【野球】「叱る・怒鳴る・罰する・強制する」は、昭和・平成で終わりにしよう。日本の野球を世界一にしたいのであれば「叱る・怒鳴る・罰する・強制する」は即刻やめるべきだ その1

   

こんにちは、栗山ただよし(栗栖鳥太郎)です。

今回は、「選手を叱る・怒鳴る・罰する・強制する」ということについて。

このテーマについては、私自身いろいろと「選手を怒鳴りつけたり、何かを強制させることが人間力を育てる……っておかしいよなあ」と考えてきました。

この「監督やコーチが選手を叱る・怒鳴る・罰する・強制する」というのは野球界だと「立派な教育である」「選手の成長のために必要」「人間性を育てる」とみなされ、野球界の大御所監督たちも肯定的にみているようなのですが、どう考えても正当化できる理由が見つからないので、この記事でいろいろと突っついてみます。

 

「選手を叱る・怒鳴る・罰する・強制する」ということについて私が思うこと その1

「選手を叱って育てる」は昭和・平成で終わりにすべき。日本の野球が本当に世界ナンバーワンになるには、「やらされる」を極限まで減らすことだ

この記事を書こうと思ったきっかけ

先日、うちの(北大の)野球部の人間からこんな話を伝え聞きました。

旧帝国大学七校(北大・東北大・東京大・名古屋大・大阪大・京都大・九州大)の野球部が競い合う「七帝戦」で我が北大野球部の対戦相手となった、某国立大学の監督さんの言動。

 

試合後のミーティングで、その監督さんは

「お前を代打に送ったのは間違いだった!」

と、代打で凡退した選手のことをチーム全員のいる場所でボロクソにけなしてみせた

そうです。

これ、野球関係者であれば、結構な割合の方が「選手をボロクソに言って、選手のやる気に火を付けようとしているんだろう」と理解すると思います。

 

↑の監督さんの例はあくまでも一例にすぎません。

野球界には「叱る・怒鳴る・罰する・強制する」という文化が根強いので、以下のような実話(私が直接見たことのあるもの)がもりだくさんです。

・ベンチ入りした選手を試合中にベンチに座らせないで、ずっと声出しをさせる

・全力疾走しなかったという理由で選手を懲罰交代し、しばらく試合に出さない

・バントを失敗した選手にヘルメットを投げつける

・高校野球で、「眉毛を剃った」選手を全体練習から外し、しばらくトイレ掃除をさせる

・「試合前のバス移動中」に寝ている選手がいたら、「お前はこれから戦場に行くというのに寝るのか?」と問い詰め、試合に出さない

一般的な感覚からすれば「うわあ・・・体育会系・・・ブラック企業の上司みたい・・・」なのですが、とにかく野球界ではこのような「選手を叱ったり怒鳴ったり、規律を破ったら厳しく罰して指導するのが素晴らしい」という価値観がまかり通っています。それも、「人間力を育てる」という名目で堂々と。

 

 

なぜ「叱る・怒鳴る・罰する・強制する」がダメなのか?

理由①:選手のエフィカシー=「ゴールを達成する自己能力の自己評価」を下げる

先ほどの某国立大学の監督さんは、選手に対して

「お前を代打に送ったのは間違いだった!」

とみんなの前で言っていました。

 

これ、たとえそれが「選手の心に火を付けようと思って」のことだとしても、結果は最悪。

なぜなら、選手の「自分は素晴らしい選手である」という「エフィカシー=未来のゴールを達成するための自己能力の自己評価」をガンガンに下げるからです。

 

エフィカシーというのは、「未来のゴールを達成するための自己能力の自己評価」という意味。

たとえば、「世界一の投手になってガンガン活躍し、知名度を生かして世界中の人々に世界平和を呼びかける」という未来のゴールを持っている選手がいたとします。

この選手が「自分は世界一の投手になるにふさわしい人間だ。なって当然だ」と思っていれば、「エフィカシーが高い」と言います。「エフィカシー=未来のゴールを達成するための自己能力の自己評価」ですから。自分の能力に対する自己評価が高いのです。ちなみに、エフィカシーの高さと過去の実績・現在の能力値とはまったく関係ありません。

 

エフィカシーが高い選手は、普段の生活でも意識的・無意識的に「自分は世界一の投手にふさわしい行動をする」ようになりますし、試合でも「自分は世界一の投手にふさわしい投球をする」ようになりますし、普段の練習でも常に「世界一の投手にふさわしいトレーニング方法・練習方法というのはどんなものだろう」と頭を使います。

 

つまり、ゴールをきちんと持っていて、なおかつエフィカシーが高い選手にとっての「当たり前の基準」はとてつもなく高くなります。

 

このように、「エフィカシーが高い」のは絶対的に良いことなのです。

 

しかし、せっかくそんなに高いエフィカシーを持っているのに、監督から

「お前みたいな投手を使ったのが間違いだった」とか

「お前、いつもそうやって自滅するよな。いつまで同じことを繰り返すんだ」

などと言われると、この投手の「世界一の投手」というエフィカシーは下がりやしませんか?

