方がない人」 3 「普段は1~2時間程度の音読だけで十分だと思っているけど、たまには気晴らしで何時間も音読してみたい人」 だと思っています。   1 音読初心者の場合 1については、たとえば、それまでほとんど音読をしたことのなかった人が、 いきなり三時間くらい頑張って音読してみる、という場合です。 まったくの音読初心者が三時間をいきなりやる場合は、かなり効果が強烈に実感されるはずです。   私自身、はじめて長時間音読をやってみたときの衝撃は忘れません。 けっこう頑張って三時間くらい音読して、ちょっと休憩してから文章を書き始めてみたのですが、 言葉が次々にあふれでてきて筆が止まらず、「なんじゃあ~こりゃ~」という感じでした。   ですから、「音読の効果を体感するために、初心者が長時間音読する」。 これはアリでしょう。   2 脱ひきこもりしたい人 私は、基本的には性善説の立場をとる人です。 遺伝的・環境的に不可逆な精神的欠陥を持った人でない限り、人間はなるべく「良い方へ良い方へ」と行こうとするはずです。   「世の中に貢献できる強みを作るために意図的に一定期間引きこもる」人もいますが、 たいていのひきこもり状態にある人は、根本的には自分という存在をもっと向上させたいと思っているはずです。   ニート・引きこもり状態にあって時間が有り余っている人にも、音読はおすすめです。 「音読を続けて脱引きこもりした」という体験を語っている人もいます。 匿名掲示板の書き込みではありますが、音読関連でのステマというのは考えられにくいですから、本当の話だと私は思います。   引きこもりの人ならば、時間はあるはず。 そのうちの何時間かだけでも音読するようにすれば、 言語野・前頭前野をはじめとする「ほかのひととコミュニケーションするための部位」が鍛えられて、 多くの場合、自然と対人能力が戻っていきます。   (もちろん音読だけではなく、過去のとらわれから脱するための様々な手段を試してみることも効果的です。食事を変える、習慣を変える、など)   3 たまには長時間音読するかー、という人 私がいままさにこれです。 2・3週間に一度くらいのペースで、「たまには長時間音読してやるか」というくらいの感じでやります。   日常でブログを書いたり文章を練ったりしているので、音読をあまりしなくても、思考能力自体はそれほど落ちません。 それでも、 「ちょっと最近、音読で思考力をガツンとあげてないなー」 と感じたら、暇になり次第長時間音読をやることはあります。   原点に戻るというのでしょうか、不調に陥ったスポーツ選手が基本技術を見直すような感じで、 ほんのたまに、音読しまくってみることもあります。   以上挙げた三つのケースに該当しないひとは、基本的に長時間音読はしなくてもいいんじゃないか、と私は思います。   音読をする時間帯;もっとも相乗効果の高い時間帯を選ぼう ちなみに、音読を朝にやるのも特別な意味があります。 まずは前述の通り「朝に頭のエンジンをかけてやる」こと。   朝食もそうですが、毎朝日光を浴びることも継続しています。 日光は、「朝が来たと脳に知らせるため」に浴びます。日光を浴びるとセロトニン分泌が始まるからです。 あまり知られていないのですが、セロトニンは「人間の意識覚醒レベルを引き上げる」神経物質なのです。   そして、朝のうちにセロトニンを出しておくことによって、夜にセロトニンがメラトニンという睡眠物質に変換されて、 寝付きが良くなります。夜に高速音読をすると、逆に頭がさえて眠れないかもしれません。   音読は、いろいろな相乗効果を期待するのであれば、できるだけ「朝」のうちにやることをおすすめします。     今回のべてきたように、音読というのは、やり方しだいで効果が二倍にも三倍にもなります。 私よりあとに音読をはじめた人が私と同じ轍を踏まないようにと思って、 自分が考えた音読の方法論を書きました。 皆さんはぜひ、今回の記事でのべたような情報を上手に活用して、もっともっと快適な人生を送ってください。      

音読の限界速度が上がれば、頭の基本回転速度も上がる

音読の限界速度が上がれば、頭の基本回転速度も上がる 高速音読と凖高速音読 このブログでは何度か「高速音読」についての記事を書いています。 なぜ「高速音読」を重視するのか。   音読をするうえで肝となる意識は、 「最高速度を更新し続ける気持ちで読み上げる」 ということです。   なぜそうするかといえば、脳はすぐサボりたがるから。 脳という器官は実に手抜きが上手で、常に「もっともっとできる!限界を更新しろ!」という勢いでムチを入れてやらないと、 「ま、このくらいでいっか」というコンフォートゾーンに浸ってしまいます。   「限界を超える」という刺激がないと、脳はすぐに 「よし。余力がある。70パーセントの力しか使ってない。余裕だな。いっちょさぼるか」 と休み始めるのです。   その怠惰を許している限り、音読の効果は半減することになります。 「順高速音読」でも効果は十分にあるのですが、 そもそもの目的の一つである「思考速度をアップさせる」「頭の回転速度を上げる」という目的がハンパなままになってしまうのです。 (参考:「ドン引きするくらい頭が良くなる! 「イメージしながら高速音読」の圧倒的効果」)   ですから、「限界を超える速度」を極力維持したまま音読をし続ける必要があります。 しかしこれが結構難しい。 気を抜くとすぐに「凖高速音読」になってしまいますし、そもそも高速音読はかなりの精神的スタミナが要ります。   私の場合、「高速音読」は、フルパワーを連続でやればだいたい5~10分程度が限界となります。 「凖高速音読」であれば20~30分程度です。 「準々高速音読」(気持ち速めに読み上げる)なら、調子が良ければ一時間くらい連続してやることができます。   ですから、私は朝食後の舌が回りやすくなっている時間帯に、 「5~10分高速音読 → 20~30分凖高速音読 → 5分瞑想・休憩」を2~3セットやることにしています。 体調やその日の気分・予定によって微調整はしますが、だいたいこのルーティンを続けています。 精神的なスタミナには個人差もありますから、各々最適解を見つけてください。   またそれに加えて、時間があって、かつ「集中して黙読するだけの精神的エネルギーが残っていない」か「最近なんか頭のキレが鈍ってるような気がする」ようなときは、 2~3時間、音読でも理解できる程度の難易度の本を読み続けることもあります。 だいぶ前であれば一日8時間くらい読んでいた時期もあったのですが、 ここまで行くと目的と手段が逆転している(音読が目的になっている)ような気がします。   「音読がどれだけ脳に良いのか確かめたい」という意図のもとで8時間とか10時間とか音読し続けるのは良いと思いますが、 毎日やれるものではありません。長時間音読は、基本的には「暇な人用」か「音読の効果を本当に実感したい人用」です。     なお、最高速度を更新するつもりでやるのであれば、声は張り上げないほうが良いと思います。 むしろ、小声でささやくようなトーンが適しています。   