「ベストを尽くせ」がダメな理由 「限界をちょっとだけ超える」ことの重要性について

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

今回は、多くの人がなんとなく見過ごしている「限界をちょっとだけ超えてやる」という方法について書きます。

スポーツでも勉強でも、よく「限界を超えろ」とか「自分に打ち勝て」と言いますが、そもそもそう言われるのはなぜなのか?

きちんと考えたことがあるでしょうか。

今回の記事では、「限界をちょっとだけ超える」というやり方にはどういうメリットがあるのかについて詳しく書いていきます。

「限界をちょっとだけ超える」ことの重要性

「限界をちょっとだけ超える」ことの効用

「限界をちょっとだけ超える」ことによって、いったい何が生まれるのでしょうか。

 

人間の能力というのは、基本的にかなり際限なく伸びていきます。

たとえば、早口でしゃべることに特化した実況アナウンサーは相当なスピードでしゃべりますし(例:古館伊知郎)

タイピングの速度も、本当に速い人は目にもとまらぬスピードで打ち込んでいきます。

ウェイトリフティングのトップ選手はスクワット400キロ代後半を挙上しますし、100メートル走の世界記録もどんどん更新されています。

 

このように、人間の能力はかなりの程度高速化したり増強したりできます。

では、↑の例のような超人的な技を獲得できた人というのは、いったいどのように鍛錬していったのか?

 

その答えの大きなカギを握るものこそが、「限界をちょっとだけ超える」という習慣です。

「限界をちょっとだけ超える人」と、「限界の前で引き返す人」の間には、かなり大きな差が生じてくるのです。

タイピングの例で言えば、タイピングの速度がある程度速くなって「このくらいでいいか」となる人と、「いや、もっともっといけるはずだ」と挑戦していく人との差です。

 

前者は「この程度だろう」という見切りを自分でつけているので、当然ですが、ある一定の水準(人から褒められる程度など)で成長が止まります。

逆に、「もっとイケるはずだ」という限界突破の試みを続ける人は、際限なしに能力が伸びていきます。自分で限界を定めないので、どこまでいけるかは本人もわかりません。世界記録に挑戦できるのはこういう人たちです。

 

なお、コーチングでは「いつも自分がその中にとどまっている、居心地のいいゾーン」のことをコンフォートゾーンといいます。たとえば、いつも勉強を30分しかしていない人が30分勉強するというのがコンフォートゾーンの中にいるということで、逆にその人が三時間とか四時間勉強するというのは、コンフォートゾーンの外に出るということになります。

つまり、「限界をちょっとだけ超えてやる」というのは、「コンフォートゾーンの外に出る」ことなのです。

タイピングだと、「いつも自分がやっているよりちょっと速い速度で打ち込む」という試みのことになりますが、これはそのままコンフォートゾーンの外に出ようとする試みです。

 

「自分にとって居心地の良い空間から飛び出そうとする」ことを続けていくことによって、コンフォートゾーンがどんどん高くなっていきます。最初は一秒間に3文字くらいしか打てなかったのが、次第に一秒間に10文字打ち込むのが当たり前になっていきます。

この「当たり前のゾーンが高くなっていく」こと、しかもほとんど制限なしに伸びていく(場合によっては世界記録レベルになるまで)こと、これこそが「限界をちょっとだけ超える」という方法でしか成し遂げることのできない効用です。

 

「限界をちょっとだけ超えるヤツ」と「ちょっとだけ手を抜くヤツ」、差は広がる一方

したがって、限界をちょっとだけ超え続けるヤツと、ちょっとだけ手を抜くクセのあるヤツとの間には、だんだんと差が広がっていきます。

当然のことながら、限界突破する組は(何度も言いますが)自分の能力の限界がどんどん伸びていくわけです。それにともなって、本人が当たり前と感じる基準もどんどん上がっていくわけです。

 

逆に、限界を超えようとしない人々は、自分がキツいと思うラインで足踏みします。

「自分はこのへんが限界だ。キツいから、そろそろ手を抜いておこう」と毎回ちょっとだけ手抜きをする人は、大して伸びません。

まったく伸びないわけではないのですが、その上昇具合はかなりゆるやかなものになります。もちろん、限界突破を習慣化している人とは雲泥の差になっていきます。

 

環境や才能のせいにする前に、まずは自分自身のこれまでの努力の方法を振り返って、「果たして自分は限界を超えつづけるという努力をしただろうか?」という自問自答を行ってみてください。

 

なぜそもそも「限界を超えるヤツ」と「ちょっと抜くヤツ」に分かれるのか?

