「時間」についての考えを知れば、人生は100倍楽しくなる

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、いつかこのテーマで書きますよ、という通知を出した気がするテーマをやります。

それは、「時間」について。

「時間」についてしっかりと考えてみたことはありますか?

人間は生物ですからモロに時間の影響を受けます。

老化も成長も進化も退化も、すべて時間という概念があってこそ把握できるものです。

「昔はよかった」と懐かしめるのも、「未来はこんな感じだろうか」と予測できるのも、時間という概念を人類が持っているからです。

今回は、そんな「時間」について考えてみましょう。

時間についての考え方あれこれ

時間を「過去→未来」でとらえる人と、「未来→過去」でとらえる人の差

みなさんは「時間の流れの向き」について考えたことがありますか?

つまり、「過去→現在→未来」というように過去から順繰りに展開していくのか、それとも「未来→現在→過去」というように未来が起点となっているのか? どちらでしょうか。

 

まず、「時間は過去から未来へと流れている」と考える人がいます。

「過去→現在→未来」という方向です。

現代人では、おそらくこちらが大多数でしょう。

過去にAということがあって、その結果Bが起きて、そしてAとBを経験した自分がいて、いまの自分の状態からすると未来はこうなっていくだろうな・・・という思考法です。

これを強くすると、決定論的・予定論的な論理が生じてきます。人間は過去によってすべて決定していく、というように。

「時間は過去から未来へと流れている」というのは非常に自然な考え方に思えます。

 

でも逆に、「時間は未来から現在、過去へと流れている」とも言えるのです。私はこちらの考え方です。

なぜそう考えられるかというと、

まず、①過去というのはどんどん遠ざかっていきます。ほんの今まで現在だった瞬間は、次の瞬間には「過去」になっています。そして時間の経過につれてどんどん現在からは遠く遠く離れていきます。現在が過去になり、過去はもっと古い過去になっていき・・・というように流れていく以上、時間は未来から現在、そして過去へと流れていくのではないか。

そして、②過去(の解釈)というのは未来によって変動します。たとえば今の時代では、ヒトラーという過去の独裁者は絶対悪ですが、もしかしたら、もう少し先になってドイツが世界の覇権を握るかもしれない。そして「ドイツは最高だ!」というプロパガンダを始めたとする。そうなると、今度はヒトラーが肯定されます。ユダヤ人虐殺は「あれがあったからこそ今のドイツがある」といった感じで捉えられるでしょう。

となると、過去は未来によっていくらでも変わります。現象・事実としては変わらないはずなのですが、「観測された過去」と「過去の解釈」が変われば、それは人間にとっては「過去が書き換えられた」のと同じです。

あくまでも、未来が「因」であり、過去は「果」なのです。

 

 

過去にフォーカスしすぎると・・・

ちなみに、おそらくトラウマや精神病などは、過去にフォーカスしすぎた結果起きるケースも多いと思います。

私は専門家ではないので推測に過ぎませんが、「時間は過去から未来に流れており、したがって過去の出来事が今の私を決定しているのだ」という思考の仕方だと、過去の出来事に縛られすぎてしまうのではないでしょうか。たとえば、「小学校の頃のトラウマがあるから私には○○ができない」といったように。過去→未来という因果の捉え方をしている限りは必ずそうなるように思えます。

また、コミュ障(コミュニケーション能力に差し障りがある人)や人見知り、自己肯定感の薄い人、自己評価の低い人もおそらく同様でしょう。過去の失敗体験や恥ずかしい思いをした経験があって現在の自分がつくられた、という「現在の自分は過去によってすべて決まっている」式の考え方だと、そうなるはずです。

 

しかし、先にも述べたように、未来によって過去が決定されるという考え方をしていれば、過去の方に目が行くことはまずありません。

たとえば、「人の目を見て話せない」という悩みを持っていた人がいたとします。これは過去(特に、情動を伴った記憶)に縛られた状態です。もしその人が「今までは、時間は過去から未来に流れてると思ってたけど、本当はやっぱり未来から過去だったわ」という風に考え方を入れ替えて、未来のゴール、たとえば「宇宙一のクリエイターとして人類の文化を何歩も先に進めてやる」といったようなゴールを持ったとすれば、その瞬間から過去が変わり始めるわけです。

「人の目を見て話せない」という悩みは、「自分は宇宙一のクリエイターなんだから、べつに人の目を見て話すっていう常識に縛られる意味なかったじゃん」という感じで霧消するかもしれません。あるいは、「宇宙一のクリエイターは当然コミュニケーション能力もあるから、人の目を見て話すなんて朝飯前じゃん」という風に発想を転換するかもしれません。

この瞬間、過去が変わっています。

こういう例を考えてみるとやはり、「未来が過去を決める」ようにしか思えないのです。時間の流れは「未来→現在→過去」が正しいように私には思えます。

 

実際のところ、「過去が未来をすべて決定する」というのは一見もっともに見えますが、実際はあまりメリットのない考え方です。

まず、この考え方だと、過去の延長線上にない未来は想像できないでしょう。当然、「過去によって未来が決まる」のであれば、現在の自分・過去の自分から大きく飛躍することは難しいはずです。受験で言えば「あなたの偏差値からしていけそうなところへ行きなさい」になるでしょうし、就活でいえば「あなたの学歴と経歴からするとこのあたりが限度だね」ということになります。

一見まともな考え方ですが、これだと自分の可能性はどんどん狭くなっていきます。

現状から見えないもの(心理的盲点・スコトーマ)が存在することに気付けないのです。過去にやってきたことを頼りに判断するしかありませんから。

 

