なぜ名言集で人は救われないのか? プラス思考の本質

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、前の記事(プラス思考はなぜヤバいのか?)の続きです。

いまや書店の一角を占めている自己啓発本コーナーには、「プラス思考」「ポジティブシンキング」などを扱う本が並んでいます。前回の記事では「プラス思考をやみくもにしても意味がない。ゴールという軸があってこそプラス思考ができるのだ」というようなことを書きました。

今回はそれをさらに掘り下げて、「ゴールがある人はプラス思考ができるってあんたは言うけど、具体的にはどうやってプラス思考できるようになるの?」という疑問にお答えする形で書きます。

「あらゆる思考をゴールの方向に向けてやる」という芸当、これがプラス思考である

前回の記事では、「ゴールという判断基準があってこそプラス思考ができるのだ」ということを書きました。

プラス思考をするには、ある思考がプラスかマイナスか区別する必要と、マイナスのものをプラスに転化する必要があって、この両方で不可欠なものこそ「未来のゴール」である、と。

 

当然のことですが、「マイナスをプラスに転化する」というのはプラス思考をするに当たってのひとつのカギです。

皆さんが人間である以上、そして社会にマイナスの感情を引き起こすものが氾濫している以上、マイナスをプラスに転化するという技術は必要不可欠なものです。

 

そしてここが肝心ですが、どのように転化するかといえば、マイナスの思考を「ゴールの方向に向けてやる」のです。

未来のゴールとはつまり、なりたい自分、ありたい状態、実現させたい世界のことです。そうなったら最高!という理想のことですから、ゴールというものは当然絶対的なプラスになります。

このゴールという絶対的プラス地点を基準にしてはじめて、プラス思考ができるようになるのです。逆に、ゴールが設定されない限りプラス思考はできません。絶対的な基準が存在しない状態でプラス思考を試みても、単なるその場しのぎの気休めにしかなりません。

 

したがって、どんなマイナスの思考であっても、どれだけマイナスの思考が多くても、未来のゴールの方に向けてやればすなわち「マイナス→プラス」に転化されたことになります。

この「ゴールが実現した状態に近付けるように、思考の方向を変えてやる」という技術こそがプラス思考やポジティブシンキングの本質だと私は考えています。

 

ゴールが高い人ほど、すべてをプラス思考に転化する力が強い

未来のゴールが達成されるように思考を転換していくのがプラス思考だ、と述べましたが、それでは実際どうやって転換していくのが良いのでしょうか。例を考えてみます。

 

たとえば、未来のゴールとして「餓死してしまう人の数をゼロにする」があるとしましょう。この人にとってはこのゴールこそがプラス思考をするための基準になります(ちなみにゴールはいくつあっても大丈夫です)。

 

この人がもしも「事業に失敗して借金まみれになって自己破産し、ホームレスになった」としましょう。

普通の人なら当然、相当なショックを受けるでしょう。家も金もないから世間の目が恥ずかしいと感じて、自ら命を絶つ人すらいるかもしれません。なぜそうなるかといえば、「自分の目の前にあるもの」しか見えていないからです。年収とか持ち家とか彼女彼氏といった、未来のゴールではないものに目が向いているから、いざそれらを失うとガクッと来るのです。

 

しかし、「自分はこの世から餓死を無くすことのできる人間だ」という未来のゴールを確信できているひとにとってはホームレスだろうが借金まみれだろうが、何でもないことでしょう。

その人はおそらく、

「自分が餓死を無くそうとしている国の人々は家なんて持ってない。彼らの苦しさを取り去る決意をより強固にするきっかけになった」

とか

「日本にも、生活苦から餓死してしまうひとが存在することを知った。発展途上国のみならず、先進国からも餓死を無くすにはどうしたらいいかと考えるきっかけになった」

くらいのことを考えるはずです。そして、またなにかをきっかけにしてホームレス状態から脱し、ゴールを達成するために全力を尽くすはずです。

 

これは傍目からすると相当なポジティブシンキングになります。後から見た人からすると「不屈の精神を持ったひとだな。だからこそ逆境をバネにできたんだ」という評価になるでしょう。実際には、不屈の精神など持ち合わせていないのですが。

本人にはそんな意識はありません。プラス思考を狙ってやっているわけではなく、ゴール達成のために勝手にポジティブシンキングになってくるというのが本当のところです。上の二例だけではなく、いろいろなケースを考えてみてください。

 