ここで不思議に思われる方がいると思います。

それは、

「そもそもなんで、限界突破しようという心意気がある人と、そうでない人に分かれるのか?」

という問いです。

 

限界突破というのは、当然、かなり肉体的にも精神的にもキツいはずです。もう投げだしたい、逃げ出したい、ラクな環境でぬくぬくとやりたいという怠惰の本能がかなり誘惑してきます

特に、限界突破を試みようとする初期には、「今日は○○があるからやめておこう」とか「今日は調子が良くないからこのへんでやめよう」という誘惑が、いつもの数倍は出てきます。

 

その誘惑に打ち勝つには一体どうすればいいのか?

答えは、やはり「何を差し置いても成し遂げたい、高いゴールを持っていること」と「そのゴールに対していかに強い臨場感を持ってるか」という二点です。

 

「何を差し置いても」ということは、「肉体的精神的につらかろうが」ということです。「高いゴール」ということは、多くの犠牲を払ってもということです。「臨場感を持っている」というのは、つまり「ゴールが実現されるという確信の度合いが強い」(強くなっていくと、現実がそうであるように感じ始める)ということです。

 

上記の二点を満たしてやることによって「あの高くて、本当にやりたいゴールを実現するためには、当然いまの自分は限界を超えている必要がある」という動機が生まれます。あとは臨場感を強めることによって「限界を超えるのが自分らしい」と確信できれば、限界突破というのは「自分らしいこと」に早変わりします。そうなれば占めたものですね。

 

限界突破できる人とできない人の差もまさにここにあります。ゴールがあるかどうか、そのゴールはどの程度やりたいのか、ゴールを達成する自分を確信できるか。限界突破できるかどうかは、決して先天的に決まっているわけではなく、後天的に決まるものです。ゴールを見つけられるかどうか、そこだけの差です。

ぜひ、自分のゴールを見つけて、「限界突破できる人」になってください。

 

まとめ + 限界突破をするための本

さて、いかがでしたか。

今回述べてきたように、「限界突破できるかどうか」はかなりの差を生みます。

そして、限界突破を可能にするのはゴールをどう持つか、という一点に集約されます。

 

勘違いしてほしくないのは、「限界突破は目的ではない」ということです。なぜか一部の人々は「まず限界を超えなさい」と言いますが、ゴールがあってこそ限界を突破するだけの動機が揃うのです。限界突破はあくまでも、ゴールを達成するために当然自分がやるべき手段です。間違っても目的ではありません。ここを間違えると、限界を超えて働かされたりしてしまいます。

 

ぜひ、ゴールを高く持って、その実現のために日々限界突破を断行していってください。

では、グッド・ラック!

 

★おまけ 「ゴールを高く持って限界突破したい人」人のためのおすすめ本★

・・先日も記事で書きましたが、私は苫米地英人氏の本を70冊近く読み切り、「ああ、この人はモノホンだ。うさんくさいっていう人もいるけど、論理で考えると本物だな」と確信しました。どんどん思考の盲点が外れて、今まで見えなかったものが見えてくるようになります。すべて「事実」をもとにした「論理」でモノを言ってくる人ですから、読むだけで論理的に考える力が付くことも間違いありません。

 

以下におすすめの本を挙げておきます。

・「立ち読みしなさい!~美しいほどシンプルな成功術

・「ディベートで超論理思考を手に入れる

・「苫米地英人、宇宙を語る

・「洗脳原論

・「思考停止という病

・「まずは親を超えなさい!

・「すべてを可能にする数学脳のつくり方

・「「生」と「死」の取り扱い説明書

・「君は1万円札を破れるか?〜お金の洗脳を解くと収入が倍増する

 

大学教科書・専門書・医学書の買取サイト「専門書アカデミー」

 

――この記事をちょっとでも面白い・役に立ったとお思いになりましたら、ぜひFacebook・はてブ・ツイッター等で共有していただければとてもうれしいです――

 

 

 - 人生・生き方・心の迷い・邪念への対処・哲学, 有益な情報, 栗栖鳥太郎が学んだ・考えたこと, 能力開発, 頭が良くなる方法 , , ,