ちなみに、「人生のレールから脱線~」という言い方をよくしますが、これもまた「過去に縛られた思考法」です。「名門の中高一貫にいた」という過去が「良い大学に入って、良い企業に就職する」という未来を決めるのだ、という考えがその背景にあります。

 

また、「過去が未来を決める」というのは、典型的なドリームキラーの考え方でもあります。たとえば、日本プロ野球で年間打率.280、本塁打25、打点80くらいの選手が「FAしてメジャーリーグに挑戦します」と言ったら、間違いなく「過去の成績から見て、お前じゃ通用しないからやめておけ」と周囲から言われるはずです。もちろん、球団にとっては、過去の成績が良いというのは選手獲得のためのひとつの目安となります。

 

しかし、これのなにがいけないかというと、最初から「通用しないんだよ!」と決めつけてしまうので、未来の可能性を相当狭く縛ってしまういう点にあります。

もしかしたらその選手はシーズンオフにメジャーリーグ対策として何かしら特別なことをやり始め、それが功を奏してメジャーでも活躍できるかもしれないのに、過去で判断している限り、それが見えないのです。現状に縛られている人にはそういう可能性が見えません。

 

「過去が未来を決める」という考え方は、原理からしても妥当ではないし、実際には「使えない」考え方なんです。そうではなくて、「未来が過去を決める」という発想の転換をしてやれば、過去というのはいくらでも変えられますし、過去にとらわれることによるストレスも少なくなります。

 

「過去はすべてベスト」と「未来の自分は最高の自分」

「未来が過去を決める」という考え方を採用する場合は、次の二つがポイントになるでしょう。

①過去はすべてベストである

②未来の自分は最高の自分である

このように考えないと不都合が生じるのです。

 

①「過去はすべてベストである」について説明します。

なぜ「過去はすべてベストである」といえるのか?

それは、過去に自分が選択したあらゆる行動は、「その時点の自分にとっては、それをすることがベストだと判断したもの」だからです。というのも、たとえ後から見ると「もっとできたのになあ・・・」と思えるようなものであっても、その過去の時点の自分はそれがベストだと思ってやっていたはずです。「ベストを尽くそう」と思っていない場合であっても、サボりを選んだ場合でも、そのときの自分にとってはそれが最善の行動のように「見えた」のです。

 

そしてこの「過去はすべてベスト」という考え方は、「②未来の自分は最高の自分」とセットです。というのも、「未来が過去を決める」以上は、次のような考え方がもっとも建設的かつ最高の結果を生むからです。

 

つまり、「未来の自分は最高の自分であり、したがってそこに至るまでの過去の自分のすべては最高の自分でなければならない」という帰結です。

 

つまり、未来の自分さえ最高であれば、「そこに至るまでの過去の自分」はすべて無条件で「最高」になるのです。論理で考えると必ずこういう結論に達します。未来の最高の自分から振り返ってみると、すべてのこと(たとえそれが恥ずかしい経験であったり、悔しい体験であったりしても)が「過去にアレがあったからこそ、今の最高の自分がいる」と思えるはずですから。

たとえば、小学校時代にいじめられていた人であっても、「未来の最高の自分」の目線に立って見てみると、「いじめられていたからこそ、人と距離をとるようになって、その分自分の趣味だけに没頭できた」となるかもしれません。

 

このように、「未来が過去を決める」という立場を採用する以上、①過去はすべてベストである ②未来の自分は最高の自分である という論理が導き出されます。そして実際、こう考えることのできる人は相当「強い」です。何度失敗しようが「いや、これは未来の自分から見れば最高の結果なんだ」とすぐに立ち直りますし、未来の最高の自分という高い理想を持っているので前進のエネルギーも半端ではありません。断言できますが、孫正義氏や松下幸之助や本田宗一郎といった日本の偉大な実業家は間違いなくこの考え方を持っています。

 

実利からみても、論理からみても、「未来が過去を決定する」と考えるのが一番自然なのです。

 

「過去にこだわること」に一体何の意味があるのか? 過去にこだわることによっていったい何が生まれるというのか? 過去に縛られるのは楽しいものか? 過去に目を向ける意味がない以上、未来だけを見ればいいのではないか? 未来の最高の自分からすれば、過去の自分もすべて「あれがあったからこそ」になっているのではないか?・・・このあたりのことを考えてみてほしいと思います。

 

まとめ + 「未来が過去を決める」についてもっと知りたくなった人のための本

さて、いかがでしたか。

時間という概念についてじっくり考えたことって、おそらくほとんどの人はないと思います。

 

今回述べてきたように、「時間」についての考え方を改めると、どんどん今まで見えなかったものが見えてくるようになり、ストレスフリーになっていきます。

「時間術」というタイトルの本が店頭にたくさん置いてある時代だからこそ、自分なりの「時間」に対する考え方を持つべきではないでしょうか。

 

少なくとも人間が生物である以上、永遠の生というのはありえないはずです。

自分に残された時間がどれくらいあるかは誰もわかりっこないので、時間をうまく使っていきましょう。

では、グッド・ラック!

 

★おまけ 「時間という概念について興味を持った」人のためのおすすめ本★

・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいっていう人もいるけど、論理で考えると本物だな」と確信しました。この人の本を読むと、どんどん思考の盲点が外れて、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。今回の記事の内容に関心のあるかたは、「苫米地英人、宇宙を語る」が興味深く読めると思います。

以下におすすめの本を挙げておきます。

・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術

・「ディベートで超論理思考を手に入れる

・「苫米地英人、宇宙を語る

・「洗脳原論

・「思考停止という病

・「まずは親を超えなさい!

・「すべてを可能にする数学脳のつくり方

・「「生」と「死」の取り扱い説明書

・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する

 

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