【野球】「目標を高く持つ選手」と「目標を持たない選手」の間にはどれだけの差が生じるのか? シミュレートしてみた

   

こんにちは、栗栖鳥太郎です。

最近私は「苫米地式コーチング」を本で学んでいるのですが(本当はコーチ養成講座みたいなのに行くべきなんですが、まだ行きません)

「コーチングを野球に応用したら、日本の野球界のレベルはものすごく上がるんじゃないかな」と考えています。

 

今回は、そんなコーチングの核心ともいうべき「ゴール設定することによるメリット」を、野球選手を題材にして考えてみましょう!

【野球】「目標を高く持つ選手」と「目標を持たない選手」の間にはどれだけの差が生じるのか? シミュレートしてみた

結論:ゴールを高く持つメリットは山ほどある。というか、上手くなりたいなら必須! ゴールを持たない意味は全くない。

「高いゴールを設定したA選手」と「ゴールを設定しないままのB選手」を徹底比較

今回の記事の趣旨は、

「野球におけるゴール設定の有用性を示すこと」

「高いゴールを設定することに成功した選手と、ゴールを設定しないまま野球をしている選手との間に、具体的にどのような差がついていくかを示すこと」

にあります。

 

では早速、高いゴールを設定することに成功した人と、ゴールを設定しないままの選手を比較してみましょう。

以下の表に、それぞれの場合にどちらの選手がどのような反応・行動・思考をするかをまとめてみました。

 

想定としては両者ともにまったく同じスタートライン(現在大学生・投手)で、まったく同じ素質(=大学生平均レベル)を持っているものとします。

また、A選手のゴールは、十分に高いものであると言えるように「世界一の投手として活躍し、自分のプレーと慈善活動で世界平和に貢献する」としました。

 

  高いゴールを設定することに成功したA選手(ex.「世界一の投手として活躍し、自分のプレーと慈善活動で世界平和に貢献する」) ゴールを設定しないままのB選手(ex.野球部にいるから野球をやっているだけ)
練習の量と質 ゴールを達成するために必要な練習をするようになる。ただ量を追い求めたりするのではなく、「世界一になるために本当に必要な練習」を最高の効率でたくさんやるようになる 野球部でやっている練習をやるだけ、あるいは他人が練習しているから自分も練習するか、というくらい。自分で主体的に「これをやろう」と決定することはまずない。
発想力 発想が多岐にわたる。栄養補給、トレーニング法、スポーツ科学、生理学、解剖学、セルフコーチングの勉強、書店の野球コーナーに通う、うまい人に話を聞く、自分の動作を分析する、優れたトレーナーに教えを乞う など。ゴールが高いので、その分成長速度が速くなり、しかも発想も斬新になっていく。日本のみならずアメリカのトレーニングも勉強する。ウェイトから初動負荷まで勉強しまくる。野球のみならず武道やサッカー、陸上、相撲といった他競技まで視野に入れて上達の方法を考える。 ただ与えられたものをやるだけ。自分でやりたいと思ってないから工夫もない。いわゆる指示待ち人間になりがち。
他人の悪口 言わないし、聞かない。自分が高いところにいるから、わざわざ他の人を引き下げる必要がない。「悪口は自分の意欲を下げる」ことをわかっているから、悪口は言わない。悪口を言っているグループとは距離をおく。 悪口・陰口を言わないと気が済まない。他人を下げることで自分を上げようとする。なぜなら、自分が低いところにいることに我慢できないから。自尊心が満たされない。他人の悪口を言うことがクセになっている。また、意識の高い人のことを「あいつはどうせ失敗するよ」などと陰でバカにしたり、引きずりおろそうとしたり、失敗を喜んだりする。
行動力 「自分は世界一の投手にふさわしい人間である」というエフィカシー(自己能力の自己評価)があるから、世界一の投手になるために必要だと思ったことは何でもやるし、不要だと思えばやらない。必要だと思えば海外にも飛ぶし、大学の先生やプロ選手にも聞きに行く。「行動力がある」という評価を得る。 自分の能力に自信がない&失敗するのが怖いから何も行動を起こさないし、たとえ行動しようという気になってもすぐに萎える。三日坊主であり臆病者。監督や親に言われてようやくやるか、尻に火が付かないとやらない。
あきらめの早さ 「ゴールを達成する」までは絶対に止まらない。「未来のゴールは、できそうもないものであればあるほど、斬新な解決策が生まれる&進化のスピードが早くなる」ということを理解している。たとえ打ちのめされるようなことがあっても、「いや、俺は将来必ず世界一の投手になっているのだから、この程度の試練はいくつも乗り越えているはずだ」と思える 現代の自分の状態・これまでの自分の過去の成績・実績をもとに「自分はこの程度だろう」というリミッターをかけて自分の能力・可能性を制限する。自分の過去をもとに「未来もずっとこの延長戦なんだろうな」とあきらめているので、斬新な解決策も生み出せないし、進化のスピードも遅い。一度挫折したら立ち直れない。
試合での実力発揮 「自分は世界一の投手にふさわしい行動だけをする」から、試合の準備も世界一のクオリティを追及するし、試合での集中力も段違い。また、世界一という高いところを目指しているので、たかが大学の公式戦くらいでは緊張しない。最初から最後までベストを尽くして当たり前。 将来のゴールがないので、「目の前の試合がすべて」に思えてくる。そのためガチガチに緊張する。悪いイメージがどんどん浮かんでくる。「失敗したらどうしよう」「打球飛んでくるな」と思ってしまう。試合前の準備も、試合中のプレーの精度も低い。