とにかく、ゴールがあったからこそこのような発想の転換が生まれてきたわけです。餓死者をゼロにするというゴールがなければ、そのまま路頭で野垂れ死にしていたかもしれません。

 

では逆に、低いゴールだとどうなるでしょうか。

たとえば先程の例をかなり下げて「家族(配偶者と子供)を食わせていく」くらいがゴールだとどうなるでしょうか。

この場合は、借金まみれになった時点で、あるいはホームレスになった時点でアウトでしょう。「ああ、やってしまった・・・」という感じであっという間にマイナスになります。頭のなかが真っ白になって、一家心中すらあり得るかもしれません。

 

このように、ゴールが低い(あるいは持っていない)と、目の前のものに執着するようになります。なぜなら、金や家や車といったわかりやすいものは、他人に羨ましがられるからです。

自分固有のゴールを持たない以上、他人の物差しで判断するしかなくなるのです。これでは典型的な俗物のまま一生を終えることになります。

 

以上の二つの例からもわかるように、ゴールというのは高い方が良いのです。ゴールが高いほど、現状を打破する力が強くなっていきます。現状が周囲からどれだけマイナスに見えても、本人の中では「いや、これはゴール達成のための布石みたいなもんだよ」というぐらいなものです。

「ゴールが高いほど、プラス思考になっていく」ということを覚えておいてください。いきなりできなくても大丈夫ですから、「高いゴールを持っている場合の自分と、低いゴールを持っている自分」を頭のなかでシミュレーションしてみると良いと思います。

 

ゴールがある人がプラス思考をし続けると、ひとつの「哲学」が練り上げられる

よく、「成功哲学」という言い方をします。たとえば、「イチローの成功哲学」というように。

なぜ「哲学」と言われるか?

一般的に、「○○哲学」というのは、ある特定のなにか(○○)に関して体系的な考えを積み上げたときにそう呼ばれるものです。「道徳哲学」なら道徳に関しての思考の積み上げです。

 

したがって、「成功哲学」というのはつまり「成功するために行った思考の積み上げ」になります。

 

たとえば全寮制のスポーツ強豪校に入った選手がこういう状況にあるとします。

「全体練習が夜遅く終わって、みんなこのまま寝る雰囲気。しかし自分はまだやりたい練習があって、他の選手に差をつけるためにもやらねばと思う。だけど眠いし疲れてるし、このまま寝てしまって明日やればいいやという気もする」場合。

このときに「いや、自分は将来必ず日本一になる選手だ。日本一になる選手は、きっと疲れていてもやるべき練習をやり抜くに違いない」と考えたとしたら、これは「疲れているときにはこう考えるとよい」という思考のパターンが形成されるわけです。

 

このようなケーススタディを積み重ねていくと、どんどん「成功するためには、こういう場合にこう考えて、こういう時にはこうする」という思考のパターンが形成されていきます。これこそが「成功哲学」と呼ばれるものがつくられるメカニズムだと思います。

 

そして同様に、ゴールに基づくプラス思考もひとつの哲学になり得るわけです。「このゴールがあるなら、こういうマイナス思考が出てきたら、こうやって考えてやれば良い」という感じで。

 

名言集を読んでも救われないワケ

というわけで、「名言集で救われない」のはなぜかもわかりますね。名言というのは、一つ一つの個別の場合には当てはまっても、生活全体をカバーする哲学にはなりません。

「明日やろうは馬鹿野郎」という名言は、今日やろうかどうか迷うときには有効かもしれませんが、そのほかの場合には機能しません。

さらに、体系性を持たない名言に頼るだけでは、まったく頭を使いませんから、自分の血肉にもならないのです。

 

ついでにいえば、聖書や仏典も哲学方式を採用しています。その証拠に、聖書の目次のところには「悲しいときにはここを読みなさい」と書いてあります。聖書もやはり「こういうときにはこうしようね」という思考パターンの集成なのです。

 

さて、以上述べてきたように、

①「ゴールに基づく」プラス思考をすべし

②ゴールが高い人ほどプラス思考する能力が高くなる

③ゴールに基づくプラス思考をし続ければ、思考のパターンが集まってひとつの哲学ができる

というわけです。

 

ただプラス思考しようとするよりも、こういうことを知った上でプラス思考をすべきではないか?と思います。

今後もこういった、世の中で常識とされていることの裏を突いた記事をガンガン書いていきます。ぜひお楽しみにしてください。

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