「人を見下して優越感に浸る人」が一生負け続けて人生を終えるこれだけの理由

   

「人を見下して優越感に浸る人」が一生負け続けて人生を終えるこれだけの理由

 

こんなタイトルをつけましたが、

別に、「人をバカにする人たち・人を見下す人たち」をバカにしているわけではありません。

私は今回の記事を通じて、

「人をバカにする・見下す」という行為がいかに非合理的であほらしいか

を示したいと思っているだけです。

 

いま他人の悪口を言っている人は、この記事を読んで悔い改めましょう。さすればたぶん赦されます。

いま悪口を言われている人は、この記事を読んで自信を取り戻しましょう。

 

「他者を見下して優越感に浸りたい人」の心理とは?

あなたの隣にも棲んでいる、「悪口を言わないと気がすまない人」

残念なことに、

「人をバカにする・見下す人」というのは、現代日本のいたるところにいます。

常に悪口や中傷を言いふらす人。

他の人をダシにして笑いをとろうとする人。

頑張っている人のことを冷ややかな目で見る人たち。

ターゲットに定めた人の一挙一動をあげつらい、ネタにする人たち。

表面上は「いい人」としてふるまっている、「真面目そう・温厚そうな人」が、

インターネットでは本性をむき出しにして他人の悪口や罵詈雑言・誹謗中傷・差別発言を繰り返していることもあります。

 

うわべでは「がんばれよ」と言いながら、裏では「あいつは失敗しそうだよね」などと陰口を言う人。

直接の知り合いでもない芸能人のスキャンダルをわざわざ攻撃する人。

面と向かっては決して言えないであろうことを匿名掲示板にぶちまける人。

「これだから意識高い系は~」「低学歴は~」と他者をレッテル貼りでひとくくりにする人。

挙げればキリがありません。

 

「あ、あの人のことか」と思い当たるところがあるかもしれませんし、

もしかしたらあなた自身がそうなのかもしれません。

 

いずれにせよ、あなたにとって、この問題は「ひとごと」ではありません。

 

本記事ではまず、

このような「人をバカにする・見下す人たち」がどのような心理を持っているのかを考えます。

そして、その心理を理解した上で、

「人をバカにする・見下す」ことがどれほど非合理的でばかばかしいのかを解き明かしていきましょう。

 

「他の人を見下そうとする人」「人をバカにしないと気が済まない人」の心理とは?

「あいつ、こないだ飲み会の帰りのタクシーで座席に吐いてさ、シート代三万請求されたってよ。ざまあ」

「お前は本当に出来の悪い子だね。あのろくでもない母親に似たのかい?」

「君、そんなことも知らないの? こんなの常識だよ。学校で何を学んできたんだ?」

「あいつうざくね? 調子乗りすぎだろ最近」

「人をバカにする・見下す人」には、

「他人をバカにすることによって、自分の心の均衡を保っている」

という心の構造が備わっています。

 

要するに、彼らは、

「あんなにバカなあいつよりも、俺の方が優れているじゃないか」

「ねえみんな見て見て! 私は、私に見下されるあの人よりもすばらしい人間なんですよ」

という形でマウントをとり、

それを周囲にアピールするために悪口を言います。

 

 

「悪口軍団」も同様の心理

では、個人ではなく、集団の場合はどうでしょうか。

 

「だれかの陰口で盛り上がる集団」というのは、どこにでもいます。

近所のおばちゃんの井戸端会議がそうかもしれませんし、

会社帰りに飲み屋でたむろするサラリーマンがそうかもしれません。

もしかするとあなたも、友達に「なんか最近あいつうざくね? そう思わん?」と悪口に誘われた経験があるかもしれません。

 

このタイプの人々は、誰かの悪口を言うことによって

「連帯感・仲間意識」を強めます。

共通の敵を作ることによって団結するのです。

 

その敵の悪口を言っている間は、非常に居心地がいい。

自己優越感に浸れます。

ここにもやはり「他の人を下げることによって、自分たちを上げる」という構造があります。

 

 

「他者を見下すことによって優越感を得ようとする人」を論理的に叩き潰す

「バカにする・見下す人」は、実はか弱い

こういう人・集団は例外なく、

「自己肯定感が薄い・満たされていない」

という特徴があります。

「自分は価値のある人間だ」という自己肯定感を持てないからこそ、

他の人を下げて自我を保とうとするわけですね。

 

そもそもの話が、

自己肯定感が強い人、つまり自分に自信を持てる人であれば、

他人の悪口によって自分を上げようとはしないでしょう。

わざわざ上げようとしなくても、自分で自分をきちんと肯定できているからです。

 

自分に対する自信がないからこそ、

「ばーか、お前なんか〇〇しちまえ!」

「ざまあみろ、失敗したな」

と他人を攻撃することによって、自尊心を満たそうとする。

 

つまり、悪口を言っている人は、みんなの前でこう宣言しているのと同じです。

みなさん聞いてください!