「ハイスピードツイート・リーディング」という名称があるように、まさに「つぶやく」=「ツイート」するくらいで丁度よいでしょう。   だいいち、声を張って高速音読というのは声帯が疲れます。 声が大きいと読む速度も大して上がりません。 もしもあなたが、みんなに称賛される「ナイスボイス」を目指したいのであれば、 高速音読ではなく、音読の速度を落として「朗読」にすべきだと考えます。   音読する目的が「頭の回転を速くしたい」ならば、あくまでも「つぶやくような声の大きさで」高速音読し続けることをお勧めします。   また、「音読するとき用のセルフトーク・アファメーション」も有効でしょう。 音読をする合間合間に、「ロッキー」のコーチみたいに「もっとできる! まだまだ速くなる! もっと速く読み上げることができる!」と 自分の意識にはたらきかけてやるようにすると、より音読にメリハリが出てきます。   自分で自分に言い聞かせるよりも、そういった仮想コーチ的な存在を音読時だけ雇っておく(イメージしておく)のも手です。 松岡修造さんとかアントニオ猪木さん的な。   この音読時のセルフトークを継続していくうちに、「自分は高速で音読できる人間なんだ」というセルフイメージができていきますから、自然と読み上げるのがスムーズに、そして高速になっていきます。 そうなれば、大した精神的労力を要することもなく高速で読めるようになっていきます。   なぜ頭の回転速度も一緒に上がるのか? 高速音読の速度が上がっていくにつれて、頭の回転速度もどんどん上がっていきます。 理由その1 刺激→反応のサイクルが高速化される   理屈は単純で、まずは 「高速音読によって、刺激にたいする反応速度がどんどん高速化されていくから」です。   高速音読と言うのは、「できるだけ高速でジャングルの中を走り抜けること」と似ています。 目の前にある障害物や足元の状況などを敏速に察知しつつ、素早い体の反応で進んでいく。 目の前にある文章の発音を迅速に把握しつつ、できるだけ素早い脳の反応でクリアしていく。   高速音読では、「刺激!→反応!」のサイクルをできるだけ高速で回していくことが求められます。用は、高速音読をすることによってその「→」にかかる時間が限りなくゼロに近づいていくのです。頭の回転が遅い人は「グズグズするな!」と言われますが、その「グズグズ」というのはこの「→」にかかる時間が長い人を指します。   実際、人間の脳というのは「入力に対して出力する」という演算装置である、という側面を持っています。脳科学の本をよく読む人であれば、「人間の出力依存の装置である」という言い回しをよく目にすると思いますが、まさに「刺激→反応」のために作られた装置なのです。 音読が「目で見る→頭の中で処理する→読み上げる」というプロセスで行われることを考えると、音読とは「入力にたいして出力する」という練習にもなる、といえます。   そして、高速音読によって「刺激にたいして高速で反応する」という処理を積み重ねていくことで、絶対的なスピード感についていけるようになり、頭の回転も速くなっていきます。 高速音読とは「刺激を認識する→頭で演算する→反応を出力する」という一連の流れを高速化していく、ということなのです。 この点において高速音読の右に出る訓練方法は存在しません。   せいぜい近いところで、障害物や地面の凹凸の多いところで行うジョギングや、テニス・卓球・サッカー・バスケットボールといった高速反応を連続で行うことのできるスポーツがあげられるくらいでしょう。   「高速音読で、入力→演算→出力のサイクルが高速化する」。 これが「音読で頭の回転が速くなる」第一の理由です。 コンピュータでいえば、単純にCPUの処理性能が上がるということになります。   理由その2 人間の思考様式に応じたチューンナップができる 第二の理由は、「人間は言語・イメージを用いて思考する」ということに起因します。   人間というのは思考をする動物です。 思考の際に用いられるのは、大多数の人では「言語」であり、比較的少数の人では「イメージ」だとされています。 一般的に「左脳中心」「右脳中心」あるいは「論理型」「直感型」という分類がなされますが、 「左脳中心・言語・論理型」が多数派で、「右脳中心・イメージ・直感型」が少数派だと言われます。 (このような脳機能局在論に対して異論を唱える学者もいるようですが、ここでは触れません)   まず「左脳中心・言語・論理型」の人々の思考様式は、「言葉によって、直線的でシリアルな処理をする」というものです。 このタイプの人は、頭のなかで言語を使って考えます。 入試数学の問題を解くときでも、 「えーと・・・与えられた条件がこれで、示すべき結論がこれだから・・・ 結論から逆算して・・・式をこうやって変形して・・・これにこれを代入して・・・」 という感じで、直線的な処理を試みます。   直感的に把握するという芸当は不得意ですが、ひとつひとつ積み重ねるようにして論証していけるのがこの左脳言語型の強みでもあります。   一方で、「右脳中心・イメージ・直感型」は「視覚を中心とした感覚的なイメージを用いて、並列的に処理する」点が特徴になります。 一般的に、「数学者は右脳中心」と言われることが多いようです。 実際、数学がデキる人の間では「問題を見た瞬間に答えが見える」という感覚があるそうですが、それはまさにこの「並列処理」の賜物です。頭のなかで並列処理ができるからこそ、証明のプロセスをいっぺんに片付けることができる。 逆に、論理型の人は単列のシリアル思考ですから、「いっぺんに答えまで見える」ことは原則的にありません。少しずつ証明が進んでいって、だんだんいい感じになってきて、答えが見え始める。そういう感覚です。   つまり、右脳中心・イメージ・直感型の人は、一気に情報処理をこなすことができるという強みがあるということになります。 ここまで読んできた方の多くが気づいたことと思いますが、頭の回転の速さで勝っているのは圧倒的に「右脳型・イメージ処理」の人々です。パラレル思考ができるわけですから、言語型のシリアル思考に比べて数倍の速さで処理ができるというわけです。逆に言語型の人は、言語のメモリ占有率が大きいためにボトルネックとなってしまい、単列でちまちまとした処理をせざるを得ないといえます。 (当然、右脳・左脳をバランスよく使うタイプもいますが、その場合は両方の強みをあわせ持っていると考えてよさそうです)   音読は、この両タイプに効果的です。   まず、左脳中心・言語・論理型の人にとっては、前項でも述べた通り、単純処理速度の向上がもたらされます。 単純処理の速度が上がると、その余力を、ほかの思考に回すことができるようになります。 それまでは言語を操るだけでいっぱいいっぱいだったのが、高速音読によって単純処理能力とワーキングメモリ(並列処理のための領域)が増大すると、言語のメモリ占有率が下がって、言語という思考エンジンを二つ三つと搭載できる余力が生まれます。 つまり、単列のシリアル思考から、並列のパラレル思考へと進化できるのです。   右脳中心・イメージ・直感型の人にとっては、音読は「イメージでの思考に、言語的な確実性が出てくる」「イメージ処理の速度自体が上がる」というメリットがあります。   