人生の幸福度を上げるには「哲学的な幸せ」と「生化学的な幸せ」の両方が必要だと思う

   

こんにちは、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)です。

 

最近疑問に思うのですが、果たして現代人は古代人よりも幸せなのでしょうか?

狩猟時代の古代人のほうが、「自分より年収が高い人がいるだとかいい生活をしている人がいる」といった余計な情報をなにも知らず、仲間内での結合も強く、宗教的にも余計な疑問をさしはさむことなく、毎日外で体を動かしていて・・・という生活をしていたであろうことを考えると、

「あれ、現代人って物質的には豊かでも、精神的に豊かになってるとは言えないのか?」

という疑問が浮かんできます。

しかし、科学と哲学という武器を手にした人類は、もう少し精神的にましな生活を送ることができるのではないでしょうか?

人生の幸福度を上げるには「哲学的な幸せ」と「生化学的な幸せ」の両方が必要だと思う

哲学的な幸せ

釈迦とソクラテス

人類史上で、

「この人は間違いなく幸せだったろうな」

と思う人が二人います。

それは、釈迦とソクラテスです。

 

釈迦は、「悟った」人です。

何を悟ったのかは推測するしかありませんが、おそらく「縁起」の法を悟ったのでしょう。

この世に単一で存在するものなど何一つない。

有名な「空」の概念はおそらく、縁起を説明するために便宜的に編み出された概念です。

 

「単一で存在するものなど何一つない」ということは、自分の意識さえも「あるともないともいえる」でしょう。他のものとの関係性のなかで成り立つものだからです。

 

自分というものがあるともないともいえる・・・ということを悟ってしまえば、

あるいは、感情さえも「あるともないともいえる」ということを悟ってしまえば、

この世に存在するすべてのものは「あるともないともいえる」ということを悟ってしまえば、

自分という存在の無力さに苦しむことも、自分の感情に苦しむことも、自分ではどうにもならないことに苦しむことも、全部どうでもいいことになります。「悟り」を開いた人は、現代人の苦しんでいるうつやストレスからも解き放たれるでしょう。釈迦が子持ちのサラリーマンとして現代に転生したとしたら、おそらく真っ先に家族と会社を捨てるのではないか? と思います。

 

このように、仏教は、宗教としてはあまり強くないのですが(積極的に征服するということをできませんから)、「論理」としてはこれ以上ないほどに強いのです。縁起というのはまさに「すべて」に対して適用できる法則ですから。

一方のソクラテスは、「自分は何も知らない」ということを出発点にして、

「どうすればより善い人生を生きることができるだろうか」ということを追究し続けた人物です。

 

仏教と同じく、「自分は何も知らない」というのは非常に強い論理です。

ゴルギアスをはじめ、自信満々でソクラテスに議論を挑んだ人々はことごとく議論に敗れました。

 

なぜソクラテスに完敗するのかというと、きちんとした理由があります。

「この世に完全な論理体系はない」「自分自身のことを完全であると証明できる系は存在しない」という原理が存在するからです。完全な論理体系が存在しない以上、どれほど完璧に思える論理体系をもってソクラテスに議論を挑んでも、ソクラテスは矛盾を突くだけで良かったのです。そしてお決まりの「ほら、やっぱりあなたも何も知らないじゃないか」と。

 

ソクラテスは典型的な「帰謬論法」の使い手です。

帰謬論法の使い手は、自分からなにか積極的に論理体系を構築することはありませんが、

相手の持っている論理体系には矛盾が必ず内在する(不完全性定理というやつです)という原理を使って、ひたすら相手を質問攻めにして、「ほら、矛盾しているじゃないか」「ほら、あなたはやっぱり無知じゃないか」という形に持っていきます。(ちなみに現代の有名人では宮崎哲弥氏が帰謬論法の使い手として有名ですね)

 

「強い論理」のもとで生きれば幸せになる

釈迦もソクラテスも、どちらも「強い論理」を持っています。

強い論理だけを使えば、矛盾に苦しめられることはまずなくなります。

哲学をやっている人の職業病でもある「現実と理想の乖離」や「頭でっかち」といった状態から脱することができるわけです。

 

釈迦の場合は、「すべてはあるともないともいえる」わけですから、当然釈迦自身の人生さえも「あるともないともいえる」。したがって、釈迦はおそらく「別にいつ死んでもいいや」と自然に思っていたことでしょう。別にいつ死んでもいいんだけど、でもせっかく現世にいるのだから、悟っていない人々を悟らせてやろうかな、というくらいのテンションです。現世に「遊びに来ている」感覚なのでしょう。

 