私は、自分に自信がない人です!

だから、他の人を叩くことで自分の地位を上げようとしています!

私は、一生懸命になにかをしようとすることはありません!

そんな自分を本当は恥ずかしいと思っています。

でも、そんな自分の本音と向き合うのが嫌だから、

私は今日も、チャレンジする人の陰口を叩いて暮らします!

そうでないと自我が保てません!

私は、自分が無価値であるという事実に向き合うのを避けるために、

他の人を引きずりおろそうと悪口を言っているのです!

……自分に自信がないなら、何かで結果を出したり考え方を変えたりして自信をつければいいのに、

それをせずに、わざわざ他の人を傷つけるようなことを言っている。

明らかに、ただの「あほ」でしょう。

 

現に、心を読むほうのDaiGoさんもこう言ってます。

また、「筋トレですべてが解決する」でおなじみのマッチョ社長もこう言っています。

「悪口陰口嫌がらせ、全部暇人のやる事だから気にすんな」、全くその通りです。

何かに打ち込んでいる最中の人は他の人のことをわざわざバカにしないし、

自己肯定感の高い人はわざわざ悪口など言わなくてもいいのです。

 

 

繰り返しますが、

他の人を見下したり悪口を言ったりする人は、自己肯定感や自尊心に問題アリ。

「何かに打ち込み、成功体験を積んで自信をつける」ことから逃げ続けているだけ。

他の人をバカにすることでしか自分を保てない可哀想な人である。

ということです。

 

「他の人をバカにする人」は、自分がバカにされるのだけは極端に嫌う

こういうタイプの人は、他の人をバカにしているのだから、

バカにされることをまったく気にしないのではないか?と思われがちです。

 

しかし、実はこういう人こそが一番、

「他の人にどう評価されているか」を気にしているのです。

なぜなら、そもそもこういう人たちはもともと、

「他人から見た自分の地位を相対的に上げるために」悪口を言っているから。

 

つまり、本来の性質からして、「他の人による評価」を極度に気にするタイプなのです。

 

しかし哀しいかな、ここには芸術的なブーメランが潜んでいます。

なんせ、実際は「悪口を言えば言うほど、他の人による評価が下がる」のですから。

単純な話で、しょっちゅう人の悪口を言っている人には近づきたくないでしょう。

悪口は、言っている側からすれば楽しいのかもしれませんが、言われている側からするとカチンときます。

そう、結局は、他の人をバカにしたり見下したりすればするほど、敵が増え、評価が下がっていくのです。

 

つまるところ、

本人は「自分の評価を上げるために悪口を言う」つもりで始めたのに、

結局は「悪口によって自分の評判を下げて」いる。

 

早い話が、単純に考えが足りていない。

中島敦の『山月記』に「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という表現がありますが、まさにこれです。

臆病な自尊心=「斜に構えて、他の人をバカにすることでしか自分を保てない」

尊大な羞恥心=「他の人による評価を極度に気にするわりに、何も実行に移さないでいる」

.…悪口を言いまくる人は結局、

「自分が何者でもないことが明らかになるのが怖い」のでしょう。

2ちゃんねるはまさにその典型です。

匿名でなければ、ああいう過激で無責任なことは言えないでしょう。

「匿名=何者でもない」という一致は偶然ではありません。

自分という存在には中身も価値もなにもないと思っている。

だからこそ、他の人を攻撃することによって相対的に自分の地位を上げようとする。

しかし、実はその試みは失敗。

攻撃すればするほど、その人のまわりには同類が集まってくるだけ。

悪口を言っている本人の評判はガタ落ち。

 

 

「バカにする・見下す」ことは非生産的の極み

 

さらに中押しを。

 

 

実は、この「他人への見下しを原動力として自己肯定をする」という方式には、

ある致命的な欠陥があります。

 