イメージだけで処理することの唯一の難点は、「直感的イメージを、みんなにわかるような言語情報に変換する作業は、意外と骨が折れる」ということです。イメージ・感覚的な話というのは自分や仲間には通じても、世の中の多数派の人々はあくまでも言語処理主体なので、言わんとすることを伝えられないのです。 音読によって言語野・前頭前野が鍛え上げられると、その翻訳作業が格段に楽になります。 つまり、音読は、高校生によくいる「数学の問題を、自分では簡単に解けるけど、ほかのひとに教えるのが苦手」という典型的な教え下手タイプの人にとっての福音になるのです。独りよがりの内的世界だけですべてを完結させるのも結構ですが、どうせなら世の中の多数派の人々に対して「こういうやり方があるんだよ」と教えてあげることも必要ではないでしょうか。   さらに、右脳中心タイプの人がもともと持っている頭の回転の速さについても、音読でいっそうの磨きがかかります。 「刺激→演算→反応」というサイクルの高速化自体は、右脳中心タイプの人にも効果的なのです。   実際、典型的な右脳中心タイプである苫米地英人氏(共感覚持ちです)は、 自らがアメリカのNDT方式のディベートチームの一員だったころに徹底的な高速音読訓練を施され、 その時期に読書速度が飛躍的に向上した、と述べています。   「イメージに言語が混ざると思考が遅くなるのではないか」と思われるかもしれませんが、もともとイメージ主体の情報処理ができているのですから問題ないはずです。右脳中心の情報処理を行う人であっても、音読特有の「入力→演算→出力サイクルの高速化」の恩恵を十分に受けることは可能なのです。   限界速度が上がると、平均速度も上がる 以上述べてきた通り、音読は 1 頭の最高速度を上げるのに最適 2 単列処理しかできない人でも並列処理ができるようになる 3 並列処理ができる人はもっと速くなる というメリットがあります。 総じて言えば「音読は処理速度をあげる」。 これにつきます。   特に、1の「頭の最高速度を上げる」については、 「最高速度が上がるほど、普段の平均思考速度も向上する」という素晴らしい効果を生みます。   たとえば、100メートルを10秒00で走れるアスリートにとっての「6割」は、一般人の全力疾走くらいでしょう。 一般人にとってはヒィヒィハァハァという感じでしょうが、アスリートにとってはいくらでも走れる強度です。 最高速度が上がれば上がるほど、手を抜いているときでも速い速度がキープされるようになるのです。   まさにこれと同じメカニズムで、 「音読によって思考の最高速度が上がっている人にとっての手抜きが、一般人の全力である」 ということが起こるのです。 なんであいつはあんなに頭の回転が速いんだろうと言われるタイプの人に近くなります。   実際、これは普段から高速音読を日課にしているとわかります。 これまでであればかなりハードだった速度が、どんどん自分にとっての心地よい速度に変わっていくのです。 この感覚に関しては、実際に高速音読をやってみないことにはわからないと思います。   ぜひ、高速音読を毎日の日課にしてください。 まさに「劇的に頭がよくなるとはこういうことか」という実感が得られますよ。  

読書という手段が目的になってしまっている人へ。「ゴール本位の思考」をしよう

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、「読書」について考えましょう。 「年に〇〇〇〇冊読みます!」「月に〇〇〇冊読みます!」と豪語する人は多いですが、 では実際それだけ読めば本当に頭は良くなるのか? 頭が良いからそれだけ読めるというだけの話ではないのか? というのが長年の疑問でした。 いうわけで今回は、「読書は手段か目的か」というテーマで考えます。 読書は手段か目的か? ゴール本位の思考をしよう 読書は目的になり得るのか → なる場合と、ならない場合がある 私見ですが、人間が犯す過ちのうちもっとも人気度が高いのは 「いつの間にか手段と目的が逆転している」 ということだと思います。   たとえば良く見る例で、 最初は「学年一位になるために勉強する!」だったのが、 勉強の過程で「まとめノートの鬼」や「付箋貼りの神」や「アンダーラインとマーカーの王様」になってしまう。 目的そっちのけで作業に没頭してしまう、という例があります。 これは目的と手段を取り違えた好例です。 (某戦争大好きデブなんかは「手段のためには目的を選ばない」と言ってのけましたが)   読書の場合も同じで、 ①「読書の目的は何なのか? 手段としての読書をどうやっていくか?」 ②「それとも、ただ単に楽しむために・読みたいから読むのか?」 というあたりをきっちりと考えておかないとドツボにはまります。   この二つはきちっと分けて考えねばなりません。 なぜなら、①は目的本位の思考であり、②はあえて読書を目的にする思考で、 両者はまったく異なる性質のものだからです。   ①何かの目的のための手段として読書をする場合 この場合、「目的は何なのか」が大切になります。   たとえば私の場合、大きな目的として「理不尽な死のない世界にする」というのを持っています。 理不尽な死というのは私の造語で、「戦争・病気・飢餓・災害・事故・自殺・殺人」を指します。単純に、「自分がこうやって死んだらやだな」「どうせいつか死ぬなら、何もかも悟ってから納得した上で死にたいな」というだけの話です。   この「理不尽な死のない世界にするため」という目的を達成するための手段として「読書」があるわけです。 たくさん読書したから自動的にその目的が達せられるというわけではなく、あくまでも「その目的を達成するために読書という手段を利用する」のです。目的が主であり、手段が従です。ここが逆転しやすいので気を付けるようにすべきです。   この「理不尽な死のない世界」という目的を達成するためには、たとえば以下のような思考が必要です。   「単純に考えて、飢餓で苦しんでいる人の手元にダイレクトに食料が届けばいいじゃないか。途中で盗賊やら汚職政治家やらが介入するからダメというのであれば、正式な政治力を持った人々にガードを付けて現地に食料を配達すればいいのではないか。 そのためにはお金が要るな。お金を稼ぐためには、自分が詳しい〇〇の分野で収入を得るのが早いだろう」   「もっとも効率良く世界を変えていくには、世界的に影響力のある日本人の脳みそをまず改造するのが良いんじゃないか。 この国の人はだいたいみんな読み書きできるし、表向きは向上意欲ゼロに見える人でも本当は隠れたやる気がある。そして、世の中のたいていの悪は『バカ』に起因するはずだ。頭が良くないせいで視野が狭まり、目の前にある悪い選択肢に飛びついてしまう。 すると、まずは自分が優れた結果を出すことで説得力の裏付けを得てから、『こうやれば頭が良くなるよ~』というのをわかりやすく提示することが必要だな」   「理不尽な死のない世界にするためには英語圏・ヨーロッパとかのエリートたちの手も借りる必要があるよな。 