ソクラテスの場合は、一貫した行動原理として

「より善い人生を追究したい」

がありました。

こちらの「善い人生を求め続ける」というのも、一生使える論理です。死ぬまで使えます。

釈迦の縁起同様、とても強い論理です。

 

釈迦もソクラテスも、外部の富・名声・権力・他人にどう思われているかといった、「自分ではどうにもならないこと」によって善い人生を手に入れようとするのではなく、あくまでも自分自身のなかにある良心や哲学的な思索といった内向的な要素を重要視していたと言えます。強い論理に即して生きるということは、死ぬまで安定した精神生活を送ることができるということでもあるのです。

 

・・・ということは、現代人が幸せになる第一の道は、

「強い論理のもとに生きる」ということです。

これが、「哲学的な幸せ」という言い回しの意味です。

 

生化学的な幸せ

現代人は脳内物質がイカれている人が多い

極端な話、世界一幸せな人とは、

「ドーパミンとセロトニンが死ぬまでめちゃくちゃ出続けている人」

でしょう。

 

「哲学的な幸せはどこに行ったんだ!」と言われるでしょうが、

そもそも、脳内物質さえ充足されていれば、わざわざ哲学的な手続きを踏まずとも、強い論理に頼らずとも幸せになれるはずです。もとはといえば、哲学的な幸せというのは「理性によって感得した強い論理による快適さ・快感」なわけですから。脳内物質が出続けていれば、哲学なんてしなくても幸せになれます。

 

そして、人類はすでに「幸せ物質をコントロールできる」程度まで科学を進歩させています。

まだ人体に適用するのはリスクが高いのですが、マウスの実験ではすでに成功しています。

もちろん、ドーパミン受容体の有限性だとか、中毒にならないのかとか、倫理的問題や生物学的課題は山積しています。また、幸せになる技術が開発されたとして、民間にまで普及するかどうかは疑問です。一部の研究機関かお金持ちのものになる公算が大きいのです。

 

さて、最近、だんだん民間の人々も

「人生の幸せはセロトニンが出るかどうかで決まるんじゃないか」

「ドーパミンを意識的に出せれば最高じゃないか」

といった「脳内物質」に目を向け始めているようです。

 

なぜそういう動きが出てきているかといえば、

「うつ・ADHD・発達障害」といった現代のいわゆる「精神病」を自力で治そうとするならば、

脳内物質をコントロールしてやるのが一番手っ取り早いからです。それで一般の人々も脳内物質について興味を持ち始めたのでしょう。

 

実際、そういった「精神病」にまだ罹患していない人であっても、多くの人は脳内物質や体内物質が乱れに乱れているというのが現状です。都市住みの満員電車で消耗してるサラリーマンと、田舎の共同体のなかで積極的に活動してるおっさんとでは、まるで脳内物質の出方が違うでしょう。

 

「幸せだから脳内物質が出る」のではなく、むしろ

「脳内物質が出るから幸せを感じる」というわけです。

 

じゃあドーパミンとかセロトニン出せばいいよね

・・・ということは、話は単純です。

「幸せを感じさせる脳内物質を出せばいい」わけです。

 

べつに脳に電極を埋め込まなくても、

食事を変え、運動を習慣付け、音読をやり、瞑想を毎日続けていれば、

否が応でも脳内物質の出方が変わります。

 

脳内物質の調整の仕方はこのブログでもたびたび書いているのですが、

研究機関でモルモットにされなくても、自分で調べて自分で自分の脳内環境を調整すればいいだけの話です。脳内物質の出方を変えたいという人は、「セロトニン・ドーパミン(男性ならテストステロンも)」をどうやって出すかをネットなり本なりで調べて実行すれば、コツをつかめます。

 

脳内物質の出方を変えるというアプローチは、

「ポジティブ思考をしよう!」

みたいな論理的に弱い自己啓発書を読み漁るよりも、よほど有用です。

 

まとめ

というわけで、手っ取り早く幸せになるには二つのアプローチがあります。

①哲学的に幸せになる。そのために、「強い論理」を学ぶ。仏教とか量子力学とか不完全性定理とか確率論とかカオス理論あたりが強いです。ちなみに、よくおすすめしている苫米地式コーチングも論理としては非常に強いものです。

②生化学的に幸せになる。そのために、脳内物質の出方を調整する方法を学ぶ。このブログでもたびたび紹介している音読・食事・瞑想・運動など。

 

もちろん、どちらか一方だけではアンバランスになりがちです。

 

これからの時代を幸せにいきたいのであれば、

「強い論理を保持しつつ、快感を感じる脳内物質を出せるようにしておく」

 

のがもっとも効果的なやり方だ、と結論できるでしょう。

 

以上、栗栖鳥太郎(@Kuritoritarou)がお送りしました。

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