「燃える」「熱い」「殺っちまえ!と思わず叫びたくなる」展開2選 ――『屍鬼』(小野不由美)から

      2016/08/31

小野不由美さんの小説『屍鬼』を読んでいて気付いたことがふたつあったのでご紹介します。

1.散々虐げられてきた不細工が、イケメンを暴力で屈服させる

BzJFAM6CQAA5NmD

「顔もスポーツも勉強もてんで駄目で、なにをしてもことごとく裏目に出て周りの人々に悪口を言われ、世界のすべてを呪っているような不細工」が、

「勉強スポーツ恋愛なんでも一発でこなして涼しい顔、みんなに一目置かれていて、他人の矛盾点を正確に指摘するタイプのイケメン」により(特に女性のいる前で)完膚なきまでに糾弾され論破されて、

不細工がその怨恨をエネルギーにして、イケメンに対して徹底的暴力的な報復を試みる

という展開

どうです? 特に「美しくない」顔をお持ちの方々、燃えるでしょう。

よほどのイケメンでない限り人間は多少なりとも自分の顔や能力に対してコンプレックスを持っています。

・・・普段の生活ではこの展開の逆ですね。ほとんどの重要な能力値において、数直線で言えばイケメンのほうが不細工よりもはるか右側にいるはずです。イケメンで運動も勉強も恋愛もからっきしという奴は希少です。

「イケメン>>>不細工」という図式が定着してしまっている現実世界では実現しようのない、この「不細工>>>>>イケメン」という図。創作の世界の特産品と言えます。

だって現実世界だと何をおいても「※ただしイケメンに限る」んですもの。

57086f673410824a702d79e0dc26ba7c_400※の例

ふだん強者としてふるまっている人間が弱者によってひっくり返されるのは、とにかくアツいんです。三国志の主人公格がだいたいにおいて劉備となっているのは、彼が紛れもない「弱者」だからです。下剋上は気持ちがいい。革命は刺激的です。人間には、自分より上の人間を引きずり下ろして、いままでの恨みを存分に晴らしてやりたいという根源的な欲求があります。

ニーチェというアヘアヘ哲学おじさんが「ルサンチマン」(弱者による、強者への怨恨)と呼んだのは、まさにこれに他なりません。哲学による裏付けがあるくらいですから、この展開は絶対に外れません。

 

「イケメンが不細工に徹底的にボコボコにされるシーン」というのは、UWFまたは創作物内部のみでのご提供が法令で義務付けられておりますから、ある意味、この残酷な現実世界ではめったに味わえない珍味でございます。

レアものだから、よりいっそう味わいが深くなる、というわけですね。

 

2.「人間をなめるなよ」式

2e846a041dc02d9259900b6a2b079d58

それまでさんざん好きなように弄ばれ搾取され虐げられていた人類側が、派手に反旗を翻す(相手側の大物をだまして、捕まえて、見せしめに処刑)。

→そこから、人間側の強力なリーダー格の号令をきっかけにタガがはずれて一気に反乱が巻き起こる

1.で扱ったのは「弱者が強者をぶちのめす」という下剋上式の展開ですが、これもまた下剋上の一角です。

ただし2.は少々条件が特殊で、「人間が、ある生物(人類でないもの)による支配を受けている」ことが前提です。それに加えて、「人間は、人類という種そのものが外敵により危機に晒されたとき、危機感をおぼえて、一致団結して立ち上がる」という原則も作用します。

つまり、2.は「人類を不当な支配から解放する闘い」です。

これはアツい。

ハリウッド映画でもおなじみの、超王道のストーリーです。

1124769_300猿の惑星

「インデペンデンス・デイ」「猿の惑星」「宇宙戦争」などなど、「人類の敵」が現れる映画は山ほどあります。

ハリウッド映画でもよく使われるくらいなテクニックですから、これも「外れ」ません。

 

まとめ

「不細工による下剋上」と、「人類による下剋上」という二つの黄金律が存在するということを覚えておけば、映画や小説をもっともっと楽しめるようになりますし、創作にも活かすことができます。

有用な情報なので、ぜひ覚えておきましょう。

 

 - コミュ障・ぼっち・非リア, 創作術 , ,