ただ、たしかに言語の壁はあるけど、現時点で英文サイトはけっこう精度高く日本語訳してくれるし、たぶん2020~25年頃には高性能でお手頃な自動翻訳機が出る可能性が高いのではないか。すると、英語を勉強する意味が薄れていくのではないか。 『これからはグローバルな時代だ! 英語だ英語英語英語英語!』っていうけど、それは単なる英語業界の宣伝で、実は英語スキル自体は要らなくなっていくんじゃないか。 いますでに英語が得意であれば別だけど、現時点で英語が得意でない人はむしろ、母国語を使った思考訓練をする方が先決なのではないか。どの国の言語を使っても同じということになれば、まずは自分は日本語による思考訓練をしよう」   ……といった目的本位の思考をしていくと、 「お金を稼ぐためには、〇〇の分野の本を読みまくるのが先決だな」 「優れた結果を出して実力をアピールするには、こういう本を読めばいいだろう」 「そうか、読書で思考訓練するべきなんだ」 という形で、「読書という手段がどう目的達成のために生きるのか」が見えてきます。   以上述べてきたように、「①目的を達する手段としての読書」において重要なのは、「どのように読書すれば目的の達成に近づけるのか」を明確にしておくことです。   ②完全な趣味として読書をする場合 ②は、まあ単なる「贅沢」ですね。 芸術や音楽と一緒で、この世界に生まれてきた記念として読書をする。 一月何冊とか、一日何冊とか言わず、一冊の本をじっくりと味わう。 「目的をもって~」などと無粋なことは言わず、ただこの世界の特産品として読書を楽しむ。   それも良いと思います。 精神の栄養補給にもなりますから。   ②の「趣味としての読書」の場合は、時間も気にせず、ペースも気にせず、ひたすらそっちの世界に「没入して、楽しむ」こと。それだけで十分でしょう。   まとめ 読書をする人は、ぜひ一度、 「自分は目的のための読書をしているのか」 それとも 「純粋に楽しむための読書としているのか」 を考えてみましょう。   この二つをきっちり分けることで、読書がより一層楽しいものになりますよ。

音読と「広汎性発達障害・自閉症スペクトラム障害」「ADHD」との深い関係

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、日本で特に苦しんでいる人の多い「広汎性発達障害」「ADHD」と音読との関係について考えてみます。 私の結論を先に言えば「広汎性発達障害もADHDも、音読(と食事・運動+瞑想等)によってかなり改善される可能性が高い」というものなのですが、その理由まで含めて詳しく述べていきます。 音読と「広汎性発達障害」「ADHD」との関係は? 広汎性発達障害・ADHDとは(簡単に) 広汎性発達障害というのはアメリカの精神病診断マニュアルであるDSM-Ⅳでの用語ですが、 最近(DSM-Ⅴ)では広汎性発達障害という言葉ではなく「自閉症スペクトラム障害」という括りもなされています。 (従来アスペルガー症候群、高機能自閉症、早期幼児自閉症、小児自閉症、カナー型自閉症など様々な診断カテゴリーで記述されていたものを、『DSM-5』では、「連続体」を意味する「スペクトラム」という言葉を用いて障害と障害の間に明確な境界線を設けない考え方が採用された、ということです。発達障害やADHDの詳しい説明に興味のある方は「LITALICO発達ナビ」などが参考になると思います)   人口比で見れば、 ・ADHD   約5% ・学習障害 小中学生の約4.5% ・自閉症スペクトラム障害 0.6~2.1%  (アスペルガー症候群などを含む) ですから、単純計算すると 広汎性発達障害・自閉症スペクトラム障害は200万人 ADHDは約500万人 となります(重複する人も多いです)。   難しい話はさておいて、上の図を見ていただければわかるように、それぞれの特徴は大雑把に言えば、 広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)の特徴 →言葉の発達の遅れ コミュニケーションの障害 対人関係・社会性の障害 パターン化された行動・こだわり   ADHDの症状 →不注意 多動・多弁 衝動的な行動 がおもなものとなります。   広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)と音読の関係 このブログの音読に関する記事を読んでいる人であれば、「あっ」と思うかもしれません。 広汎性発達障害・自閉症スペクトラム障害の特徴をもう一度見てみましょう。 広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)の特徴 →言葉の発達の遅れ コミュニケーションの障害 対人関係・社会性の障害 パターン化された行動・こだわり   四つの特徴が挙げられていますが、 「言語の発達の遅れ」「コミュニケーション障害」「対人関係・社会性の障害」 を改善できるのは、まさに「音読」です。 (参考記事:完全版 音読の効果一覧(直接的・副次的))   音読により前頭前野・言語野・聴覚野などへの強力な刺激がなされることによって、未熟だった言語能力・社会性・対人関係能力も発展していくと考えられます。私は精神科医ではありませんが、理屈で考えるとそのようになるのが当然です。   なお、「パターン化された行動・こだわり」については、あまり神経質に治そうとする必要はないと考えます。 自然界がエントロピー増大の法則(→あらゆるものはバラバラ・乱雑になっていく)に従って動いている以上、いくら自分なりのパターンに固執しようとしても、そのパターンやこだわり自体もやがては風化していきます。 それに、音読と並行して食事の改善・運動・瞑想などをやっていくことによって精神的にもゆとりが生まれますから、パターンされた行動にこだわる必要性も無くなっていくのです。     ここで、少し私自身の話をさせてください。参考になるかもしれません。   私は小さいころ言語障害があり、近所の「発達の遅れが見られる子ども用の施設」に通っていました。 その後も中学校一年生になるまで「ツ」や「ス」がうまく発音できず(「ク」と「フ」になってしまう)、友達や先生にいろいろ言われた記憶があります。   たとえば、 意地の悪めな同級生が「ほら、クツって言ってみろよ!」 →発音できずに「クク」と言う →「うっわーこいつクツも言えねえのかよだっせえ」と言われる   とか、   卒業式の「学校への感謝の言葉」みたいなものを全校生徒に述べる →滑舌が悪すぎて在校生がざわざわする、失笑される という経験をしました。 ぶっちゃけ小学校時代でいい思い出はほとんど残っていません。記憶自体も霞んでいます。     今でこそ発音には難はありませんが、こうなるまでにはけっこう苦しい思いもしました。   ちなみに、当時から勉強(特に国語)だけはべらぼうにできたのですが、それはもしかすると、 この言語障害をカバーするために、私の無意識が「しゃべるのが苦手なら、黙ってでもできる勉強を得意になればいいじゃない」という代償行動をしたのかもしれません。   ADHDと音読の関係 次に、ADHDについて見てみましょう。 