それは、「何もチャレンジのできない人間になってしまう」こと。

 

なぜなら、

こういう人がいざ何かにチャレンジしようとすると、

普段自分が陰口を言いまくっている分、

①今度は周囲から陰口を叩かれる側になる。(「なんだよアイツ最近いい子ぶりやがって」とか)

②応援されない・協力されない。悪口のツケが回ってくる

③「失敗しろ」「どうせお前はだめだ」という念が頭から離れない。普段自分がそういう言葉を使っているから。

からです。

 

成功するためにはチャレンジが不可欠ですが、

普段そのチャレンジをバカにしまくっているがゆえに、

自分では何もできなくなってしまうのです。

まさに自業自得。

 

悪口を言うと、こんなに素晴らしいことがあるんですね。

 

 

 

「バカにする・見下す」のは誰にでもできる簡単なこと。希少価値がゼロ

ダメ押ししましょうか。

 

悪口を言っている人のなかには、

「斜に構えている自分は少数派でかっこいい

と意識のある人がいます。

 

はっきり言って、

他人の悪口を言うことは、「誰にでもできる」ことです。

 

たとえば、

「あいつって臭いしさ、デブだしさ、調子乗ってるしさ、

頭はいいかもしれないけど、それだけだよね。絶対将来失敗するタイプだよアレ」

と悪口を言うのは、実に簡単です。

簡単であるということは、できる人が多いということです。

もっと言えば、「悪口が得意な人なんて、掃いて捨てるほどいる」のです。

 

でも逆に、「他の人を認めてあげて、受け止める」というのは難しいことです。

難しいから、できる人が少ない。

できる人が少ないからこそ、貴重である。

 

世の中には、「希少性の原理」というものが働いています。

もともとは経済学の用語ですが、「悪口を言う人」についても成り立ちます。

 

早い話、

悪口を言うのは簡単。だから、悪口に価値はない

というわけです。

簡単→誰にでもできる→希少性なし→価値もない。

単純ですね。

(ちなみに、どのようなものに希少性があるかといえば、基本的には「より難易度の高いもの」「より高速なもの」「よりエントロピーを減少させるように見えるもの」などです。ここでは詳述しません)

 

 

そもそも、社会的に称賛される人・本当に意味のあることを成し遂げる人は、いつだって少数派です。

悪口を言ってしまうという時点ですでに「その他大勢」になります。

わざわざ自分から「価値のないほう」へと突進していくことはないでしょう。

 

まとめと結論:「悪口を言っている人」を、冷静に客観的に見てみよう

ここまで述べてきたことを踏まえて、

いま一度冷静に、

「悪口を言っている人」という存在を見直してみましょう。

 

この記事を読む前とは、だいぶ見方が変わっているはずです。

「悪口を言ったり、他の人を見下したりする人」は……

自己肯定感や自尊心に問題がある。

自分を肯定することができない。

だから、他の人をバカにすることによって優越感を得ている。

そうしないと不安なのだ。

自分が何者でもないとわかるのが、何よりも怖い。

「自分の評価を上げるために悪口を言う」つもりなのに、

局は悪口によって自分の評判を下げている。

悪口を言う時点で、すでに「その他大勢」。

「何かに打ち込み、成功体験を積んで自信をつける」ことからも逃げ続けている。

そしていつの間にか、何もチャレンジのできない人間になってしまった。

そのくせ、プライドだけは妙に高い。

そんな、可哀想な人。

 

皆さんは、↑こんな人が、幸せに一生を終えられると思いますか。

たぶん無理でしょう。みんなから嫌われて、

孤独に死んでいくのがオチです。

 

ついつい悪口を言ってしまう人は、反省しましょう。

悪口を言われる側の人は、安心して、自信を取り戻しましょう。

 

 

 

「人をバカにする・見下す人」に潰されないための本

最後に、「他の人をバカにしたり悪口を言ったりする人」についての知識が深まる本を紹介しておきます。

いずれも面白い本なので、ぜひ読んでみてください。

 

何者

他人を支配したがる人たち

自己愛人間

他人を攻撃せずにはいられない人

他人を引きずりおろすのに必死な人

良心をもたない人たち

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか

 - コミュ障・ぼっち・非リア, ネットの民の心理学, 人生・生き方・心の迷い・邪念への対処・哲学, 有益な情報, 頭が悪くなる方法, 頭の良い人だけが知っていること , ,