 

みんなの前で、「こいつは使えない投手だ!!」と言われれば、その言葉が強烈にインプットされます。「自分は無能である」という刷り込みがされてしまう。

他人に言われた言葉というのは、自分で自分に言い聞かせるよりもはるかに大きな影響を与えます。

たとえそれが指導のつもりだったとしても、その選手の「自分は世界一の投手にふさわしい人間だ」というエフィカシーはダダ下がりするのです。

 

エフィカシーを下げる指導は一切やめよう。代わりにひたすら選手のエフィカシーを高めるべきだ

本来であれば一番良いのは、監督さん自身がコーチングを学んで、

選手のゴールに対して「よし、お前ならできる。必ず世界一の投手になれる」と無条件で肯定することです。

そのうえで、良いピッチングをしたら「さすがだ、君らしいぞ」と肯定してやり、

試合でふがいないピッチングをしたなら「君らしくないぞ。次は君らしいピッチングをしよう」と言えばいい。

 

「お前を使ったのが間違いだった!!!」なんて怒鳴る必然性はどこにもありません。ただ監督が気持ちいいだけ。

 

選手の立場に立ってみればわかりますが、

「また試合を壊した!! お前は使えない投手だ!!」と言われるのと、

「君らしくないピッチングだ! 次は君らしく行こうぜ」と言われるのとでは雲泥の差です。

 

前者のようにずっと言われつづけていれば、

「試合を壊す自分」「使えない投手である自分」

というセルフイメージがどんどん強固になっていきます。

 

それに対して、後者のような声かけをずっとされていれば、

「自分らしいのは、相手打線を当たり前のように抑えることだ」

「自分は素晴らしいピッチングをして当然の投手なんだ」

というセルフイメージが形成されていきます。つまり、エフィカシーがどんどん上がっていきます。

 

「エフィカシーが高いと天狗になるのではないか」と危惧される方もいるでしょうが、心配無用。

本当にエフィカシーの高い人は、自分に対する絶対的な信頼感がありますから、

他人をけなしたり、周囲に対して敵対的な言動をすることはありません。

 

中途半端なエフィカシーだと人を見下すようなこともあるかもしれませんが、そのままエフィカシーを上げていけば「そうだ、天狗になって周囲にわざわざ敵を作るなんて自分らしくない。周りの人を全部味方につけるほうが良いじゃないか」と気付きます。

 

むしろ、天狗にもなれないエフィカシーの低い人のほうが危険です。

エフィカシーの低い人は自尊心が満たされないので、周囲を見下すことによって相対的に自分を上げようとします。

 

その1 のまとめ

二つの方法を比較すれば、間違いなく「エフィカシーを下げる」ほうがはるかに簡単です。

そう、選手を怒鳴ったり叱ったり強制したり罰したりするほうが、エフィカシーを高めるよりもはるかに容易なのです。選手のエフィカシーを上げていくよりも、はるかにやりやすい。

 

つまり、図式としては「頭がよくない人ほど、易き道に流れる」=選手を怒鳴る・叱る・強制する・罰することでエフィカシーを下げ、監督に絶対服従させる ということになりやすいのです。

これが「体育会系の指導」の正体です。

選手のエフィカシーを下げて、指導者に服従させる。

「体育会系の子は扱いやすい」と言われるのはこの指導法が原因です。

 

エフィカシーの高い人は、他人に無条件で服従なんてしません。

たとえ相手が監督であろうと間違っていると思えば間違っているというので、

体育会系主義の監督からすれば扱いにくいのでしょう。

 

本当は、「部員が全員エフィカシー高い」というのが理想であり、間違いなくそちらのほうが良い結果を出せます。しかも、部員のエフィカシーが低い場合よりもはるかに高いパフォーマンスを「当然のように」発揮できます。2009年に優勝したWBC日本代表や、ワールドカップで金メダルを獲得したなでしこジャパンなどはまさにその好例、高エフィカシーの集団でした。

 

もしも日本野球を再び世界一の座に返り咲かせたいというのであれば、まずはこの体育会系的な「やらされる文化」=「怒鳴る・叱る・強制する・罰する」という文化をぶち壊すところから始める必要がある、と思います。

「エフィカシーを高めたほうが良い結果が出る」とわかっているのだから、これまでの指導法にこだわる意味は何一つありません。

 

「やらされる野球」は、昭和・平成までで終わりにしましょう。

 

以上、栗山ただよしがお送りしました。

次回に続きます。

では。

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