ADHDの症状 →不注意 多動・多弁 衝動的な行動 ADHDにもやはり音読が効くように思います。 音読によって前頭前野・ワーキングメモリーの強化がなされることで、不注意や落ち着きのなさ・要領の悪さが確実に改善されるからです。 (このあたりについては、「音読によって、ワーキングメモリが拡張される」を参照してください)   ただし、ADHDの場合は、先ほどの発達障害のケースより、やや「音読以外のアプローチ」の比率が高くなります。   音読以外のアプローチとは、 「脳は、「物理的に」アプローチしながら、「情報的に」はたらきかけると確実に変わる その1」 「脳は、「物理的に」アプローチしながら、「情報的に」はたらきかけると確実に変わる その2」 でも触れましたが、「食事・運動・瞑想・優れた本を読む」といった行動のことです。   ADHDは脳内のドーパミンやノルアドレナリンといった物質の出方に狂いが生じているため、それを対症療法的に改善するストラテラやコンサータを服用しつつ、「音読・食事・運動・瞑想・読書」による根本的改善を図っていくことが最も有効なアプローチだと考えられます。     ここで、もう一度私自身の話をさせてください。 先ほど「言語障害があった」という話をしましたが、実は「ADHD」の傾向もありました。   まず、当時は人の話が全く聞けなかったんです。 耳から入ってくる情報に鈍感というか、人の発話というものにまるで無関心で、自分の好きなことばかりに熱中していました。ずっと座りっぱなしでいる授業も苦痛でした。   野球部のミーティングで顧問の先生が前に出て「今後の日程は、こうこうこうなっているからな。わかったか」と説明しているときも上の空で、一応みんなに合わせて「ハイ!!!!」という元気のある返事だけはするのですが、話の中身はまるで頭に入っておらず、チームメイトに「今何の話をしてたの?」と聞き直してあきれられる始末でした。逆に「えっ、なんでみんな、そんなに人の話を難なく聞けるの?」という感じでしたね。 そんな調子でしたからチーム内でも「アイツをどうするか」みたいな話になって、「アイツは態度が悪いから、反省するまで毎日冬道を16キロくらい走らせたら根性が治るんじゃないか」というペナルティを喰らってしまいました。体育会系では「とりあえず走らせときゃいいだろ」という民間療法が盛んなのです。それで鼻毛も凍るような寒さのなか、全体練習に入れてもらえない私は一人で雪道を走っていました。   今となっては「根性とか性格とかそういう問題じゃないんだよなあ……」と冷静に振り返ることができますが、当時はまだADHDや発達障害のせいにするのは「甘え」であるというくらいの理解しかされていませんでしたから大変でした。健常に過ごすための前提条件が欠けているのにそれをまるで無視して「なんでこんなことができないんだ!お前は○○だ!」「あいつは使えない」みたいな日々だったので、よく発狂しなかったなと思います。まあ、そういった悪口すらも当時は聞こえていなかった、というオチが付くのですが。   また、小学校の時に参加した泊まり込みの行事では、主催の高校生団体から出される指示をまるで理解できないまま放置して行動した結果、ボランティアの高校生からもらった寄せ書きに「もう少しまわりを見て行動しよう。そしたらもっといいことあるよ」と書かれる始末でした。   最後にもう一つ。 当時、小中学生を対象にした「ちびっこ与論島」みたいな鹿児島県への集団旅行ツアーに一人で参加したのですが、そこで「旅行参加者みんなが見ている目の前で、男子トイレと女子トイレを間違えて気付かないまま用を済ます」という偉業を成し遂げました。 当然のことながらその夜に泊まった宿泊施設ではそれをネタにいじめられたのですが、当時の私はなぜみんながそんなに自分をからかうのか理解できませんでした。どうやら男子トイレと女子トイレを間違えたらしい、とわかったのは後年のことです。どんだけ当時の自分は周りが見えていなかったのか、と暗澹たる気持ちになったものです。   しかし、他の人から見ればクソみたいな青春時代を送った私であっても、「このままじゃマズい!」と心底震え上がって一念発起した結果、今ではこうやって「自分の好きな事・興味のあることを通じて社会に貢献する」という活動をやれているのですから、人間けっこう変わるもんだなと思います。   もちろん、このブログで述べていること・この「頭が良くなる音読法シリーズ」で述べていることの源は、そもそもは私自身が「自分の頭を良くして現代社会で生き残っていくためにはいったいどうすればいいのか」という目的のもとに積み重ねてきた思考と試行です。音読法もそうですし、運動法もそうですし、食事法や、「瞑想・読書のすすめ」なんかもその過程で生み出されてきたものです。自分で実践してみて、「おお、こんなに変わるのか!」という実感のあるものだけを載せています。   やるかやられるか、という危機感のもとに練り上げてきた方法ですから絶対の自信があります。ほかのどのサイトよりも包括的で根本的な解決法を提供できる確信がありますし、バンバン自分の持てる知識をフル活用して情報発信を続けていきます。今後もどうぞお楽しみに。   まとめ + もっと頭を良くしたい人向けの本 まとめましょう。 広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)の特徴 →言葉の発達の遅れ コミュニケーションの障害 対人関係・社会性の障害 パターン化された行動・こだわり →音読が特に効果的! そして、 ADHDの症状 →不注意 多動・多弁 衝動的な行動 →音読も効果的だが、「食事・運動・瞑想・読書」も並行してやるとよい というわけです。 参考になるかなと思って自分語りも挟んでみました。   少なくとも、「音読」が「広汎性発達障害・自閉症スペクトラム」や「ADHD」に対して効果的である、というのを原理的に示すことはできたと思います。 日本にADHDや広汎性発達障害で苦しんでいる人は数百万人いますから、このブログで発信した情報がそういった人々の希望の星になればいいな、と思います。   今後も音読に関するさまざまな情報をガンガン出していきます。 では、グッド・ラック!   【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る     ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 告知です。 「頭が良くなる書籍や食品をまとめてほしい」という要望にお応えするために、 「BRAIN SHOP」というのを開設しました。「読書奴」の公式ストアです。 頭が良くなりたい人のための書籍、食料品、サプリメントを取り揃えています。 ぜひお越しください。 また、以下に頭が良くなる方法・勉強法・読書法関連のおすすめの本を挙げておきます。 こちらもぜひどうぞ。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」 <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」 ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