 

さて、「スタートラインは一緒」であり、「投手としての能力値は両者ともに平凡」だったA選手とB選手は、

半年後・一年後・三年後…どのくらい差がついているでしょうか……?

 

もしかすると、「どこにでもいる平凡な選手」であったA選手は将来本当にプロ入りして、世界一の投手として大活躍するかもしれません。

逆に、同じく「どこにでもいる平凡な選手」であったB選手は、そのまま何の疑問もなく現役生活を終えるかもしれません。

少なくとも、素材が同じである以上、「A選手がB選手よりも成長しない」ということはありえないと思います。

 

おそらく、はじめは同等の実力であっても、時がたつにつれてどんどん差が蓄積されていくはずです。

少なくとも、理論上は確実にそうなります。

 

そもそも、両者の間にある差というのは、単に「ゴールが高く設定されているか否か」というただ一点だけなのです。

その些細な差が、練習の量と質・行動力・試合での実力発揮・発想力といった多要素にわたって影響するのです。

 

「目標は高く持ちなさい」「夢を高く持って、あとは諦めないことだ」などとよく言われますが、そう言われる意味がよくわかる思考実験です。

 

ちなみに:「自分がこんな高いゴールを設定したら、笑われないかな」という感じで周囲の評価を気にする意味はゼロ!

A選手が本当に世界一の投手になって、B選手はいま平凡な社会人として暮らしているとします。

 

そうなると、周りの人はどういう反応を示すでしょうか。

A選手に対しては「学生時代は目立たない選手だったのに」という評価になるでしょう。

対照的に、B選手に対しては「まあ、あいつはあまり目立たない選手だったし」というくらいの評価か、あるいはそもそも評価対象にならないか……。

 

つまり、他人の評価というのは簡単に覆ります。

 

……こう考えてみるだけでも、周りの評価・世間の「客観的な評価」というものがいかにアテにならないものなのかがよくおわかりになると思います。

世間や他人の「あなたに対する評価」というのは、結果論でしかありえないのです。

 

だから、「いまはへたくそ」であっても、高いゴールを設定していい。

いや、むしろヘタクソだからこそ高い高いゴールを設定するべきです。

現在ヘタクソなのはあなたが「高いゴールを持っていないから、この程度のプレーでいいか」と妥協してきた結果である可能性が高いからです。

そういう人こそ、未来のゴールを高く持って、現在に対する認識をガラリと変えてほしい。

 

高校通算本塁打が0本だった小笠原道大選手・門田博光選手がプロであれだけの成績を残せたのですから、やってやれないわけがありません。

(ついでにいえば、現代物理学では不確定性原理によって「未来を確実に予測することなどできない」ことが証明されています。

つまり「自分はこの程度だ」「あいつはこの程度だ」という、『過去のデータをもとにした未来予測』は絶対にアテになんてできません)

 

 

今回のシミュレーションはあくまでも机上で&私の頭の中でだけ行ったものですが、少なくとも

「高いゴールを設定しない手はない」

「ゴールを持つことのメリットはあっても、ゴールを持たないメリットはない」

というのが結論になる、というのはおわかりいただけたでしょうか?

 

まとめ:ゴール設定しなければ始まらない

べつに今の状態が「B選手」である人も、落ち込むことはありません。

今までは今までとして置いといて、未来のゴールを設定すれば必ずなんとかなります。

どっちみち、将来大成功している自分からすれば「過去の出来事はすべて『あれがあったからこそ』になる」のです。

 

なお、今回は触れませんでしたが、「ゴールは、ただ設定するだけじゃなくて、『現状の外側に設定する』」というのが必須条件です。

「現状の外側のゴール」というテーマについては、かなり文字数を要するので、また別の機会に扱おうと思います。

 

私の野球コーチとしての勉強も兼ねて、今後も継続的に「野球とコーチング」についての記事を書いていきたいと思います。

 

以上、栗栖鳥太郎がお送りしました。

では。

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