脳を変えたいなら、「物理的に」かつ「情報的に」はたらきかけるべし その2

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、前回記事「脳を変えたいなら、「物理的に」かつ「情報的に」はたらきかけるべし その1」の続きです。 前回は「物理的に脳に介入する手段」について述べました。 今回は、「情報的に脳に介入する手段」を簡単に紹介します。 脳を変えたいなら、「物理的に」かつ「情報的に」はたらきかけるべし その2(情報編) 「情報的」に脳を変える二大手段:①苫米地氏の本を読む ②瞑想する 前回取り扱ったのは、脳に対して「物理的に介入する」方法です。 パソコンでいえば、ハードウェアそのものをアップグレードしたり、メモリを拡張したり、という方法ですね。演算するための基礎能力を向上させたわけです。   今回は、脳のソフト面を改善します。 つまり、脳という情報処理装置で行っている「演算のやり方自体」をより良いものに変更してやる、ということになります。演算のための基礎能力が向上したら、今度はその「演算のやり方自体」を変えるのです。これまで使っていた旧式のアプリケーションに見切りをつけて、新しく使い勝手のいいアプリケーションを入れましょう、ということです。 これが、「脳に対する情報的介入」です。 まだ理解しづらいかもしれませんが、じきにわかってきます。   「脳に対する情報的介入をするための方法」として、私は二つのことをおすすめします。 まず一番は「苫米地英人の本を読みまくる」こと。 そして第二に「瞑想する」こと。 この二つを実行していただければ、脳に対する情報的アプローチは十分です。   なぜこの二つなのか? ①苫米地本の利点 なぜわざわざ苫米地氏の本を推すのかといえば単純で、 それは「メソッドの練られ具合・役立ち度が、あらゆる自己啓発本のなかでダントツで一番だから」です。 (こんなに必死こいて推すと「うわ信者かよ気持ち悪っ」と思う人もいるかもしれませんが、実際役に立つからこそこんなに推しているのです)   そもそも、苫米地氏の本のもとになったものは何かといえば、米国のルー・タイスというおじいさん(故人)が考え出した「コーチング」という技術体系です。ルー・タイスをご存知ない方のために説明しておくと…… ルー・タイスはコーチングの創始者とよばれ、現代のコーチングの基礎を築いた人物として40年に渡り人材教育に携わってきました。さまざまな機関・企業などで採用され、素晴らしい成果をおさめてきました。 ・米国防総省 ・NASAを始め各国政府機関 ・優良企業(フォーチュン500の62%の企業など) ルー・タイスのコーチング・メソッドは、複数の有力大学の研究を経て科学的な裏付けが繰り返され、今日のメソッドに集約されています。こうして、政府機関や多くの大企業が高い信頼性を認め、組織的教育ツールとして導入しています。 2008年北京オリンピックに於いては、オリンピック委員会はじめ中国の各種目代表チームや米国の水泳チームが公式導入し、輝かしい成果をおさめました。 1980年代からは、南アフリカのアパルトヘイトや北アイルランドの宗教紛争の撲滅を支援する社会活動も活発に展開しています。近年では“ベターL.A.プロジェクト”として、ロサンゼルス市の青少年の凶悪犯罪撲滅キャンペーンを展開し、多大な成果をおさめました。 (TPIEコーチ鈴木律子氏のHPより) ルー・タイスが編み出したコーチング・メソッドだけでも40年以上の研鑽の歴史があります。 そのルーの弟子であり、ルーのコーチングメソッドを十分に受け継いだ苫米地英人氏(TPIEをルーと共同開発されています)ですから、「人生を素晴らしいものにするにはどうすればよいのか」を知り抜いています。   おまけに、苫米地氏はとんでもなく頭が良いんです。 どれくらい頭がいいのかのエピソードを連ねるとものすごい文字数になるので省きますが、 私は個人的に「現代日本で一番頭いいのってひょっとしてこの人なんじゃね?」くらいのことは思っています。 よく某掲示板で「頭がいい芸能人って誰?」みたいな話題になりますが、この人はそういうレベルをそもそも超越して、妖怪とかもののけの域にいるとしか思えません。   私が「苫米地信者」なのもまさにその理由ゆえです。 「私の観測史上最も頭のいい人が、アメリカの最高峰の自己啓発手法を学んだ」 わけですから、この人の思考法を学べばいいじゃん、という話です。 根も葉もない噂を立てられたり、根拠もなしに胡散臭いと決めつけられたりしている人ではありますが、私はこの人の言うことに相当の信頼を置いています。   ……そういうわけで、私は「脳を情報的に変える」ための手段として、 「苫米地英人氏の本を読んだらいいよ」とおすすめしているのです。 自己啓発系の著書もありますが、政治・歴史・ディベート・科学・宗教・コンピュータサイエンス・数学・哲学といった幅広いジャンルで執筆している人ですから、読んでいて飽きません。そして役に立ちます。   この人の本を読んでいくうちに、自分の思考を邪魔していた思い込みが外れたり、 こうすればいいんだという方向性が見えて人生が楽しくなったり、 いつの間にか「過去へのとらわれから解放された自分」を発見して嬉しくなったりします。   ここまで私が勧めるんですから、ぜひ何冊か読んでみてください。 苫米地英人氏の著書は「あなたの脳を情報的に変革してくれる本」です。 実に応用が利きますし、読んでいても楽しい。 この人の本を血肉にするということは、あなたの脳に「とてつもなく便利で有用なアプリケーションを入れる」ということです。   ②瞑想 二つ目は「瞑想」です。   最近、「マインドフルネス」が流行っています。 仏教の修行法である「瞑想」を、欧米のエリートたちは「マインドフルネス」と呼び、こぞって取り入れています。瞑想には、目先の利く彼らエリートが選択しているだけのメリットがあります。   私も実際、毎日30分ほどの瞑想を日課にしています。 「25分音読→5分瞑想」を一日3セット。 それに加えて、「ちょっと疲れてきたかな」と思ったら作業を中断して5分くらい瞑想するようにしています。   瞑想をすることによるメリットは何かといえば、 「常に平静でいられる」、これに付きます。 瞑想を続けていると、確実に「感情によって苦しめられる」ことが減ります。   たとえば、うまくいかなかったからといってイライラすることもなくなりますし、 これまでであれば感情が乱れていたであろうことに対しても平常心で処理できるようになります。   「これは音読でもなかなか手に入らない感覚だよな」というのが率直な感想です。 瞑想をしないとこういう平静さは身に付かないだろうな、という感じですね。   具体的な瞑想法はグーグルで「瞑想 やり方」とでも調べればいくらでも出てきます。 自分の好きなやり方を選択して、毎日の日課にしてみてください。   私の場合では、毎日30分くらいを三日ほどやった時点で 「あれ?そういえば最近イライラしてないな」 という実感がありました。   苫米地氏の本を読むこと、そして瞑想を毎日の日課にすること。 この二つを両方ともやれば、間違いなくあなたの脳は「情報的に変革」されます。   まとめ + もっと頭が良くなりたい人のための本 前の記事から述べてきたように、 もしあなたが自分の心を変えたいのであれば、 「物理的にアプローチしつつ」「情報的に介入する」のがベストな選択肢 であることは間違いありません。   片方だけではかなり苦しいと思います。 前回の記事と合わせてまとめると、 「物理的に脳を変革する手段」としては、 ①運動 ②食事(分子整合医学、特にビタミン・ミネラルのバランス) ③音読 これらは、脳という情報処理装置の基礎スペックを上げるためのもの。   それと並行して、「情報的に脳を変革する手段」も取り入れる。 ①苫米地英人氏の本を読む ②瞑想を日課にする  こちらは、脳という情報処理装置にインストールされている「アプリ」を、より良いものに取り替えるということ。   この二つの「物理的&情報的アプローチ」をしていけば、あなたの脳は間違いなく変革され、心のあり方も劇的に変化します。   以上が「脳を変革する方法」の要諦です。 現代日本という変化の激しい時代では、自分から進化していかないことにはどんどん置いてけぼりにされていきます。 ぜひ、あなたの脳を劇的に変革して、楽しい人生を送ってください。   では、グッド・ラック! 【頭が良くなる音読法のすべて】に戻る   ★おまけ 「勉強法」「読書法」「頭を良くする方法」関連のおすすめ書籍★ 告知です。 「頭が良くなる書籍や食品をまとめてほしい」という要望にお応えするために、 「BRAIN SHOP」というのを開設しました。「読書奴」の公式ストアです。 頭が良くなりたい人のための書籍、食料品、サプリメントを取り揃えています。 ぜひお越しください。 また、以下に頭が良くなる方法・勉強法・読書法関連のおすすめの本を挙げておきます。 こちらもぜひどうぞ。 <苫米地英人関連> ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「現代洗脳のカラクリ ~洗脳社会からの覚醒と新洗脳技術の応用」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「「言葉」があなたの人生を決める」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」 <勉強法・読書法関連> ・佐藤優「読書の技法」 ・藤井孝一「読書は「アウトプット」が99%」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる読書法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」 ・吉永賢一「東大家庭教師が教える 頭が良くなる記憶法」 ・DaiGo「自分を操る超集中力」 ・築山節「脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める」 ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

APLICATIONS

あなたを支配下に置こうとする人の理不尽な物言いに騙されないための論理思考・超入門

こんにちは、栗栖鳥太郎です。 今回は、議論の作法入門として「トゥールミンモデル」というのを紹介します。 このトゥールミンモデルというのは、哲学者スティーブン・トゥールミンが作り上げたもので、「トゥールミンロジック」とも言われます。 ディベートの方法論として有名ですが、ディベートだけでなく日常にも使えます。 これを使えば、あなたに理不尽なことを言ってくる相手に対して「論理的かつ、ぐうの音も出ないような反論」を瞬時に行うことができます。 勝ちまくりモテまくり トゥールミンモデルの効果 トゥールミンモデルを使えば、あなたはこんな風になれます(たぶん)。   「減らず口が叩けるようになる」 「相手を論破できる」 「理不尽な言いがかりをシャットアウトできる」 「とっさに言い返せるようになる」 「感情的にならず、冷静でいられる」 「相手が自分の主張を押し付けようとしてくるのを回避できる」 「論理的思考能力が物凄い勢いで伸びる」 「議論に勝てる」   主だった効果はこんなものでしょう。 なんだか雑誌の裏についてる胡散臭い広告みたいになりましたが、実際にこういう効果があります。 では、トゥールミンモデルの簡単な説明を見ていきましょう。   超簡単・トゥールミンモデルとはなにか 日本人式論理思考 日本人はよく、こういう主張の仕方をします。 あなたの上司が、こんなことをドヤ顔で言ってきたと想像してみてください。 「子供の教育ってのは首根っこを押さえつけて、親の命令には絶対服従させる。そんなもの常識だろ。」 「徒歩30分以内なら歩いてくるのが常識だろ。車で来るヤツは非常識だ。」 「上司が2次会行くぞと言うなら最後まで付き合うのが当たり前だろ。」 (ヤフー知恵袋「“常識”“当たり前”を連発する上司が嫌われるのは、なぜ?」より引用)   つまり、「Aだから、B」という物言いです。 上の例では、「常識だから○○しろ」という形になって表れています。 「当たり前のことだから、子どもには絶対言うことを聞かせる」 「社会人として当然のことだから、徒歩30分くらいの距離なら徒歩で行け」 「常識だから、上司の二次会には付き合え」 いずれも、上司が言っていることの根拠となっているのは「常識」ですね。 この上司をぐうの音も出ないほど叩きのめすにはどうすればいいか? その手助けをしてくれるのがトゥールミンロジックです。   トゥールミンロジックと日本式論理思考との差 重要ですからよく聞いてください。   トゥールミンロジックでは、その「常識だから・・・」という部分が本当に妥当かどうかを疑うのです。 つまり、「常識だから○○しろ!」の土台に疑いの目を向けるのがトゥールミンロジックです。   なぜか? 日本式論理思考では「事実・前提」⇒「主張」(「データ⇒クレーム」ともいいます)という展開の仕方ですね。   一方で、トゥールミンロジックでは、「事実・前提⇒主張」「データ⇒クレーム」だけでは飽き足らず、 「では、なぜその事実・前提が、その主張の根拠となり得るのか?」「そのデータからそのクレームが導き出されるのはなぜか」を疑います。 これを、データ・クレームに加えて、「ワラント」といいます。   この考え方が効くんですよ。 「相手の主張を崩したいときには、ワラント(日本語にはこれに相当する語がないようです)を攻める」ということです。   「きみが主張の根拠として採用している事実・前提はそもそも正しいの?」 「その事実・前提があるとしても、あなたの主張のようにする必要はないよね」っていう機転の利いた切り返しができますから。   上司の例でいえば、トゥールミンロジックでは ①「その常識自体、本当に従うべきものなのか?」 ②「常識だからといって、必ず○○する必要はあるのか?」 といったツッコミを入れることができます。 おそらく、このように問われた上司は顔を真っ赤にして「自分で考えろ!!」とか「反抗するのか!!」と怒鳴り散らすはずです。 「常識」というのは代表的な思考停止ワードです。先日も記事で書きました(「洗脳され、思考停止した人」が好んで使う5つの言葉)が、「常識だ!!」と言ってしまえばその瞬間に「私は思考をやめました!!降参です!!」と宣言しているのと同じです。 常識とか当たり前とかいった言葉が出てきたら、ちょっと立ち止まって「待てよ、常識だからといって必ずしもそれに従う必要があるのか?その常識は本当に正当なものなのか?」と考えてみましょう。   よく「成功者は常識を疑う」とか「目の付け所が違う」とか言いますが、 それらの人々は本能的あるいは意識的にトゥールミンロジックを用いて思考しているのかもしれません。   これだけでは腑に落ちないという人向けに、もう少し例を出してみます。   超実践・トゥールミンロジックを使って理不尽な言いがかりを撃退しよう ①いじめっ子がバットを持って追いかけてくる場合 まずはこの例を見てみましょう。 どこかで見たような絵ですが、これもトゥールミンモデルで考えてみます。 加害者側の少年Gの言い分としては次の三つ。 事実・データ:「おれは新しいバットを手に入れた」(事実) 主張・クレーム:「おまえをバットを用いて殴るべきだ」(主張) 日本式論理思考だとこれでもよしとされます。よって、スネ夫はギタギタにされます。 なぜかこの二つだけで主張を完結させる人が多いのですが、それだとまったく論理的説得力を持ちません。   トゥールミンロジックで考え直しましょう。 「データとクレーム」はすでに出そろっています。 したがって、「なぜ、そのデータからそのクレームが導き出されるのか」=ワラントを考えましょう。   そのワラントですが、作中では省略されています。 このワラントを考える癖がないから言いくるめられるのだ、というのは何度も言っている通りですが、藤子F不二夫先生もやはり日本式論理思考のとりこになっているようです。 ワラント:「バットは人を殴るものであり、その威力を他人で試すべきものである」 すくなくとも形式的には、きちんと「データ」=「バットが手元に届いた」と「クレーム」=「おまえで威力を試させろ」の橋渡しができています。 これが少年Gのワラントです。   こうやって見るとわかりやすいですね。 このワラントはツッコミどころ満載です。 「バットの威力を試すのは他人じゃなくて野球ボールだろう」とか 「バットは人を殴るものじゃないだろう」とか。   こうやっていちいち「データ・クレーム・ワラント」の三位一体で考えるクセをつけておくと、ジャイアンがバットを持って追いかけてきても安心ですね。   ②「レジの代金が合わない! おいバイト、責任をもって弁償しろ!」 (「 【ブラックバイト対処法】レジの金額が合わず「弁償しろ」と求められた時は?」を参照) 私はレジの仕事を経験したことがないのでわからないのですが、これ、よくあるらしいのです。 「ミスしてみまった。私の責任だ・・・」という罪悪感から、つい支払ってしまうそうですね。   この場合、日本式論理思考だとまんまとレジ代を支払わされる羽目になります。 データ:「レジの金額が不足し、計算と合わない!」(事実) クレーム:「計算が合わない分はバイトが弁償しろ!」(主張) 「○○だから○○」だけで考えると、このまま相手の勢いに呑まれます。 でも、トゥールミンロジックを使っている人であれば、ここで、「ちょっと待てよ、レジの代金が足りないからってバイトが支払う必要あるのか?」というワラントに考えが至ります。レジ係が弁償する必要はない(これは労基法の「賃金全額払え」に違反します)当たり前のことに気付くことができます。   ちなみにこの場合、T/A(ターンアラウンド)という「ひっくり返し」の技法も使えます。 T/Aとは、相手の主張を利用して、そのまま相手にしっぺ返しを食らわせることです。 この場合、T/Aは、 「じゃあ、レジの合計金額がマイナスじゃなくてプラスだったら、余分にボーナスがもらえるってことですか」 でしょうか。   おそらく首が飛ぶか拳が飛ぶかの騒ぎになるとは思いますが、辞めるときのうさ晴らしには向いているのではと思います。「その言葉はそっくりそのままお返しします」みたいなものでしょうか。   ちなみに、 「罪の意識を感じる」とき、それはだいたい社会的洗脳の結果です。 「これこれこういう場合は恥ずかしいものなんだよ」 「ああいうことはしちゃだめだよ」といった親や周囲による刷り込みがされているからです。 罪の意識がない社会は破綻しますが、ありすぎるのも問題ですね。束縛されて動けなくなりますし、新しい取り組みも阻害されますから。動けなくなった時点でその人は囚人または奴隷状態にあるといえます。   まとめ + おすすめの本 さて、いかがでしたか。 今回紹介したトゥールミンロジックで、 「はいはい、データとクレームはわかったよ。じゃあ、なんでそのデータからそのクレームが導き出されるか説明してごらん」というワラントへの気配りをしてやると、簡単には騙されなくなります。 トゥールミンロジックの基本である「ワラントを突く」さえ忘れなければ、日本人の9割に議論で勝てます。 そのくらい使えるのです。   ぜひ、日常生活で出くわすいろいろな主張にたいしてトゥールミンロジックで対処してみてください。 思いのほか人間って「なあなあ」で考えてしまっているのだなとわかるはずです。 もっともっと賢くなって、他人に騙されない生き方を選んでください。 では、グッド・ラック!   ★おまけ 「頭を良くしたい人」のためのおすすめ本★ ・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいのはアレだけど本物だ」と確信しました。この人の本を読むと、どんどん思考の盲点が外れて、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。論理的思考力もガンガン伸びて楽しいですよ。 以下におすすめの本を挙げておきます。 ・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術」 ・「ディベートで超論理思考を手に入れる」 ・「苫米地英人、宇宙を語る」 ・「洗脳原論」 ・「思考停止という病」 ・「すべてを可能にする数学脳のつくり方」 ・「「生」と「死」の取り扱い説明書」 ・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する」   また、「議論の方法論」を学びたいと思った人におすすめの本も紹介します。こちらは苫米地さんのものではありません。 ・「議論のレッスン」 (福澤 一吉) ・「大学で学ぶ議論の技法」(ティモシー・W. クルーシアス、 キャロリン・E. チャンネル) ・「反論が苦手な人の議論トレーニング」(吉岡友治)   大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」   ――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

HOT NEWS